『映画 ハートキャッチプリキュア!』
映画 ハートキャッチプリキュア! 花の都でファッションショー…ですか!?
出演:水樹奈々 水沢史絵 桑島法子 久川綾
監督:松本理恵
脚本:栗山緑
作画監督:上野ケン
制作:日本 平成二十二年
[新宿バルト9で鑑賞]
花とファッション、女の子の大好物を貪欲にもりこんだハトプリが、
映画化にあたり選んだ舞台は勿論、花の都パリ!
つぼみは、ゆつたりしたブロッサムカラーのベアトップのワンピに、
黒のカットソーをあわせ、いつもよりシックなよそおい。
ファッション部部長のえりかは、襟と袖口にファーがついたブルゾンで、
異国でも動きやすそうだが、ボトムスはショートパンツにニーソックス、
さりげなく女らしさをアピールするのがさすが。
パリジェンヌにだつて、まけてない。
『ハートキャッチプリキュア!』の見どころを問われたら、
その心のうつくしさだと、ボクは答えるだろう。
道に迷つたつぼみは、傷だらけの狼少年オリヴィエと出会うが、
ほうつておけず世話をやき、花の都でも戦いに巻きこまれる。
そこいらの作品なら、「御都合主義」と笑われてもおかしくないが、
もしキュアブロッサムが困つた人間を見捨てたら、「原作をねじまげた」と批判されるはず。
おばあちやん子のつぼみは、やけにことわざにくわしいが、
フランスではオリヴィエ少年に、「袖ふりあうも他生の縁」をおしえる。
二〇〇一年のフランス映画、『アメリ』をおもいだした。
あの名作には、「ことわざをたくさん知つてる人間に悪人はいない」というセリフがある。
ボクは昔、ことわざ大好き少年だつたから、うれしかつた。
慣用語の意義をつたえるアニメなんて、他にないとおもわれる。
キュアムーンライトが世界を破壊せんとたくらむ敵と対決する、
ガルニエ宮の場面では、平素は理知的な彼女が激昂し、こうさけぶ。
人の心をしらないあなたに、世界をかたる資格はない!
このまつすぐさが、なによりも尊い。
終盤、劇場内で色とりどりの光がゆれて何事かとおどろいたが、
中学生以下の入場者にライトがくばられていたらしい。
妖精の合図にあわせ、懸命に応援したわけだ。
カワイイなあ。
ファッションモデルをつとめるコッペ様がおかしいEDがおわると、
明るみはじめた暗闇を、あたたかい拍手がみたす。
おもいやりの心。
その大切さ。
人の心をしること。
そして、自分の心をひらくこと。
暗がりでライトをふる少女の何倍も年をとつているボクは、
彼女たちとおなじ空間で鑑賞するのが恥づかしかつたのだが、
価値ある何かを一緒にまなべたことを、いまでは誇らしくおもう。
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テーマ : ハートキャッチプリキュア!
ジャンル : アニメ・コミック
睦月のぞみ『兎の角』
兎の角
作者:睦月のぞみ
掲載誌:『Fellows!』(エンターブレイン)vol.6~
[単行本は「ビームコミックス」として、第一巻まで刊行]
《注意》
以下の記事では、物語の核心にふれています。
黒髪ツインテールに、ミニスカートの学ラン。
これだけで目をひく小柄な娘の背には、巨大な鈴が!
祈祷師・真白アヤ。
その人を食つた言動をふくめ、型やぶりなヒロインだ。
「美少女祈祷師」は、四人の謎の意識不明者をだした女子高に、
その原因と噂される「幽霊」を退治するためよばれた。
校内で案内役をつとめるのが、理事長の娘・天沢イズミ。
繊細な金髪と蒼い瞳は、いわくありげな生い立ちを想起させる。
マジメな性格、雲をつく長身、ゆたかな胸までアヤとは好対照で、
ここに凸凹霊能探偵コンビが誕生した!
バカデカい鈴はこうつかう。
洗錬にかける捜査手法を駆使し、寮をうろつく幽霊の正体と、
人身売買にまつわる学園の秘密をあばきだす。
午前零時にあらわれる、ながい髪の幽霊。
なやめる子羊を、永遠の闇夜にいざなう。
だがこの女が徘徊するのは、イズミの不幸な過去と、
内面にかかえる苦悩に因縁があつた。
……話のつづきは、本書を手にとつてからのお楽しみ。
睦月のぞみ。
失礼ながらほぼ未知の作家だつたが、十年以上の職歴をもつ。
なめらかな描線、あざやかな明暗。
ため息がでるほどの。
耽美的な作風とおもわせつつ、凸凹コンビの漫才で物語はつづられる。
どうも一筋縄でゆかないセンセイらしい。
当世風(?)に「百合展開」もあつたりして。
『兎の角』は、はじめての長篇連載の様だが、満を持してというか、
知る人ぞ知る作家が世に出るときの、自信と勢いを感じる。
だがしかし、事の顛末はさらにややこしくなる。
イズミが十年も書きためたポエムのおかしさは、幽霊話がふきとぶ破壊力。
挙句の果てに――
――耳をうたがう事実があきらかに。
それは兎も角。
タイトルが意味不明なのと、作者が意地悪だという瑕瑾こそあれ、
『兎の角』は、見逃してはならない漫画だと断言しよう!
