キュアブロッサムの大演説 ―― 『ハートキャッチプリキュア!』
『ハートキャッチプリキュア!』
第十七話「認めてくださいっ!私たちのプリキュア魂!!」
出演:水樹奈々 水沢史絵 川田妙子 くまいもとこ 高乃麗
脚本:井上美緒
演出:岩井隆央
作画:小島彰
アニメーション制作:東映アニメーション
放送:ABC・テレビ朝日系列 2010年5月30日
河川敷で、プリキュアふたりがデザトリアンと対峙する。
和菓子屋の正広をたすけるため。
たよりない砂漠の使徒のなかでも最弱のサソリーナが相手だから、
ラクな闘いだが、伝説の戦士プリキュアはいつも本気だ。
マリン「あたしたちは全力をつくすのみ!」
ブロッサム「はい!」
シプレ「努力に!」
コフレ「根性に!」
勇気に!
友情!
八十年代のジャンプかよ、なんてツッコミをものともせぬ勢い。
ここからブロッサムが、切々と思いをのべる。
がんばっても、認めてもらえないこともあるでしょう。
悲しいことです。
でも……
……がんばることは、無駄にはなりません!
いつかきっと、無限の力を生みだすもとになるはずです!
長ゼリフでも芯の強さをのこす、水樹奈々の演技に感動しよう。
全員「オオー!」
ひたすら純真な言葉に、見る方の顔が赤らむ。
サソリーナ「うわ、サブッ! いまどきそんな寒いこと、言わないでちょうだい!」
至極まっとうなコメントをする、砂漠の女使徒。
「さぶい」は吉本興業所属のタレント、たとえばダウンタウンが、
全国にひろめた関西弁ではないだろうか。
現代の日本人は、ひとに寒がられるのを何よりおそれる。
でもブロッサムは、すこしも動じない。
熱い心が届かないあなたは、「こころの花」が枯れているのです!
ビシッ!
よくぞ言ったり、キュアブロッサム。
涙が出そうになる。
あん?
ボクは三十四歳の独身男で、恋人もいなくて、
女児向けアニメにハマっている大バカモノだ。
でも『ハートキャッチプリキュア!』が好きなことは、恥づかしくない。
だいぶ年をとって、「こころの花」も枯れつつあるけれど、
つぼみやえりかの熱い心が痛いほど伝わるから。
ほかの視聴者はどうだろう。
まだ心が潤っている少女たちはともかく、
ボクと同様にイイ年してアニメをみている連中は。
えりかの変顔がカワイイとか、変身バンクが短くて不満だとか、
それこそ女の腐った様な感想ばかり目にする気がする。
この世は砂漠だ。
そしてキュアブロッサムこと花咲つぼみは、現代のジャンヌ・ダルクだ。
敗色濃厚な、二十一世紀の百年戦争。
オルレアンの乙女みたいに、つぼみも火刑に処されないとよいが……。
こういうことを書くと、何様かと反感を買うだろう。
オマエと女児だけがハトプリを理解できる、と言いたいのか?
そもそも、プリキュアシリーズにどれだけ詳しいのか?
アニメは苦手分野だったんじゃないのか?
なぜいつもそう上から目線なんだ?
……なんてツッコミが入ったら、答え様がない。
ボクは松本人志ではないからね。
だがしかし、「上から目線」の一体何が悪いのだろう。
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テーマ : ハートキャッチプリキュア!
ジャンル : アニメ・コミック
うつくしき失敗作 ―― 東雲水生『絶対少女アストライア』
絶対少女アストライア
作者:東雲水生
発行:一迅社 2010年
[百合姫コミックス]
名門の誉れたかい「聖アストライア女学院」に鎮座まします、ユニコーン像。
乙女の純潔の象徴でもある。
転校したばかりでまごつく一年生の小日向里都(こひなた りと)を、
黒髪の上級生がやさしく手引きする。
彼女は月見里伊織(やまなし いおり)。
生徒会書記をつとめる二年生だ。
ふたりは寮で部屋を共にすることに。
プチプチと、むかしのフランス陸軍風の制服を脱ぎはじめる伊織。
ここまでの推移は、百合漫画の定型そのもの。
伊織と同室という幸運を妬まれ、崇拝者たちにイジメられる。
名もない脇役の髪型まで凝つていて楽しい。
こちらは生徒会会長の桐生院椿(きりゅういん つばき)。
男まさりの立ち居振舞いで、絶大な人気をほこる。
全寮制の高校を舞台とする百合漫画の約束ごとを、
ことごとく忠実にまもつていて、百合ファンなら安心して読めるが、
少々見飽きた風景といえなくもない。
生徒総会で、突如クーデターをおこす伊織。
百合漫画のヒロインが、処女性にこだわる時代錯誤を否定し、
なんと学院の「共学化」まで要求する!
閉じた世界で、美少女が乳繰りあうファンタジーを、一撃のもとに粉砕した。
里都に対し、「きみは敵だ」とつめたく言い放つ。
『絶対少女アストライア』は、百合であつて百合ではない。
この世でもつとも純粋な愛を志向するのが百合漫画だが、
そんな「愛」はあまりに排他的で、不自然な営為だとわかる。
うつくしい愛をすてても、権力をもとめ、政治で手をよごす新生徒会会長。
無論、ひとりで革命はおこせない。
理事会内部で糸をたぐる黒幕の存在が、物語を複雑なあじわいにする。
相川七瀬なら、「夢みる少女ぢやいられない!」と叫ぶところだ。
処女にしか気をゆるさない一角獣の角を切断する、
この文化祭の顛末を山場にして、革命のドラマは幕をとじる。
作者も認めているが、尻切れトンボな一冊だ。
八ページの描き下ろしのほかに、カバー裏までつかつて、
あれも描きたかつた、これも描きたかつたと無念の思いをつづる。
ボクも読みたかつた!
どうも掲載誌『百合姫S』が、母屋の『百合姫』に統合されるアオリをくい、
単に編集部の都合により、四話で終らせたらしい。
百合という流派は名作を量産しているわりに、長篇がすくない。
パッと思いつくかぎりでは、森永みるく『GIRL FRIENDS』全五巻、
志村貴子『青い花』既刊五巻(これは未読)、袴田めら『最後の制服』全三巻、
三国ハヂメ『極上ドロップス』全三巻などを挙げられる。
でも結末まで堂々描ききつたのは、『最後の制服』くらいではないか?
