日本人・アメリカ人・人間

 

 

與那覇潤『日本人はなぜ存在するか』(集英社インターナショナル)は、

「昭和三十年代」を美化する風潮に冷水をあびせる。

 

高度成長期前夜、日本人は絶望していた。

女の自殺率はいまよりたかい。

近年たしかに首をくくる男はふえたが、これは高齢化の影響で、

「年齢標準化自殺率」でくらべると昭和三十年代がまさる。

 

 

 

 

犯罪発生率のピークも、あの「ふるきよき時代」にある。

 

経済成長をへた現代人がふりかえるから、そこに希望がみえる。

実時間をいきるものは疑心暗鬼にかられ、罪をおかし、死をえらぶ。

たとえば2013年がそうである様に。

 

 

舛添要一の父・弥次郎の、戦前の選挙ポスター。ハングルのルビがふられる

 

 

「日本は戦後、民主主義が進歩した」

はたして事実か。

 

在日朝鮮人や在日台湾人は、1945年に参政権をうしなつた。

かつてパク・チュングム(朴春琴)の様な衆議院議員もいたのに。

女は在日より、政治的に重要といいきれるか?

 

 

 

 

 

 

ダン・ハンプトン『F‐16 エース・パイロット 戦いの実録』(柏書房)は、

ふたつの湾岸戦争などをたたかつた米空軍パイロットの手記。

「ワイルド・ウィーズル」とよばれる地対空ミサイル(SAM)の索敵破壊任務は、

現代の戦闘機パイロットにとり敵機を撃墜する以上の、もつとも危険なもの。

みづから囮となりSAM陣地を発見、すぐさまつぶす、ハンターキラーだ。

 

 

第二次イラク戦争初期、バグダッド周辺のSAM陣地の地図。位置不明のものも多かつた

 

 

ひとり秒速数百フィートで天空を駆けながら、電光石火でおこなう命のけづりあい。

真の戦士にしか書けない文章で、ボクには要約不能。

ただ愛国心についての記述にかんがえさせられた。

 

2001年9月11日、世界貿易センタービルが崩壊したとき、

米軍パイロットはみな、素人パイロットの操縦ミスとおもつた。

弱者をねらう卑怯者の攻撃に、国民はおののく。

アメリカは愛されてないとおもいしらされる。

そして団結した。

戦争の批判者たちも、抗議する相手は政府だつた。

帰還兵に石をなげた、ヴェトナム戦争の傷はいえた。

 

イデオロギーの対立などと別次元の、妥協しようがない敵。

真珠湾同様、奇襲攻撃の無益を痛感する。

 

 

F-16CJのコックピット

 

 

戦闘機乗りはさまざまな種類の任務をこなすが、

著者が拒絶したのは無人航空機(UAV)のエスコート。

現在のUAVは、ミグやSAMや高射砲がある状況でいきのこれない。

 

ロボット兵器の倫理的問題は、おもに米軍の敵の立場から指摘されてきたが、

人間がロボットの盾とされる時代の到来に、さすがにボクも唖然とした。

作戦センターに巣食う、メガネをかけたコンピュータオタクが、

航空勲章に自薦しようとしたときは、戦闘機パイロット多数の非難にあうも、

非戦闘士官が参謀総長になるなど、すでに米軍は戦士の集団でなくなつている。

 

とはいえ戦争は、オールドファッションな文化でもある。

オタク士官は機銃掃射など時代おくれと信じる一方で、

イラク戦争で32万8498発の20ミリおよび30ミリ砲弾が使用された。

心理作戦オタクは3180万枚のチラシをばらまかせたが、

「降伏か死か」をまちがえ「降伏し死ね」とかき、物笑いのタネとなつた。




日本人はなぜ存在するか 知のトレッキング叢書日本人はなぜ存在するか 知のトレッキング叢書
(2013/10/25)
與那覇潤


F‐16―エース・パイロット 戦いの実録F‐16―エース・パイロット 戦いの実録
(2013/09)
ダン・ハンプトン

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小説3 購買税

『自由か、隷属か』


登場人物表


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2月26日 朱星ジョージ

 