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清秋の星座 ―― なでしこリーグ 第17節 ベレーザ-アンクラス
『週刊サッカーダイジェスト』(日本スポーツ企画出版社)10月19日号
なでしこリーグ 第17節 日テレ・ベレーザ-福岡J・アンクラス
結果:3-0 (2-0)
得点:29分 大野忍 40分 大野忍 78分 岩渕真奈
会場:西が丘サッカー場
[現地観戦]
秋風よりも、すずやかな。
猶本光(なおもと・ひかる)。
福岡J・アンクラス所属の十六歳を、この目でみたくて西が丘をめざした。
U-17ワールドカップで準優勝し、トリニダード・トバゴから銀メダルを手土産にしたひとり。
だから、日本一サッカーが上手な女子高生のひとりなのは確実だし、――
――日本一の美少女のひとりだ、とつけ加えても過言ではない。
むかえうつベレーザには、十七歳の岩渕真奈がいる。
時の流れほどおそろしいものはなく、超然たる閃光の天使でさえ、
後続走者から目標にされ、その足音を背後にきく日々をすごす。
ふたつの超新星が交錯するとき、どんな歴史画が虚空にえがかれるのか。
左側面に、岩渕真奈が。
「勝つているチームはいじらない」がサッカーの鉄則だが、
鉄則とは、その誘惑があまりに強いことを證明するためにあるのか。
意外と不器用な十七歳は20分すぎ、より居心地のよさげな右にもどつた。
カントクの指示があつたかどうか、しらない。
それにつられ、アンクラスの中盤の布置が線対称にかわる。
どうも三十歳の正手亜希子に、わかきドリブラーを警戒させたかつたらしい。
天球儀がまわり、星たちは上下左右し、勝敗が決した。
あれほど御真影に見惚れた猶本光は、かぶりつきのスタンドからなのに、
キレイな顔だちでマジメそうな、変哲もない女子高生にしか見えなかつた。
夜行性の肉食獣のごとく、貪婪にひかるあの瞳、
岩渕真奈という存在の特異性をおもいしらされる。
「攻守の切り替えをはやく」、これもまた鉄則なのだが、
岩渕真奈は、その片道にしか熱心ではない。
ときおり、わざとゆつくり帰陣する様にみえる。
反撃の際、最前線でボールを受けとりたいからか。
ボクは戦術に無智で、滑稽な発言をしているかもしれないけれど、
彼女は「2トップ」の布陣を、自分の好みで「3トップ」に変えてないか?
幼稚な有限数列で、戦術をかたることに意味があるとして。
78分。
右の廻廊を駆けぬけ、右足をふりあげる。
ほとばしる閃光、切り裂かれるゴールネット。
岩渕真奈は、星座図にはのせられない。
彼女は蒼き彗星で、その軌道が網膜にうつりし刹那、消失する。
ぶっちー情報は、掲示板『岩渕真奈 閃光の天使』でも紹介しています。
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モタニ党宣言 ―― 藻谷浩介『デフレの正体』
デフレの正体 経済は「人口の波」で動く
著者:藻谷浩介
発行:角川書店 平成二十二年
[角川oneテーマ21]
日本には幻影が出没している。
それはモタニ主義の幻影だ。
日本政策投資銀行につとめる藻谷浩介は、
「好況と不況」や「インフレとデフレ」といつた物差しでは、
いまの日本の経済をはかれないと主張する。
それどころか、GDP、失業率、地域間格差、生産性向上、技術革新など、
ケーザイの専門家から耳にタコができるほど聞かされたキーワードさえ、
「人口構造の変化」という荒波のまえでは無力であると。
まさに一刀両断!
「失業率」がもつとも高い沖縄で、小売販売額や個人所得が伸びているのはなぜか?
「就業者数」が順調に増加しつづけた唯一の県だから。
財布がふくらみ、モノがうれるのは当然。
また、90年度を100とした06年度の小売販売額の水準は、
青森県が98なのに対し、東京都二十三区は90。
これでも「衰退する地方経済」などと言えるのか。
今後十年間で、青森県の65歳以上の人口は二割ふえる。
たしかに厳しい数字だが、若者のつどう首都圏はどうか。
なんと45%の増加が予測されている。
団塊世代は都会が大好きだから。
老人ホームならぬ、老人シティの出現だ!
