烏丸渡『NOT LIVES』7巻 宇宙のエンドゲーム
NOT LIVES -ノットライヴス-
作者:烏丸渡
掲載誌:『月刊コミック電撃大王』(アスキー・メディアワークス/KADOKAWA)2011年-
単行本:電撃コミックス
7巻にきて作者はぐっとアクセルふみこむ。
シャッフルイベントで手札をかきまぜ「人員整理」する。
ついにチョキチョキ娘「波佐見遊」も本格参戦!
「最高最強のプレイヤー」の異名に恥じない闘いぶり。
小学生の身でデスゲームに身を投じた理由もかたられる。
トラウマをもたないロリ殺し屋なんてありえない。
先の先をよむ戦略の知的昂奮と、それを視覚化する作家の腕のあざやかさ。
2巻の「狩野兄妹戦」以来の、息づまる一対一の死闘をたのしめる。
デスゲームの合間はエロスでリラックス。
あいかわらず「有馬ちゃん」が脇からひっかきまわす。
絵になるけど、とらえどころない有馬ちゃんが、めづらしく本音を垣間みせる。
いよいよ次巻から「ラストバトル」。
大慌てで伏線を回収、ひろがりきった風呂敷をたたむ。
二度のクリア経験をもつ「アスタロト」の正体があかされる。
「天宮鏡花」がこんなに動揺したことはない。
あとで卒倒するほどの衝撃だった。
弟のため命をおしまない少女でさえ、のがれられない桎梏。
つめたいデスゲームをえがく『NOT LIVES』は、家族の物語だった。
劇的で、神話的。
目をたのしませ、頭をたかぶらせ、心をしめつける。
ラストへむけ急激に収束する流れが、否応なく全読者をのみこむ。
漫画をすきでよかった、とすらおもった7巻だ。
![]() | NOT LIVES -ノットライヴス- 07 (電撃コミックス) (2015/01/27) 烏丸渡 |
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『アート オブ ロバート・マッギニス:THE ART OF ROBERT McGINNIS』
『依頼人を殺すな』1963年/テンペラ画(ブレット・ハリデイ著/デル刊)
アート オブ ロバート・マッギニス:THE ART OF ROBERT McGINNIS
The Art of Robert E. McGinnis
著者:ロバート・マッギニス アート・スコット
訳者:大久保ゆう
発行:マール社 2014年
原書発行:2014年
[ページ見本はこちら]
1926年うまれのアメリカの画家・イラストレーターの作品集。
ペーパーバックの表紙や、『007』シリーズなどの映画ポスターでしられる。
マッギニスの描く女は、モンロー風の婀娜っぽさと一線を画し、知的で優雅。
会話の最中みたく、こちらに視線をなげかける。
いったい彼女はなにものだろう?
さそってるのか、それとも罠か?
書店のラックをみた瞬間、謎にからめとられる。
『じゃじゃ馬は死んだ』1959年/テンペラ画(ジェリー・スミス著/デル刊)
露出のおおい若い女を前面にだす、俗っぽい注文仕事が主だが、
マッギニスはつねに「アート」をてがける意識をもっている。
発注側の指示は女の髪の色だけ、あとは自由裁量にまかされた。
ブルネットの女が胸をはだけ横たわる。
だがそれは、窓からの侵入者に殺されたあとかもしれない。
『森のささやき』1971年/テンペラ画(ノーマ・エイムズ著/エイヴォン刊)
70年代になると私立探偵ものは下火となり、
女性読者がペーパーバック市場の大半をしめる様に。
マッギニスは「ゴシック小説」の装画でも頂点にたつ。
とりあえず美女を描ければ、食いっぱぐれないらしい。
かれの独創性は色彩感覚にある。
色数すくないのにカラフル。
闇で逃げ惑う女のブロンドの髪の、不穏なうつくしさ。
『ジュディス』1979年/テンペラ画(ブライアン・クリーヴ著/バークリー刊)
ボクは70年代のペーパーバック小説を全然しらないが、
現代日本のサブカルに通じるセンスに興味ひかれる。
Wikipediaをみると舞台は18世紀末のイギリス、19歳のヒロイン「ジュディス」が、
腹黒い親戚から農場をまもる話だとかで、どうでもよくなった。
おそらく絵だけが後世にのこるだろう。
『トランポリンの子猫ちゃん』1961年/未使用再稿(サタデー・イブニング・ポスト)
雑誌のためのイラスト。
モデルのオルガがやたらはしゃいで跳ね回り、素材をたくさん撮れたので、
画家も調子にのり連続写真みたいな作品にした。
ここでも髪のうごきが表情ゆたか。
マッギニスとモデルたちの関係は、飼い主とネコみたい。
直截的なエロスにむかわない。
『スラーヴァ』2000年ごろ/油絵
本書は代表作以外に、近作を多数収録する。
個人的動機にもとづいた絵画作品も、キャリアの主要部分。
ここでも美女にこだわる。
着物と花と乳首が、薄紅色の共鳴をきかせる。
『無題(馬と馬車で川を渡る)』製作年不詳/卵テンペラ画
アンドリュー・ワイエスに影響うけた風景画家でもある。
川面にうつる影の繊細な描写にすいこまれそう。
『名前のない猫』1998年/卵テンペラ画(ガイドポスツ)
本人がゆう、生涯の最高傑作。
自分が描いたとおもえないほど完璧だと。
毛色のちがう猫4匹の体勢のおもしろさ。
ブロンド・ブルネット・茶色・赤毛……。
あでやかな髪の女を描きつづけた画家人生の集大成か。
![]() | アート オブ ロバート・マッギニス:THE ART OF ROBERT McGINNIS (2014/12/05) ロバート・マッギニス、アート・スコット |
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だいせ『しゅばりえーる』
しゅばりえーる
作者:だいせ
掲載誌:『まんがタイムきらら』(芳文社)2014年-
単行本:まんがタイムKRコミックス
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百年戦争が継続中の、15世紀フランス。
田舎貴族の娘「セリーゼ」は、家計をたすけるため料理の修行にでる。
なぜか道中、ドイツの両手剣「ツヴァイヘンダー」をひろった。
ひごろ調理器具で鍛えてるので、巨大な剣もかるがる振りまわす。
腕力をみこまれ、女子騎士学校にスカウトされる。
舞台は地中海に面した、マルセイユあたりの港町「サリア」。
戦争は北部でおこなわれてるので、いまのところ平和にキャッキャウフフできる。
さて、仲間となる可憐な見習い騎士たちを紹介しよう。
リーダー格の「サツキ」は、猪突猛進でナルシストで中二病。
細く長い「カリブール」を華麗にあやつる。
サツキの相棒「ヴィオレット」。
武具を語りだしたら止まらないオタクでもある。
「ジャスミン」は、いづれフランスを背負って立つと嘱望される天才。
ただし普段は乙女な性格。
ジャスミンのロングソードには百合の紋章があしらわれる。
フランスの象徴花であり、イギリス軍から祖国を奪還する誓いだ。
Koi『ご注文はうさぎですか?』もそうだが、きららの漫画はヨーロッパがにあう。
ちょっと上品ぶるのが、電撃の萌え4コマと差別化できた所以。
『けいおん!』や『NEW GAME!』だって「文化系」だし。
ヨーロッパの上流階級は寝間着なんてつかわない。
きららの定番イヴェント「お泊り会」が、裸のつきあいになりドキドキ。
文化の香りが、総力戦で百合に奉仕する。
みんなはひとりのために、ひとりはみんなのために!
