烏丸渡『NOT LIVES』9巻
NOT LIVES -ノットライヴス-
作者:烏丸渡
掲載誌:『月刊コミック電撃大王』(KADOKAWA)2011年-
単行本:電撃コミックス
[ためし読み/以前の記事→1巻/2巻/3巻/4巻/5巻/6巻/7巻/8巻]
ジャングルを焼き払い、敵を追い立てる天宮鏡花。
みづからの退路も断った。
ベトナム戦争映画の一場面みたいだ。
皇帝紳士が攻撃している。
未来から過去へむかう、理論上回避不能のスキルだ。
それは漫画の続きのページから、紙を突き破って襲いかかる様なもの。
神にひとしい能力と言える。
連載開始以来追求してきた、バトル空間の異次元的な描写がきわまっている。
右下から左上への、不自然で急激な視線移動を読者にもとめる。
立体的な擬音の描写で強引に読ませる。
漫画の「語彙」を豊かにした本作の功績は、歴史にのこるだろう。
敵が神にちかい存在なら、自分も神になればよい。
無邪気な天使の様だった鏡花も、限界をこえて進化。
46話の扉絵。
バトルにつぐバトルの緊張感を、一枚絵でやわらげるのが『NOT LIVES』。
いつきちゃんはカバー下に登場。
「幼なじみ適性:S」!
なぜ濡れてるのか、胸を出してるのかは不明。
放置っぷりに不満をかかえる、いつきファンへの救済措置か。
9巻表紙。
これまで鏡花が全巻を独占している。
内容と無関係な擬似ギャルゲー風の趣向で楽しませてきたが、
堂々と「戦うヒロイン」として登場。
なびく銀髪とカーディガン。
いつも眠たげな目が凛々しく吊り上がるが、それでも口元にらしさがある。
物語もヒロインも、クライマックスにむけて迷いなく突進。
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『サイバー剣士 暁ジュン』第10章 「突破」
三月四日、午前十一時。
普段から賑やかではない丸の内二丁目は、道路が通行止めとなり静かだ。約二百名の機動隊を中心とする警察官が駆り出され、三菱東京UFJ銀行本店を包囲している。
チャリオットが人質をとってビルを占拠した。最終段階となる「タワー作戦」として。
ガード下の影から、セーラー服の少女があらわれる。スマートフォンを操作するのに夢中で、街の異変に気づいてない。二名の警官に呼び止められる。
「君、ここは危険だ。帰りなさい」
スマートフォンと思われた物体は、警官の顔面に激突し、ガラスの破片となる。暁ジュンがネットカフェからくすねた灰皿だった。
ジュンは手裏剣の刃を、もうひとりの警官の頸動脈に当てて囁く。
「何事もなかった様に、こいつを線路のむこうまで連れて介抱しろ。変な動きをしたら、手裏剣がお前の首に刺さるからな」
ジュンは早足でビルをめざす。情報によれば中にカズサがいる。
彼女はミニスカポリスとゆうトロイの木馬を虚実隊へ送りこみ、カズサとボスの間で交わされたメールを傍受した。本来技術者であるカズサが、ボスとともに銀行への襲撃に加わると志願し、反対を強引に押し切る内容だった。
理由はひとつしか考えられない。父の復讐だ。
鏑木治三郎が自殺した現場で約束したとおり、ジュンは助太刀にむかう。
二十四階建てのビルを見上げる。唾を飲みこみ、乾いた喉を湿らせる。脇の汗がとまらない。
ふたりのテロリストに拘束されたジュンは、両腕をつかまれ、天井の高いロビーへ引き摺られる。
「きゃっ」ジュンが叫ぶ。「おねがい、乱暴しないで」
男が言う。「さっさと歩け」
「私は関係ないんです。警察の人にこっちへ逃げろと言われただけで」
十五歳のジュンが震え声で上目遣いをすると、それなりの説得力がある。ギターケースに刀があるのは気づかれていない。チャリオットの各細胞が情報を共有できてない證拠だ。
制服の女子行員や一般客ら約五十名が、壁際で座らされている。チャリオットは視認できる限りで十一名。全員M4カービンを装備する。
三脚に載せたビデオカメラの前で、目出し帽の男がM4を振り上げながら演説する。UFJを狙ったのは、四十兆円ともっとも多くの日本国債を保有する銀行だからだ。日本は企業に牛耳られた国家だ。我々はUFJをはじめとするすべての金融機関に、国債の放棄を要求する。
操り人形だ、とジュンは推察した。どこかにシナリオライターがいる。感覚を研ぎ澄ませ。
ジュンは両手に仕込んだ手裏剣を、ふたりのテロリストの腿に骨まで達するほど突き刺す。ふたりは悲鳴をあげて崩れ落ちる。ジュンは刀を抜き、左手のパワーグローブで隠形印と内獅子印をむすぶ。
全館の照明が消え、スプリンクラーが作動した。
暗闇と降水のなか人質が逃げ出し、テロリストが発砲する。激声が交錯。ジュンは窓口のカウンターを飛び越えてやりすごす。
しかし、フルオートの銃声と同時に背中に強い衝撃を受け、ジュンは転倒する。
撃たれた。
ケブラー繊維のギターケースは薄い鉄板も入っており、4・6×30ミリ弾の貫通をかろうじて防いだ。ジュンは痺れる手足で這い、机の陰に隠れる。
無停電電源装置により照明が恢復。MP7を構え、刀も帯びたチーフの巨体が浮かび上がる。パーマをかけた髪が、濡れて顔に貼りついている。ジュンにつけられた傷跡が頬に残る。
「待ちわびたぜ」チーフが言う。「お前を犯すのを。いろんな女をレイプしてきたが、中学生ははじめてだ」
窓口の奥の金庫から、若い女の嗚咽が聞こえる。銀行の制服を剥ぎ取られ、蹂躙された様だ。
ジュンは深く息を吸う。熱くなるな。こいつはクズだがバカじゃない。あたしを挑発しようと計算している。
ジュンが尋ねる。「カズくんはどこ」
「あんなモヤシじゃなく、俺が相手してやるよ」
罠か。でも、どこからが。
ジュンは唇をぎゅっと結び、疑心暗鬼を振り払う。立ち上がり、あえて刀を納める。逆にチーフは抜刀。
チーフが言う。「ザンビョウとか言う技をつかう気か」
「てめえにゃ勿体ないけどな」
「感謝しろ。俺の子供を産ませてやる」
「てめえを斬り刻んでお堀へ投げ込んでやんよ。脂が乗ってて良い餌になりそうだな」
チーフはあばた面を歪めて笑う。ふたりは似た者同士だった。つねに攻撃性を持て余して生きていた。ある意味、共感しあえる関係だった。
亡霊の様にゆらゆらと、ジュンが歩み寄る。
ジュンはビルの裏側の車輛出入口にいた。ヘッドセットで赤兎に言う。
「外の様子を見せて」
「了解。こっちは約百名の警官が展開している」
アイフォンの画面では、ヘルメットや盾を備えた機動隊が壁をつくり逃走経路を塞ぐ。虚実隊とおぼしき私服警官も数名いる。
「装備は?」
「平均的なものだ。ただし虚実隊はFNMAGやLAW80をもっている」
「おいおい。汎用機関銃とロケットランチャーって、警察の装備じゃないだろ」
「君が車で逃げるのを想定しているらしい」
「小癪なやつらめ」
ジュンはビルの谷間に姿を見せる。強風にスカートが翻り、黒髪が逆立つ。上空にテレビ局のヘリコプターが飛んでいる。機動隊はメガホンで投降を呼びかけるが、反響がはげしく聞き取れない。
ジュンはゆっくりと抜刀。こびりついたチーフの血の臭いがただよう。
赤兎が尋ねる。「まさか交戦する気か」
「サポートよろしく」
「投降を推奨する。君が死ぬのを見たくない」
「あんがと。でも乙女が恋に命を懸けなかったら、いつ懸けるんだよ」
ジュンは伝孫六を天へ突き上げて叫ぶ。
「キェエエーッ!」
機動隊員は狼狽する。誰ひとり、セーラー服の少女が白刃を振りかざして突進すると予想しなかった。
敵後背に潜んでいた赤兎が、胴部の遠心力銃でゴム弾を連射する。音もなく警官を薙ぎ倒す。
雪風流【野分】。
ジュンは十メートルを全力で駆け抜け、腰を落として斬る。透明な樹脂製の盾が両断された。目を見開いたまま硬直する機動隊員を蹴り倒す。
パワーグローブで智拳印をむすぶ。丸の内周辺の信号がすべて消える。
脱兎のごとく有楽町方面へ逃げたジュンを、警官たちはただ唖然として見送った。
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金田一蓮十郎『ゆうべはお楽しみでしたね』2巻
ゆうべはお楽しみでしたね
作者:金田一蓮十郎
掲載誌:『ヤングガンガン』(スクウェア・エニックス)2014年-
単行本:ヤングガンガンコミックス
ネトゲ仲間の若い男女が、たがいに同性だと勘違いしたせいで、
予期せぬ異性とのシェアハウス生活をはじめた、奇妙なラブコメの第2巻。
ゲームとおなじく、まったりゆるゆると話はすすむ。
パウダーはオフ会へ参加する。
中の人は意外だったり、イメージどおりだったり。
ひとそれぞれとしか言い様がない。
ゴローさんとふたりで、スライムパンケーキなどを出す、
スクエニのコンセプトカフェ「ARTNIA」へ出かける。
デートと言うほど気合いの入ったものでなく、ゲームついでの軽いノリ。
ゴローさんのギャル系ファッションは、あいかわらずキラキラ!