金融資産を一億円以上もつ個人は、世界に950万人いるが、
そのうちの六人に一人が日本人、という調査があるのだとか。
戦後の経済発展のドサクサにまぎれ、従業員持株会や系列企業持株会などを通じて、
先端企業の株を保有し、億万長者になつたジジババが大勢いらせらる。
宿痾は、この強慾爺がためこんだ1400兆円だ。
彼らはもう家を買わない、車を買わない、スーツも買わない。
肉や酒も好まなくなつたし、もうすぐ死ぬのに勉強する気になれず、本も読まない。
貯蓄が趣味なのではないが、体のことは不安でたまらず、ひたすら資産を保全したがる。
ひさしぶりに大金を出したのは、命のつぎに大切なテレビを買いかえたとき。
それでさえ、「地デジ化のためだからしかたない」と言い訳が必要だつた!
内需不振もむべなるかな。
しかも長寿国日本では、たとえ親が死んでも、相続する側の平均年齢が67歳。
貯蓄は貯蓄にまわり、経済は停滞したまま。
この本のよいところは、政府に過大な期待をかけないところ。
40兆円の税収にもかかわらず80兆円以上つかう機関に、いまさらなにを望むのか。
われわれは、フランス、イタリア、スイスに匹敵する「ブランド」をつくるしかない。
中国やインドと安売り競争をしても勝ち目はない。
自動車会社ならBMWやベンツではなく、さらにその先のフェラーリを目指すべき。
また、日本人の一部の男たちはハイテク製品を崇拝しすぎる。
アップルのiPadより、ルイ・ヴィトンのバッグの方がよほど高価なのに。
戦後の日本で、普通の車や住宅や家電の生産力が発達したのは、
団塊世代や団塊ジュニアの需要をあてこんだから。
その時代は終つたのだから、はやく夢からさめた方がよい。
エレクトロニクスや自動車は大量生産のモデルから脱却できず、付加価値率がひくい。
すぐれた技術を価格転嫁し、人件費をはらえる様な「ブランド」が、
内需やGDPを拡大する決め手になる。
ただ日本のオジサンは、よろこんで若者の雇用を流動化・低廉化させたが、
ある年齢以上の正社員の処遇や福利厚生には決して手をつけなかつた。
こんな土壌で、「ブランド」など育つはずがない。
ほかに民間企業が、みづからの利益のためにできる努力は、専業主婦をやとうこと。
日本女性の就労率45%は、世界的にみても低い水準だ。
七割くらいあるというオランダも、昔は三割くらいだつたのが、
人口が高齢化するなかで女性就労比率があがつたのだとか。
日本もそうなるはずで、あとは経営者が現実を受けいれるだけだ。
団塊爺が金をつかうのは孫の誕生日くらいで、最近はその孫の数がへつている。
女にモテることもあきらめているから、使い道にこまる。
その点、女のオシャレ心はいくつになつても際限がない!
内需の革命的向上が期待できる。
経営者側に女をむかえれば、市場を開拓する可能性もひろがるだろう。
なお、女性の就労率と出生率は正相関するので、
「女が仕事に出ると子どもが減る」という心配も無用だ。
いまどき、共働きでなければ子育てはむつかしい。
家事をだれが負担するのかは課題だが、恰好の適職者がいる。
ヒマをもてあます団塊爺が、社会人として蓄積した能力をいかし、
わかい女性のかわりに家事にあたれば、女たちは経済発展に貢献し、
ジイサマたちは家族の称賛を得ることができる。
これは、悪くない家庭像だよね。
本書は、著者が全国で四千回ちかくおこなつた講演をまとめたもの。
著述を専門としない銀行員ゆえ、あぶなつかしい書きぶりも散見する。
マクロ経済学にケンカを売るあたりは、誤解を招きそうな表現がおほく、
実際にネット界隈では、バカな自称ケーザイガクシャ連中から批判されている。
それでも、すごい本だとおもう。
なにかを読んで脳細胞があわだつ感覚を、ひさしぶりに味わつた。
まるで、カール・マルクスの著作みたいに。
共産主義にたいして、宗教的、哲学的、イデオロギー的な観点一般から
なされている非難は、くわしい検討にあたいしない。
人間の生活諸関係、かれらの社会的諸関係、かれらの社会的存在とともに、
かれらの思考、見解、概念もまた、一言でいえばかれらの意識もまた
変化するということを理解するのに、ふかい洞察が必要であろうか。
諸理念の歴史がしめしていることは、精神的生産が、
物質的生産とともにかたちをかえるということ以外の、なんであろうか。
一時代の支配的諸理念とは、つねに支配階級の諸理念にすぎなかった。
カール・マルクス フリードリヒ・エンゲルス『共産党宣言』(講談社学術文庫)
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テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済
原明日美『中川翔子物語 空色デイズ』
中川翔子物語 空色デイズ
作者:原明日美
協力:ワタナベエンターテインメント
発行:講談社 平成二十二年
[KCピース]
それは、設計をまちがえたジェットコースター。
中川翔子が生きた二十五年を、一冊の漫画でふりかえつての感想だ。
中川しょうこ、九歳。
人並み以下の運動能力と、人並み以上の絵画能力をもつ、
どこからどう見てもフツウの女の子だつた。
たしかに父・勝彦が藝能人であるのは特殊な身の上だが、
あまり家にいなくて、あうのはテレビごし、すこし距離を感じていた。
男なのに長髪で、よそのお父さんより若々しくて、多趣味でおもしろくて、
大すきだけど、やはり不満はあるし、それを聞いてもらう時間もほしかつた。
平成六年九月。
まだ三十二歳だつた父を、急性骨髄性白血病でうしなう。
墜落。
その羽で、飛びかたを覚えるまえに。
罪の意識をかかえる、しょうこ。
あまりにせつない。
しかし九歳の少女に、それをどう受け入れろというべきか?
