カツヲ『三ツ星カラーズ』『ひとりぼっちの○○生活』2巻

 

 

とびきりのかわいさと、バカと紙一重の無邪気さで、上野の秩序を紊乱。

カツヲ『三ツ星カラーズ』(電撃コミックスNEXT)2巻である。

 

 

 

 

かしまし三人娘がついに武装蜂起。

腐敗した警察にRPG-7で制裁をくわえる。

もはや怖いものなし。

 

 

 

 

『ひとりぼっちの○○生活』2巻も同時発売。

ランドセル背負って中学に登校したり、背中にハンガーかかってたりで、

残念な「副委員長キャラ」を確立した本庄アルが1巻の白眉だった。

 

 

 

 

2巻のこのネタはある意味二番煎じだが、

予想の斜め上ってやつで、おもわず吹き出す。

 

 

 

 

国家権力をふみにじる琴葉。

かわいいは無敵。

 

最近電撃コミックスをとりあげる機会が多いので、まとめてみた。

電撃の快進撃は、カツヲから劇的に始まったとわかる。

 

 

 

 

前巻にもステルス要素はあったが、とうとう段ボールまで使用。

ノスタルジックなアイコンとしてのメタルギア。

隔世の感あり。

 

 

 

 

携帯ゲーム機さえ、すでに前世紀的な遺物かもしれない。

それでも、たのしいもの、ドキドキワクワクさせるものを守ろうと、

かわいすぎるパルチザンは破壊工作にいそしむ。







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カツヲ以降の電撃コミックスまとめ

14/08/26 原つもい『この島には淫らで邪悪なモノが棲む』(伝奇エロス)

 

 

14/11/26 カツヲ『ひとりぼっちの○○生活』(コメディ)

※連載開始は2013年9月で、この中で一番早い

 

 

14/12/19 うかみ『ガヴリールドロップアウト』(コメディ)

 

 

15/04/24 カツヲ『三ツ星カラーズ』(コメディ)

 

 

15/06/26 高橋哲哉『ドキドキしすたー♡葵ちゃん』(妹もの)

 

 

15/10/24 仲谷鳰『やがて君になる』(百合)

 

 

15/11/26 はま/相沢沙呼『現代魔女の就職事情』(魔女宅インスパイア)

 

 

15/12/18 柊ゆたか『新米姉妹のふたりごはん』(百合)

 

 

15/12/18 大堀ユタカ/伊達将範『re:teen 繭の中でもう一度10代のキミと会う』(ロリータSF)

 

 

15/12/18 sigama『王道楽土のビジランテ』(伝奇アクション)

 

 

15/12/18 木野咲カズラ『星屑ネバーランドガーデン』(女子寮もの)

 

 

16/01/26 MATSUDA98『未満アイドル、ハジメます。』(ロリータアイドル)


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花咲まにお『明日はアイドルれいかちゃん』/MATSUDA98『未満アイドル、ハジメます。』

 

 

花咲まにお『明日はアイドルれいかちゃん』(まんがタイムKRコミックス/ためし読み)。

きららのアイドルものである。

この御時世、自己表現手段はさまざま。

暗い部屋でウェブカムに向かって歌い踊るアイドルがいてもいい。

 

 

 

 

配信終了後、真顔にもどりウィッグを外す。

趣味としてのアイドル。

 

きららは「文化」を好む。

軽音楽部とかよさこいとかイギリスとかで、本作ならネットアイドル。

汗臭くない、ちょっと洗練された女子の日常を描く。

 

 

 

 

高校の入学式で、「生徒会アイドルユニット」のパフォーマンスを目にする。

そのカッコよさに惚れこみ、自分も立候補をこころざす。

 

『ラブライブ!』のギミックである「スクールアイドル」は偉大な発明だった。

藝能界のサクセスストーリーとスポ根の融合。

AKB48以降のアイドルブームを二次元におとしこむ手法として申し分ない。

そしてきらら系作家は、ポストラブライブ時代において、

「文化系」的なマナーを反映させたアイドル像を模索する。




 

 

 

 

MATSUDA98『未満アイドル、ハジメます。』(電撃コミックスNEXT/ためし読み)。

電撃のアイドルもの。

「萌えの元祖」としてのプライドに火がついたか、電撃は最近好調におもえる。

 

 

 

 

4コマ主体のきららに対し、絵で魅せるのが電撃の強み。

各人各様の練習着を見比べる楽しさといったら!

 

 

 

 

きららが健康で文化的な生活を描くのに対し、電撃はシュール指向。

トップアイドルの研修生たちの物語である本作は、

ホテルでお泊りの場面でおねしょ事件が発生。

下へむかう可愛さのベクトルが胸に突き刺さる。

 

 

 

 

いまや、かわいいのはあたりまえ。

かわいさの、さらにその先へ。

電撃的なドキドキビジュアルのデッドヒートが止まらない。





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エマニュエル・トッド『シャルリとは誰か?』

『ストライクウィッチーズ Operation Victory Arrow』Vol.3「アルンヘムの橋」(2015年)

 

 

シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧

 

著者:エマニュエル・トッド

訳者:堀茂樹

発行:文藝春秋 2016年

レーベル:文春新書

公式サイト/同著者の『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』

 

 

 

エマニュエル・トッドは情け容赦ない。

 

1月7日の17名の死は本当に、

ワールドトレードセンターの2977名の死に匹敵しただろうか。

感情過多だとしてかくもしばしばバカにされるアメリカ以上に、

フランスは過剰反応した。

いったいぜんたい、2015年1月11日、合理主義的で皮肉のセンスが

あるはずのフランス精神はどこへ行ってしまっていたのだろうか。

 

風刺週刊誌の社屋への襲撃を、瑣末な出来事だと斬って捨てる。

そしてイスラム恐怖症をばら撒く元兇は、ウエルベックの小説を読む様な、

一見穏健そうな、中産階級に属する中高年の人々だと統計にもとづき論證。

 

 

 

 

トッドはサルコジ嫌いの左翼だが、社会党に甘くない。

社会党は「差異」を強調し、移民の子供がネイションの一員となるのを拒み、

経済的・政治的・文化的に隔離していると説く。

フランスの本質は、中産階級の中産階級による中産階級のための福祉国家だ。

決して、1%が99%を牛耳っているのではない。

 

(フランソワ・オランドは)ゾンビ・カトリシズムの完璧な体現者だ。

彼はカトリック教徒のゾンビというもののウェーバー的な意味における

理念型と見做されてもよいだろう。

 

 

 

 

若い世代でイスラム教徒に分類されるフランス人は、人口の10%を占める。

ここまで食い込んだ集団と「対決」する体力はフランスにない。

受け入れ、同化させるしかないし、イスラム教徒の方もそれを望んでいる。

かつてカトリック教会をスムーズに世俗性へ取り込めたのだから、できるはず。

 

 

 

 

中産階級の中高年は、ますます年老いてゆく。

ますます幼少時代のノスタルジーに浸り、現実から視線を逸らすだろう。

 

フランスを批判するのは、

そうすることがフランス市民としての自分の義務と考えるからであり、

また、フランスがひとつの人類学的ケースとして特別に興味深く、

他のさまざまなネイションの現実を考察する上でも

非常に参考になると思えるからです。

 

優先すべきはシリアへの空爆でなく、都市郊外の、労働階層の荒廃の救済だ。






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鈴木マサカズ『銀座からまる百貨店お客様相談室』

 

