天使に休息はない

『新世紀エヴァンゲリオン』(ガイナックス)

 

 

 

『残酷な天使のテーゼ』が名曲とはおもえない。

高橋洋子(歌唱)、及川眠子(作詞)、佐藤英敏(作曲)、大森俊之(編曲)。

それこそ残酷な言いかたをすれば、彼らのうちの一人も、

このアニメ主題歌以外で名を残しはしないだろう。

二流の人間が創造した、突然変異的な何か。

謎めいた使徒たちにも似て。

 

 

2008年4月にアップロードされた、エレクトーンによる『残酷な天使』の演奏。

 

 

カーゴパンツの「モトヒロ」さん、ブログのプロフィールに「男性」とあるが、

一人暮らしの女が、表札に父の名を記す処置にちかいと妄想している。

その白魚の様な指に、一目惚れしたから。

仮に男だとしても、膝まづき口づけしたい。

 

 

 

 

 

「残天」の最大の特徴にして、最悪の欠陥は、その歌い出しだ。

「ざーんーこーくーな、てんしのよぉに……」

トコロテンを押しだす様にゆつくりと、日本語教師の様にハキハキと。

高橋洋子の節回しは、あまりにクドい。

イントロが説明過剰で、本篇は惣流・アスカ・ラングレー並みのオマケになる。

では、省略したらどうなる?

「蒼い風がいま/胸のドアを叩いても/私だけをただ見つめて……」

Aメロの歌詞の陳腐さ!

八十年代のアイドル歌謡が、墓場から這い出てきた。

 

 

モトヒロ氏のカヴァーが秀逸なのは、

『魂のルフラン』からはじまるメドレー形式だから。

めざましい速度で、「残天」に突入。

門口にひそむ手強い使徒を、ロンギヌスの槍でつらぬく。

 

 

華麗なグリッサンド。

この動画は、撮影のアングルもよい。

陰の左足は、ペダル鍵盤の上で珍妙なタコ踊りをしているが、

湖面をすべる白鳥は、つねに優雅なまま。

 

 

 

 

 

サビにちかづき、孤独なオーケストラのパトスがほとばしる。

当時高校一年生だつた奏者は、左手が巧みだ。

下鍵盤はおもに装飾音を奏でるが、ときに右手より激烈。

パイロットを無視して暴走する、エヴァンゲリオン初号機のごとく。

 

 

特に「思い出を裏切るなら」での鋭いタッチ!

初号機の咆哮が、第3新東京市にこだまする。

オリジナルでは、ほとんど耳にのこらない音だが。

 

 

「カンペキ……」と内心でつぶやきつつ、ビデオを停止する。

楽器をひける人間に嫉妬をおぼえる瞬間だ。

多分彼らは、一種の天使なのだろう。

メドレーという変則だが、原作アニメへの深い解釈をしめす点で、

高橋洋子の原曲をも越える名演と断言したい。

これぞ「セカンドインパクト」だ!

 

 

 

 

 

2010年が、平穏無事に終ろうとしている。

悪い意味で。

ボクはもう少年ではないから、天使にはなれない。

それでも傍観者として、欲得づくで、鬱屈し、血にまみれ凄惨で、

ゆえに震えるほど美しい神話を、あくる年も紡いでゆくつもりだ。


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新人賞にも異議あり!

『逆転裁判』(カプコン)

 

本日の女子サッカー裁判のBGMは、【こちら】から。

それでは開廷です、静粛に!

 

 

 

……先月、当法廷にてわたくし弁護人・成歩堂龍一は、

なでしこリーグ・ベストイレブンの不公平を批判しました。

リーグ運営者がフェアプレーの精神を持たないなら、

スポーツは成り立たないとの思いからです。

先週の日曜にもコメントが投稿されるなど、

反響を呼んだ記事なので、この問題をさらに追及したい。

ボクが異議を唱えたいのは……。

 

 

待った!

オマエのことだ、容易に想像はつく。

浦和レッズの藤田のぞみが新人賞を獲得したことに、

ケチをつける気だろう。

 

 

さすがは御剣検事、すべてお見通しか。

そう、新人賞に関する「ムジュン」をいまから指摘するつもりだ。

全18試合中14試合出場・1得点の藤田は、

無論優秀な選手だが、ほかにも候補はいるのだから。

 

 

なんと愚かな……。

「検察庁始まって以来の天才検事」と称されるワタシを、

この様な下らぬ論争に巻きこむとは。

貴様のいう「候補」とは、福岡J・アンクラスの猶本光に違いない。

 

『週刊サッカーダイジェスト』10月19日号(日本スポーツ企画出版社)

 

成歩堂、いい年して美少女趣味とは、親が見たら泣くぞ。

ちなみに、『2ちゃんねる』に同様の発言があることも調査済みだ。

 

 

あれれ、そんなことまで調べてるの?

まいったなあ、その辺はノーコメントで。

 

 

ダメだこの人、はやくも敗色濃厚……。

 

 

だが御剣、「候補」は一人だけじゃないんだ。

われらがジェフユナイテッド千葉の山田頌子も、十分その資格がある。

背番号10を背負い14試合出場・1得点、ケガで最後の四試合を欠場したが、

それ以外はすべて先発出場である点で、藤田の実績を上回る。

たしかにジェフやアンクラスは順位が下にあるが、

例のベストイレブンの選考をふまえれば、考慮に値しない。

 

 

時間の無駄だ、成歩堂。

猶本も山田も、他を圧倒する成績は残せていない。

異論はあるにせよ、受賞は妥当だ。

アンチレッズの私怨を、公の場でぶちまけるなど、

女子サッカーの価値を損なうだけと気づきたまえ。

 

 

オマエほどの利口者でも、まだ争点を理解できないらしい。

なら、今季のレッズの若手選手の得点を比較しよう。

 

熊谷紗希 6点

後藤三知 4点

岸川奈津希 1点

藤田のぞみ 1点

 

DFである熊谷の大活躍が目を引くが、受賞者は1得点の藤田。

どう見ても不自然だ。

 

 

しつこい奴だ……サッカー選手としての活動は、

客観的な数値だけでは校量できない。

パス、ドリブル、ディフェンス、一つ一つのプレーについて、

主観的な評価を交えながら、序列が決定するのだ。

そんなことは常識だろう!

 

 

モチロン、常識だ。

そして、その「主観的な評価」がどこから来たのか、

浦和レッズサポーターのブログに見て取ることができる。

 

歳を重ねると、どうしても自由を与える立場になってしまうもので、

やはり天才が光り輝くのは若手のうちかもしれない。

この試合にはそういう選手が2人いて、

1人はベレーザの岩淵で、もう1人は浦和の藤田だった。

そして、今日いちばん光り輝いたのが藤田だった。

 

fs氏のブログ『football smile』

 

もう分かったろう。

レッズサポーターにとって、藤田のぞみという選手は、

ベレーザの岩渕真奈の対抗馬なのだ。

実際にどちらが上か下か、それとも同格かは知らないが、

とにかく「上であってほしい」という願望を彼らは抱いている。

それに別のブログで、岩渕への嫉妬に基づく的外れな非難があったのは、

先月の記事に書かれている通り。

またリーグ運営者が、「ライバル関係」を演出しようと画策してもおかしくない。

 

 

またシロウトのブログを勝手に引用するとは……。

そんなだから、フーリガンから「キチガイ」とコメントされるんだ!