百合という幻想は、長続きしない。
「威厳ある大作」という姿が、そもそも似合わない。
だから夢みる少女たちが、現実とたたかう『絶対少女アストライア』で、
作者の企てが宙吊りになつたのは、かえすがえすも惜しい。
因習を打ち破ることのむつかしさを、皮肉な形でおしえる作品だ。
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宮本茂、迷宮化する世界で
『ゼルダの伝説 時のオカリナ』(任天堂)
京王バスにのり、北多摩の大地をかけぬける。
秋風にまう落葉をふみしめながら。
「バルビゾンからの贈りもの」という展覧会が目あてだ。
府中市美術館は、近代日本の風景画をおほく揃えていて、
ミレーらバルビゾン派の作品と、自館のコレクションを並列することで、
あらたに武蔵野の風景美を浮かびあがらせるという、興味のひかれる試み。
府中の森公園にたどりつく。
すこし昂揚しているのは、いつもと心構えがちがうから。
任天堂の宮本茂におそわつた、絵画の楽しみかたをテストプレイしたくて。
「社長が訊く」は、外様の社長である岩田聡が、
手放しで部下を褒めまくる、いささか不健全な企画とはいえ、
ミヤホンの思考回路を文章にした功績は、のちに称えられるだろう。
『じぶんでつくる ニンテンドーDS ガイド』についての座談会で、
美術好きだという宮本はこうかたる。
僕は美術館の音声ガイドはよく利用するほうで、
あれを使うのと使わないのとでは、
美術館に行ったときの価値が4倍くらい違うと思っているんです。
よ、四倍!?
そんなバカな!
ボクはおそれおののいた。
音声ガイドを耳につけて美術館をうろつくなんて、
「自分は無教養です」とふれまわるのと同じだとおもつていた。
一度もためすことなく。
だが体裁を気にして、有用な武器を手にとらなかつたら、男の名がすたる。
美術館は、むやみに緊張をしいる密室だ。
五感のうち四つを封印され、ただ視覚だけが支配する。
そしてあの、おそるべきバアサンたち!
口をとじると死んでしまうのか?
絵画を評する語彙が「写真みたいね」しかないなら、黙つていればよいものを!
なのでイヤホンは、有効な属性防御になる。
また、解説文にチラチラ目をやりつつ歩くと、いちじるしく集中力がそがれる。
でも絵だけみていると、情報不足に。
聴覚という鍵をつかつて、隠し扉のむこうの、官能的なテーマパークに侵入できた。
耳もとでささやかれる物語は、百三十年以上まえの美術史をえがく。
明治九年に工部大学校にまねかれたアントニオ・フォンタネージは、
バルビゾン派の影響もうけたイタリア出身の画家。
体調が優れなかつたこともあり、在日期間は二年にすぎないが、
浅井忠や松岡寿など多くの学生は、後任教師フェレッチに不満で退学した。
十九世紀の熱い師弟愛が、飾りけのない風景画に息づいている。
まあ、それはともかく。
宮本茂、この男は人生をたのしむ達人で、
自分の目がとどく範囲をすべてゲームにかえてしまう。
見逃していた宝物が手にはいつたから、ありがたいけれど。
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小谷野敦がいる街
(漫画:斎藤猛)
小谷野敦『禁煙ファシズムと断固戦う!』(ベスト新書)をよんだ。
四十から五十代の男、つまり社会の中核においては、
喫煙者はいまだ半数以上にのぼる。
一方、嫌煙家や禁煙運動家に賛同する人間の数は、
たかが全体の三割ほどだろうと著者は見当をつけ、
国民は圧力団体に負け、日和見を決めこんでいると批判する。
その情況が「禁煙ファシズム」だ。
あらかじめ述べておくが、ボクはタバコをすわない。
むかし一二本試したときは、価値がわからなかつたし、
もともと気管もよわいし、もう手を伸ばすつもりはない。
でも、ことなる立場からの意見をしることは、有益だよね。
二〇〇八年十月九日の記録。
小田急線下北沢駅のプラットフォームの、人気のない片隅で小谷野敦は、
駅員から低姿勢に喫煙をたしなめられる。
「禁煙なんで」
「なぜ」
「いえ、健康増進法という法律で決っておりまして」
「嘘つけ、JRには喫煙所があるじゃないか」
博覧強記の評論家に反撃されるとは、駅員稼業も多事多難だ。
コヤノは警察官にも容赦しない。
なお先日、紀尾井町の交番で「歩きタバコは禁止ですよ」と言った警官は
「それは憲法違反だと考えている」と言ったら
「憲法はしらないけれど、条例で」と言った。
公務員たる警官が「憲法を知らない」などと口にすることこそ恐ろしい。
交番のまえで憲法解釈について議論する。
さすがは比較文学者、味わいぶかい挿話だ。
警視庁も、職員への教育がたりない。
憲法を理解しないで、市民の権利をまもれるのか?
東大の非常勤講師だつたコヤノが、
夏休み中の駒場キャンパスでタバコ片手にあるいていると、
自転車に乗つてあらわれた老人につかまつた。
下井守という化学の教授。
この一悶着もおもしろいので、引用させてもらおう。
下井は、「法律で決っているんです」と言うから、
「何という法律ですか」と聞くと、不快そうな顔をして、
「そこまでタバコについて考えているなら知っているでしょう」と言う。
いや知りません、と食い下がるが、下井は決して自分からは言わないので、
私が「健康増進法ですか。あれは分煙の配慮を謳ったものであって、
全面禁煙にしろなどとは書いてありませんよ」と言うと、
これが分煙なのだ、発ガン物質が飛散するのだ、と言う。
化学の東大教授でも、空気中にどの程度拡散するか、
物理的なことは分からないらしい。
理系バカほど、世にこわいものはない。
結局、彼は東大をクビになる。
この話をすぐブログに書いたのがマズかつたらしい。
そして、いまだ大学に職をえていない。
小谷野敦は、戦後生まれにしてはめづらしく実證を重んじる人で、
著書もおほく、当代屈指の文学研究者なのだが、
学者が学者らしくふるまうと、大学に居場所はなくなる様だ。
「もてない男」小谷野の山ほどある本に、いまさらながらハマつている。
理論がみづからの血や肉になつているというか、
嘘偽りない実感を、言論活動の燃料にしている気配が、
その文章に稀少価値をあたえている。
誰でもできることではない。
いま述べたように、論争というのは、なかなか精神的にきついものである。
胃が痛くなったり、自律神経失調症になったり、いろいろある。
これを免れるいちばん簡単な方法は、徒党を組むことである。
たとえば、論争でなくても、共産党や創価学会に所属していれば、
何者かと戦うにも万事都合がいい。
だから私も、共産党に入ってしまおうか、と考えたことがあるくらいだ。
『評論家入門』(平凡社新書)
あまりの正直さに吹き出した。
漱石山房みたいに弟子をあつめようにも、慕つてくる若者などいないので、
精神安定剤や抗鬱剤や睡眠導入剤にたより苦痛を紛らわせるのだとか。
彼は東大を追われたあと、私塾「猫猫塾」をひらいていて、
ボクも覗きたくなつたが、紫煙がたちこめる教室だつたらと思うと気後れする。
街で歩きタバコの中年男をみたら、用心しよう。
思想に命がけの、獰猛な学者かもしれない。
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10番のかなしみ ―― J1 第31節 湘南ベルマーレ-名古屋グランパス
J1 第31節 湘南ベルマーレ-名古屋グランパス
結果:0-1 (0-0)
得点:66分 玉田圭司
会場:平塚競技場
[現地観戦]
湘南の大波にのみこまれた。
いえ、ね。
ビッグフラッグの下にいただけですけど。
湘南ベルマーレは前節に降格が確定。
対する名古屋グランパスは、優勝に手をかけている。
あまりに明暗がわかれすぎ、かえつて趨勢をよめない。
地元側の席についたのだが、雰囲気はあかるい。
三浦半島のむこうまで来ると、潮風まじり、どこか空気がちがう。
男たちは皮ジャンを着こなし、鍔広の帽子にドル札をはさんでいたり。
「湘南の暴れん坊」の異名は伊達ぢやない。
左の岩本輝雄と右の名良橋晃が、各地のフィールドを荒らしまわつたのが懐かしい。
いまのベルマーレに岩本や名良橋はいないし、
中田英寿が看板に名を出すだけだが、それでも上げ潮のまま前半をおえた。
グランパスの10番、小川佳純がよくなかつた。
おもえば2008年は11得点11アシスト、新人王の栄誉をさづかり、
南アフリカ大会で10番をになえる逸材と期待したものだ。
しかし土曜日の小川は、攻め寄せる隙も与えられていたのに、
やけに臆病にふるまい、海流を緩慢なものにした。
ことし一試合しか見ないで、批評めいたことを口にするのは傲慢だが、
肉離れで欠場している金崎夢生の代役という処遇が、矜持を傷つけたのか。
四つ年少の後輩より下におかれることは、男から牙をうばう。
女子ではあるが、日テレ・ベレーザの10番の背中を一年追いかけたので、
十進法の底数の重みは、それなりに知つているつもり。
ドラガン・ストイコビッチほど、10番への執着をもつ司令官が他にいるだろうか?