ふたりの関係は進展なしではないが、決して急がない。
ゴローさんが『タクティクスオウガ』ファンと知って驚くとか、その程度。
ゲームでもリアルでも毎日会えるんだから、あせる必要ない。
「プクリポ集会を見せろ」と、ゴローさんが部屋に入ってきた。
変に意識して硬直するパウダー。
ゴローさんの機嫌を損ねる。
本当は嫌がられてないと、ゴローさんもわかっている。
でもそうゆうことにしないと、ふたりの関係が曖昧になりそう。
一方のパウダーは、自分の同居人に対する異性としての意識を、
ゴローさんの側でも意識しはじめたのを感じている。
あとは攻めるか、現状維持か、流れに任せるか。
恋愛において男は勇者であるべきだが、敵ははぐれスライムみたいに手強い。
必勝の攻略法なんてない。
作者の操るキャラもちらっと登場。
主人公を見守る様に。
本作はシムシティやマインクラフトなどの箱庭ゲーっぽいラブコメ。
地味だけど中毒性あり。
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神崎かるな/黒神遊夜『武装少女マキャヴェリズム』4巻
武装少女マキャヴェリズム
作画:神崎かるな
原作:黒神遊夜
掲載誌:『月刊少年エース』(角川書店/KADOKAWA)2014年-
単行本:角川コミックス・エース
[ためし読み/以前の記事→1巻/2巻/3巻/『しなこいっ!』]
女帝・天羽斬々、ついに参戦。
彼女があらわれると、背景を闇がうめつくす。
「絵になる女」を自称した鳴神虎春と同様に。
ラッキースケベ満載の、ウハウハなハーレムラブコメとしてはじまった物語は、
作者の十八番である「血族同士の相剋」へ舵を切ってゆく。
むきだしの憎悪、理不尽な暴力、忌まわしい事件。
ギリシア悲劇の様に陰鬱だ。
暗いストーリーでなにが悪いのか。
それゆえのカタルシスもあるのではないか。
アモウの奥義は「自動反撃(オートカウンター)」。
信じがたい防禦力により、「攻撃が成功すれば敵を無力化」とゆう、
あらゆる剣術の流派の前提を廃棄してしまう。
おそらく漫画史上もっとも武術に精通した作家が、
武術を全否定する様な描写をする点に、読者は感動する。
同時に「奥義の種明かし」とゆう、古典的な剣豪ものの意匠も施されている。
驕慢さを理由に、顔を斬られる蕨。
メインキャラの身体欠損、特に顔面におけるそれは、
キャピキャピした女子が大勢出てくる物語では禁じ手だ。
前作の最終盤に登場して以来沈黙をまもっていた、
盲目の居合の天才・因幡月夜もうごきだす。
抜刀どころか納刀さえ見えない、薬丸自顕流の斬撃。
鳴神の淀んだ血を證明する邪眼。
本作が『しなこいっ』の復讐戦なのを思い出させる。
積み上げたものを破壊し、約束事から逸脱し、忘却に対し抵抗する4巻。
これだよ、これが読みたかったんだ。
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Maison book girl『snow irony』
snow irony
Maison book girlのアルバム『bath room』収録曲
作曲:サクライケンタ
発行:ekoms 2015年
【上の画像クリックでYouTubeへ飛びます】
コショージメグミの吐息まじりの歌声で、しっとりと曲がはじまる。
内省的なアイドルポップだ。
ブクガは「矢川葵のルックス」とゆう飛び道具をそなえる。
こんなに可愛い女の子が存在していいのか不安になるほどの。
カメラの前で遠くをみつめる表情。
天性の才能だろう。
見ためは文学少女だが、松浦亜弥と松田聖子に憧れるアイドルオタで、
甘い声質は曲のアクセントとなり、ライブでは一番客を煽る。
現代音楽のスティーヴ・ライヒに影響をうけた、
変拍子を多用するサクライケンタの音作りも彼女らの強み。
5曲目「snow irony」中間部の5拍子パートでは、
10拍で1ループする主旋律を2拍遅れで輪唱するという
(『Discipline』期のKING CRIMSONや90年代以降のマスロックに通じる)
アレンジが施され、しかもそれが少しも小難しくなく仕上げられています。
僕は楽理はわからない。
ただ和田輪以外のメンバーも、カウントできず感覚で踊ってるらしいから、
聞き手としては「なんか気持ちのいい音」とゆう解釈で十分ではないか。
BiSで横浜アリーナも経験しているコショージメグミと、
秋葉原ディアステージ出身の和田輪は別として、
ほかのふたりは歌唱審査なしでブクガに参加した。
矢川 : 歌もダンスも何もやってって言われることもなく、
喫茶店でちょっと喋って「東京来れますか?」みたいな感じで、
受かっちゃった感じです(笑)。
最初に唯ちゃんと初めて会った時にそのこと話さんかったけ?
井上 : 「歌った?」って。
矢川 : 「やばいよね」って話をしました(笑)。
OTOTOYのインタビュー
じっさい歌唱力は低い。
南波 : 最初の4人を選ぶときは声とか歌ってどれだけ考えていたんですか?
サクライ : そんなに考えていないです。見た目と雰囲気で。
ヴォーカルはどうにでもなるだろうと思っていました。
南波 : 実際、フタを開けてみていかがでしたか?