 

銀座からまる百貨店お客様相談室

 

作者:鈴木マサカズ

原案協力:関根眞一

掲載誌:『モーニング』(講談社)2015年-

単行本:モーニングKC

[ためし読みはこちら

 

 

 

銀座の老舗デパートの「お客様相談室」、つまりクレーム処理担当者の物語。

おもしろい題材だ。

 

 

 

 

暴力的で犯罪性の強い事例もあるし、

われわれが通常イメージする「クレーマー」も出てくる。

悪質な客でもお得意様だったりして、無下にできない。

そこはサービス業の悲しさで、どうしても受けに回る。

 

 

 

 

売り場の店員の手に負えないとなれば、室長「銀崎」の出番だ。

巧みな話術で「責任のなすりつけ合い」を回避し、

「またの御来店をお待ちしております」へみちびく。

 

 

 

 

マニュアルが通じないプロとの交渉も相談室の仕事。

あの手この手で金品を巻き上げようとする輩を、撃退しないといけない。

譲歩すればカモにされるから。

頭を下げつつも、内心で客をdisるのがおかしい。

 

 

 

 

ヤクザの親分の自宅へ打って出ることも。

窓のない要塞の様な外観にビビる。

 

制服の女学生や、ラノベ風中二病ストーリーなどに頼らない、

綿密な取材にもとづくモーニングらしい漫画だ。

 

 

 

 

しかし、おかっぱ眼鏡の「水科さん」はかわいい。

「2ちゃん派の残党」を自称するオタクで、ネット炎上にもクールに対処。

 

 

 

 

いかにも大手出版社っぽいストロングスタイルで、

現代の世相を炙り出す、漫画らしい漫画だ。






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ガルパンと武道ナショナリズム

『ガールズ&パンツァー 劇場版』(日本映画/2015年)

 

 

19世紀はスポーツの時代だった。

国家の危機を、国民の心身を鍛えて乗り越えようとした。

ドイツのツルネン、スウェーデン体操、チェコのソコル、

アメリカの野球やフットボール、アイルランドのゲーリックスポーツなど。

 

日本では1911年、当時まだ撃剣や柔術とよばれていた武道が、

剣道や柔道とゆう名称をあたえられ、正課体育の選択教材にくわわる。

国家非常時において、民族自覚は喫緊の課題であるため、

忠君愛国を旨とする(?)武士道により、日本精神を涵養しようとした。

 

 

 

 

1937年、日中戦争勃発。

戦争に勝つのを目的として、日本はますます武道へ注力。

1939年、尋常小学校5年以上に準正課として剣道・柔道が課せられる。

 

さらに中国戦線での日本刀の使用経験をもとに、武道は「戦技」として磨かれる。

一本勝負化、白兵戦を想定した野外での集団対抗戦、急所攻撃など。

 

1938年の南京攻略でなされた「百人斬り競争」は、

無敵の日本刀幻想の頂点を記録する出来事だ。

 

伝統的な剣術には「活人剣」の様な平和指向も存在するが、

剣道の戦技化の歯止めにはまるで役に立たなかった。

 

 

 

 

戦後、連合国軍総司令部は武道、特に剣道を目の敵にする。

体育と精神教育を分離するため、教育現場から武道教員が一掃された。

 

それでも武道は猫をかぶり、「純粋スポーツ」として延命をはかる。

1964年の東京オリンピックで柔道が正式種目とされ、

その決定を受けて急ピッチで建設された日本武道館は、

正力松太郎など政治家の肝煎りの、現代の武道ナショナリズムの象徴だ。

 

 

 

 

1985年以降、武道界はある意思表明をはじめる。

「武道はスポーツではない」と。

とんだ二枚舌と言わざるをえないが、中曽根康弘らが活躍した80年代後半は、

自民党政権が永遠に続くかと思われた保守派の全盛期。

その本質について議論せず、歴史的問題も反省しないまま、

武道とナショナリズムはやみくもに、二度めの野合を果たした。

そして2008年、第1次安倍内閣は中学での武道必修化を実施。

 

 

 

 

学校教育の場で、健全な子女を育成するため課せられる「戦車道」が、

武道ナショナリズムの直系の子孫なのはあきらか。

戦技による精神教育。

なんの違いもない。

西住みほが、第二の向井敏明少尉とならない理由はない。

 

一方で80年代半ば以降、武道人口が減少に転じたなどの経緯をみれば、

ゾンビ・ナショナリズムがどれほど有効かについて検討が必要だ。

また「百人斬り競争」は、いまだ中国人にとって生々しい記憶だが、

その中国で2000年ごろから剣道が普及しはじめ、

競技人口はすでに1万2000人ほどにまでふくらんだ。

日本のアニメ・漫画・映画で、サムライや武士道に興味をもったとか。

 

文化や人の心は、戦争とおなじくらい複雑。






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花見沢Q太郎『Cue』

 

 

Cue

 

作者:花見沢Q太郎

掲載誌:『月刊サンデーGX』(小学館)2015年-

単行本:サンデーGXコミックス

ためし読み/同作者の『まるせい』

 

 

 

安易な様で、ハードルの高いジャンル。

それがアイドル漫画だ。

グループならひとりひとりに個性をもたせ、物語に絡ませるのがむつかしい。

衣装や振付や歌詞をかんがえるのも面倒。

作曲の必要がないのはよいが、アイドルアニメに対する弱みともなる。

 

 

 

 

美少女を描き続けて23年のベテランが、満を持して挑むアイドルもの。

センターをめぐる諍いなど、押さえるべきところは押さえるが、

良くも悪くも淡白な作風ゆえ、ゴチャゴチャドロドロしない。

 

アイドルグループを中小企業と解釈し、管理職的な苦労話で笑わせる、

柳瀬ルカ『涙の数だけ輝いて!』などとは方向性がちがう。

 

 

 

 

新宿ロフトでの初ライブ。

対バンのパフォーマンスが終わると同時に客がハケて、残ったのは5人。

 

 

 

 

沈黙・硬直・虚脱・号泣・失神……ある意味伝説となる。

筒井大志『IDOROLL』は、地下アイドルのパンクな奮闘をえがく傑作だが、

本作はおなじスタート地点から逆方向へ爆走してゆく。

 

 

 

 

枕営業疑惑をかけられた「ふあり」がステージ上で逆ギレする場面は、

ヒロインの天然ぶりが抱腹絶倒のバラマツヒトミ『ポケドル』とネタかぶりだが、

こちらは純情女子のあけすけな言動が微苦笑を誘う。

ダメだからこそ、一層かわいい。

 

 

 

 

ストレスで激太りした「夢」。

かわいい。

ぷにぷにのお腹やほっぺをさわりたい。

 

松本零士氏のように女の子をあまりはっきり描きわけない

著者の画風はこの作品にはぴったり。

メンバーたちのちょっとした造形の違いが逆に個性を際立たせている。

 

けけらびゃう氏のアマゾンレビュー

 

必要以上に共感をもとめず、力まず、極端に走らず、

なにが題材だろうと飄々とした世界観は揺るがない。






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茜田千『さらば、佳き日』

 

 

さらば、佳き日

 

作者:茜田千

掲載誌:『COMIC it』(KADOKAWA)2015年-

単行本:it COMICS

[ためし読みはこちら

 

 

 