ジーコやマラドーナは監督として成功したと言えないから、なおさら。
だからこの日も忍耐に忍耐をかさね、小川に攻撃の指揮権をまかせたが、
ついに63分、健脚の杉本恵太と交代させた。
180秒後。
日本最高の「左バック」阿部翔平が、フィールドに対角線をひく。
杉本が敵の脇腹を縦に切り裂く。
玉田圭司が頭でねじこむ。
海底で逆巻いていた渦が突如あらわれ、すべての船を転覆させた。
これがサッカーだ。
よろこびの輪のなかで、小川は歯軋りしたろう。
その思いが、つぎの季節の収穫につながることを、オレはのぞむ。
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アンヌ・ヴィアゼムスキー『少女』
少女
Jeune fille
著者:アンヌ・ヴィアゼムスキー
発行:白水社 2010年
原書発行:フランス 2007年
六十年代に活躍した女優で、その後人気作家となつたアンヌ・ヴィアゼムスキーが、
初出演作にして、代表作のひとつとされる、
『バルタザールどこへ行く』(1966年)撮影現場の裏話をあかす私小説。
これがファンの度肝をぬく内容だ。
監督は六十三歳の名匠ロベール・ブレッソン。
シロウトの役者をこのんで起用する、写実的な演出が評価されるが、
なんのとことはない、それは性的嗜好の表れにすぎなかつた。
要するに処女が大好きで、藝術という大義名分のもと、
美少女たちをあやつり人形にして弄んでいた。
当時十七歳だつたアンヌ・ヴィアゼムスキーが、
不良少年ジェラール(フランソワ・ラファルジュ)の車にのりこむ。
視線の先には、柔肌とスリップが。
のびる手を、男の意志はとめられない。
みづみづしい頬をぬらす涙をぬぐう。
息のつまる名場面だが、「予行演習」のおかげでもある。
ブレッソンは撮影中、スタッフと離れアンヌとともに、ちいさな民家にとまつた。
毎晩その体をまさぐり、いやがる少女に口づけをする。
裏方の職人たちは、アンヌを「囚われの少女」と名づけ、
巨匠の公私混同ぶりを批判していた。
特に、撮影監督ギラン・クロケの気づかいにはホッとする。
密室でおきた出来事なので、本書の記述は真実なのかわからない。
だが、しぶといブレッソンが九十八歳で死ぬまで、
心にしまつていた秘密が、すべてウソとはおもえない。
服をぬがされる場面があることを、シナリオにも書かず、
撮影当日までかくしてアンヌを動揺させたり。
ラファルジュと共謀して、本気で平手打ちをくらわし、
事故とみせかけ、反抗をはじめたアンヌに制裁をくわえたり。
あまりの俗物ぶりにあきれた。
しかしアンヌは、監督を恨んでいない。
この亡命ロシア貴族の娘はひどく聡くて、
陰湿なイジメも恋愛遊戯のひとつだと理解していた。
「目の輝きがたりない」と、驢馬にまで執拗にダメ出しをするブレッソン。
藝術にとりつかれた滑稽な老人を、少女なりに愛していた。
この私小説には、ジャン=リュック・ゴダールも出演する。
『気狂いピエロ』を撮つたばかりの気鋭の監督は、ブレッソンを崇拝しており、
難航中の現場で、『カイエ・デュ・シネマ』誌のインタビューをおこなつた。
昼食の席でゴダールは、どもりながら追従口をならべたてるが、
老匠を踏み台にしようとする功名心を見抜かれ、まともに相手をされない。
俗物にも上がいる、というわけだ。
ゴダールは、のちにアンヌを妻にむかえることになるが、
ブレッソンへの嫉妬が影響している様におもえる。
いづれ映画史は、一から書き直されるだろう。
うすぎたない欲望に翻弄される、有象無象の物語として。
そのなかで生きぬいた、女たちの神話として。
いくつかの偶像が破壊されるのは悲しいが、
アンヌの愛らしい後ろ髪がつけ毛だつたなんて、新鮮なおどろきもある。
以下はアンヌが出演した、ゴダール監督作『ウイークエンド』についての記事です。
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浅井建爾『くらべる地図帳』
くらべる地図帳
著者:浅井建爾
発行:東京書籍 2010年
どちらか選べといわれたら、地理より歴史かな。
源義経がどうした、北条政子がどうしたと、
歴史は人物への興味がかきたてられ、さほど退屈しない。
でもたまには地図もみないと、知識はかたよつてしまう。
日本では、1965年から算出している「人口重心」は、
五年ごとの国勢調査のたびに東に移動している。
日本列島はこの四十年で、二十二キロ分かたむいた。
いまの「日本のへそ」は、岐阜県関市にある。
根つからの関東人として、人口増加は決して不満ではないが、
千客万来のにぎわいを、近所で目にしたことはない。
むしろ閉塞感をおぼえるのは、なぜだろう。
本邦には、1万2755件の重要文化財がある。
その点数は、いちじるしく近畿地方に集中する。
日本史は西からの視点でしるされ、関東は未開の地とされてきた。
江戸時代の大火や、関東大震災や、米軍による空襲などで、
多くの文化財がうしなわれたことも影響しただろう。
ところが都道府県でくらべると、最多は東京都。
美術館や博物館に、全国のお宝を掻き集めたから。
明治以降の日本は、西日本による東日本の併合状態だが、
統治において「文化」を重視しているのがわかる。
その筆頭が天皇家であり、のちに宝塚歌劇団や吉本興業がつづいた。
個人的には、どれもが鬱陶しい。
熨斗をつけてお返ししたい。
しかも、新喜劇一座による占領政策は破綻した。
上の図は、十五歳未満の人口比率をあらわしており、
なんと東京都が11.7%で一番ひくい。
ボクは藻谷浩介の『デフレの正体』でしつて愕然としたが、
「少子・高齢化」は地方の問題だと、漠然とかんがえる人は多いのでは?
