『プリパラ』47話 最終戦争
あろまにはナイショなの♪
テレビアニメ『プリパラ』第47話
出演:茜屋日海夏 芹澤優 久保田未夢 牧野由依 渡部優衣
演出:小林浩輔
脚本:福田裕子
監督・絵コンテ:森脇真琴
シリーズ構成:土屋理敬
キャラクター原案:金谷有希子
キャラクターデザイン:原将治 Cha Sang Hoon
アニメーション共同制作:タツノコプロ DONGWOO A&E
放送:2015年5月30日
「あのふたりがケンカ? まっさかぁ~、あっはは……」
いかにも何も考えてないコメントが不吉なフラグをたてる。
真中らぁら、やはりいいキャラだ。
親友を餓死からすくうため、あろまが東奔西走。
悪魔を自称するが、所持金は小学6年生レベル。
みかんは内緒であろまの誕生日の準備。
それは6月6日、悪魔のメモリアル。
みかんの狂人としか思えない食慾など、プリパラらしいカオスをくりひろげるが、
冒頭のらぁらの虚ろな笑い声の残響が、視聴者の心を釘づけにしている。
やはり、こうなった。
無邪気すぎるゆえ、人を傷つけてしまう天使。
すべては自分のためなのに、あろまの目には裏切りにうつる。
かんがえすぎるゆえ、人を誤解してしまう悪魔。
6月6日、それは天使と悪魔の最終戦争。
愛ゆえに反撥しあう可憐な少女らが、世界をまっぷたつに引き裂く。
数奇な運命に心はふるえる。
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ふかさくえみ『今日のノルマさん』
今日のノルマさん
作者:ふかさくえみ
掲載誌:『まんがライフオリジナル』(竹書房)2014年-
単行本:バンブーコミックス
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チェックボックス系の4コマ漫画だ。
箱入り娘の「星野ルマ子」、通称「ノルマさん」の地道な目標達成をえがく。
四角に記入されたマークは、進歩の証。
大抵の萌え4コマにはお金もちのお嬢さまが出てくるため、
ちょっとやそっとじゃ驚かないが、それでもノルマさんは異彩をはなつ。
梅干しは「ご飯を傷みにくくする薬」で、食べ物と認識しないとか。
6話は自宅訪問回。
級友たちはどんな豪邸かと身構えるが、案外フツウの一戸建て。
ただし出迎えたのはメイドさん。
この家、娘の自立のためわざわざ建てた。
文字どおりノルマさんは、箸より重いものを持ったことがない。
メイドの「りんさん」とのふたり暮らしで、髪の結び方など一からまなぶ。
髪型をツインテールにするのだって、彼女にとっては難題。
ひとつひとつのエピソードが、平凡な日常における「成長」を感じさせる。
日直にチャレンジ。
黒板をみれば、大雑把な「ゆーちゃん」との性格のちがいが一目瞭然。
見せ方がうまい。
ふかさくえみはSF百合の『購買のプロキオン』を読んだことあるが、
本作は想像の翼を羽ばたかせつつも、足は地についており、
そこがもどかしい一方で、かわいくて共感できる。
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佐々木ミノル『中卒労働者から始める高校生活』4巻 インベーダーガール
中卒労働者から始める高校生活
作者:佐々木ミノル
掲載誌:『コミックヘヴン』(日本文芸社)2012年-
単行本:ニチブンコミックス
祝、ひなぎく表紙登場!
いつもおもうが本作は表紙がいい。
ただ既刊4巻すべて女子で、割りをくった主人公はお気の毒。
4巻は莉央にライバル出現。
マコトと中学で同級生だった「あかり」。
スタイルがよく、大学生なので垢抜けている。
まったくの部外者なのに文化祭をてつだう。
恋敵をゆさぶるため。
通信制高校を「こんなとこ」と言ってバカにしたり。
ツイッターでは名指しせず、でも本人にはわかる様に悪口。
陰湿で徹底した精神攻撃は、女性作家ならではの描写か。
中学時代のあかりは暗くて地味だった。
やたらマコトに執着するのは、「大学デビュー」をはたした現在、
ダメだった自分を葬り去りたいからに思える。
前作『ドットインベーダー』をもじるなら「キャンパスインベーダー」。
実体験をいかした「リアルな青春漫画」の印象がつよい本作は、
段々と女子のヤンデレ要素が濃くなり、「古典的ラブコメ」に接近している。
押し殺しがちだった気持ちを吐露する莉央。
新キャラの来歴と内面が、メインキャラのそれと交錯し、
軋む音をたて、からみあいながら、感情の波がたかまってゆく。
真彩が劇でイケメン王子を演ずるのも見どころ。
きっとだれもが主役になれる舞台、それは青春時代。
僕もながくラブコメ漫画を読んできたが、本作は突出してすばらしい。
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青辺マヒト『藤原伯爵の受難』
藤原伯爵の受難
作者:青辺マヒト
掲載誌:『月刊少年シリウス』(講談社)2014年-
単行本:シリウスKC
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16歳の「藤原志津香」は、すでに1年引きこもり中。
動画サイトではそこそこ人気の生主であり、
「歌ってみた」「踊ってみた」などの動画もアップロードしている。
作者はこの初連載で、はやりの「こじらせ系女子」をとりあげた。
「伯爵」とはネコの名前で、めづらしい三毛猫のオス。
他者との接触を極端におそれるくせに、繋がりたくてしかたない、
ヒトとゆう生き物の滑稽な生態を、ネコ視点でえがく。
題材はモダンだけど、漱石以来の手法はクラシック。
志津香には「由芽子」とゆう中2の妹がいる。
反抗期まっさかりで、ニート街道まっしぐらの姉を目の敵に。
実はゆめはシスコンだった。
ド変態レベルの。
にくたらしい態度は「お姉ちゃん好き好き」な内心を悟られないため。
とりあえず可愛い娘がみたい、とゆう需要をみたす作品なのはたしか。
ネットも楽園ではない。
生放送中、荒らしユーザーとして有名な「死の蝶」に凸される。
みためは可憐な白ロリでも辯がたち、「シーズー☆」は敗色濃厚。
荒らしは闇雲に凸ったりしない。
配信日時をしらべ、「高校生設定」のウソをあばく。
カメラにうつった物や日没時刻などから身元特定。
ノートに「算数」とあるから小学生らしいが手ごわい。
志津香がただの引きこもりでなく、
ローカルアイドルとして活動していた過去もあきらかに。
ヒトとネコが、そのときその場所でがんばる姿に共感できる、魅力的な物語だ。
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反転邪郎『漫画家探偵ひよこ』
漫画家探偵ひよこ
作者:反転邪郎
掲載誌:『月刊コミックフラッパー』(KADOKAWA/メディアファクトリー)2015年-
単行本:MFコミックス フラッパーシリーズ
[ためし読み/前作『モコと歪んだ殺人鬼ども』]
手塚治虫もびっくりの、ベレー帽かぶった名探偵が誕生!
