柳瀬ルカ『涙の数だけ輝いて!』

 

 

涙の数だけ輝いて!

 

作者:柳瀬ルカ

掲載誌:『月刊まんがタウン』(双葉社)2014年-

単行本:アクションコミックス

 

 

 

売り出し中のアイドルグループ、「ピュアドールズ」の奮闘をえがく4コマ。

5人組なのに、ステージにいるのはセンターの「直子」だけ。

 

 

 

 

メンバーは寝起きもままならない問題児ばかり。

マネージャーは職場抛棄して逃走。

かわりに直子がスケジュール管理しているが、たまに自分の職業をわすれる。

 

 

 

 

ピュアドールズのライヴは、予定どおり始まらないのがあたりまえ。

よく調教されたファンは、ゲーム機などもちこみ時間をつぶす。

ドMでないとドルオタはつとまらない。

 

実は漫画とアイドルって、相性わるい。

音楽のあるアニメやゲームなら、『ラブライブ!』をはじめ人気ジャンルだが、

ウィキペディアの「アイドルを題材とした漫画作品」カテゴリをみわたしても、

印象的なのは『普通の女子校生が【ろこどる】やってみた。』や『ふたば君チェンジ』くらいだし、

それらも藝能界をえがく物語じゃない。

ここに挙げられてないが忘れがたいのは、25年まえの安達哲『キラキラ!』。

 

漫画家が藝能界をかけない理由は単純で、未知の世界だから。

想像だけにもとづく「つくりごと」に読者は共感しない。

 

 

 

 

「このレベルでも恥ずかしがらずアイドルやれるなんてすごいです!」と、

握手会で悪意のないファンにdisられた、ポニーテールの「唯」。

 

PerfumeとAKB48とBABYMETALのファンである柳瀬ルカは、

絶妙な距離感でアイドルと藝能界を、独自のパースペクティヴにおとしこむ。

キレイすぎないし、リアルすぎない。

 

 

 

 

21世紀アイドルの宿命、「卒アル流出」。

同級生に売られたとおもうと切ない。

ボーイッシュな「涼子」は、ダサかったころの写真をみてもどこ吹く風だけど。

 

 

 

 

ツインテールの最年少「晴香」がサブヒロイン的存在。

ブアイソで性格に難あり、ことあるごとにセンターをうばおうとする。

 

 

 

 

晴香がてれくさくて、ずっと秘密にしていたこと。

引きこもりだったとき、直子にあこがれアイドルをめざしたこと。

かわいくないところが、かわいい。

 

 

 

 

直子にも過去があり、同期の男性問題の巻き添えくって「IDL108」をクビに。

現実世界で周知のスキャンダルを、読者の下世話な関心をひくためでなく、

ヒロインの苦労人ぶりをひきたたすエピソードとしてつかう。

作者のアイドル愛と教養をしのばせる。

 

 

 

 

まぶしい笑顔の陰に、ながれるそうめん……じゃない、ながれる涙がある。

日本でいちばん苛酷な業界の、くるしくもたのしい日常。

アイドル漫画の最高傑作かもしれない。




涙の数だけ輝いて!(1) (アクションコミックス)涙の数だけ輝いて!(1) (アクションコミックス)
(2014/10/28)
柳瀬ルカ

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テーマ : 4コマ漫画
ジャンル : アニメ・コミック

タグ: 百合  萌え4コマ 

島薗進『国家神道と日本人』

『ハナヤマタ』(テレビアニメ/2014年)

 

 

国家神道と日本人

 

著者:島薗進

発行:岩波書店 2010年

レーベル:岩波新書

 

 

 

近代日本の本質は「祭り」だ。

卒業式や結婚式、バレンタインデーやハロウィーンやクリスマス、オリンピックやワールドカップ、

はては大地震や戦争や経済政策まで、日本人は国家総動員で「イベント」にあけくれる。

そして自身の葬式がおわると、灰だけのこし消滅。

 

 

宮中三殿

 

 

1868年、五箇条の誓文が「誓祭」のかたちで公布される。

天皇の政治君主化と最高祭主化をはかった。

 

それは古代以来の伝統をかなぐり捨てるものだった。

天皇みづから祭祀の主宰者となり、皇居に立派な神殿をもうけるなんて、前例ない。

 

 

長岡太一『魂魂ハラスメント』(ゼノンコミックス)

 

 

日本の悲喜劇の根源は、神道があまりに非力な田舎シャーマニズムであること。

倫理や死生観について、なにもおしえない。

神道を通じ、世界を理解することはできない。

 

国学者や神道家は国教化をめざしたが挫折、仏教をシステムにくみこみつつ、

神社にあくまで「祭祀機関」としての統治能力をもたせ、諸宗教と分業する。

 

 

教育勅語発布当日の東京・湯島小学校(1890年10月30日)

 

 

国家神道は二正面で、国民の精神に攻撃をしかけた。

 

第一は教育勅語。

1880年代末から天皇崇敬の学校行事が整備されはじめ、

御真影・君が代・唱歌の三種の神器で、「子供だまし」の洗脳をほどこす。

 

 

青森県から靖国神社に参拝する戦争遺児(1942年10月)

 

 

第二は靖国神社。

はかなく命をちらすわかい兵士の運命と、その救済は、強烈な感情的磁場をもつ。

神道に決定的に缺ける、実存的深みをおぎなった。

 

兵が死ぬたび、国家神道は宗教へちかづき、天皇は崇拝された。

 

 

伊勢神宮に参詣する天皇(『尋常小学修身書 巻六』)

 

 

血まみれの「祭り」がおわった。

戦後、GHQは国家神道を過小評価。

「信仰告白をおこなった個人の連合が宗教集団だ」とゆう、

キリスト教の宗教観がむしろ特殊なため、神道の影響力をみのがす結果に。

 

マルクス主義の史的唯物論がはびこる歴史学界でも、宗教や思想は軽視された。

 

 

睦月のぞみ『メランコリック卑弥呼様』(ビームコミックス『ハコニワ喜劇』所収)

 

 

国民はアメリカや支那に惨敗したが、裕仁は負けなかった。

紀元節、伊勢神宮との関係、行幸への三種の神器の携行、すべてみとめさせた。

1946-7年に各地を巡幸、共産主義者の弾圧に一役かう。

 

国事行為でも私的行為でもない「公的行為」なる詭辯をあみだし、憲法から逸脱。

また新嘗祭など、大祭のいくつかは総理大臣はじめ政府高官を招集しているが、

「内廷のこと」、すなわち天皇家の私事として処理され、国民に報道されない。

 

 

さかもと麻乃『私も世界を終わらせたい』(KC×(ITAN))

 

 

全国の神社を傘下におさめる神社本庁は、国家神道を信条にかかげ、

天皇と伊勢神宮への崇敬を国民に強制しようと、さかんに政治活動している。

 

神主の親玉としての地位をとりあえず確保した天皇に、

ふたたび政治と宗教の領域でも王冠をいだかせよ。

中西輝政のごとき学者が、そう大っぴらに主張できる時代となった。

 

 

タツヲ『アルノサージュ 生まれいずる星へ祈る詩』(シリウスKC)

 

 

しかし所詮、神道のなかみは空洞。

戦争がおきないかぎり靖国神社は無意味だし、あとは教育現場さえ防衛すればよい。

あなどれないが、たやすく理性でコントロールできる。




国家神道と日本人 (岩波新書)国家神道と日本人 (岩波新書)
(2010/07/22)
島薗進

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

篤見唯子『スロウスタート』

 

 

スロウスタート

 

作者:篤見唯子

掲載誌:『まんがタイムきらら』(芳文社)2013年-

単行本:まんがタイムKRコミックス

 

 

 

おろしたてのセーラー服に袖をとおす。

非のうちどころなく可憐なのに、本人は不安。

「わたしちゃんと高校1年生にみえてるかな……」

 

 

 

 

「一之瀬花名(はな)」は中学浪人を経験していた。

受験前日におたふく風邪をひいたのが原因で。

その後ひきこもり、環境かえるためひとり暮らしをはじめ、ようやく進学。

 

 

 

 

一年おくれの高校デビュー。

クラスメイトの「栄依子(えいこ)」に呼び捨てしてもらったり、すべり出しは上々。

 

 

 

 

栄依子の手帳は、女の子の名前とイヴェントでぎっしり。

「ハーレムルートエンディング狙い」の攻略チャートさながら。

え、だれでもよかったの?

 

作者のすきな『咲-Saki-』の「竹井久」をおもわせるキャラらしい。

 

 

 

 

ツインテ八重歯の「たまちゃん」のGWの予定も盛りだくさん。

イヴェント・絵画鑑賞・本を買う・遠方の友人とあう……。

どれも東京ビッグサイトあたりで済ませられる用事だが。

 

作者がデザインした『マジキュー』(2007年休刊)マスコットが再登場。

 

 

 

 

足のサイズ19cmの「千石冠(せんごく かむり)」はかわいい担当。

普段はタイツだが、体育のあと面倒で生足を披露した。

 

ヴェテランの同人作家で、初期の「萌え文化」の一翼をになった篤見が、

「きょうも一日、女子同士でイチャイチャするぞい!」な「きらら系4コマ」に、

自身のキャリアと趣味嗜好をすんなりおとしこんでいる。

 

 

 

 

本作の特色は、ヒロインに隠しごとがあること。

中学時代の話題をふられると目がおよぎ、面接みたいに。

 

浪人したとしっても、気さくな仲間たちは態度をかえないだろう。

けど、いいたくない。

去年の同級生はいまの先輩で、いまの同級生は去年の後輩。

まわりからみれば些細なことでも、自分にとっては一生とりかえせないトラウマ。

 

 

 

 

一緒に誕生日プレゼントをもらった、5月うまれのたまちゃんが、

4月うまれの花名に「これで同い年ですねえ」とかたりかける。

無邪気な笑顔が心をえぐる。

 

 

 

 

友達のやさしさがうれしくて、ウソつきの自分がなさけなくて、涙がとまらない。

 

オンナノコ同士でおっぱいさわってキャーみたいのが「きらら」とすると、

頭身ひくめで愛らしい絵柄はともかく、繊細で息づまる心理描写は「百合姫」にちかい。

よみごたえある作品だ。

 

篤見氏はキャリアはそこそこ長く、昔から萌え系の雑誌や、

同人誌等で知ってはいましたが、商業誌で4コマは初チャレンジのようです。

しかしご本人も自分が芳文社系の4コマに合ってるとは

気づいてなかったのでしょうか、ここにきて大化けした感じがあります。

ぜひこの調子で続けて行ってほしいです。

 