文化財は常盤木だとしても、人は枯れ散る。
帝都の老化現象はすさまじい。
ことしの夏、近所の寺ではほぼ毎日葬式があつた。
あの酷暑を、おとろえた体力で乗り切るのはむつかしい。
坊主と葬儀屋だけが、老人シティでぼろ儲けしている。
追い討ちをかける様に、埼玉県熊谷市は2007年、
気温40.9度を記録して、七十四年ぶりに日本最高記録をぬりかえた。
一躍有名になつた隣町をうらやみ、群馬県館林市や栃木県佐野市まで、
「日本一暑い町」を名乗り、三つ巴の熱戦をくりひろげている。
気温は高いが、次元は低い。
お国自慢は他にないのだろうか?
フェーン現象とヒートアイランド現象がかさなつて、
異常な気温上昇をもたらすと言われるが、今夏はもはや洒落にならない。
わが町はもう、絶望的だ。
冒頭に『バイオハザード』の画像をかゝげたとおり、
ボクには東京がラクーンシティにおもえる。
アンブレラ社(=日本政府)がばらまいた文化ウィルスに感染し、
住民はゾンビと化して廃墟をさまよつている。
ちなみにカプコンは、大阪のゲーム会社。
それでもまだ、ノゾミはある。
美容院の店舗数がもつとも多いのは東京都だが、
人口で割ると、秋田県が日本一になる。
さすがは「秋田の着倒れ」、オシャレごころが統計でも證明された!
「大阪の食い倒れ」とは随分な違いではないか!?
朝敵の汚名、なにするものぞ。
九郎判官義経のごとく、志あるものは都を一旦のがれ、
秋田小町のもとに身をよせ、捲土重来を期すべきではなかろうか。
『nozomi』(リバプール)
その際、秋田市出身の佐々木希を初代大統領に推戴し、
独立国家樹立を宣言したいとおもう。
共和国日本、万歳!
オレたちの戦いは、まだおわらない。
……てな具合に地図帳は、歴史書以上に妄想がふくらみます。
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テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済
「冥福」なんて、祈らなくてよい
「ゴメーフクをお祈りします」つて、面とむかつて言うことはない。
その相手は、もうこの世にいないもの。
だから日本語における「冥福」は、書きことばだと思う。
意味はよくわからない。
死後の幸福のこと?
あの世は格差社会で、幸福な人と不幸な人にわかれるの?
むこうで何をすれば、しあわせになれるの?
有名人が死んだ日には、いろいろな人のブログで、
だれだれさんの御冥福を祈るとか書かれるのを目にする。
わるいけれどボクは、そんな紋切り型をよむと鼻白む。
「冥福」とは、支那伝来の考えかた。
あの世で十分に食べるものがある、という状況をさす。
あの世で食うに困らず、金もあり、大きな家に住んで召使いを大勢使って
ゆたかにくらすのが「冥福」すなわちあの世でのしあわせである。
そのためにはこの世からの応援が必要である。
花をそなえて手をあわせるくらいではとても間にあわない。
さしあたりのものはまずお墓に入れて人間といっしょにあの世に送ってやらねばならぬし、
食いものなんかはあとずっと送りつづけねばならない。
高島俊男『お言葉ですが… 別巻1』(連合出版)
支那民族の最高の徳目「孝」にかかわる、重大な風習だ。
飯を送りつづけないと先祖は食べるものがなくなり、「餓鬼」になつてしまう。
それでは申しわけないし、いづれ自分もあちらで暮らすのだから、
この風習はまもらないといけない。
先祖をまつるのも必死だ。
無論カネもいるので、模造である紙銭を墓のまえで燃やす。
『男たちの挽歌』(1986年)で、チョウ・ユンファがタバコで紙幣を焼くが、
古習が現代にいきている證拠といえるだろう。
以上の伝統は、日本人には縁もゆかりもない。
すくなくともボクは、御先祖さまのメシやカネの心配など、一度もしたことはない。
連中も自力でどうにかするだろう、と考えている。
だから「冥福」を祈るなんて、むなしい。
文章にそう書くことは、葬式で「ゴシューショーサマです」と言うのとはちがう。
差し向いでは、咄嗟になにか口にしなくてはならないが、
文章なら、一行書くのに一時間ついやしても構わないのだから。
たしかにことばは、死に対し無力だ。
それでも自分の心をしづかにみつめれば、すこしは意味のあることを書けるのではないか。
コンプレックス ―― J2 第34節 東京ヴェルディ-ジェフ千葉
J2 第34節 東京ヴェルディ-ジェフユナイテッド千葉
結果:1-2 (1-0)
得点
【ヴェルディ】7分 平本一樹
【ジェフ】60分 アレックス 71分 佐藤勇人
会場:味の素スタジアム
[現地観戦]
新スポンサーをたづさえての出立を祝そうと、
東京ヴェルディは二万五千人を味スタにあつめた。
まえの試合の五倍以上にのぼる。
でも彼らは、ズルをしている。
ゴール裏の入場券を、緑色のTシャツと抱き合わせて半額にしたうえ、
普段は閉鎖しているバックスタンドに客を手引きした。
あぶなつかしい興行手法は、千葉からの来賓の財布を当てにしている。
対戦相手に倍の値段をふつかけるなんて、フェアぢやない。
さりながら。
なりふり構わぬケンカをすれば、だれでも弱みをさらす。
物見遊山の緑シャツの群れは、羊の様におとなしい。
十月に、レッズサポーターの小銭に依存するアルディージャが、
名ばかりの「ホームスタジアム」で敗れたのを思いだす。
サッカーにくわしくない読者にはチンプンカンプンだろうが、
勝負の綾が錯綜しているとわかつていただければ十分です。
結局、ものいわぬ羊に踏みつぶされる、秋田犬。
この日はメニーナと早稲田大学の試合を前にみたので、
中二の籾木結花や、高一の中里優の爪の垢を煎じて、
プロを自称するジェフの選手に飲ませたかつた。
江尻篤彦監督が手勢になにをさせたいのか、
五月にはじめて見たとき理解できなかつたが、半年たつても印象はかわらず。
その神髄をわかつているらしいのは、この世でひとり西部謙司だけで、
コイツはそういや前任者ミラーの太鼓持ちもつとめていた。
後藤健生以外のサッカー評論家は、全員無視すべきだなあ。
ボクが好きなのは、イヴィツァ・オシムであり、岩渕真奈であり、相馬直樹であり、
テキパキと綾とりをさばき、サッカーを簡潔な藝術にしたてる人々だ。
さすがに岩渕真奈と契約するのはむつかしいので、
来季は太田康介とともに、町田ゼルビアから相馬監督をまねきたい。
日曜の江尻監督は交代もはやかつたし、無能と断じるのは気の毒だが、
こんがらがつた糸の塊は、もうみたくないのだ!
