『プリパラ』47話 最終戦争

 

 

あろまにはナイショなの♪

 

テレビアニメ『プリパラ』第47話

 

出演:茜屋日海夏 芹澤優 久保田未夢 牧野由依 渡部優衣

演出:小林浩輔

脚本:福田裕子

監督・絵コンテ:森脇真琴

シリーズ構成:土屋理敬

キャラクター原案:金谷有希子

キャラクターデザイン:原将治 Cha Sang Hoon

アニメーション共同制作:タツノコプロ DONGWOO A&E

放送:2015年5月30日

[以前の記事→3話/4話/6話/8話/18話

 

 

「あのふたりがケンカ? まっさかぁ~、あっはは……」

 

いかにも何も考えてないコメントが不吉なフラグをたてる。

真中らぁら、やはりいいキャラだ。

 

 

 

 

親友を餓死からすくうため、あろまが東奔西走。

悪魔を自称するが、所持金は小学6年生レベル。

 

 

 

 

みかんは内緒であろまの誕生日の準備。

それは6月6日、悪魔のメモリアル。

 

 

 

 

みかんの狂人としか思えない食慾など、プリパラらしいカオスをくりひろげるが、

冒頭のらぁらの虚ろな笑い声の残響が、視聴者の心を釘づけにしている。

 

 

 

 

やはり、こうなった。

無邪気すぎるゆえ、人を傷つけてしまう天使。

 

 

 

 

すべては自分のためなのに、あろまの目には裏切りにうつる。

かんがえすぎるゆえ、人を誤解してしまう悪魔。

 

 

 

 

6月6日、それは天使と悪魔の最終戦争。

愛ゆえに反撥しあう可憐な少女らが、世界をまっぷたつに引き裂く。

数奇な運命に心はふるえる。






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テーマ : プリパラ
ジャンル : アニメ・コミック

タグ: 百合 

ふかさくえみ『今日のノルマさん』

 

 

今日のノルマさん

 

作者:ふかさくえみ

掲載誌:『まんがライフオリジナル』(竹書房)2014年-

単行本:バンブーコミックス

[ためし読みはこちら

 

 

 

チェックボックス系の4コマ漫画だ。

箱入り娘の「星野ルマ子」、通称「ノルマさん」の地道な目標達成をえがく。

四角に記入されたマークは、進歩の証。

 

 

 

 

大抵の萌え4コマにはお金もちのお嬢さまが出てくるため、

ちょっとやそっとじゃ驚かないが、それでもノルマさんは異彩をはなつ。

梅干しは「ご飯を傷みにくくする薬」で、食べ物と認識しないとか。

 

 

 

 

6話は自宅訪問回。

級友たちはどんな豪邸かと身構えるが、案外フツウの一戸建て。

ただし出迎えたのはメイドさん。

この家、娘の自立のためわざわざ建てた。

 

 

 

 

文字どおりノルマさんは、箸より重いものを持ったことがない。

メイドの「りんさん」とのふたり暮らしで、髪の結び方など一からまなぶ。

 

 

 

 

髪型をツインテールにするのだって、彼女にとっては難題。

ひとつひとつのエピソードが、平凡な日常における「成長」を感じさせる。

 

 

 

 

日直にチャレンジ。

黒板をみれば、大雑把な「ゆーちゃん」との性格のちがいが一目瞭然。

見せ方がうまい。

 

 

 

 

ふかさくえみはSF百合の『購買のプロキオン』を読んだことあるが、

本作は想像の翼を羽ばたかせつつも、足は地についており、

そこがもどかしい一方で、かわいくて共感できる。






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テーマ : 4コマ漫画
ジャンル : アニメ・コミック

タグ: 萌え4コマ  百合 

佐々木ミノル『中卒労働者から始める高校生活』4巻 インベーダーガール

 

 

中卒労働者から始める高校生活

 

作者:佐々木ミノル

掲載誌:『コミックヘヴン』(日本文芸社)2012年-

単行本:ニチブンコミックス

ためし読み/以前の記事→1巻/2巻/3巻

 

 

 

祝、ひなぎく表紙登場!

いつもおもうが本作は表紙がいい。

ただ既刊4巻すべて女子で、割りをくった主人公はお気の毒。

 

 

 

 

4巻は莉央にライバル出現。

マコトと中学で同級生だった「あかり」。

スタイルがよく、大学生なので垢抜けている。

 

 

 

 

まったくの部外者なのに文化祭をてつだう。

恋敵をゆさぶるため。

通信制高校を「こんなとこ」と言ってバカにしたり。

 

 

 

 

ツイッターでは名指しせず、でも本人にはわかる様に悪口。

陰湿で徹底した精神攻撃は、女性作家ならではの描写か。

 

 

 

 

中学時代のあかりは暗くて地味だった。

やたらマコトに執着するのは、「大学デビュー」をはたした現在、

ダメだった自分を葬り去りたいからに思える。

 

前作『ドットインベーダー』をもじるなら「キャンパスインベーダー」。

実体験をいかした「リアルな青春漫画」の印象がつよい本作は、

段々と女子のヤンデレ要素が濃くなり、「古典的ラブコメ」に接近している。

 

 

 

 

押し殺しがちだった気持ちを吐露する莉央。

新キャラの来歴と内面が、メインキャラのそれと交錯し、

軋む音をたて、からみあいながら、感情の波がたかまってゆく。

 

 

 

 

真彩が劇でイケメン王子を演ずるのも見どころ。

 

きっとだれもが主役になれる舞台、それは青春時代。

僕もながくラブコメ漫画を読んできたが、本作は突出してすばらしい。






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テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

青辺マヒト『藤原伯爵の受難』

 

 

藤原伯爵の受難

 

作者:青辺マヒト

掲載誌:『月刊少年シリウス』(講談社)2014年-

単行本:シリウスKC

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16歳の「藤原志津香」は、すでに1年引きこもり中。

動画サイトではそこそこ人気の生主であり、

「歌ってみた」「踊ってみた」などの動画もアップロードしている。

 

作者はこの初連載で、はやりの「こじらせ系女子」をとりあげた。

 

 

 

 

「伯爵」とはネコの名前で、めづらしい三毛猫のオス。

他者との接触を極端におそれるくせに、繋がりたくてしかたない、

ヒトとゆう生き物の滑稽な生態を、ネコ視点でえがく。

 

題材はモダンだけど、漱石以来の手法はクラシック。

 

 

 

 

志津香には「由芽子」とゆう中2の妹がいる。

反抗期まっさかりで、ニート街道まっしぐらの姉を目の敵に。

 

 

 

 

実はゆめはシスコンだった。

ド変態レベルの。

にくたらしい態度は「お姉ちゃん好き好き」な内心を悟られないため。

 

とりあえず可愛い娘がみたい、とゆう需要をみたす作品なのはたしか。

 

 

 

 

ネットも楽園ではない。

生放送中、荒らしユーザーとして有名な「死の蝶」に凸される。

みためは可憐な白ロリでも辯がたち、「シーズー☆」は敗色濃厚。

 

 

 

 

荒らしは闇雲に凸ったりしない。

配信日時をしらべ、「高校生設定」のウソをあばく。

カメラにうつった物や日没時刻などから身元特定。

 

ノートに「算数」とあるから小学生らしいが手ごわい。

 

 

 

 

志津香がただの引きこもりでなく、

ローカルアイドルとして活動していた過去もあきらかに。

ヒトとネコが、そのときその場所でがんばる姿に共感できる、魅力的な物語だ。






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テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

タグ:   百合 

反転邪郎『漫画家探偵ひよこ』

 

 

漫画家探偵ひよこ

 

作者:反転邪郎

掲載誌:『月刊コミックフラッパー』(KADOKAWA/メディアファクトリー)2015年-

単行本:MFコミックス フラッパーシリーズ

ためし読み/前作『モコと歪んだ殺人鬼ども』

 

 

 

手塚治虫もびっくりの、ベレー帽かぶった名探偵が誕生!

19歳の「藤ノ森ひよこ」はプロの漫画家なのに、だれもそう見てくれない。

 

 

 

 

ひよこ先生は新人賞をとって担当編集もいるが、連載はない。

ネームをみせれば修正で真っ赤になる。

赤ペン先生がどうとかツッコミがおかしい。

 

 

 

 

描かせてもらえるのは4ページの代原とかで、とても食ってゆけない。

鬼畜編集者に足元みられ、探偵のアルバイトをおしつけられる。

 

 

 

 

漫画業界はカタギの世界じゃない。

クズがのさばっている。

ひよこ先生はミステリー漫画でつちかった推理力で、歪みをただす。

 

 

 

 

漫画家の楽しみといえば、漫画賞の華やかな授賞式。

ひよこ先生も気合いをいれて参加する。

タダ飯にありつけるから。

 

 

 

 

晴れの席で、師匠の「比文先生」が暴言をはく。

テメェら新人の大半は一年以内に消えると。

真実だろう。

 

ドタバタギャグの合間に、するどい刃物が突き出される。

 

 

 

 

毒舌の比文先生は恨みを買ってか、罠にはまり殺人罪でつかまる。

警察は守ってくれない。

反社会的な作品を描くやつが、犯罪をおかすのは当然と。

 

漫画家とゆうアウトローがせおった闇の迫力。

失礼ながら絵の上達は微妙だが、緻密かつ起伏にとむ物語のおもしろさは、

この数年で消えるどころか、ますます磨きがかかっている。






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テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

前田峻也『彼女の感触』

 

 

彼女の感触

 