アマゾンでのレヴュー

 

同時にスロウスタートした作者とヒロイン。

きっと彼女らは、周回おくれのトップランナー。




スロウスタート (1) (まんがタイムKRコミックス)スロウスタート (1) (まんがタイムKRコミックス)
(2014/08/27)
篤見唯子

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テーマ : 4コマ漫画
ジャンル : アニメ・コミック

タグ: 百合  きらら系コミック  萌え4コマ 

長岡太一『魂魂ハラスメント』

 

 

魂魂ハラスメント

 

作者:長岡太一

掲載誌:『WEBコミックぜにょん』(ノース・スターズ・ピクチャーズ)2014年-

単行本:ゼノンコミックス(徳間書店)

 

 

 

非常勤の高校教師「宮本」の部屋には、セーラー服の幽霊がでる。

「ワケあり物件」なのは承知でも、JKが化けて出たら面食らう。

 

 

 

 

かわいすぎる幽霊「南由奈」は、15歳で交通事故にあった。

発情期まっさかりで死んだので成仏できず、相手かまわずセックスしたがる。

とはいえバレたら失業しかねないし、そもそも物理的に接触不可能。

処置にこまる宮本先生。

 

 

 

 

おひきとりねがうため、由奈とセックスのまねごとをする。

霊感のない人間がみると、女子高生と寝るより犯罪的で、警官に拘束された。

 

……とまあ本作は、死ぬほどおめでたいエロコメ。

 

 

 

 

まだ生きてる女の子もカワイイ。

学級委員長「柳原舞(やなぎはら まい)」は、規則にうるさいカタブツ眼鏡。

 

 

 

 

トイレで自慰にふけるところを、壁をとおりぬけた由奈に目撃される。

宮本先生に暴力的に犯されるのを妄想しながら。

 

 

 

 

ヤンキーの「よっちゃんセンパイ」は幽霊仲間。

足のない居候がふえてゆく。

 

 

 

 

経験豊富そうなセンパイにいろいろまなぶ。

「ひとりで30人相手して、全員立てなくしてやった」ときいて興奮。

どうも「ヤル」の意味が通じてない様だけど。

 

 

 

 

やけにイキイキした幽霊たちに魅了される。

はじめてデートするとき、爛々とかがやく由奈の瞳とか。

 

 

 

 

奇麗なワンピースをみつけたとき、いつになく物憂げ。

身につけられるのは、死んだときの制服と下着だけだから。

宮本のはからいで「試着」するのはグッとくる名場面。

 

 

 

 

風邪でダウンした宮本に憑依し、由奈が教壇にたつ。

おバカなので学級崩壊したが、自殺をはかった生徒を教師らしく説得する。

かるがるしく「死ぬ」とか言うなと。

 

 

 

 

生きていればセックスできる。

ただセックスするため、ひとは生きる。

それゆえ人生はすばらしく、希望にみちている。

なやんでもしかたない。

 

 

 

 

底抜けにあかるい幽霊の、あっけらかんとした哲学が、あなたの生を肯定する。




魂魂ハラスメント 1 (ゼノンコミックス)魂魂ハラスメント 1 (ゼノンコミックス)
(2014/10/20)
長岡太一

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テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

神崎かるな/黒神遊夜『武装少女マキャヴェリズム』

 

 

武装少女マキャヴェリズム

 

作画:神崎かるな

原作:黒神遊夜

掲載誌:『月刊少年エース』(角川書店/KADOKAWA)2014年-

単行本:角川コミックス・エース

 

 

 

その学園の女子生徒はみな、警棒などで武装する。

矯正におくりこまれた問題児を屈服させるため。

 

 

 

 

風紀委員が発展し自警団となり、いまは五人組として学園に君臨。

帯剣をゆるされている。

「ラグランパンチUB」をつかうなど『キルラキル』へのオマージュも。

 

 

 

 

主人公「納村不道」(通称ノムラ)は転校初日にさっそく、

般若みたいな面をかぶった「鬼瓦輪(おにがわら りん)」の指導をうける。

男をすてるか退学するか、えらべと。

 

ちらりと廊下をみるノムラ。

 

 

 

 

視線と逆方向へ身をかわす。

教壇の左右はふさがれてるので、「倉崎さん」の股をぬける。

パンツの色は紫。

 

 

 

 

すぐさま5階からとびおり脱出。

渡り廊下があるのでノーダメージ。

ぬけめない転校生は、すでに校舎の構造を把握していた。

 

息もつかせぬ緻密なシークエンス。

まだ立ち合いのえがかれない序盤で、読者の血はさわぐ。

 

 

 

 

鬼瓦さんは、古武術「鹿島神傳直心影流」の使い手。

足払いをふせぐフラミンゴ的な「鶴ノ構」は、すらっとした美脚にそぐわしい。

剣は刃挽きしてあるが、人ひとり斬るのはわけない。

 

 

 

 

ノムラは中二っぽい手袋でたたかう。

甲は金属、掌は防刃素材で、剣閃をみきわめつつ捌く。

徒手格闘でなく、剣の術理にしたがう「無刀の剣士」だ。

 

 

 

 

必殺技は寸剄の一種らしき「魔弾」。

きまると『鉄拳チンミ』の「通背拳」同様にきもちいい。

 

前作『しなこいっ』で、その道の通をうならせた作者による、

武術のひとつの理想形を、中二的演出をまじえ視覚化。

 

 

 

 

鬼瓦さんを上空へふっとばし、勝利したノムラに御褒美が。

おもわずよろけファーストキスをうばう。

歯をくいしばり涙をこらえるのがいじらしい。

 

 

 

 

リアルに首を取ろうとしてたくせ、とろんとろんにデレる。

論理的なバトルと、煽情的なラブコメが、交互に顔をだすテンポのよさ。

いち眼帯女子ファンとして、「ついに本命がきた!」と宣言しよう。

 

 

 

 

天下五剣のひとり、フランスそだちの「亀鶴城(きかくじょう)メアリ」。

ノムラは西洋剣術の足さばきにとまどうが、

「意外にも示現流に似ている」など、描写がいちいち興味ぶかい。

 

 

ウーチョカたんの鞭で亀甲縛り

 

 

そして、勝利のあとのラッキースケベ。

先輩の復讐をはかる中等部のふたりを返り討ちにし、ヒーヒーいわせる。

マキャヴェッリもびっくりのあくどさ。

 

 

 

 

佩刀女子の腰まわりが誘惑する、格闘漫画のルネサンスだ!




武装少女マキャヴェリズム (1) (カドカワコミックス・エース)武装少女マキャヴェリズム (1) (カドカワコミックス・エース)
(2014/10/24)
神崎かるな

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テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

セバスチァン・ハフナー『図説 プロイセンの歴史 伝説からの解放』

アナ・ドロテア・テアブシュによる肖像画(1772年)

 

 

図説 プロイセンの歴史 伝説からの解放

Preußen ohne Legende

 

著者:セバスチァン・ハフナー

訳者:川口由紀子

発行:東洋書林 2000年

原書発行:1979年

 

 

 

フリードリヒ大王は、「王は国家第一の下僕なり」といった(のち「奉仕者」といいかえる)

王位や王国を、ちっぽけな存在と認識していた。

 

1701年に突然、ブランデンブルク選帝侯が「プロイセン王」をなのったとき、

ヨーロッパのひとびとはそれを冗談とみなす。

メフィストみたく冷笑的な孫は、そんな事実に客観的に言及するのをこのんだ。

 

 

博物学者アレクサンダー・フォン・フンボルトの自宅の図書室(1856年)

 

 

プロイセンを企業にたとえるなら、グーグルやフェイスブックやツイッターか。

どこからともなくあらわれ、急激に膨張、世界をかきまわす。

 

どの民族にも根づかない、抽象的で理性的で実験的な国家だった。

外国人をすすんでたかいポストに雇用するし、宗教にも無頓着。

18世紀の啓蒙主義的な時代精神と共鳴、大成功をおさめた。

 

 

ホーエンフリートベルクの戦い(1745年)

 

 

国家収入の4/5を軍隊についやした。

人口のすくなさは軍事力でおぎなうしかない。

それにつき合わされる周辺国こそいい迷惑だった。

 

 

普仏戦争での、フランス兵捕虜の野営地

 

 

1648-1789年のヨーロッパは、たえずどこかで戦争がおきていた。

まるで株式市場の様なもので、だからこそプロイセンに成長の余地があった。

 

ただし「国民戦争」の時代はまだ到来していない。

フリードリヒは「国が戦うとき、平和の市民に気づかれてはいけない」とかたった。

増税にこまるくらいで、市民は戦争を対岸の火事とおもっていた。

 

 

ギロチンへおくられるマリー・アントワネット

 

 

フランス革命が、プロイセンを一気に時代おくれに。

「自由・平等・博愛」の方が、ずっと魅力的な政治理念にきこえた。

 

プロイセンの改革は抵抗にあう。

フランスとちがい都市ブルジョアジーなど存在せず、封建制度が健在。

進歩する意志はあっても、みうごきとれない。

 

 

演習時のヴィルヘルム1世と参謀総長モルトケ(右から)

 

 

ビスマルクのたくみな舵取りにより、プロイセンはドイツ統一をはたす。

しかし皇帝宣言の前日、ヴィルヘルム1世は「明日は人生最悪の日だ」と泣いた。

ドイツ皇帝に即位すれば、プロイセン王国を墓場へおくるだろうと、かなしんだ。

 

 

1878年のベルリン会議

 

 

抽象的なプロイセン国家とドイツ・ナショナリズムは、水と油だった。

ビスマルクは自国を存続させるため、ドイツをのみこませたが、

プロイセンは肥大化し、希薄化し、逆に民族国家のなかで消化された。

 

 

ソンムの戦いのあと、捕虜となった負傷兵(1916年)

 

 

奇跡的な勝利のあと、プロイセンは歴史からきえ、ドイツの一地方となる。

ほかのドイツ諸邦が普通選挙制に移行しても、かれらだけ旧習に固執。

「理性国家」のすがたは跡形もない。

 

ヒトラーにプロイセン的な気質はなく、むしろ正反対。

ヨーロッパ初の法治国家であるプロイセンの冷静さとくらべ、

ヒトラーの煽動的手法には連続性が一切みとめられない。

 

むしろ、西側諸国のなかで2番手・3番手の地位をあまんじてうけいれ、

平和体制の維持に奮励努力しつづける第二次大戦後のドイツの方に、

時代精神と共同歩調をとる、質実剛健なプロイセンらしさが生きている。




図説 プロイセンの歴史―伝説からの解放図説 プロイセンの歴史―伝説からの解放
(2000/09)
セバスチァン・ハフナー

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

尚村透/河本ほむら『賭ケグルイ』

 

 

賭ケグルイ

 

作画:尚村透

原作:河本ほむら

掲載誌:『月刊ガンガンJOKER』(スクウェア・エニックス)2014年-

単行本:ガンガンコミックスJOKER

 

 

 

ツインテ少女は人間椅子がにあう。

 

ここは有力者の子女がつどう「私立百花王学園」。

高額のギャンブルが蔓延しており、大負けした主人公は「ポチ」にされた。

 

 

 

 

そこへ転校してきたのが「蛇喰(じゃばみ)夢子」。

猛獣の檻では瞬時に捕食されそうな、しとやかさ。

 

 

 

 

さっそくツインテ「早乙女芽亜里(めあり)」が歓迎会をひらく。

カモにされるのに、無邪気によろこぶ夢子。

チップは1枚1万円、身ぐるみ剥がされるのは目にみえている。

 

 

 

 

ルールはオリジナルの「投票ジャンケン」。

『賭博黙示録カイジ』への、わるびれないオマージュだ。

ツカミのゲームならこれしかないっしょ!