ボクはにぶいので、帰宅後に報道でしつたけれど、
ヴェルディの選手の右腕には喪章がまかれていた。
前日に江尻監督の父である凱一氏が、静岡市の病院で亡くなつたから。
享年七十八。
死に顔だけみた息子は、通夜も告別式も欠席して指揮をつづけたらしい。
もつとも、ヴェルディによる敵将への心づかいには感謝するが、
ならば試合まえに告知もしてほしかつた。
すくなくともボクは、全然しらなかつた。
あらたな金主のゼビオ株式会社に配慮したのかな?
このあたりの匙加減は、きわめて微妙に意をもちいる必要がある。
ボクが主催者なら、なやんだだろう。
無論、人の死のおかげでジェフが勝つたなどと、
口が裂けてもいえないし、実際に勝負ごとはそう単純ではない。
でも、ひとつの義務をすてて、残るひとつの義務のため、
前線にたつ指揮官をみて奮い立たなければ、そいつは男ではない。
サッカーは語り尽くせぬほど複雑だが、その勝利は必然だつた。
ジェフユナイテッド千葉は弱く、いつもバタバタして悲しくなる。
それでもオレたちは、あきらめない。
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古都ひかる、真夜中の幻聴
処女宮 -natural- 美しい奇跡…
出演:古都ひかる
監督:笠井雅裕
発行:h.m.p 平成十五年
《注意》
以下の記事は、露骨に性的な表現をふくみます。
古都ひかるは、七年ほど前に活動していたAV女優。
その大きな瞳、ちよつとイジワルそうな笑顔、
しろく肌理こまやかな肌、形のよい乳房は、いまだ忘れられない。
ところが引退して数年後、ほとぼりが冷めたころに再登場し、
今度は「cotorich」名義でビデオ日記や写真を発表している。
すでに前職のとき、愛機であるロモのコンパクトカメラを振りまわし、
いつぱしのアーティスト気取りだつたから、転身は意外ではない。
名誉といえない昔の藝名を、いまの名乗りに含めるさりげなさ、
または自然体に見せかける機智も、彼女らしい。
隠しとおせるものではないからね。
撮影の合間にヒマをもてあまし、カメラの前でひとりジャンケンをする。
左手が勝ちで、右手が負け。
これを高速でくりかえす。
無邪気でカワイイとはいえ、頭の回転のはやさを鼻にかけてもいる。
いまをときめくユーチューブのコトリッチは、やたら猫なで声で背筋がさむくなるが、
ことにゃん、あれが猫かぶりなのは長年のファンにはバレてるよ!
深夜に男が、古都ひかるが眠る部屋に忍びこむ。
侵入される側はたまつたものではないが、AVではめづらしくもない趣向だ。
動顛することにゃん。
このあと本気で怒り、男優につかみかかる。
「これつて、夜這いですか?」
平静をとりもどした彼女は、闇にひかる瞳で正面を見据え、
ズバリと本質をつく発言をものす。
軽蔑もあらわに。
そして、コトがはじまる。
男のものを咥えるとき、「毛が……」といつてなにか口からだす。
わざわざ言わなくてもよいのに。
つねに主導権をにぎらないと、気がすまない人だ。
不器用にコンドームをいじる。
ボクは夜這いをした経験がないのでわからないが、
いやよいやよと言いつつ、いざ決戦の火蓋が切られると、
女の心には火がついてしまうものらしい。
ここから先は、シリンダー内部におけるピストンの往復運動にすぎず、
退屈なので割愛させていただきます。
釣りあげた魚の様に、はげしく痙攣する胸に、男の精がそそがれた。
これより、古都ひかるの本領が発揮される。
なにをおもつたか、相手の体液を手になすりつけ、耳もとによせる。
「こうすると、ゴーッつて聞えんだよ」
「え、なんで?」
「精子の動いてる音かすんの」
「ウソ!?」
「……ウソ」
大喜びする、ことにゃん。
このDVDでみれる、一番の笑顔だとおもう。
AV女優の出世頭の飯島愛ですら、過去に触れられるのを嫌つたし、
世渡りの上手そうな彼女も、よくわからない形で死んでしまつた。
でもことにゃんは、屋根から落ちても平気な猫の様に、
すずしい顔で人生をたのしんでそうで、心づよい。
![]() | 処女宮-natural-美しき奇蹟・・・ [DVD] (2003/10/10) 古都ひかる 商品詳細を見る |
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アンフィの新作ブラ
ワコールのブランド「amphi(アンフィ)」から、
十月上旬に発売された、BYJ376シリーズのブラを紹介します。
二枚接ぎカップがバストを斜め下からもちあげて、
そのまま中央にひきよせ、自然な谷間がうまれます。
コンパクトなワイヤーは、あなたの胸元を立体的にデザイン。
サテンの大きなリボンも、乙女心をくすぐるはず!
……ケンの野郎ついに発狂しやがつたと、お喜びの読者のみなさま、
残念でした、ボクはまだ正気をたもつています。
どちらかというと、インナーのさらに内側に興味があるから。
また、冒頭にかかげたメインヴィジュアルにも心ひかれる。
ランジェリーの広告写真とは、どこか物悲しいものなのに、
このお嬢さんは妙に屈託がなく、パーティの一コマみたい。
下着モデルは未成年では務まらないとおもつていたが、十三歳くらいにも見える。
ボクは錯乱する。
ブラジャーで少女らしさを表現することに。
下着に凝る心性が、すでに少女らしくないのではないか?
安売り時代のオシャレ競争が、内宇宙を侵蝕する。
でも思うのだ。
新作の下着を買う金を、ふるい文庫本にでもまわすことで、
ブラの五センチ下にある心は磨かれ、
より高い費用対効果で、あなたは美しくなれるかもしれない。
要するに言いたいのは、このフランス人みたいなモデルさんが誰なのか、
賢明なる読者のみなさまに教えていただきたいつてことです!
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テーマ : ファッション
ジャンル : ファッション・ブランド
「ウフィツィ美術館自画像コレクション」
ウフィツィ美術館自画像コレクション
巨匠たちの「秘めた素顔」1664-2010
東京展・会場:損保ジャパン東郷青児美術館
会期:平成二十二年九月十一日~十一月十四日
集めも集めたり、フィレンツェのウフィツィ美術館には、
千七百点をこえる自画像のコレクションがある!