作者:前田峻也

掲載誌:『マガジンスペシャル』(講談社)2015年-

単行本:講談社コミックス マガジン

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「SAVE THE CATの法則」ってのがある。

主人公にネコなどの弱者を救わせ、受け手の共感を獲得する手法のこと。

たとえば『ストライクウィッチーズ』1話がそれで、

あの作品をただのパンツアニメ以上のものにしている。

ベタだけど万能の法則だ。

 

 

 

 

木から落ちたとき、ヒロイン「藤村日向子」の制服が枝でやぶれた。

レースの描写とか妙に凝っている。

下着へのこだわりもストパン級。

 

 

 

 

日向子の学生證をひろったら、性別が男と記されていた。

本作は女装男子、いわゆる「男の娘」の物語だ。

 

 

 

 

スク水はセパレートのズボン型。

これはこれでマニアックな嗜好にこたえている。

 

学生證の記載が生物学的に正しいかどうか、1巻時点ではっきりしない。

名前は「日向子」だったし、「公的書類では男と称する女」の可能性も。

 

 

 

 

第4話の林間合宿回では、こわれた吊り橋から落下。

「厳川」はロープを噛んで三人の体重をうけとめる。

胸をもまれた日向子がビクンビクンと反応。

 

長年マンガを読んでるが、ここまでデタラメなシーンは記憶にない。

昔の『コロコロコミック』でさえ、もっと常識に忠実だった様な。

「アゴの力が強い」とか、そういった伏線が皆無だからすごい。

デタラメすぎて、かえってすごい。

 

 

 

 

第2話のジャングルジムの、ムダに気合いのはいった描きこみ。

本作は背景が充実している。

空が映ればムクムク雲が湧き、目もくらむほど太陽や月が輝く。

 

 

 

 

前田峻也とゆう過剰な新人がホンモノかどうか僕はわからないが、

「猫をたすけるオンナノコ」を嫌いになる人間がいないのは知っている。






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テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

タグ: 男の娘 

吉沢潤一/井口達也『マリア』

 

 

マリア

 

作画:吉沢潤一

原作:井口達也

掲載誌:『別冊ヤングチャンピオン』(秋田書店)2014年-

単行本:ヤングチャンピオン・コミックス

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佐藤アキラ、18歳。

北関東のガソリンスタンドではたらいている。

夜はひとりでボーッとすることが多い。

ガラの悪い連中にちょっかい出されることも。

 

 

 

 

でも彼らは後悔することになる。

アキラは暴走族「北関東マリア」7代目総長だから。

 

 

 

 

主人公にはモデルがいるらしい。

田舎のあじけない日常もリアルに描けている。

 

 

 

 

ヤンキー漫画だから、ケンカが物語の中心に。

総長のアキラはレディースでも弱い方で、まして男相手だと雑魚にも苦戦。

バッタバッタと敵を薙ぎ倒す快感はない。

 

 

 

 

帯などで本作は「今世紀最後のレディース漫画」と銘打たれている。

ヤンキー漫画はいまも人気だが、

サブジャンルのレディースものは消えつつあるらしい。

「美少女が世界を救う」系の絵空事がオタク向けにはびこる一方、

女がいまここでツッパって生きてゆく物語は陳腐化したのか。

 

 

 

 

アキラの強さは腕力でなく内面にある。

困ってる人間をほっとけないタチで、

家出少女を三人もかくまい、バイトの稼ぎで養う。

そのやさしさゆえ、仲間に信頼されリーダーとなった。

 

 

 

 

クソみたいな時代だからこそ、媚びない生き方がないと息ぐるしい。

その典型がレディースで、廃れるのは惜しいジャンルだ。

オタク用語をあてはめ、「百合」と言い換えてもいいかもしれない。






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テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

タグ: 百合 

険持ちよ『自称監督』

 

 

自称監督

 

作者:険持ちよ

掲載誌:『週刊少年サンデーS増刊』(小学館)2015年-

単行本:少年サンデーコミックス

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映画監督をめざし、美大受験の予備校へかよう高校生の物語。

とびきり美人なのが「案野有紀(あんの あき)」で、すでに女優として活躍中だが、

カメラの後ろに立ちたくて映画製作をまなんでいる。

 

 

 

 

プロデューサー巻きの主人公は「山田海斗(かいと)」。

映画オタクにありがちな、なんの実績もないくせに、

上から目線で他者をこきおろす非生産的パーソナリティ。

 

 

 

 

映画オタの、あのなんともイヤな感じをリアルに描いて興味ぶかいが、

言動がクズすぎ、有紀にグーパンくらっても読者はまだスッとしないのが難点。

 

 

 

 

舞台は、作者がかよっていた「大阪美術研究所」がモデルとか。

犬猿の仲のふたりが、映画の話題だと案外もりあがるのとかそれっぽい。

 

 

 

 

アホ毛がかわいい「島本飛花(ひか)」は、山田の隣にすむ幼なじみ。

映画づくりの話なのに、あまりにテンプレなラブコメ漫画設定。

 

 

 

 

「べ、別に……心配してる訳じゃないけど」と言いつつ、健気に山田の世話をやく。

例外があれば教えてほしいが、実写で「ツンデレ」を表現するのはむづかしい。

赤面表現とゆう武器がないからだろう。

 

 

 

 

映画も漫画も、それぞれちがってすばらしい。

映画についての漫画もすばらしい。

そこにステキな女子がいるかぎり。






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小説23(完) 「それから」

『フリーダム・シスター』


登場人物とあらすじ


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 カワセミが青い羽をはばたかせ、暁ジョージの眼前をよこぎる。橙色の羽毛もあざやかだった。初夏の日差しをやわらげる森をぬけ、御所へたどりつく。

 鈍色の衣をまとうゴッドガールは、いつになく大人びてみえる。

「征服者に相まみえるのは」現人神が言う。「マッカーサー以来じゃな。本城フランから連絡あった。電話口では気丈にふるまってたが、どうしておる? あれはぬしの妹と仲が良かった」

「仕事にはげむことで気を張ってる様です。彼女はこの戦争の最大の功労者とおもっています」

「戦争はまことに忌まわしい。先の大戦と比較にならぬが、それでも五万人死んだとか」

「申し遅れましたが、シャドウガール殿下のことは……」

「よいよい。すべてお互いさまであろう。二千七百年も生きれば、人の死など慣れっこじゃ」

 ゴッドガールは心にもないことを言った。いや、なかば本心でもあった。シャドウとゆう半身をうしない、虚無感にとらわれていた。

「暁よ」現人神はCDケースを手にする。「マイケル・ジャクソンを知っておるか?」

「ええ。アメリカの歌手ですよね。御友人だったと聞いています」

「友人か……求婚されたこともあるのじゃが」

「えっ!?」

「バカな男じゃよ。わらわに『永遠の子供』の理想を見おって。ゴッドガールが国を捨てられるはずなかろう?」

「…………」

「でも……わらわが傍にいてやれば、あんな不幸な死に方は……」

 ジョージはハンカチをさしだし、小柄な君主の肩をさすった。

「すまぬ」ゴッドガールは呼吸を整える。「ついセンチメンタルになった。そうだ、わらわの処分はどうなる?」

 ジョージは封筒をとりだした。

「アメリカ政府が発行した、亡命を認める書類です。陛下が望まれるなら、ですが」

「亡命? 死刑ではないのか。これは革命であろう」

「いま準備中の憲法では、死刑を廃止します。新政府が陛下のお命を奪うことはありえません」

「いってよいのか、自由の国アメリカへ? マイケルの生まれ故郷へ? おお、なんとゆうことだ……」

 ゴッドガールは中身が折れ曲がるのもかまわず、封筒をだきしめた。幼女の外見にふさわしい無邪気な笑顔だった。




 本城フランは蒼龍学園大学病院の病室にノックしてはいった。ショルダーバッグから小さな箱をだす。

「はい、プレゼント。はやく元気になってね」

「キターッ!」

 暁ジュンは猛獣が獲物に食らいつく様に開封、左手でiPhoneの設定をはじめた。肩にのったミミズクの白雲が画面をのぞく。

 神経系への毒と自刎のダメージは深刻で、恢復がおくれている。後遺症がのこるかもしれない。

 もうしそうなれば、フランは自分が支えるつもり。親友を一生養うだけの蓄えはある。

「おっ」ジュンがつぶやく。「アイシェンさんからメールきた。軍をやめて、中国でアニメ制作会社つくったんだって。あたしを誘ってる」

「行動がはやくて驚きますね。ジュンさんはどうします?」

「めっちゃ興味あるよ。でも大学にも行きたいしな。アニキの政治の仕事を手伝うのもおもしろいだろうし、道場を再興するって話もある。やりたいこと多すぎ!」

「あせらないで。体を治すのが先ですよ」

 ジュンが自刎に失敗したのは、脇差がぽっきり折れたから。フェン・アイシェンの馬鹿力が、間接的に命をすくった。

 結局、暁ジュンが斃せなかった相手は、暁ジュンだけだった。

「なんかあたし」ジュンは手をとめる。「もらってばかりだな。ほしいものない?」

 「あなたの生還以上のプレゼントなんてない」とは、さすがのフランも照れくさくて言えなかった。

「おそろいのリボンがいいです」

 幸運と、ふたりの友情のシンボルにしたい。

「えー」ジュンは後ろ髪をいじる。「こんなの安物でしょ。もっとマシなリクエストしてよ」

 わかってない。全然わかってない。

 フランは察しのわるい妹分を押し倒し、頬にキスした。

「ちょ、やめろよ」ジュンは抵抗する。「弱ってるからってセクハラすんな! くすぐったいって……くもたん、たすけて!」

 すわ旧政府軍残党の襲撃かと護衛兵がとんでくるまで、三者はベッドで組んずほぐれつの格闘をくりひろげた。




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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