うつくしい場面だ。
4コマにしては大胆に横長なアス比が、映画的ドラマ性をかもしだす。
ツイッターをみると作者は映画好きらしいし、
本作を4コマでない「ストーリー漫画」として展開したい願望もあるとか。
ボクも同感。
2005-7年に「相河大誠」名義で、ゲームの原画師としても活動した作者は、
きららの王道を疾走しつつ、コースアウトぎりぎりのラインを攻める。
テンプル騎士団から人質をとりもどす作戦。
重武装すぎるセリーゼが足をひっぱる。
手練れの傭兵に苦戦するサツキをみかね、後方待機していたヴィオレットも参戦。
「私はいつだって貴女の傍にいるもの!」
きらら史上、いや4コマ漫画史上もっとも劇的な場面のひとつでは。
攻めのサツキと守りのヴィオは無敵のコンビ。
おそらく超大物、ジャンヌ・ダルクも登場するだろう。
実は百年戦争は、英仏ともに騎士階級の衰退をまねくのだが、
かわりに百合とゆうあらたな扉をひらく会心作だ。
![]() | しゅばりえーる (1) (まんがタイムKRコミックス) (2015/01/27) だいせ |
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原つもい『この島には淫らで邪悪なモノが棲む』2巻 幻の海ちゃんルート
この島には淫らで邪悪なモノが棲む
作者:原つもい
掲載誌:『月刊コミック電撃大王』(アスキー・メディアワークス/KADOKAWA)2014年-
単行本:電撃コミックスNEXT
異界の島を舞台とするエロティックサスペンスの第2巻冒頭は、
主人公がヒロイン「夜戸ハル」の首をしめてから犯す場面のつづき。
ここで引かれたら、続刊購入するしかなかった。
まづ細身ながらゆたかな胸を鷲掴み。
美女ばかりの孤島で「王」に祭りあげられた「梶浦」が、
ちかごろの漫画の主人公にしては貪慾なのが、本作の特色。
だが夜戸さんは結局犯さない。
幽閉中の「媛長様(ひめおささま)」がみてるから仕方ないか。
鉄鎖につながれたままの媛長様と島内デート。
こうゆうシチュエーションが好きなのを見抜かれてる梶原はからかわれる。
SもMも堪能なロリ姫さま。
女だけでハーレムを維持できるのはなぜか。
全員が親戚みたいに見えるのはなぜか。
こぞって自分の子種をもとめるのはなぜか。
秘密があかされたとき、梶原はリーダー的存在の「海ちゃん」をおもいうかべる。
あの娘でさえ、声をかければよろこんで体をさしだすなんて、信じがたい。
海ちゃんは最初おどろくが、やさしい笑顔でうけいれた。
こぶりな胸の繊細なトーンワークにみとれる。
あらあらしく背後からつらぬく。
障子紙をやぶるかの様に。
海ちゃんファンとしては妄想なのが残念無念だが、うつくしい2ページにちがいない。
お下げ髪の地味ヒロインも、十八番の「はいてない」藝で異彩をはなつ。
さそってるのか、ただ隙があるだけなのか、わからない。
しかし主人公はメインキャラそっちのけで、新キャラと混浴をたのしむ。
梶原よ、お前もか。
先にヤることがあるだろう。
結局、メインキャラをおあづけにして引っぱる漫画なのか?
手術跡がのこる「キユさん」は、作者の胸への執着を感じさせ、きらいじゃないが。
シリアスな物語とエロは簡単に両立しないと、わかってもいるが。
情慾の虜となって悩乱しながら、読者は主人公と一緒に、
媛長様の手のひらでころがされる感覚をあじわえる、にくたらしい漫画だ。
![]() | この島には淫らで邪悪なモノが棲む (2) (電撃コミックスNEXT) (2015/01/24) 原つもい |
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横山知生『漫専魔王少女エナ様』
漫専魔王少女エナ様
作者:横山知生
掲載誌:『月刊少年ガンガン』(スクウェア・エニックス)2014年-
単行本:ガンガンコミックス
[ためし読みはこちら]
マンガ専門学校の男子トイレに突然、ファンタジー風衣装の女子があらわれる。
彼女の名は「エナ」。
異世界「グレンガルド」をすべる魔王で、退屈しのぎに人間界を征服しにきた。
手はじめに主人公を一撃で殺す。
主人公「杉谷健斗」は漫専にかよう生徒。
クラスメイトとくらべても才能とぼしく、寸評会でボロクソに言われたり。
だがエナ様は、トイレの床にちらばる作品に感動した。
「バナナの皮ですべってころぶ」とか、異世界では斬新なギャグ。
おのれの血をわけ、健斗をよみがえらせる。
ただ「つづきを描け」と言われても、利き腕が消滅したので無理。
漫専で勉強し、自分で描いたらとすすめる。
プライドたかいエナ様は拒絶するが、けっきょく好奇心がまさる。
腕をふっ飛ばされたのに、あんがい冷静に交渉する主人公がおもしろい。
ひとまづ世界征服は撤回、一生徒として漫専に入学。
人体デッサンのモデルなどもノリノリでつとめる。
スタイルに自信あるらしく、ボーダーのニーソもすてき。
健斗の下宿での同居生活もはじまる。
ここでもエナ様は漫画に夢中だが、たまに魔力が発動するのでおどろく。
横山知生の前作は、女子小学生がエロ本屋ではたらく『私のおウチはHON屋さん』。
ひねりのきいた舞台設定が得意らしい。
漫専の日常もえがかれる。
「安倍さん」がおっぱいを触らせてくれたのは、
「どこが豊満だよ!」とツッコませるための、体をはったネタ振り。
漫画家の卵たちは、なにげない会話でセンスをみがく。
作者は「宇都宮アート&スポーツ専門学校」の卒業生。
じっさい胸を触らせる女の子がいるかはともかく、独特の空気がでている。
あえてエナ様を分類するなら「ツンデレ」で、ベタな萌えを提供。
その一方で、漫画などの文化は武力よりずっとすばらしいとゆう、
「ペンは剣よりも強し」的な主題もよみとりたい。
人の命を屁ともおもわない傲岸不遜ヒロインとも、通じあえる。
ファンタジーとリアルが交錯する漫画ならではの魔力。
![]() | 漫専魔王少女エナ様(1) (ガンガンコミックス) (2015/01/22) 横山知生 |
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小説5 「リリーホワイト」
『フリーダム・シスター』
暁ジョージは百八十センチ台後半の長身をひきずり、よたよた蒼龍学園事務局の階段をのぼっていた。差料がいつになく重い。
父と別居してから妹の保護者的立場となり、呼び出されるのはこれで三度め。前回は、ジュンと交際していた数学教師と国語教師が二股をかけられていたと知り、職員室で殴り合いのケンカをした件。一方的に妹に非があると思えないが平謝りした。
理事長室の扉があいてたので無人の部屋にはいると、「あら失礼」と声がして、ミニーマウスのマグカップをもつ同世代の女がつづいた。蒼大生だろうか。グレーのパンツルックで、泣きぼくろが印象的。奥の椅子にすわり、客にも席をすすめる。
「えっと」ジョージはとまどう。「理事長先生によばれて来たんですが」
「理事長の斯波トモコです。ことしから父の後をつぎ、学園全体を統括しています。よろしく」
若さにおどろかれるのは慣れてるらしく、平然とコーヒーをすする。
「あなたも忙しいでしょうから」トモコ理事長は事務的な口調。「本題にはいりましょう。今回の『カフェテリア事件』の処分がきまりました。暁さんは退学。中等部の校長とクラス担任が懲戒免職。わたしをふくめ減俸などもありますが、基本的に以上です」
これはきびしい、とジョージはおもった。ジュンの退学は覚悟してたが、単純な数的比較で学校側の方がおもい。それだけ本気とゆうことか。だがどう返答すればよいかわからない。妹の将来に不安がつのる。
「先に言っておきますが」理事長がたたみかける。「交渉の余地はありません。われわれは暁さんを随分かばってきましたが、今回は学園存続の危機ですから」
「それは理解できます。でも……」
「デモもストもないわよ!」コーヒーがこぼれかける。「まさに疫病神だわ。あのコとつきあってるヤクザが、こないだ職員室でドスふりまわして暴れたんでしょ。信じらんない。損害賠償請求されないだけありがたいと思いなさい」
妹の噂に尾鰭がつくのは毎度のことで、ジョージはいちいち否定しない。とりつく島もないので退出しようとする。
「まだ話があるの」理事長が制した。「実は生徒会が退学処分に反対してるのよ。訴訟をおこすとかなんとか。会長の本城さんは良い子だけど、正義感がつよくて……」