 

 

4時間目の数学がおわり、担任がはいってきた。

憔悴した表情でオレをみつける。

 

「朱星、生徒指導室まできてくれ」

 

きかないでもわかる。

妹がまたやらかした。

 

 

 

テーブルをはさむ二対のふたりがけのソファで、ジュンが初等部女子とむきあう。

ペコペコあやまられている。

意外や意外、被害者だったか。

奥のソファにジュンとならんですわった。

 

「どうしたんだ」

「コイツにスマホ盗られた」

「すみません、すみません……で、でも、まだ盗ってません」

「『盗られた』はおかしいだろ」と灰野先生。「規則にのっとった措置なんだから」

 

テーブルにiPhoneが。

 

「あれですか、人種差別したらダメってゆう」

「そうです! ヘイトスピーチ監視センターから連絡がきたので、

中等部まで朱星さんを呼びにいったら、すごい怒られて……」

「どこになにを書きこもうが勝手だろ」

「授業中じゃないか」

「先公にも関係ない。どうせあたしは中卒なんだ」

「ちょっといいですか」と、初等部にしても小柄な子がタブレットをとりだす。

 

画面を壁にむけると、文章や表がうつった。

 

「おお、プロジェクターになるのか」

「えへへ……ありがとうございます! これ実はわたしの発明で、

こうやって振ると充電されるから、持ち歩くだけでずっと使える一種の永久機関なんです!」

「機械の話はいいから」と先生。

「す、すみません! ええと、朱星さんは差別的かつ暴力的な文章を、

今月だけで1000回以上インターネットに投稿しています。

センターからアプリを通じ再三の警告があったはずですが……」

「脱獄で回避してるっちゅーの」

「それも違反事項ですが、特に問題視されたのはこの文です」

 

「2月29日午前10時、新大久保駅に設置した爆弾を爆発させる。チョンを全員ヌッ殺す」と壁に。

 

「……テロ予告か」

「バカアニキよくみろ。ことしはうるう年じゃないからウソってわかるだろ」

「くるしい言い訳です。ヘイトスピーチ規制法と学校自治法にもとづき、

スマートフォン没収、もしくは奉仕活動2か月、それも不可能なら罰金2万円……」

「死んでもわたさないし、金もはらわない」

「でないとこの件は警察の管轄下におかれます」

「オレがはらうよ」

「アニキはだまってろ! なんなんだこのクソ法律は!?

火虎さんは日本人の誇りをとりもどすんじゃなかったのか?

そうだ、有田芳生が殺されたせいで法案とおったんだ……スターリンの呪いだ」

「ここで法を論じてもしかたない。卒業に免じてオレも半額だすから」と先生。

 

譲歩の通じる妹じゃない。

ツリ目はさらに吊りあがり、時計でゆうなら1時52分くらい。

うすい唇がふるえる。

本当に死にかねないのを、ふたりにわかってもらわないと。

 

「法の是非を論じる気はないですが、でも言論の自由もありますよね。

先生の現社の授業でも大切な権利といってましたし。

これも妹なりの正義なんだとおもいます。あとでちゃんと説教しますんで」

「まあなあ。でもひとことくらい謝罪の言葉がないとなあ。

この本城は無償でアプリを開発したり、全国の学生のためがんばってるんだ」

「いえいえ、とんでもない……学生の自立に貢献できるならお安い御用です!」

「ドヤ顔してんじゃねぇ! オマエも有田みたく生皮剥ぐぞ!」

「はわわわ……ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

ジュンの頭をおもいきりなぐった。

 

「ボクがはらいます。御迷惑かけてすみませんでした」

 

 

 

 

 

「もう泣くのやめろって。みんな見てるだろ」

「DVアニキ死ねよ……」

 