サクライ : ひどいです。
LoGiRLのインタビュー
ブクガの突拍子もなさを物語るエピソードだ。
耳の肥えた音楽ファンに訴求する尖鋭的な楽曲と、
極端にヴィジュアルに特化したマネージメント。
矛で盾を突き破る様な逸脱ぶり。
〈ふふふふんふふふふん知らない〉って歌詞があるんですよ。
その「知らない」って部分をライヴで言い切ると、
なんとなく気持ちがいいから好きなんです(笑)。
〈そんな世界さえ愛すの?〉って難しいことを考えてたくせに
〈知らない〉って投げやりになるところが、
なんとなく自分もそうなるので「言ってやったぜ!」って気分になりますね(笑)。
OTOTOYでの矢川葵の発言
2月13日の渋谷Star loungeでのライブで、
僕はジントニック一杯だけで異世界へトリップした。
実在を疑いたくなるほどの美少女(もうすぐ22歳だが)に目の前で、
「許さない許さない許さない許さない許さない」と冷酷に断罪されたら、
だれだって全面降伏するだろう。
不条理として提示される、虚ろな官能。
それがMaison book girlだ。
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榎本あかまる『たべものけもの』
たべものけもの
作者:榎本あかまる
掲載誌:『月刊コミックゼノン』(徳間書店)2015年-
単行本:ゼノンコミックス
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留守番中の6歳の「小花」が、ままごとで孤独をまぎらわす。
父が亡くなったため、母はパートで外出するときが多い。
冷蔵庫からの物音が、静かな部屋にひびく。
おそるおそる開けると、耳の生えた卵「たまうさぎ」がいた。
相棒として、さびしさを慰めてくれる。
母親はやさしい。
しかし「健気ないい子」は、「ひとりでも大丈夫な子」を意味しないのを、
忙しさにかまけてわかってない面がある。
こちらは小学校の「北川先生」。
厳しいタイプで、生徒からは敬遠されがち。
いつも甘い顔をして人気のある後輩に不満はつのる。
こっちは好きで嫌われ役やってるんじゃないっての。
たまったストレスを酒とつまみで解消しようと冷蔵庫をあけたら、
イクラの瓶のなかに「いくらねこ」が潜んでた。
本作はさびしい大人のファンタジーでもある。
魔法は永遠に続かない。
ある夜、たまうさぎの隠れ場所へいったら、普通の卵にもどってた。
母は当然、冷蔵庫にしまおうとする。
はげしく泣き喚き、めづらしく反抗する小花。
すべては、孤独に負けそうな心が生み出した幻想だったのか。
せつない。
ファンタジーを必要とする現代人に寄り添う、あまくてにがい物語。
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『サイバー剣士 暁ジュン』第9章 「スプラトゥーン」
いとこのスミレの家のリビングで、ジュンは白の革張りのソファにうづまり、WiiUゲームパッドを揺らしている。スミレに話があったのだが、自分はWiiUを持ってないため、つい誘惑に負け三時間も遊びこんでいる。
五十インチのテレビ画面では、イカをモチーフにしたキャラクター同士が、水鉄砲の様な武器でインクを撒き散らして戦う。インターネットを経由して四対四の対戦をおこなう『スプラトゥーン』とゆうゲームだ。
天井まである大きな窓ガラスの向こうの庭で、紺のジャンパースカートの制服を着たスミレが、赤兎に跨っている。
スミレが言う。「たのしい! これどこで売ってるの、いくらするの……ねえ、お姉ちゃん!」
「ちょっと待って」ジュンが言う。「あと一人斃せば二十キルなんだ」
「もう! 遊びに来てくれるのは嬉しいけど、いつもゲームしかしてないじゃない」
「よっしゃ、ノーデスで二十キル達成。はあ、イカおもしろい」
「そんなに好きなら買えばいいのに」
「お宅みたいに裕福じゃないんで。ウチは」
「ふうん」
リビングに上がったスミレは、ソファの裏から重い箱を引っぱり出す。イカの絵が描かれている。
スミレが言う。「お誕生日おめでとう」
「え?」
「きょう誕生日でしょ」
「そうだけど……え、どうゆうこと」
「だからプレゼントだって」
「え……ええ? くれるの?」
「いらないならいいけど」
「そんな、悪いよ……安いもんじゃないし」
「ポイントで買ったから大丈夫」
「嘘でしょ……本当にいいの」
ジュンは膝をつき、夢にまで見たWiiU本体を抱きかかえる。動揺して思わず涙をこぼす。
「あはは」スミレが笑う。「泣くほど喜んでもらえると思わなかった」
ジュンは潤んだ瞳でスミレを見つめる。にじり寄ってスミレの体に両手を回す。
「スミレ!」ジュンが言う。「嬉しすぎて、なんてお礼を言ったらいいかわからない」
「こちらこそ、いつも仲良くしてくれてありがとね」
「うう、あたしはお姉ちゃんらしいこと何一つしてないのに。本当にありがとう」
「どういたしまして。前も言ったけど、ジュンお姉ちゃんが世界で一番大好きだよ」
「スミレのためなら死ねる。心から誓える」
インターフォンが鳴り、スミレが応対する。受話器を戻してからジュンに言う。
「お姉ちゃん、ごめん。友達が二人来ちゃった」
「いいよ。稽古したいから、客間借りていいかな」
スミレの友人は同世代の十二歳前後のはずだが、二人とも大人びた服装をしている。アクセサリーをジャラジャラとつけ、ネイルも色とりどり。
ジュンは適当に挨拶し、部屋へ籠もった。
畳敷きの客間で、ジュンが朱塗りの刀を持っている。稽古は毎日九十分おこなう。準備運動と足捌きで三十分、居合で三十分、手裏剣で三十分。祖父が道場を畳んでからは、いつもひとりで己を鍛えている。
眼前に帯刀した想像上の暁ジュンがいる。彼女が抜く前に斬らないと死ぬ。しかしこの仮想敵は誰よりも速い。相打ちを覚悟する必要がある。斬られるとわかった上で、「後の先」を取って斬る。刀が鞘の内にあるときに勝負を決める。
ノックの音がした。
スミレが言う。「お姉ちゃん、入っていい?」
「うん」
ジュンは自分を切断したばかりの刀を納める。
スミレが尋ねる。「それってすごい刀なの」
「無銘だけど孫六だって言うね。あたしは鑑定できないけど。ただメチャクチャ斬れる」
「なんでも?」
「まあね」
「金属とかでも? 自動車とか」
「斬れる」
「まさか!」
「鉄で鉄を斬れなかったらおかしいだろ。刃筋を立てれば大抵のものは斬れる」
「ほんとかなあ」
スミレは、部屋の端に動かしていた座椅子に腰を下ろす。座ると編みこんだ長髪が床に流れる。
「そういえば」スミレが言う。「デートはうまくいった?」
「まあまあかな。服も褒めてもらった」
「よかった。で、どこまで行ったの。キスした?」
「いや、別に……」
「したんだ。意外とやるじゃない!」
「そんなんじゃないって……」
ジュンは障子に穴を見つけ、指を突っこむ。
「照れてる照れてる。そっかあ、お姉ちゃんが幸せになると、自分のことみたいに嬉しいな」
「全部スミレのおかげだよ」
「そんなことない。私の友達も、お姉ちゃん可愛いねって言ってた。彼氏さんはお父さんが自殺しちゃったから、慰めてあげるチャンスだね」
「かもね」
微かなモーター音が聞こえたので、ジュンが障子と窓ガラスを開けると、赤兎がいた。アフガンハウンドに飛びつかれながら言う。
「そろそろ時間だ。用は済んだか」
「いちおう」
ジュンは別れを惜しむスミレをなだめ、ギターケースとボストンバッグとゲーム機を車に積んだ。
ワゴン車は夜の新宿区を通り抜け、渋谷へ向かう。
運転席のジュンがダッシュボードを蹴り上げる。
「くそっ」ジュンが言う。「これで確信した。スミレはこの事件に関わってる」
赤兎が答える。「その判断は、彼女が鏑木治三郎の死因について言及したからか」