「つまり妹に自主退学するよう説得しろと」
「さすがの御明察ね。これ以上揉めてたらマスコミの餌食となるだけよ。リリホワに転校できるよう便宜をはかってもいい」
あたらしい全寮制の女子校「蒼龍リリーホワイト」は、世評たかく受験者数もうなぎ登りときくが、高額な学費でも有名。
「ありがたい話ですが」下手にでるジョージ。「父は公務員で収入はかぎられてるし、妹は成績もわるいし」
「これでも一応理事長だから、どうにかするわよ。リリホワの経営には力をいれてるの。変な虫がつかない環境だし、妹さんの情操教育にいいんじゃない。失礼だけど御両親は離婚されて、いまはお父さんと暮らしてるのよね?」
「父と妹は絶縁状態なんです」
「道理で……」トモコは失言と気づく。「あ、いやいや、御家庭を悪くゆうつもりはないのよ」
「ボクも家族として責任を感じてます。本当に申しわけありませんでした」
ジョージは剣士らしく荘重に頭をさげる。妹の今後に光明がみえた。リリホワは「顔で生徒をえらんでる」とかよからぬ風説もあるが、中卒で路頭に迷わせるわけにゆかない。
突然ドアがひらき、ふたりの女子が声をあらげた。「リジチョー!」
水色の襟と袖がすずしげなセーラー服。リリーホワイトの生徒だ。
「きのうナルミとホテルいったって本当!?」片方が片方を指さす。「卒業したらわたしとカナダで結婚するって約束したのに!」
「あのね、あなたたち」ひきつった笑顔の理事長。「いま大事なお話をしてるから、またあとで……」
二人娘は卓上のマグカップをみつけた。「それ、マチコがディズニーランドで買ったって自慢してたのとお揃い! くっつけるとミッキーとミニーがキスするって。マチコにまで手をだしてたの!?」
理事長はブルドーザーの様にふたりを追い出し、鍵をかけた。外からはげしく叩かれ蝶番がはづれそう。
「暁くん」トモコはつとめて平静をよそおう。「どうか、いまのはなにも見なかったことに」
「わかってます。転校の件は、ちょっと考えさせてください」
暁ジュンは、佩刀するウドの大木が理事長室から出るのをみかけ、あわてて柱の陰にかくれた。バツが悪いことこの上ない。
生徒会長の本城フランが兄とは別件で、ジュンのせいで事務局に召喚されたとしり、様子をみにきた。ひろびろとしたフロアで、小柄な会長が数名の職員にかこまれている。泣きながらジュンの無実をうったえる。
例の「理想化」だとジュンはおもった。正直ゆうと自分は潔白じゃない。ゴッドガールをまきこむ炎上マーケティングをねらったのは事実。図にあたりすぎただけ。中卒になるのは嫌だけど、もうこんな学校にいたくないし、他人の助けもいらない。
会長のソプラノがひびく。「だったらわたしも強制退学にしてください!」
ジュンは後先かんがえず事務室へとびこんだ。職員たちが目をむいておどろく。動物園から脱走した虎でも見たかの様に。
「フランちゃん」手を引きながらゆう。「こんなバカを相手してもしょうがないよ。もう帰ろう」
なぜあたしは、わざわざ敵をつくるセリフを口走るのかと、自己嫌悪をおぼえた。
どう議論すべきかはわかっている。事務局は彼女の行為のなにが罪にあたるか、具体的に指摘してない。「世間を騒がせたから」「校長先生も辞めるから」では筋がとおらない。でもジュンはいつも説明不足で、言葉はするどく尖りプライドを傷つける。
男性職員が背後から乱暴にジュンの肩をつかむ。彼女は間際で躱し、よろけた体にさがるネクタイをシュレッダーへさしこんだ。
職員たちは裁断されかかる同僚を放置したまま呆然と、生徒二名が去るのをみおくった。
ふたりは高等部の生徒会室で一息つく。飲むヨーグルトがおいしい。
「ねえ会長」ジュンがたづねる。「どうして熱心にあたしの味方をするの?」
「さっき」フランはやさしくほほえむ。「下の名前で呼んでくれましたよね。そうしてください。わたしも呼んでいいですか?」
「いいけど」
「味方をする理由は」真顔になるフラン。「ジュンさんのことを尊敬してるからです」
「ぷっ、ぎゃははは」ジュンはしばらく笑い転げる。「なに言ってんの。あたしはみんなに嫌われてる最低のクズなのに」
家族と疎遠になり、恋人からさえ愛されてない。友人は恨みをのこして死んだ。いまやマスゴミやネットでも袋叩き。完全におわってる人生。
「わたしは自信がもてなくて」フランがゆう。「人の顔色をうかがって生きてきました。人から褒められることしかしなかった。なので自己主張できて、だれが相手でも堂々と行動するジュンさんがまぶしいんです」
「ふーん」
ジュンは興味をうしなう。買いかぶりはちっとも嬉しくない。この性格を交換できるなら、いつでもしてやるよ。
なにかおもしろいものはないか本棚をみたら、『フリーダム・シスター』全巻が揃ってるのをみつけた。
「へえ意外」ジュンは第一巻を手にとる。「フランちゃんもこんなの読むんだ。彼氏が大ファンでさ。男はまあわかるけど、女の読者もいるんだねえ」
「そうですね、読者じゃなくて作者ですが」
「……はい?」
「実は『村雨れいん』のペンネームで作家活動をしてるんです。内緒ですよ!」
マジメとゆう概念に目鼻がついた様なフランが、冗談を言ってるとおもえない。たしかに顧問辯護士がいたり、高校生のくせに玄人じみたところがあった。
「それが本当なら」ジュンは眉をひそめる。「あんたが世のオタクに妙な幻想をばらまいてる元兇か。リアル妹としちゃいい迷惑だよ」
「わたしは一人っ子で、お兄ちゃんに憧れがあるんです。ジュンさんとジョージさんの関係もステキです! モデルにしようかな」
「絶対やめてよね。やったら斬るよ」
強制退学とか、いろいろな問題をわすれ、ふたりは笑いあった。
「なんかうれしいな」フランは笑い涙をぬぐう。「わたし妹もほしかったから、急に夢がかなった感じ」
「身長で言えばあたしが姉だろ」
「ひどい!」フランは小指をさしだす。「じゃあ友達で。ジュンさん、これからもよろしく」
激動の時を駆けぬけるコンビが誕生した瞬間だった。
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秋★枝『Wizard's Soul ~恋の聖戦~』3巻 一ノ瀬まなかの「成長」
Wizard's Soul ~恋の聖戦(ジハード)~
作者:秋★枝
掲載誌:『月刊コミックフラッパー』(KADOKAWA/メディアファクトリー)2013年-
単行本:MFコミックス フラッパーシリーズ
顔色ひとつ変えず連勝をつづけた「まなか」が、はじめて苦戦している。
相手は全国レヴェルのセミプロ「草間紡」29歳。
劣勢を強いられるのは、力量の差でも、デッキの相性でもないらしい。
「勝負の綾」を表現するため、対戦相手の半生をまるごとえがく。
どんな恋人や友人とつきあってきたかとか。
田園風景のなかの中学生カップルの雰囲気は、恋愛漫画の名手だけある。
TCGとゆう盤上遊戯は、すべて包摂する小宇宙。
「ふとみん」に言わすと、草間さんは自己評価がひくすぎるが、
趣味にかまける独身アラサー女子が、自信満々だったらむしろヘン。
思春期女子とは、世界観からして噛みあわない。
まなかが草間さんを苦手とするのは、その「諦念」のせいだった。
病床の母とのゲームをおもいだすから。
つらい現実にあらがわず、それをうけいれ、カードの世界へにげこむ。
敵の本質を見切ったヘイトの天使が本領発揮。
あえて屈辱をあたえる戦法でたたきのめす。
なんの恨みもない相手に、なぜそこまで。
草間さんは悔しさのあまり、内心決意していた引退を撤回。
憎悪をわが身にひきうけることで、まなかは現実をかえてゆく。
亡き母へのおもいと同時に、「瑛太」との関係もうごきだす。
妹をやしなうため諦めた恋だが、まだ脈はあった。
そこに空気よまず、準々決勝の相手「上原」がわりこむ。
女の前で恥をかかす最低の男。
まなかの顔に影がさし、瞳から光がきえるのは見慣れてるが、
背後にメラメラ炎がたちのぼるのは、かつてないこと。
他者から憎悪されることで勝ちつづける少女が、他者への憎悪に燃えている。
観戦中の「コバ」が震える。
まなかが伝家の宝刀を抜くのを、やられた人間だけがわかる。
エグすぎる「500点で20回殴りきる」戦術。
ただ恋愛感情がからむ点が、あのときとちがう。
人間味をみせるまなかは、強くなったのか、弱くなったのか。
繊細きわまる心理描写で、孤独な戦いのなかでの少女の「成長」を織りあげる。
やはり傑作だ。