目がデカいせいか涙の量が半端なく、廊下をボタボタぬらす。

あと10分で昼休みがおわる。

 

「購買でなにか買ってくるよ。おごってやるから機嫌なおせ」

「シュークリーム全種類」

「わかったわかった」

 

購買部にはいり、売れのこりの品をあさる。

値札がおかしい。

ツナサンド500円、カスタードシュー350円……。

所持金不足だ。

 

「どうかしましたか?」

「あ、さっきの……」

「1年の『本城フラン』です。さきほどは失礼いたしました」

「いえこちらこそ……あれ、もしかして本かいてるひと?」

「そうです! 女子高生にも役だつ古今東西の格言をあつめた、

『自立するJK』シリーズ第三弾発売中です。おかげさまでいまアマゾンで1位でして」

 

視界の下の方で、ビシッとタブレットをかかげる。

 

「プログラムも文章もかけるなんてすごいなあ」

「ただの学生の趣味ですよ。先輩と妹さんの方が校内で有名です」

「(特に妹は)わるい評判なんじゃないの」

「とんでもない、ふたりともリア充って感じで、あこがれです!」

「ありがとう。それなのに無礼なマネしちゃって……しつけがなってなくて」

「妹さんの気持ちもわかりますよ。だれでも監視されるのは不愉快ですから。

ところで先輩、手持ちのお金がたりないんじゃないですか? お貸ししましょうか?」

 

ジュンの機転とは別種の洞察力におどろく。

とても小学生とはおもえない。

 

「そうなんだよ、妙にたかくて」

「今週から値上げです。ウチは『購買税』に抵抗してたんですが、ついに政府の圧力にまけました」

「ひどい話だなあ。持ちこみ禁止だからどうにもならない」

「ネット管理の経費を口実にしてね。

わたしのシステムで効率化できたはずなのに、政府方針はかわりません。

昼食ぬくひとも結構いるらしいです。お金1000円でたりますか?」

「そんな、わるいよ」

「どうか遠慮なさらずに。しりあえた記念ってことで」

「じゃあお言葉にあまえて。妹が食いしん坊だから……」

 

いったあとで、ジュンの兄を15年つづけた経験から予測できる登場パターンにきづいた。

 

「カワイイ妹disってんじゃねえよカス。

おそいとおもったら女とイチャイチャか」

「……こ、こんにちは」

「……そうゆうことか。オマエら裏で結託してたんだな」

「ち、ちがいます! 先輩がこまってらしたから声かけただけで」

「ああそう。用がすんだらかえれば」

「いい加減にしろ。どうしてそういつも感情むきだしなんだ」

「大丈夫、気にしてませんから。ジュンさん、よければ最後の焼きそばパンあげます」

「パンに焼きそばとかありえないし。どんだけ炭水化物とらす気か」

「す、すみません」

「あんたみたいなチビが栄養とれよ。そもそもなんで初等部がここにいんだ」

「…………」

「なんだよ」

「……チビじゃないもん!! ことし0.5センチ伸びたもん!!」

「うわっ」

「わたし高校生だもん!! 正真正銘のJKだもん!!」

「え!?」

「ほ、本気で誤解してたんですか!? みてくださいよ袖、二本あるでしょ!? わたしあなたの先輩ですよ!」

 

「1年」って、「高等部1年」って意味だったのか。

兄妹で顔をみあわす。

吹きださずにいられない。

 

「そ、そんなに笑わないでくださいよ! 気にしてるんですから」

「……いやぁごめんごめん。ほらジュンもあやまれよ」

「ごめんなさい」

「わかってくれればいいんです」

「これもなにかの縁ってことで、妹をかわいがってほしいな」

「わたしなんかでよければ、ぜひ」

「さっそくだけど本城先輩、あたしパンよりほしいものあるんだけど」

「なんです? わたしにできることなら」

「あのタブレットつかわせて」

 

摂理が、すこしづつうごきだす。


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