 

 

アンタ、キチガイだったッスか!

それは知らなかったッス!

アンタがクリスマスを一人で過したのも納得ッス!

 

 

……ボクのクリスマスの過し方は、ともかく。

この事件の真犯人は、岩渕真奈その人だ!

彼女への醜い嫉妬が、不自然な選考を導いた。

存在そのものが、罪作りな少女だから。

さて、弁護側の陳述は以上です。

いかがですか、裁判長!?

 

 

(はやく帰って、チキン食べたいなあ……)


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アマゾンレビューでレッツパーティ!

 

 

 

ジンジン ジングルベル めっり~くり~すまっす♪

佐々木希サンタが街にやってくる!

あらゆる年中行事を無視する当ブログだけど、クリスマスとなれば話は別。

森高千里のカヴァーであるクリスマスソング、

『ジン ジン ジングルベル feat.Pentaphonic』でレッツパーティ!

 

 

スンマセンでした……。

お聞き苦しいものを紹介してしまって……。

 

 

 

 

 

佐々木希の歌唱力は、糠味噌が腐敗しかねない水準にある。

女のくせに声に潤いがなく、情の薄さを如実にあらわす。

天は二物を与えずというが、まさにその典型。

「外見」のパラメータだけが突出していて、

二番目になにが続くのか、ファンですら思い浮ばないのが恐ろしい。

 

 

ヒップホップ・アーティスト「MCのぞみん」誕生?

原曲だって別に高尚なものじゃないが、

EAST END×YURI風のブッキラボーなラップを継ぎ足したせいで、

いまや一男一女の母・江口千里も激怒しそうな仕上がりに。

感情表現が乏しい人だから、読経というか、変な呪文を唱えてるみたい。

聖なる夜なのに、呪われそう。

 

 

グレる前の中学時代まで新体操をやってたから、ダンスは筋がよい。

しかし、Perfumeなら0.1秒で覚えられる単純な振付なのに、

PVで踊るのぞみんはヨロヨロと頼りなげ。

練習するヒマもないのかな。

 

 

 

 

 

世間の評判を調べるため、おそるおそる『Amazon.co.jp』を開いてみる。

 

「勘弁してくれ…」

 

職場の有線でこの曲がかかる度に吐き気を催す。

歌はもうどうしようもないぐらい下手。

おまけに曲も単調この上ない。

冗談抜きでこれを買う人の感性を疑う。

 

MIZUさんのレビュー

 

ワタクシこれでも佐々木希ファンですが、反論はありません。

おっしゃる通りでございます。

それでも、この曲嫌いじゃないけど。

なので、「このレビューは参考になりましたか?」で、

「はい」のボタンを押したレビューも引用。

 

「良いじゃん」

 

PVだけで満点です。

可愛くってたまりません・・・

文句あっかって感じです。

 

luckyciderさんのレビュー

 

究極の一言、「文句あっか」。

この人わかってるなぁ~。

ファンは彼女のそういう覚悟が好きなんだよね。

他人の評価を気にしてなさそうなところが。

で、批判する人間に対しては、「文句あっか」。

それで良いじゃん?

 

 

 

 

 

アマゾンのレビューを読むのは楽しい。

お次は「ケータイの歌姫」西野カナの、『会いたくて 会いたくて』のページに飛ぼう。

62件も投稿されており、「おすすめ度」は星2.5個、つまり賛否両論。

 

「そんなに会いたいの?」

 

会いたい会いたい五月蝿い。

行方不明なの?

捜索願い出したほうが早いんじゃね?

と、思ってしまう歌詞だな。

 

ステカセキングさんのレビュー

 

 

「会いたい会いたい言ってるけど」

 

どうせ西野カナみたいなタイプって

3日も経てば新しい男に乗り換えるんでしょ??

共感するとか言ってる女も然り。

 

豊田直人さんのレビュー

 

みなさん辛辣ですねえ。

替え歌の形式をとったレビューまであります。

 

「呑みたくて呑みたくて」

 

震える

酒想うほど 喉渇いて

もう一杯呑ませてくれたら…

 

トム・アンダーソンさんのレビュー

 

震えるほど禁断症状が出るとは心配だ。

CDの有効活用法を教えてくれる人も。

 

「素晴らしいの一言」

 

祖父母の畑をカラスに荒らされるので購入。

畑にぶら下げたらカラスが来なくなり、本当に助かりました。

 

市川ロブスター蔵さんのレビュー

 

親切な利用者ばかりで、とても役立つサイトです。

女子高生とおぼしきファンが、負けじと擁護しているけれど、

いかにも若いという印象で、紹介したくなるレビューはなかったな。

「文句あっか!」、その一言でいいのにね。

 

 

 

 

 

アマゾンに投稿したところで、一円の得にもならないが、

みな智恵をしぼってレビューを書き、ワイワイ楽しんでいる。

つまりインターネットが、巨大なパーティ会場なのだ!

人の褌で相撲を取ってばかりもなんなので、

ボクも女子高生をターゲットとする歌詞を書いてみた。

替え歌は難しいので、完全新作です。

 

「I miss you」

 

携帯みると メールの着信

会えない辛さで 胸が切ない

キミ思うたび 待受画面をみる

好きだよ 今すぐ会いたい

 

会わない会いたい会う会うとき会えば会え

ワ行五段活用の夜

 

作詞:犬塚ケン

 

いかがでしょう?

カナやん、新曲に採用してくれてもいいですよ!

 

 

 

 


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エドガー・ドガ、無限の負債

 

『バレエの授業』(1973-76年)

 

オペラ座の稽古場。

隅角へのびる視線上に、ダンス教師ジュール・ペローが、

杖によりながらも堂々とたつ。

えも言われぬ調和を感じさせる作品だ。

ドガは、踊り子の絵を大量にのこしたことで知られる。

性的関心も勿論あつたろうが、むしろ藝術家としての自分を、

可憐な舞姫たちに重ねていたとおもえる。

下層階級にうまれても、もちまえの才能を日々の修練でみがけば、

ワタシだつてスタアになれるかもしれない!

 

『エトワール』(1976-77年)

 

フットライトにうかぶ踊り子。

爪先立ちのパステルが、紙面で華麗なピルエットをきめる。

でも絵画の鑑賞者は、つい舞台袖をみてしまう。

エトワールを注視する、黒の装いの男がいる。

おそらく庇護者、有体にいうなら愛人だろう。

華やかなバレエの世界も裏側では、

娼婦のそれと変らないことを示唆する、皮肉屋ドガの真骨頂だ。

とはいえ、かれらを倫理的に断罪する、冷酷さは感じない。

画家の目はやさしい。

熱心に踊り子をささえる、この男は何者なのか?