引っ越して早々、「広瀬晃」は近所の人に嘘をついた。

彼女と同居人は新婚夫婦でなく、兄妹だから。

 

 

 

 

部屋にはいってすぐ、たかぶった兄の「桂一」が体をもとめる。

適当にあしらう晃。

ふたりは性的関係をもっていると匂わせるが、はっきりしない。

 

 

 

 

晃の仕事は保育士。

よく気がつき、子供に慕われている。

 

 

 

 

ふたりで料理する、印象的な場面。

タマネギのためゴーグルをかけた桂一が、「やっぱり子供ほしいか?」と尋ねる。

子供をつくれない兄妹同士の関係をおわらせたいのか、

それとも兄妹でもいいから子供をつくろうとゆう提案なのか、

晃のぼんやりした反応からは読み取れない。

サスペンス性のつよい物語だ。

 

 

 

 

2話から兄妹の生い立ちが語られる。

風邪で寝こんだ桂一のため、雪のなか一人で買い物に出かけたり。

晃はごく幼いころから、お兄ちゃんっ子だった。

 

 

 

 

桂一が自宅に女友達を連れてきたとき、呆然とした。

読者は晃の心理に同調しながら、兄妹の秘密を追いかける。

 

 

 

 

童顔で、ボーイッシュで、しっかり者で、女子力が高く、

母親の様で、いくつになっても思春期の少女の様に不安定で、そして妹。

ありったけのペルソナをかぶる、謎めいたヒロインだ。

 

 

 

 

以上の複雑な事情にくわえ、本作は群像劇の側面もあり、

やや詰め込みすぎのストーリーなのは否めない。

ただ作者にとってはまだ2冊めの単行本だし、長い目で見守りたい。

 

こんがらがった内面をもつ主人公の目にうつる風景は、類のないものだから。






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『サイバー剣士 暁ジュン』第6章 「襲撃」

登場人物・あらすじ


全篇を縦書きで読む








 高田馬場の家の、リビングからパーティションで仕切られた客間で、ジュンが布団で眠る。自室は二階だが、ロボットを管理する都合上、庭に面した部屋で生活している。服と漫画が散らばるくらいで、十四歳の少女らしい暮らしの跡はない。

 赤兎が、鉄の前肢でジュンを揺する。

「起きろ」

「……いま何時」

 パーティションから光が洩れているが、十分睡眠をとった気がしない。

「午前七時十一分だ」

「日曜は八時にセットしたでしょ。目覚ましも満足にできないわけ」

 布団からの痛烈な蹴りで赤兎をよろけさせる。

 ジュンが続ける。「八時五分前に起こして」

「監視カメラが、同じ車が低速で家の前を三度通るのをとらえた。こちらを観察していた。クロネコヤマトのトラックだ」

「それを先に言えよ」

 跳ね起きたジュンは、枕元の朱塗りの愛刀とアイフォンをつかむ。録画した映像を再生する。トラックの助手席にも人がいるのを確認。

 ジュンが言う。「こいつらがチャリオットだとして、なんでウチの住所を知ってんだ。青山霊園にいた連中は皆死んじゃったのに」

 ピンクのパジャマを着た母親が、いきなりパーティションを開けて言う。

「ドタバタうるさいわね」

 彼女は元美容師で、いまは美容院とネイルサロンの経営者だ。週末も働くことが多いが、たまの休みの今日は一日中寝ているつもりだった。

 赤兎が言う。「安眠を妨げてすまない」

「あら、セキト君は悪くないのよ。いつも家事を手伝ってくれて大助かり。誰かさんとちがって」

 ジュンは顔をしかめ舌をだす。

 赤兎の専門のひとつは民心獲得工作だった。地元住民が、タリバンと米軍を天秤にかけ狡猾に立ち回るアフガニスタンとくらべたら、日本の母子家庭などたやすく浸透できる。

 インターフォンの呼び出し音が鳴り、玄関から「アマゾンからお届け物です」と男の声が聞こえる。

 ジュンはテレビ台から、紫色のゲームキューブを出す。立方体の筐体に取手がついている。

 玄関で赤いニューバランスを履き、勢いよくドアをあける。緑の帽子をかぶった男はよろけ、段ボール箱を落とす。ゲームキューブが頭蓋骨を砕いた。

 ベージュのフリースジャケットを着た男が、庭に控えている。咄嗟にベレッタを抜くが、ジュンが左手でスマッシュブラザーズの八センチディスクを投げる方が早い。

 フリース男は頭部への攻撃を防ごうとする。ジュンは立方体の角でみぞおちを打つ。足払いをかけて倒し、肋骨を踏みつけて折る。

 母親が庭に出たとき、戦闘は終わっていた。

「ママ」ジュンが言う。「お願いがあるんだけど」

「どうしたの。ケガをしたの」

「ゲームキューブ壊れちゃった。誕生日にWiiU買って」

「それどころじゃないでしょ!」

 憤慨した母は、通報しに中へ戻った。

 物置からビニール紐を出したジュンは、うつ伏せにしたクロネコ男を後ろ手に縛る。

 ジュンが呟く。「こいつ、見覚えあるぞ」

 リビングの窓を開け、赤兎が庭に下りる。

「インターネットで共有されている情報によると、青葉誠、二十三歳」

「だれそれ」

「大学を辞め、イスラム国に戦闘員として参加したことで話題となった」

「ああ、いたかも。チャリオットって一体何なんだ。何が目的なの」

「私は戦略レベルの助言はできない」

「しょぼ……あっ、しまった! いま何時!?」

「午前八時三十二分」

「ライダー見逃した。ねえセキト、気を利かせて録画してくれたりとかは」

「私は世界最高のAIだと自負しているが、正直君の要求にはついてゆけない」




 ジュンは車で迎えられ、新木場の警視庁第七方面本部に来ていた。ヘリポートに近いこの施設の四階に、虚実隊は本部を構える。

 濃紺の制服を着た女子職員が声をかける。スカートが短く、シャツの胸元がはだけ谷間が大胆に露出している。

「携帯電話などをお預かりしますね」

 ジュンはアイフォンを託して中へ入る。ドアの手前の長椅子に、議員バッジと拉致問題のブルーリボンをスーツにつけた五十代の男が、足を組んで座っていた。隣には秘書らしき女が。