19歳の「藤ノ森ひよこ」はプロの漫画家なのに、だれもそう見てくれない。
ひよこ先生は新人賞をとって担当編集もいるが、連載はない。
ネームをみせれば修正で真っ赤になる。
赤ペン先生がどうとかツッコミがおかしい。
描かせてもらえるのは4ページの代原とかで、とても食ってゆけない。
鬼畜編集者に足元みられ、探偵のアルバイトをおしつけられる。
漫画業界はカタギの世界じゃない。
クズがのさばっている。
ひよこ先生はミステリー漫画でつちかった推理力で、歪みをただす。
漫画家の楽しみといえば、漫画賞の華やかな授賞式。
ひよこ先生も気合いをいれて参加する。
タダ飯にありつけるから。
晴れの席で、師匠の「比文先生」が暴言をはく。
テメェら新人の大半は一年以内に消えると。
真実だろう。
ドタバタギャグの合間に、するどい刃物が突き出される。
毒舌の比文先生は恨みを買ってか、罠にはまり殺人罪でつかまる。
警察は守ってくれない。
反社会的な作品を描くやつが、犯罪をおかすのは当然と。
漫画家とゆうアウトローがせおった闇の迫力。
失礼ながら絵の上達は微妙だが、緻密かつ起伏にとむ物語のおもしろさは、
この数年で消えるどころか、ますます磨きがかかっている。
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前田峻也『彼女の感触』
彼女の感触
作者:前田峻也
掲載誌:『マガジンスペシャル』(講談社)2015年-
単行本:講談社コミックス マガジン
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「SAVE THE CATの法則」ってのがある。
主人公にネコなどの弱者を救わせ、受け手の共感を獲得する手法のこと。
たとえば『ストライクウィッチーズ』1話がそれで、
あの作品をただのパンツアニメ以上のものにしている。
ベタだけど万能の法則だ。
木から落ちたとき、ヒロイン「藤村日向子」の制服が枝でやぶれた。
レースの描写とか妙に凝っている。
下着へのこだわりもストパン級。
日向子の学生證をひろったら、性別が男と記されていた。
本作は女装男子、いわゆる「男の娘」の物語だ。
スク水はセパレートのズボン型。
これはこれでマニアックな嗜好にこたえている。
学生證の記載が生物学的に正しいかどうか、1巻時点ではっきりしない。
名前は「日向子」だったし、「公的書類では男と称する女」の可能性も。
第4話の林間合宿回では、こわれた吊り橋から落下。
「厳川」はロープを噛んで三人の体重をうけとめる。
胸をもまれた日向子がビクンビクンと反応。
長年マンガを読んでるが、ここまでデタラメなシーンは記憶にない。
昔の『コロコロコミック』でさえ、もっと常識に忠実だった様な。
「アゴの力が強い」とか、そういった伏線が皆無だからすごい。
デタラメすぎて、かえってすごい。
第2話のジャングルジムの、ムダに気合いのはいった描きこみ。
本作は背景が充実している。
空が映ればムクムク雲が湧き、目もくらむほど太陽や月が輝く。
前田峻也とゆう過剰な新人がホンモノかどうか僕はわからないが、
「猫をたすけるオンナノコ」を嫌いになる人間がいないのは知っている。
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吉沢潤一/井口達也『マリア』
マリア
作画:吉沢潤一
原作:井口達也
掲載誌:『別冊ヤングチャンピオン』(秋田書店)2014年-
単行本:ヤングチャンピオン・コミックス
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佐藤アキラ、18歳。
北関東のガソリンスタンドではたらいている。
夜はひとりでボーッとすることが多い。
ガラの悪い連中にちょっかい出されることも。
でも彼らは後悔することになる。
アキラは暴走族「北関東マリア」7代目総長だから。
主人公にはモデルがいるらしい。
田舎のあじけない日常もリアルに描けている。
ヤンキー漫画だから、ケンカが物語の中心に。
総長のアキラはレディースでも弱い方で、まして男相手だと雑魚にも苦戦。
バッタバッタと敵を薙ぎ倒す快感はない。
帯などで本作は「今世紀最後のレディース漫画」と銘打たれている。
ヤンキー漫画はいまも人気だが、
サブジャンルのレディースものは消えつつあるらしい。
「美少女が世界を救う」系の絵空事がオタク向けにはびこる一方、
女がいまここでツッパって生きてゆく物語は陳腐化したのか。
アキラの強さは腕力でなく内面にある。
困ってる人間をほっとけないタチで、
家出少女を三人もかくまい、バイトの稼ぎで養う。
そのやさしさゆえ、仲間に信頼されリーダーとなった。
クソみたいな時代だからこそ、媚びない生き方がないと息ぐるしい。
その典型がレディースで、廃れるのは惜しいジャンルだ。
オタク用語をあてはめ、「百合」と言い換えてもいいかもしれない。
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険持ちよ『自称監督』
自称監督
作者:険持ちよ
掲載誌:『週刊少年サンデーS増刊』(小学館)2015年-
単行本:少年サンデーコミックス
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映画監督をめざし、美大受験の予備校へかよう高校生の物語。
とびきり美人なのが「案野有紀(あんの あき)」で、すでに女優として活躍中だが、
カメラの後ろに立ちたくて映画製作をまなんでいる。
プロデューサー巻きの主人公は「山田海斗(かいと)」。
映画オタクにありがちな、なんの実績もないくせに、
上から目線で他者をこきおろす非生産的パーソナリティ。
映画オタの、あのなんともイヤな感じをリアルに描いて興味ぶかいが、
言動がクズすぎ、有紀にグーパンくらっても読者はまだスッとしないのが難点。
舞台は、作者がかよっていた「大阪美術研究所」がモデルとか。
犬猿の仲のふたりが、映画の話題だと案外もりあがるのとかそれっぽい。
アホ毛がかわいい「島本飛花(ひか)」は、山田の隣にすむ幼なじみ。
映画づくりの話なのに、あまりにテンプレなラブコメ漫画設定。
「べ、別に……心配してる訳じゃないけど」と言いつつ、健気に山田の世話をやく。
例外があれば教えてほしいが、実写で「ツンデレ」を表現するのはむづかしい。
赤面表現とゆう武器がないからだろう。
映画も漫画も、それぞれちがってすばらしい。
映画についての漫画もすばらしい。
そこにステキな女子がいるかぎり。
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小説23(完) 「それから」
『フリーダム・シスター』
カワセミが青い羽をはばたかせ、暁ジョージの眼前をよこぎる。橙色の羽毛もあざやかだった。初夏の日差しをやわらげる森をぬけ、御所へたどりつく。
鈍色の衣をまとうゴッドガールは、いつになく大人びてみえる。
「征服者に相まみえるのは」現人神が言う。「マッカーサー以来じゃな。本城フランから連絡あった。電話口では気丈にふるまってたが、どうしておる? あれはぬしの妹と仲が良かった」
「仕事にはげむことで気を張ってる様です。彼女はこの戦争の最大の功労者とおもっています」
「戦争はまことに忌まわしい。先の大戦と比較にならぬが、それでも五万人死んだとか」
「申し遅れましたが、シャドウガール殿下のことは……」
「よいよい。すべてお互いさまであろう。二千七百年も生きれば、人の死など慣れっこじゃ」
ゴッドガールは心にもないことを言った。いや、なかば本心でもあった。シャドウとゆう半身をうしない、虚無感にとらわれていた。
「暁よ」現人神はCDケースを手にする。「マイケル・ジャクソンを知っておるか?」
「ええ。アメリカの歌手ですよね。御友人だったと聞いています」
「友人か……求婚されたこともあるのじゃが」
「えっ!?」
「バカな男じゃよ。わらわに『永遠の子供』の理想を見おって。ゴッドガールが国を捨てられるはずなかろう?」
「…………」
「でも……わらわが傍にいてやれば、あんな不幸な死に方は……」
ジョージはハンカチをさしだし、小柄な君主の肩をさすった。
「すまぬ」ゴッドガールは呼吸を整える。「ついセンチメンタルになった。そうだ、わらわの処分はどうなる?」
ジョージは封筒をとりだした。
「アメリカ政府が発行した、亡命を認める書類です。陛下が望まれるなら、ですが」
「亡命? 死刑ではないのか。これは革命であろう」
「いま準備中の憲法では、死刑を廃止します。新政府が陛下のお命を奪うことはありえません」
「いってよいのか、自由の国アメリカへ? マイケルの生まれ故郷へ? おお、なんとゆうことだ……」
ゴッドガールは中身が折れ曲がるのもかまわず、封筒をだきしめた。幼女の外見にふさわしい無邪気な笑顔だった。
本城フランは蒼龍学園大学病院の病室にノックしてはいった。ショルダーバッグから小さな箱をだす。
「はい、プレゼント。はやく元気になってね」
「キターッ!」
暁ジュンは猛獣が獲物に食らいつく様に開封、左手でiPhoneの設定をはじめた。肩にのったミミズクの白雲が画面をのぞく。