 

 

 

 

『美術館訪問』(1879-90年頃)

 

ドガは気難しく、生涯独身で、友人との軋轢も絶えなかつたそうで、

女友達はなおのこと少ないが、アメリカ人メアリー・カサットは例外に属する。

友人というより、同志だつたのかな。

自分に心酔する十歳年下の、異邦の画家。

踊り子よりたやすく支配できたろうが、ドガはカサットを親身に応援し、

女流画家など稀な時代ながら、印象派展に推挙した。

ルーヴル美術館で、自信にみちた姿勢をとるカサットは、

まるでオペラ座のエトワールの様にみえる。

 

『東洋風の花瓶の前の女性』(1872年)

 

この肖像画のモデルは、弟の妻エステル・ミュソン、

またはエステルの姉であるデジレという可能性がたかい。

ドガはデジレに恋愛感情をいだいていたと言われるが、

作品から浮わついた気分はすこしも伝わらない。

よそよそしい。

むしろ画家の意識は、花と花瓶の造形に集中する。

ドガにとつて、女とイチャイチャすることは退屈で、

背景の一部くらいにしか思つていなかつた。

 

 

 

 

『長衣を着た女性の後ろ姿(『セミラミス』のための習作)』(1860-62年)

 

二十代でいどむも、結局完成できなかつた大作、

『バビロンを建設するセミラミス』のためのデッサン。

縮小した画像ではわかりづらいけれど、

根気づよく描きこまれた衣紋に、横浜美術館で圧倒された!

ダ・ヴィンチの技量に引けを取らないといえるし、

「若者よ、線を描きなさい」というアングルの助言を、

忠実にまもつているのも殊勝な心がけだ。

アカデミズムに反旗をひるがえす、「印象派」の中心人物であるドガの画風は、

その実、ひたすら完璧をめざす「古典派」だつた。

「外光」や「色彩」なんかより、「線」や「形」が重要だつた。

カンヴァスに絵具をぶちまける様な、モネの絵はそれはそれで面白いが、

子供のラクガキとどう違うのか、説明するのに困ることもある。

 

『浴後(身体を拭く裸婦)』(1896年頃)

 

空花さんのブログ『海と空と花』に、この作品についての興味深い記事があります。

ボクは鈍感なので、スタスタ通りすぎたのを反省させられた。

晩年、ほとんど目のみえなくなつたドガは、

暗くて孤独な密室にこもり、裸の女ばかり描いていた。

似通つた絵ばかりでつまらないけれど、

目をこらして観察すれば、みえてくる物があるのだろう。

 

『身体を拭く裸婦』(1896年)

 

デッサンがわりの写真。

ドガが撮影したという證拠はないらしいが、

モデルにこんな異様な姿勢をとらせる写真家は、他にいない。

可動式のフィギュアで遊んでいるみたいだ。

 

『踊り子、左足で立つ第四ポジション』(1883-1911年[1921-31年鋳造])

 

これはブロンズで鋳造したものだが、ドガの死後、

アトリエで百五十点もの蝋彫刻がみつかつた。

展示する意図は毛頭ない「作品」群。

絵画のための習作でもあるが、ほとんど趣味の領域にある。

とにかく「形」が好きでたまらず、視力が衰えてからは、

手で「形」に触れられることが、画家を喜ばせたはず。

 

『水を飲む馬』(1867-1868年[1921-31年鋳造])

 

馬の彫刻もたくさん。

ドガにとつて、女と馬はおなじ価値をもつ。

その「形」のうつくしさが、彼をひきつける。

また、競馬場をえがく絵画が多いのは、

競走馬のひたむきさに共感したからでもある。

彼自身が、藝術というダートを一心不乱に駆けめぐる、

誇り高き名馬だつたから。

 

 

 

 

『ロレンソ・パガンとオーギュスト・ド・ガス』(1871-72年)

 

右で音楽に聞きいるのが、銀行家のオーギュスト・ド・ガス、つまりドガの父。

レコードなどない時代、家で音楽をききたいときは、歌手をまねいた。

こんなに和やかな「父の肖像画」は、はじめてみた。

ドガは、オーギュスト単独の肖像画を描いていないから、

これは画家にとつて真に大切な作品だということ。

そう、例の舞台袖の男は、父オーギュストその人だつた。

法律の道をすて、絵筆をとつた息子など、勘当されてもおかしくないが、

オーギュストは無条件の支援をおしまず、教養ゆたかな助言まであたえた。

ドガは二十年ちかく、金の心配をせず藝術にうちこんだ。

先輩に媚びたり、流行におもねる必要はなかつた。

サロン(官展)に初出品したのは1865年、すでに三十歳をこえていた!

言葉に到底つくせぬほどの感謝をしただろう。

だからドガが藝術家として、完璧であろうとしたのは当然だ。

それ以外に、恩返しの手段はないから。

歌手がもつギターには、おそろしく精密な筆致がみてとれる。

音楽の様に理想的で、屹立した美をめざす、画家の魂がそこにある。


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『トロン:レガシー』

 

トロン:レガシー

Tron: Legacy

 

出演:ギャレット・ヘドランド ジェフ・ブリッジズ オリヴィア・ワイルド

監督:ジョセフ・コシンスキー

制作:アメリカ 2010年

[新宿バルト9で鑑賞]

 

 

 

 

 

二十年まえ。

謎めいた笑みをのこし、父ケヴィンは消えた。

 

(前作にも出演したブルース・ボックスライトナー)

 

ある日、共同経営者の失踪後も会社にのこつたアランは、

ふるぼけた携帯機器をケヴィンの息子にみせる。

なんとポケベルを二十年間、肌身はなさず持ち歩いていた。

それが唯一の、親友との連絡手段だから。

 

 

発信元のゲームセンターを、息子のサムがおとづれる。

幼いころの、父との遊び場。

 

 

父が開発したゲーム『トロン』も、まだ稼働する。

ボクはいわゆる3D映画つてのを初めてみたが、

三十分ものあいだ、ほとんど何も飛び出さないし、奥行きもない。

メガネの上にメガネをかさね、重みで鼻が痛む。

だから3Dなんてイヤだつたんだ!