 白の調度で統一された応接室には、マックブックプロで作業する鏑木上総がいた。右側の壁は横長の鏡で覆われている。

 ジュンが言う。「カズくん! こんにちは」

「今日は大変だったね。いや、『今日も』と言った方がいいか。とにかく無事でよかった」

「ねえ、鏡の裏に人がいて観察してるんでしょ」

「こっち側はビルの外壁だよ。誰もいない」

「つまんないの」

 谷間の婦人警官がお茶を置いていった。一口啜ってからジュンが言う。

「あのミニスカポリス、すごい巨乳」

「彼女は警官じゃなくて、藝能事務所から出向しているグラビアアイドルの卵さ。ウチは変わった部署なんだ」

「どうりで。ああゆうのはカズくんの趣味じゃないだろうから安心だけど」

「否定はしない」

 カズサはマックの画面をジュンに向ける。表計算ソフトで数字がずらり表示されている。

 ジュンが言う。「なにこれ」

「君の祖父である暁新八氏の株取引の記録だ。サントリーやキリンなどの株で六億円儲けた。新八氏がテロ計画を事前に知り、売り抜けを企んだと警察は考えている」

 上機嫌だったジュンの顔が引き攣る。もともとツリ目なのがさらに吊り上がる。

「ミネラルウォーターか」

「さすが察しが良い。炭疽菌テロからひと月近く経っても、いまだに品薄が解消しないからね。なにか知っていることは?」

「ない。あってもここでは言わない。じいちゃんに逮捕状は出てるの」

「今のところ我々は、新八氏を被疑者でなく参考人として追っている。一分一秒でも早く接触したい」

「おしえるよ、連絡先」

 カズサが目を丸くする。

「いいのかい? 逮捕の可能性がないとは言えないが」

「じいちゃんもカズくんも信じてるもん。カズくんの役に立てたら嬉しいし」

 誰かに悪事を働かせ、自分は陰に隠れて濡れ手で粟をつかむなど、祖父の人生観に合わない。雪風流は戦いの場では卑怯にもなるが、他人の褌で相撲はとらない。

 ジュンが続ける。「ただし条件があるよ」

「予想できるな」

「ばれたか。来週の日曜、あたしとデート。その後でおしえる」

 赤面したカズサが周囲を見回す。やはり同僚が観察しているらしい。

 外からやかましい口論が響く。長時間待たされた国会議員が「私は忙しいんだ」と、虚実隊が自分より女子中学生を優先したのを責めている。

 乱暴にドアを開けて議員が部屋に入る。ジュンをつまみ出せと、カズサにまくし立てる。

 ジュンは黙って椅子から立つ。無表情だが、目つきは険しい。激しく怒っている。

 奥の部屋から、白いマルチーズ犬が飛び出した。獰猛に吠えながら、議員の足に噛みつく。




 ジュンはカズサに付き添われ、三つのモニターがならぶ奥の部屋へ通された。隠しカメラがそれぞれ別の角度から応接室を映している。ミニスカポリスが議員に平謝りする。例のマルチーズはボスの飼い犬だった。

 胸の谷間を誇示するミニスカポリスと、議員の会話は次第に和やかとなり、ラインの交換まで始めた。

 ジュンが言う。「忙しいんじゃないのかよ」

「あの先生は」カズサが答える。「元自衛官で国防関係に強いから、ウチにとって有用なんだ」

 グレーのスーツを着て、マルチーズを抱いたボスが背後から現れ、カズサと会釈を交わす。かすれ声で話にくわわる。

「鏑木、あいつは切れ。情報の価値を知らない人間をウチに近づけるな」

 ボスは国会議員要覧をカズサに手渡す。次の人選をしろとゆう意味だ。ミニスカポリスは協力者の口の堅さを試すため雇われていた。

「かわいそ」ジュンが言う。「誰かに自分を知ってもらいたいのは自然な感情でしょ」

 ボスの小さな目が光る。身長はジュンとさほど変わらない。

「生物学的に見れば、人間は遺伝子が動かす乗り物にすぎない。遺伝子とはつまり情報だ。情報がこの世のすべてだ」

「で、あたしにこんなものを見せていいの。大事な情報じゃない?」

「君はすでに知りすぎている」

 皮肉っぽく口を歪め、ボスと愛犬は部屋を出た。

「めんどくさい職場だなあ」ジュンが言う。「カズくん、ストレス溜まってそう」

 カズサが尋ねる。「オウム真理教を知ってるかい?」

「地下鉄サリン事件の」

「そう。事件発生直後、警察は及び腰だった。宗教団体を摘発するノウハウがないからね。そこでボスが孤軍奮闘した。ひとりでオウムを潰したとまで言われる」

「尊敬してるんだね」

「伝説的な公安警察官なんだ、あの人は」

 ボスを語るときのカズサはいつもより色っぽく、ジュンの気持ちは複雑に。

「ま、犯罪者を追うのは警察に任せて、あたしは面白おかしく生きたいよ」

「それが僕らの存在理由さ。待ち合わせは来週の日曜午前十時、中野駅北口でよかったかな」

「うん。この日のために服も買ったんだ。楽しみにしてて」




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百乃モト『私の無知なわたしの未知』

 

 

私の無知なわたしの未知

 

作者:百乃モト

発行:講談社 2015-6年

レーベル:KCxハツキス

ためし読み/同作者の『レイニーソング』/『無敵の迷子』

 

 

 

作者お得意の社会人百合だ。

昼休みのキスで、不毛な職場はユートピアにかわる。

 

 

 

 

黒髪ショートで、クールな先輩の「朝海」。

女子力が高く、ゆるふわな新米の「湊」。

まさに鉄壁の布陣で、ケンカの場面さえ心なごませる。

 

 

 

 

百合漫画はうつくしい。

うつくしいもの同士が愛しあうのだから、そうにきまってる。

ある意味つまらない。

百合漫画なんて、何年も描き続けるものじゃない。

 

 

 

 

本作の2ページめ。

湊が小料理屋の隅にあるピアノを鳴らす。

つましい家庭環境、音大に行けるほどピアノが得意だったこと、

親を気遣って夢をあきらめた遠慮がちな性格などを、流れる様に語る。

 

 

 

 

朝海がアコースティックギターを爪弾く。

色気のあるたたずまい。

 

「百合はパンクロックである」が僕の持論だが、『キミ恋リミット』から6年、

よりレイドバックな作風に百乃モトはたどりついた。

 

 

 

 

本作は『モンテ・クリスト伯』ばりの復讐譚でもある。

ドストエフスキーよりデュマにちかい。

セックス・ピストルズの様に刹那的に燃え尽きるのでなく、

音楽性をひろげてポップになったクラッシュやジャムに喩えてもいい。

 

 

 

 

あと女のバーテンダーを描かせたら、右に出るものがいない。

個性を生かしつつ、外へむかっての成長を感じさせる。

百合漫画史にのこる傑作なのはまちがいない。







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ジャンル : アニメ・コミック

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亜麻木硅『STAINLESS NIGHT』

 

 

STAINLESS NIGHT

 

作者:亜麻木硅

発行:富士見書房 1994-5年

レーベル:富士見コミックス

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「リニア」と名乗るメイド服の少女。

家事を手伝うアンドロイドだが、名前以外の記憶がない。

 

 

 

 

暴漢に襲われたところを、ロボットオタクの「沙弥加」に保護された。

女の外見をしたはぐれドロイドは性犯罪の対象となりやすい。

 

 

 

 

リニアは非合法のブローカーにより改造されていた。

具体的に言うと「ふたなり」に。

目覚めたとき特殊機能が誤作動をおこし、沙弥加の処女を奪ってしまう。

 

20年以上前の成人向け漫画なので、描き込みの少なさなどに時代を感じるが、

亜麻木硅は当時においても絵が「白かった」。

むしろすべすべした女体の優美さなどを、現代の作家は見習うべきだろう。

 

 

 

 

リニアの開発者たちの支援、封印された能力を利用しようとする巨大企業、

その命令を受けてリニアを追うアンドロイドとの闘いなどが描かれる。

 

近未来SF、学園もの、ふたなり、百合……。

全2巻16話にギチギチに詰めこんでいる。

 

 

 

 

それでも本作が忘れがたいのは、恋愛感情の切なさゆえ。

道端でひろったロボットに、一時的な慰めでなく、本当の愛をもとめる沙弥加。

誠心誠意それに応えようとするリニア。

 

 

 

 