 

 

 

 

つぎに立ちはだかる敵は、社長令嬢「皇伊月(すめらぎ いつき)」。

トランプ2組もちいる「ダブル神経衰弱」で、2000万円賭ける。

ダブルにして難度をあげ、必勝のイカサマをしこんだ。

 

 

 

 

ネイルずきの伊月たんがあつめてるのは、カネでなくツメ。

敗者の生爪を剥いでコレクションしている。

 

わらえるほど美少女が描けない、福本伸行の致命的弱点をおぎなう様に、

慾望むきだしの可憐な乙女が、命懸けのギャンブルにいどむ。

麻雀の小林立『咲-Saki-』や、格ゲーの押切蓮介『ハイスコアガール』など、

ガンガンには「遊戯する女子」の文化があり、違和感ない。

 

 

 

 

丁半博打とルーレットをくみあわせた「生か死か」による敗者復活戦で、

すべてうしなった早乙女さんが、生徒会員「西洞院(にしのとういん)百合子」と対峙。

 

主人公のつぎの対戦相手のつよさを強調する、福本作品でおなじみの煽りかた。

にくたらしいほど傲慢だったツインテさんの、破滅におびえる面持ちがいとおしい。

 

 

西洞院さんの名前をおちょくって挑発

 

 

夢子はアカギタイプのギャンブラー。

リスクがたかいほど冷静になり、心理戦で優位にたつ。

 

イカサマや資金面で相手が絶対的に有利

おそれしらずの主人公が、それを逆手にとった奇策をうつ

当初の自信をうしない、動揺する敵のモノローグ

大逆転

 

やはりこの黄金律は快感で、女の子も最高にかわいく、萌えのジャックポット状態だ。

 

 

 

 

じわじわ命が削られる極限状況で露わになる狂気、

一瞬にして天国から地獄へおとされた敗者の絶望もよいが、

ゲームの随所でふとみせる表情のひとつひとつが魅力的。

 

 

 

 

「ざわ…ざわ…」だけがギャンブルじゃない。

カードをひらく指先のうつくしさ!

10分後には生爪剥がれて血だらけかもしれないが。

 

 

 

 

巻末おまけでは、早乙女さんがメイド服でおもてなし。

第1話ではクラスに恐怖政治をしいた超ビッチなのに。

「牛乳」名義でウェブ漫画を描いていた河本ほむらの尖鋭的な原作に、

クリエイティヴィティを刺激された尚村透の、テンションのたかさがつたわる。

 

 

 

 

学園をギャンブル漬けにした元兇である生徒会も、みなカワイイ。

この娘らの、ときに驕りたかぶり、ときに不安におののく姿がみたい。

 

 

 

 

風にゆれる花のごとき思春期女子のはかなさが、それ自体を賭け金にしていっそう映える。

ハイリスクガールの狂った日常は、中毒性たかい。




賭ケグルイ(1) (ガンガンコミックスJOKER)賭ケグルイ(1) (ガンガンコミックスJOKER)
(2014/10/22)
河本ほむら

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テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

斉木久美子『かげきしょうじょ!』2巻 奈良田愛の横顔

 

 

かげきしょうじょ!

 

作者:斉木久美子

掲載誌:『ジャンプ改』(集英社)2012年-

単行本:ヤングジャンプ・コミックス X

[1巻の記事はこちら

 

 

 

AKB48もとい、JPX48の握手会での失態がふりかえられる。

男ぎらいの「奈良田愛」が、キモオタにいった「はなしてキモチワルイ」事件だ。

 

 

 

 

さらに幼少時へさかのぼる。

女優である母の美貌をうけつぎ、人形より人形みたい。

 

 

 

 

ある日、奔放な母の不在中、その恋人にイタズラされる。

かわいいお人形はマネキンとなり、決して笑顔をみせなくなる。

 

 

 

 

母が『徹子の部屋』らしき番組に出演、「映画で脱ぐこと」の意味をかたる。

黒木瞳を連想。

そこまで踏みこむかとヒヤヒヤする漫画だ。

 

 

 

 

優秀だがコミュ力ゼロの愛をみかねた、チームXのリーダーに説教される。

だまらせたくて、人間不信となった理由をおしえたら、

「なんだそれだけ」「もっとひどいことされた子もいる」といわれ、

他人に心をひらくことの愚をさとった。

 

 

 

 

その端正な横顔は、恐怖をかくすための假面。

JPX脱退後、宝塚音楽学校もとい、紅華歌劇音楽学校にはいってからも、

過剰なまでに自己防衛しながら生きる。

これ以上傷をおいたくないから。

 

 

 

 

おいこまれる愛の絶望的な精神世界をえがく一方で、

スターの卵たちの日々は淡々とすぎてゆく。

「さらさ」が花組ポーズもとい、冬組ポーズをしらないのはゆるせない、とか。

 

 

 

 

観劇日にみた『ロミオとジュリエット』は、この世のものとおもえぬ華麗さ。

 

まさに作者の好物をすべてぶちこんだ「ごった煮」。

女性版『エヴァンゲリオン』とゆうか。

集英社の青年誌『ジャンプ改』が休刊したにもかかわらず、

めでたく白泉社の少女誌『MELODY』で連載継続する異例の経緯も、

本作のジャンル横断的な魅力をものがたっている。

 

 

 

 

寮友との誤解と理解を交互にくりかえしつつ、つよくなる愛。

耳がかくれるくらい髪ものび、女らしくなった。

深夜にトイレで吐いている同級生に、寝癖ついたまま声をかける。

JPX時代、ダイエットで憔悴してゆく仲間をみてきたから。

 

 

 

 

氷像みたいな横顔に、ほんのり兆すやさしさ。

くづれた心のブロックをひとつひとつ積みあげる、うつくしい成長物語だ。




かげきしょうじょ! 2 (ヤングジャンプコミックス)かげきしょうじょ! 2 (ヤングジャンプコミックス)
(2014/10/17)
斉木久美子

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タグ: 百合 

蒼井ひな太『ひみつの乙女ちゃん』

 

 

ひみつの乙女ちゃん

 

作者:蒼井ひな太

掲載誌:『月刊サンデーGX』(小学館)2014年-

単行本:サンデーGXコミックス

 

 

 

Q 制服を着た女の子がかわいく見えるのは、なぜ?

 

同じ服を着ていると、その人にしかない部分が見えてきます。

脚が細い、顔が小さいといった良い面が目立つので、

その人のかわいさが際立って見えるのです。

 

高村是州『ファッション・ライフのはじめ方』(岩波ジュニア新書)

 

制服を着るから可愛いのか、もとが可愛いから可愛くみえるのか。

このミステリーを解明するには、内部調査するしかない。

スパイが女子であれば、なおのことよい。

女子が女子を愛でる、アブノーマル学園コメディのはじまり。

 

 

 

 

主人公はクラスメイトの「姫川奈々緒」に夢中。

才色兼備で文武両道。

ただし豊満な胸がゆれて痛いため、バスケはにがて。

 

百合的な恋心とゆうより、男子小学生的な好奇心から、ハァハァする毎日。

 

 

 

 

「ムッツリ女子」を自称する、「早乙女真理」の暴走ぶりがおかしい。

姫川さんの真逆、なにひとつ取り柄がないダメJK。

チビで運動音痴で勉強もできず、足をひっぱってばかり。

 

 

 

 

それでもスケベ心でくらいつく。

球技大会では、姫川しゃんのアンスコとゆう御褒美ゲット!

 

 

下の表情がいい

 

 

本作は狭義の「百合」に分類されない。

幼稚園のころから同じ女の子を好きになる幼なじみの「脇田くん」など、

共学校では男がちらほら顔をだすし、乙女ちゃんも介入を容認。

 

 

 

 

百合はむしろ、姫川さんと弓道部の先輩の関係。

浴衣姿でおとづれた夏祭りでいつくしみあう様子に、両方にあこがれる乙女ちゃんは萌える。

敬虔な修道女のごときムッツリなので、みぐるしい嫉妬なんかしない。

 

 

 

 

弓道場では、定番の弓道衣コスを存分にあじわえる。

乙女ちゃんの注目ポイントは、袴の隙間からみえるお尻のふくらみ。

マニアックだ。

 

 

 

 

本作のハイライトはプール回で、2話にわたり描きつくす。

ひたすらスク水への慾望を。

 

 

チョイ役の「あだっちー」がカワイイ

 

 

水着は身につけるまでに複雑なドラマがある。

みせてナンボの「オープン派」から、モゾモゾきがえる「隠密派」まで。

乙女ちゃんの「てるてる坊主」も高評価。

 

 

 

 

姫川さんは、孤高の「家から着てくる派」だった。

さっきまで水着で授業をうけていたと想像するだけで溺死しそう。

 

 

 

 

ツイッターをみると作者は女性らしいが、コスチュームと女体への興味はホンモノ。

事件らしい事件はおきず、カメラは360度からヒロインをなめまわすのに集中。

「かわいい女子を愛でたい」とゆう思いは純粋で、いさぎよい。

 

 

 

 

ただみてるだけで、しあわせ。

これまた百合のひとつのかたち。




ひみつの乙女ちゃん 1 (サンデーGXコミックス)ひみつの乙女ちゃん 1 (サンデーGXコミックス)
(2014/10/17)
蒼井ひな太

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ペドロ・G・フェレイラ『パーフェクト・セオリー 一般相対性理論に挑む天才たちの100年』