中野にある東京文化中学校(当時)に入学。
内向的な中川がのちに紅白出場歌手になる、と予想した同級生はいなかつた。
傷ついた小鳥をかばいだてするほど、女子中はあまくない。
深刻なイジメの日々。
人気者だつた「絵の上手なナカショー」が、「キモイやつ」に格下げされる。
彼女は胃腸がよわく、なにかあるたび嘔吐し、さらに気味悪がられた。
十五歳のとき、親戚のすすめでオーディションに応募。
父ゆづりの美貌をいかし、みごとグランプリを受賞した。
しかし藝能界の生存競争は、女子中よりきびしい。
羽をひろげる自由など、ゆるされなかつた。
「ミスマガジン2002」エントリー時のプロフィール。
たしかに「趣味はお菓子づくり」と詐称している!
よりによつてしょこたんの趣味を隠蔽するなんて、わるい冗談だが、
当時のアイドル業界においては、当然の措置にすぎない。
インターネットなら、自分が自分でいられるかな。
すくなくとも、好きなものを好きというくらいは許されるはず。
見様見真似で開設したブログが、やはり発端だつたらしい。
漫画でも、アニメでも、ゲームでも、ネコ(しょこたん語では「寝子」)でも、クリオネでも、
コスプレでも、聖子さまでも、ブルース・リーでも、メイクでも、木星でも、とにかくなんでも!
全部が全部ダイスキ!
ギザモユルス!!!
気づいたら、歌手になつていたしょこたん。
「Prism Tour 2010」のセットリストは、アニソンばかり。
猛烈な速度で、ループを駆けぬけるジェットコースターとともに、
うつくしい円環をえがく人生劇場。
父の遺志も、かくしていた趣味も、すべてひとつにつなげて。
カナリアは、自分だけの歌声をついに手にいれた。
本書の「特装版」では、しょこたん描き下しの四ページの漫画がよめる。
これくらいはまあ、朝飯前。
おもしろいのは「お悩み相談室」で、古参の『なかよし』読者として、
小中学生の質問に親身になつてこたえている。
大親友とケンカした? ならば、好きな漫画の情報をおしえて仲直りしよう!
勉強に集中できない? 翔子はマンガとゲームと仕事、全部同時にやつてるよ!
生足に自信がもてない? DSやりながらスクワットすると効果あるよ!
……回答の基準が独特すぎて、『なかよし』読者の役に立てたかどうか定かでない。
母と娘の関係については、こうかえした。
翔子がお母さんの桂子といまでも仲良いのは、
好きなことを応援してくれたから。
絵をかく道具は絶対に買ってくれました。
あと、だんなに一途なところもよいと思います。
仲の良い夫婦でいたらいいと思います!
これはまつたくの憶測にすぎないが、中川しょうこは、
できれば母が、父のことをずつと好きなままでいてほしかつたのだろう。
その願いすら裏切られたら、彼女の心は本当に砕けたかもしれない。
娘から「母兼親友」とみなされる桂子は、
カナリアの傷が癒えてふたたび羽をひろげるまで、
しづかに家をまもり、夫婦の夢を未来に花ひらかせた。
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唯登詩樹『My Sisters』
My Sisters
作者:唯登詩樹
発行:茜新社 平成二十二年
[TENMAコミックス]
《注意》
以下の記事は、露骨に性的な表現をふくみます。
小塚美姫は、売れつ子のAV女優。
高校生の尭斗は、そんな姉に恋している。
だからなに、てなもんだ!