「そう。自殺なのは関係者以外知らないのに」
「憶測を語っただけじゃないか? 風説では自殺説が有力だ」
「あの口ぶりは憶測じゃない。前にカズくんの写メを見せたときも怪しかった。スミレはカズくんを知ってて、しかもそれを隠してる」
「十二歳の彼女が関与してるとなると……」
「皆まで言うな。想像したくない」
ジュンは座席に両手の爪を立てる。カバーを突き破り、スポンジが露出する。譫言の様につぶやく。
「絶対ゆるさないぞ……」
「ジュン、車は無傷で返却したいのだが」
「……関係者全員ぶっ殺す。どんな言い訳をしようがぶった斬る。あたしの可愛い妹を巻き込みやがって。死刑になっても構わねえ」
ワゴンは渋谷のレッスンスタジオの前に停まる。ジュンがガードレールに腰掛けて二十分ほど待つと、ダンスのレッスンを終えた女が五人、ビルの玄関に現れる。
ジュンはその内の胸の大きい一人に手を振る。
「こんばんは、新木場でお会いしましたね」
巨乳女は狼狽する。眼光鋭いジュンは、顔を覚えられやすい。虚実隊を手伝っているミニスカポリスが、きょうは本業の藝能活動をしていた。
ジュンはコートのポケットから、紙と装置を取り出す。テレビ局プロデューサーであるスミレの父の名刺と、ハッキング用のウロボロス・デバイスだ。
「お姉さん、ちょっといいですか」
「は、はい」
「頼みごとがあるんです。あなたにとって良い話だと思いますよ」
「情報がこの世のすべて」と言ったボスに対し、情報戦を挑む。相打ち覚悟で後の先を取る。居合もサイバー戦も、極意はおなじ。
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神江ちず『しかばね少女と描かない画家』
しかばね少女と描かない画家
作者:神江ちず
掲載サイト:『ゼロサムオンライン』(一迅社)2015年-
単行本:IDコミックス ZERO-SUMコミックス
スランプにくるしむ青年画家のもとへ幼女がやってきた。
絵をおしえてほしいと言う。
息をのむほどの美貌だが、やや血色が悪い。
不健康に見えるのも当然で、彼女は生ける屍だった。
夭折した天才画家の魂を宿している。
かわいすぎるゾンビ「リリ」との共同生活がはじまる。
無邪気だが気まぐれで、小悪魔的に人を翻弄。
くるくるかわる表情や、あけすけな言動がたのしい。
南仏の町並みがうつくしい。
ゴシック的な物語だが、森の暗さでなく、地中海の明るさがある。
こんな街を、こんな美少女を連れて歩けたら、死んでもいい。
青年画家の女友達に嫉妬して暴れるなど、ドタバタラブコメの面もある。
奇妙な設定、完璧なヴィジュアル、見慣れた展開。
これらが渾然となり、独特の浮遊感をかもしだしている。
立ち塞がる障碍、悩ましい葛藤、深刻な対立など、
読者を鷲掴みにするフックは本作にない。
作者初のオリジナル連載でもあり、もたもたしたストーリーだ。
それでもなお、しかばね少女に心奪われる。
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『サイバー剣士 暁ジュン』第8章 「Siri」
三月三日、午後一時。
池袋駅北口近くのコインパーキングにある銀色のワゴン車に、モッズコートを着たジュンが歩み寄る。ギターケースを背負い、ベルトをたすき掛けにして大きなバッグを運ぶ。中野でのデートのあと家を出て、ネットカフェで生活していた。曇天で肌寒く、両手をポケットに入れている。
ドアを開けて乗り込み、白いジャンパーの運転者に挨拶する。
「ども」
「御苦労様です」
義務的に答えた運転者は、ジャンパーの下に林檎のマークの入ったグレーのTシャツを着ている。渋谷のアップルストアの店員で、赤兎を預かっていた。前にジュンに貸したキャラバンは廃車となり警察に引き取られたので、今度はちゃんと回収するのが役目だ。
ジュンは荷室にいる赤兎に尋ねる。
「セキトが運転するんじゃないの」
「前の車は青山霊園で蜂の巣になった。君は信用されてない」
「時価総額世界一のくせにケチだな」
助手席に座ったジュンは、ダッシュボードをいじるストアスタッフに話しかける。
「例のブツは」
「必ず暁新八氏に直接渡すように言われました」
「祖父は急用で来れません。あたしが預かります」
「ならば後日お渡ししますね」
「なにそれ。ティムに言いつけますよ」
「ティム・クックのことですか? そんな上層部から指示が出てるとは聞いてないなあ」
ジュンの表情がこわばり、目つきが鋭くなる。スタッフは視線を逸らして言う。
「ヘイSiri、矢来町まで道案内して」
「目的地まで四・二キロ、時間は約十五分です」
アイフォンと自動車を連携させるシステム「カープレイ」が反応し、無機質な女の声で返答する。
ジュンをいとこのスミレの家へ送るため、スタッフは車を発進させる。ジュンは頬をふくらませて窓の外をながめている。
赤兎が言う。「姉さん、ひさしぶり」
「ZB2、元気そうでなにより」
四足歩行ロボットとiOSの会話がはじまった。
ジュンが振り返って尋ねる。
「『姉さん』って、あんたら姉弟なの」
赤兎が答える。「私はDARPA、国防高等研究計画局の支援をうけて開発されたAIだ。2008年にアップル社が、その一部機能であるSiri姉さんを2億ドルで購入した」
「ええ」Siriが言う。「ZB2は優秀で、私の誇りです。かわいがってあげてね、ジュンさん」
「姉さんこそ世界中で愛されて、鼻が高いよ」
ジュンが呟く。「なにがなにやら」
三菱東京UFJ銀行のATMの前にできた行列が、窓から見える。携帯電話で喚く者もいる。
ジュンはツイッターで最新情報を仕入れた。
テロ組織チャリオットが、第三弾となる「タワー作戦」の発動を宣言した。かねての予告どおり、東京の富を根底から破壊すると。もともと市民の間に、サイバー攻撃で銀行預金が奪われるとの噂があり、それに火がついた。
ジュンの話を聞いたスタッフは、ワゴンを路肩に停める。鞄から長財布を出して言う。
「すみません、お金下ろしてきていいですか」
「どうぞ」
スタッフが約三十番めの最後尾に並ぶのを見て、ジュンが言う。
「セキト、車出して」
「了解。君の預金は大丈夫か」
「官房長官が三日間の預金封鎖を発表した。下ろしたくても下ろせない」
「日本人はデマに弱いと聞いてたが、君はそうでもないらしい」
「どうせこれも、自演乙ってオチに決まってる」
ジュンは運転席へ移るが、運転はセキトに任せている。スタッフの鞄を探り、USBメモリに似た形状の器具を取り出す。赤い表面に蛇の模様が描かれている。ハッキング用の装置「ウロボロス・デバイス」だ。
装置をデニムパンツのポケットに入れ、ジュンが言う。
「Siriが軍事目的で作られたって意外。あたしは使ってないけど」
赤兎が答える。「インターネットやGUIなどもDARPAの資金提供により開発された。戦争がなければ、文明は素朴なままだったろう」
「人間って矛盾した、変な生き物だと思う?」
「正直に言えばイエスだ」
「ははっ」
ワゴンは都道435号線を通り、灰色の街を駆け抜ける。スミレと差し向かいで話して確かめたい疑問がある。ジュンはコートのポケットをまさぐり、手裏剣をジャラジャラ鳴らす。
大事なことは本人に直接聞く。情弱になりたくなければ、それしかない。
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『はじめてのお泊まり 水瀬るるう短編集』
はじめてのお泊まり 水瀬るるう短編集
作者:水瀬るるう
発行:芳文社 2016年
レーベル:まんがタイムコミックス
[ためし読み/『大家さんは思春期!』の記事→1巻/2巻/3巻/4巻]
エンターブレインのアンソロジー『amaro』『dolce』で発表した短篇をあつめたもの。