「三原博士」と、そのアンドロイド「サヤ」の絡みでは、

愛情のこもったフェラチオなどを成人向け漫画らしく丁寧に描写。

 

 

 

 

マスターの精を浴びて悶える様子がいじらしい。

近未来エロ漫画の白眉だろう。

 

 

 

 

戦闘中に、固定されていたカチューシャ状の器具が外れ、

リニアはすべての記憶と機能をとりもどす。

純情可憐なアンドロイドは、最後まで沙弥加に忠実に、愛と正義に殉じる。

うつくしい物語だ。

 

亜麻木硅は、「百合」が人口に膾炙するはるか前から(つまり『マリみて』以前)

ヘテロ中心のエロ漫画誌で百合にこだわり続けた作家だ。

ジャンル面での先駆性もふくめ再評価されてほしい。






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『サイバー剣士 暁ジュン』第5章 「猫カフェ」

登場人物・あらすじ


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 新宿・靖国通りの雑居ビルの非常階段を、寒風が通り抜ける。

 ジュンは年齢を一つ鯖を読み、「ふれいや」とゆう猫カフェで働いている。祖父に貯金の全額を渡したら小遣いが底をついた。息抜きのため階段に腰を下ろすが、ジャンパースカートの制服だけなので身震いする。

 アイフォンの容量いっぱい溜めこんだ画像を高速スワイプ。二次元、二・五次元、三次元のイケメンが流れてゆく。カズサとツンツン頭と三人で撮った写真が、ちくりと心を刺した。

 アルバイトをするのは、カズサとのデートに着ていく服を買いたいから。彼が何らかの陰謀に関与するらしいのは気掛かりだが、真相を知るためにも自分の恋情に従うつもり。

 毛の長いサイベリアンのリュドミラが、階段を降りてジュンの隣に来る。口に咥えていたゴキブリの死骸を置いて見せびらかす。

 ジュンはリュドミラの美しい毛皮を撫でる。

「あたしへのプレゼント? ドミちゃんはいい子だね。でも他の人にやったらダメだよ」

 獰猛なハンターの本能を、平和な日本で持て余す。ジュンとリュドミラは似てるかもしれない。

 三十代の女店長が地上から声をかける。

「暁さん、またサボってるの」

「休憩中です」

「荷物が来たから運んでくれる」

「はーい」

 コーヒー豆の詰まった段ボール二箱を持ち上げ、ジュンは階段を登る。十四歳の女子にしては長身で、体を鍛えてるのもあるが、古武術で仕込んだ重心移動のテクニックを活かしている。

 店長が言う。「力持ちなのは助かるわ」

「あざっす」

 ジュンは壊した食器の被害額が経営を圧迫し、「働けば働くほど赤字が増える」と恐れられた。横柄な接客態度も「猫より無愛想な店員がいる」と食べログで叩かれ、どうにか運搬係として首がつながっている。

 ドアを開けてバックヤードに入ったジュンは、なにか柔らかいものを踏んだのに気づく。たとえるなら、ぬいぐるみの様な。

 恐る恐る、抱えている段ボール箱の下を覗くと、自分の右足がシャム猫の細い首を砕いている。

「ソ、ソムちゃん……」

 蒼白となったジュンは荷物を下ろし、シャム猫を抱き上げる。呼吸していない。周囲を見回したところ、目撃者はリュドミラだけ。

 客席から同僚に呼ばれる。

「暁さん、お客さんから御指名」

「いま行きます!」




 ジュンを呼んだ客は、従妹の諸星菫だった。ジュンとおなじ姫百合学園へかよう十二歳。近所の神楽坂に住んでいて、実の姉妹の様な関係だ。

 ストローを咥えたスミレが、座席で手をふる。

「お姉ちゃん、ひさしぶり」

「道場があったころは毎週会ってたもんねえ」

 向かいに座ったジュンが抱くリュドミラに、スミレは目を留める。

「きれいな猫。あたしにも抱っこさせて」

「ドミちゃんは噛むから触らない方がいいよ」

「お姉ちゃんは噛まれないの」

「孤高のハンター同士、分かり合えるみたい」

「なにそれ。モンハンの話?」

 スミレは明るい色の髪を、地につくほど長く伸ばし編み込んでいる。ほっそりして顔が小さく、彼女を見た人は「お人形さんみたい」とゆう陳腐な形容を使わずにいられない。

 ブリティッシュショートヘアを撫でつつスミレが尋ねる。

「おじいちゃんがお金に困ってるって?」

「うん。ママは怒って縁を切る勢いだから、少しでも足しになればとバイトしてる」

「どうだか。お姉ちゃん、彼氏できたでしょ」

「エ、エスパーか」

「だって、お姉ちゃんから買い物に誘うなんてレアすぎるもん。彼氏さんの写メある?」

「いや、カズくんはまだ彼氏じゃないけどね」

 ジュンはアイフォンを取り出し、スリーショットの写真を見せる。

 スミレが言う。「ふうん、かっこいいね」

「え、なんでカズくんがこっちって分かるの」

「お姉ちゃんのタイプなんてバレバレだし。二次元でも三次元でも、ナヨッとした男の人が好みでしょ。あとメガネ率が超高い」

「末恐ろしい十二歳だなあ」

 成績優秀で品行方正なスミレは初等部の生徒会長をつとめる。ついた渾名は「神童」。幼稚園を受験するとき、両親への愛と姫百合学園への憧れを語ったスミレのスピーチに、学園長が感動して泣いたとゆう逸話は有名だ。

 バックヤードから悲鳴が上がる。

「きゃああああ」

 ホールは騒然となり、ジュン以外の店員がバックヤードへ殺到した。

 店長の声が聞こえる。「どうしたの。静かにしなさい」

「ソムちゃんが……死んでます」

「なんですって」

 ジュンは無言でうつむいている。リュドミラが彼女の膝であくびする。

「お姉ちゃん」スミレが言う。「このまま逃げた方がよさそう」

「あ、あたしは関係ない」

「さすがに今回は庇いきれないかな」

 ふれいやは、スミレの父の知人が経営する店だった。テレビ局のプロデューサーである父が番組で紹介した恩があり、この店に顔が利くスミレのおかげでジュンは首にならずに済んでいた。