六道神士/士郎正宗『紅殻のパンドラ』(角川コミックス・エース)

 

 

パーフェクト・セオリー 一般相対性理論に挑む天才たちの100年

The Perfect Theory: A Century of Geniuses and the Battle over General Relativity

 

著者:ペドロ・G・フェレイラ

訳者:高橋則明

発行:2014年 NHK出版

原書発行:2014年

 

 

 

アインシュタインは偉大だが、一般相対性理論はもっと偉大だった。

構築した本人がもてあますほど。

過去の理論より、壮大な「統一場理論」の研究に時間をついやした。

さまざまな理論のあいだをふらつき、物理学界で孤立したまま死んだ。

 

相対性理論からみちびかれる「膨張モデル」や「ブラックホール」を否定。

「計算はただしいが、物理学としてはひどい」といって。

一般相対性理論の発展をもっともさまたげた研究者は、アインシュタインだ。

 

 

『シドニアの騎士』(テレビアニメ/2014年)

 

 

ナチスが政権をとった1933年、アインシュタインは祖国をさる。

ドイツで相対性理論研究は停滞。

唯物論哲学はびこるソヴィエトでも、抽象的思考をうながす面が攻撃された。

 

わかい世代は量子物理学に魅了される。

実験で検證可能な理論こそ正義だから。

 

プリンストンでの散歩仲間であるゲーデルは、1915年の方程式に関心しめした。

その解は時間遡行をみとめる奇怪なもので、アインシュタインはとまどう。

 

 

シヒラ竜也『Q[クー]』(ヤングジャンプ・コミックス・ウルトラ)

 

 

アインシュタインの死後、一般相対性理論は収穫の季節をむかえる。

ブラックホールの実在を證明せんとする、冷戦の壁をこえた協同作業のはじまり。

1960年代にようやく物理学の主流となった。

 

ホーキングは1974年にオックスフォードで、ブラックホールは「ブラック」でなく、

非常にかすかだが光をはなつとプレゼンし、聴衆の度肝をぬいた。

一般相対性理論と量子物理学をまとめる可能性がひらかれた。

 

 

 

 

それから40年、物理学はまだ混沌のなかにある。

意見の一致する量子重力理論はみつからない。

しかしそのカオスこそ、現代物理学の「土台」だ。

弦理論にせよループ量子重力理論にせよ、ほとんどすべてのアプローチが、

「時空を基本要素とするのを断念する」点で共通している。

どうやら時空は存在しない。

 

ディラックが「完璧な理論」とよんだ一般相対性理論は、

近年では暗黒エネルギーなど、観測データの挑戦をうけている。

基本假説を検證するのは学問の王道だが、あまりに数学的にうつくしすぎ、

100年のながきにわたり神聖不可侵の女王として君臨した。

 

物理学者はよく、シロウトからくだらない質問をされる。

たとえば「ビッグバンの前はなにがあったんですか?」と聞かれたら、

「それは北極点の北になにがあるか聞く様なものです」とはぐらかす。

いまはもっと多様な回答がありうる。

量子の泡や弦やブレーンやループなどで、時空のない世界へひとびとをいざなう。




パーフェクト・セオリー―一般相対性理論に挑む天才たちの100年パーフェクト・セオリー―一般相対性理論に挑む天才たちの100年
(2014/04/23)
ペドロ・G・フェレイラ

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TNSK『昇る朝日にくちづけを』

 

 

昇る朝日にくちづけを

 

作者:TNSK

発行:集英社 2014年

レーベル:ヤングジャンプ・コミックス

 

 

 

初期のpixiv出身でイラストレーターとしても活躍する、TNSKの短篇集。

少女漫画みたいなタイトルだが、歯ごたえある一冊だ。

 

 

 

 

巻頭の『忘月夏』は、広島辯のきこえる郷里ですごす、ある夏の日をえがく。

死んだ恋人の妹「千代」が急接近してくる。

「私は姉ちゃんの代わりなんじゃ」といって。

 

 

 

 

その村の祭りは、假面をかぶっておこなう奇妙なもの。

迫害をのがれた隠れキリシタンがはじめた秘祭だとか。

土俗にまみれないハイカラな風習。

 

 

 

 

主人公は死者にあうため、はじめて地元の祭りへ参加。

闇に、髪のながい假面の女があらわれ、どちらからともなくまじわる。

それは恋人かもしれないし、千代かもしれない。

 

男の背筋にみえるリアリズムは、美大の油絵科でまなんだ素養がにじむ。

藝術性や文学性が、pixiv的なイラスト文化の抽象性とせめぎあう。

 

 

 

 

表題作は、時代をまたぐ凝った三部構成。

ときは戦中、佐渡の漁村の話からはじまる。

 

 

 

 

あどけない笑顔の「松」は、嫁ぎ先で夫から虐待されていた。

幼なじみの淡い恋心の純粋さと、寒村での復讐譚のどきついコントラスト。

 

 

 

 

後篇で読者は現代にとぶ。

高校教師「東崎先生」は、同僚に弱みをにぎられ関係を強要されている。

ひきつった笑顔で、それをうけいれる。

 

假面・性的禁忌・暴力……この短篇集は全体でひとつの変奏曲をなす。

 

 

 

 

夢のなかで松と先生が通じあう。

いつの世も日本のどこかにいる、いたましい夜をおくる女たちが、しばし解放される。

 

柳田國男『遠野物語』からえたインスピレーションが、

ゴヤやモネやゴッホにあこがれ絵筆をふるった経験と共鳴し、

なまなましいのに、どこか浮世ばなれしたお伽話をかたる。

 

 

『忘月夏』

 

 

空虚さが破片となり、胸にささる。

 

本書は「2010年代の最高傑作」とはいわないが、

ボクがこの5年でよんだどの漫画より、10年代的。




昇る朝日にくちづけを (ヤングジャンプコミックス)昇る朝日にくちづけを (ヤングジャンプコミックス)
(2014/08/20)
TNSK

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三ツ沢大介『すみっこプリマ U-15』

 

 

すみっこプリマ U-15

 

作者:三ツ沢大介

掲載誌:『COMICリュウ』(徳間書店)2014年-

単行本:RYU COMICS

 

 

 

パンツを盗撮し大喜びの制服女子。

県立泉中学校の2年生だ。

 

 

 

 

下着をおさめるのが目的でなく、転校生の脚線美に一目惚れ。

ひきしまったハムストリングがうみだす、しなやかな走行姿勢。

これは逸材と、「女子フットサル部」へさそう。

 

 

 

 

見学にきた「ボタン」に、3年生の副部長が敵愾心もやす。

「トップ娘役の座はわたせない」とかなんとか。

 

 

 

 

副キャプテン「ヤヨイ」は宝塚オタクだった。

トップスターである部長とステージへのぼる妄想にふける。

 

関西在住の作者にとり、ヅカネタは自然なのだろう。

 

 

 

 

「ハイハイ、きらら系の萌え4コマね!」とカテゴライズするには、まだはやい。

1巻ではくわしく語られないが、ヒロインの「ボタン」は前の中学ではバレエ特待生で、

優等生な性格もわざわいしてかイジメにあい、転校したらしいと匂わされる。

単なるキャッキャウフフでなく、鬱展開ふくむマイルドビターなあじわい。

 

 

 

 

おかっぱの「サチ」は1年生ながら、泉中のエース。

小学生時代はほかのどの男子よりうまかったが、

身長がのびないこともあり(140cm以下)、フットサルへ転向した。

Jクラブのジュニアユースにはいったチームメイトとはなすと複雑な気分。

 

「中学世代での受け皿がない」とゆう、女子サッカー最大の問題にふれている。

 

 

 

 

フットサルで頂点をめざすとか、だいそれた野心はないけど、

たかいレヴェルでやってきたので、同好会ノリの仲間にイラつくことも。

 

ところでお気づきだろうか、本作は「4コマ漫画」としてはじまるが、

回をおうごとコマ割りが自由になってゆく。

昨年の「関西コミティア42」むけの作品でためした手法を踏襲した。

 

 

 

 

姉で部長の「ケイ」にささえられ、体はともかく精神面で成長をみせる。

高難度の「軸足キック」できめたアシストは、地味ながら名場面。

 

サチのモデルは、30歳で夭折したガンバ大阪の今藤幸治。

「せめて漫画のなかで躍動させたい」とゆう思いをこめた。

 

 

 

 

人数すくないフットサルは、キャラへ感情移入しやすい。

そばかすがチャーミングで、スタイルのよい2年生の「ハナオ」は、

どことなく西木野真姫を連想させるお嬢さま。

言動はぶっきらぼうだが、「うどん」に「お」をつけるあたり、育ちのよさはかくせない。

 

 

 

 

あまり過去をかたらないボタンが、フットサルシューズを試着する様子をみて、

自分もバレエをやってたので、彼女が経験者だと察する。

 

「立てば芍薬座れば牡丹」といわれる様に、

オンナノコが立ったり座ったりすれば、シルエットに過去と現在と未来がにじむ。

『すみっこプリマ』は「立ち姿」の漫画だ。

 

 

 

 

 

「ワンピースは、むしろスタイルのよいヤヨイの方がにあう」とか、プールサイドの会話が興味ぶかい。

そしてなんといっても、ボタンの姿勢のうつくしさ!