神経系への毒と自刎のダメージは深刻で、恢復がおくれている。後遺症がのこるかもしれない。
もうしそうなれば、フランは自分が支えるつもり。親友を一生養うだけの蓄えはある。
「おっ」ジュンがつぶやく。「アイシェンさんからメールきた。軍をやめて、中国でアニメ制作会社つくったんだって。あたしを誘ってる」
「行動がはやくて驚きますね。ジュンさんはどうします?」
「めっちゃ興味あるよ。でも大学にも行きたいしな。アニキの政治の仕事を手伝うのもおもしろいだろうし、道場を再興するって話もある。やりたいこと多すぎ!」
「あせらないで。体を治すのが先ですよ」
ジュンが自刎に失敗したのは、脇差がぽっきり折れたから。フェン・アイシェンの馬鹿力が、間接的に命をすくった。
結局、暁ジュンが斃せなかった相手は、暁ジュンだけだった。
「なんかあたし」ジュンは手をとめる。「もらってばかりだな。ほしいものない?」
「あなたの生還以上のプレゼントなんてない」とは、さすがのフランも照れくさくて言えなかった。
「おそろいのリボンがいいです」
幸運と、ふたりの友情のシンボルにしたい。
「えー」ジュンは後ろ髪をいじる。「こんなの安物でしょ。もっとマシなリクエストしてよ」
わかってない。全然わかってない。
フランは察しのわるい妹分を押し倒し、頬にキスした。
「ちょ、やめろよ」ジュンは抵抗する。「弱ってるからってセクハラすんな! くすぐったいって……くもたん、たすけて!」
すわ旧政府軍残党の襲撃かと護衛兵がとんでくるまで、三者はベッドで組んずほぐれつの格闘をくりひろげた。
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若松卓宏/木口糧『盤上のポラリス』
盤上のポラリス
作画:若松卓宏
原作:木口糧
掲載誌:『月刊少年マガジン』(講談社)2015年-
単行本:講談社コミックス
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小学5年生を主人公とするチェス漫画。
将棋のせいで日本人には馴染みの薄いこの遊戯を、
奇をてらわず正攻法でえがく。
長崎の離島に、東京から転校生がやってきた。
その名は「氷見崎ひめ」。
チェス盤になぞらえたアーガイル柄のワンピースがかわいい。
作者はそれぞれ福岡・長崎出身。
方言の響きもよかばってん。
主人公「椿一兵」は、ひめからヨーロッパ仕込みのチェスをおそわる。
「姫」とか「兵」とか、ネーミングも駒を意識。
ふたりは仲良くなるが、ひめは療養のためアメリカへ移住することに。
初恋未満の、少年少女の交流が甘酸っぱい。
作者は2013年、読み切りのチェス漫画『ギャンビット オン ガール』を発表するなど、
この題材にこだわっている。
病弱なひめが敵の駒をとる手つきは、勇猛果敢な兵士。
立体的な駒が漫画映えする。
定跡の名前も「ドラゴン・バリエーション」とか、中二病チック。
「矢倉」や「三間飛車」じゃパッとしない。
船にゆられ長崎市内のチェス教室に参加。
「荒辺先生」は、巨乳でショートパンツで禁煙パイポ咥えてて、これまた絵になる。
難を言えば、女子の服装がいつもおなじなのは、せっかく描けるのに惜しい。
ディフェンスに隙があっては勝利は遠のく。
とはいえ第1巻とゆう序盤戦の手筋は、
2015年の少年漫画における最良の冴えをみせている。
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小説22 「海ほたる」
『フリーダム・シスター』
暁ジュンは自室で『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』のブルーレイを見終わった。フェン・アイシェンが慟哭する。
「男同士の愛はうつくしい!」女武者の感動はおさまらない。「ホモ大国日本ならではのアニメだな! わたしには少々難解だが。あの美少年は何者だ?」
「『渚』とゆう字を分解すると」小説家の本城フランが解説。「『シ』と『者』になるでしょう。『カヲル』を五十音で一字ずらすと『オワリ』。つまり彼は『最後の使徒』なんです」
「そんな秘密があったとは……奥の深い世界だ。もっと日本のアニメを勉強したい!」
ジュンは頭の後ろで手をくみ、口を尖らせる。どちらかとゆうと「テレビ・旧劇派」なので、ケチをつけたくて仕方ない。勿論『Q』は徹夜でならんで見たが。
「カヲルが」ジュンが口を挟む。「『まさか第1使徒の僕が』と言ってたでしょ。レイのことも『模造品』とかdisってる。旧版の設定は捨てたみたいだよ」
フランが首を傾げる。「そんなセリフありましたっけ?」
「『いや、リリンの模造品では無理だ。魂の場所が違うからね』って」
「ひょっとして君は」アイシェンが目を丸くする。「全セリフを暗記してるのか。何回見たんだ?」
「きょうで三回め。好きなものは自然と頭にはいるんだよね」
フランとアイシェンが顔を見合わせる。信じがたい記憶力。
「まさに文武両道」アイシェンはがばと平伏。「君こそ理想の女子だ。『師匠』と呼ばせてくれ!」
「や、やめてよ」ジュンは困惑した。
シャドウガールは黒塗りのアウディから降り、吹上御所へはいった。手に美酒と珍味をかかえている。
敗北が間近にせまっていた。今晩も監禁中のゴッドガールを愛で、それを肴に独裁者としての残りわづかな日々を満喫するつもり。
だが御所はもぬけの殻だった。
「三日天下じゃったな」姉の甲高い声が背後から響く。「正確にはひと月半もったが。明智光秀は十三日間だから、あれよりマシか」
ゴッドガールは腕利きの剣士を数名つれている。侍所の最精鋭「北面の武士」だ。
呆然とするシャドウ。「姉上様、どうして?」
「抜け道をつかったに決まっとる。警視庁に直通の地下道があるのじゃ」
「そんなの聞いてないわ!」
「ぬしはゴッドガールではないからな。さて、そろそろ終戦工作の時期じゃ。問題は、だれが近衛や東條の役をつとめるか」
現人神は淡々と、絞首台にのぼった男たちの名を口にする。それは「国体護持」のための当然の義務だったかの様に。
「まさか、わたしを売る気じゃないでしょうね? 姉妹そろってこその神国日本でしょう」
姉は眉ひとつ動かさない。
「十年とか任期をきめ、臣下からシャドウガールを選んでもよいな。たとえばあの暁ジュンとか。陰謀好きのヌイちゃんより国民に愛されるかもしれん」
妹の影が、夜の闇より濃くなる。
「……姉上様、本気で言ってるの? わたしより暁がシャドウガールに向いていると」
ゴッドガールは縹色の小袖の裾をなびかせ、壁に貼った日本地図へちかよる。東京湾にかかる一本の直線を指さした。
「わらわはとっくに」現人神は高飛車に言う。「ぬしに愛想を尽かしておるが、それでもかわいい妹ゆえ、一度だけチャンスをやろう。虎穴に入らずんば虎児を得ずじゃ」
北方軍の司令官、実質的には「アリア帝国」の統率者である羽生アリアは、柏市におく政庁の執務室のドアをあけた。
彼女の椅子で、恋人の、いや恋人だった暁ジョージがふんぞり返っている。
「ひさしぶりだな」ジョージが言う。「体調はどうだ。心配してるんだから、たまにはメールくらいしてくれ」
「なんの冗談だ」隻眼の女将軍が答える。「顔をあわせて世間話する時間など、お互いにないだろう。あと、そこはわたしの席だ」
ジョージは組んだ足を崩さない。かつて体を許し合った二人なのに、いやだからこそ、棘をもった視線が両者を傷つける。
「できるかぎりの兵を率いて木更津にいそいでくれ。東京を包囲中の本隊には予備兵力がないんだ」
シャドウガールが指揮する第12SS師団が、東京湾アクアラインを突破しつつある。
川崎と木更津をむすぶこの連絡道は、革命戦争で使用されることがほぼなかった。自由軍が破壊し、地雷を設置、その上で守備隊に堅持させていたからだが、そこへ敵の一個師団が損耗をかえりみず襲いかかった。
武装親衛隊は戦後、大量虐殺への関与などを糾弾されることになる。だが純粋に軍事的観点からみると、その狂信からくる破壊力が自由軍をくるしめたのは事実。
「身重なのを口実にしたくないが」アリアが言う。「わたしはもう、派手な立ち回りはできない。理解してくれ」
真っ赤な嘘だ。
北方軍は二手にわかれ、一隊は名古屋方面へ、アリアが率いるもう一隊が北陸をまわり西をめざす計画をたてた。日本史上例のない、壮大な作戦だった。
「野分作戦」発動は二日後。アリアは邪魔されたくない。たとえ総司令部が壊滅し、戦争がもう一年長引いたとしても。
ジョージの声がざらつく。「俺は交渉に来たんじゃない。これは命令だ」
「君の失敗の尻拭いを、なぜ私がしなきゃいけない」
「のぼせあがるな!」
身長186センチの体から発する声は大きい。ジョージが普段温厚なのは、できるだけ周りに威圧感をあたえない配慮だった。
「すべて自分の手柄と思っているのか」ジョージが続ける。「お前があげた戦果は、大井さんや本城さん、そして自由軍全体でつくりだした状況を利用しただけだ」
「…………」
「喉がかわいた。コーヒーをいれてくれ」
荒川をはさみ政府軍残党と対峙するジュンは、命より大事なiPhoneをアスファルトへ叩きつけた。踵で粉砕する。