表題作は、飲み会のあとの「お持ち帰り」が題材だが、
双方にとって「初体験」だったとゆう話。
メガネ男子の田中は、『大家さんは思春期!』の前田の原型とか。
一年先輩の「藤巻さん」に、彼氏はいるのか聞いたら、
いたらほかの男の部屋にあがるわけないと怒り出す。
おたがいセックスを意識する緊張した状況で、だしぬけに無垢な倫理観をほとばしらせる。
「里中チエ」の原型でもあるだろう。
風呂にはいるため服を脱ぐ。
ベージュの地味な下着をつけてきたのを後悔。
メイク落としやスキンケアの心配で頭はグルグル。
女子の「お泊り」はなにかと面倒。
だからこそ、その意味を汲みとってもらいたい。
『花咲く恋心』は男装もの。
下着のレースやフリルの描写がうつくしい。
脱いだり着たり、いそがしい。
下着姿の残像が、学ラン姿の可憐さを増幅。
水瀬るるうは「流動性」の作家だ。
『風邪、その後に』は百合。
寝込んだ友人を看病するが、彼女に片思い中なのでドキドキ。
繊細な描線による、「マナ」のたわわな胸に視線をうばわれる一方で、
かいがいしく世話する「菜穂」の袖口のレースにうなる。
裸を見せたい場面なのだから、普通はここまで描き込まない。
文質彬彬、外的な美と内的な実質が、ほどよく調和している。
装飾だけじゃ少女漫画だし、肉欲だけじゃポルノだ。
本短篇集により、作家性が明白に。
こちらは『大家さん』5巻。
近所の子供が疾走しながら、チエちゃんのスカートをめくる。
脳裏に焼きつく縞パン。
それでもチエちゃんの天使性はたかまってゆく。
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桜川千晃『恋愛マエストロ』
恋愛マエストロ
作者:桜川千晃
掲載誌:『good!アフタヌーン』(講談社)2015年-
単行本:アフタヌーンKC
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新任のリーダー「浜田理恵」は、院卒の同期だった。
ただでさえ女上司はやりづらいのに、二つ年上とはいえ同期じゃおもしろくない。
ごく普通のサラリーマンである「出口雅人」は溜息をもらす。
美人の尻の下に敷かれるのも悪くないが、できるなら征服したい。
出口はガンガン攻める。
無謀なセクハラ発言で、エリートコースまっしぐらの浜田さんを揺すぶったり。
勉強と仕事ばかりで恋愛経験とぼしい浜田さんは、
どうにか職場では冷静さをたもってるが、陥落寸前。
童顔、隙のないパンツスーツ越しでもわかる推定Dカップのわがままボディ。
造形的に惹かれるキャラクターだ。
出口がやけに強気なのは、軍師がいるから。
街ですれちがった女子高生「ありさ」から人柄を買われ、
女心のつかみ方を指南してもらう成り行きに。
はっきり言って、ありさの動機は不可解。
でも昔はこうゆう「恋愛バイブル」的な漫画ってあったなと懐かしくなる。
山田玲司『Bバージン』とか。
サポートキャラをJKにし、古い革袋に新しい酒を盛った。
本作を読んで、あなたのオフィスラブが充実するかは定かでないが、
透けブラやコスプレなどで、浜田さんのギャップ萌えを堪能できるのは保證しよう。
『OL進化論』『ショムニ』などの系譜につらなる、講談社お得意の、
OLとゆう奇妙な生き物の生態観察漫画のアップグレード版ともいえる。
出口からもらったキットカットを、オフィスでひとり頬張る場面。
残業をねぎらう気持ちがうれしい。
女子から信頼されるため必要なものはなにか、おしえてくれる。
6話は取ってつけた様な百合展開。
しかし、万人へ注ぐ「アガペー」を語るありさが尊い。
本作は初連載で、さすがに拙いが、多面的な魅力がある。
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山うた『兎が二匹』
兎が二匹
作者:山うた
掲載誌:『月刊コミック@バンチ』(新潮社)2015年-
単行本:バンチコミックス
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ヒロインの名は「稲葉すず」。
外見は20代女性だが、年齢は398歳。
不老不死である。
自力では死ねないため、国家権力によって殺してもらおうと、
テロの犯人だと嘘の名乗りをあげるが、死刑は失敗。
出所して、弟か息子の様に可愛がっていた「サク」をたづねる。
彼は、すずに見捨てられたのを嘆いて自殺していた。
これが第1話。
奇妙奇天烈なストーリーだが、山場となる喫茶店の外観を、
下北沢の美容院ソレイユから借りるなどして、リアリティを確保。
2話はサクとの出会いが語られる。
育児放棄され路頭に迷っているのを保護したら、
父親が預金通帳をもってやってきた。
このカネで息子を引き取ってくれと。
愛情が摩滅した、不毛な世界観だ。
スズは骨董屋の二階に部屋を借り、修復の仕事で生計を立てる。
398歳の人間には向いてる職業だ。
作者が武蔵野美術大学卒業後、ウェブデザインの仕事の傍ら、
個人サイトなどで発表してきた短篇のひとつが、この連載へ発展した。
アーティスティックかつ地に足のついた作風は、自身のキャリアの反映だろう。
1巻の白眉は4話。
祭りの日、窓から神輿をかつぐ掛け声がきこえる。
400年で関わりあった人々の記憶がうかぶ。
悲しみと孤独に耐えられず、すずは白刃を我が身へ突き立てる。
死ねない自分を罰するかの様に。
夏祭りにまつわる「死の臭い」を具体化した最高の例だろう。
同じく不老不死をテーマとする沙村広明(この人は多摩美)『無限の住人』で、
おそらく表現したくて出来なかった世界がここにある。
サクはカープ女子であるすずを連れて、新幹線で広島へ。
駅を出た途端、原爆で破壊された街がフラッシュバックし、すずは嘔吐する。
すずが広島辯を話す理由は、フィクションにしか存在しない「老人語」を避けつつ、
「標準語」以外を話させるためらしいが、来歴がストーリーに組み込まれてもいる。
絞首台のロープみたいに読者を翻弄する、強烈な作品だ。
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佐藤ミト『流れ星に願うほど僕らは素直じゃない』
流れ星に願うほど僕らは素直じゃない
作者:佐藤ミト
掲載誌:『コミックヘヴン』(日本文芸社)2015年-
単行本:ニチブンコミックス
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川のせせらぎが聞こえる、山辺の町。
高校生の男女6名は、みな幼なじみだ。
長い髪の少女「すばる」は、小学5年のとき「北斗」に告白した。
返事はまだ聞いてない。
なぜかと言うと、その日に川へ転落し、5年間眠りつづけているから。
大事なものを過去に置き忘れたまま、少年少女は生きる。
すばるを救えなかったせいでずっと苦しむ北斗のもとへ、
霊的存在となったすばるが、肉体を病院にのこして突然あらわれる。
オフィーリア的幻想にみちた青春ものだ。
あかるく仲間思いで、つねに北斗の支えとなる「茜」が印象的。
心に傷を負った若者が、おのれの恋愛感情にとまどい、
ときに反撥しあいながら成長する姿を、丹念にえがく。
おなじくヘヴン連載の、佐々木ミノル『中卒労働者から始める高校生活』に似た味わい。
しかし茜はかならずしも無垢じゃない。
あの日、すばるに嫉妬し、告白を邪魔しようとした。
幼いころ起きた悲しい事件をめぐり、
ストーリーが時間を行き来しつつ転がるサスペンス要素は、
三部けい『僕だけがいない街』を髣髴させる。
細心の風景描写、ファンタジックな浮遊感、炸裂する純情。
複雑な読後感をのこす注目作だ。