唯登詩樹の漫画に、意想外なキャラや、ひねつたプロットなどないし、
浅智恵をしぼることを、作者は端から期待されていない。
そのヒマがあるなら、服のしわや髪の筋を、一本でも多くかいてくれ。
すべては、愛の女神エロースのために。
ラブホテルではなく、美姫のマンションの浴室です。
これぞユイトシキ的な空間。
姉の親友かつ恋人である春奈と、なりゆきで湯浴みする。
ちなみにこの方は、もとAV女優でおられます。
美姫が帰宅し、修羅場の気配がただよう。
しかしユイ先生は、サスペンスを強調することよりも、
春奈のブーツの潰れかたにこだわる。
わざわざ裏地まで描きこんで。
髪や服や靴や下着といつた、女の女らしさにしか興をそそられない、
この道四半世紀にいたる、かなしきエロ漫画家のサガ。
アキがほかの女とエッチするのはかまわないけど
アキの精液は私だけのものよ!
なんとうつくしき姉弟愛だろう。
唯登詩樹は、ただ単に絵が達者なだけでなく、
彼のマッキントッシュから生みだされる女たちは、
ひとりひとり表情や服の嗜好に個性があり、
読むものを惹きつけてやまない存在感がある。
三つ巴の取組は、水入りとなる。
なにやら怒つてばかりの姉上さま。
つねに真剣、全身全霊をかけてセックスにうちこむ女だ。
さあ、姉弟はいよいよ外出。
愛の魔法で、街全体をラブホテルにかえる。
引用画像は横からで申しわけないけれど、
おほきく胸元のひらいたキャミソール姿をたのしめた。
こちらは別の短篇、「妹 my sister」から。
初体験を終えたばかりの、春奈のカレシの妹・チマ。
モチロンお相手は、実の兄です。
それにしても、この屈託のなさ!
ユイトシキ的空間には、悩みひとつ存在しない。
エッチが大好きな女子大生・カンナと、
彼女の部屋にとりついた男の幽霊の交流をえがく、
短篇「inmate 一人暮らしの同居人」。
「交流」といつても、することは一つだけだが。
路傍で幽霊とむつみあい、絶頂に達したカンナ。
流行をとりいれた衣裳のはなやかさは、比類ない。
だから、どれだけ尾籠なふるまいを描いても、卑俗にならない。
幽霊クンが思い人に憑依し、なぜか男性器をはやして、カンナとまじわる。
事ここに至れば、もはや筋を追つてもしかたない。
ミニスカートの襞、あからむ頬、うるむ瞳、複雑にからみあう華奢な手足。
長いため息をつき、ただ見惚れながら時をすごそう。
夕明りのさす公園に、失神したふたつの肉体がころがる。
邪魔が入らないかぎり、セックスはつねにハッピーエンドでおわる。
この苦悩なき楽園。
唯登詩樹があやつるMacは、世界をまるごと一本のAVに編集した。
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空間、せめぎあう少女たち
しとど濡れそぼつ人工芝。
九日は土曜日、ほぼ一年間にわたり不敗をほこる早稲田大学に、
中学生をふくむ日テレ・メニーナが胸をかりた。
全日本女子選手権への出場権を賭して。
高オッズは、電荷をおびた粒子にかわり、
鬱陶しい水蒸気にまじつて、見物客の肌をチクチクと刺す。
28分、岩渕真奈の背番号をついだ中学二年生、籾木結花が先制点をあげた。
こんなはずではないと、臙脂色の怒りが燃えさかる。
後半開始に間もなく、メニーナの小林海青が退場処分。
さらに68分、コーナーキックから同点に。
まだ恋もしらぬ様な、おぼこ娘の歓喜のダンスなど、死んでも見たくない!
追い詰められる、緑の少女たち。
「4-3-2」。
メニーナの寺谷真弓監督は、吉林千景を投入し、
急ごしらえのピラミッドの力で安定をはかる。
そして、貪欲に逆転をいそぐ早稲田の両脇には、無人の野があつた。
右サイドバック・長澤優芽が、精妙な匙加減でじわじわ侵入する。
細く長い手足とピンポン玉みたいな頭骨、日本人ばなれした肢体に、
純和風の顔だちがのる、ある意味アンバランスな高校二年生。
それでも彼女の平衡感覚は、秀逸だつた。
78分、長澤とともにU-17ワールドカップに出場した田中美南が、
都の西北からきた年長者を、左足で絶望の淵にたたきこむ。
試合終了。
誰よりも声を出しつづけた、早稲田の6番・高畑志帆は、
最後の挨拶を終えたあと、顔をあげられない。
臙脂のジャージは、雨滴と発汗以外のなにかのせいで、
絞りきれないほど水分をふくんでいたろう。
関東女子選手権大会(兼・全日本女子選手権大会関東地区予選)
早稲田大学-日テレ・メニーナ
結果:1-2 (0-1)
得点
【早稲田】68分 八木彩香
【メニーナ】28分 籾木結花 78分 田中美南
会場:駒沢オリンピック公園第二球技場
[現地観戦]
それが二日後の天候とは、いまだ信じがたい。
八王子の森が、季節はづれの炎気に焼けつく。
屋台では、かき氷が大ヒット商品に!