ユーチューブで公開された動画に、気絶するアリアが映っていた。漆黒のドレスの女が、捕虜の腹部をはげしく蹴る。反応はほとんどない。
背景に海原と半円状のモニュメントが。東京湾にうかぶパーキングエリア「海ほたる」だろう。
シャドウガールは胸元の銀のネックレスをつかみ、カメラにむかい誇示する。だれを挑発してるか一目瞭然。
ジュンの血液は沸騰し、脳細胞が蒸発しかけている。
「じゅんじゅん、自重しろ」大井スルガが言う。「これは罠だ」
「だからなに」
「敵の死傷率は約九割らしい。残酷な言い方だが、羽生さんは作戦目標を達成したんだ」
「くだらないヘリクツであたしを幻滅させんな。百年の恋も冷めるっちゅうの」
自分が指揮する自称特別捜査隊の方へあるく。フランが後ろからしがみつき制止。
「いかないで! シャドウガール殿下は、人の心をあやつる魔女です。冷静になって」
「あの妖怪ババアのことはよーく知ってるよ」
「だったら」
「止めてもムダって、フランちゃんはわかってるだろ。一心同体なんだから」
「……ううっ」
崩れ落ちたフランに頬をよせ、ジュンはささやく。
「大丈夫、あたしらは無敵だ。フランちゃんは、フランちゃんのすべきことをして」
暁兄妹の目があった。恋人、お腹の子供、妹、戦争のゆくすえ……なにをどう天秤にかけるべきかジョージはわからない。言葉にしようがない。
「アニキ、いってきます」
ジュンは特捜隊五十名とともに、木更津の守備隊と合流。あわせて百五十名、敵は千名。日は落ち、天空高くに月がのぼる。
同行したフェン・アイシェンと策を講ずる。
「あたしが特捜隊を率いて海ほたるへ突入する。アイシェンさんは残りの百人で敵をひきつけて」
「師匠」自称弟子が答える。「それは兵力の分散といって愚策だ」
「かもね。あたしの任務の方が楽だし。生きて還れる望みは薄いけど、それでもお願い」
「わかった、なにも言うまい。女子は己を知る者のために死す!」
師弟は拳をぶつけあった。
夜戦がはじまる。金属音と怒号と悲鳴が闇に吸いこまれてゆく。
めづらしくもアイシェンは最前線に立たない。「戦列を保て! 逃げるものは私が殺す!」と後方から厳命。
それでも波が引く様に、劣勢の自由軍に後退するものがあらわれる。アイシェンは味方を追いかけ、背に十数本の矢をあびながら、戟で脱走者を両断。
「わたしの横を通りすぎるものは」女武者は泣き叫ぶ。「誰であろうと斬る! 兵よ、死ぬときは前をむいて死ね!」
ジュンが素っ頓狂な声をあげる。「し、しまったあ!」
伸びすぎた髪をまとめるものがないかリュックを漁ったら、新品の紫色のリボンをみつけた。成田空港でフランにもらって以来そのまま。
義理でも一度はつけて、フランに感謝の念をつたえるべきだった。多忙をおして買ったプレゼントを忘れられ、傷ついたはず。
いますぐ親友にあやまりたい。偉そうなこと言うわりに、あたしは本当に未熟だ。根本的にやさしさが足りない。
むかし母におそわった様に、勢いよく束ねて結ぶ。ポニーテールはあまり好きじゃない。男ウケがよすぎるから。
ジュンをみる特捜隊の男女の表情に電流がはしった。リボンひとつで士気が高まるなら、安いものだ。
「さすが現役JK、セーラー服で来てくれたのね。うれしい」
けだるいシャドウガールの声。
駐車場に敵の姿はない。
「あんたが」ジュンは虚空にむけ返答。「死に場所を求めてるっぽいから正装した」
「あいかわらず口が減らないこと。さあ、決着つけましょ」
とんできた三本のクナイを、ジュンは即座に抜刀し弾いた。一本が右腕の皮膚を切る。毒をおそれ、血を吸って吐き出す。
ドレスを纏う女のシルエットを、電灯が浮かび上がらせた。潮風にはためくスカートをおさえる。
黒い服、黒塗りの武器、そして暗がり。シャドウはすべて計算づくで、恰好の舞台をつくりあげた。
「致死量じゃないわ」月姫がほほえむ。「わたしはあなたが欲しい。一緒にこの国を支配しない?」
雪風流にも毒をもちいる奥義がある。卑怯とはジュンは思わない。呼吸をへらし、毒性物質が体内をめぐる速度をおとす。それは予備動作でもあった。
シャドウが焦れる。「ねえ、返事は? わたしには勝てっこないのよ。すべての奥義を見切られたでしょ」
雪風流【象水】。
その意味は「水をかたどる」。なめらかに攻撃がはじまったのを、黒衣の姫君は知らない。【象水】は明確な始まりや終わりがない。見切っても破れない。
シャドウは苛立たしげに短刀を抜いた。
心理操作は効いてるのか? 自分のしかけた罠に、自分が嵌ってないか?
「哀れみの目で見るのをやめなさい! もっとわたしを憎みなさい!」
赤ん坊に嘘をついても無意味な様に、暁ジュンにトリックは通じない。嬉しければ笑い、悲しければ泣く。ただそれだけの存在。
沈黙より静かに、ジュンの刀が鞘走る。
烈風が、血と肉片と骨片を吹き上げた。みづからの右目と左目が見つめあうなか、シャドウガールの魂は東京湾の底へ、そして永遠の眠りへ堕ちていった。
大樹の根の様に頑丈なジュンの足腰がふらつき、右膝をつく。腿を叩いて立ち上がった。シャドウを斃すのが目的じゃない。ふんばれ。
愛刀は取り落としたまま。拾ったら二度と立てないとわかっていた。
特捜隊はSSに包囲され、斬り刻まれる。毎日ゲームで遊んだりした、大好きな仲間が死んでゆく。自分の命令のせいで。
武装親衛隊は自暴自棄になっている。彼らが忠誠を誓う国家も、上官も息絶えた。無分別な暴力だけがのこった。いまそれは革命の象徴であるジュンに集中。
もし戦争が否定されるとしたら、理由の筆頭にレイプの発生を挙げるべきだろう。戦場でヒトのオスが、醜悪な本性を露呈するのを十六歳の少女はみてきた。
ジュンは左手で脇差を抜く。父から受け継いだ肥前刀だ。研いだばかりで、妖しくかつ燦然とかがやく。
あたしはビッチかもしれないけど、キレイなまま死にたい。
刃をおのれの首に決然と突きたて、一息に掻き切った。
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八木ゆかり/万乗大智『無重力ガール』
無重力ガール
作画:八木ゆかり
原作:万乗大智
企画協力:古市直彦 土屋理敬
発行:小学館 2015年
レーベル:ビッグコミックス
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火星へむかいそびえ立つ軌道エレベーター。
少女たちの夢を宇宙にはこぶ。
その瞳は星よりまぶしい。
「明日見テラ」は宇宙パイロット候補生。
火星探査プロジェクトの選抜訓練に参加した。
天真爛漫だが独断専行のきらいがあり、よく叱られる。
とっさの判断で仲間を救うこともあるが。
バルブをにぎって絶叫するのは火傷でなく、低温で皮膚が膠着したから。
エヴァンゲリオン5話的な熱さがいい。
候補生は5人1組で連帯責任をおう。
車椅子の「桃子」は足をひっぱりがちで白眼視される。
訓練初日から脱落するグループが出た。
みな必死だから、厳しくあたってしまう。
それでも、桃子がハンディキャップをかえりみず宇宙へいどむ理由を知り、
金髪縦ロールの「蝶子」が非礼をわびる。
いよいよエレベーターで宇宙ステーションへ。
だが気圧差でテラの歯に激痛がはしる。
ギブアップもできるが、ほどいた制服のリボンで無理やり抜歯。
八木ゆかりは本作が初単行本となるが、
少女の可憐さと、少年漫画的な熱血をかねそなえた、
最先端ではないけれど興味ぶかい作風だ。
アルプスの少女ハイジ51話みたく劇的なシーンも。
重力から解放された乙女に、できないことはひとつもない。
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小説21 「千葉港攻略」
『フリーダム・シスター』
午前六時半。
ホテル備えつけの時計が鳴り、本城フランはダブルベッドで目をさます。同室の暁ジュンが机にむかい、姉貴分にもらった英語教材にマーカーを引いていた。
フランは伸びをしながら声をかける。「勉強がんばってますね」
「グッモーニン。すぐ追いついてやるから」
ジュンは、ルームメイトを起こさないよう遠慮していたトレーニングをはじめる。拳をたててプッシュアップ。フランも真似したが痛くて一回もできなかった。雪風流十二代宗家は格闘術の本を大量に買いこみ、自己流の練習法を工夫している。
英会話は片言をこなせるほど上達。英語の得意なフランも、飲みこみの速さに舌をまく。かつての劣等生の面影はどこにもない。姉貴分としては誇らしいが、世話を焼く必要なくなったのが寂しい。
シャワーをあびたジュンが浴室から出た。
「あたしさ」ジュンが髪を拭きつつ言う。「大井さんとつきあうつもり。隠し事したくないから言っとく」
「そうですか」フランは切ない笑顔をみせる。「ふたりとも頭の回転が速くてお似合いです。教えてくれてありがとう」
「フランちゃんの好きな人は? いるなら応援するよ」
「うーん、男の人を好きになるって気持ちがよくわからなくて」
「小説家としてマズくない?」ジュンが笑う。「さっさと処女捨てちゃいなよ。かわいいんだから勿体ない」
フランの、ブラウスのボタンを留める手がとまった。
「わたし処女じゃないですよ」
「え?」意表をつかれたジュン。「ごめん、勘違いしてた。そうだね、そうゆうこともあるよね」
