戦艦長門
『涼宮ハルヒの消失』(日本映画/2010年)
たまにはお舟のはなしでも。
長門型戦艦「長門」は、1920年竣工。
主砲口径16.1インチ、水平・水中・垂直防御を強化、
当時の世界最強艦で、「長門と陸奥は日本の誇り」と国民にうたわれた。
排煙処理のための改装により、S字型の屈曲煙突が誕生。
はじめ不評だつたが、みなれるうち新鋭艦らしくおもえた。
ただボイラーを石炭との混焼から、重油専焼に換装した際、
煙突はまつすぐな一本のみとなり、艦影はおもしろみがやや減じる。
長門は不器用な船。
速力26.5ノットを、機密保持のため23ノットと公表したが、海軍国イギリスにうたがわれる。
1923年に関東大震災がおき、救援のため東京へいそぐ長門を、
英国巡洋艦プリマスがぴたり追尾し、最大速力を計測。
軍を救助活動にかりだすとロクなことがない。
長門は、鬼畜米英に翻弄されつづけの生涯をおくる。
はなばなしく戦火をまじえもしない。
半端な艦隊保全主義で温存されたし、すでに航空機と潜水艦の時代でもあつた。
1943年、同型の「陸奥」が広島湾でたたかわずして轟沈、1121名死亡。
調査により自然発火の可能性は否定され、乗組員の放火がささやかれる。
不運で不吉な事故だつた。
燃料つきはて、横須賀に繋留されたまま終戦をむかえる。
聯合艦隊で行動可能な大型艦は彼女だけだつた。
1946年、米軍は接収した長門を、ビキニ環礁での核実験に投ずる。
二回の爆発をたえた。
ある朝、海面に長門の姿がない。
末期の苦悶をみられるのを恥じる様に、彼女はきえた。
「綾波レイ」が駆逐艦の名をとつたのは明白だが、「長門有希」が戦艦に由来するかは定説ない。
いづれにせよ、長門は長門ぽい。
名称の一致は、情報統合思念体のしわざだろう。
【参考文献】
佐藤和正『戦艦入門』(光人社NF文庫)
![]() | 戦艦入門 動く大要塞徹底研究 (光人社NF文庫) (2005/12) 佐藤和正 |
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