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丸井まお『牧場OL』
牧場OL
作者:丸井まお
掲載誌:『まんがタイムファミリー』(芳文社)2015年-
単行本:まんがタイムコミックス
トラックがゴトゴト、スーツ姿のOLを載せてゆく。
北海道の大地を駆け抜ける。
ドナドナ感あふれる第1話。
主人公「野花南」が泣いてたのは、大手食品メーカーに就職早々、
体力を買われたのか、提携する牧場へ配属となったから。
そこは社畜の悲しさ、言われるがまま荷台で運ばれるしかない。
公式のアナウンスはないが、作者である「丸井まお」は、
『深海魚のアンコさん』を描いた「犬犬」の別名義らしい。
あとがきによると地元を舞台にしたとか。
水生生物を擬人化したファンタジックな前作から、牧場のリアルな日常へシフト。
シンプルな絵柄で女子を描き分ける腕は、作者ならでは。
イチオシはベトナム出身の実習生「スアンさん」。
あかるくて面倒見のよい先輩だが、ちょっとズレてて、
フルメタルジャケット的な怖さを感じるときも。
隣の牧場の跡取り娘「鷲巣さん」もいい。
ひとり合点して南に嫉妬の炎をもやすツンデレ。
なぜか牧場は女の子が似合う。
ゆうきまさみ『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』を思い出したり。
ひさしぶりに東京の本社へもどり、同期とランチ。
苦労話をすると、「効率化しろ」とか「Win-Winの関係」とか、
牧場のぼの字も知らないくせに、利いた風な口をきかれる。
生き物をそだてるのは、機械工場の大量生産とちがう。
数字しか見てない人間にはわからないけれど。
いつの間に南は「社畜」ではなくなっていた。
ほのぼのとしてかわいい作風のなかに、
毒気や深いテーマをふくむのは、『アンコさん』と共通する魅力。
牧場に慣れてきたある日、「春ちゃん」の出荷を知らされる。
南が名づけた仔牛だ。
生後半年で売られるのは予想外で、はげしく動揺。
こう見えても一流企業のOL、ビジネスの厳しさはわかってる。
家畜とペットの違いもわかってる。
猫可愛がりして人になつかせたら、かえって残酷だ。
もし春ちゃんだけ助けても、かわりにほかの牛が食肉になるだけ。
でも、情が移ってしまったのだから、どうしようもない。
女子のやさしさが、ドラマチックに表現されるステージ。
牧場ってすばらしい。
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親米左翼とゆう視座
『干物妹!うまるちゃん』第10話(テレビアニメ/2015年)
2015年4月に発表された日米防衛の「新ガイドライン」で、
日本政府は作為的翻訳をおこなっている。
たとえば、supplementを「補足する」でなく「補完する(本来はcomplement)」と、
mayを「してもよい」でなく「できる(本来はcan)」と訳した。
誤訳や意訳などではない。
米軍が日本防衛に加わる印象を強めるためのトリックだ。
2010年に外務省が、鳩山とオバマの会話内容を読売新聞に漏らしたとか、
春名幹男『仮面の日米同盟』(文春新書)は政府の無軌道ぶりの記録が満載で、
読んでいて無力感におそわれた。
なぜこんな理不尽がまかり通るのかと。
「在日および在沖縄米軍基地はほとんどすべてが
米軍の兵站の目的のためにあ」ることを忘れてはなるまい。
そんな日本の地政学的な価値を最も熟知しているのはアメリカであって、
認識が最も浅いのは日本人自身かもしれない。
ペリー提督来航から、アフガニスタン・イラク戦争にいたるまで、
アメリカは日本を「物資補給の有力な拠点」としか見做してない。
これだけ尽くしているのだから、すこしは信用してくれてもいいのに、
やつらのわれわれへの評価は、倉庫の管理人程度のもの。
1971年の沖縄返還協定で、法理論をアクロバティックに駆使し、
尖閣諸島の領有権争いに中立を決めこんだアメリカの狡猾なふるまいは、
「そもそも何のための安保か」とゆう問いを日本人に突きつける。
誰が泣こうが喚こうが、アメリカは自国の利益を追求するし、中国は膨張する。
日本は太平洋の荒波にもまれながら舵取りせざるをえない。
説明責任を放棄した政府のもとで。
これが手詰まりでなければ何なのか。
そこで、エマニュエル・トッドが『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』で語っていた、
「親米左翼」とゆう視座をおもいだす。
実際私は、ヨーロッパにおけるアメリカの優位は、
政治体制としてのデモクラシーがそうであるように、
さまざまな解決策の中で最もマシなものだと考えています。
われわれの大陸がどれほどのイデオロギー的崩壊の中にあるかと思えば、
致し方なしというところです。
イデオロギーの死んだアジアの中心で、デモクラシーを叫ぶ。
左翼思想を保持するためアメリカをうけいれ、餌をやり、鎖につなぎ、
行儀が悪ければ叱り、番犬として飼いならしながら、つつがなく隣人とつきあう。
それができるのは親米左翼だけ。
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テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済
『サイバー剣士 暁ジュン』第7章 「中野ブロードウェイ」
三月一日、午前十時五分。
ジュンは中野駅北口の改札口を駆け抜ける。比較的暖かいのでピーコートを脇に抱えている。柱に寄りかかって本を読むカズサを見つけた。
「カズくん、遅れてごめん!」
「いや、俺も今来たところだから」
カズサはジュンの服装を見て意外そうな顔をする。伊勢丹で買った白のワンピースに、デニムパンツとグレーのニットを合わせている。薄くチークを乗せるなど、不慣れなメイクをしてたら出るのが遅くなった。
ジュンが言う。「この恰好、変かな」
「なんと言うか……馬子にも衣装?」
「それママにも言われた。あたし孫じゃないのに」
「褒め言葉だよ」
「そっか、ありがと」
ふたりはアーケードへ向かい歩き出す。ジュンは長身のカズサに対し、上目遣いで尋ねる。
「手……つなぎたいんだけど」
「いいよ」
ジュンはすでにチークをつけた意味がなくなっていた。
きょうは念願の初デートだが、中野ブロードウェイに来た途端に物欲のスイッチがはいり、ジュンは漫画やゲームやグッズを買い漁る。
荷物持ちを任されたカズサは、十四歳らしい無邪気さを微笑ましく思う。激務による倦怠感が癒やされる気がした。
地下一階のデイリーチコで、抹茶など四種類のフレーバーの大きなソフトクリームを注文する。
ジュンが言う。「冬でも必ず食べるんだ」
「ひとりで食べ切れる?」
「一口あげる。あーんして……ふふっ」
「なに」
「好きな人とブロードウェイ来るの、夢だったんだ。カズくんはオタクじゃないから、つまんなかったかもしれないけど」
「珍しい店がたくさんあって面白かった」
「よかった。一生の思い出にする」
口をソフトクリームまみれにしたジュンは顔をほころばせた。
地下一階から地上四階まで回って歩き疲れ、ふたりは腰掛ける場所を求めメイドカフェへ入る。出迎えたメイドの猫耳を見て、ジュンは動揺。猫カフェ騒動以来、ネコ恐怖症になっていた。
メイドが尋ねる。「お嬢様、どうなさいました?」
「いや別に。とあるカフェで働いてたときの失敗を思い出しただけッス」
「メイドカフェですか? 似合いそう!」
「マジでトラウマなんです」
メイドは不審顔のまま、ジュンにコーラフロート、カズサにコーヒーを置いて席を離れた。
カズサが言う。「まだアイスを食べるのか」