 スミレが苦笑しながら続ける。

「店長は私がごまかしておくから」

「バカな姉で本当に申し訳ない。いつかお礼はします」

「いいから早く」

 ジュンはカフェの制服のまま脱走。接客業としてはともかく、逃げ足なら日本一だった。




 ジュンは「四季の路」の木陰で、スミレが店から持ち出した自分の服に着替える。モッズコートにカーゴパンツとゆう、いつものミリタリー系。

 スミレが尋ねる。「お姉ちゃんってスカート持ってたっけ?」

「いや、学校の制服だけ。あたしファッションに全然興味なくてさ」

「知ってる」

 ジュンが服を買うのは、高田馬場のユニクロかネット通販だけ。

 ジュンが言う。「自分で言うのもなんだけど、ダサいよね」

「そんなことないよ。ミリタリールックは似合うと思う。でも……」

「でも?」

「本物の軍人に見える。銃とか持ってそう」

「くやしいけど、実際手裏剣持ってるから言い返せない」

 スミレは青のニットワンピの下に、赤のタイツを穿く、ファッション雑誌から飛び出してきた様なスタイル。

 スミレが言う。「じゃあ伊勢丹行こっか」

「伊勢丹!? こんな服で行ったら殺される」

「普通のデパートだよ」

「スミレ、買ってきて。あたしは紀伊國屋で漫画探してるから」

「はああ」スミレが嘆息する。「お姉ちゃんは二十五歳の男性から、中学生として見られたいの? それとも一人の女性として?」

「じょ、女性として」

「だったら人一倍努力しなきゃ」

「正論だ。さすが神童」

「どういたしまして。行くよ」

 ジュンは三歳下の従妹に手を引かれ、ふたたび靖国通りへ出た。




 伊勢丹本館二階を徘徊するジュンをカモと見なし、さっそく黒服の女店員が間合いを詰める。

 ジュンは従妹の陰に隠れる。

「ひっ、来たっ」

 店員が言う。「なにかお探しですかあ?」

「そうですねえ」スミレが答える。「春物のワンピとか見たいんですけど。姉が」

「ごきょうだいですか」

「はい! ひさびさのデートなんです」

「仲が良くてうらやましい」

「えへへ」

 スミレと店員のなごやかな会話を、ジュンは傍観する。

「知らない大人と友達みたく話してる……」

 売り場から服を掻き集めたスミレが言う。

「ほら、お姉ちゃん試着! ぼさっとしてないで。女の子のお買い物は戦いなんだよ!」




 試着室に籠もったきり物音一つ立てないジュンに業を煮やし、スミレはカーテンを開けようとするが、内側から怪力で抵抗される。

 スミレが言う。「お姉ちゃん! 着替えるのに何分かかるの!?」

「あと少し……」

「もう、開けるからね!」

 白のレースワンピースを着たジュンが、色白の頬を赤らめ、そこにいた。短い裾を押さえている。

「かわいい!」スミレが叫ぶ。「お姉ちゃん、超似合ってるよ」

「全然似合わない……あたし足太すぎ」

 発達したふくらはぎの筋肉は、格闘におけるジュンの機動力の源泉だが、容姿における劣等感の主因だった。

 スミレが言う。「足もキレイだってば」

「褒めてくれるのは嬉しいけど、やっぱ変だよ。こんなのあたしじゃない。それに二万円とか無理だし。デートはいつもの服で行く」

「もっと自信持たなきゃ。そうだ、お母さんにも見せよう。写メ撮るよ」

「やめろッ!」

 動顛したジュンは、スミレのアイフォンをはたき落とす。

 スミレはそれを拾い、微笑を浮かべて言う。

「ちょっと待っててね」

 持ってきたのはデニムパンツだった。

「これ下に合わせてみて」スミレが言う。「初デートでパンツオンスカートって男ウケ的に微妙だけど、お姉ちゃんらしいかな」

「スミレ……」

「こんなにたくさん服があるんだもん、自分にぴったりのスタイルがきっと見つかるよ」




 ジュンは戦利品を提げ、夕焼に溶けてゆく西武新宿駅へ向かって歩く。青山霊園での銃撃戦より疲弊していた。

「あたしは」ジュンが呟く。「ダメなお姉ちゃんだな。妹に頼ってばかりで」

 スミレが答える。「私は楽しかったよ。二人きりでお買い物したの初めてだし。お姉ちゃんは楽しくなかった?」

「正直楽しかった。ああゆうお店で試着するのって昂奮する」

「でしょでしょ!」

「あたしも努力すればスミレみたくなれるかな」

「何言ってるの。小さいときから剣術の天才で、誰よりも強いお姉ちゃんは私の憧れだよ」

 澄んだ瞳で見つめられ、ジュンの胸は締めつけられる。外見も内面も天使さながらの従妹の好意に応えようと、気持ちを言葉にする。

「もしスミレが悪い奴に襲われたら、あたしが真っ先に駆けつけて守る」

「あっはっは……超ウケる!」

「なんで笑うんだよ。テロとか怖いじゃんか」

 結局チャリオットの「ムーン作戦」は、多磨霊園・谷中霊園・雑司ヶ谷霊園の三か所で実行された。青山はあくまで標的のひとつだった。

「そんなことあるわけないよ。でもありがと。お姉ちゃん、世界で一番大好き」

 スミレは背伸びして、ジュンの頬に口づけした。




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桜乃みか『神えしにっし』

 

 

神えしにっし

 

作者:桜乃みか

掲載サイト:『少年ジャンプ+』(集英社)2015年-

単行本:ジャンプ・コミックス

 

 

 

「橘ことえ」は田舎住まいの18歳。

オタクの趣味はないけれど絵が得意で、

兄「さとし」に命じられるままpixivに萌え絵を投下している。

評判は上々だ。

 

 

 

 

兄が村に同ジャンルの絵師をみつけた。

パチンコ店員で42歳の「ゴローさん」。

仕方なく友達になる。

この村に話題の合う相手がいただけで奇跡だから。

 

 

 

 

積極的に家の手伝いをすることえはともかく、

ただのニートのくせ大言壮語するさとしは白眼視されている。

父親とは喧嘩ばかり。

 

秋元康の下積み時代がどうとか、気の利いた会話がいい。

僕もちょっと「女子を見る目に自信がある」と思ってるから、身につまされたり。

 

 

 

 

味方は祖母しかいない。

生き馬の目を抜くオタク業界へ打って出るには、たよりない後援者だ。

 

だれでも「クリエイター」になれそうな幻想を与える現代の、

現実の壁のぶあつさを容赦なく描く。

 

 

 

 

女子のネットワークが、ガラパゴス化した日本に波乱をおこす。

絵師仲間のミユユは、わざわざ「大都会埼玉」からライバルを潰しに来た。

こいつは相当なへそ曲がりで印象ぶかい。

 

 

 

 

歌手の道をあきらめた友人に、「歌い手」として動画配信をすすめ、

ことえ自身はイラストを提供する6・7話も魅力的なエピソード。

 

不器用な妹のやさしさが、ひとびとの夢を大きく育てる。

 

 

 

 

本作は、イラスト文化やインターネットを題材にしたコメディだが、

「青春もの」、そして「兄妹もの」としても楽しめる佳作だ。






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木野咲カズラ『星屑ネバーランドガーデン』

 

 

星屑ネバーランドガーデン

 

作者:木野咲カズラ

掲載誌:『@vitamin』(KADOKAWA)2015年-

単行本:電撃コミックスNEXT

[ためし読みはこちら

 

 

 

みんな大好き、女子寮ものである。

朝から晩までオンナノコが埋め尽くす空間。

 

第1巻で登場する寮生は6人。

スポーツ少女、生徒会長、同人作家、声楽家の卵、天然キャラ、

世話焼きなお母さんキャラ、見栄っ張り、明るい人気者、無口。

属性の数が合わないのは、女子は複数の顔を持つものだから。

 

 

 

 

女子寮ものの定番、お風呂シーン。

秘密の花園と聞いて、だれが覗かずにいられよう。

 

主人公「音瀬川弓月」は、藝能人を両親にもつ境遇を羨まれてきたが、

才能に恵まれず地味な自分とのギャップに苦しんでいる。

そんな浮世のしがらみを洗い流し、裸一貫でリスタートする寮生活。

 

 

 

 

バレー部のエースで、スポーツ特待生の「森宮たまき」。

料理上手で性格もやさしく、寮ではみんなのお母さん的存在。

 

サイズも弾力性もバレーボール級のおっぱいがすばらしい。

 

 

 

 