足の向き、ふくらはぎの筋肉、両腕と上体のバランス。

 

本作の水着回は、お色気のための口実におわらない。

 

 

 

 

練習試合で、はじめてタッチラインをまたぐボタン。

ふわっと風にのって。

サッカー/フットサルはまれに、立ち姿だけで才能を表現できる選手がいる。

 

競技と女性美の本質をつかんだ三ツ沢大介は、新人王にノミネートされる資格あり。




すみっこプリマ U-15 1 (リュウコミックス)すみっこプリマ U-15 1 (リュウコミックス)
(2014/10/11)
三ツ沢大介

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タグ: 百合  萌え4コマ 

我孫子祐『アンズー』

 

 

アンズー

 

作者:我孫子祐

掲載誌:『週刊少年マガジン』10月29日号(講談社)

[『スライムさんと勇者研究部』の記事→1巻/2巻/3巻/4巻

 

 

 

信号をまちつつ、合コンの戦果をかたる女子高生三人。

リュックはモノクロだけどカラフル。

この作者はファッションの描き分けがうまい。

 

 

 

 

突如発生したクマの大群が、彼女らを食い殺す。

 

『週刊少年マガジン』に掲載された50ページの読み切りである『アンズー』は、

我孫子祐にとって8か月ぶりの講談社刊行物への帰還となるが、

前作『スライムさんと勇者研究部』のゆるふわガールズライフと訣別している。

 

 

 

 

本作は二匹のネコの物語。

ヒトがクマに駆逐された東京でサバイバル。

 

我孫子祐は「世界観」の漫画家だ。

日常芝居のリアリズムと、ファンタジックな想像力を兼備した作風で、

さりげなく読者を別のどこかへエスコート。

 

 

 

 

「トラゾウ」は右目に傷もつ、アメリカンショートヘア。

喧嘩がつよく、ネコ仲間のボス的存在。

 

 

 

 

「アンズー」はハチワレの雑種で、まだ1歳。

飼い主の「ネネちゃん」にあうため、新宿の避難所をめざす。

ディストピアと化した吉祥寺のありさまは、前作の延長線上にある。

 

 

 

 

おさないせいかアンズーは無邪気で、強面のトラゾウにもなつく。

スライムさんとゴーレムさんをおもわせる。

作者にとり描きやすい関係らしい。

 

 

 

 

『週マガ』掲載ってことで、いつになく熱い感情がほとばしる。

かよわいイエネコが、野生へ放りだされることの絶望

 

『スライムさん』は、「日常系」と「セカイ系」の両面をあわせもつが、

前者が『東のくるめと隣のめぐる』へ、後者が本作に分流した。

一方それらは、ふかいところで通じあう。

 

 

 

 

つぶらな瞳のアンズーが、狩人の本能を発揮。

その戦いぶりは、たとえば冨樫義博がヌルくみえるエグさ。

 

50ページにそそがれた、長篇一本分のエネルギーにうたれる。

もし『週マガ』がアップデートしたいなら、本作を連載化するのが賢明だろう。



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東小雪『なかったことにしたくない 実父から性虐待を受けた私の告白』

宝塚音楽学校本科生時代の、暑中見舞い用の写真

 

 

なかったことにしたくない 実父から性虐待を受けた私の告白

 

著者:東小雪

発行:講談社 2014年

 

 

 

「あうら真輝」の藝名でタカラヅカの舞台にたった著者による体験記。

 

宝塚音楽学校予科生(1年生)の睡眠時間は一、二時間だけ。

本科生(2年生)による拷問にちかい「指導」は精神も害し、たいてい生理不順となるが、

むしろそれは名誉で、生理のある同期は「ラク予科」とバカにされる。

本科生に対しつかってよい言葉は「予科語」とよばれる7語(「いいえ」は生意気なので実質6語)のみ、

つねに口角をさげ眉間にシワをよせる「予科顔」もしないといけない。

 

予科生が本科生になると、うつくしき伝統はひきつがれる。

下級生を泣きながら絶対服従させるのは、たまらなく快感だから。

歴代のスターはこのんで予科生時代の苦労話をするが、

自分が一年間加害者だった経験は決してかたらない。

ボクの様なファンでないものが宝塚におぼえる無機質なイメージは、

レトルトの粥をレンジでチンする暇さえなく、そのまま口でチューチューすいこみ、

ロクに入浴もできず満身創痍でステージにたつ、劣悪な環境がもたらすのかも。

 

著者が退団したきっかけは、宝塚大劇場での『落陽のパレルモ』に出演する際、

衣装のズボンの内側にはいっていた縫い針が、腿に刺さったこと。

とにかく雑用が苦手だったので、連帯責任とらされる同期にうとまれた。

宝塚で先輩は後輩を、絶対たすけない。

同期の信頼をうしなうと、ここでは生きてゆけない。

 

 

貞本義行による『新世紀エヴァンゲリオン』のイラスト

 

 

精神科で処方された抗不安薬や抗鬱薬への依存がはじまる。

手のひらに山盛りの錠剤を、ワインで一気にながしこむ。

医者が飲めとゆうのだから、それは「いいこと」と自分に言い聞かせた。

リストカットをくりかえし、金沢市にある実家の二階の窓から飛び降りもした。

 

 

2013年3月1日、東京ディズニーシーでの挙式。ヴェネツィアン・ゴンドラで祝杯をあげる

 

 

よくかけた一冊の本は、著者の個性をあらわにする。

東小雪の場合、それは「暗示のかかりやすさ」。

 

高校2年生のとき親友のカミングアウトをきき、自分もレズビアンだと突如めざめた。

2012年春、シンデレラ城で結婚式をあげるプランがあると何気なく話したら、

パートナーの増原裕子に「同性カップルでもできるのかな?」といわれる。

天啓をえたかの様に、著者はディズニーリゾートへ電話した。

 

一週間の猶予をへてのディズニーの回答がしるされているが、

「反同性愛」と批判されるリスクを秤にかけた結果とはいえ、立派で誠実なもの。

日本においてディズニーは国法に準ずる権威があり、公平性では比較にならない。

 

 

仕事で東京にきた小学6年生のとき、浅草寺で

 

 

父・東修はナレーション事務所を経営し、演劇にたづさわる、地元の名士だった。

著者の藝名をかんがえもした。

3歳から子役をはじめ、バレエやピアノの稽古にはげんだ。

両親をよころばせたい一心で。

 

中2で初潮をむかえるまで、父と風呂にはいっていた。

そこで挿入をともなう性虐待をうけつづけたと本書にある。

ふるえながら「お父さんがお尻に恥づかしいことをする」とうったえたが、母は無視。

 

カウンセリングで誘導された「虚偽記憶」である蓋然性は否定できない。

2008年に父は悪性リンパ腫で死んでいる。

体中をかきむしり、血だらけとなって書いた本らしいし、

虐待経験を母に告白するとき、自分以上に傷つき自殺するのをおそれたとゆう記述も、

真摯な態度を感じさせ、本書に疑いをはさむことを躊躇させるが。

「記憶の恢復」により、著者がすくわれたのは事実なのだし。

 

 

サントリー「ビックル」のCM

 

 

小学4・5年生のころ、当時流行していたCMソング『おーい中村君』をうたったら、

不可解なことに「そんな歌、うたうのやめなさいッ!」と両親が激昂した。

ある日、ふとその記憶がよみがえった著者はYouTubeで検索。

坂井真紀が「お父さん、一緒にお風呂はいる?」と笑顔でセリフを口にしていた。

お母さんは、虐待に気づいてたんだ。

お父さんも、バレてるとしってたんだ。

 

ボクはそのヴァージョンをみつけられなかった。

「子どもと家族の心と健康」調査委員会は1998年に、

18歳未満の女子の39.4%が、なんらかの性的被害をうけいてると報告した。




なかったことにしたくない 実父から性虐待を受けた私の告白なかったことにしたくない 実父から性虐待を受けた私の告白
(2014/06/03)
東小雪

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水鏡ひより/氷坂透『みなみっしょん!』

 

 

みなみっしょん!

 

作画:水鏡ひより

原作:氷坂透

掲載サイト:『マンガボックス』(講談社)2014年-

単行本:講談社コミックス マガジン

 

 

 

軍学校のかしまし三人娘が、無人島で一年間トレーニング!

トロピカルでフリーダムな「萌えミリ」作品だ。

 

 

 

 

初日からアクシデント発生、宿舎が全焼する。

まともに雨露しのげないサバイバル生活へ突入。

 

 

 

 

おっとりした「宇津里雷香(うつり らいか)」はカメラ少女。

島の地形や生態を記録するのも任務のうち。

ちなみに胸がおおきい。

 

 

 

 

「柊真昴(とうま すばる)」はリーダー格で、つねに冷静沈着。

てゆうか、そうみせかける。

ドタバタの毎日ですぐメッキは剥がれるが。

 

 

 

 

おてんばな「美波かすみ」は、天性のトラブルメイカー。

じっとしてられない性格で、自分たちの拠点をつぎつぎ破壊。

 

 

 

 

天然なかすみをを冷たくあしらう、昴のドSぶりが笑いをさそう。

 

本作は、同人で活動してきたコンビの初単行本。

無邪気なトリオ漫才がたのしいのは、

昨年発表した『ユーレイ×しんぶん』のキャラを土台にしたからだろう。

 

 

 

 

たまに先生も島へおとづれる。

左が情報部のクセモノ「響子さん」、右が鬼教官で忍者の「鞍馬教官」。

みな美人でうれしい。

 

 

あえて画像を差し替え!

 

 

だが可愛すぎる見習い軍人は、ほぼ放し飼い状態。

乙女らが無人島ですることといったら、ひとつしかない。

毒キノコにあたり、ジャングルで狂い咲く百合の花。

 

 

 

 

隣島に駐屯するライバルチームと、かすみの取り合いになったりして飽きない。

ペンギンまで動員する総力戦体制で、萌えの東亜新秩序を実現する。




みなみっしょん!(1) (講談社コミックス)みなみっしょん!(1) (講談社コミックス)
(2014/10/09)
水鏡ひより

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ツンデレとハイデガー実存主義

中山敦支『ねじまきカギュー』(ヤングジャンプ・コミックス)

 

 

「きょうここから世界史のあたらしい時代がはじまった」と評されたのは、

マルティン・ハイデガーが1927年に発表した『存在と時間』。

第一次世界大戦後にドイツは破局をむかえたが、

1945年とちがい物質的にはほとんど無傷で、国家の枠組みは存続しており、

シュペングラー『西洋の没落』やダダの不吉な鐘がひびくなか、精神面で過去との断絶をもとめた。

 

 

ウロ『ぱわーおぶすまいる。』(まんがタイムKRコミックス)

 

 

人間であるとは、話をすること。

それがかれらを草木や動物から区別し、また神々から分けへだてる。

存在への真摯な探究は、言語の考察を出発点としなければならない。

 

 

勇人『シスプラス』(ビッグガンガンコミックス)

 

 

人間存在の意味に、最終的な解答はない。

モーツァルトのソナタに意味がない様に。

ただ問いと応答のくりかえしが、問う人を高貴ならしめる。

 

ハイデガーの修辞法は、語彙や文法をからみあわせ結び目をつくり、

アクションペインティングみたく荒ぶり、乱雑で、不透明な論述をしるすことで、

「みること」や「観察」を重視する、パルメニデス以来の形而上学の伝統に対抗。

 

 

みよしふるまち『ゆりかごの乙女たち』(マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)

 

 

言語とは、ある民族が存在をかたる原初の詩。

たとえばギリシア人はホメーロスによって、みづからの現存在に、

存在するものを開示する布置・形状である言語を経験した。

 

 