その一部を新宿で見せてもらつた次第だが、
画家が画家をえがくという、息づまる密室劇に胸がさわいだ。
レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン『自画像』(一六五五年頃)
レンブラントによるレンブラントは、どうしようもなくレンブラントだ。
荒々しくもみえる筆触のなか、まるで幽霊の様に、
それでいて瞭然と、画家の表情がうかぶ緻密な構成。
一六五五年頃といえば、死の四年まえ、ちやうど彼が破産した時分だ。
身代を棒にふることを恐れているのか。
すでに無一文になり、絶望しているのか。
それとも財産や名声など関係なく、ただ自分自身をみつめるのか。
いづれにせよ、巨匠の視線はこの上なく厳しい。
レンブラントですら破産するのだから、画家になどなるものではない。
アンニーバレ・カラッチ『イーゼル上の自画像』(一六〇三~〇四年頃)
うすぐらいアトリエ。
イーゼルに置かれたちいさなカンヴァスに、四分の三正面の画家の像がある。
ぶらさがるパレットには、絵具が乾いてこびりついている。
完成したばかりの作品ではないらしい。
このいりくんだ自画像は、四十四歳ごろの作だとか。
当時ローマの画壇は、大胆不敵な天才カラヴァッジョに席巻され、
時代遅れとなつたカラッチは引け目を感じていた。
肖像は四十代の男に見えないから、画家は自身をえがくにあたり、
ふるい自画像を持ちだしたのかもしれない。
鬱屈している。
マリー=ルイーズ=エリザベート・ヴィジェ=ル・ブラン
『マリー・アントワネットの肖像を描くヴィジェ=ル・ブラン』(一七九〇年)
女の自画像は、華やかでよい。
ヴィジェ=ル・ブランは、フランス王妃マリー・アントワネットに寵愛され、
彼女の肖像を二十点以上ものしている。
瑞々しい面持ちの女流画家が、絵筆を片手に注文主を観察する。
奇抜な衣装も、見ていてたのしい。
しかし実はこの作品、フランス革命の真つただ中、亡命先のイタリアでかいたもの。
囚われたとはいえ、王妃が処刑されるなど夢にもおもわなかつた。
肖像画の新作をかきたいという願いは、裏切られた。
身分はちがえど、うつくしいものを愛する同い年の女として、
ふたりは友情をはぐくんでいたらしい。
エリザベート・シャプラン『緑の傘を手にした自画像』(一九〇八年頃)
エリザベート・シャプランはフランスにうまれ、イタリアでまなんだ画家。
こちらは革命さわぎに巻きこまれたのではなく、
父の仕事の都合による移住であり、平和なものだ。
十七歳のシャプランが、雨雲をとおした弱い光のもと、
すこし憂鬱そうに、目線を絵を見るものと共有する。
彼女は「マッキアイオーリ」の影響をうけた画家だ。
印象主義に似ているが、むしろそれ以上に豊潤な魅力をもつ運動。
自画像という主題に、虚心に自然光の効果をとりこみ、
世界を、より深みをました色彩でたちあげる。
しかし少女の知的な瞳には、革命の季節のつぎに到来する、
戦争の世紀がうつると書いたら、深読みにすぎるだろうか。
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『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ』
ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ
Nowhere Boy
出演:アーロン・ジョンソン クリスティン・スコット・トーマス アンヌ=マリー・ダフ
監督:サム・テイラー=ウッド
制作:イギリス・カナダ 二〇〇九年
[ユナイテッド・シネマとしまえんで鑑賞]
ジョン・レノンの母であることは、楽な仕事ではない。
ドイツ空軍の爆撃による痛手から、いまだ立ち直れない、五十年代のリヴァプール。
ビートルズ誕生以前の、この港町を舞台とする物語。
ジョンの生い立ちはすこし複雑で、生母ジュリアから引き離され、
伯母であるミミによつて育てられた。
そこは愛情にとむ中流家庭で、とりたて不幸だつたわけではないが、
繊細すぎる少年の精神が、屈折しても無理はない。
ミミは妹の子をひきとるくらいだから、犠牲心のつよい人物であり、
過保護な教育方針をふくめ、性格の面でもソリはあわなかつたろう。
十六歳のとき、行方をしらなかつたジュリアと再会。
まるで恋人同士の様に、腕をくんでボードウォークであそぶ。
彼女は姉とことなり、恋と音楽にいきる奔放な女で、
実の親子だけに通じる共感を、ジョンはおぼえたはずだ。
ギターを手にする前の息子に、バンジョーの弾きかたもおしえる。
でも人生は、砂糖菓子みたいに甘くない。
ジュリアには、支えを必要とする少年を支える力がなかつた。
どうしようもなく甘つたれで、人には全幅の愛を要求し、
すこしでも冷たくされると傷つき、ヘソをまげてしまう。
そのくせ街で一番誇りたかく、十二歳で自分は天才だと確信した夢想家で、
いつか世界をひつくり返してやると、なんの根拠もなく企んでいた。
それでも保護者に泣きつかないと、ギター一本買うことすらできない。
ジョン・レノンも人の子だという当然の事実が、やけに心にしみる。
「クオリーメン」をひきいて活動していた、ある七月に、
見てくれはダサいが、音楽のことならなんでも知つている男とであう。
ポール・マッカートニー。
傷だらけの心と、左ききの友人を両翼にして、ついにジョン・レノンは羽ばたいた。
ポールは十四歳のとき、乳癌で母をうしなつており、
悲しみがふたりの天才をより結びつけたと言われている。
ジョンによる、「ジュリア」や「マザー」。
ポールによる、「レット・イット・ビー」。
母がいないという孤独は、ボクがおもう以上に、
ビートルズ周辺の音楽に影をさしているらしい。
一九五八年七月十五日、生母ジュリアは車にはねられて死ぬ。
ロックンロールを愛した彼女は、「ビートルズ」を見ることはできなかつた。
このバンドは、どこか哀調をおびている。
ジョンは自分の人生でも、生命のはかなさを表現してしまつたが、
元不良少年による、最後の抗弁だつたのだろうか。
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恥を知れ、なでしこリーグ
文化の日になでしこリーグ表彰式がひらかれ、ベストイレブンが発表となった。
山郷のぞみ (浦和レッズ)
矢野喬子 (浦和レッズ)
庭田亜樹子 (浦和レッズ)
柳田美幸 (浦和レッズ)
荒川恵理子 (浦和レッズ)
近賀ゆかり (ベレーザ)
岩清水梓 (ベレーザ)
大野忍 (ベレーザ)
鮫島彩 (マリーゼ)
上尾野辺めぐみ (アルビレックス新潟)
川澄奈穂美 (INAC神戸)
浦和レッドダイヤモンズレディースのみなさん、優勝おめでとうございます!
アレ待てよ……オレは最終節で賞金五百万円をうけとり欣喜雀躍する、
日テレ・ベレーザの選手たちを見たばかりなのに……。
人数と順位が逆になっている!
どうやらこのリーグは、順位にこだわらない選考をするらしい。
つまり選手個人の能力と実績がすべて。
すばらしい見識に、感服いたしました。
それではレッズが優勝した、去年のベストイレブンを参照しよう。
山郷のぞみ(浦和レッズ)
矢野喬子(浦和レッズ)
土橋優貴(浦和レッズ)
庭田亜樹子(浦和レッズ)
柳田美幸(浦和レッズ)
安藤梢(浦和レッズ)
北本綾子(浦和レッズ)
近賀ゆかり(ベレーザ)
岩清水梓(ベレーザ)
大野忍(ベレーザ)
上尾野辺めぐみ(アルビレックス新潟)
なんと63.6%が、真っ赤に染まっていました。
おどろくべき偏向ぶり!