なでしこリーグ第15節。
連勝記録を「七」までのばしたINACを、メニーナの姉貴分が迎撃するが、
川澄と高瀬、大小二本の槍に失血をしいられた。
はやくも11分に、川澄奈穂美が最初のゴールをきめる。
だが上柚木公園には、メニーナの10番を脱ぎすて、
ベレーザの10番を身にまとう十七歳がいた。
目一杯右足をふりぬき、ただちに同点にもどす。
蟻の這い出る隙もない右側面で、執拗にドリブルをくりかえし、
客席を興奮に沸かせながら、おのが領土を一平方メートルづつ拡大する。
岩渕真奈は後半も、かろやかな動態をみせる。
電光石火、ペナルティエリアに飛びこみ、海堀あゆみとランデヴー。
多摩川ぞいの空に、あざやかな虹をえがいた。
この上なくやさしく、うつくしく、そして残酷なひと蹴り。
平面だけでは飽き足らず、さらなる高次元まで支配する。
大団円にむけて、わかき主演女優のテンションは高まるばかりだ!
なでしこリーグ 第15節 日テレ・ベレーザ-INAC神戸レオネッサ
結果:4-1 (3-1)
得点
【ベレーザ】12分 岩渕真奈 20分 豊田奈夕葉 30分 須藤安紀子 55分 岩渕真奈
【INAC】11分 川澄奈穂美
会場:上柚木公園陸上競技場
[現地観戦]
ぶっちー情報は、掲示板『岩渕真奈 閃光の天使』でも紹介しています。
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サムライとは ―― 『半次郎』
半次郎
出演:榎木孝明 AKIRA 白石美帆 津田寛治
監督:五十嵐匠
制作:日本 平成二十二年
[シネマート六本木で鑑賞]
ブログで映画のレビューを書くとき、予告篇を貼りつける風習があるが、
いままで真似しようとおもわなかつた。
動画をみる方がはやいなら、文章を書く意義はない。
なにかを書くことは、一対一のたたかいだ。
題材が名作であればあるほど、書き手の力量がためされ、
それを上回る文章をかく義務が生じる。
できないなら、沈黙した方がよい。
しかし本作『半次郎』には、どうしても言語化しえない部分があつた。
中村半次郎、のちの陸軍少将・桐野利秋が、示現流の演武をする。
柞の木刀をつきあげ、脳天からでた様な声で大喊。
あえてカタカナでしるすなら、「ケーッ」か。
たしか司馬遼太郎がそう書いていた。
掛け声としては「エイ」だが、はげしすぎて言葉をなさない。
いささか滑稽ではある。
だがそれが一撃必殺の剣法の型としれば、笑いもひきつる。
切先が天をむくのは、斬撃の威力を最大にたかめるため。
防御は一切しない。
雲耀のごとく先手をうばい、受太刀もろとも切り捨てる。
薩摩にうまれ、古武術をおさめたという榎木孝明のほかに、
だれがこの役を演じきれたろうか。
血をまぜた泥流が西海道の山肌をあらう。
その損耗のすさまじさにおいて、西南戦争はきわだつている。
おもだつた薩軍幹部はみな、戦死または自刃して果てた。
左の赤い髪が、広島光が演ずる辺見十郎太だが、
作中での活躍は期待したほどではない。
辺見は薬丸自顕流にまなんだ、身の丈六尺の偉丈夫で、
四尺あまりの野太刀をふるい、昼夜問わず八面六臂の奮闘をみせたのに。
戦争映画ではなく、伝記映画なのか。
白石美帆は京の町娘に扮し、半次郎と懇ろになる。
極貧にたえた実方の「イモ侍」の時代から、風雲急をつげる京の日々をすぎ、
功なり少将閣下とよばれる栄達にいたる生涯を、女の目から一本の糸につむぐ。
だけど、京言葉がどうもねえ。
常州うまれの白石に、みやびな抑揚をならう時間は足りなかつた。
田畑智子にやらせたらと思うと、ひたすら惜しい。
企画者である榎木孝明の、サムライの魂を蘇らせんとする情熱は買うが、
結局「歴史もの」は、歴史オタクに重箱の隅をつつかれて終りがちで、
本作もその弊をまぬがれてはいない。
桐野は負けると知りつつ、大義のために挙兵した。
そう言いたげな映画だが、三島由紀夫の崇拝者の様に弁解がましい。
連中は頭が悪いから、負けただけだ。
熊本城には少数の抑えをおき、小倉を一挙に落せばよかつた。
しかし、チンダイ兵など鎧袖一触して蹴散らせるという驕りが、
稚拙な戦略をえらばせ、全軍を惨敗にみちびいた。
小倉を攻めれば勝てたわけでもないが、戦域はグンとひろがり、
さしづめ南北戦争ならぬ東西戦争とでも呼称されたはず。
総司令官をつとめ言動は不如意となり、どこか精彩を欠く桐野にかわり、