若松卓宏/木口糧『盤上のポラリス』

 

 

盤上のポラリス

 

作画:若松卓宏

原作:木口糧

掲載誌:『月刊少年マガジン』(講談社)2015年-

単行本:講談社コミックス

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小学5年生を主人公とするチェス漫画。

将棋のせいで日本人には馴染みの薄いこの遊戯を、

奇をてらわず正攻法でえがく。

 

 

 

 

長崎の離島に、東京から転校生がやってきた。

その名は「氷見崎ひめ」。

チェス盤になぞらえたアーガイル柄のワンピースがかわいい。

 

作者はそれぞれ福岡・長崎出身。

方言の響きもよかばってん。

 

 

 

 

主人公「椿一兵」は、ひめからヨーロッパ仕込みのチェスをおそわる。

「姫」とか「兵」とか、ネーミングも駒を意識。

 

ふたりは仲良くなるが、ひめは療養のためアメリカへ移住することに。

初恋未満の、少年少女の交流が甘酸っぱい。

 

 

 

 

作者は2013年、読み切りのチェス漫画『ギャンビット オン ガール』を発表するなど、

この題材にこだわっている。

 

病弱なひめが敵の駒をとる手つきは、勇猛果敢な兵士。

立体的な駒が漫画映えする。

 

 

 

 

定跡の名前も「ドラゴン・バリエーション」とか、中二病チック。

「矢倉」や「三間飛車」じゃパッとしない。

 

 

 

 

船にゆられ長崎市内のチェス教室に参加。

「荒辺先生」は、巨乳でショートパンツで禁煙パイポ咥えてて、これまた絵になる。

 

 

 

 

難を言えば、女子の服装がいつもおなじなのは、せっかく描けるのに惜しい。

ディフェンスに隙があっては勝利は遠のく。

 

とはいえ第1巻とゆう序盤戦の手筋は、

2015年の少年漫画における最良の冴えをみせている。






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タグ: ロリ 

小説22 「海ほたる」

『フリーダム・シスター』


登場人物とあらすじ


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 暁ジュンは自室で『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』のブルーレイを見終わった。フェン・アイシェンが慟哭する。

「男同士の愛はうつくしい!」女武者の感動はおさまらない。「ホモ大国日本ならではのアニメだな! わたしには少々難解だが。あの美少年は何者だ?」

「『渚』とゆう字を分解すると」小説家の本城フランが解説。「『シ』と『者』になるでしょう。『カヲル』を五十音で一字ずらすと『オワリ』。つまり彼は『最後の使徒』なんです」

「そんな秘密があったとは……奥の深い世界だ。もっと日本のアニメを勉強したい!」

 ジュンは頭の後ろで手をくみ、口を尖らせる。どちらかとゆうと「テレビ・旧劇派」なので、ケチをつけたくて仕方ない。勿論『Q』は徹夜でならんで見たが。

「カヲルが」ジュンが口を挟む。「『まさか第1使徒の僕が』と言ってたでしょ。レイのことも『模造品』とかdisってる。旧版の設定は捨てたみたいだよ」

 フランが首を傾げる。「そんなセリフありましたっけ?」

「『いや、リリンの模造品では無理だ。魂の場所が違うからね』って」

「ひょっとして君は」アイシェンが目を丸くする。「全セリフを暗記してるのか。何回見たんだ?」

「きょうで三回め。好きなものは自然と頭にはいるんだよね」

 フランとアイシェンが顔を見合わせる。信じがたい記憶力。

「まさに文武両道」アイシェンはがばと平伏。「君こそ理想の女子だ。『師匠』と呼ばせてくれ!」

「や、やめてよ」ジュンは困惑した。




 シャドウガールは黒塗りのアウディから降り、吹上御所へはいった。手に美酒と珍味をかかえている。

 敗北が間近にせまっていた。今晩も監禁中のゴッドガールを愛で、それを肴に独裁者としての残りわづかな日々を満喫するつもり。

 だが御所はもぬけの殻だった。

「三日天下じゃったな」姉の甲高い声が背後から響く。「正確にはひと月半もったが。明智光秀は十三日間だから、あれよりマシか」

 ゴッドガールは腕利きの剣士を数名つれている。侍所の最精鋭「北面の武士」だ。

 呆然とするシャドウ。「姉上様、どうして?」

「抜け道をつかったに決まっとる。警視庁に直通の地下道があるのじゃ」

「そんなの聞いてないわ!」

「ぬしはゴッドガールではないからな。さて、そろそろ終戦工作の時期じゃ。問題は、だれが近衛や東條の役をつとめるか」

 現人神は淡々と、絞首台にのぼった男たちの名を口にする。それは「国体護持」のための当然の義務だったかの様に。

「まさか、わたしを売る気じゃないでしょうね? 姉妹そろってこその神国日本でしょう」

 姉は眉ひとつ動かさない。

「十年とか任期をきめ、臣下からシャドウガールを選んでもよいな。たとえばあの暁ジュンとか。陰謀好きのヌイちゃんより国民に愛されるかもしれん」

 妹の影が、夜の闇より濃くなる。

「……姉上様、本気で言ってるの? わたしより暁がシャドウガールに向いていると」

 ゴッドガールは縹色の小袖の裾をなびかせ、壁に貼った日本地図へちかよる。東京湾にかかる一本の直線を指さした。

「わらわはとっくに」現人神は高飛車に言う。「ぬしに愛想を尽かしておるが、それでもかわいい妹ゆえ、一度だけチャンスをやろう。虎穴に入らずんば虎児を得ずじゃ」




 北方軍の司令官、実質的には「アリア帝国」の統率者である羽生アリアは、柏市におく政庁の執務室のドアをあけた。

 彼女の椅子で、恋人の、いや恋人だった暁ジョージがふんぞり返っている。

「ひさしぶりだな」ジョージが言う。「体調はどうだ。心配してるんだから、たまにはメールくらいしてくれ」

「なんの冗談だ」隻眼の女将軍が答える。「顔をあわせて世間話する時間など、お互いにないだろう。あと、そこはわたしの席だ」

 ジョージは組んだ足を崩さない。かつて体を許し合った二人なのに、いやだからこそ、棘をもった視線が両者を傷つける。

「できるかぎりの兵を率いて木更津にいそいでくれ。東京を包囲中の本隊には予備兵力がないんだ」

 シャドウガールが指揮する第12SS師団が、東京湾アクアラインを突破しつつある。

 川崎と木更津をむすぶこの連絡道は、革命戦争で使用されることがほぼなかった。自由軍が破壊し、地雷を設置、その上で守備隊に堅持させていたからだが、そこへ敵の一個師団が損耗をかえりみず襲いかかった。