リーグ運営者に、フェアプレーの精神はない。
先の日曜の埼玉スタジアムで、山郷と矢野は三点奪われなかったか?
荒川は公式記録に、「シュートなし」と記されたのでは?
庭田と柳田は、原菜摘子にボールを早めのお歳暮として献上しなかったか?
ナニナニ、それは飽くまで一試合の印象にすぎず、
権威あるベストイレブンは、通年の活躍をもって選ぶべきである。
なるほど。
それなら猶のこと、年間順位を反映せねば道理にはずれる。
なでしこリーグは、なでしこリーグを否定した。
世にも珍しい、リーグによる自殺だ。
だがレッズサポーターのハンドルネーム「あぶなぶ」は、こんな詭弁を弄している。
たぶん表彰に異論をはさんでいる方は
きっと各チームのほとんどすべての試合をご覧になった方なんでしょうね
とても私には出来ないような離れ技の持ち主なんだと尊敬しちゃいます
人間は肉体をひとつしか持てないから、この発言は無意味で、
本年度の選考の理不尽さを認めているに等しい。
ベレーザサポーターに迷惑をかけたくないので申告しておくが、
オレは千葉県千葉市出身、ジェフ千葉のファンだ。
ベレーザなど正直どうでもよいし、ヴェルディに至ってはいまだに嫌いで、
十四日には緑が負けるのを期待して、味の素スタジアムへゆく。
ならばなぜ、たかがベストイレブンにそんなに怒っているのかって?
……たかが知れたものに、人はムキになるものだから。
またしてもレッズサポである、ハンドルネーム「よん」のブログを紹介しよう。
公式サイトで受けつけていた、「サポーターが選ぶMVP」の投票方法について、
よん氏は敵意を剥き出しにして非難する。
岩渕に取らせたいのは分かるし、彼女をスターにして女子サッカーを
盛り上げたいのは分かるけど、現在進行形で支えているサポーターを馬鹿にしてる
『よんブログ』(現在は削除ずみ?)
下衆の勘繰りとは、まさにこのこと。
お仲間もゾロゾロとコメントしている。
まさに
岩渕フラグだね(`´)
集計しないでも結果が見える
ロビポン(ブログ『ロビポン0点』管理人)
今更だが、ベレーザの星川元監督が何故解任されたかを
公にすれば岩渕はいられなくなるよ!
さて、誰がバラすのだろうか…
ビング
これって、オールスターのときみたいな千葉や新潟の
大量評価防止みたいでもあり、機構側の嫌らしさも感じます。
ugajinn(ブログ『うらじょ』管理人)
この賞は実際のところ、約三割の圧倒的な支持を集めたという、
マリーゼの鮫島彩に与えられ、笑えぬ喜劇にオチがついた。
醜い嫉妬が、岩渕真奈を取り巻いている。
真に才能あるものは妬みを買い、ときに意図的に無視される。
最高のサッカー選手と信じる岩渕が、十一人にすら入れなかったのが悔しくて、
オレは深夜にこんな見苦しい文章を綴っている(不具合で投稿できなかった)。
二月にはじめて日本代表に選ばれ、ベレーザでは背番号10を託され、
ドイツでのU-20ワールドカップやリーグカップで奮闘し、
怪我をのりこえて、あの十月三十一日のゴールまでたどりついた。
そんな十七歳に、一年くらいは気晴らしの役に立ちそうな、
ちょっとした御褒美をあげてもよいと思っていた。
まあ、そんな小さな賞など貰おうが貰うまいが、
彼女は意に介さず全力疾走するはずで、なんら影響しないけれど。
でももし、「こんなにがんばっても、ウチは認めてもらえないの?」と、
一瞬でも感じる時があったら、悲しすぎるじゃない?
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硬質で流麗な ―― 田中芳樹『銀河英雄伝説』
アニメの特典ポスター
銀河英雄伝説
著者:田中芳樹
発行:東京創元社 平成十九~二十一年 (創元SF文庫)
初版発行:徳間書店 昭和五十七~平成元年 (徳間ノベルズ)
『銀河英雄伝説』の第一巻「黎明篇」が世にでたのは昭和五十七年、
田中芳樹は三十歳になつたばかり。
驚嘆すべきは、二十代にしてこの壮大なオペラに着手したこと!
銀英伝は、とにかく文章がよい。
英雄たちの想念が銀河系ではげしく交錯する様を、
鏡のごとく映しだす、硬質かつ流麗な文体。
格調たかいセリフまわし。
そこはかとなく漂う諧謔の風味。
著者は学習院大学で国文学を専攻し、博士課程を修了しているが、
それ以上に、幼少のみぎりからの膨大な読書体験が、
長篇をうめる活字の隙間からにじみ、あじわいぶかい。
例をあげよう。
アムリッツァで大捷をえて帰還したラインハルトを迎えたものは、
帝国首都オーディンの地表を埋めつくすかに見える弔旗の群であった。
皇帝崩御!