 

 

 

 

 

いきなりゲームの世界にとりこまれたサム・フリン。

こ、これが最先端の立体映像か。

目がつかれるし、違和感はぬぐえない。

でも、コンピュータ・プログラムの中にはいつた経験はないから、

これはこういう物と認めた方がよいのかな。

 

 

はやくも父と対面。

と思いきや、この男は「クルー」というプログラムで、

一分の隙もなく世界を統御する独裁者だつた。

 

 

本当の父は、辺境のアジトにひそむ。

 

 

「クオラ」という女と暮しながら。

 

 

プログラムでなく人間である證拠に、歳月が顔に刻まれている。

感動の再会と言いたいが、のつぴきならぬ事情があるにしても、

忽然と消えた父が、若い女とよろしくやつてるのを見れば、心境は複雑。

 

 

 

 

 

このクオラさん、ルイーズ・ブルックス風のおかつぱが、

サイレント時代のハリウッド映画を強烈に想起させつつ、

アシンメトリーなカットで、メビウスの輪を近未来へつなぐ。

 

 

蛍光がまぶしいスーツでの殺陣もステキだし、

ただのプログラムのくせに性格はお茶目で、すつかり惚れこんだ。

 

 

たとえば、私が一番気に入っているシーンも、

ちょっと居心地の悪い家族の夕食のシーンなのよ。

どんな人だって、ちょっと気まずい家族との夕食を経験したことがあるはずでしょ。

耳に入ってくるのは食器の触れあう音だけのね。

この驚異的なビジョンを描いた作品の中にこういうシーンが描かれていることで、

映画全体にしっかりとしたテーマが根付いているのよ。

 

オリヴィア・ワイルドへのインタビュー(映画プログラム)

 

 

クオラさんは、外の世界に興味津々。

本が大好きで、トルストイやドストエフスキーは勿論、

仏教書や『易経』まで読破している。

でも一番の愛読書は、ジュール・ヴェルヌだつたり。

なんて奥ゆかしいプログラムなんだ!

伝説となつた原作の『トロン』から二十八年。

映画界はCG屋に支配され、一方でゲームが映画なみに進化し、

まるでポケベルみたいに、映画藝術は過去の遺物とみなされている。

しかし、あらゆる人間のアナログな情熱をペロリと飲みこむ、

映画という媒体がもつ貪欲さは、やはり特異なもの。

 

 

 

 

 

ところで、気づいた人はいるでせうか?

独裁者クルー、皺のない方のジェフ・ブリッジズを演じたのが、

生身のブリッジズでなく、コンピュータ・プログラムだということを。

いつも映画通ぶつてるワタクシですが、すつかり騙されました!

てつきり役者を撮影した画像を、コンピュータで若返らせたのかと。

とはいえ、五十二箇所にマーキングしたマスクをかぶせ、

ブリッジズ本人の表情のデータをそのまま拾つているわけで、

「CGか、現実か」を何をもつて判定すべきかわからない。

 

 

この画像は、肌の質感が不自然にみえるかな。

「不自然」もなにも、役柄自体がプログラムだけど。

あれほど強く、絶対にかなわないと思つていた父親は、年ごとに衰える。

でも内面にすむ父の像は、何年たつても変ることはなく、

いつか乗り越えるべき相手として、男は心のなかで戦いつづける。

実にするどく、男子の泣きどころを突く作品だ!

 

 

左から、主演のヘドランド、前作の監督リズバーガー、

前作で主役をつとめたブリッジズ、新作の監督コシンスキー。

ジョセフ・コシンスキーは、コロンビア大学で建築をまなんだとかで、

助教授の肩書きをもつており、CMディレクターとして活躍したのち、

初監督ながら『トロン:レガシー』という傑作をつくつた。

しかもこの男前ぶりで、まだ三十六歳の若さ。

嫉妬をおさえるのは不可能なエリート街道をゆく人物だけど、それでもこの写真はよい。

はやすぎた預言書『トロン』は、興行的に失敗したそうだが、

「活動屋」の魂が受け継がれているのがわかり、泣けてくる。

 

 

 

 

 

反転した重力のもとでの戦い。

逆さにすれば普通の絵だけど、3DだCGだ異世界だと圧倒されているので、

こういう単純なトリックが案外おもしろかつたりする。

 

 

編隊をなす「ライト・サイクル」。

 

 

ただひたすら、興奮しますね。

 

 

空戦もたつぷり見せてくれます。

艦隊戦もあれば「陸海空」制覇なのに惜しい。

続篇に期待しよう。

 

 

本作に音楽をつけたのは、フランスのエレクトロアーティストであるダフト・パンク。

元来は顔出しNGの彼らが、なぜかカメオ出演しているのだが、

クラブDJロボット(?)の役なので、まつたく違和感なし!

ていうか、そのままじゃん。

そこかしこで感じられる、遊び心がたまらない。

 

 

三十過ぎて、「ゲームの世界にはいつてバトル」なんて話に熱をあげ、

いつまでもガキだからオレはダメなんだと思わずにいられないが、

まあ男の人生つてのは、そういうものかもしれない。

女性の観客を排除するつもりは、ありませんけどね。


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U-20ワールドカップ 岩渕真奈の孤軍奮闘

『FIFA.com』

 

2010 FIFA U-20女子ワールドカップ

 

開催国:ドイツ

会期:7月13日~8月1日

優勝:ドイツ

得点王:アレクサンドラ・ポップ (ドイツ)

最優秀選手:アレクサンドラ・ポップ (ドイツ)

日本の成績:グループ戦で敗退 (1勝1敗1分・勝点4)

 

 

 

ドイツ南部の町アウクスブルクの温度計が、三十三度をさす。

七月の温気で、芝生はジリジリ熱をおびる。

グループCの緒戦は、メキシコが相手だ。

 

 

記念撮影をおこなう日本代表の十一人。

身長がもつとも高いのは、右上のゴールキーパー山根恵里奈(187cm)。

身長と年齢がもつとも低いのは、

左下の背番号10・岩渕真奈(153cm/1993年3月18日うまれ)。

主将は、背番号5・熊谷紗希。

 

 

優勝を目標として大会にのぞんだ日本は、側背から決壊した。

糸をひく様に繊細なドリブルをみせる、左バックの小原由梨愛が、

早々に弱点と判明し、ステファニー・マヨルに狙い撃ちされる。

戦術的欠陥の原因を、オシャベリな青嶋達也アナウンサーが、

はからずも実況中継の中でうちあけた。

 

佐々木監督は、世界との戦いを意識して、普段ディフェンスが本職のプレイヤーより、

攻撃的な選手をえらんだ方が、自分たちなりのチームがつくれると言つてました。

(概略)

 

司令官の慢心は、小林海咲などのディフェンダーが負傷欠場したため、

はやくもみづからの墓穴を完成させた。

日本代表を指揮することは、アンタの趣味道楽ではない!

青嶋アナは、なんと39分まで(!)布陣をつかめず混乱するが、

脳裏に図形をえがく能力の無さはともかく、イカレた采配の被害者でもある。

 

 

試合終了まで、2分12秒。

メキシコの守備組織は水も漏らさない。

それでも背番号10は、石垣に爪をたてる。

かすかな綻びが、見つかるかも。

 

 

一閃。

ゆれるゴールネット。

 

 

めづらしく右手を突き上げる。

仕種で感情をあらわさない人なのに。

より正確にいうと、思つていることがすべて顔にでるので、

大袈裟な身ぶりをする必要がないからだけど。

 

 

 

 

 

とおく日本でボクは仰天したものだが、

佐々木はつづくナイジェリア戦を、前節とおなじ布陣でいどんだ。

色白の左バックは、二試合の五失点すべての直接的原因をつくらされた。

なんという無為無策!