 武装親衛隊は戦後、大量虐殺への関与などを糾弾されることになる。だが純粋に軍事的観点からみると、その狂信からくる破壊力が自由軍をくるしめたのは事実。

「身重なのを口実にしたくないが」アリアが言う。「わたしはもう、派手な立ち回りはできない。理解してくれ」

 真っ赤な嘘だ。

 北方軍は二手にわかれ、一隊は名古屋方面へ、アリアが率いるもう一隊が北陸をまわり西をめざす計画をたてた。日本史上例のない、壮大な作戦だった。

 「野分作戦」発動は二日後。アリアは邪魔されたくない。たとえ総司令部が壊滅し、戦争がもう一年長引いたとしても。

 ジョージの声がざらつく。「俺は交渉に来たんじゃない。これは命令だ」

「君の失敗の尻拭いを、なぜ私がしなきゃいけない」

「のぼせあがるな!」

 身長186センチの体から発する声は大きい。ジョージが普段温厚なのは、できるだけ周りに威圧感をあたえない配慮だった。

「すべて自分の手柄と思っているのか」ジョージが続ける。「お前があげた戦果は、大井さんや本城さん、そして自由軍全体でつくりだした状況を利用しただけだ」

「…………」

「喉がかわいた。コーヒーをいれてくれ」




 荒川をはさみ政府軍残党と対峙するジュンは、命より大事なiPhoneをアスファルトへ叩きつけた。踵で粉砕する。

 ユーチューブで公開された動画に、気絶するアリアが映っていた。漆黒のドレスの女が、捕虜の腹部をはげしく蹴る。反応はほとんどない。

 背景に海原と半円状のモニュメントが。東京湾にうかぶパーキングエリア「海ほたる」だろう。

 シャドウガールは胸元の銀のネックレスをつかみ、カメラにむかい誇示する。だれを挑発してるか一目瞭然。

 ジュンの血液は沸騰し、脳細胞が蒸発しかけている。

「じゅんじゅん、自重しろ」大井スルガが言う。「これは罠だ」

「だからなに」

「敵の死傷率は約九割らしい。残酷な言い方だが、羽生さんは作戦目標を達成したんだ」

「くだらないヘリクツであたしを幻滅させんな。百年の恋も冷めるっちゅうの」

 自分が指揮する自称特別捜査隊の方へあるく。フランが後ろからしがみつき制止。

「いかないで! シャドウガール殿下は、人の心をあやつる魔女です。冷静になって」

「あの妖怪ババアのことはよーく知ってるよ」

「だったら」

「止めてもムダって、フランちゃんはわかってるだろ。一心同体なんだから」

「……ううっ」

 崩れ落ちたフランに頬をよせ、ジュンはささやく。

「大丈夫、あたしらは無敵だ。フランちゃんは、フランちゃんのすべきことをして」

 暁兄妹の目があった。恋人、お腹の子供、妹、戦争のゆくすえ……なにをどう天秤にかけるべきかジョージはわからない。言葉にしようがない。

「アニキ、いってきます」




 ジュンは特捜隊五十名とともに、木更津の守備隊と合流。あわせて百五十名、敵は千名。日は落ち、天空高くに月がのぼる。

 同行したフェン・アイシェンと策を講ずる。

「あたしが特捜隊を率いて海ほたるへ突入する。アイシェンさんは残りの百人で敵をひきつけて」

「師匠」自称弟子が答える。「それは兵力の分散といって愚策だ」

「かもね。あたしの任務の方が楽だし。生きて還れる望みは薄いけど、それでもお願い」

「わかった、なにも言うまい。女子は己を知る者のために死す!」

 師弟は拳をぶつけあった。




 夜戦がはじまる。金属音と怒号と悲鳴が闇に吸いこまれてゆく。

 めづらしくもアイシェンは最前線に立たない。「戦列を保て! 逃げるものは私が殺す!」と後方から厳命。

 それでも波が引く様に、劣勢の自由軍に後退するものがあらわれる。アイシェンは味方を追いかけ、背に十数本の矢をあびながら、戟で脱走者を両断。

「わたしの横を通りすぎるものは」女武者は泣き叫ぶ。「誰であろうと斬る! 兵よ、死ぬときは前をむいて死ね!」




 ジュンが素っ頓狂な声をあげる。「し、しまったあ!」

 伸びすぎた髪をまとめるものがないかリュックを漁ったら、新品の紫色のリボンをみつけた。成田空港でフランにもらって以来そのまま。

 義理でも一度はつけて、フランに感謝の念をつたえるべきだった。多忙をおして買ったプレゼントを忘れられ、傷ついたはず。

 いますぐ親友にあやまりたい。偉そうなこと言うわりに、あたしは本当に未熟だ。根本的にやさしさが足りない。

 むかし母におそわった様に、勢いよく束ねて結ぶ。ポニーテールはあまり好きじゃない。男ウケがよすぎるから。

 ジュンをみる特捜隊の男女の表情に電流がはしった。リボンひとつで士気が高まるなら、安いものだ。

「さすが現役JK、セーラー服で来てくれたのね。うれしい」

 けだるいシャドウガールの声。

 駐車場に敵の姿はない。

「あんたが」ジュンは虚空にむけ返答。「死に場所を求めてるっぽいから正装した」

「あいかわらず口が減らないこと。さあ、決着つけましょ」

 とんできた三本のクナイを、ジュンは即座に抜刀し弾いた。一本が右腕の皮膚を切る。毒をおそれ、血を吸って吐き出す。

 ドレスを纏う女のシルエットを、電灯が浮かび上がらせた。潮風にはためくスカートをおさえる。

 黒い服、黒塗りの武器、そして暗がり。シャドウはすべて計算づくで、恰好の舞台をつくりあげた。

「致死量じゃないわ」月姫がほほえむ。「わたしはあなたが欲しい。一緒にこの国を支配しない?」

 雪風流にも毒をもちいる奥義がある。卑怯とはジュンは思わない。呼吸をへらし、毒性物質が体内をめぐる速度をおとす。それは予備動作でもあった。

 シャドウが焦れる。「ねえ、返事は? わたしには勝てっこないのよ。すべての奥義を見切られたでしょ」

 雪風流【象水】。

 その意味は「水をかたどる」。なめらかに攻撃がはじまったのを、黒衣の姫君は知らない。【象水】は明確な始まりや終わりがない。見切っても破れない。

 シャドウは苛立たしげに短刀を抜いた。

 心理操作は効いてるのか? 自分のしかけた罠に、自分が嵌ってないか?

「哀れみの目で見るのをやめなさい! もっとわたしを憎みなさい!」

 赤ん坊に嘘をついても無意味な様に、暁ジュンにトリックは通じない。嬉しければ笑い、悲しければ泣く。ただそれだけの存在。

 沈黙より静かに、ジュンの刀が鞘走る。

 烈風が、血と肉片と骨片を吹き上げた。みづからの右目と左目が見つめあうなか、シャドウガールの魂は東京湾の底へ、そして永遠の眠りへ堕ちていった。




 大樹の根の様に頑丈なジュンの足腰がふらつき、右膝をつく。腿を叩いて立ち上がった。シャドウを斃すのが目的じゃない。ふんばれ。

 愛刀は取り落としたまま。拾ったら二度と立てないとわかっていた。

 特捜隊はSSに包囲され、斬り刻まれる。毎日ゲームで遊んだりした、大好きな仲間が死んでゆく。自分の命令のせいで。

 武装親衛隊は自暴自棄になっている。彼らが忠誠を誓う国家も、上官も息絶えた。無分別な暴力だけがのこった。いまそれは革命の象徴であるジュンに集中。

 もし戦争が否定されるとしたら、理由の筆頭にレイプの発生を挙げるべきだろう。戦場でヒトのオスが、醜悪な本性を露呈するのを十六歳の少女はみてきた。

 ジュンは左手で脇差を抜く。父から受け継いだ肥前刀だ。研いだばかりで、妖しくかつ燦然とかがやく。

 あたしはビッチかもしれないけど、キレイなまま死にたい。

 刃をおのれの首に決然と突きたて、一息に掻き切った。




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八木ゆかり/万乗大智『無重力ガール』

 

 

無重力ガール

 

作画:八木ゆかり

原作:万乗大智

企画協力:古市直彦 土屋理敬

発行:小学館 2015年

レーベル:ビッグコミックス

[ためし読みはこちら

 

 

 

火星へむかいそびえ立つ軌道エレベーター。

少女たちの夢を宇宙にはこぶ。

その瞳は星よりまぶしい。

 

 

 

 

「明日見テラ」は宇宙パイロット候補生。

火星探査プロジェクトの選抜訓練に参加した。

天真爛漫だが独断専行のきらいがあり、よく叱られる。

とっさの判断で仲間を救うこともあるが。

 

バルブをにぎって絶叫するのは火傷でなく、低温で皮膚が膠着したから。

エヴァンゲリオン5話的な熱さがいい。

 

 

 

 

候補生は5人1組で連帯責任をおう。

車椅子の「桃子」は足をひっぱりがちで白眼視される。

 

 

 

 

訓練初日から脱落するグループが出た。

みな必死だから、厳しくあたってしまう。

 

 

 

 

それでも、桃子がハンディキャップをかえりみず宇宙へいどむ理由を知り、

金髪縦ロールの「蝶子」が非礼をわびる。

 

 

 

 

いよいよエレベーターで宇宙ステーションへ。

だが気圧差でテラの歯に激痛がはしる。

ギブアップもできるが、ほどいた制服のリボンで無理やり抜歯。

 

八木ゆかりは本作が初単行本となるが、

少女の可憐さと、少年漫画的な熱血をかねそなえた、

最先端ではないけれど興味ぶかい作風だ。

 

 

 

 

アルプスの少女ハイジ51話みたく劇的なシーンも。

重力から解放された乙女に、できないことはひとつもない。






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小説21 「千葉港攻略」

『フリーダム・シスター』


登場人物とあらすじ


全篇を縦書きで読む








 午前六時半。

 ホテル備えつけの時計が鳴り、本城フランはダブルベッドで目をさます。同室の暁ジュンが机にむかい、姉貴分にもらった英語教材にマーカーを引いていた。

 フランは伸びをしながら声をかける。「勉強がんばってますね」

「グッモーニン。すぐ追いついてやるから」

 ジュンは、ルームメイトを起こさないよう遠慮していたトレーニングをはじめる。拳をたててプッシュアップ。フランも真似したが痛くて一回もできなかった。雪風流十二代宗家は格闘術の本を大量に買いこみ、自己流の練習法を工夫している。

 英会話は片言をこなせるほど上達。英語の得意なフランも、飲みこみの速さに舌をまく。かつての劣等生の面影はどこにもない。姉貴分としては誇らしいが、世話を焼く必要なくなったのが寂しい。

 シャワーをあびたジュンが浴室から出た。

「あたしさ」ジュンが髪を拭きつつ言う。「大井さんとつきあうつもり。隠し事したくないから言っとく」

「そうですか」フランは切ない笑顔をみせる。「ふたりとも頭の回転が速くてお似合いです。教えてくれてありがとう」

「フランちゃんの好きな人は? いるなら応援するよ」

「うーん、男の人を好きになるって気持ちがよくわからなくて」

「小説家としてマズくない?」ジュンが笑う。「さっさと処女捨てちゃいなよ。かわいいんだから勿体ない」

 フランの、ブラウスのボタンを留める手がとまった。

「わたし処女じゃないですよ」

「え?」意表をつかれたジュン。「ごめん、勘違いしてた。そうだね、そうゆうこともあるよね」

「打ち合わせに呼ばれたホテルの部屋で、編集者に乱暴されたんです。昔のことですけど。わたしはチビで弱くて、バカみたいに無抵抗で……」

「だれだよそいつ」ジュンはタオルを投げ捨てる。「名前言ってよ」

「口にしたくありません。あなたの耳が汚れてしまう」

「ふざけんな、言えよ!」

「言ったら刀持って飛んでくでしょ。そんなことさせられない」

 ジュンはベッドに突っ伏し号泣。もともと泣き虫だが、ここまで激しく取り乱したことはない。ジュンの感情の洪水に、フランは心が洗われる気がした。

「そのことは」フランは微笑する。「人生で一番不幸なできごとだけど、ジュンさんに出会えたのはお釣りがでるくらい幸せ。あなたのおかげで、わたしも強くなれた」




 自由軍は現在、総司令部を五階建ての緑区役所におく。周辺にある施設と言えばゴルフ場と養豚場くらい。根っからの都会っ子であるジュンにとり最悪の環境。

 最上階での作戦会議に参加するのはジュン、司令官である兄ジョージ、参謀長・大井スルガ、中国軍のフェン・アイシェンの四人。ジュンはただの秘書で、兄はただの聞き役だが。