![]() | Wizard's Soul 3 ~恋の聖戦(ジハード)~ (MFコミックス フラッパーシリーズ) (2015/01/23) 秋★枝 |
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林信吾『超入門『資本論』 マルクスという生き方』
43歳のカール・マルクス
超入門『資本論』 マルクスという生き方
著者:林信吾
発行:新人物往来社 2010年
レーベル:新人物文庫
カール・マルクスは文献を渉猟し、ドイツの無神論哲学、フランスの社会主義思想、
イギリスの経済学を融合させ、独自の世界観をつくりあげた。
24歳で『ライン新聞』の編集長として職歴がはじまるが、本質的には学者で、
際限なく書物にかじりつく調査癖はジャーナリストに不向きだった。
『新ライン新聞』編集室内のマルクスやエンゲルスら
そんな実務能力皆無の男を、フリードリヒ・エンゲルスが政治活動へひきこむ。
エンゲルス自身は理論家でありつつ、工場経営者としても成功していた。
途轍もない軍事オタクで、その知識量はマルクスさえ驚かせた。
革命戦争を指揮する準備だったと言われるが、単なるマニアかもしれない。
オールダムの労働者たち(1900年)
1847年当時、世界最大の「ドイツ人労働者組織」はロンドンにあった。
手工業の職人たちは外国で腕をみがくことが多い。
産業革命がヨーロッパの社会構造をはげしく撹拌するなか、
マルクスは「労働者は祖国をもたない」と『共産党宣言』でぶちあげる。
1848年、フランスで二月革命勃発。
仏在住のドイツ人亡命者は革命を「輸出」すべく、故国へ進撃をはじめる。
費用をまかなったのはフランス臨時革命政府。
厄介払いしたかったからとも言われる。
マルクスは、ドイツでのブルジョワ革命は時期尚早と反対した。
市民軍は、ライン川を渡河した直後にプロイセン正規軍と遭遇し、あっさり潰走。
普政府はスパイをもぐりこませ動向をつかんでいたらしい。
1848年革命の影響はおおきく、普通選挙運動などがひろまってゆく。
「選挙を通じた社会改革」へながれる活動家もでてきた。
共産主義組織は分裂し弱体化。
普仏戦争で進軍するプロイセン軍
マルクスの人生をおもうと、国家は強力な枠組みだと身にしみる。
プロイセン政府は幾度も官憲をロンドンへ密偵としておくり、
マルクス一家の生活ぶりをつぶさに報告、いまや貴重な資料となっている。
一連の市民革命は国民国家成立の引き金となり、労働者は愛国心の権化に。
祖国あってこその労働者だった。
歴史は理論をなぞる様にすすまない。
美人の誉れたかかった妻ジェニー(1830年代)
ロンドンでの生活は悲惨だった。
コートを質にだして外出できないとか、借金しないと娘の葬式をあげられないとか。
カネがないのではなく、むしろ贅沢に暮らしていた。
いかに散財しようと、どこかで金蔓をみつける才能がマルクスにあった。
『資本論』初版のタイトルページ(1867年)
最後の仕事が『資本論』執筆。
「経済恐慌がプロレタリア革命の呼び水になる」ことを理論づけようとし、
身をけづり傾倒したが未完のままおわる。
ロシアの農業史をしらべるため一からロシア語を勉強する、とゆう調子だから無理もない。
病気がちとなり会議や集会のおおくを缺席、晩年は革命を指導できなかった。
第3巻の草稿では「価格変動」について説明をこころみており、
商品価値が需要と供給の関係できまることも理解してたらしい。
なら「剰余価値」を説く1巻と矛盾が生じるが、未完だからこれも仕方ない。
マルクスの時代は産業革命がはじまって半世紀、まだ資本主義の黎明期。
「株式会社」とゆう形態すら一般的でなかった。
21世紀を生きるお前らが資本主義を理解できないでどうするかと、
かれの著作と人生は後学を叱咤激励しつづける。
![]() | マルクスという生き方 (新人物往来社文庫) (2010/12/08) 林信吾 |
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春場ねぎ/廣瀬俊『煉獄のカルマ』の霧咲エリカ様はビッチカワイイ
煉獄のカルマ
作画:春場ねぎ
原作:廣瀬俊
掲載誌:『週刊少年マガジン』(講談社)2014年-
単行本:講談社コミックス
[ためし読みはこちら]
高校3年生の主人公がイジメられている。
シコるところを撮影されたり悪質。
彼は同級生の「霧咲エリカ」に片思いしていた。
清楚で心やさしく、天使におもえる。
地獄みたいな学校生活の救いだった。
授業中に彼女の絵を描いてたら、となりの「夜野さん」にみつかる。
たしかにキモいし、完全に破滅かも。
だが霧咲さんはよろこび、絵を褒めてくれた。
その手のあたたかみに、崇拝の念はたかまる。
その日の放課後、エリカ様がイジメっ子とイチャつくのを目撃。
裏でつながりネタを共有していた。
優越感にひたり、ゲスな笑顔をみせる。
「ここじゃダメ」とか言いつつクンニリングスをうけいれ、身をそらす。
唯一の希望をうちくだかれた主人公は第1話で自殺。
死後も霊的存在となり校内をさまよう。
想い人がいかに裏表ある女だったか目の当たりに。
でもダルそうな表情もステキ。
「霊にとりつかれた」とからかわれても、どこふく風。
これっぽっちも責任を感じてない。
主人公は歯ぎしりするが、着替えをのぞきたいだけにも見える。
体操着をぬぐ手つき、肩甲骨の質感、胸や腰まわりのゆたかさ、鉄面皮な表情。
そしてなにより黒い下着で、悪魔性と娼婦性をシンボライズ。
春場ねぎの初単行本だがオレにはわかる、こいつは「描けるヤツ」だ。
竹刀ぶんまわして暴れるエリカ様。
パンツまるだしなおかげで、絵になる場面に。
原作の廣瀬俊も漫画家志望だったらしい。
新人で絵が得意なのと話が得意なのをコンビにするのは、
最近よくみかけるプロデュース手法だ。
協調的な競争心がはたらき、モラールのたかい作品となるらしい。
読後の印象は、尚村透/河本ほむら『賭ケグルイ』にちかい。
こってりめの女子の表情をおなかいっぱい味わえる。
少年誌連載ってこともあり、勧善懲悪的オチのつく物語となるだろうか。
霧咲さんがヒロインだったらと惜しまずにいられない。
![]() | 煉獄のカルマ(1) (講談社コミックス) (2015/01/16) 春場ねぎ |
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鈴木マナツ/岡田麿里『selector infected WIXOSS -peeping analyze-』
selector infected WIXOSS -peeping analyze-
作画:鈴木マナツ
原作:LRIG
ストーリー原案:岡田麿里
掲載誌:『ウルトラジャンプ』(集英社)2014年-
単行本:ヤングジャンプ・コミックス・ウルトラ
[ためし読みはこちら]
トレーディングカードゲーム『WIXOSS』のアニメからスピンオフした作品。
「ピルルク」「蒼井晶」などのキャラに焦点あてる。
カードにしるされた「ルリグ(girlの逆さ読み)」とよばれる少女たちは秘密があり、
そのかなしくも残酷な過去を、鬱屈とした筆致でおりなす。
「ここで、しよ」
鈴木マナツの絵柄は端正で、淡白ですらあるが、
いわく言いがたいエロスがいつとなしに充満する、まれな作風。
闘いのなかで剥き出しとなる少女たちのエゴも、仮借なくえがく。
高校が舞台のデスゲームを主題とする傑作、
『阿部くんの七日間戦線』の作者を起用したのは、最良の人選だろう。
ジュヴナイル的な日常芝居は、丁寧でドラマティック。
ぐいぐい読者を物語へひきこむ。
女の子の描き分け、表情のゆたかさ、ミニスカートの脚線美。
濃厚な百合の匂いにめまいがする。
『世界征服~謀略のズヴィズダー~』のコミカライズは原作をなぞるだけで、
能天気なノリもマナツ先生にふさわしくなかった。
外伝である本作は制約がすくなく、漫画らしいハッタリがきく。
ウィクロスの悪辣なルールを逆手にとり、「願い」をかなえる乙女たち。
裏切りの連鎖で、だれもが傷をふかめてゆく。
鈴木マナツは、いい意味で「ゼロ年代」的な作家だ。
中二病やセカイ系みたいな、サブカルの素養が自然とにじみでる。
TCGのアニメからスピンオフした漫画なんて、
いかにもイマドキの企画だが、よんでいるとなんとなくなつかしい。
それでいてX脚ぎみの女の子のたたずまいで、すべて語りつくす、
「10年代」的プロトコルをつかいこなすトップランナーでもある。