「なによ、言われなくてもがんばるにきまってるじゃない!」 『ハナヤマタ』(テレビアニメ/2014年)

 

 

有限性なしに真理はありえない。

実存的終点を不安とともにわが身にひきうけ、日常をさわやかに認識し元気づける。

散る花の美に、プラトンと対極の地平をみいだす。

 

 

「うーん、わたしがよく食べるのはレーションのサンプルとか」 『ご注文はうさぎですか?』(テレビアニメ/2014年)

 

 

フライブルク大学総長時代のハイデガーによるテクストや発言は、

疑問の余地なく、本人の慣用語と、ヒトラーの誇大で野獣的な隠語が、

しっくりと催眠術的にまざりあっている。

「民族は存在への意志、現存在の意志の真理をかちとった」

「ヒトラーの天才は、国民を根なし草的な思考からすくいあげた」

……などなど。

 

すべてがおわり、かれはヒトラー主義や大量虐殺について沈黙。

なにくわぬ顔で世界政治をネタに床屋政談しながら。

諸事件にすくなくとも部分的にまきこまれた人間にとり、

アウシュヴィッツやベルゼンを一言もかたらないのは、悪事に加担するにひとしい。

そもそも「問いと応答」がハイデガー哲学の核心ではなかったか。

 

 

佐々木ミノル『中卒労働者から始める高校生活』(ニチブンコミックス)

 

 

後期のハイデガーは、ヴァン・ゴッホの絵などに〈存在〉が現前するとした。

『存在と時間』のくわだては頓挫し、その思索は詩や藝術へ転回。

つまり生涯と活動のもっとも重大な段階で、言語をみすてた。

 

 

「最後にバカヤローって言ってやろうとおもって……」 『ハナヤマタ』

 

 

後期ハイデガー的世界にいきるわれらの言語は、視覚藝術への敗北が運命づけられる。

辯舌は無意味で、せいぜい感情と裏腹な態度をしめす、嘘としての機能しかみとめられない。

それでもなお、ボクら虚空に言葉とゆう絵具をまきちらす。







【参考文献】

ジョージ・スタイナー『マルティン・ハイデガー』(岩波現代文庫)



マルティン・ハイデガー (岩波現代文庫)マルティン・ハイデガー (岩波現代文庫)
(2000/09/14)
ジョージ・スタイナー

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テーマ : 哲学/倫理学
ジャンル : 学問・文化・芸術

シヒラ竜也『Q[クー]』

 

 

Q[クー]

 

作者:シヒラ竜也

掲載誌:『ウルトラジャンプ』(集英社)2014年-

単行本:ヤングジャンプ・コミックス・ウルトラ

 

 

 

「クー」とつぶやきながら、焼け跡をうろつくウサ耳の幼女。

猫とたわむれる姿はアンニュイ。

 

 

植木等『だまって俺について来い』(作詞:青島幸男)

 

 

廃墟と化したお台場に、ゆりかもめが放置されている。

生存者は、鼻歌まじりで日々をすごす。

絶望してもしかたない。

 

 

 

 

世界をほろぼしたのは、上空を覆いつくす「ソラリス」とよばれる怪物。

巨大な眼球と視線があうと、卵をおとす。

人間は、空を見上げることができなくなった。

 

 

 

 

「クー」はどちら側に属するのか、わからない。

ショベルカーみたいな手をみるかぎり、人間ではなさそう。

ひとつはっきりしてるのは、ドーナツがだいすきなこと。

 

 

 

 

「世界一おいしいもの」で懐柔されたクーが、怪獣との闘争をはじめる。

ブラックホール的な食慾で、がぶり噛みつき、ごくり呑みこむ。

 

 

 

 

主人公「芹沢レム」は、クーのあつかいに窮した。

敵の敵が味方とかぎらない。

バケモノ以上のバケモノを放置したら、人類は完全に絶滅する。

軍用の羊羹をむさぼるところを、背後からねらう。

 

 

 

 

ロリ救世主はあまりにつよすぎ、ジタバタしても無意味だけど。

食事を邪魔されると見境なくし、国防軍の飛行戦艦すら一撃で破壊。

 

キュートでスタイリッシュな決め絵にわしづかみされる、ディストピアSFだ。

 

 

 

 

特権階級はシェルターつきの「上層都市」に居住。

空の立体映像を天井にうつし、現実から目をそむけ生きている。

 

 

 

 

レポーターの「イリヤ」さんが、大人のエロスでロリに対抗。

視覚的には、いたれりつくせり。

 

さて、『読書メーター』の感想・レビューをのぞいてみよう。

 

ストーリーも「またこの手か。何番煎じ?」で、王道というより「発想が無い」レベル。

 

設定の荒唐無稽は問題ないけど、リアルがちっとも感じられない。

政治も社会も絵空事。できそこないの世界観にガックリ。

一般性・普遍性を持ち得ないかな、今のところ。

 

「ストーリー」や「世界観」が叩かれている。

絵がうまいだけの、からっぽの漫画だと。

その評価はまちがってない。

 

 

 

 

しかしタダじゃないのだから、漫画はもっと丁寧によむべき。

孤児を世話する「マナ姉」の歌の意味とか。

 

本作の空虚さは、たとえば植木等のカラ元気などをなぞったもの。

終戦直後の日本みたいな。

 

 

 

 

セカイカンとやらを語りたがる頭でっかちのオタクより、

絵から詩情をよみとれるフツウの読者にすすめたい逸品。




Q[クー] 1 (ヤングジャンプコミックス)Q[クー] 1 (ヤングジャンプコミックス)
(2014/09/19)
シヒラ竜也

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さかもと麻乃『私も世界を終わらせたい』

北原白秋・作詞『金魚』がうたわれている

 

 

私も世界を終わらせたい

 

作者:さかもと麻乃

掲載誌:『ITAN』(講談社)2014年-

単行本:KC×(ITAN)

[以前の記事はこちら→『パイをあげましょ、あなたにパイをね』/『沼、暗闇、夜の森』

 

 

渋谷で大規模な食中毒発生!

死者12名、重篤患者22名。

 

ヒロインはそれが疫病神のしわざとしっている。

道玄坂下の百鬼夜行が、彼女だけみえる。

 

 

 

 

元兇は「木花知流比売(コノハナチルヒメ)」。

突如あらわれてはヒロインを神界へつれてくと通告し、

さらに男とちぎり巫女の資格をうしなえば、報復で世界をほろぼしてやると。

人を人とおもわぬ神さまだ。

 

 

トーンワークがたくみ

 

 

17歳の「藤宮サクラ」はJK巫女。

神職の家庭の養子となり、神事をてつだっている。

 

 

 

 

通学中にいきなり神がおりて、「口寄せ」がはじまることも。

老人はともかく、同級生からブキミがられる。

 

 

 

 

チルヒメは純潔をもとめるが、すきな人がいるので板ばさみ。

不意のキスを女神にみつかり、腹いせで黄泉の扉をあけられた。

自分のせいで、たくさん人が死んだ。

 

 

ガーリーなリズリサがお似合い

 

 

全人類を人質にとって恫喝するなど、血も涙もないチルヒメさまだが、

不老不死のくせ服のセンスがよかったり、無邪気でにくめない。

 

 

校舎の階段にこんなスペースあるかな?

 

 

謎のイケメンが正体をしった上でちかづいてきて、

ぼっちだったサクラに、都合わるいモテ期到来。

 

 

 

 

余談だが、帯に「才能発掘の秋」や「ITANが放つブレイク必至の才能!」とあり、

すでに6社から単行本を13冊だしてる漫画家に失礼とおもった。

大手3社(講談社・集英社・小学館)以外は、出版社にかぞえないらしい。

 

とはいえヘテロもBLも百合もイケるさかもとは、たしかに「未知の作家」だろう。

すくなくともボクは、数冊よんでも全然つかめない。

世界をほろぼす力をもちながら、案外サクラをきづかうチルヒメの描写は、

ダテに百合姫から2冊だしてないと感服したりするけど。

 

 

 

 

不安定な描線とうらはらに、ベタをいかしピンとはりつめた画面構成。

特に植物をかくとうまい。

『沼、暗闇、夜の森』もそうだが、人物以上に読者へかたりかける。

 

 

 

 

それは生の慾動か死の慾動かわからないが、

サクラはなにかに背をおされ、いますぐ自分を抱けともとめる。

彼女が死や世界の滅亡を、十分覚悟しているかは明示されない。

作者にとって、それが愛であれば、すべて肯定の対象。

 

 

 

 

牙をむいたイケメンと対峙するため、サクラとチルヒメは融合。

ヘテロのメロディを、百合のカウンターメロディがかきけす。

もし神通力をもった漫画家がいるなら、それはさかもと麻乃以外ありえない。




私も世界を終わらせたい(1) (KCx(ITAN))私も世界を終わらせたい(1) (KCx(ITAN))
(2014/10/07)
さかもと麻乃

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『暁のヨナ』1話 四面楚歌の和製韓流ファンタジー

 

 

王女ヨナ

 

テレビアニメ『暁のヨナ』第1話

 

出演:斎藤千和 前野智昭 小林裕介 赤城進 山本和臣 山本希望

監督・絵コンテ・演出:米田和弘

シリーズ構成・脚本:猪爪慎一

キャラクターデザイン:吉川真帆

サブキャラクターデザイン・総作画監督:楠本祐子 松井祐子

音楽:梁邦彦

原作:草凪みずほ『暁のヨナ』(白泉社)

アニメーション制作:studioぴえろ

放送:2014年

 

 

16回めの誕生日をむかえた、高華(こうか)王国の姫君「ヨナ」。

式典のため身支度するが、セットがきまらず時間がすぎる。

 

「ねえ父上……わたしの髪、ヘンじゃない?」

「そんなことないさ。おまえのうつくしさは、どんな宝石にもまさる」

 

 

 

 

「うん、『顔』はねっ! 自分でもそこそこ可愛く生まれたとおもうわぁ。

でもこの髪……赤毛でクセっ毛で、ちっともまとまらないんだもん。ムキーッ!!」

 

 

 

 

おさないころ母をなくして以来、あまやかしすぎたのを後悔する父王。

 

斎藤千和のやんちゃな演技がステキだ。

『まどマギ』の「ほむら」より、『ストパン』の「ルッキーニ」にちかい第1話。

2クールの本作では、ペルソナを器用につけかえてゆくのだろう。

 

 

 

 

能天気ぶりを皮肉る「ハク将軍」にもおかんむり。

茶碗をなげつける。

 

「父上、こいつクビにして!!」

 

 