 スルガの分析は司令官を意気消沈させた。日ごとに勝利が遠のいてゆく。アリアひきいる北方軍は独立した中立国と化し、同盟したとはいえ中国の消極性にも失望。

 はじめからわかっていたが、自由軍が水上戦力をもたないことが、この戦争を絶望的にしていた。政府とアメリカの海軍は制海権をにぎり、すきな上陸地点をえらび攻勢をかけられる。いまは千葉港に陣地を構築、こちらの息の根をとめようとする。

「アイシェンさん」ジュンが言う。「中国には空母があるよね。出撃させてよ」

 ブログに中韓の悪口を書き連ねてたくせに、立場がかわれば現金なもの。

「ムチャ言わんでくれ」病み上がりの女武者が答える。「遼寧は練習艦だ。アメリカの空母打撃群には傷ひとつ付けられまい」

 ジュンの肩に乗っていたミミズクの白雲が、急に羽ばたき窓ガラスにぶつかる。低い声で苦しげにうめく。朝から様子がおかしい。

「くもたん、どこか悪いの?」

 介抱しにいったジュンの背後で、ドアが荒々しくひらかれた。チェックのワンピースを着たフランが蒼ざめている。

「BBCワールドニュースで報道がありました。日本国内から発射された対艦弾道ミサイルが、米空母ジェラルド・R・フォードを撃沈したそうです。か……核攻撃です」

 スルガが頭をかかえる。「なんてことを……なんてことをしてくれたんだ」

 強敵が撃破された知らせなのに誰もよろこばない。疑惑の視線が中国軍将校にあつまる。

「わたしは知らない!」アイシェンが叫ぶ。「北京からはなにも聞いてない!」

 豪放磊落な彼女が嘘をついてると思えない。習近平が暴走し、第三次世界大戦の戦端をひらいたのか。

 ジュンが参謀長に尋ねる。「アメリカはどう反応するの? うちらはどうすれば?」

「相互確証破壊に巻きこまれる」

「難しいこと言わないでよ。どこがどう報復されるの?」

「選択肢は無数にある。1996年の台湾海峡ミサイル危機では……」

 放心状態のスルガが、ブツブツうわ言をゆう。あたしの彼氏になる人だってのに、なさけない。

「しゃんとしろよ!」ジュンがテーブルを叩く。「要するにわからないんだろ。とにかくあたしらはまだ生きてる。だったら攻撃だ!」




 自由軍は、フクダ電子アリーナ周辺の陣地を攻略するため配備をすすめた。長期戦になるだろうし、損耗も多くなるだろう。

 母国から調達した床子弩や旋風砲などを、フェン・アイシェンが整備している。大掛かりな飛び道具で支援されながら、工兵が突破口をひらき、主力部隊が浸透する手筈。

 アイシェンは腕に包帯がまかれ痛々しい。

 ジュンがいたわる。「体の方はどう? 無理しないでね」

「腸があらかた外へはみ出したが」女武者が自分の腹を打つ。「おかげで便通がよくなった。父上に感謝しないとな!」

 たとえ正々堂々の一騎打ちでも、父を不具にした相手にジュンが複雑な感情をもつのは当然。それをわかった上で豪傑ぶっている。単なる猪武者ではない。

 ジュンは腕のたつ五十名をそろえ「自称特別捜査隊」と名づけた。彼女自身が率いる。

「こないだの軍議で」アイシェンが言う。「君のふるまいは立派だった。万が一この戦争に敗れたら、中国に亡命するといい。わたしとビジネスでも起こそう」

「ありがと。それも楽しそうだね。でもつぎの戦いで決着つく予感がするんだ」

 おもいつめた表情で、ジョージが天幕の下にはいってきた。なにを言いたいのか妹は痛いほどわかっている。兄が革命に加わったのは、そもそも妹を守るためなのだ。

 ジョージが口をひらく。「司令官として命じる、お前は……」

「出るよ」ジュンは先回りして言う。「そしてアニキは許可する。最初にあたしに自由をくれたのがアニキだから」

「なんの話だ」

「家であたし、『お兄さま』って呼ばされてたじゃんか。でもアニキは好きに呼んでいいと言ってくれた。これでも感謝してるんだぜ」

 不覚にもジョージの涙腺がゆるむ。はじめて妹から、素直な感謝の気持ちを捧げられた。

 暁ジュン、十六歳。自立のときがきた。




 妹から無能よばわりされるジョージだが、革命戦争が長引くなかで、次第にその粘りづよさが周囲に感銘をあたえる様になった。

 千葉港攻略戦でも、全世界が不意の核攻撃に動揺する一方、ジョージは無理押しせず二倍の兵力で包囲をつづける。孤立した敵の補給線を絶つことに専念、アイシェンが指揮する攻城兵器でじわじわ削り、空腹と出血の限界に達するまで待った。

 一か月後、中国のはしご車である雲梯に乗った特捜隊が侵入、衰弱した敵兵を蹴散らす。ジュンは鬼神もかくやの奮戦ぶり。

 政府軍は白旗をあげた。

 また傷をふやしたアイシェンがつぶやく。「芝居は終われり」

 事実上、ここに革命戦争は終結。




 局面は掃討戦にはいった。散発的な戦闘はつづくが、もはや政府軍に戦線を維持する力はない。投降者が各地であらわれる。

 幕張メッセを再占領した自由軍総司令部を、アメリカ政府の特使が非公式におとづれた。その名はCIA工作員ジョン・ピーチ。

 アリアとトモコをのぞく自由軍幹部との会談がはじまるが、ジュンは反撥している。

「こいつは」顔をしかめるジュン。「快楽のため人を殺すクズだ。一言だって信用できない」

 ピーチは平然と見返す。眼鏡の下の表情は肯定も否定もしない。ポケットからレザーマンのマルチツールをとりだす。暁兄妹の自宅から盗んだもの。

 血相をかえジュンが立ち上がる。オフィスチェアがすべり壁にぶつかった。

 彼女がおとめ山公園で長谷部マリコを拷問したことを、CIAはつかんでいた。事実だから仕方ないが、フランに知られるのはつらい。なんて卑劣な脅迫。

 巨漢のスパイがナイフの刃を、おのれの左小指にたてる。唸り声と脂汗をしぼり出しながら切った。自由軍幹部たちは呆気にとられ、ながめるだけ。

 ジュンが吐き捨てる。「ヤクザかよ」

「郷に入っては郷に従え」傷口を押さえるピーチが弱々しく返答。「日本のことわざはすばらしい」

 さすがに気を呑まれたジュンは「勝手にしろ」と言って退出した。

 見たか、小娘。

 これがスパイの駆け引きだ。俺のキャリアとアメリカの権益は守られた。六十億ドルの空母はちと痛いが、またこの愚鈍な黄色人種の国から搾取し埋め合わせる。

 俺の勝ちだ。




 ジュンが寝そべるところへ、フランがノックして入室。ベッドの隅に腰掛けた。

 天井をみながらジュンが言う。「あいつ、あたしのことなんか言ってた?」

「いえ、まったく」フランが微笑を絶やさず答える。

「別にいいけど。知られても」

「公園で言ってたことですよね。何のために何をしたか想像つきますが、信頼はすこしも変わりません。わたしたちは一心同体ですから」

 ジュンが泣いてるのに気づき、姉貴分はやさしく寄り添う。

「楽しい話をしましょう」フランが続ける。「実はあれからネットで調べたんです。自分の好きな人のたしかめ方を」

「えっ」ジュンの大きな瞳が輝く。「どうやるの?」

「相手とキスする場面を思い浮かべるの」

「はあ、乙女だねえ。あたしだったら考える前にリアルでキスするよ」

「ふふふ……で、ためしたら天に登る気持ちになっちゃって」

「マジで!?」ジュンは跳ね起きる。「だれ? だれ?」

「言うわけないでしょう」

「なんでだよ、一心同体だろ! もしあたしと被っても、フランちゃんなら譲るよ」

 ジュンが自分の欲しいものを譲るはずないので、フランはおかしかった。被る可能性がゼロだからいいけれど。

 白状させようと必死なジュンに、全力で揺さぶられる。肝心なところで鈍感な妹分が愛おしい。

「絶対おしえない!」

 フランは小鳥の様な声で笑った。





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ジャンル : 小説・文学

上月さつき『制服嗜好』

 

 

制服嗜好

 

著者:上月さつき

発行:イースト・プレス 2014年

[版元の紹介ページはこちら

 

 

 

昨年9月に刊行されて以来、すでに3刷をかさねるなど好評を博した、

女学生の制服について愛情こめて解説する図鑑。

著者は素材系メーカーに勤務してるそうで、ただ見てカワイイとゆうだけでなく、

「マテリアルとしての制服」が素人にも理解できるつくり。

 

たとえばプリーツスカートのポケットが左側におおい理由、しってました?