『阿部くん』から『スヴィズダー』まで、一年ほど連載がとぎれ心配したが(参照:ツイッター)、
『ピーアナ』は「オレの目に狂いはなかった」とおもわせるし、
いづれまた一夏みたいにアナーキーなキャラが狼藉をはたらく、
偉大なオリジナル作品をとどけてくれるはずと期待させる。
![]() | selector infected WIXOSS─peeping analyze─ 1 (ヤングジャンプコミックス) (2014/12/19) 鈴木マナツ |
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小説4 「奥義」
『フリーダム・シスター』
暁ジュンと葦切コタカ、同級生ふたりが昼休みに校長室で会食。部屋の主はトラブルつづきによる心労で休職中、当のトラブルメイカーの隠れ家となっていた。どうせ退学なら、存分に楽しんでやる。
「明日は」コタカが顔色をうかがう。「ボクひとりで学食行っていい? 予想ではゴッドガール陛下がくるんだ」
ジュンの目が吊り上がる。あんなロリババアのなにがいいのか。恋人そっちのけで読書にふけるのも不愉快。表紙にアニメ調の幼女がえがかれたロクでもないラノベだ。題名は『フリーダム・シスター』。
バカにした口調でジュンがゆう。「自由な修道女の話?」
「村雨れいん先生の人気シリーズだよ」コタカが栞をはさんで本をよこす。「アニメの三期もはじまるんだ。十四巻ではメインキャラがついに結ばれて、ネットでは賛否両論だけどボクは感動した!」
パラパラめくると、小学生のヒロインが主人公である兄と結婚式を挙げる、巻末のイラストが目にはいった。ジュンは怖気をふるう。性根を叩き直さねば。
「幻想を壊す様だけど」ジュンの視線は軽蔑にみちる。「妹が兄を好きになるとかありえないから。絶対に。あたしを見りゃわかんでしょ」
「純粋に兄を慕う女の子がいても良いじゃない。だいいち暁さんって、基準にするには特殊だし」
「あたしがビッチだと言いたいのかよ。ふざけんな!」
恋愛感情は相手の理想視からはじまるもので、現実的な日常生活をともにする家族は対象にならないとジュンは切々と説くが、じゃあ自分のコタカへの好意も幻想かと不安に。なにごとにも関心のうすい恋人が、近親相姦についてはムキになり反論するのも興ざめ。
ジュンは文庫本をゴミ箱へ放りこんだ。あっとおどろくコタカのファスナーをさげて中身を取り出し、ギャツビーのボディペーパーでくるんでこすり上げる。いろいろためした結果、男物が大きさも刺激も適してるとわかった。
コタカは一度もジュンの体をもとめないが、奉仕を拒絶したこともない。男の行動原理は性的快感が最優先事項であり、それをエサにすれば自在にあやつれると、ジュンは経験からまなんだ。射精だけでハッピーになる奇妙な生き物で、むしろその単純さが愛おしい。女同士のベタベタした、サイコパスじみた関係よりずっとマシ。
されるがままの華奢な体を左腕で抱く。はげしく上下すると声のもれる口を、自分の口でふさぐ。精をうけとめたあと、もう一枚でキレイにふいた。事後数時間ヒリヒリするらしいが、コタカは病みつきになっていた。性器を露出したまま、目をふせ身悶えする。
ジュンが武道から足をあらった理由は一言であらわせないが、セックスのたのしさを知ったのが大きい。創意工夫でたがいを幸せにできるのにやりがいを感じた。男を棒で殴るより、男の棒であそんだ方が平和で生産的だった。
このオモチャは、もう手放せない。
地上から集団で唱和するのが聞こえたので、ジュンは二階の窓からみおろす。ショートボブで短躯の生徒会長・本城フランと十名ほどがビラをくばっている。
ジュンはあきれる。「休み時間に熱心だこと」
「あれは」コタカが横にたつ。「学費を払えなくて除籍されるのに反対する活動だよ」
おなじく追放寸前の問題児の脳裏に、ある戦術が電撃的にひらめいた。
武道をおさめたせいか、生まれつきの性格か、敵が一番まもりたいものを嗅ぎとる習性を、ジュンは身につけていた。
あとは一思いに叩くだけ。
二十三時間後、ジュンは高校生ふくむ十名を指揮し、カフェテリアを占拠。入口にならべたテーブルを紐でつなぎバリケードにする。内側に食用油をまいた。
交渉の結果、生徒会メンバーは実力行使に反対で不参加。だが心配らしく、遠くから観察するフランがみえる。
チャイムが鳴り生徒があつまりだす。折衝は高校生にまかせてあるが騒ぎはひろがり、複数の教員に撤去をもとめられた。
ジュンは防壁の内側で、剣道部の模擬刀をさし、マットに仁王立ちする。となりのコタカがiPhoneで撮影。白いBABY-Gをみると十二時四十五分。もってあと十分か。
「そこをのけ!」
耳をつんざく甲高い声が、ノイズを沈黙にかえた。真っ二つにわかれた人混みから、薄紫の小袖を羽織った幼女があらわれる。
「この騒動はなにごとじゃ!?」ゴッドガールは頬をふくらます。「だれでもよい、わらわに説明せよ!」
不法占拠者も教員も、あえて口をひらこうとしない。ヘタすれば責任とらされる。
ゴッドガールはつけ麺食べたさで苛立っていた。副校長を見つけ事情をきく。
「あいわかった」上の空で相槌うつゴッドガール。「生徒たちにも言い分はあろう。この件はわらわがしかるべく処置しておく。だから今日のところは解散するがよい」
占拠者のあいだに動揺がはしるが、ジュンに目で制される。
空腹が限界をこえたゴッドガールは「これだからゆとりは!」と一喝、よじのぼったテーブルから飛び降りた。油ですべってはげしく尾骨をうち、「ギャー」と泣き声あげる。着物の裾がはだけ、無毛の大陰唇があらわに。
間髪いれず、黒のワンピースの女が幼女を抱きおこしていた。服の乱れをなおし、頭をなでてあやす。「ごめんなさい、目を離したばっかりに」とささやく。
ジュンは総毛だち、反射的に左手を鞘にそえた。ゴッドガールの妹、シャドウガールの運足は、物理法則にあてはまらない様にみえた。一体いつ、バリケードを越えたのか。忍術や幻術のたぐいか。
「いますぐ録画をやめなさい」
自分よりずっと小柄な姉を抱き、片膝ついたままシャドウが要求する。コタカは素直にしたがい、ジュンも抵抗しない。やけに従順だった。
「まさか」蒼白となるシャドウ。「一部始終を生で配信していたの!?」
セイキの大事件だった。ユーチューブがアクセス過多でサーバダウンするほどの。全大陸のPCやスマートフォンに、ゴッドガールの恥部の映像が伝播していた。手遅れだった。
シャドウがゆらゆら歩みよる。ジュンが首謀者だと見抜いている。感情のない顔が逆説的に、怒りのすさまじさ、つまり殺意を意味している。おそらく武器を隠し持っている。でないと刀の前でこんな無防備でいられない。
殺らなければ、殺られる。敵がだれであろうと。ジュンは腹をくくった。
雪風流【象水】。
呼吸を相手のそれにあわせる。瞬きさえも。視線をさげ、腰をおとし背をまげ、目をうすめ口を半開きに。自身を背景にとけこませ、ついに「無形」にいたるとき抜刀。
だがジュンは「ぐう」と唸り、斬り上げる寸前でとめた。抜かなかったことが、「開祖以来の居合の天才」と称される所以だった。シャドウが武器をとろうと背中に手をまわすのがフェイクと察知した。
シャドウガールは無腰の自分を斬らせようとした。模擬刀でも当たりどころによっては死ぬのに。ジュンを社会的に抹殺するつもりだった。撮影の罪だけでは「陛下が勝手に転んだだけ」と言い逃れできた。
「……妖怪ババア」ジュンは震えていた。
「ステキなニックネームね」シャドウが頬に口づけする。「わたしはあなたが好きよ。『こちら側』に置いときたい人材ね。でもいかんせん若すぎる。こうゆうのってタイミングが大事なの。恋愛とおなじ」
「くたばれ」
「ふふ、いい表情」今度は唇に。「あと五年待ってくれればスカウトにゆくけど、あなたは我慢できないでしょう。そう顔に書いてあるわ。だから潰すの」
呪術めいた心理操作で、ジュンの体は麻痺状態だったが、それはどうでもよかった。無敵と信ずる雪風流の奥義が見切られたことに絶望していた。天才とおだてられ、うぬぼれ、怠惰な生活をおくったツケだった。ちぎれるほど唇をかんだ。
シャドウガールはベソをかく姉をつれ、ちいさな叛乱の現場を去る。血の味のキスを反芻していた。これから忙しくなるわ、とほくそ笑んだ。
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師走冬子『墨たんですよ!』
墨たんですよ!