 

 

アフリカのサッカーをかたるとき、なにかと「身体能力の差」が言及される。

その弁には人種差別の臭気がただよう。

アフリカ人はアタマが悪いのに、恵まれたカラダだけで戦うからズルイつて?

身の程しらずの発言はつつしむべきだ。

人口における愚者の比率で、日本がアフリカを下回るとはおもえない。

さて、当事者も観戦者も、「なすすべなく敗れた」と回顧するナイジェリア戦だが、

一応ここで統計データもみておこう。

ボール所持率は「50%」、シュート数は「15-13」、

被ファウル数は「13-4」、コーナーキック数は「7-4」。

所詮は勝敗にかかわらぬ数字だが、客観的にふりかえる際に役だつ。

 

 

61分、点差は「2」のまま。

中島依美のあげたクロスは、ゴールキーパーへの貢ぎ物になる。

 

 

貪欲なゴール泥棒がねらつていなければ、だけど。

 

 

腰高なナイジェリア女の股ぐらをぶち抜く。

「身体能力の差」が如実にあらわれた。

 

 

一点差。

 

 

腰に手をそえ、上半身をささえるぶっちー。

当然、疲れている。

それでも足を止めるわけにゆかない。

 

 

追加時間も、のこり数十秒。

このまま終れば、グループ戦での敗退はほぼ決り。

前節の「イワブチマナ」(ナイジェリア風の名前らしい)を見たから、

敵軍は中距離からのシュートを警戒している。

 

 

ひらりとかわす闘牛士。

絶体絶命の危地にあつて、だれよりも冷静沈着。

天賦の才としか言い様がない。

 

 

邪魔者を消した童顔の殺し屋が、右足をふりあげる。

 

 

奥にいたオシナチ・オハレの褐色の足にあたり、わづかに枠をはづした。

身体能力の差が、今度は裏目にでる。

 

 

 

 

 

得点のたびに踊りくるう、ナイジェリアの娘たち。

彼女たちはつねに全身で、感情をあらわす。

喜びも、悲しみも。

 

 

陽気なダンスに、そばにいた白人女も苦笑い。

ボクは人種差別はきらいだが、他者への敬意を欠くふるまいが、

みづからへの軽侮として帰つてくることもある、とは思う。

 

 

笛の音が、インパルス・アレーナをきりさく。

結果を受け入れられず、悄然とたちつくす敗者。

長い足で自重をささえきれず、くづれおちる勝者。

より敵を恐れ、心身ともに憔悴し、追いつめられていたのは、ナイジェリアだ。

なお、第三戦のイングランドとの試合は日本が勝つたが、ここでは詳述しない。

「勝点3の敗戦」なんて、かなしすぎるから。

ただ試合終了後の一枚の写真を、掲載させてもらおう。

 

 

ほら、ね。

気持ちがすべて、顔に出ているでせう?

この画像につけ加えるべき一言は、思い浮かばない。

なので岩渕真奈自身の言葉をかりる。

 

でも、今回の大会では、言い方は悪いですがホント、

なにも得られなかったし、なにも残っていない気がします。

負けても今後に生かせることはあるのでしょうけど、

なんだろ……私、そうは言いたくないんです。

だって、勝つことでも次に生かせられるわけですよね?

 

『週刊サッカーダイジェスト』8月17日号

取材・構成:早草紀子

 

あれから、もう五か月。

彼女のセリフに微塵も嘘がなかつたのを、ボクらはしつている。






以上の記事は、「清川村選抜」さんから頂いたDVDをもとに書きました。

末尾で失礼ながら、感謝いたします。


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テーマ : 岩渕真奈
ジャンル : スポーツ

タグ: 岩渕真奈 

火中の栗

 

 

 

 

なにを揉んでるかはともかく、駐日アメリカ大使だつたモンデールの発言を、

孫崎享『日本人のための戦略的思考入門』(祥伝社新書)という本でしつた。

 

ウォルター・モンデール大使は、

誰が島(尖閣諸島)を領有しているかについては、

米国は立場をとらないと指摘した。

さらに、米軍は条約(安保条約)によって島をめぐる紛争に

介入を義務づけられるものでないと述べた。

 

『ニューヨーク・タイムズ』1996年9月16日付

 

へえ、人騒がせな大使さまもいたもんだ!

米国の立場は、尖閣諸島は日本の管轄地で安全保障条約の対象だが、

しかし領有権については、日支いづれの側にもつかないというもの。

要するに、「火中の栗は拾わないよ」という話。

日本政府がこの見解に異論をとなえた形跡はなく、むしろ積極的に支持した。

だめじゃん、日本。

ほかにも「北方領土は安保条約の対象外(1960年にはソ連の管轄地だつた)」とか、

「米国はいつの間にか竹島を韓国領と位置づけていた」とか、

「普天間の資産価値は在日米軍基地全体の1/20以下で、

そのために残りの19/20を犠牲にはしない」とか、もと外交官の著者におそわつた。

ちなみにボクの時事問題についての理解は、日本人の平均値程度だとおもう。

(岩渕真奈や百合漫画やアダルトビデオは、そこそこ詳しい)

でも全然しらなかつたな。

アメリカさまは、ひたすら忠実に日本を守る騎士だとおもつていた。

 

 

 

 

 

とてもわかりやすい図解ですね。

敵国の七八割を破壊する能力をたがいに持ちあうことで、

先制攻撃をしないことを確約する、「相互確証破壊」の概念。

「戦略」とよぶほど高尚には見えないけれど……。

ジャンケンよりはるかに退屈な大人のゲームを、両国は遊んでいる。

われらの出る幕などない。

米国は日本との関係より、支那との軍事的衝突をさけることを優先する。

なら日本が核兵器をもてば?

どうぞ御随意に。

ただ、中原を焦土にかえるだけの能力がないかぎり、

逆に東京などが灰燼に帰すリスクが高まりますが、その覚悟はおありですか?

 

 

 

 

『DEFCON』(Introversion Software)

 

吉田茂から福田恆存まで、日米一体派の論法は一貫する。

「強いものにつくことが、日本の生きる道」。

ゆるぎない信仰だ。

ならば支那のGDPが米国を抜き、軍事費も最高水準に達したら、

その瞬間に手のひらを返すつもりなのか。

なんという不節操!