「打ち合わせに呼ばれたホテルの部屋で、編集者に乱暴されたんです。昔のことですけど。わたしはチビで弱くて、バカみたいに無抵抗で……」
「だれだよそいつ」ジュンはタオルを投げ捨てる。「名前言ってよ」
「口にしたくありません。あなたの耳が汚れてしまう」
「ふざけんな、言えよ!」
「言ったら刀持って飛んでくでしょ。そんなことさせられない」
ジュンはベッドに突っ伏し号泣。もともと泣き虫だが、ここまで激しく取り乱したことはない。ジュンの感情の洪水に、フランは心が洗われる気がした。
「そのことは」フランは微笑する。「人生で一番不幸なできごとだけど、ジュンさんに出会えたのはお釣りがでるくらい幸せ。あなたのおかげで、わたしも強くなれた」
自由軍は現在、総司令部を五階建ての緑区役所におく。周辺にある施設と言えばゴルフ場と養豚場くらい。根っからの都会っ子であるジュンにとり最悪の環境。
最上階での作戦会議に参加するのはジュン、司令官である兄ジョージ、参謀長・大井スルガ、中国軍のフェン・アイシェンの四人。ジュンはただの秘書で、兄はただの聞き役だが。
スルガの分析は司令官を意気消沈させた。日ごとに勝利が遠のいてゆく。アリアひきいる北方軍は独立した中立国と化し、同盟したとはいえ中国の消極性にも失望。
はじめからわかっていたが、自由軍が水上戦力をもたないことが、この戦争を絶望的にしていた。政府とアメリカの海軍は制海権をにぎり、すきな上陸地点をえらび攻勢をかけられる。いまは千葉港に陣地を構築、こちらの息の根をとめようとする。
「アイシェンさん」ジュンが言う。「中国には空母があるよね。出撃させてよ」
ブログに中韓の悪口を書き連ねてたくせに、立場がかわれば現金なもの。
「ムチャ言わんでくれ」病み上がりの女武者が答える。「遼寧は練習艦だ。アメリカの空母打撃群には傷ひとつ付けられまい」
ジュンの肩に乗っていたミミズクの白雲が、急に羽ばたき窓ガラスにぶつかる。低い声で苦しげにうめく。朝から様子がおかしい。
「くもたん、どこか悪いの?」
介抱しにいったジュンの背後で、ドアが荒々しくひらかれた。チェックのワンピースを着たフランが蒼ざめている。
「BBCワールドニュースで報道がありました。日本国内から発射された対艦弾道ミサイルが、米空母ジェラルド・R・フォードを撃沈したそうです。か……核攻撃です」
スルガが頭をかかえる。「なんてことを……なんてことをしてくれたんだ」
強敵が撃破された知らせなのに誰もよろこばない。疑惑の視線が中国軍将校にあつまる。
「わたしは知らない!」アイシェンが叫ぶ。「北京からはなにも聞いてない!」
豪放磊落な彼女が嘘をついてると思えない。習近平が暴走し、第三次世界大戦の戦端をひらいたのか。
ジュンが参謀長に尋ねる。「アメリカはどう反応するの? うちらはどうすれば?」
「相互確証破壊に巻きこまれる」
「難しいこと言わないでよ。どこがどう報復されるの?」
「選択肢は無数にある。1996年の台湾海峡ミサイル危機では……」
放心状態のスルガが、ブツブツうわ言をゆう。あたしの彼氏になる人だってのに、なさけない。
「しゃんとしろよ!」ジュンがテーブルを叩く。「要するにわからないんだろ。とにかくあたしらはまだ生きてる。だったら攻撃だ!」
自由軍は、フクダ電子アリーナ周辺の陣地を攻略するため配備をすすめた。長期戦になるだろうし、損耗も多くなるだろう。
母国から調達した床子弩や旋風砲などを、フェン・アイシェンが整備している。大掛かりな飛び道具で支援されながら、工兵が突破口をひらき、主力部隊が浸透する手筈。
アイシェンは腕に包帯がまかれ痛々しい。
ジュンがいたわる。「体の方はどう? 無理しないでね」
「腸があらかた外へはみ出したが」女武者が自分の腹を打つ。「おかげで便通がよくなった。父上に感謝しないとな!」
たとえ正々堂々の一騎打ちでも、父を不具にした相手にジュンが複雑な感情をもつのは当然。それをわかった上で豪傑ぶっている。単なる猪武者ではない。
ジュンは腕のたつ五十名をそろえ「自称特別捜査隊」と名づけた。彼女自身が率いる。
「こないだの軍議で」アイシェンが言う。「君のふるまいは立派だった。万が一この戦争に敗れたら、中国に亡命するといい。わたしとビジネスでも起こそう」
「ありがと。それも楽しそうだね。でもつぎの戦いで決着つく予感がするんだ」
おもいつめた表情で、ジョージが天幕の下にはいってきた。なにを言いたいのか妹は痛いほどわかっている。兄が革命に加わったのは、そもそも妹を守るためなのだ。
ジョージが口をひらく。「司令官として命じる、お前は……」
「出るよ」ジュンは先回りして言う。「そしてアニキは許可する。最初にあたしに自由をくれたのがアニキだから」
「なんの話だ」
「家であたし、『お兄さま』って呼ばされてたじゃんか。でもアニキは好きに呼んでいいと言ってくれた。これでも感謝してるんだぜ」
不覚にもジョージの涙腺がゆるむ。はじめて妹から、素直な感謝の気持ちを捧げられた。
暁ジュン、十六歳。自立のときがきた。
妹から無能よばわりされるジョージだが、革命戦争が長引くなかで、次第にその粘りづよさが周囲に感銘をあたえる様になった。
千葉港攻略戦でも、全世界が不意の核攻撃に動揺する一方、ジョージは無理押しせず二倍の兵力で包囲をつづける。孤立した敵の補給線を絶つことに専念、アイシェンが指揮する攻城兵器でじわじわ削り、空腹と出血の限界に達するまで待った。
一か月後、中国のはしご車である雲梯に乗った特捜隊が侵入、衰弱した敵兵を蹴散らす。ジュンは鬼神もかくやの奮戦ぶり。
政府軍は白旗をあげた。
また傷をふやしたアイシェンがつぶやく。「芝居は終われり」
事実上、ここに革命戦争は終結。
局面は掃討戦にはいった。散発的な戦闘はつづくが、もはや政府軍に戦線を維持する力はない。投降者が各地であらわれる。
幕張メッセを再占領した自由軍総司令部を、アメリカ政府の特使が非公式におとづれた。その名はCIA工作員ジョン・ピーチ。
アリアとトモコをのぞく自由軍幹部との会談がはじまるが、ジュンは反撥している。
「こいつは」顔をしかめるジュン。「快楽のため人を殺すクズだ。一言だって信用できない」
ピーチは平然と見返す。眼鏡の下の表情は肯定も否定もしない。ポケットからレザーマンのマルチツールをとりだす。暁兄妹の自宅から盗んだもの。
血相をかえジュンが立ち上がる。オフィスチェアがすべり壁にぶつかった。
彼女がおとめ山公園で長谷部マリコを拷問したことを、CIAはつかんでいた。事実だから仕方ないが、フランに知られるのはつらい。なんて卑劣な脅迫。
巨漢のスパイがナイフの刃を、おのれの左小指にたてる。唸り声と脂汗をしぼり出しながら切った。自由軍幹部たちは呆気にとられ、ながめるだけ。
ジュンが吐き捨てる。「ヤクザかよ」
「郷に入っては郷に従え」傷口を押さえるピーチが弱々しく返答。「日本のことわざはすばらしい」
さすがに気を呑まれたジュンは「勝手にしろ」と言って退出した。
見たか、小娘。
これがスパイの駆け引きだ。俺のキャリアとアメリカの権益は守られた。六十億ドルの空母はちと痛いが、またこの愚鈍な黄色人種の国から搾取し埋め合わせる。
俺の勝ちだ。
ジュンが寝そべるところへ、フランがノックして入室。ベッドの隅に腰掛けた。
天井をみながらジュンが言う。「あいつ、あたしのことなんか言ってた?」
「いえ、まったく」フランが微笑を絶やさず答える。
「別にいいけど。知られても」
「公園で言ってたことですよね。何のために何をしたか想像つきますが、信頼はすこしも変わりません。わたしたちは一心同体ですから」
ジュンが泣いてるのに気づき、姉貴分はやさしく寄り添う。
「楽しい話をしましょう」フランが続ける。「実はあれからネットで調べたんです。自分の好きな人のたしかめ方を」
「えっ」ジュンの大きな瞳が輝く。「どうやるの?」
「相手とキスする場面を思い浮かべるの」
「はあ、乙女だねえ。あたしだったら考える前にリアルでキスするよ」
「ふふふ……で、ためしたら天に登る気持ちになっちゃって」
「マジで!?」ジュンは跳ね起きる。「だれ? だれ?」
「言うわけないでしょう」
「なんでだよ、一心同体だろ! もしあたしと被っても、フランちゃんなら譲るよ」
ジュンが自分の欲しいものを譲るはずないので、フランはおかしかった。被る可能性がゼロだからいいけれど。
白状させようと必死なジュンに、全力で揺さぶられる。肝心なところで鈍感な妹分が愛おしい。
「絶対おしえない!」
フランは小鳥の様な声で笑った。
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上月さつき『制服嗜好』
制服嗜好
著者:上月さつき
発行:イースト・プレス 2014年
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昨年9月に刊行されて以来、すでに3刷をかさねるなど好評を博した、
女学生の制服について愛情こめて解説する図鑑。
著者は素材系メーカーに勤務してるそうで、ただ見てカワイイとゆうだけでなく、
「マテリアルとしての制服」が素人にも理解できるつくり。
たとえばプリーツスカートのポケットが左側におおい理由、しってました?