作者:師走冬子
掲載誌:『主任がゆく!スペシャル』(ぶんか社)2012年-
単行本:ぶんか社コミックス
ヴェテランの4コマ漫画家が、飼っている黒猫の「墨たん」を、
ゴスロリ美少女に擬人化しておくる、一種のコミックエッセイ。
遊ぶのがだいすきな墨たんだが、気分がのらないと無視。
飼い主が悲しそうなので、あからさまに義理でつきあったり。
ネコの気まぐれな習性は、「クーデレ女子」として描くとぴったりハマる。
作者の度をこす親バカぶりが読みどころ。
足に血がついてるので大騒ぎしたら、自分が引っかかれ出血してたとか。
しつけに失敗した墨たんは、兇暴なネコに成長。
お客さんの腕にも容赦なく咬みつく。
飼い主なんて傷だらけで、リストカット癖を心配されるほど。
作者は甘やかしてる自覚はない。
だって、ネコはワガママな方がかわいいから。
無理やり型に嵌めなくていい。
つぶらな瞳の墨たんを叱るなんてできない。
激痛や大量出血より、いとしさがまさる。
愛情そのものがはらむ喜劇性がリアルだ。
墨たんは四六時中暴力的ではない。
飼い主の作業が切羽つまると、「空気を読んで」ジャマしてくる。
ピリピリした緊迫感に反応するらしい。
血をながしながら漫画は描けないので、廊下に閉め出すことも。
ふたりが食べてくためとはいえ、胸はいたむ。
萌え4コマの第一線で15年闘いつづけた戦士と、
野性の本能を色濃くのこすハンターだからこそ通じる、うつくしい友情。
そんな深読みをしてもいいし、墨たんの一挙手一投足に萌えてもいいし、
ヒトみたいなネコとの関係をとおして、平凡な日常はきらめきだす。
![]() | 墨たんですよ! (1) (ぶんか社コミックス) (2015/01/14) 師走冬子 |
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マーク・オーウェンほか『アメリカ最強の特殊戦闘部隊が「国家の敵」を倒すまで NO EASY DAY』
UH-60 ブラックホーク
アメリカ最強の特殊戦闘部隊が「国家の敵」を倒すまで NO EASY DAY
著者:マーク・オーウェン ケヴィン・マウラー
訳者:熊谷千寿
発行:講談社 2014年
原書発行:2011年
アフガニスタンのジャララバード。
DEVGRU、米海軍SEALsの精鋭チームの面々は軽口をたたいていた。
翌日、オサマ・ビンラディンを殺しにゆく予定だった。
「ネプチューン・スピア作戦」だ。
「これでオバマの再選は確実だな。やつが自慢するのが目にみえるぜ」
軍人は大抵右寄りなので、みなオバマが嫌いだった。
しかし大統領がB-2爆撃機でなく、自分たちをえらんだのは評価した。
政治家や将軍の出世のため利用されようが、どうでもいい。
オレたちはただの殺しの道具で、もとめるのは結果だけ。
四つ目の暗視ゴーグルで周辺視野を確保し、赤外線ストロボもそなえる防弾ヘルメット
最新の戦術がしるされる本書は、特殊部隊ファンならやはり必読。
いまはヘリで急襲せず、何キロも手前で降りてこっそり潜入するし(ネプチューン・スピア作戦では断念)、
屋内でも、ドカドカ突進し特殊閃光音響弾を放りこむのはやめ、
できるだけ静かにうごき暗視ゴーグルの強みをいかすのがセオリー。
一方で特殊部隊は、非効率的なルールでがんじがらめになっている。
下士官のチームリーダーも、かならずパワーポイントで作戦計画をプレゼンし、
政治的問題がないか、参謀将校や辯護士にチェックされる。
敵はすぐさま新ルールに適応。
武装しなければ撃たれないので、襲撃されたら武器をかくすように。
H&K MP7サブマシンガン、グリップをつけたM79擲弾発射器、H&K HK416アサルトライフル
だが10年かけてUBLをおいつめた米軍から、官僚主義は消える。
関係者はみな全力つくした。
たとえば演習用モックアップの建設担当者は、イモ畑まで精巧につくりこむ。
それくらい部隊をほかの主権国に潜入させるのはむつかしい。
イラン・アメリカ大使館事件の「イーグルクロー作戦」以来、米軍の実績はかんばしくない。
ビンラディンの屋敷中庭に不時着したブラックホーク
結局ブラックホークは墜落した。
最高のパイロットが、完璧に準備したのに。
ただテイルを塀にひっかけ、ローターが地面を叩くのをふせいだのは神業だった。
爆発物処理担当に、爆破の命令がくだる。
しかし別チームは墜落をしらず、ヘリでなく屋敷に爆薬を設置。
全員ふきとぶところだった。
母屋3階
UBLは抵抗しなかった。
武器すらとらない。
食物連鎖のてっぺんで、自爆を煽動する連中にかぎって、女々しいもの。
死に顔は意外と若々しい。
バスルームをあさると、アメリカの白髪染めが見つかった。
襲撃から30分、周囲がさわがしくなる。
ツイッターで異常事態を全世界に報告するものもいた。
殺し屋たちは1機うしなったヘリ3機で帰還。
行きよりギュウギュウ詰めで、UBLの死体をクッションがわりにした。
ビンラディン殺害を発表するオバマ大統領
SEALsが仰天する様な機密情報が報道されだす。
マスコミと癒着するワシントンから漏れたもの。
隊員たちはオバマによびつけられる。
「諸君はアメリカの象徴だ」とかなんとか、だれも話など聞かない。
どうせスピーチライターの台本どおりだった。
イラクの沙漠で
政治やテレビのことは頭から追いはらった。
敵はいま、あらたな戦術を練っている。
歩みをとめ自己を過信した瞬間に、敗北がはじまる。
![]() | アメリカ最強の特殊戦闘部隊が「国家の敵」を倒すまで NO EASY DAY (2014/11/18) マーク・オーウェン、ケヴィン・マウラー |
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テーマ : 軍事・安全保障・国防・戦争
ジャンル : 政治・経済
耳式『そろそろ兄にも本気を出してもらおう委員会妹支部の愛と涙と青春の活動記録』
そろそろ兄にも本気を出してもらおう委員会妹支部の愛と涙と青春の活動記録
作者:耳式
発行:アース・スター エンターテイメント 2015年
レーベル:アース・スター コミックス
[ためし読みはこちら]
2015年も、妹たちが世界を支配するだろう。
第一走者となるのが本作。
幼稚園児「あまみ」のつめたいジト目がつきささる。
後ろ回し蹴りをかますのが、長女の「あめ子」。
預金残高は5014円。
オタク趣味で遺産くいつぶした引きこもりの兄に、事態の深刻さをわからせる。
幼なじみの「ここあ」も協力。
まづ履歴書の書き方をまなぶことから、リハビリをはじめる。
問題は、妹たちが可愛すぎること。
男を家の外へ追いやり、本気ではたらかせるインセンティヴが作用しない。
耳式が描く女の子のファッションに惹かれる。
片方だけサスペンダーかけるとかセンスがいい。
お出かけのときは、さらにポップでキュートに気合いをいれる。
兄が人目にふれると恥なので、着ぐるみをきせるが。
制服とかスク水とか弓道着とか、定番コスもばっちりで至れり尽くせり。
これ以上なにをもとめるとゆうのか?