従弟の別府晋介が、薩摩のボッケモンらしさを体現する。
演じるのは津田寛治。
官軍に包囲された城山で、晋どんは西郷隆盛の介錯をした。
神のごとく崇める巨人を、おのが手であやめるという絶望感。
天をあおぎ、桜島をゆるがすほど激しく咆哮する。
だがそれは、名誉ある務めでもある。
西南の役なかりせば、別府景長晋介など、歴史に名を残さなかつたろう。
その魂が平成の役者の体をかりて、あらあらしく吼える。
やはりサムライとは偉いもの、と慨嘆せざるをえない。
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翼をひろげて ―― 親善試合 アルゼンチン戦
親善試合 日本-アルゼンチン
結果:1-0 (1-0)
得点:19分 岡崎慎司
会場:埼玉スタジアム2002
[テレビ観戦]
『週刊サッカーダイジェスト』10月19日号
マフィアの会合ではないので、御安心ください。
みなサッカーのテクニカルスタッフです。
中央が、日本代表監督に就任したアルベルト・ザッケローニ。
その左に、参謀として彼をささえつづけるステファノ・アグレスティ。
恰幅のよい右の男は、フィジカルコーチのエウジェニオ・アルバレッラだ。
もとカヌー選手だそうで、ユベントスでアマウリの筋力を向上させた。
さらにその右でよそ見をしているのは、GKコーチのマウリツィオ・グイード。
ACミランでは、まだ二十一歳のアッビアーティを抜擢した。
一番左のピンクシャツが、在日経験のあるジャンパオロ・コラウッティ。
この人の役割は、よくわからない。
いろいろ手伝つてもらうらしい。
原博実がカントクを一本釣りしようと渡欧したら、オマケが四つもついてきた!
要するにザックさんは、さみしがり屋のイタリア親父で、
どこへゆくにも飲み友だちがいないと不安な人なのだ。
オッサン全員が、仲よくジーンズをはいているのもおかしい。
ただ特別スマートでもないのに、日本ではお目にかかれない粋なセンスがひかる。
岡崎慎司が右側面をえぐる。
日本代表はその限界まで、翼をひろげた。
折り返したボールが、長谷部誠の足もとにころがる。
するどく曲るシュートを、ロメロがとりこぼす。
あわてて森本貴幸がつめるが、すぐあきらめた。
さつきまで右にいたはずの岡崎に横取りされたから。
つぎは左翼。
香川真司は三人にかこまれており、得点の見こみはうすいが、
意外や二十分前よりなめらかに、アルゼンチンの組織を劈開する。
水槽の青い熱帯魚をおう、空色の三人。
反対側のコースは、だれも泳いでいない。
内田篤人の右足が振りぬかれるが、十センチ枠をはづした。
短気なドライバーの様に、各車線を右往左往。
この試合を「ラインぎわの魔術師」滝一がみたら、感動にふるえ前歯を鳴らしたはず。
65分に、前田遼一がセンターフォワードで起用される。
うつくしいボール捌きをみせる、ミスチル好きの暁星高校卒業生は、
得点王の肩書きを南アフリカへのパスポートにかえられなかつた。
なんとなく影が薄いせいか。
でも金曜日の彼はちがつた。
いま、オレはここで必要とされている。
その思いが、感覚を鋭敏にする。
日本代表は、翼をひろげて果敢に飛びたつた。
獲物をついばむ尖つた嘴がそろえば、どんな敵もおそるるに足りない。
二十九歳のストライカーが、その重責を担つてくれるなら、
五人のイタリャーノは狂喜し、とつておきのヴィノの栓をぬくだろう!
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マジ勘弁でチュー ―― 木村元彦『社長・溝畑宏の天国と地獄』
社長・溝畑宏の天国と地獄 大分トリニータの15年
著者:木村元彦
発行:集英社 平成二十二年
大分トリニータ。
このサッカークラブの誕生を祝うものは、一人もいなかつた。
それは、三十歳で自治省から大分県庁に配属された溝畑宏が、
父に煽られてデッチあげた団体だから。
溝畑の父である茂は、偏微分方程式論で国際的に名高い数学者。
キビシイ人だつたらしい。
息子が東大に進学がきまつても、まつたくよろこばない。
なぜお前は東大へゆくのか?
わかくして寿司や大工の職人になることもできる。
なぜほかの道をえらばないのか?
論理的にはその通りだが、息子としては嘘でも褒めてほしいところだ。
I種試験に合格したときは、激怒した。
お前はこともあろうに、権力の側にまわるつもりか!