 

 

ヨナの警護をつとめる18歳のハクは、すぐれた武人らしい。

それでいて主従関係をこえた思慕が、言動のそこかしこでにじむ。

わがままプリンセスはまったく気づかないが。

 

『花とゆめ』連載だけあってベタだけど、身分ちがいの男の片思い、すきだなあ。

 

 

 

 

姫さまは、3つ年上のいとこ「スウォン」に夢中。

誕生日をいわうため城に滞在するいまが、距離をちぢめるチャンス。

 

 

 

 

「ヨナ、おおきくなりましたね~」

まだ子供あつかいで、「妹」としか見てくれないけど。

 

 

 

 

少女漫画の王道をゆく、なごやかな日常がたのしい。

韓国風のネーミングは、そこはかとなく異国情緒をかもしだす。

 

気合いこもった作画が、悲劇の予兆をにおわせてもいる。

初監督となる米田和弘は、一字改名し本作に人生かけた。

 

 

 

 

ヨナにとりスウォンは、親類以上の存在。

母をころされ絶望する日々をささえてくれた。

 

 

 

 

世界のだれより信頼できるひと。

心から崇拝していた。

 

 

 

 

だから、父がスウォンとの結婚をみとめないのは理解不能。

自分にとって、どんな財宝より大切なのに。

 

 

 

 

誕生日前夜、ついに思いの丈があふれる。

「わたしは、スウォンのことが……ずっと……」

 

 

 

 

「そんなこと言われるとこまります……あなたが急に女性にみえて」

「えっ、いままではなんだったのよぉ!?」

「すみません……どうもわたしは、このテのことに疎くて」

 

 

 

 

一歩ちかづいただけで、天にのぼる気持ち。

成長した姿に父王は号泣するが、ひとり娘の脳裏は恋人が独占。

 

 

 

 

スウォンから、かんざしをもらう。

正直うれしくない。

自分の赤毛がきらいだから、髪飾りなんていらない。

 

 

 

 

「わたしはすきですよ、ヨナの髪。きれいな赤……『暁の空』の色です」

 

コンプレックスが一瞬で空のかなたへふきとぶ。

一生この人についてゆこうときめた。

政治とか、むつかしいことはわからないけど、この幸福がニセモノのわけない。

 

 

 

 

日が暮れてから、父の部屋をおとづれる。

衛兵がいない。

なにかおきている。

 

 

 

 

雷光が、剣による暗殺劇をうかびあがらせる。

 

 

 

 

やさしい父王が死んだとゆう現実は、16歳になったばかりの少女には残酷すぎた。

 

 

 

 

ころしたのが恋人であることも。

 

 

 

 

広場で斬首されかけた姫をすくいに、単騎とびこむハク将軍。

 

 

 

 

くると予想していても、胸あつくなる。

怒涛のいきおいで駆けぬけた、30分のジェットコースター。

 

 

 

 

ヒロインの感情の渦が視聴者をのみこむ。

暁色の髪をきったヨナ姫の、四面楚歌の旅がはじまった。




暁のヨナ 1 (花とゆめコミックス)暁のヨナ 1 (花とゆめコミックス)
(2013/07/16)
草凪みずほ

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竹村真奈 編・著『まんがファッション』

『安野モヨコ ステッカーBOOK』(小学館)

 

 

まんがファッション

 

編・著:竹村真奈

発行:パイ インターナショナル 2012年

 

 

 

リアリストの安野モヨコは、登場人物に「買える服」しか着せない。

OLでもひとり暮らしなら、ブランド物のバッグはもってないだろうとか、

可処分所得から逆算して各キャラクターの装いをわりだす。

 

 

安野モヨコ『働きマン』(講談社)

 

 

「着れる服」なのにもこだわる。

たとえば徹夜仕事の日は、皺になるシャツでなく、ニット素材のカットソー。

 

女性むけ漫画にはオンナノコの夢がつまってるけど、

単純に願望を投影し、「着たい/着せたい服」を描くわけじゃない。

 

 

一条ゆかり『デザイナー』(集英社)

 

 

つよく自立した女をうみだしつづける一条ゆかりだが、

作中のファッションは「絵としてステキかどうか」できまる。

実際に自分がいいとおもう服は、白黒だとショボくなりがち。

 

 

西村しのぶ『サードガール』(小池書院)

 

 

西村しのぶは、デビュー作『サードガール』で神戸の名門女子大をえがき、

おしゃれなキャンパスライフにあこがれる受験者をふやした。

しかし華麗なイメージと裏腹に、西村は小池一夫の「劇画村塾」出身、

最初にキャラの全身をみせるなど、塾頭直伝のサーヴィス精神が武器。

 

 

『西村しのぶの神戸・元町"下山手ドレス"2nd』(角川書店)

 

 

出版社の営業は、「先生の本は県庁所在地にしか配本されない」とぼやく。

こまかいファッション描写に反応する、都会っ子だけ相手にしてたら商売にならない。

 

 

羽海野チカ『ハチミツとクローバー』(集英社)

 

 

羽海野チカ『ハチミツとクローバー』の映画版で、蒼井優が演ずる「はぐちゃん」は、

おりからの「森ガール」ブームと連動、ファッションアイコンにまでなった。

 

そんな作者はなるたけ流行から距離をおき、オーソドックスなデザインにしているが、

自作をよみかえすと、厚底ブーツとか腰穿きとかでてきて恥づかしい。

えてして若手は、「わたしはオタクじゃない!」とアピールしたがり、

服や会話がスタイルにとらわれる傾向を感じて残念とか。

 

 

『3月のライオン』(白泉社)

 

 

羽海野が参考とするのは、オードリー・ヘップバーンやマリリン・モンローらの恰好。

『3月のライオン』の「あかりお姉ちゃん」が、シミーズ1枚で夕涼みする扉絵は、

期せずして京マチ子みたいな、むかしの日本映画がもつ昭和的エロスがでた。

 

 

水城せとな『失恋ショコラティエ』(小学館)

 

 

水城せとな『失恋ショコラティエ』の「サエコさん」は、「男ウケ」をねらい身支度する。

最先端のファッションは男にとって愛しづらいので、安心感あるルックに。

 

 

『失恋ショコラティエ』

 

 

端正な顔だちの「薫子さん」は、かえって幸せになれない。

「マネキン」は女ウケがよくても、男ウケはわるい。

特別美人じゃない女子の方が努力するから。

 

 

水城せとな

 

 

服と物語が不可分の水城作品は、パーソナルカラーやデザイン分析の診断を応用。

現実世界の法則は、漫画にもあてはまる。

そしてファッションとゆう吸気口から、世界をまるごととりこむ。

 

「自分の肉体をキャンヴァスにして自分を表現する」のがファッションとすると、

少女漫画はキャラの自己表現を通じ、作者が自己表現する入れ子構造をもつ。

オンナノコの全存在をかけた服を、全員分したためる苦労といったら!

 

 

陸奥A子『流れ星パラダイス』(集英社)

 

 

陸奥A子の家はあまり裕福でなかったが、両親が非常におしゃれで、

子供にパーマをかけさせたり、オーダーメイドの服をあたえた。

作品も自然に、乙女心をくすぐる空気がにじむ。

 

 

いくえみ綾『いとしのニーナ』(幻冬舎)

 

 

いくえみ綾のメソッドは、かなり特異。

雑誌の写真をビリビリちぎっては投げ、キャラごとに分類するが、

すぐ机の下におちたりしてゴチャゴチャに。

運まかせの要素も、作品の一部。

 

 

『3月のライオン』

 

 

あわせ鏡のなかのファッションショーで、作者と読者の慾望が交錯する。

きっとそこは日常と地続きの楽園。




まんがファッションまんがファッション
(2012/01/23)
竹村真奈

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テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

タツヲ『アルノサージュ 生まれいずる星へ祈る詩』

 

 

アルノサージュ 生まれいずる星へ祈る詩

 

作画:タツヲ

原作:GUST

掲載サイト:『ニコニコ静画』(ニワンゴ)2014年-

単行本:シリウスKC(講談社)

 

 

 

高層ビル群の威容に息をのむ。

この宇宙をさまよう移民船「ソレイル」で、ひとびとは5000年もくらしてきた。

 

 

 

 

ヒロインは「詩(うた)魔法」で街をまもる「キャスティ・リアノイト」。

ガストからでているRPGの前日譚となる漫画だ。

 

 

 

 

キャスティは相棒の「デルタ」とともに、人間をおそう生物「シャール」とたたかう。

敵をあがめるカルト「ジェノミライ教団」も暗躍しており、油断ならない。

スパイでないかとうたがい、とおりすがりの女を誰何。

 

 

 

 

巫女風の女は気位たかく、侮辱とうけとった。

怒りにまかせ、棒術で威嚇してくる。

 

 

 

 

キャスの制止もきかず、バトル勃発。

ふだんデルタの武器は銃だが、接近戦では大剣に変形する。

 

本作が初連載となるタツヲは、アニメーター経験があるせいか、

日常芝居・メカ・アクションともに、画力は文句のつけようがない。

 

 

 

 

詩魔法でキャスがわってはいり、引き分けに。

パンツまるだしのサーヴィスカットもあったりして、1話からひきこまれる。

 

 

 

 

幼なじみのふたりは、密命おびて「アメノミライ」へ旅立つことに。

やけにうれしそうなキャスティたん。

 

 

 

 

例の女は、アメノミライをすべる「想命姫ラチェット」だった。

度量のひろい君主らしく、一戦まじえたことは不問とする。

路面電車での巡警につきあうと、住民からの評判もよい。

 

背景は手抜きがなく、士郎正宗作品なみにSF空間にひたれる。

 

 

 

 

やはり戦闘が、本作の醍醐味。

人間を挑発する好戦的なシャールを、デルタとラチェットでむかえうつ。

ピリピリはりつめた空気。

 

 

 

 

戦術におもしろみがあり、またそれを達者な空間処理能力で演出。

この作者、脳に最新のGPUを搭載してるにちがいない。

 

 

 

 

 

シャールとジェノミライ教団の襲撃で、ラチェットが可愛がっている少年が命をおとした。

彼女はオリジナルのキャラだが、この場面は心ゆさぶる。

なみはづれて充実したコミカライズだ。

 

 

 

 

ため息でるほどの作画が、「サージュコンチェルト」シリーズへあなたを手招きする。




アルノサージュ 生まれいずる星へ祈る詩(1) (シリウスKC)アルノサージュ 生まれいずる星へ祈る詩(1) (シリウスKC)
(2014/10/02)
タツヲ

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佐々木ミノル『中卒労働者から始める高校生活』3巻

 

 

中卒労働者から始める高校生活

 

作者:佐々木ミノル

掲載誌:『コミックヘヴン』(日本文芸社)2012年-

単行本:ニチブンコミックス

[以前の記事→1巻/2巻

 

 

 

足踏みしがちな、通信制高校の青春群像。

「マコト」と「莉央」は恋仲になるが、ほとんど距離はちかづかない。

指がふれただけで拒否反応。

いとこからの性的虐待の傷が癒えるには、まだ時間がかかる。

 

 

 

 

莉央がくるしんだのは、母の鈍感さが原因。

ことが発覚してからも、娘の立場でものをかんがえられない。

たとえ家族でも、他人は他人。

底の底まで理解しあえないし、きっとそれは高望み。

 

 

 

 

莉央をたすけるためとはいえ、人の家であばれ警察沙汰となったので、

マコトは工場の社長と一緒にあやまりにゆく。

 

 

 

 

社長は、粗暴だが純なところのあるマコトを買っている。

「父がわり」といってよい。

だがあまったれた態度をとると、つきはなす。

無条件で自分を肯定してくれる、都合のよい人間はいない。

わかってるけど、さびしい。

 

 

 

 

そこで妹「真彩」である!