オシャレ指向のセーラー服は、胸元にダーツとゆう縫いが施されている。
女子らしい曲線的なシルエットを表現。
いくら純粋な学術的関心から発する行動だとしても、
道行く乙女をよびとめ制服を触らせてもらうわけにゆかないので、
本書のさわやかなイラストと丁寧な文章に、知的好奇心が満たされた。
冬のセーラー服は紺や黒や灰色。
パーツがシンプルなため、ブレザーとくらべると暗めな印象に。
僕も漠然とセーラーは夏服にかぎるとおもっていた。
しかしその分、冬セーラーは三角タイや襟のセーラーラインがきわだつ。
自分がいかに浅薄な理解しかもたなかったか、恥じいるばかり。
セーラーもブレザーも、それぞれすばらしい。
両者をイイトコどりした「セーラーブレザー」なる制服も存在。
襟はセーラー、裾はブレザー。
二重人格みたいでミステリアスだ。
女子がこれらを着こなすことで、布切れに生命をあたえる。
具体的にゆうと、どう「指定」と折り合うか。
指定外のミント色のリュックと制服がかなでる、夏らしい色彩のハーモニーとか。
たとえアレンジをゆるさない学校でも、彼女らのオシャレ心はとめられない。
マフラーのかわいい結び方とか。
冬のアウターの定番といえばPコートやダッフルコートだが、
トッパーコートは着崩しがむづかしく、おちついた雰囲気に。
やや薄手の素材によるボディラインと、
末広がりのAラインシルエットが、夏の少女を冬の淑女にかえる。
束縛のなかの自由。
無個性を転覆した個性。
制服がおりなす銀河系の広大さにめまいがしそう。
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吉村佳/あおしまたかし『タヒチガール』
タヒチガール
作画:吉村佳
原作:あおしまたかし
掲載誌:『まんがタイムジャンボ』(芳文社)2014年-
単行本:まんがタイムコミックス
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わたしとオリタヒチ、しませんか?
南の島からやってきた褐色の少女「マハナ」が、
日本の高校で「タヒチアンダンス部」を設立、みんなを幸せにする物語。
主人公の「夕凪麻衣」はいわゆる無表情キャラ。
ふつうに接してるつもりなのにクラスメートを怯えさせる。
陽気なポリネシアンと正反対。
「天王寺林檎」はリゾート帝国の跡取り娘。
タヒチの踊り「オリタヒチ」にくわしいので入部する。
庶民をみくだす高飛車ツインテお嬢さまだが、
意外と世話焼きな性格で、ノリノリで部長就任。
「桐原陽火(はるか)」は男子だが、カワイイので数あわせのため拉致される。
大胆コスチュームもよく似合う。
ヘタレのルカは、部内でつねにいじられ役。
あまりに度が過ぎるときは、マイがたしなめる。
人の外見をからかうのはよくないと。
原作担当のあおしまは、『ゆるゆり』などアニメの脚本を手がけたひとで、
たとえば男の娘を出すならその葛藤をえがくとか、作劇術はさすがに緻密。
『どろんきゅー』でしられる吉村との相性もいい。
テンプレぽい登場人物が、ゆるゆるドタバタすごす日常に、
ふっと絶妙のリズムでときめく瞬間がはさみこまれ、
ツンデレなんだからそろそろデレると予期していても、胸にひびく。
アニメ『ハナヤマタ』がすきで、ヤヤちゃんに会えなくてさびしい僕の心を癒やす。
無邪気な褐色少女、目を惹きつける南国の衣装、そして百合……。
わざわざタヒチへゆかなくても、そこに楽園はあった。
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水瀬るるう『大家さんは思春期!』4巻 里中チエとゆう生態学的奇跡
大家さんは思春期!
作者:水瀬るるう
掲載誌:『まんがタイム』『まんがタイムファミリー』(芳文社)2012年-
単行本:まんがタイムコミックス
第4巻にして、ついに水着回。
水玉模様でフリルつき、待ったかいのある可憐さ。
単行本帯はカラーで掲載、捨てられなくて困る。
作者としてはスク水とゆう選択肢もあったが、
チエちゃんの真面目さと読者サービス、ふたつの円が重なる点をみつけた。
おなじ芳文社の4コマでもきらら系は大抵、
現実のカレンダーにあわせて季節がすすむが、
タイム系の本作は、サザエさん的にゆるやかな時のながれ。
たしかにチエちゃんの水着姿はみたい。
でもオトナになってほしくない。
タイトルが思春期なのに、ヒロインはまだ恋をしらない。
作者は同人では百合のひとだが、チエちゃんは「女同士」にも興味ない。
麗子さんが心配する様に、異性と接する機会もおおい。
美形の男女が交流すれば、化学反応みたく恋がうまれそうだが、
チエちゃんにとり男子は動物以上のものではない。
本作を「萌え4コマ」に分類するには、ヒロインの性格がカタすぎるかもしれない。
勉強会で友人のおしゃべりを、眉を吊り上げてたしなめる表情は、
このうえなくカワイイけど、いわゆる「キャッキャウフフ」からはみ出してる。
「里中チエに春はおとづれるのか?」
ファンにとって重大な問いだ。
みたいし、みたくない。
その日は当然やってくるだろうけど、天使に一般法則は適用されないかも。
すくなくとも中学では、しつこく付きまとって嫌われる系男子の佐々木が、
ほかの男からの干渉の絶縁体となるなど、奇跡的なバランスがたもたれる。
思い悩んでもしかたない。
秋、そして冬にむけ、ゆるやかな時を疾走する天使から目を離さないためにも。
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小説20 「シャドウプレイ」
『フリーダム・シスター』
一年ぶりに公の場にでたゴッドガールが陽気に飛び跳ねる。薄紅梅の小袖がはだけ、また中身が見えないか心配する近習におさえられた。
みづから企画したテレビアニメ『魔法少女アマテラス』先行上映会のため、シネコンの新宿バルト9にいる。五杯めのマルガリータを飲み干した。
「わらわをモデルにしたこのアニメで」現人神は上機嫌で演説。「国民の心はまたひとつになる。もう心配いらないぞよ!」
花澤香菜などキャストやスタッフ、そして観客から喝采あびた。監督の宮﨑駿がいないのは残念だが、引退したのを懇願し現場に立ってもらったので仕方ない。
期待にちいさな胸はふくらむ。平和をねがうのは偽らざる気持ち。国民をおもえばこそ、趣味のファミコンを我慢し公務にはげんでいる。
照明がおちオープニングがはじまった。
広大な山脈や森をみおろし、一羽の鷹がとぶ。鳥肌たつほどうつくしいファンタジー世界。
「さすがはジブリ、神作画じゃな! 神であるわらわが言うのもおかしいが」
主人公風の少年が、ドラゴン相手に剣をふるうシーンがつづく。和装のゴッドガールが一瞬うつった。曲が終わりへちかづき、「監督 宮﨑吾朗」とクレジットが。
「なあっ、息子が監督!?」
最後に『ゲド戦記2』とタイトルが表示される。現人神の手からグラスがすべり落ち、粉々にくだけた。
だれのどんな手違いがあったか、企画とまるで別物。『アマテラス』の上映会として各界の著名人をよんだのに。
無言で震えるゴッドガールの周囲から、怒りをおそれ招待客がはなれてゆく。
北方軍が接収した宇都宮市のホテルのスイートで、羽生アリアと斯波トモコがくつろぐ。元蒼龍学園理事長の行政手腕を買い、司令官のアリアが招聘した。
連戦連勝の彼女は北関東を制圧。船橋防衛に失敗した本隊を積極的に支援せず、守りの手薄な地域を奪取しつづける。
総司令部は黙認。黙認せざるをえない。すでに人員や物資を「アリア軍」に依存しており、敵側に走らないだけで満足するしかない。すくなくとも、そのフリをするしかない。
「知事がさっき置いてった」アリアが箸を動かす。「餃子うまいぞ。トモコさんも食べたらどうだ」
「あの爺さんはクビよ」トモコは眉をひそめる。「女子へのおみやげが餃子とか、ありえない。普通はイチゴでしょ。わたしの秘書を栃木総督に任命していい?」
「どの総督も若い女ばかりじゃないか……まあいい、まかせる」
CNNにセーラー服をきた暁ジュンがうつった。習近平と硬い表情で握手する。背後で本城フランがにこやかに拍手している。
自由日本と中国が軍事同盟をむすんだ。
「ついに世界史がうごきだした」
爪楊枝を咥えて独眼龍がつぶやく。
ホテルの玄関をでると、赤いシャツの男たちに出迎えられた。サポーターは浦和レッズのオーナーへ「お嬢! お嬢!」とコールをささげる。トモコの泣きぼくろのある目が微笑で細まり、気品が匂いたつ。
女子中学生ふたりにプレゼントをもらったお返しにハグすると、彼女らは歓喜の声をあげた。
「恥づかしいわ」車にのりこんだトモコが言う。「藝能人じゃあるまいし」
「彼らは感謝してるのさ」アリアは分析。「重税から自分たちを解放したことに」
北方軍が三十パーセントの消費税の廃止を発表すると、支配地域はよろこんで追従。お墨つきがあれば、だれも間接税など支払わない。いまは旧政府の社会保障を踏襲しているが、トモコ総監は大学で研究したベーシック・インカム制度の導入をいそぐ。
「たしかにやりがいを感じる」書類を揃えながらトモコが言う。「こうゆう仕事をしたかったのよ。親から受け継ぐんじゃなく、ゼロからなにかを建設する仕事を」