「フロートは別腹でしょ。まあなんつうか、連続テロがあっても東京は平和だね。働いたり、食べたり、恋したり」
カズサはショルダーバッグから、ずんぐりした外見のオートマチック拳銃を取り出しテーブルに置く。スミス&ウェッソンのM&P380ボディガードだ。
ジュンはそれが実銃と察し、顔をしかめる。
「物騒なもの出さないでよ。ミリタリーショップが多いから、誰も怪しまないけど」
「これを貸そう。日本人女性でも扱いやすい護身用の銃だ。レーザーサイトも搭載している」
「いらない」
「使い方を教える」
カズサは慣れた手つきでマガジンを外してから再度挿入、スライドを引いて給弾した上でサムセフティを掛ける。
ジュンが言う。「銃は嫌いだけど、仕組みくらい知ってるし。ホッチキスと同じでしょ」
「君にはかなわないな。日本刀で銃に対抗できると本気で思ってるのか」
「うん」
「いくらなんでも自信過剰だ。自宅でチャリオットを撃退できたのは運が良かっただけだ」
「あたしの専門は居合なんだ。どっちが速いとか遅いとか関係ない。相手が抜く前に斬る。ただそれだけ。早くしまって」
「俺は君が心配で……」
「カズくん、しつこいよ! せっかくのデートを台無しにしないで!」
店中の注目を浴びたカズサはM&Pを戻す。
「すまない、強引だった。でも公安は君の強制的な保護を検討している。そうなれば君は反撥し、新八氏と同様に潜伏するだろう」
「警察は信用できない」
「暁ジュンに干渉すれば殉職者が出ると、俺が組織を説得する。君も譲歩してくれ」
ジュンのストローが、グラスの底で音を立てる。
「カズくんはスパイでしょ。じいちゃんの情報を探れと命令されて、あたしに近づいた」
「それは誤解だ。君が事件に関与してると知ったのは、稽古に参加した後だ。いま現在、上からプレッシャーがあるのは認めるが」
「カズくんが、あたしの初恋を踏みにじる人じゃないのはわかってる。でもなんで虚実隊にいるの? あいつらテロリストより悪い人殺しじゃん」
もともと人の目を見ないカズサの視線が、ふらふらさまよう。
「俺達には俺達なりの正義がある」
「優しいカズくんに向いてないよ。出世のため?」
「酒を頼んでもいいか」
「いいけど」
猫耳メイドがハイネケンの瓶を運ぶ。
「なあ」カズサが尋ねる。「俺は出世欲の権化に見えるか」
「べつに」
「周りからはそう思われている。友人も恋人も作らず、昇任試験の勉強ばかりしてるから」
「偉いと思うよ。あたしは」
「俺の父が都知事なのは知ってるだろう。彼は数学者なんだ。フィールズ賞も獲っている」
「あたし数学超苦手。分数とか」
「二年前、いきなり『選挙に勝つ方程式を編み出した』と言って出馬し、当選した。それまで俺は、父が政治について話すのを一度も聞いたことがない。本当に驚いた」
「暁家とちがって頭の良い血筋なんだね」
「血筋じゃない。東大文学部に合格したとき、父に報告したら鼻で笑われた」
「え、どうゆう意味?」
「まともな頭の人間は文系なんかに進まないと。正直殺意を覚えたよ。父は冷たいんだ。十四歳のとき両親が離婚したが、それも方程式さ。結婚生活を続けたらお互いがより不幸になると、数学的に證明した」
「ひどい」
「だから俺は出世というか、いい仕事がしたいんだ。誰からもバカにされない様な」
寡黙なカズサが饒舌なのは、ハイネケンを二本空け、さらにウィスキーまで飲み始めたから。
ジュンはテーブルに身を乗り出して話す。
「ウチの両親も離婚してるんだ。パパに会うのは年に二、三回かな。親って勝手だよね」
「ああ」
「ママのことは好きだけど、なんか無性にさびしくなるときがあって。家で一人のときとか」
「俺も中学高校時代は辛かった」
「好きで結婚したのに別れるとか、おかしいよ。あたし、好きな人に一生尽くす自信あるもん」
ジュンの頬を涙がつたう。
「おかしいな」ジュンは笑う。「なんで泣いてんだろ。柄じゃないのに。それほどパパが好きだったとか、仲が良かったわけじゃないんだよ」
ジュンはニットの袖で涙を拭う。その手をカズサが両手で包む。はじめて力強く、ジュンの瞳を見つめる。
誰かに触れてほしいとゆう、まさにそのタイミングでの接触に、ジュンはこの人を好きになって良かったと心底から思った。
ジュンは洗面所で勢いよく洗顔する。薄化粧はすぐ落ちた。
ハンカチで顔を拭いてから電話をかける。
「はい、今村でごさいます」知らない女の声が答える。
「暁新八の孫でジュンと言います。祖父がそちらにお邪魔してると思うんですが」
「えっ……少々お待ちください」
一分ほどして新八が電話に出る。かつての愛人の家に居候していた。
「なぜお前がここを知っている」
「ママに教わった。ママはなんでもお見通しなんだよ。じいちゃん、元気?」
「用件をはやく言え」
「いま公安の鏑木って人とお茶してるんだ。じいちゃんに聞きたいことがあるって」
「都知事の息子がそこにいるのか」
「約束したから、話だけでもしてあげて」
「それどころじゃないと鏑木に教えてやれ。いますぐ自宅へ向かえと。最悪の事態を想定して」
通話を切ったジュンが鏡を見ると、蒼白となった自分がそこにいた。
ジュンとカズサはタクシーを拾い、環七を通って世田谷へ急ぐ。カズサが運転手に警察手帳を見せて言う。
「スピード違反は気にせず飛ばしてくれ」
カズサはホルスターからグロック22を抜き、スライドを引いて給弾されてるのを確かめる。
タクシーが大きな鉄門の前に停まり、カズサは待機するよう運転手に言ってから降りる。門を開けると、庭の小型ブランコで遊んでいた六、七歳の少女が駆け寄る。兄夫婦の娘だ。
カズサが尋ねる。「おじいちゃんは居る?」
姪は笑顔で頷いた。カズサはタクシーを帰し、ジュンを連れて邸内へ入る。
二階の書斎のドアをノックした。
男の声がする。「カズサか」
「ああ。入っていい?」
返答がないのに構わず、カズサはドアを開く。
木製の机の前に座る、頭頂の禿げ上がった眼鏡の男が振り向く。東京都知事・鏑木治三郎だ。右手にスミス&ウェッソンのリボルバーがある。
カズサが言う。「問題解決を銃に頼るなんて、数学者らしくもない」
「銃は数学的だ」父が答える。「シリンダーに三発弾を籠めてある。私は半分死に、半分生きている。いわばシュレーディンガーの都知事だな」
「あれは大した学者じゃないと言ってたよね」
「いや、例の思考実験だけは優れている。生命とゆう幻想についての深い洞察だ」
「父さんの嫌いな哲学みたいに聞こえる」
「生と死くらいは、哲学者の業績を認めてやってもいい」
治三郎は机の上のノートPCで動画を再生する。ホテルらしき片づいた部屋のベッドを、固定されたカメラが撮影する。黒の下着をつけた十歳くらいの少女が横たわる。
カズサは口元を隠してうめく。
「暁さん、このビデオは見ない方がいい」
治三郎が言う。「やはりお前は知ってたか」
「存在は知っていた。でも見てない」
「山下が私を脅迫していることは?」
「知ってる。それを止めるため俺は虚実隊に入ったんだ。早まらないでくれ」
「利用されてるだけだろう。それともミイラ取りがミイラになったか。お前は私を憎んでいた」
「俺は肉親を売ったりしない!」
初老の男が幼い娘を組み敷く映像と音声に、ジュンは吐き気をもよおす。奥のベッドで同様のふるまいをするチーフの肥満体も映る。
虚実隊は児童売春のシンジケートに食い込み、それを保護すると見せかけ、各界の要人を脅迫する材料としていた。
治三郎が言う。「山下は東京の王だ。もはや誰も止められない。カズサ、お前はコンピュータに強い。データの完全な消去を頼みたい」
S&Wを自身のこめかみへ向ける。
「やめろ!」カズサが叫ぶ。
ジュンは部屋に入る前から、右手に手裏剣を仕込んでいた。三メートルなら絶対外さない。
治三郎がジュンの手元を凝視する。彼女が手裏剣遣いと知っている。頬に皺をつくり冷笑する。