コートに立つと人格が変わり鬼となる。

その実力はプロ入りも確実と言われるほど。

ちなみにこちらの絵は脚線美を強調。

 

そして、たまきは「料理人になりたい」とゆう夢と、

スポーツ選手としてのキャリアに引き裂かれ、悩んでいる。

本作の女子はみな二面性があり、葛藤する。

 

 

 

 

生徒会長の「羽崎セルマ」は、全校の憧憬をあつめるクールビューティ。

エーデルワイスの様な高嶺の花と称される。

本作はジャンルとしては広義の百合に属すが、一輪ごとに色や香はさまざま。

 

 

 

 

花の色も、それぞれ陰影に富む。

「高嶺の花」でいるための懸命な努力は、ある意味滑稽だが、

思春期らしい一途に愛をもとめる動機が描かれ、泣かせる。

 

可愛らしい絵柄ゆえ侮られそうだが、エピソードは粒ぞろい。

特に3年生組の4・5話がいい。

 

 

 

 

これが初単行本となる木野咲カズラの腕前は、華道の家元の様だ。

無造作に二輪の花を生けるだけで、自然美があたりを満たす。






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『サイバー剣士 暁ジュン』第4章 「青山霊園」

登場人物・あらすじ


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 日が沈みかける明治通りを、黒の日産キャラバンが南進する。ジュンが運転席でじゃがビーを食べている。ハンドルやペダルは一切触れない。

 ジュンは荷室にふり向いて尋ねる。

「セキト、本当に事故らないの」

「事故率は人間の運転とほぼ同じだ」

「もっと安心させる言い方できないかな」

 四足歩行ロボットはその塗装から、後漢末の武将・呂布の乗馬になぞらえ、ジュンに「赤兎馬」と名づけられた。男性声優のボイスサンプルをダウンロードし、声も彼女好みに調整された。

 このワゴン車は、「彼」を開発したアメリカ企業の日本支社が提供したもの。自由に使ったあと乗り捨てて構わないと言うほど、貴重なデータを日本で収集しているらしい。

 ジュンが紺のダウンジャケットのポケットに手を突っこむ。金属音が鳴る。左手でアイフォンのマップを操作する。目的地で戦闘が勃発する恐れがあるため、地形を記憶していた。

 赤兎が言う。「君はポケットをいじる癖がある。注意した方がいい」

「へいへい。ところでセキトは、次のテロの対象はどこだと予測してた?」

 昼に警視庁が騒がしかったのは、「チャリオット」と自称する組織が犯行予告を発表したから。

 物質面に続き、東京の精神面を攻撃する「ムーン作戦」は、きょう午後七時に決行される。都民を無意識の層まで動揺させ、迷信にとらわれた心を解放するとチャリオットは宣言した。

 警視庁は勿論、近隣の県警や公安機関が動員され、都内のシンボリックな施設に警備体制が敷かれた。皇居・都庁・東京タワー・スカイツリー・ディズニーリゾート・浅草寺・渋谷109・秋葉原など。

「わからない」赤兎が答える。「私は戦術レベルの助言は与えられるが、戦略についての質問に答える機能がない」

「勘でもいい」

「私に非論理的な洞察を求めるとは……。逆に聞くが、なぜ君は青山霊園がターゲットと考える?」

「簡単だよ。自分がやられたら一番嫌なところを、敵は狙うと想定する。たとえば、もし池袋の乙女ロードが爆破されたら腹立つけど、衝撃はそんなに大きくないと思う」

「なぜだ」

「取り返しがつかないダメージじゃないもん。でも、ここはちがう」

 キャラバンを路上に駐め、ジュンは降車する。靴は黒のショートブーツ。愛刀を忍ばせたギグバッグを背負っている。

 赤兎が言う。「すこし動きが鈍いな」

「バレたか。あたし生理が重いタチなんだ」

「できるかぎりサポートしよう。イスラエル軍が提供した研究成果がある」

「うう、諏訪部順一ボイスが子宮に響くぜ。きょうは代永さんに変えるか」

 アイフォンで音声設定をいじるジュンに、自力でバックドアから降りた赤兎がソプラノで話しかける。

「君がアドミニストレータなのは承知しているが……」

「かわいい! むしゃぶりつきたい声」

「……私は最新のテクノロジーを導入した戦闘支援システムだ。相応の扱いを要求したい」

「兵士の士気を高めるのも仕事だろ。あたしが生涯の最後に聞く声が、セキトのになるかもしれないんだ。こだわらせてもらうよ」

 ジュンは平然とゲーム用ヘッドセットを装着する。月に照らされ両目が光った。




 たまに車が通るだけで、人気のない墓地をジュンはひとりで探索。さすがに薄気味悪い。両脇にならぶ墓石は見て見ぬふり。乃木希典や秋山兄弟など、高名な軍人もここに眠る。彼らが目を覚まさぬ様、穏便に済ませたい。

 迂回した赤兎からヘッドセットに連絡が入る。

「こちらに車輛二台が来て、人が降りた。数は十二名。武装している」

「ビンゴ。得物はなに」

「全員ガリルだ」

「イスラエルの小銃か。ダム襲撃のときと同じだ」

「あとプラスチック爆薬を確認した」

「まいったね。よし、そのまま監視を続けて」

 ジュンは祖父からもらった、左用の銀色の手袋に嵌めたアイフォンの画面を見る。手袋は「パワーグローブ」と名づけた。

 緑一色の映像の中で、集団が慌ただしく動く。長髪で細身の人物が命令する。声が高い。リーダーは女らしい。爆破の準備作業は統制され、ムダがなく、彼らがよく訓練されてると分かる。