 

 

 

 

オシャレ指向のセーラー服は、胸元にダーツとゆう縫いが施されている。

女子らしい曲線的なシルエットを表現。

 

いくら純粋な学術的関心から発する行動だとしても、

道行く乙女をよびとめ制服を触らせてもらうわけにゆかないので、

本書のさわやかなイラストと丁寧な文章に、知的好奇心が満たされた。

 

 

 

 

冬のセーラー服は紺や黒や灰色。

パーツがシンプルなため、ブレザーとくらべると暗めな印象に。

僕も漠然とセーラーは夏服にかぎるとおもっていた。

 

しかしその分、冬セーラーは三角タイや襟のセーラーラインがきわだつ。

自分がいかに浅薄な理解しかもたなかったか、恥じいるばかり。

 

 

 

 

セーラーもブレザーも、それぞれすばらしい。

両者をイイトコどりした「セーラーブレザー」なる制服も存在。

襟はセーラー、裾はブレザー。

二重人格みたいでミステリアスだ。

 

 

 

 

女子がこれらを着こなすことで、布切れに生命をあたえる。

具体的にゆうと、どう「指定」と折り合うか。

指定外のミント色のリュックと制服がかなでる、夏らしい色彩のハーモニーとか。

 

 

 

 

たとえアレンジをゆるさない学校でも、彼女らのオシャレ心はとめられない。

マフラーのかわいい結び方とか。

 

 

 

 

冬のアウターの定番といえばPコートやダッフルコートだが、

トッパーコートは着崩しがむづかしく、おちついた雰囲気に。

やや薄手の素材によるボディラインと、

末広がりのAラインシルエットが、夏の少女を冬の淑女にかえる。

 

束縛のなかの自由。

無個性を転覆した個性。

制服がおりなす銀河系の広大さにめまいがしそう。






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ジャンル : 学校・教育

吉村佳/あおしまたかし『タヒチガール』

 

 

タヒチガール

 

作画:吉村佳

原作:あおしまたかし

掲載誌:『まんがタイムジャンボ』(芳文社)2014年-

単行本:まんがタイムコミックス

[ためし読みはこちら

 

 

 

わたしとオリタヒチ、しませんか?

 

南の島からやってきた褐色の少女「マハナ」が、

日本の高校で「タヒチアンダンス部」を設立、みんなを幸せにする物語。

 

 

 

 

主人公の「夕凪麻衣」はいわゆる無表情キャラ。

ふつうに接してるつもりなのにクラスメートを怯えさせる。

陽気なポリネシアンと正反対。

 

 

 

 

「天王寺林檎」はリゾート帝国の跡取り娘。

タヒチの踊り「オリタヒチ」にくわしいので入部する。

庶民をみくだす高飛車ツインテお嬢さまだが、

意外と世話焼きな性格で、ノリノリで部長就任。

 

 

 

 

「桐原陽火(はるか)」は男子だが、カワイイので数あわせのため拉致される。

大胆コスチュームもよく似合う。

 

 

 

 

ヘタレのルカは、部内でつねにいじられ役。

あまりに度が過ぎるときは、マイがたしなめる。

人の外見をからかうのはよくないと。

 

原作担当のあおしまは、『ゆるゆり』などアニメの脚本を手がけたひとで、

たとえば男の娘を出すならその葛藤をえがくとか、作劇術はさすがに緻密。

『どろんきゅー』でしられる吉村との相性もいい。

 

 

 

 

テンプレぽい登場人物が、ゆるゆるドタバタすごす日常に、

ふっと絶妙のリズムでときめく瞬間がはさみこまれ、

ツンデレなんだからそろそろデレると予期していても、胸にひびく。

 

アニメ『ハナヤマタ』がすきで、ヤヤちゃんに会えなくてさびしい僕の心を癒やす。

 

 

 

 

無邪気な褐色少女、目を惹きつける南国の衣装、そして百合……。

わざわざタヒチへゆかなくても、そこに楽園はあった。






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ジャンル : アニメ・コミック

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水瀬るるう『大家さんは思春期!』4巻 里中チエとゆう生態学的奇跡

 

 

大家さんは思春期!

 

作者:水瀬るるう

掲載誌:『まんがタイム』『まんがタイムファミリー』(芳文社)2012年-

単行本:まんがタイムコミックス

ためし読み/以前の記事→1巻/2巻/3巻

 

 

 

第4巻にして、ついに水着回。

水玉模様でフリルつき、待ったかいのある可憐さ。

単行本帯はカラーで掲載、捨てられなくて困る。

 

 

 

 

作者としてはスク水とゆう選択肢もあったが、

チエちゃんの真面目さと読者サービス、ふたつの円が重なる点をみつけた。

 

おなじ芳文社の4コマでもきらら系は大抵、

現実のカレンダーにあわせて季節がすすむが、

タイム系の本作は、サザエさん的にゆるやかな時のながれ。

たしかにチエちゃんの水着姿はみたい。

でもオトナになってほしくない。

 

 

 

 

タイトルが思春期なのに、ヒロインはまだ恋をしらない。

作者は同人では百合のひとだが、チエちゃんは「女同士」にも興味ない。

麗子さんが心配する様に、異性と接する機会もおおい。

 

 

 

 

美形の男女が交流すれば、化学反応みたく恋がうまれそうだが、

チエちゃんにとり男子は動物以上のものではない。

 

 

 

 

本作を「萌え4コマ」に分類するには、ヒロインの性格がカタすぎるかもしれない。

勉強会で友人のおしゃべりを、眉を吊り上げてたしなめる表情は、

このうえなくカワイイけど、いわゆる「キャッキャウフフ」からはみ出してる。

 

 

 

 

「里中チエに春はおとづれるのか?」

ファンにとって重大な問いだ。

みたいし、みたくない。

その日は当然やってくるだろうけど、天使に一般法則は適用されないかも。

 

すくなくとも中学では、しつこく付きまとって嫌われる系男子の佐々木が、

ほかの男からの干渉の絶縁体となるなど、奇跡的なバランスがたもたれる。

 

 

 

 

思い悩んでもしかたない。

秋、そして冬にむけ、ゆるやかな時を疾走する天使から目を離さないためにも。






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ジャンル : アニメ・コミック

タグ: 萌え4コマ 

小説20 「シャドウプレイ」

『フリーダム・シスター』


登場人物とあらすじ


全篇を縦書きで読む








 一年ぶりに公の場にでたゴッドガールが陽気に飛び跳ねる。薄紅梅の小袖がはだけ、また中身が見えないか心配する近習におさえられた。

 みづから企画したテレビアニメ『魔法少女アマテラス』先行上映会のため、シネコンの新宿バルト9にいる。五杯めのマルガリータを飲み干した。

「わらわをモデルにしたこのアニメで」現人神は上機嫌で演説。「国民の心はまたひとつになる。もう心配いらないぞよ!」

 花澤香菜などキャストやスタッフ、そして観客から喝采あびた。監督の宮﨑駿がいないのは残念だが、引退したのを懇願し現場に立ってもらったので仕方ない。

 期待にちいさな胸はふくらむ。平和をねがうのは偽らざる気持ち。国民をおもえばこそ、趣味のファミコンを我慢し公務にはげんでいる。

 照明がおちオープニングがはじまった。

 広大な山脈や森をみおろし、一羽の鷹がとぶ。鳥肌たつほどうつくしいファンタジー世界。

「さすがはジブリ、神作画じゃな! 神であるわらわが言うのもおかしいが」

 主人公風の少年が、ドラゴン相手に剣をふるうシーンがつづく。和装のゴッドガールが一瞬うつった。曲が終わりへちかづき、「監督 宮﨑吾朗」とクレジットが。

「なあっ、息子が監督!?」

 最後に『ゲド戦記2』とタイトルが表示される。現人神の手からグラスがすべり落ち、粉々にくだけた。

 だれのどんな手違いがあったか、企画とまるで別物。『アマテラス』の上映会として各界の著名人をよんだのに。

 無言で震えるゴッドガールの周囲から、怒りをおそれ招待客がはなれてゆく。




 北方軍が接収した宇都宮市のホテルのスイートで、羽生アリアと斯波トモコがくつろぐ。元蒼龍学園理事長の行政手腕を買い、司令官のアリアが招聘した。

 連戦連勝の彼女は北関東を制圧。船橋防衛に失敗した本隊を積極的に支援せず、守りの手薄な地域を奪取しつづける。

 総司令部は黙認。黙認せざるをえない。すでに人員や物資を「アリア軍」に依存しており、敵側に走らないだけで満足するしかない。すくなくとも、そのフリをするしかない。

「知事がさっき置いてった」アリアが箸を動かす。「餃子うまいぞ。トモコさんも食べたらどうだ」

「あの爺さんはクビよ」トモコは眉をひそめる。「女子へのおみやげが餃子とか、ありえない。普通はイチゴでしょ。わたしの秘書を栃木総督に任命していい?」

「どの総督も若い女ばかりじゃないか……まあいい、まかせる」

 CNNにセーラー服をきた暁ジュンがうつった。習近平と硬い表情で握手する。背後で本城フランがにこやかに拍手している。

 自由日本と中国が軍事同盟をむすんだ。

「ついに世界史がうごきだした」

 爪楊枝を咥えて独眼龍がつぶやく。




 ホテルの玄関をでると、赤いシャツの男たちに出迎えられた。サポーターは浦和レッズのオーナーへ「お嬢! お嬢!」とコールをささげる。トモコの泣きぼくろのある目が微笑で細まり、気品が匂いたつ。

 女子中学生ふたりにプレゼントをもらったお返しにハグすると、彼女らは歓喜の声をあげた。

「恥づかしいわ」車にのりこんだトモコが言う。「藝能人じゃあるまいし」

「彼らは感謝してるのさ」アリアは分析。「重税から自分たちを解放したことに」

 北方軍が三十パーセントの消費税の廃止を発表すると、支配地域はよろこんで追従。お墨つきがあれば、だれも間接税など支払わない。いまは旧政府の社会保障を踏襲しているが、トモコ総監は大学で研究したベーシック・インカム制度の導入をいそぐ。