死因は急性の心臓疾患とされた。
遊蕩と不摂生によって皇帝個人の肉体が衰弱していただけでなく、
ゴールデンバウム皇家の血統じたいが濁りはて、
生命体として劣弱なものになっていることをしめすかのような、突然すぎる死であった。
第一巻「黎明篇」
皇帝に美貌の姉をうばわれたことが、ラインハルト・フォン・ミューゼルの野心の原点だが、
仇敵はあつけなく没し、にごり腐臭をはなつ汚水の印象だけをのこす。
これと対をなす記述が、外伝「黄金の翼」にある。
わづかな支度金にかえて娘を売つた父を、ラインハルトがなじる。
しかし、売られる身のアンネローゼになだめられては、
宇宙一誇りたかい少年も、ただ泣きしづむほかなかつた。
だが、それにしても、誰も知らなかったであろう。
少年の涙は、彼の決意と誓約が液体化してほとばしったものであることを。
それが、銀河帝国全土を激流となってつらぬき、
歴史それじたいを貫流するにいたる大河の、最初の一滴であったことを。
そのときラインハルトは、皇帝と王朝への復讐を誓約したのである。
外伝「黄金の翼」
よどんだ血と、ほとばしる涙の、けざやかなる二副対。
最近はじめて外伝をよんだが、いくつかはよく書けていて、
おもわぬ角度から、本篇に光をあててくれる。
同盟軍中佐だつたワルター・フォン・シェーンコップが、
上官である「薔薇の騎士(ローゼンリッター)」連隊長ヴァーンシャッフェ大佐に対し、
内心で冷評をくだすところを、外伝「千億の星、千億の光」にみよう。
地位の向上と権限の拡大とに耐えるだけの、精神的な骨格をもちあわせていなかったのだ。
そうシェーンコップは判断している。
大隊長以下の地位であれば、器に応じた有能さと人望とを維持しえたであろう。
栄達も、富も、人間をかならず幸福にする架空の方程式の解答ではないようであった。
外伝「千億の星、千億の光」
「精神的な骨格」。
天駆ける英雄と、英雄になれなかつたものと、英雄を支えるもの。
それぞれの思念が、銀河の歴史という巨川の水面を織りなし、
複雑に乱反射しながら、ぬたうつ怒涛となる。
それが『銀河英雄伝説』だ。
たとえばラインハルトは絶世の美男子だが、自己愛の傾向はない。
白皙の容貌は、おのが手で勝ちとつたものでなく、誇るにたりないから。
そして、旗艦ブリュンヒルトの主砲よりも直線的な情炎が、
モンゴルの騎馬戦術の様に、宇宙空間を蹂躙する。
満天の星ほども人物が出入りする群像劇を完結させたとき、
小説家は気力をつかいはたし、しばらく立つこともできなかつたとか。
『ROMAN ALBUM 銀河英雄伝説 COMPLETE GUIDE』(徳間書店)
八巻「乱離篇」でえがかれる、「廻廊の戦い」。
結果として、ヤン・ウェンリーが参加した最後の戦役となる。
それにしても、この一か月におけるヤン元帥の智略は鬼気せまる。
雲霞のごとき帝国軍を廻廊内にひきずりこみ、行動の自由をうばい、
みづからは変幻自在に艦隊をあやつり、ファーレンハイトとシュタインメッツ、
ふたりの帝国軍上級大将の生命の炎をふきけした。
だが、その神がかりの奮闘ぶりに、白鳥の歌めいた凶兆がうかぶ。
かたや皇帝ラインハルトは重度の発熱にたおれ、彼の性格にしては意外にも和を申しでた。
宇宙艦隊司令長官ミッターマイヤー元帥が、戦陣にて主君の「精神の骨格」を忖度する。
だが、当のミッターマイヤーには、部下の不満以上に深刻な危機感があった。
明敏な彼は、皇帝の人格に、ダイヤモンドの糸にも似た亀裂を見ていた。
戦略家としての理性と、戦術家としての感性の乖離である。
いままでその両者は強靭な精神的統一のもとにあったのに、
それが結合力を弱めつつあるように思えるのだった。
第八巻「乱離篇」
これは、田中芳樹の内面の模写でもある。
引き裂かれそうな、藝術家としての情熱と、職業作家としての打算を、
ダイヤモンドより硬質な糸で縫いあわせつつ、
全十篇の物語を、豪奢な晴れ着に仕立てるという苦役。
銀英伝の読者の多くは、作者とヤン・ウェンリーを同一視する悪癖をもつが、
それは小説の読みかたを知らないからで、
実はラインハルトこそ、若き藝術家の肖像によりちかい。
銀英伝の白眉は、九巻「回天篇」だ。
ヤンの死後に、この未来の歴史小説が佳境にはいるという一点によつて、
「魔術師ヤン」は当て馬にすぎないことを證明できるだろう。
つきつけられた「ヴェスターラント虐殺」の忌まわしい記憶。
悩乱する二十四歳の皇帝。
乳児の様にたよりなく、ヒルデガルドに慰めをもとめる。
うつくしき大本営幕僚総監の、まさかの懐妊。
軍務省庁舎の裏手の階段で、対峙するミッターマイヤーとラング。
もつとも高潔な戦士と、もつとも悪辣な陰謀家による、みぐるしい私闘。
そして、「第二次ランテマリオ会戦」。
あいうつ帝国の双璧。
ながれる水のごとく、緊迫した場面がつらなる。
これぞスペースオペラ!
新領土(ノイエ・ラント)総督オスカー・フォン・ロイエンタール元帥は、
治世の能臣、乱世の奸雄とでも称すべき人物だが、
乱れた銀河が治まりかけたそのとき、ひめた野望を剥き出しにした。
だがその雄図は、グリパルツァーとクナップシュタインの背信により、
皮肉な形でむなしくついえる。
つぎの瞬間、火柱が旗艦を引き裂き、クナップシュタインの肉体と精神は、
旗艦もろとも、球形の巨大な白熱光のなかで四散し、原子に還元した。
無限ともいえる極小の時間を構成する粒子は、
死にゆく者の抗議を暗黒の奥深くへ吸いこんでいった。
第九巻「回天篇」
裏切りの意図を曝すことさえできず、原子に還元したクナップシュタイン大将。
ぶあつい装甲をとかす白熱が、氷のごとき文体でしるされる。
読むものはただ、慄然とするのみ。
戦場に正義などないが、されども裏切り者の居場所は存在せず、
その陰影が、英雄たちの輪郭を鮮明な浮き彫りにする。
「回天篇」は、司馬遼太郎の『関ヶ原』に比すべき巻であり、
銀英伝を戦後日本文学の最高傑作のひとつに格上げした。
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正義の鉄槌 ―― なでしこリーグ 第18節 浦和レッズ-ベレーザ
なでしこリーグ 第18節 浦和レッドダイヤモンズレディース-日テレ・ベレーザ
結果:3-0 (1-0)
得点:18分 岩渕真奈 66分 山口麻美 82分 大野忍
会場:埼玉スタジアム2002
[現地観戦]
おそらく、受けた教育がちがうのだ。
オレが生きてきた文化圏では、大の男が集団で女を恫喝するのは卑劣だとおそわる。
しかし、八月二十九日に浦和レッズサポーターがみせた醜態は、
ちつぽけなオレの常識をはみだしていた。
うつくしいものを見ようとスタジアムにでかけたら、この世でもつとも野蛮なものを見た。
根にもつタチなので、いまだに許せない。
「SHOW」と名乗りブログを運営する人物を標的にさだめ、
画像をもちい反論の余地なく批判したが、謝罪も訂正もひきだせなかつた。
この男(サポーターつてのは大抵男だ)、オレに対しては「修正」をもとめたくせに、
自分のブログは一文字も、完全に證明されている誤謬すら正さない。
どこまで卑怯なのか!
そしてオレは、なんと無力なのだ!
石の裏にひそむワラジムシ一匹、文章の重みでは踏みつぶせない。
試合まえの撮影をおえた岩渕真奈が、靴の紐をやけに気にしている。
いつも、そのふるまいばかり見てるからわかる。
キミがこの日に、どれほどの情熱を注いでいるのかを。
めづらしく、主審の笛に不服そうな顔をする。
もし彼女にふれたら、肌は熱く、総毛だち、手のひらが傷ついたろう。
電光石火。
岩渕が18分、代表出場93試合の山郷のぞみを破る。
優勝をその右足で、確固たるものにした。
正義の鉄槌がくだされた。
埼玉スタジアムでの、一向にもりあがらない「優勝セレモニー」。
賞金五百万円が授与され、ベレーザの選手だけは狂喜乱舞!
このあとの打ち上げを豪勢にできるし、あたらしいコートとかも買えるかも!?
なのにムッツリしているぶっちー。
本当に、サッカーにしか興味がないんだね。
謝罪や訂正がどうとか言つてる自分が情けなくなる。
キミのそのスピードには、とてもではないけど追いつけそうにない。
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