ヴィジョンなき信心バカに、国家の舵取りをゆだねたのが、すなわち日本の戦後。

この世に無謬の意見などないが、ひとつだけ真実らしきものがある。

「このんで、火中の栗を拾うものはいない」。

人々は安全地帯で国を憂い、ちつぽけな島のことで悲憤慷慨し、

ひと月もたたぬうち飽きては、酒癖のわるい歌舞伎役者の噂に興じたりする。





日本人のための戦略的思考入門――日米同盟を超えて(祥伝社新書210)日本人のための戦略的思考入門――日米同盟を超えて(祥伝社新書210)
(2010/09/01)
孫崎 享

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テーマ : 国防・軍事
ジャンル : 政治・経済

百合色に染まる街 ―― 水谷フーカ『この靴しりませんか?』

 

この靴しりませんか?

 

作者:水谷フーカ

発行:芳文社 2010年

[まんがタイムKRコミックス つぼみシリーズ]

 

 

 

短篇集の巻頭をかざるのが、表題作の「この靴しりませんか?」。

歯科医院から帰ろうとしたら、玄関にある靴は、

きたない自分のスニーカーと、お花のついた可憐なのが片方づつ。

だれかに履き間違えられた。

しかたなく千晶は、ちぐはぐな足もとで帰宅する。

 

 

女のくせに靴を一足しかもつてないので大いに弱り、

院内にこんな指名手配のポスターまで貼つた。

でも、はた迷惑だけど、似合わない左の靴をはいていると、

顔も知らぬウッカリ娘に対し、片思いめいた感情がめばえる。

そう、これは「シンデレラ」を下敷きにした物語。

 

 

治療の最終日に、ついに灰かぶり姫をみつける。

現実世界に、白馬の王子さまはいない。

それなら自分が王子の役を演じれば、おとぎ話の主人公になれる。

 

 

 

 

 

「オオカミの憂鬱」は、エレベーターガール桜井さんのお話。

凛々しい美貌は、百貨店の隠れた名物になつている。

本人も女の子が大好物で、

数平方メートルを笑顔で支配し、たくみに人心を収攬する。

ボクはむかしからエレガが苦手なので、

舞台設定の卓抜さにおもわず膝をうつた。

 

 

ゴスロリ服の赤頭巾ちやんが、狼のまつ密室におびきよせられる。

ものうげな瞳。

残念ながら、知り合いにゴスロリ趣味の御婦人はいないが、

彼女らは、童話の世界で生きたいという願望をもつのだろうか。

 

 

はてさて、現代の赤頭巾ちやんは狼に食われるのか?

それとも?

 

 

 

 

 

小劇団の人間関係をえがく「雪のお姫さま」は、「雪の女王」を題材とする。

黒髪がうつくしい看板女優の河合マナは、

実力はあるが協調性が皆無で、ほかの団員から疎まれている。

しかし百合の魔法が、胸の奥の氷をとかす。

作者は演劇にかゝわつた経験があるそうで、

舞台人の性行がリアルに描けていて、たのしい。

 

 

水谷フーカは、すでに五冊の単行本をだしている作家だが、

後記によると、百合漫画を手がけるのは初めてだとか。

別にこの分野は、変態性欲の垂れ流しではない。

いつもの持論を書かせてもらうと、百合漫画とは、

もつとも純粋な愛の形を、紙の上にあらわす営みだ。

純粋だからこそ、排他的で残酷だし、それに絵空ごとでもある。

童話がつねに、そうである様に。

いにしえより伝わる物語の素子が、いま、ここで、劇的に炸裂する。

 

 

 

 

 

歯科医院のまえで、シンデレラをまつ王子さま。

この日も不揃いの靴で。

ときめきのプリズムをとおすと、みなれた往来も、

むかし夢中になつた絵本みたいに、いとおしい。

街はゆるやかに、百合色にそまつてゆく。





この靴しりませんか? (まんがタイムKRコミックス つぼみシリーズ)この靴しりませんか? (まんがタイムKRコミックス つぼみシリーズ)
(2010/10/12)
水谷 フーカ

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テーマ : 百合漫画
ジャンル : アニメ・コミック

タグ: 百合 

『ロビン・フッド』

 

ロビン・フッド

Robin Hood

 

出演:ラッセル・クロウ ケイト・ブランシェット マーク・ストロング オスカー・アイザック

監督:リドリー・スコット

制作:アメリカ・イギリス 2010年

[ユナイテッド・シネマとしまえんで鑑賞]

 

 

 

城をみると、胸のトキメキをおさえられない。

 

(イザベラ役のレア・セイドゥ)

 

半裸の美女をみたときより、ずつと。

城塞は、この世のなによりも秩序だつた美をほこる。

リドリー・スコット監督は、少年の心をわすれない老匠で、

中世の攻城戦をことこまかに描写してくれる。

それだけで、チケット代のもとはとれた。

 

 

城をみれば落としたくなるのが、男子というもの。

智恵と勇気をふりしぼつて。

大量破壊兵器がはびこる近代戦は、城攻めがなくて趣きを欠く。

近代のテクノロジーは、愛する祖国を守ることより、

敵を皆殺しにすることを優先しながら発展した。

最低最悪の時代に生まれたのが、無念でならない。

 

 

 

 

 

本作のロビン・フッドは、獅子心王リチャード一世のもと、

第三回十字軍にしたがつた射手とされる。

剣や銃をもつ男なら、飽きるほど撮つている大リドリー将軍だが、

弓矢という素材によろこんだか、演出も若やいでみえた。

物陰にひそみ、隙をみては飛びだし、弦をひきしぼる。

ゴテゴテと鎧や鎖帷子を着こんで、鈍重な騎士とは一味ちがう。

 

 

森にいきる男つてのもよい。

リドリー兄貴は、ながくアメリカ資本でメシを食つているが、

なにを隠そう、イングランド北東部のうまれ。

この森でカメラをまわせば、吟遊詩人の魂が呼び覚まされる。

 

 

中世の人々は、素朴な忠誠心と信仰心の持ち主だつた。

一方の権力者も、無意味に威をふるうことはない。

だれもが、自分の身の程をしつていた。

迷信深い分、自然をうやまい、動物と心をかよわせた。

たしかに生活はきびしい。

命のはかなさを理解するからこそ、きのうまでの世界を守ろうと精励した。

 

 

 

 

 

そんな中つ世への旅をたのしめる百四十八分だとよいが、

まあリドリー・スコットが、キレイゴトの映画をつくるはずもない。

英国史上最低の王とされるジョン欠地王を狂言回しに、

ドーバー海峡をこえて大風呂敷をひろげる。

十字軍の、アッコンにおける捕虜虐殺についても触れる。

女子供をふくめ、三千人の異教徒が処刑された。

 

 

そうなんだよね。

ヨーロッパ中世は、十字軍の時代でもあるんだよね。

耶蘇教徒のみなさんの悪事は、今も昔もかわりません。

行き場をうしなつた男のロマンは、どこに弓を向ければよいのだろう?