「たしかにやりがいを感じる」書類を揃えながらトモコが言う。「こうゆう仕事をしたかったのよ。親から受け継ぐんじゃなく、ゼロからなにかを建設する仕事を」

 アリアは、トモコの描いた「設計図」をパラパラと総覧。「同性結婚法案」と題されたページに目をとめた。顔色がやや曇る。

「やりすぎだった?」

 トモコが探りをいれる。助手席の女性秘書が不安げにふりむく。

「わたしは保守的だから」アリアは紙の束を返す。「本音は反対だ。だが任せると言った以上、トモコさんに任せる。『民衆を食わせる』とゆう方針さえ守ればいい」

 秘書の顔がぱっと輝いた。

「あなたは年下だけど」トモコが安堵する。「人の使い方をわかってるわね。最初から総司令官だったら……」

 不適切な発言と気づき、言い淀んだ。アリアの胎内にジョージとの間の子供がいる。

「人生はいろいろある」独眼龍は葛藤を見せない。「でも、自分の才能をためせる時間はみじかい。いまは前を向くときだ」

 彼女は留守をトモコにまかせ、西日本を攻略する作戦をたてていた。

 わたしは良妻賢母と言えないなとつぶやき、腹部を撫でた。




 吹上御所のゲーム部屋にもどったゴッドガールは、メガドライブの『マイケル・ジャクソンズ・ムーンウォーカー』であそぶ。

 マイケル自身の企画による作品で、「僕は人を殺したくない」といった意見をセガが採用、ダンスで敵を斃す個性的なアクションが光る。

 旧友を懐かしむゴッドガールが涙をこぼす。ひたすら純粋な、理想をおいもとめる男だった。マイケル、ぬしがいなくなってから世界は悪くなるばかりじゃ。

 乱暴にドアがひらかれ、妹のシャドウガールが入室。安倍晋三首相の首根っこをつかんで引きずる。ゴッドガールの足元へころがした。

「姉上様」シャドウは憔悴の面持ち。「アニメの件はごめんなさい。戦争指導にいそがしくて目が届かなかったの。ほら、安倍! さっさと釈明なさい」

 黒衣の姫君が宰相の尻を蹴りあげる。相手は卑屈な笑みをうかべるのみ。

「わらわたちが」ゴッドガールは慌てる。「いくら神の眷属といえど、一国の総理大臣に暴力はいかん」

「はあ、総理大臣? この操り人形が?」

 シャドウは鼻で笑い、袖にしこんだ短刀で安倍の首を斬り落とした。

「ヌイちゃん、なんてことを!」

「御心配なく、これは替え玉です。本人は2007年に大腸癌で死にました」

「まさか、懲りずにまたやったのか……東條英機を殺して開戦した様に」

 窓の外から剣戟の音がひびく。武装親衛隊が皇宮護衛官を数で圧倒。のんきな姉もようやく、妹が簒奪者となったのを理解した。

 すでに日本政府は戒厳令を宣言。それは憲法停止と、シャドウによる独裁体制のはじまりを意味する。

 月姫が固定電話をつかう。「例の件、最優先で取り掛かりなさい」

「なにをする気じゃ」

「『艦隊これくしょん』の運営スタッフを全員殺します。あいつらだけは許せない。わたしの大切なお舟を慰み物にするなんて」

 夜をつかさどる神、月讀命はもともと精神に狂気をやどしており、過度に陰謀をこのむ。無邪気な姉、天照大御神とバランスがとれてこそ日本の秩序はたもたれてきた。しかし今日、すべては崩壊した。

「要するに」月姫が続ける。「政治はシャドウプレイ、影絵にすぎない。慾望とゆう糸でわたしが操ってきた。でも裏方はもうウンザリ。主役交代よ」

「ヌイちゃん、民のことを考えろ」

 説教する姉の顎を、シャドウは右手でもちあげた。

「姉上様のことは愛してるから、殺しはしない。ゲーム三昧ですごすといいわ。これからは、わたしの影になってもらうけど……うふふっ」

「なにがおかしい」

「ネンネの姉上様に、代わりが務まるのかしら。見ものだわ」





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ジャンル : 小説・文学

結布/綱本将也『ゆかりちゃん』

 

 

ゆかりちゃん

 

作画:結布

原作:綱本将也

発行:集英社 2015年

レーベル:ジャンプコミックス

[ためし読みはこちら

 

 

イラストレーターとして著名な「結布」の漫画作品。

セーラー服でスーパーをねりあるく、くせっ毛の少女が醸しだす空気感は秀逸だ。

 

笑顔なのは、自分とおなじ名の商品をみつけたから。

三島食品のふりかけ、「ゆかり」。

 

 

 

 

亡くなった母のかわりに、ゆかりが父のお弁当をつくる。

まだ失敗ばかり、白米にふりかけだけのことも。

 

 

 

 

台所にたつ娘の姿は、亡き妻を髣髴させる。

うしなわれた幸福をとりもどそうと努力する父娘をえがく。

 

小津安二郎や成瀬巳喜男の映画みたくシンプルな世界を、

「御飯にふりかけ」とゆう小道具で構成するのがおもしろい。

 

 

 

 

「ペペロンチーノにゆかり」とか、変わり種レシピも多数。

なにせ45年親しまれてきた定番、なんにでもマッチ。

 

 

 

 

舞台は浅草。

世話焼きなタバコ屋のおばちゃんなど、下町人情を隠し味に。

 

 

 

 

「商店街のあたたかいコミュニティ」なんて、正直とってつけた感は否めない。

下町だろうがとっくに消滅した文化だ。

いや、もともと存在したかすら怪しい。

ただ結布のやわらかい絵柄にあってるし、一種のファンタジーとしてたのしめる。

 

 

 

 

たとえば「セーラー服とぬか漬け」、なかなか美味でしょう。

懐かしさと目新しさをフュージョンした創作料理に舌鼓をうつ。






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韓国と日本における女性の社会進出

 

 

韓国と日本は一心同体

正の面も、負の面も。

たとえば女性管理職の割合は、二国だけどん底に。

先進国にあるまじき社会状況とおもわれている。

 

今回は、大沢真知子『女性はなぜ活躍できないのか』(東洋経済新報社)がネタ本。

 

 

『暁のヨナ』(テレビアニメ/2014-5年)

 

 

女性自体に専業主婦志向がつよいから。

政府が無能だから。

企業が遅れてるから。

子供のいない女を負け犬とみなす文化があるから……。

 

そういった分析は、数百字でまとめられるほど単純じゃないので、

前掲書の議論をあたっていただきたい。

 

 

 

 

女性の年齢階層別の労働力率も、トレスしたみたく日韓はそっくりで、

20歳代後半から30歳代にかけガクンと落ちこむ「M字カーブ」をえがく。

 

欧米の女も出産するが、スポンと産んだらまたスッポリ会社におさまる流れ。

 

 

 

 

僕はフェミニストじゃない。

そもそも女性が社会進出すべきかについて確信もない。

 

ただひとつ明白なのは、女が自力で社会的地位を獲得しなければ、

永遠に男からナメられっぱなしってこと。

「ナメられてるんじゃなく、本当は手のひらで転がしてる」って強がるならいいけど。

 

 

 

 

韓国と日本は、似てる様でちがう。

特に未来に関しては。

 

韓国企業、なかでも大手は女性活用に積極的。

政治でも2000年以降、国会や地方議会にクォータ制が導入されている。

また法がさだめるアファーマティブ・アクションにより、

公共・教育・民間の各部門において日本以上に女性比率が増加、

該当する企業の収益に好影響がみられる。

 

 

 

 

ではなぜ韓国でスーパーウーマンがあらわれだしたのか?

 

専業主婦であるオモニたちが、きびしく育てあげたから。

彼女らが果たせなかった「見えない天井」を壊す夢を、娘に託したから。

男に見くびられるのは、自分の世代で終わりにしたかったから。

 

日本のお母さんが託す夢ってなんだろう。

よくわからない。

M字開脚もいいけど、M字カーブをどうにかするのが先かもしれない。






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ジャンル : 政治・経済

平尾リョウ/猪原賽『放課後カタストロフィ』

 

 

放課後カタストロフィ

 

作画:平尾リョウ

原作:猪原賽

掲載誌:『月刊ヒーローズ』(小学館クリエイティブ)2015年-

単行本:ヒーローズコミックス

[ためし読みはこちら

 

 

 

ノストラダムスの予言にしるされた「恐怖の大王」が実は幼女で、

1999年7月にちょっと遅刻したため、つぎの世紀末まで、

とりあえず主人公である男子高校生の家に居候するとゆうお話。

 

 

 

 

いまの若い子の耳に「ノストラダムス」のカタカナ7文字が、

どれほどのアクチュアリティをともなって響くのか知らない。

「だれ?」って反応かな。

 

作画担当の平尾リョウは漫画なら『4じてん。』、

ほかに3DSのゲーム『レジェンド オブ レガシー』のキャラデザなど手がけた。

大王ちゃんが指先一本で富士山頂をふきとばす描写とか、あざやか。

 

 

 

 

コスプレ幼女にしか見えない大王ちゃんを連れ歩いてたら、

同級生の「酉野さん」にデートだと勘違いされる。

学園ラブコメ要素もたのしい。

 

 

 

 

しかし見ためはロリでも、中身は恐怖の大王。

ちかくにいればトップニュース級の災厄に巻きこまれる。

 

 

 

 

大王ちゃんの魔力のおかげで一命をとりとめた酉野さんだが、

彼女にも裏の顔があった。

 

女子のグッとくる表情がオカルト話をもりあげる。

 

 

 

 

秘密結社「イルミナティ」は、スカイツリーに偽装した移民船で星間移民をたくらむ。

さらに悪魔教団なども、季節はづれの世紀末バトルに参戦、

雑誌『ムー』的な世界観をくりひろげる。

 

 

 

 

とはいえオカルトより僕の胸に響くのは、目の表情づけ。

瞼をとじてからパッとみひらく2コマの、「意識の流れ」がうつくしい。

 

やはりノストラダムスは嘘つきだったけど、ここにはなんらかのリアリティがある。






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ジャンル : アニメ・コミック

タグ: ロリ 

林哲也『ハンナ先生仕事をしてください!』

 

 

ハンナ先生仕事をしてください!