あんがい積極的な莉央がボロアパートを訪問したとき、どっかり居座る。

意図がよめない。

嫉妬してるわけではなさそうだし。

 

 

 

 

兄にエロいことされると、本気で莉央を心配していた。

胸がおおきくても中身はネンネとおもってたが、やはり女の子はマセてる。

同級生妹のおせっかいが、かわいくてしかたない。

 

 

 

 

子持ちだが一番女子力たかい「若葉さん」は、キスまでしたのに結局ふられた。

年上だしジタバタせず身をひくが、マコトと絶交はしない。

つかずはなれずの遠近感が、群像劇をうごかしてゆく。

 

 

 

 

別の女とのデートやキスの話を立ち聞きした、ツンツンお嬢さまが逆上。

ツンデレって、めんどくさい。

 

 

 

 

もっともっとわたしを愛してと、つぶらな瞳でうったえる。

わたしのすべてを理解し、まるごと肯定して。

それがわかい恋人の特権でしょ。

 

主人公が工場勤務の本作は、能天気なラブコメとゆうより、リアルな青春ものだが、

ヒロインがヤンデレの空気をただよわせはじめ、また異質なあじわいに。

 

 

 

 

短気な兄とちがい天真爛漫な真彩が、ある日の授業中キレた。

「松井のじーちゃん」が嫌がらせをうけてたから。

彼女にとり「みんなで仲良くする」のは至上命令。

 

 

 

 

うつむく横顔はいつになく暗い。

この兄妹にながれる血は、悲劇のにおいがする。

 

 

 

 

死んだことになっていた父らしき男が、刑務所をあとにするカットで3巻はおわる。

光と影のコントラストと、感情の起伏のはげしさに圧倒される傑作。

あなたが読みごたえのある漫画をもとめてるなら、まづ本作をすすめたい。




中卒労働者から始める高校生活 (3) (ニチブンコミックス)中卒労働者から始める高校生活 (3) (ニチブンコミックス)
(2014/09/29)
佐々木 ミノル

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『エヴァンゲリオン』は庵野秀明の個人作品か

吉成曜

 

 

「サーヴィス精神」が、テレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(1995-96年)の特徴だ。

投じられた情報量やクオリティやテンションは、空前にして絶後。

 

庵野秀明総監督は少数精鋭のスタッフに対し、

初号機みたく暴走しては泣き叫び、ゲンドウみたく強圧的なにらみをきかす。

要するにかれらは、予算以上の仕事をした。

 

 

小峯久美子

 

 

SF・旧約聖書・神秘学・心理学……これらの要素ぬきに本作はかたれないが、

物語である以上、中心にくるのは人間ドラマで、その象徴は「綾波レイ」となる。

 

97年に太田出版からでた『スキゾ・エヴァンゲリオン』『パラノ・エヴァンゲリオン』をよむと、

カントクのレイへの思い入れのなさに愕然とする。

7話では存在すらわすれ、あわてて登場シーンを1カットいれたほど。

 

綾波人気は、デザイナー貞本義行の貢献大なのに十分評価されてない。

打ち合わせでカントクからおそわった企画の内容は、

「ロボットがコードをひきずりビル街でたたかうアニメ」。

「で、どんな話なんです?」ときくと、「それをみんなでかんがえて」といわれた。

庵野はつねに鮮烈なヴィジュアルを優先、人物にとことん無関心。

 

貞本は、当時ハマってたポール・ギャリコの小説や、筋肉少女帯の曲(例1/2から、

もともと夢想していた、はかないが内面の強靭さをもつ包帯少女を提供する。

『エヴァンゲリオン』が、色や匂いや手ざわりをもつ作品となった。

 

 

本田雄。なにげない表情や姿勢にドラマを感じる

 

 

アスカは、前作のヒロイン「ナディア」の髪型をかえたヴァージョン。

いわれてみれば、たしかにそう。

ショートカットのヒロインが斬新だった1995年に、活発なアスカを長髪、

無口なレイを短髪にする「倒置法」は、相当アヴァンギャルドだった。

 

なお「綾波レイは人間か否か」は、本作の主題のひとつだが解答はない。

どちらともいえない。

カントクは否定したがるが、貞本らは「おねがいだから人間にして!」と抵抗しつづけた。

われら視聴者はスタッフに感謝すべき。

 

 

『機動戦士ガンダム』(テレビアニメ/1979-80年)

 

 

シンジの名言「逃げちゃダメだ」も、アニメ史的に重要。

「1話から主人公がロボットにのる」のがお約束であり、

商業作品である『エヴァンゲリオン』もしたがうのが当然だったが、

シンジの女々しい性格と整合性をもたせるのにくるしむ。

 

庵野は『機動戦士ガンダム』1話の全カットをチャート図にかき、秒ごとに分析。

主人公に逡巡する時間をあたえず、エントリープラグへたたきおとす。

監督よりプロデューサーとしての判断がまさったわけだが、結局後悔した。

いまさら70年代のアニメをなぞってどうするのかと。

 

 

設定資料(『ニュータイプ100%コレクション 新世紀エヴァンゲリオン』(角川書店)から)

 

 

庵野は「人間ぎらい」、そもそも「生物ぎらい」を自称する。

ヴェジタリアニズムと無関係に、子供のころから肉や魚をうけつけない。

 

メカの作画なら世界一なのに、人物がまったく描けない。

『風の谷のナウシカ』(1984年)に参加したときは、

戦車や爆発だけ自分で描き、キャラは宮﨑駿監督にまかせた。

宮﨑を「第二原画マン」あつかいしたアニメーターは、アンノくらい。

 

 

設定資料

 

 

『スキゾ』『パラノ』は、カントクの俗物的エピソード満載。

飲み屋で「ボクが『ナウシカ』の巨神兵を描いたんだ~」といって、

しょっちゅう女をひっかけた話は、偶像視されがちな通念と乖離する。

 

庵野はエヴァ制作の苦悩で自殺をかんがえたと、あちこちで吹聴するが、

ちかしいものほど真にうけず、「おまえが死んだら拍手してやる」とあしらった。

 

 

26話

 

 

25-6話はなんだったか。

ひとことでゆうと、18-9話制作時にスケジュールが破綻した結果。

大がかりなアクションをみせるのは、もはや不可能だった。

 

25話Aパートはプロデューサー大月俊倫、26話Bパートは貞本義行のアイディアを、

彼らがおどろくほど未加工の状態でたれながした。

 

 

企画書

 

 

企画書は全26話のあらすじが具体的にかかれてるし、最終話の構成案も存在する。

ラストシーンは父が「生きろ」といいのこし犠牲となり、セリフまで『ナディア』そっくり。

 

「父子の葛藤」にこだわりながら、脇道へそれるのが庵野作品のパターン。

エヴァも企画がうごきだしたころは、『セーラームーン』や『ああっ女神さまっ』など、

萌えが流行しだしたアニメ界に残酷なアンチテーゼをぶつけるため、

村上龍『愛と幻想のファシズム』を下敷きに、「男の戰い」を展開するつもりだった。

 

 

平松禎史

 

 

ではなぜ庵野はいつも、「父子の葛藤」を描けずにおわるのか?

実人生で抑圧がなかったから。

事故で片足うしなった父は、息子にとって障碍どころか、当人が障碍者だった。

反撥どころか、同情の対象だった。

 

18話でのトウジの負傷に、カントクの魂の座をみてとれるが、「脇道」にすぎない。

本作の敵役は「ゼーレ」がつとめた。

テレビ局や広告代理店への怨恨が投影され、ゼーレの描写自体はおもしろいけれど、

『新世紀エヴァンゲリオン』のライトモチーフが放棄されたのは事実。

 

 

平松禎史

 

 

『エヴァ』の面白いところって、あの作品を見た感想というのが、

その人の本質的な部分なんですよ。

その人が持っているいちばん強い部分が『エヴァ』の評価で出てくる。

カッコよさだけが、って言う人は、自分がそういう人間だってことなんです。

心理学的にその人の本質が見えてくる。

 

『スキゾ・エヴァンゲリオン』での庵野秀明の発言

 

庵野は「エヴァ占い」で、元上司・岡田斗司夫を斬って捨てる。

 

ボクにあてはめてみよう。

『エヴァ』のどこが好きかって、アスカがけなげで、攻撃的なところ。

……あたってるかも。

 

 

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(日本映画/2012年)

 

 

カントクは制作中も猛勉強し(24話に顕著)、神話的形式のアニメをしあげたが、

そこで「庵野秀明の神話」を描くことができなかった。

父を恨んでないのに、「父殺し」をかたりたがるのだから、おかしなひとだ。

男子ならだれでもグワーッとくる勇壮なイメージに、無邪気に惹かれたのだろう。

 

そして優秀なスタッフの意見に耳をかたむけ、『エヴァ』をひらかれた作品とした。

永遠に未完成だからこそ、愛される。

ボクとアナタとアノヒトの、おわらないフェスティヴァル。

「私小説」だけが藝術じゃない。

庵野を音楽家にたとえるなら、ダニー・ハサウェイやカート・コベインでなく、マイケル・ジャクソン。




庵野秀明 スキゾ・エヴァンゲリオン庵野秀明 スキゾ・エヴァンゲリオン
(2014/11/20)
庵野秀明

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(1997/02)

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苑田 謙

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