「暁ジュン」治三郎が言う。「君は救いの天使か、それとも破壊の悪魔か」
ジュンは唇を噛む。不意を突かねば暗器の意味がない。それに、辯解の余地がない恥を晒した五十八歳の男の人生を、これ以上長引かせてどうするのか。
ジュンは目をつぶる。
「カズサ」治三郎が言う。「お前はロボットになるな」
銃声が静かな住宅街に轟いた。
力を失い、背もたれに体を預ける父の膝に、カズサはすがりつく。
「ふざけるな!」カズサが叫ぶ。「俺が父さんを助けるはずだったんだ。なんで勝手に死ぬんだ!」
ジュンは無力感に襲われながら立っていたが、思い切って声をかける。
「カズくん、あたしに出来ることは何でもする。あなたのためなら死ぬのも怖くない」
カズサが答える。「悪いが電話で俺の名前を出して、所轄のパトカーで帰ってくれ」
充血したカズサの目は、まだここにいてくれと訴えている。
「もしパパやママがこうなったら、あたしは復讐する。カズくんも同じでしょ。ボスやチーフは強いけど、あたしなら殺れる」
「俺は警察官だ。個人的事情がどうであろうと、法の下に裁きを受けさせるのが仕事だ」
「そんなだからミイラ取りがミイラになるんだよ」
「う、うるさい! 子供のくせに」
ジュンは、跪くカズサの肩を思い切り突く。見下ろしながら言う。
「辛いだろうけど、あんましナメないでよ。あたしみたいなバカでも、虚実隊は悪党だと確信した。チャリオットはやつらの操り人形なんだ」
カズサは否定しない。
「虚実隊は」ジュンが続ける。「情報と武力を背景に『東京の王』となった。カズくんは暴走を内側から阻止しようとしたけど、力が及ばなかった。ちがう?」
「ボスは俺が止める。俺じゃなきゃいけない」
「あたしも手伝う」
「君はまだ十四歳じゃないか。論外だ」
「あさって十五になるけど」
「そうゆう問題じゃない。新八氏の孫である君が動けば、ややこしくなるばかりだ」
「じいちゃんはどう関係してるの」
「調べてるがわからない。ボスしか知らない」
ジュンは鼻をふくらませる。
「じゃあ、あたしは自由に動くからね」
「俺の話を聞いてるのか」
「家族が巻き込まれてるんだ、文句は言わせない」
闇に沈んだ路上に、世田谷警察署のパトカーが停まっている。警光灯はついてない。カズサが制服警官に、ジュンを無事に送り届けるよう指示している。
ジュンは鼻歌をうたう。
「一難去ってまた一難、ぶっちゃけありえない」
用が済んだカズサが溜息をつきながら近づく。
「上機嫌だな」
「まあね。いろいろあって大変だけど、気を落とさないで」
「その心の強さを分けてほしいよ」
「いくらでも。とりあえず今日はキスして」
「とりあえず、って……はあ!?」
制服警官がパトカーの窓を開け、大声を出したカズサをうかがう。
「忘れたの?」ジュンが言う。「今日はデートだったんだよ。デートの締めはチューでしょ」
「あんなことがあったばかりじゃないか」
「それはそれ、これはこれ」
「暁さん、東京都には条例があって……」
「ジュンって呼んで。あと唇じゃなきゃ嫌だからね」
カズサは長めの髪を掻きむしり躊躇するが、説得の通じる相手じゃないと観念し、軽く口づけした。暗がりでもわかるほど、ジュンの顔が輝く。
「なにがあっても」ジュンが言う。「あたしはカズくんの味方だから」
「わかってる。ありがとう」
「仇討ちのときは連絡して。あたしがボスを斬ってみせる」
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文月ふうろ『オリーブ! Believe,"Olive"?』
オリーブ! Believe,"Olive"?
作者:文月ふうろ
掲載誌:『まんがタイムきらら』(芳文社)2014年-
単行本:まんがタイムKRコミックス
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きららファンならお馴染みの、新入生への部活動紹介。
ここから物語がはじまる。
「手品部」は、シルクハットから花を出す藝を披露するが、
どうも真ん中の人がかすかに浮いてる様にみえる。
「月之宮スズ」はどうしてもタネが知りたくなり、部室をおとづれる。
やはり手品の域をこえる技をつかっている。
あやしい。
主人公はミステリーサークルへ踏みこんでゆく。
一方で、きらら的年中行事もつつがなく進行。
4話は温泉回。
あおばは無防備だし、髪をまとめるコニーや、眼鏡を外すちゑの仕草もいい。
スズに体を折り曲げさせ、下着姿を小さなコマにおさめるなど、
初単行本ながら、作者の画力のほどがうかがえる。
11話は水着回。
オタク男子が好みそうなフリルつきのものが多いが、
幼さを強調したり、ファンシーな花柄だったり、工夫を凝らす。
めくるめく官能の魔法に翻弄される。
魔法界との「ファーストコンタクト」とゆう題材をあつかう本作は、
きらら系4コマとしては比較的ストーリードリブンだ。
読者に「深み」を感じさせる点で成功しているし、
春夏秋冬の「日常」と齟齬をきたす点で失敗している。
けいおん!的ファンタジーと、ハリポタ的ファンタジーが混在しており、
結局のところ主人公がなにをしたいか不明で、共感できない。
しかしあおばとちゑが、箒にまたがりながら上空で、
雪いちごのタルトがどうとか女子トークするうつくしい場面は、
本作ならではの個性の発現であるだけでなく、
はま/相沢沙呼『現代魔女の就職事情』(電撃コミックスNEXT)などに通ずる、
「マジカルな日常」のたのしさが炸裂している。
女子であることは魔法で、百合の空間はファンタジー。
僕らはそれだけで満足なのだけど、飽き足らない彼女らは、
未知の世界へいざなうトリックスターとして異彩を放つ。
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得能正太郎『NEW GAME!』3巻
NEW GAME!
作者:得能正太郎
掲載誌:『まんがタイムきららキャラット』(芳文社)2013年-
単行本:まんがタイムKRコミックス
3巻はディレクターの葉月さんが目立つ。
チームが美人ばかりなのは、ディレクターの職権濫用のせいと判明。
パーティションによる百合空間の構築が、本作の新機軸だったが、
百合は百合のまま、物語の規模はフロア全体にひろがる。
キャラコンペに参加した青葉に、師匠のコウさんへのライバル心が芽生えた。
青葉のデザインが第1回コンペを通過。
1巻の寝袋が伏線となっており、意外性だけでなく必然性もある。
イーグルジャンプ社の看板であるコウさんはおもしろくない。
青葉がキャラクターデザイナーとしてクレジットされたら、
もう先輩後輩でなく、対等の関係になる。
その変化に気づかず甘えてきた青葉に、八つ当たりしてしまう。
きめ細やかな心理描写は、4コマ漫画の基準を飛び越えている。
本作は巻を重ねるごとに「オチ」が減ってゆく。
ねねっちなんて、飛んで跳ねてドンガラガッシャンで笑いが取れるキャラだが、
スコープ越しにうみこさんを観察する表情で読者を釣る。
「忠鳥ペン公」など背景にも注力。
理想の会社として描かれるイーグルジャンプは離職者が出ないため、
一部のキャラクターが出番で割りを食うはめに。
僕の好きなはじめさんも、そのひとり。
しかし、3コマめのアップで感情をつたえる御家藝に磨きがかかり、
さらにお盆で胸を強調するなどの小技で、ファンにそれほど不満を抱かせない。
なめらかなカメラワークで、女子のあんな顔やこんな姿をとらえる。
お猪口に酒をそそぐのを描くのに費やされる3コマめ。
贅沢な時間と空間の演出が、やはり冴え渡っている。
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