 

作者:林哲也

掲載誌:『ジャンプスクエア』(集英社)2015年-

単行本:ジャンプコミックス

[ためし読みはこちら

 

 

 

プロ漫画家が一番おそれるもの、それは白紙。

なにを描けばよいのか。

そもそも漫画を描くことになんの意味があるのか。

発狂寸前まで追いこまれる。

 

 

 

 

「雁堵(かりど)ハンナ先生」は、現役女子高生の漫画家。

14歳でデビューし大ヒットを飛ばしたので貯金は1億あり、食うに困らない。

 

最近「漫画家の漫画」がふえてる気がするが、

本作の特色はおもいきりギャグ寄りで、女子を前面にだすところ。

 

 

 

 

JKとはいえ人気作家なので、編集者「藤崎」も頭があがらない。

一流大卒のエリートを屈服させる快感に酔い痴れる、

ハンナ先生のクズな言動がみどころだ。

 

林哲也の兄・啓太はイラストレーターで、本作を手伝ってもいる。

ブログでは、30すぎなのに仲良しな兄弟のイチャイチャぶりを女体化して記録。

客観的にみて、作者とハンナ先生の人格はかなり一致するらしい。

 

 

 

 

ハンナ先生は目を離すとすぐネトゲをはじめる。

藤崎は監視用のアカウントをもっており、会社からログインして原稿を催促。

 

 

 

 

創作活動から逃げつづけた結果、ハンナ先生はなにもかも見失う。

人生の意味さえも。

 

フリーダムな笑いは哲学的な虚無感へゆきつく。

 

 

 

 

ハンナ先生は天才なのでひとりで作業するが、ピンチなので助っ人をたのむ。

女子力高い「エイトさん」とは気が合いそうになく、男アシはこわい。

ロクに指示もだせない。

 

 

 

 

それでも土壇場で本気になり、全ページの描き直しを決断。

土下座して「1日半で42ページ」とゆうムチャ振りをする。

 

たしかにハンナ先生は、ダメダメなネトゲ廃人。

でもそれは「面白いこと」に対し正直で、貪慾なだけ。

だからこそ面白い作品をつくりだせる。

 

一般常識ではかれないクリエイター精神の核心が描かれ、感動した。

 


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小説 第3部「散花篇」 19「すき家襲撃」

『フリーダム・シスター』


登場人物とあらすじ


全篇を縦書きで読む








 暁ジュンは千葉市緑区にある「すき家」に来ている。チーズ牛丼が好物だった。

 トイレから出ると、カウンター席にすわる本城フランが、なれなれしい男ふたりに両側から話しかけられていた。

 ピンクのカーディガンを着たフランは相変わらず愛想がいいが、千葉くんだりでナンパされても迷惑。佩刀するジュンは無言で後ろから圧力かけた。

 幕張を失陥した自由軍が、いま鎌取に総司令部をおくのは周知の事実。茶髪の男たちは、「百人斬り」の顔をみるなり注文もせず店外へ去っていった。

「あんなの相手したらダメだって」ジュンは箸をとる。「社交的なのはフランちゃんの長所だけどさ」

 フランは澄まし顔。「たのしい人たちでしたよ」

「男の頭の中なんてヤることだけだよ。彼氏いたことないから、わからないだろうけど」

「さすがビッチと称されるだけありますね」

「ちょっと」ジュンは御飯粒つけて気色ばむ。「いくら親友でも、言っていいことと悪いことがあるでしょ」

「ごめんなさい。言葉の使い方がまちがってたみたいです」

 人気作家で物知りのフランが誤用をするはずない。やさしい笑顔のまま、婉曲法でジュンを責めている。

 心当たりはあった。大井スルガと深夜に事がおきかけ、その後まるで進展ないが、フランは変化を察したらしい。独占慾を刺激され依怙地になっていた。

 愛着をもたれるのは嬉しいが、気持ちには応えきれない。でもジュンはいづれ理解してもらう自信がある。いつになく前向きな気分に満ち、仲間を引っぱるつもりだった。

「だいたい」まだフランはブツブツつぶやく。「わたしが誰とつきあおうが、ジュンさんに関係ないですよね。たしかに恋愛経験ないけど交友関係はひろいし、男性の扱い方くらい心得て……きゃっ!」

 ジュンはフランを腋から持ち上げ、カウンターのむこうへ投げた。小柄な十八歳は空中で一回転し尻餅つく。ジュンも追随。

 だしぬけにふたりはセンターファイア弾薬をあびる。店員や客に付随被害が生じた。

 デジタル迷彩服を着た十二人の男が店になだれこむ。ながれる様な動作でレバーを上下し排莢。レバーアクションのウィンチェスターライフルだ。

「Watch out! They're behind the counter!」

「OK, move!」

 ほとんどが外見は白人、訛りはアメリカ風。ジュンは備品のカラーボールで撹乱する。

 雪風流【千仞】。

 抜刀と同時にカウンターを踏み台にして飛ぶ。迅雷が米兵をおそう。

 ウィリアム・ハウ海軍一等兵曹は、自分の胴体の断面が視界をせり上がってゆくのを見た。袈裟懸けに切断され、上半身が斜めにずり落ちていると気づいたとき絶命。

 【千仞】は目眩ましの技だ。人間の視覚は上下運動を認識しづらい。ついで得意の反復横跳びで三人斬り捨てる。

「ジュンさん、うしろ!」

 フランの叫びに反応、左手でにぎった箸の束を、屈みながら背後へ投擲。五発の銃弾は幸運にも外れた。瞬きもさせず全員斃す。

 流血の波が床を洗い、ジュンの赤いニューバランスを微妙な風合いに染める。のこった三人の銃口が集中。SEALs隊員はすさまじい損耗に悄然としているが、これで戦いは「詰み」と確信した。

 十二代宗家は微笑する。どうしても試したかった奥義をつかう好機だ。

 雪風流【鷙鳥】。

 無意識にパーカーのポケットにいれた、タバスコの壜を放って斬る。

「Fuck!」

 紅のシャワーをそそがれた三人がのたうつ。それは目潰しどころでなく、失明の危険をともなう化学兵器。乙女は慈悲ぶかく、刃で苦痛をとりのぞいた。

 紙ナプキンで血とタバスコを拭きとり納刀。返り血は一滴もあびてない。

「くそッ」ジュンは椅子を蹴飛ばす。「だれも殺したくなかったのに」

 敵があまりに強すぎた。シャドウガールやアイシェンの様な個人の武勇とちがう、集団として訓練された殺人機械で、手加減できなかった。

「わたしを守るためですよね」フランがカウンターの裏から出る。「あんな意地悪を言ったわたしを」

「ケンカしたって親友は親友だし」

「本当にあなたって人は……。でも心配です。アメリカ軍がジュンさんの暗殺を目論むなんて」

「いや、ターゲットはフランちゃんだった」

「そんな!」

「中国へ渡る前に始末したかったんでしょ。今回は同行するね。大丈夫、あたしらは無敵のコンビなんだから」




 自動ドアのひらく音がした。

 巨漢が唖然として、心肺停止した十二人の体を凝視する。CIA工作員のジョン・ピーチだ。日本を飼い慣らす専門家としてのキャリアが、このとき終わった。

「悪魔め!」ピーチが罵る。「こいつらはDEVGRUだ。ビン・ラディンを殺した精鋭だぞ。こんなことはあってはならない!」

「キュートな小悪魔と言ってくれ」ジュンはふたたび抜刀。「なあおデブさん、よくそのツラ出せたな。リリホワで散々あたしを殴ったのを忘れたのか」

 ピーチは散らかった床にピースメイカーを投げ捨て、両手をあげる。暁ジュンの情報はハードディスクが溢れるほど収集した。彼女が攻撃するのは、自衛か報復のときだけ。降参すれば斬られはしない。

 しかし切先が太鼓腹に刺さり、スパイはうめいた。汗だくのシャツに血がにじむ。

「甘いんだよ」ジュンの口元が歪む。「あたしにそんな駆け引きが通じるか。おい、エリを殺したのはお前だな」

 視線が交錯する。通じようが通じまいが、ピーチは駆け引きに頼るしかない。そうして二十年、諜報の世界で生きてきた。

 いまやジュンのことはジュン以上に知ってると自負する。同級生のエリとは反目していた。仇討ちの動機にならないはず。

「そうだ」ピーチは畏まる。「命令とはいえ、若い娘を犠牲にしたのは間違いだった」

「あっそ。あとコタカをハメるのに一役買ったろ」

 言葉をうしなったスパイの耳に、ヘリコプターのローター音がとどく。肥満体にしては意外な俊足で遁走。駐車場におりたMH-60改造ステルスヘリに転がりこんだ。

 はげしく吹き下ろす風を腕でふせぎつつ、ジュンは空をみあげた。

 この戦争は一日もはやく終わらせる。もう迷わない。あたしが先頭にたつ。




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苑田 謙

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