アリアは、トモコの描いた「設計図」をパラパラと総覧。「同性結婚法案」と題されたページに目をとめた。顔色がやや曇る。
「やりすぎだった?」
トモコが探りをいれる。助手席の女性秘書が不安げにふりむく。
「わたしは保守的だから」アリアは紙の束を返す。「本音は反対だ。だが任せると言った以上、トモコさんに任せる。『民衆を食わせる』とゆう方針さえ守ればいい」
秘書の顔がぱっと輝いた。
「あなたは年下だけど」トモコが安堵する。「人の使い方をわかってるわね。最初から総司令官だったら……」
不適切な発言と気づき、言い淀んだ。アリアの胎内にジョージとの間の子供がいる。
「人生はいろいろある」独眼龍は葛藤を見せない。「でも、自分の才能をためせる時間はみじかい。いまは前を向くときだ」
彼女は留守をトモコにまかせ、西日本を攻略する作戦をたてていた。
わたしは良妻賢母と言えないなとつぶやき、腹部を撫でた。
吹上御所のゲーム部屋にもどったゴッドガールは、メガドライブの『マイケル・ジャクソンズ・ムーンウォーカー』であそぶ。
マイケル自身の企画による作品で、「僕は人を殺したくない」といった意見をセガが採用、ダンスで敵を斃す個性的なアクションが光る。
旧友を懐かしむゴッドガールが涙をこぼす。ひたすら純粋な、理想をおいもとめる男だった。マイケル、ぬしがいなくなってから世界は悪くなるばかりじゃ。
乱暴にドアがひらかれ、妹のシャドウガールが入室。安倍晋三首相の首根っこをつかんで引きずる。ゴッドガールの足元へころがした。
「姉上様」シャドウは憔悴の面持ち。「アニメの件はごめんなさい。戦争指導にいそがしくて目が届かなかったの。ほら、安倍! さっさと釈明なさい」
黒衣の姫君が宰相の尻を蹴りあげる。相手は卑屈な笑みをうかべるのみ。
「わらわたちが」ゴッドガールは慌てる。「いくら神の眷属といえど、一国の総理大臣に暴力はいかん」
「はあ、総理大臣? この操り人形が?」
シャドウは鼻で笑い、袖にしこんだ短刀で安倍の首を斬り落とした。
「ヌイちゃん、なんてことを!」
「御心配なく、これは替え玉です。本人は2007年に大腸癌で死にました」
「まさか、懲りずにまたやったのか……東條英機を殺して開戦した様に」
窓の外から剣戟の音がひびく。武装親衛隊が皇宮護衛官を数で圧倒。のんきな姉もようやく、妹が簒奪者となったのを理解した。
すでに日本政府は戒厳令を宣言。それは憲法停止と、シャドウによる独裁体制のはじまりを意味する。
月姫が固定電話をつかう。「例の件、最優先で取り掛かりなさい」
「なにをする気じゃ」
「『艦隊これくしょん』の運営スタッフを全員殺します。あいつらだけは許せない。わたしの大切なお舟を慰み物にするなんて」
夜をつかさどる神、月讀命はもともと精神に狂気をやどしており、過度に陰謀をこのむ。無邪気な姉、天照大御神とバランスがとれてこそ日本の秩序はたもたれてきた。しかし今日、すべては崩壊した。
「要するに」月姫が続ける。「政治はシャドウプレイ、影絵にすぎない。慾望とゆう糸でわたしが操ってきた。でも裏方はもうウンザリ。主役交代よ」
「ヌイちゃん、民のことを考えろ」
説教する姉の顎を、シャドウは右手でもちあげた。
「姉上様のことは愛してるから、殺しはしない。ゲーム三昧ですごすといいわ。これからは、わたしの影になってもらうけど……うふふっ」
「なにがおかしい」
「ネンネの姉上様に、代わりが務まるのかしら。見ものだわ」
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結布/綱本将也『ゆかりちゃん』
ゆかりちゃん
作画:結布
原作:綱本将也
発行:集英社 2015年
レーベル:ジャンプコミックス
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イラストレーターとして著名な「結布」の漫画作品。
セーラー服でスーパーをねりあるく、くせっ毛の少女が醸しだす空気感は秀逸だ。
笑顔なのは、自分とおなじ名の商品をみつけたから。
三島食品のふりかけ、「ゆかり」。
亡くなった母のかわりに、ゆかりが父のお弁当をつくる。
まだ失敗ばかり、白米にふりかけだけのことも。
台所にたつ娘の姿は、亡き妻を髣髴させる。
うしなわれた幸福をとりもどそうと努力する父娘をえがく。
小津安二郎や成瀬巳喜男の映画みたくシンプルな世界を、
「御飯にふりかけ」とゆう小道具で構成するのがおもしろい。
「ペペロンチーノにゆかり」とか、変わり種レシピも多数。
なにせ45年親しまれてきた定番、なんにでもマッチ。
舞台は浅草。
世話焼きなタバコ屋のおばちゃんなど、下町人情を隠し味に。
「商店街のあたたかいコミュニティ」なんて、正直とってつけた感は否めない。
下町だろうがとっくに消滅した文化だ。
いや、もともと存在したかすら怪しい。
ただ結布のやわらかい絵柄にあってるし、一種のファンタジーとしてたのしめる。
たとえば「セーラー服とぬか漬け」、なかなか美味でしょう。
懐かしさと目新しさをフュージョンした創作料理に舌鼓をうつ。
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韓国と日本における女性の社会進出
韓国と日本は一心同体。
正の面も、負の面も。
たとえば女性管理職の割合は、二国だけどん底に。
先進国にあるまじき社会状況とおもわれている。
今回は、大沢真知子『女性はなぜ活躍できないのか』(東洋経済新報社)がネタ本。
『暁のヨナ』(テレビアニメ/2014-5年)
女性自体に専業主婦志向がつよいから。
政府が無能だから。
企業が遅れてるから。
子供のいない女を負け犬とみなす文化があるから……。
そういった分析は、数百字でまとめられるほど単純じゃないので、
前掲書の議論をあたっていただきたい。
女性の年齢階層別の労働力率も、トレスしたみたく日韓はそっくりで、
20歳代後半から30歳代にかけガクンと落ちこむ「M字カーブ」をえがく。
欧米の女も出産するが、スポンと産んだらまたスッポリ会社におさまる流れ。
僕はフェミニストじゃない。
そもそも女性が社会進出すべきかについて確信もない。
ただひとつ明白なのは、女が自力で社会的地位を獲得しなければ、
永遠に男からナメられっぱなしってこと。
「ナメられてるんじゃなく、本当は手のひらで転がしてる」って強がるならいいけど。
韓国と日本は、似てる様でちがう。
特に未来に関しては。
韓国企業、なかでも大手は女性活用に積極的。
政治でも2000年以降、国会や地方議会にクォータ制が導入されている。
また法がさだめるアファーマティブ・アクションにより、
公共・教育・民間の各部門において日本以上に女性比率が増加、
該当する企業の収益に好影響がみられる。
ではなぜ韓国でスーパーウーマンがあらわれだしたのか?
専業主婦であるオモニたちが、きびしく育てあげたから。
彼女らが果たせなかった「見えない天井」を壊す夢を、娘に託したから。
男に見くびられるのは、自分の世代で終わりにしたかったから。
日本のお母さんが託す夢ってなんだろう。
よくわからない。
M字開脚もいいけど、M字カーブをどうにかするのが先かもしれない。
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平尾リョウ/猪原賽『放課後カタストロフィ』
放課後カタストロフィ
作画:平尾リョウ
原作:猪原賽
掲載誌:『月刊ヒーローズ』(小学館クリエイティブ)2015年-
単行本:ヒーローズコミックス
[ためし読みはこちら]
ノストラダムスの予言にしるされた「恐怖の大王」が実は幼女で、
1999年7月にちょっと遅刻したため、つぎの世紀末まで、
とりあえず主人公である男子高校生の家に居候するとゆうお話。
いまの若い子の耳に「ノストラダムス」のカタカナ7文字が、
どれほどのアクチュアリティをともなって響くのか知らない。
「だれ?」って反応かな。
作画担当の平尾リョウは漫画なら『4じてん。』、
ほかに3DSのゲーム『レジェンド オブ レガシー』のキャラデザなど手がけた。
大王ちゃんが指先一本で富士山頂をふきとばす描写とか、あざやか。
コスプレ幼女にしか見えない大王ちゃんを連れ歩いてたら、
同級生の「酉野さん」にデートだと勘違いされる。
学園ラブコメ要素もたのしい。
しかし見ためはロリでも、中身は恐怖の大王。
ちかくにいればトップニュース級の災厄に巻きこまれる。
大王ちゃんの魔力のおかげで一命をとりとめた酉野さんだが、
彼女にも裏の顔があった。
女子のグッとくる表情がオカルト話をもりあげる。
秘密結社「イルミナティ」は、スカイツリーに偽装した移民船で星間移民をたくらむ。
さらに悪魔教団なども、季節はづれの世紀末バトルに参戦、
雑誌『ムー』的な世界観をくりひろげる。
とはいえオカルトより僕の胸に響くのは、目の表情づけ。
瞼をとじてからパッとみひらく2コマの、「意識の流れ」がうつくしい。
やはりノストラダムスは嘘つきだったけど、ここにはなんらかのリアリティがある。
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林哲也『ハンナ先生仕事をしてください!』
ハンナ先生仕事をしてください!