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テーマ : 映画
ジャンル : 映画

数学は美しくない ―― グレアム・ファーメロ『量子の海、ディラックの深淵』

(ブリストルにある、ディラックの生家)

 

量子の海、ディラックの深淵

天才物理学者の華々しき業績と寡黙なる生涯

The Strangest Man: The Hidden Life of Paul Dirac, Quantum Genius

 

著者:グレアム・ファーメロ (Graham Farmelo)

訳者:吉田三知世

発行:早川書房 2010年

原書発行:イギリス 2009年

 

 

 

めざましい事跡をのこす男の多くがそうである様に、

反物質の理論で知られる物理学者ポール・ディラックも、

父とのあいだに深刻な葛藤が存在した。

父チャールズは、スイスうまれの現代語教師で、

雨の多い町ブリストルで十九歳のフローレンス・ホールトンとであい、

彼女と所帯をかまえては、二男一女をなした。

尊敬をあつめる、優秀な教師だつたらしい。

しかし、家庭では暴君だつた。

次男ポールは晩年まで、生家の食堂を「拷問室」とよんだ。

食事の時間、父は母語であるフランス語だけで会話する。

息子が些細な間違いをおかすたび、きびしく責めた。

気分が悪くても食卓を離れるのを許されないので、

胃のよわいポールはすわつたまま嘔吐した。

長じてポール・ディラックは、科学者としての才能もさることながら、

あまりにもの無口さで伝説となつた。

口をきくのを嫌うあまり、セント・ジョンズ・カレッジの晩餐の席で、

塩と胡椒をまわしてくれと頼むことすらできなかつた。

科学の道をえらんだのは、父の影響から逃れる意味があつたのか。

 

 

 

 

(五歳のディラック)

 

三十一歳でノーベル物理学賞をえたディラックの天稟をしめす逸話は、

枚挙に暇がないが、ひとつだけ例をひこう。

数学や物理学の梁山泊といえるゲッティンゲンで、あるパズルが流行した。

「2」を四回だけつかい、任意の整数をつくる。

 

1=(2+2)/(2+2)

2=(2/2)+(2/2)

3=(2*2)-(2/2)

4=2+2+2-2

 

このパズル、数が大きくなると途端にむつかしくなり、

ゲッティンゲンにつどう最高の頭脳でさえ苦戦するほど。

しかしディラックが、問題を解く方程式をあつさり発見したので、

数学者をも熱中させたゲームは無用になつた。

ひたすら言葉少なに、数式の世界に生きたディラックだが、

実はその物理学には、哲学が投影されている。

十八歳のとき、アインシュタインの座右の書でもあつた、

ジョン・スチュアート・ミルの分厚い『論理学体系』を、

退屈さに耐えつつ、一語一語噛みしめて精読した。

ディラックがかいた『量子力学』は、

ボクはまだ読んでいないが、名著としていまだ珍重されている。

趣味があうのか、アインシュタインはこの本を片時も手離さず、

量子力学の難問にぶつかると、「わたしのディラックはどこかな?」とつぶやいた。

ケンブリッジの同僚では、哲学者ヴィトゲンシュタインを毛嫌いした。

「とんでもない奴だつた。絶対に話をやめないんだ」なんて悪口がおかしい。

他者への感情をあらわすのが稀なディラックだからこそ、

内心における哲学への執着が垣間見える。

 

 

 

 

(ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジのカピッツァ研究室で)

 

1956年、モスクワ大学での連続公演でディラックは黒板に、

「物理法則は数学的に美しくなければならない」とかいた。

相対性理論と量子力学の成功は、「数学的美の原理」の正しさを證明する。

どちらの理論においても数学は、古い理論の数学より「美しい」

謙虚に心をひらけば、数学は科学者の手をとり導いてくれる。

それは真実か?

 

(十一歳のときに描いた製図)

 

疑わしい、と伝記の著者はのべる。

ディラックが「数学的美の原理」を提案したのは、彼の最高の研究をなしとげた数年後。

量子力学についての先駆的な論文のなかで、美が導き手だと述べたことはない。

ハイゼンベルクが三十歳になつたばかりの頃、一つ下のディラックは、

「君も三十を越えたのだから、もはや物理学者といえないね」と嫌味をいつた。

数学はうつくしくない。

それは孤独で、陰惨な闘争だ。

画家のアトリエがよごれ、悪臭に満たされるのに似る。

神経をはりつめ、数夜を徹しての作業が、徒労に終るのは常のこと。

完璧を期した新理論が、たつた一つの実験結果に粉砕されるかもしれない。

美術や製図の授業をこのんだディラックに、ロジャー・ペンローズが、

量子力学の研究において、幾何学的な視覚化の考えかた、

たとえば射影幾何学がどう影響したか尋ねたことがある。

ディラックは首を横にふり、話をするのを拒絶した。

あの壮絶な戦いを、自分以外のだれが理解できるか。

 

 

 

 

(最後の写真の一枚)

 

十九世紀の尻尾をのこすアインシュタインより、

1902年うまれのディラックの伝記は、

二十世紀物理学という、深遠たる神話をいきいきと蘇らせる。

その栄光と、没落を。

「わたしの人生は失敗だつた」と、晩年のディラックはもらす。

アインシュタインにつぐ業績をあげた男が、幻滅におしつぶされた。

病的に無口なことで有名なディラックだが、

明瞭で謙虚な話しぶりが好まれ、なんと講演がお家藝となる。

まるで、父の跡をおう様にして。

妻に対してさえ心をひらかなかつたディラックが、

涙をながす姿をみせたのは、1955年の春の一度きり。

アインシュタインの訃報が届いたとき。

おそらくスイス出身の父の面影を、彼に重ねていたのだろう。





量子の海、ディラックの深淵――天才物理学者の華々しき業績と寡黙なる生涯量子の海、ディラックの深淵――天才物理学者の華々しき業績と寡黙なる生涯
(2010/09/24)
グレアム・ファーメロ、Graham Farmelo 他

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テーマ : 自然科学
ジャンル : 学問・文化・芸術

佐々木希、魔性の證明

「PHSってなに?」という質問にこたえるのは、もう飽きた!

えっとね……。

ケータイとは規格が違うけど、おなじ物と考えていいよ。

ただ電波が微弱なので、医療機関などでも使われてるんだ。

で、ボクが契約しているウィルコムはね……。

あのさ、自分から聞いたくせにポカーンとしないでよ!