堂本裕貴『りぶねす』の記事にも書いたが、「妹もの」は男を磨く教科書。
社会は冷酷で、人間の価値に序列をもうける。
敗者復活戦はなく、負け犬はおそらくずっと負け犬のまま。
しかしすべてを奪われた男でも、立ち上がらねばならないときがあって、
たとえばそれは倒れた妹をたすけるため。
妹は、男のプライドの最後の砦。
あまみに口利きしてもらい魚屋でアルバイト。
マグロの目がこわくて逃げ出す。
そんな主人公が手にした初給料は、現物支給のサバ缶。
過労で入院していたあめ子の笑顔に、ハードモードクリアの疲れもふきとぶ。
たとえダメ人間でも、がんばるアニキはかっこいいことを、妹はしっている。
![]() | そろそろ兄にも本気を出してもらおう委員会妹支部の愛と涙と青春の活動記録 (アース・スターコミックス) (2015/01/13) 耳式 |
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眉月じゅん『恋は雨上がりのように』
恋は雨上がりのように
作者:眉月じゅん
掲載誌:『月刊!スピリッツ』(小学館)2014年-
単行本:ビッグコミックス
[ためし読みはこちら]
「表紙買いしろ」と強烈にうったえる瞳。
長身痩躯で、黒髪ロングで、ブアイソだけど眼力がすごくて。
ヒロイン「橘あきら」の存在感がすべての作品だ。
作者・眉月じゅんはこれが初単行本になるが、
集英社の新人賞「金のティアラ大賞」のサイトによると現在31歳。
アクのつよい2008年の受賞作とくらべると、はなはだしく作風をかえている。
はっとりみつるが『さんかれあ』でこころみた変身をおもいだした。
『ウミショー』までは自分のセンスみたいなもので突っ走っていっても
なんとか食べていけたんですけど、30代にもなって、
「そろそろ自分のセンスとか才能ではここら辺ぐらいまでが限界だろう」
と悟ったときがあったんです。
(略)
相当な覚悟の上でやっていました。
結果が出るまで、特に単行本1巻目の売れ行きが分かる1週間前までは、
寝ようとしても寝られない食べたものは戻すと、とにかく酷い有り様でした。
東京マンガラボでの、はっとりへのインタヴューより
エゴをそぎおとし、最大公約数的な絵柄や物語へすりよる。
わるく言えば読者に媚びてるし、表現者として自殺行為かもしれない。
17歳のあきらの、年上の男への恋心をえがく。
バイト先のファミレスの店長だ。
45歳、バツイチで子持ち。
風采もあがらず、なぜ好きになったか読者は理解にくるしむ。
同世代の仲間も、打ち明けたらきっとそうおもう。
クサくてダサい、ただのオジサンだもん。
あきらは怪我で陸上選手としての将来を棒にふっていた。
年上ごのみは、置いてきぼりにされた焦りからくる、一種の「背伸び」と解釈できる。
店長のまえで靴下をぬぐのをいやがったり、
のびやかな彼女の脚がモティーフとなっている。
その恋はこんがらがっていて、友人とうまく共有できない。
本来素直な娘だが、走れなくなったことによる孤独のせいで、心をひらけない。
しかたなくヤフー知恵袋にたよるが、ますます追いこまれる。
思春期の恋は通り雨。
急にふりはじめたとおもったら、いつの間にやんでいて。
そんな不安定な年頃をなつかしむ様にスケッチする。
雨や、あきらの長い脚や、心身の傷などを、縦横に織りなすことで、
ヒロインのうつくしさだけじゃない、独特の「暗さ」が個性として際立っている。
![]() | 恋は雨上がりのように 1 (ビッグコミックス) (2015/01/09) 眉月じゅん |
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内乃秋也『湯河原くんは大山田男子高校でモテる方法を考えていたが』
湯河原くんは大山田男子高校でモテる方法を考えていたが
作者:内乃秋也
掲載サイト:『マンガボックス』(DeNA)2014年-
単行本:講談社コミックス マガジン
男子校にかよう湯河原くんが告白された。
すごくカワイイしうれしいけど、問題は相手が「男の娘」であること。
本作は、高校1年生「櫻田優くん」の可憐さを愛でるより、
思春期のリアルな恋愛模様をえがくのに力をいれる。
あえてモテない湯河原に、知り合いの女子を紹介したり。
合コンは大成功とおもったら、あとで自分の悪口をきかされる。
フリーをよそおってたが、参加者はみな彼氏持ちだったとも。
優の手のひらでころがされ、女への幻想をうちくだかれた。
それでもなお、湯河原は「普通のモテ」をおいもとめる。
そう仕向けられる。
自分が底辺のさらに底辺にいると思い知るだけだが。
女子との会話のコツまで優におそわる。
「全共感」を意識して話題をえらぶなど、読者としても勉強に。
ハーフの美少女とデートする湯河原。
穴をあけた新聞紙ごしに観察する優。
優が湯河原のモテを後押しするのは、最高の男になってほしいから。
女をしってこそ、男のよさがわかるから。
見ためは小奇麗だが、男を食い物にするのが本能の連中と、
自分はちがうってことを認識してもらえるから。
いや、外見だって女子にまさる。
贅肉のない、ちょっと骨ばった体つき。
ねぇ、ボクってキレイでしょ?
