マジ勘弁でチュー ―― 木村元彦『社長・溝畑宏の天国と地獄』

 

社長・溝畑宏の天国と地獄 大分トリニータの15年

 

著者:木村元彦

発行:集英社 平成二十二年

 

 

 

大分トリニータ。

このサッカークラブの誕生を祝うものは、一人もいなかつた。

それは、三十歳で自治省から大分県庁に配属された溝畑宏が、

父に煽られてデッチあげた団体だから。

溝畑の父である茂は、偏微分方程式論で国際的に名高い数学者。

キビシイ人だつたらしい。

息子が東大に進学がきまつても、まつたくよろこばない。

なぜお前は東大へゆくのか?

わかくして寿司や大工の職人になることもできる。

なぜほかの道をえらばないのか?

論理的にはその通りだが、息子としては嘘でも褒めてほしいところだ。

I種試験に合格したときは、激怒した。

お前はこともあろうに、権力の側にまわるつもりか!

そして、大分県に出向した平成二年。

イタリアのヴェローナ大学にいた父から電話がはいる。

いますぐこい。

お前が絶対にみるべき物がある。

気むづかしい父を興奮させたのは、ワールドカップ・イタリア大会だつた。

マラドーナ、マテウス、リネカー、ストイコビッチらがかがやいた祭典。

人口二十七万人のヴェローナで開催できるなら、

六十万人がすむ大分だつて可能なことに、現地で気づく。

事務次官程度の成功では自分をみとめない父を、

ギャフンといわせる仕事がついに見つかつた。

 

 

 

以上の経緯があり、ワールドカップ招致活動の一環として、

Jリーグ参入をめざす「大分トリニティ」がつくられた。

カネも練習場もスタジアムもない、そもそも選手がいない。

溝畑の悲壮な資金集めの日々がはじまる。

彼の悪趣味な宴会藝は、本書で嫌というほど詳述されている。

裸でおどるのは当り前、そのうえ陰毛を燃やすのが得意技で、

毛が生えそろうヒマがなかつたとか。

商工会議所の人間に、「ケツに花火をいれて踊れば百万円やる」といわれれば、

大喜びでロケット花火をつきさし、肛門に火傷をおつた。

出資者をあつめたから勝つのか、勝つたから出資者があつまるのか。

それはわからない。

おそらく両者ともに真実で、単純な因果関係など存在しないだろう。

いづれにせよ、溝畑はペイントハウスなどのスポンサーを獲得し、

シャムスカ監督ひきいるチームは平成二十年、ナビスコカップを制した。

わづか十四年で、ゼロから頂点へ。

数学的にありえない奇跡だ。

 

 

 

ただし栄光は、ときにおのれの首をしめる。

カップ戦優勝の翌年、大分トリニータはリーグ戦で十四連敗を喫した。

監督交代の時宜をのがしたのが原因だ。

端正な風貌のシャムスカは、大分の英雄だつた。

若いわりに戦術は古風で、練習メニューも千篇一律であり、

金崎夢生などは不満も洩らしていたらしい。

しかし、だれが英雄を追放できるだろう。

「日本一」という美酒の酔いからさめない、サポーターによる批判も激化する。

 

『じゃんぐる公園』

 

サポーターが掲示した横断幕で、「フォーリーフ マジ勘弁でチュー」、

「毛もナシ 義理もナシ 見る目もナシ」とある。

「毛もナシ」は溝畑の外見の弱みを揶揄したもので、わかりやすい。

左の幕は、あたらしいスポンサーを中傷するために書かれた。

ネズミ講だから、勘弁でチュー。

頓知がきいているが、経営者にとつては冗談ですまない。

九州石油ドーム(当時)の貴賓室で、溝畑は屈辱に震えながら土下座をした。

サポーター、フロント、スポンサー。

三位一体であるべき同朋のあいだに確執が生じたのは、

簡単に解きほぐせない事情があり、それを知るには本書をよむのが一番はやい。

ただひとつ言えるのは、溝畑の自慢の宴会藝は、

サポーターには通用しなかつたということだ。

陰毛を何本燃やそうが、フィールドにひろがる戦火には、つゆほども影響しないから。

 

 

 

 

 

 

昨年、Jリーグの基金からの融資をうけることの責任をとらされ、

大分トリニータの父はあつけなく放逐された。

「顧問」として残りたいと希望するも、それすら許されなかつた。

失職にいたる悶着には、新旧の大分県知事がかかわつており、

この点についても、みじかく要約するのは不可能だ。

現在は次官でこそないが、幸運にも観光庁長官をつとめる溝畑だが、

まだトリニータにもどることを夢みているらしい。

蛇蝎のごとく毛嫌いされても、病みつきになる仕事だから。

十一月二十日、辞任を報告するため練習場をおとづれた彼は、

芝生の上で泣きくづれ、選手に別れの挨拶すらできなかつた。





社長・溝畑宏の天国と地獄 ~大分トリニータの15年社長・溝畑宏の天国と地獄 ~大分トリニータの15年
(2010/05/25)
木村 元彦

商品詳細を見る
関連記事

テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

最近の記事
記事の分類
検索とタグ

著者

苑田 謙

苑田 謙
漫画の記事が多め。
たまにオリジナル小説。

Twitter
メール送信

名前
アドレス
件名
本文

カレンダー
09 | 2010/10 | 11
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
月別アーカイヴ
02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03