こちとら、時流に乗りそこない続けた人生だけど、

さすがに負債総額2060億円といわれる会社に、

毎月せっせと料金を払いこむのは空しくなってきた。

ケータイ屋の前をとおるたび、例のやたら画面のデカい機種が気になる。

オレもそろそろ、iPhoneに乗り換えようかなあ。

しかし今日は、店頭に女神がいた。

 

 

 

 

WILLCOM公式サイト

 

無限にひろがる青空。

そして、世界のどんな空より清らかな笑顔。

『ハートキャッチプリキュア!』以外に一切テレビを見ない世間知らずは、

時にこういう不意打ちにあうので困る。

先週の木曜から、佐々木希がウィルコムのCMに出ているらしい。

 

 

女神さまが天空で、PHSを手にする。

はじめて、ウィルコムユーザーであることを誇りにおもった。

 

 

「だれとでも定額」なる新サービスを宣伝しているらしい。

だから計算高いイメージの、のんたんを起用したわけだ。

荒稼ぎしてるくせに、一円でも安く電話してそうだもの。

しかしこの人、どれだけCMに出れば気がすむのか。

もし彼女が不慮の事故に巻き込まれたら、日本経済は崩壊しそう。

 

 

 

 

『S-MAX』

 

宮内謙社長から、「HONEY BEE 4」を贈られる。

男からもらった、何千個目のプレゼントなのだろう?

うらやましい。

このオジサンが。

佐々木希にプレゼントを手渡しする栄誉を授かるまで、

ボクはまだ、立身出世をあきらめるわけにゆかない。

ウィルコムを解約することも出来なくなった。

「070」同士の通話は無料だから、彼女とつきあうことになったら、

他社のケータイなんて使っていられない。

悪い女と知りつつ貢ぐ、男の気持ちがはじめてわかった。

 

 

 

のんたんはブログをやってるので、発表会の様子も報告している。

料金体系をこまかく説明するあたり、さすがだ。

 

そして皆さんに伝えたいのは

これからWILLCOMを使うと他社に電話を掛けても

10分以内なら無料なんだよ!!

そしてオプション月額料980円!!!

 

びっくりだよね♪( ´θ`)ノ

 

iPhoneと二台持ちしよー♪

 

『佐々木希オフィシャルブログ』

 

なんだよ。

それでもiPhone使うのかよ。

アナタ、どんだけ小悪魔なんですか。






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『GAMER』

 

GAMER

 

出演:ジェラード・バトラー マイケル・C・ホール アンバー・ヴァレッタ

監督:ネヴェルダイン/テイラー

制作:アメリカ 2009年

[新宿武蔵野館で鑑賞]

 

 

 

筋骨隆々、アサルトライフルをかるがる振り回しながら、

ジェラード・バトラーが激戦地を突進する。

しかし銀幕には、ライフや残弾数などが表示されている。

「もうすぐセーブポイントだ」なんてセリフもとびかう。

これはゲームなのか?

 

 

そう、ゲームだ。

兵士をあやつるのは、ジャージ姿のクソガキ。

 

 

自宅で寝そべりながら、最新型のオンラインFPSをあそんでいる。

近未来のゲームは、コントローラもいらないし、

映像も超リアルだからオーサムだぜ!

 

 

リアルなのは当然で、そこで銃弾と爆風にさらされるのは、生身の人間。

ナノ細胞を脳に移植された死刑囚を、遠隔操作している。

運営会社は囚人に、三十回勝てば釈放するというエサをあたえ、

政府には収益を配分し、パンク寸前の刑務所の経費をおぎなう。

 

 

経営者のケン・キャッスル。

コイツがまた、憎たらしいんだな。

テレビ番組に出演し、世間の倫理的な批判にこたえる。

余裕綽々なのはこれまた当然、この番組のスポンサーが彼だつた。

 

 

ミュージカル仕立ての、最後の出入りの場面。

マイケル・C・ホールはブロードウェイにも立つている役者で、

無粋なアクション映画に不似合いな、洒脱なステップを披露する。

 

 

 

 

 

それにしても「近未来もの」つて、なぜ暗い展望ばかりなのだろう?

ボクらは日々、よりよい社会の実現にむけ努力しているのに。

現実と假象の境界がさだかでなく、ボクもアナタも、

背後からだれかに糸をあやつられてそうな、当世にふさわしい映像作品だ。

 

 

二人三脚の監督、ネヴェルダインとテイラーは、ロケーションにこだわる。

CGなんてクソくらえ!

バトラーの丸太みたいな腕、または広大な建造物には、迫真力がある。

巨大な駅や、刑務所や、標高2100mの石膏鉱山のなかで、

レッド・デジタル・シネマ社のシステムをうごかし、

大容量のフラッシュメモリに現実の痕跡を刻みつけた。

假想空間を描くときこそ、生々しい臭いがもとめられる。

 

 

 

 

 

近未来ものの常として、本作にも哲学的な主題がある。

ルネ・デカルト以降の近代人を悩ませる、不毛な大問題。

心と体は、別のものとしてある。

ではなぜ、心身は相互作用をおこすのか?

精神は、そして自由意思は、本来の意味で実在するのか?

ないと認めればラクだが、なかなかそうも行かない様でして。

 

 

ジェラード・バトラーは、彼なりの解答を導くことで、

「近代」という名の牢獄から抜けだした。

兵士のよき友、一瓶のウォッカを片手に。

車の燃料タンクに胃のなかのウォッカをそそぎ、エンジンをかける。

智恵、技能、そして戦術。

それらが、ヒモつきの人形劇に幕をおろす。

 

 

最後の見せ場で、ついに人形遣いのキャッスルに刃をむける。

結末は映画館で見ていただくとしよう。

イマという時代に、一対一の対戦ゲームをいどむ傑作だから。


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タグ: 近未来  刑罰 

ハンドルネーム変えました

思うところあって、名乗りを「犬塚ケン」にしました。

ちなみに実名ではないです。

でも、名字があった方が風格が出るかなって。

呼びかたはいままでと同じでも構いません。

 

別にきっかけではないけれど、ことしの六月、

岩渕真奈に紹介された場面を思い出す。

「こちらがケンさんです」と聞いたぶっちーに、

軽く吹きつつ「ケンさんですか?(笑)」と言われてしまった。

天衣無縫、思ったことがすべて態度に表れるので有名な十七歳に、

正直ちょっとムカついたけれど、でもたしかに耳で聞くと、

高倉健みたいでマヌケなんだよね。

ぶっちー、さすがです。

 

そんなことは、ともかくとして。

読者のみなさま、今後ともよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

『南総里見八犬伝』(偕成社/画:山本タカト)


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ブアイソ店員

「TULLY'S COFFEE」(伊藤園)のメインヴィジュアル

 

 

自動販売機に貼られたポスターで、黒いエプロンの女が、

腕組みしてふんぞり返つているので何事かとおもつた。

伊藤園の缶コーヒーの広告だ。

たかが喫茶店の女給風情が、なぜこんなに尊大なのか?

愛想笑いをしろとは言わないが、見下される筋合いはない。

 

 

真木よう子、千葉県の外れに生まれた二十八歳。

オレは彼女の出演作に縁がなく、役者としての力量をしらない。

やたらと上昇志向が強いだけの、エセ女優という印象があり、

気に留めつつも、ボヤボヤするうちコイツが天下をとつたらしい。

やれやれだぜ。

検證のため、そろそろ『ゆれる』を見ようかな。


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苑田 謙

苑田 謙
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