小悪魔とゆうか、肉食系とゆうか、ヤンデレとゆうか、
オソロシカワイイ男の娘の虜になる、ウツボカズラ的ラブコメ。
![]() | 湯河原くんは大山田男子高校でモテる方法を考えていたが(1) (講談社コミックス) (2015/01/09) 内乃秋也 |
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缶乃『あの娘にキスと白百合を』2巻 恋する惑星
あの娘にキスと白百合を
作者:缶乃
掲載誌:『コミックアライブ』(メディアファクトリー/KADOKAWA)2014年-
単行本:MFコミックス アライブシリーズ
もし宇宙に「百合の魔法」が存在するなら、その第一の使い手は缶乃だろう。
卒業する先輩へのプレゼントは、自作プラネタリウム。
物理法則をねじまげ、乙女らは距離をちぢめる。
星空よりまぶしくきらめく。
「倉庫にとじこめられる」は、現実にありえないが学園モノの定番。
空間処理に特色ある缶乃も当然もちいる。
恋心に火をつけるのは、時間でなく空間だから。
新人作家なのに、大胆にも群像劇にいどむ本作の第2巻では、
ギャルっぽい中等部の「伊澄」が、年上ごのみの「デコ先輩」にちょっかいだす。
ふりかえるときの表情で、間柄の変化がわかる。
見返り美人の防御がゆるんでいる。
カップリングを特別視するイマドキの「関係性」の萌えに、作者ならではの「空間性」を加味。
ブーツのヒールをたからかに鳴らし突進。
オノマトペがふたりの距離感を演出する。
そして見開きのカタルシス。
自由自在なカメラワークから急にひろがるパースペクティヴ。
風景のなかに配置された感情が、次元をこえ炸裂。
てがける題材はともかく、缶乃は中山敦支や我孫子祐にちかい作家だ。
ペン先から火花とびちらせ、世界を描きかえるタイプだ。
題材的には、「女の子がだいすき」ってことにつきる。
百合漫画なのを割り引いても、とにかく本作は男の影がない。
匂わせすらしない。
社会の構成要素として、たとえば電信柱ほどの存在感すらない。
番外篇では「黒沢さん」の妹が登場、いきなり指をつきつけ、「白峰さん」に猫耳がはえる。
意味もなくドラマティックで、ただひたすらカワイイ。
![]() | あの娘にキスと白百合を 2 (コミックアライブ) (2015/01/22) 缶乃 |
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三宅大志『ろんぐらいだぁす!』4巻 あたらしい風景
ろんぐらいだぁす!
作者:三宅大志
原案・企画協力:LONGRIDERS
掲載誌:『Comic REX』(一迅社)2012年-
単行本:REXコミックス
うおっまぶしっ!
満艦飾で颯爽と、葵さん登場。
4巻で亜美たちはナイトライドにいどむ。
光量がたりないと、先がみえず恐怖をおぼえる。
午前1時。
月あかりのした、海辺を疾走する。
夜のサイクリングは幻想的。
そして夜明けとともに目的地到達。
きらめく波、うごきはじめる街。
ペダルをこぐうち、世界はいくつもの顔をみせる。
本作に影響され折りたたみ自転車を買ったファンとしては、
ひさしぶりに「ポンタ君」にも活躍の場があたえられてうれしい。
久里浜から自転車でフェリーへのりこむ。
乗り物のなかを乗り物で走るってフシギ。
のんびりと船旅までたのしめる「ポタリング」。
気ままに陸と海を制し、亜美も満足げ。
前巻はガチすぎて、本作ならではのサイクルエロスが不足ぎみだったが、
4巻は女子的スリップストリームが読者をひきこむ。
あやしいバイトをしてるらしい亜美を心配し、
葵さんが後をつけたら、ドジっ娘メイドとして人気だったとか。
これがあってこそ、らいだぁす!
はっきり言って、普通に女の子が走るだけの漫画だが、
日常のあらゆるシーンにフィットする自転車の汎用性もあって、
そよ風みたいにさりげなく、あたらしい風景をみせてくれる。
![]() | ろんぐらいだぁす! 4 (IDコミックス REXコミックス) (2014/12/27) 三宅大志 |
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門松秀樹『明治維新と幕臣』
神崎かるな/黒神遊夜『武装少女マキャヴェリズム』(角川コミックス・エース)
明治維新と幕臣 「ノンキャリア」の底力
著者:門松秀樹
発行:中央公論新社 2014年
レーベル:中公新書
江戸期の江戸で、武士はなにをしていたろう?
すくなくともテレビ時代劇みたいに、探偵ごっこに明け暮れたりしない。
30名以下しかいない町廻りの同心で、100万都市の治安維持なんて無理。
彼らの職務は行政官(または司法官)のそれだった。
言いかえれば「ホワイトカラー」で、ゆえに体制転覆後も重宝された。
第二次長州征討における幕府軍(越後高田藩兵)行進の様子
風雲急をつげる幕末、政権の運営方針の転換がこころみられる。
阿部正弘は「安政の改革」で、譜代大名と旗本を中核とする枠組みを、
親藩・外様の有力大名や朝廷から、はては町人・農民までひろげ、
輿論をおもんじる挙国一致体制へ変革した。
また、徳川慶喜が西周につたえた新国家構想は、
三権分立や中央集権をとりいれるモダンなものだった。
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(アニメ映画/2012年)
幕府の歩兵隊は、日本随一の洋式兵力。
海軍にいたっては他を圧倒する。
それでも薩長に負けたのは、司令官がヘボだったから。
福澤諭吉ら「明六社」系の知識人も、もとは幕府が登用した人材。
孝明天皇
孝明天皇は、たびかさなる攘夷決行要求でおそれられたが、
幕府による統治は支持し、倒幕の意図などさらさらない。
なにせ皇室は「禁裏御料」3万石を幕府に依存しており、
もし徳川家と手をきれば、たちどころに機能停止するのが目にみえている。
『エンジェル・ウォーズ』(アメリカ映画/2011年)
だが権力慾に毒された西郷隆盛らは、おこす必要のない乱をおこす。
江戸に無頼漢を多数おくりこみ、強盗や放火などで撹乱、
幕臣を挑発し戊辰戦争を勃発せしめた。
サンフランシスコでの大久保利通
問題は、薩長土肥の田舎侍が、都道府県レヴェルの統治経験しかもたないこと。
ゆえに、ほぼ無傷でのこる行政機構をひきつぐしかない。
財政担当官まで旧幕臣に委ねるダラシなさに、大久保利通も苦言を呈している。
「築地梁山泊」の面々
たしかに明治維新とよばれるクーデタのあと、日本は駆け足で近代化する。
度量衡の統一や鉄道施設などの政策の音頭をとったのが「改正掛」で、
その中心が渋沢栄一や前島密など、またも旧幕臣。
看板をかえる以外のことを、薩長がしたのかどうか。
神崎かるな/黒神遊夜『竹刀短し恋せよ乙女』(角川コミックス・エース)
幕臣のしられざる有能さについておしえられた良書だが、
サムライが二君にまみえる不忠は、理解できるがスッキリしない。
口では立派な能書きをたれるくせ、実は食うので精一杯、
そんなホワイトカラーのかなしさは今も昔もおなじ。
![]() | 明治維新と幕臣 - 「ノンキャリア」の底力 (中公新書) (2014/11/21) 門松秀樹 |
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黒田いずま『美術館のなかのひとたち』
美術館のなかのひとたち
作者:黒田いずま
掲載誌:『月刊まんがくらぶ』『月刊まんがライフオリジナル』(竹書房)2012年-
単行本:バンブーコミックス
[ためし読みはこちら]
ちいさな美術館ではたらく学藝員をとりあげる、お仕事系4コマ。
質問がやけに難解だったり、就職面接もアーティスティック。
あたらしい休憩用の椅子を、10人中7人がアートと勘違いしたので、
館としても所蔵作品あつかいすることに。
お客さまは神さまだから。
作者のくわしい経歴は不明だが、「美術館あるあるネタ」は充実。
ボクも館内でボールペンをつかうのを注意されたことがあって、
「なかのひと」に迷惑かけたと反省しきり。
真夏の美術館で、女性職員が凍え死にそうにみえる理由もあきらかに。
熱と湿気は、作品保護の大敵。
地域の美術館へ平日にゆくと空いててよいけれど、
問題はクソガキ軍団に遭遇すること。
藝術がわかる年になるまで、砂いじりでもしてろってんだ。
暴徒鎮圧で大わらわの学藝員へ、急所をつく質問がとぶ。
「そもそも……げいじゅつってなんなの?」
漫画とゆう表現形式において、ロリっ娘は哲学的意味をになう。
ベタなお仕事系4コマなのに、現実ばなれした学藝員の仕事ぶり。
だって、日常を超越する敷居の高さこそが、藝術の本質なんだもん。
つまり本作は、藝術についての藝術。
「本についての本」を書いたボルヘスの小説にでてくる図書館みたいに、
迷宮と化した美術館のなかで、ひとびとはさまよいつづける。
いざゆかん、心のなかの迷宮へ!
![]() | 美術館のなかのひとたち(1) (バンブーコミックス) (2014/12/27) 黒田いずま |
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