 あたしの出る幕じゃない。けど通報しても、おそらく間に合わない。

 ジュンが言う。「セキト、どうしたらいい?」

「『どうしたら』とは?」

「いますぐ止めるべきか、否か」

「もし君が爆破を止めたいなら、直接介入するしか方法はない」

「そうじゃなくて、どうするのが正しいか」

「君は倫理の話をしているのか」

「うん、まあ」

「私は人間の倫理について判断できない」

「だよね」

 ジュンは自分の生命と、墓石や遺骨を天秤にかける。あらゆる観点から考えて、前者が重い。

 けど納得できない。また三月にママやじいちゃんとお墓参りしたいもん。

 くそ、やってやる。あたしは人間なんだ。




 世界を騒がす重武装の組織は、テロ行為の真っ最中に女子中学生から話しかけられ仰天した。

「あの、すいません」

 全員のガリルを持つ手が緊張する。

「あたしは」ジュンが続ける。「暁ジュンって言います。姫百合学園中等部三年です。ちょっとお話ししたいんですけど」

「何者だ」女リーダーが言う。

 彼女は身長百六十四センチのジュンより、頭一つ分高い。ノースフェイスのマウンテンパーカーを着ている。

「あなた方はチャリオットさんですよね。できれば爆破はやめてほしいなあって。ここにウチのお墓があるもので。別に恨みはないから、まだ通報もしてません」

「いったいお前は何を言っている」

 四つの銃口がジュンの胸元を狙う。

「わかってるんですよ。あなた方に一般市民の死傷者を出す気がないのは。炭疽菌テロだって、いっぱい殺せるのにしなかった」

 街灯がぼんやりと浮かび上がらせる少女は幽霊の様で、チャリオットの各員に怖気を震わせた。

 しかしリーダーは、ジュンの首にかかったヘッドフォンにマイクがついてるのを見咎める。

「お前、誰かと交信しているな」

 予想以上に目敏い。保険をかけてヘッドセットを襟に隠していたのが裏目に出た。

 ジュンが言う。「セキト、プランB」

 敵の背後に潜む赤兎が、パトカーのサイレン音を鳴らす。戦慄した集団が隊列を乱した隙に、ジュンは左手で隠形印をむすぶ。

 暗転。青山は一瞬にして光のない街となった。

 あらかじめ目を細め暗視能力を蓄えていたジュンが身を翻す。周辺視野を使い、猫の様に夜目を利かせて逃走する。

 ナイトビジョンを装備した二人がガリルを発砲。5・56ミリ弾が防護柵で跳ねる。ジュンは遮蔽物を求め、歩道から霊園内へ転がり込んだ。

 二人組は連携しながら距離を縮める。十メートルまで近づかれたとき、ジュンはポケットの棒手裏剣を投じる。黒塗りの手裏剣は右肩に刺さり、一時的に敵を無力化した。




 ヘリコプターのローター音と風圧が墓所を満たす。

 CH-47からロープで、迷彩服やヘルメットで身を固めた十名の戦闘員が降下。HK416を構えて前進し、連射する。アサルトライフルの交響曲は急激にクライマックスを迎えた。

 ジュンは這々の体で、キャラバンのエンジンブロックの陰にたどり着き、座り込む。

「ひっ」

 銃弾がアスファルトを削るたび身をすくめる。生まれて初めて経験する銃撃戦だ。雪風流宗家ともあろう者が、完全に腰を抜かしていた。

 CHから新手の十名が降りてくる。その内の一人がジュンの隣で膝をつき、暗視装置を持ち上げて話しかける。

「無謀にもほどがある!」

「カ、カズくん!?」

 死線で片思いの相手と遭遇し、ジュンは不覚にも涙する。防弾チョッキで厚くなったカズサの胸にしがみつくと、ぎこちなく抱きすくめられた。

 聞き覚えのある甲高い笑い声がする。

「ぎゃはは」

 昼にジュンがつけた頬の傷にガーゼを貼ったチーフが、HKを撃ちながら横切る。日本刀も提げている。

「おいメスガキ」チーフが言う。「威勢がいいのは道場にいるときだけか」

 ジュンが答える。「お前はちょっとだけイケメンになったな」

「なんだと。鏑木、こいつを拘束しろ!」

 チーフはテロリストそっちのけで、レーザーサイトをジュンに合わせる。数秒前まで泣いていたジュンは手裏剣を握って立つ。

 カズサが叫ぶ。「二人ともやめてください!」




 カズサやチーフが所属するチームは「警視庁公安部サイバー犯罪対策班」と言い、約三十名の人員を抱える。そのうち十名が陸上自衛隊からスカウトされた戦闘員で、残りの二十名はおもに技術面で貢献。カズサはエンジニア系のスタッフだが、今夜みたく荒事に駆り出されもする。

 情報の密林から犯罪の匂いを嗅ぎつけ、露見していると敵に悟られないまま、迅速かつ強引に除去する。この秘密部隊を人は「虚実隊」と呼ぶ。




 装備と練度は虚実隊が優る上に、謎の少女に弄ばれたあと奇襲を受けたチャリオットは、すでに十二人中の半分が斃れた。

 女リーダーは数発被弾し、ガリルを取り落としてうずくまっている。それでも腰のベレッタを抜いて決死の反撃を試み、警官の一人を道連れにしてから、頭部を撃ち抜かれて絶命。

 決着がついた。チャリオットの残る五人は武器を捨て、両手を挙げ降伏の意志を示す。

 しかし、無慈悲にも虚実隊のHKが火を吹き、唖然とした面持ちのテロリストを屠る。

 チーフが言う。「面白くなってきた。こうしちゃいらんねえ」

 いがみ合っていたジュンを放置し、チーフは殺戮の現場に駆け寄りつつ叫ぶ。

「女は『価値』がある。まだ殺すな!」

 ジュンは目を疑う。たとえ仲間を手にかけた凶悪犯だとしても、警察が投降者を嬲り殺しにするなんて。彼らは引き出すべき情報を持っているではないか。

 迷彩服を着たカズサは、うつむいて惨殺から目を逸らしている。

 ジュンが言う。「カズくん、なんで止めないの」

「いくら君でも言えない。重大機密すぎる」

「あれは口封じ?」

「たのむ、聞かないでくれ」

 キスできるほど間近から覗きこむジュンの大きな瞳を、カズサは直視できない。

 荒々しくタイヤの摩擦音を立て、十四人乗りの白いハイエースが二台到着。スーツにノーネクタイの、警察官にしてはやや小柄な男があらわれる。スリングでMP7を携え、腰に佩刀している。

 虚実隊隊員が一斉に敬礼。

「ボス!」

「ああ、御苦労さん」

 ボスと呼ばれた男が薄笑いを浮かべて敬礼を返す。彼の名は山下忠道。年齢は四十六歳で、チーフの実兄である。階級は警視。虚実隊の隊長をつとめる。

 ボスは出来立ての死体が転がる墓地の一角へ向かう。短い髪を金色に染めた大学生風の女が、すべての衣服を剥ぎ取られて立っていた。屈辱を与えられても自尊心を失わず、周囲の男を睥睨する。

 ボスが言う。「お前、なにやってんだ」

「ちょっと尋問を」チーフが答える。

「これ以上俺の足を引っ張るなら、縁を切るぞ」

「すまん、アニキ。自重する」

 ボスは女の前で抜刀。金髪の頭は刃を視認する時間もなく、首から切り離された。

 これで青山霊園爆破計画は未然に防がれ、未遂犯は秘密裏に全員処分された。

 納刀したボスは、カズサの傍らにいるジュンに歩み寄る。街灯がもどった墓地で、秘密部隊の長と少女剣士が対峙する。

 ボスは落ち窪んだ小さな目を細め、カズサの頬を撫でる。

「よくやった。今回はお前の手柄だな」

 カズサが言う。「ありがとうございます!」

「この娘に話がある。お前は外せ」

「はい」

 カズサは敬礼し、従順にその場を去った。

 ボスが言う。「暁ジュン。闘争のステージに颯爽とあらわれたニューフェイス」

「あたしも斬るのか」ジュンが答える。

 すでにジュンは、カーゴパンツのベルトループに通したカラビナに、朱塗りの鞘の愛刀を提げている。

 ボスは刀に見向きもしない。初対面のジュンは知る由もないが、彼は剣道八段で全国選手権七連覇の記録をもつ、弟を遥かに凌ぐ達人だった。

「いや、殺すには惜しい。興味ぶかい観察対象だ」

 ボスはパワーグローブを一瞥する。

「もしあたしを違法に監視してるんなら許さない」

「ははっ」ボスが笑う。「プライバシーの概念なんて、二十一世紀においては幻想だと思うね」




 カズサをふくむ虚実隊の二十二名は、志半ばに斃れたテロリストと味方の死体を片づけ、二台のハイエースに分乗して新木場へ帰投した。

 ガラスが割れ、無数の弾痕が残るキャラバンのそばにジュンは立ち尽くす。

 雲が厚くなり、月が隠れた。

「ああああああ!」

 ジュンは絶叫する。世界の不条理のすべてが自分の肩にのしかかる気がした。




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