作者:林哲也
掲載誌:『ジャンプスクエア』(集英社)2015年-
単行本:ジャンプコミックス
[ためし読みはこちら]
プロ漫画家が一番おそれるもの、それは白紙。
なにを描けばよいのか。
そもそも漫画を描くことになんの意味があるのか。
発狂寸前まで追いこまれる。
「雁堵(かりど)ハンナ先生」は、現役女子高生の漫画家。
14歳でデビューし大ヒットを飛ばしたので貯金は1億あり、食うに困らない。
最近「漫画家の漫画」がふえてる気がするが、
本作の特色はおもいきりギャグ寄りで、女子を前面にだすところ。
JKとはいえ人気作家なので、編集者「藤崎」も頭があがらない。
一流大卒のエリートを屈服させる快感に酔い痴れる、
ハンナ先生のクズな言動がみどころだ。
林哲也の兄・啓太はイラストレーターで、本作を手伝ってもいる。
ブログでは、30すぎなのに仲良しな兄弟のイチャイチャぶりを女体化して記録。
客観的にみて、作者とハンナ先生の人格はかなり一致するらしい。
ハンナ先生は目を離すとすぐネトゲをはじめる。
藤崎は監視用のアカウントをもっており、会社からログインして原稿を催促。
創作活動から逃げつづけた結果、ハンナ先生はなにもかも見失う。
人生の意味さえも。
フリーダムな笑いは哲学的な虚無感へゆきつく。
ハンナ先生は天才なのでひとりで作業するが、ピンチなので助っ人をたのむ。
女子力高い「エイトさん」とは気が合いそうになく、男アシはこわい。
ロクに指示もだせない。
それでも土壇場で本気になり、全ページの描き直しを決断。
土下座して「1日半で42ページ」とゆうムチャ振りをする。
たしかにハンナ先生は、ダメダメなネトゲ廃人。
でもそれは「面白いこと」に対し正直で、貪慾なだけ。
だからこそ面白い作品をつくりだせる。
一般常識ではかれないクリエイター精神の核心が描かれ、感動した。
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小説 第3部「散花篇」 19「すき家襲撃」
『フリーダム・シスター』
暁ジュンは千葉市緑区にある「すき家」に来ている。チーズ牛丼が好物だった。
トイレから出ると、カウンター席にすわる本城フランが、なれなれしい男ふたりに両側から話しかけられていた。
ピンクのカーディガンを着たフランは相変わらず愛想がいいが、千葉くんだりでナンパされても迷惑。佩刀するジュンは無言で後ろから圧力かけた。
幕張を失陥した自由軍が、いま鎌取に総司令部をおくのは周知の事実。茶髪の男たちは、「百人斬り」の顔をみるなり注文もせず店外へ去っていった。
「あんなの相手したらダメだって」ジュンは箸をとる。「社交的なのはフランちゃんの長所だけどさ」
フランは澄まし顔。「たのしい人たちでしたよ」
「男の頭の中なんてヤることだけだよ。彼氏いたことないから、わからないだろうけど」
「さすがビッチと称されるだけありますね」
「ちょっと」ジュンは御飯粒つけて気色ばむ。「いくら親友でも、言っていいことと悪いことがあるでしょ」
「ごめんなさい。言葉の使い方がまちがってたみたいです」
人気作家で物知りのフランが誤用をするはずない。やさしい笑顔のまま、婉曲法でジュンを責めている。
心当たりはあった。大井スルガと深夜に事がおきかけ、その後まるで進展ないが、フランは変化を察したらしい。独占慾を刺激され依怙地になっていた。
愛着をもたれるのは嬉しいが、気持ちには応えきれない。でもジュンはいづれ理解してもらう自信がある。いつになく前向きな気分に満ち、仲間を引っぱるつもりだった。
「だいたい」まだフランはブツブツつぶやく。「わたしが誰とつきあおうが、ジュンさんに関係ないですよね。たしかに恋愛経験ないけど交友関係はひろいし、男性の扱い方くらい心得て……きゃっ!」
ジュンはフランを腋から持ち上げ、カウンターのむこうへ投げた。小柄な十八歳は空中で一回転し尻餅つく。ジュンも追随。
だしぬけにふたりはセンターファイア弾薬をあびる。店員や客に付随被害が生じた。
デジタル迷彩服を着た十二人の男が店になだれこむ。ながれる様な動作でレバーを上下し排莢。レバーアクションのウィンチェスターライフルだ。
「Watch out! They're behind the counter!」
「OK, move!」
ほとんどが外見は白人、訛りはアメリカ風。ジュンは備品のカラーボールで撹乱する。
雪風流【千仞】。
抜刀と同時にカウンターを踏み台にして飛ぶ。迅雷が米兵をおそう。
ウィリアム・ハウ海軍一等兵曹は、自分の胴体の断面が視界をせり上がってゆくのを見た。袈裟懸けに切断され、上半身が斜めにずり落ちていると気づいたとき絶命。
【千仞】は目眩ましの技だ。人間の視覚は上下運動を認識しづらい。ついで得意の反復横跳びで三人斬り捨てる。
「ジュンさん、うしろ!」
フランの叫びに反応、左手でにぎった箸の束を、屈みながら背後へ投擲。五発の銃弾は幸運にも外れた。瞬きもさせず全員斃す。
流血の波が床を洗い、ジュンの赤いニューバランスを微妙な風合いに染める。のこった三人の銃口が集中。SEALs隊員はすさまじい損耗に悄然としているが、これで戦いは「詰み」と確信した。
十二代宗家は微笑する。どうしても試したかった奥義をつかう好機だ。
雪風流【鷙鳥】。
無意識にパーカーのポケットにいれた、タバスコの壜を放って斬る。
「Fuck!」
紅のシャワーをそそがれた三人がのたうつ。それは目潰しどころでなく、失明の危険をともなう化学兵器。乙女は慈悲ぶかく、刃で苦痛をとりのぞいた。
紙ナプキンで血とタバスコを拭きとり納刀。返り血は一滴もあびてない。
「くそッ」ジュンは椅子を蹴飛ばす。「だれも殺したくなかったのに」
敵があまりに強すぎた。シャドウガールやアイシェンの様な個人の武勇とちがう、集団として訓練された殺人機械で、手加減できなかった。
「わたしを守るためですよね」フランがカウンターの裏から出る。「あんな意地悪を言ったわたしを」
「ケンカしたって親友は親友だし」
「本当にあなたって人は……。でも心配です。アメリカ軍がジュンさんの暗殺を目論むなんて」
「いや、ターゲットはフランちゃんだった」
「そんな!」
「中国へ渡る前に始末したかったんでしょ。今回は同行するね。大丈夫、あたしらは無敵のコンビなんだから」
自動ドアのひらく音がした。
巨漢が唖然として、心肺停止した十二人の体を凝視する。CIA工作員のジョン・ピーチだ。日本を飼い慣らす専門家としてのキャリアが、このとき終わった。
「悪魔め!」ピーチが罵る。「こいつらはDEVGRUだ。ビン・ラディンを殺した精鋭だぞ。こんなことはあってはならない!」
「キュートな小悪魔と言ってくれ」ジュンはふたたび抜刀。「なあおデブさん、よくそのツラ出せたな。リリホワで散々あたしを殴ったのを忘れたのか」
ピーチは散らかった床にピースメイカーを投げ捨て、両手をあげる。暁ジュンの情報はハードディスクが溢れるほど収集した。彼女が攻撃するのは、自衛か報復のときだけ。降参すれば斬られはしない。
しかし切先が太鼓腹に刺さり、スパイはうめいた。汗だくのシャツに血がにじむ。
「甘いんだよ」ジュンの口元が歪む。「あたしにそんな駆け引きが通じるか。おい、エリを殺したのはお前だな」
視線が交錯する。通じようが通じまいが、ピーチは駆け引きに頼るしかない。そうして二十年、諜報の世界で生きてきた。
いまやジュンのことはジュン以上に知ってると自負する。同級生のエリとは反目していた。仇討ちの動機にならないはず。
「そうだ」ピーチは畏まる。「命令とはいえ、若い娘を犠牲にしたのは間違いだった」
「あっそ。あとコタカをハメるのに一役買ったろ」
言葉をうしなったスパイの耳に、ヘリコプターのローター音がとどく。肥満体にしては意外な俊足で遁走。駐車場におりたMH-60改造ステルスヘリに転がりこんだ。
はげしく吹き下ろす風を腕でふせぎつつ、ジュンは空をみあげた。
この戦争は一日もはやく終わらせる。もう迷わない。あたしが先頭にたつ。
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