そして、大分県に出向した平成二年。
イタリアのヴェローナ大学にいた父から電話がはいる。
いますぐこい。
お前が絶対にみるべき物がある。
気むづかしい父を興奮させたのは、ワールドカップ・イタリア大会だつた。
マラドーナ、マテウス、リネカー、ストイコビッチらがかがやいた祭典。
人口二十七万人のヴェローナで開催できるなら、
六十万人がすむ大分だつて可能なことに、現地で気づく。
事務次官程度の成功では自分をみとめない父を、
ギャフンといわせる仕事がついに見つかつた。
以上の経緯があり、ワールドカップ招致活動の一環として、
Jリーグ参入をめざす「大分トリニティ」がつくられた。
カネも練習場もスタジアムもない、そもそも選手がいない。
溝畑の悲壮な資金集めの日々がはじまる。
彼の悪趣味な宴会藝は、本書で嫌というほど詳述されている。
裸でおどるのは当り前、そのうえ陰毛を燃やすのが得意技で、
毛が生えそろうヒマがなかつたとか。
商工会議所の人間に、「ケツに花火をいれて踊れば百万円やる」といわれれば、
大喜びでロケット花火をつきさし、肛門に火傷をおつた。
出資者をあつめたから勝つのか、勝つたから出資者があつまるのか。
それはわからない。
おそらく両者ともに真実で、単純な因果関係など存在しないだろう。
いづれにせよ、溝畑はペイントハウスなどのスポンサーを獲得し、
シャムスカ監督ひきいるチームは平成二十年、ナビスコカップを制した。
わづか十四年で、ゼロから頂点へ。
数学的にありえない奇跡だ。
ただし栄光は、ときにおのれの首をしめる。
カップ戦優勝の翌年、大分トリニータはリーグ戦で十四連敗を喫した。
監督交代の時宜をのがしたのが原因だ。
端正な風貌のシャムスカは、大分の英雄だつた。
若いわりに戦術は古風で、練習メニューも千篇一律であり、
金崎夢生などは不満も洩らしていたらしい。
しかし、だれが英雄を追放できるだろう。
「日本一」という美酒の酔いからさめない、サポーターによる批判も激化する。
サポーターが掲示した横断幕で、「フォーリーフ マジ勘弁でチュー」、
「毛もナシ 義理もナシ 見る目もナシ」とある。
「毛もナシ」は溝畑の外見の弱みを揶揄したもので、わかりやすい。
左の幕は、あたらしいスポンサーを中傷するために書かれた。
ネズミ講だから、勘弁でチュー。
頓知がきいているが、経営者にとつては冗談ですまない。
九州石油ドーム(当時)の貴賓室で、溝畑は屈辱に震えながら土下座をした。
サポーター、フロント、スポンサー。
三位一体であるべき同朋のあいだに確執が生じたのは、
簡単に解きほぐせない事情があり、それを知るには本書をよむのが一番はやい。
ただひとつ言えるのは、溝畑の自慢の宴会藝は、
サポーターには通用しなかつたということだ。
陰毛を何本燃やそうが、フィールドにひろがる戦火には、つゆほども影響しないから。
昨年、Jリーグの基金からの融資をうけることの責任をとらされ、
大分トリニータの父はあつけなく放逐された。
「顧問」として残りたいと希望するも、それすら許されなかつた。
失職にいたる悶着には、新旧の大分県知事がかかわつており、
この点についても、みじかく要約するのは不可能だ。
現在は次官でこそないが、幸運にも観光庁長官をつとめる溝畑だが、
まだトリニータにもどることを夢みているらしい。
蛇蝎のごとく毛嫌いされても、病みつきになる仕事だから。
十一月二十日、辞任を報告するため練習場をおとづれた彼は、
芝生の上で泣きくづれ、選手に別れの挨拶すらできなかつた。
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メラニー・ロラン、テーブルごしの戦争 ―― 『イングロリアス・バスターズ』
イングロリアス・バスターズ
Inglourious Basterds
出演:ブラッド・ピット メラニー・ロラン クリストフ・ヴァルツ
監督:クエンティン・タランティーノ
制作:アメリカ・ドイツ 二〇〇九年
テーブルは、女の戦場だ。
ナイフやフォークという兵器を駆使し、おのれの矜持をかけて対峙する。
メラニー・ロランは、パリの映画館「ル・ガマール」のオーナー。
その実は、家族四人をころされたユダヤ系のドレフュス家の生き残りで、
身分をかくしてドイツ占領下のフランスにくらしていた。
ある日、唐突にあらわれたゲシュタポに、なかば強制的に同行をもとめられる。
つれられたレストランには、国民啓蒙・宣伝大臣ゲッベルスがいた。
第三帝国における、ヒトラーにつぐ実力者。
看板娘を見染めた、戦争の英雄ツォラー一等兵のたつての希望で、
国策映画のプレミアをル・ガマールでひらきたいという。
ナチス高官を大勢あつめて。
寝耳に水の話だが、まばたきひとつしない。
クレーン車でつる様に、口角をもちあげる。
素性が露顕して殺されると危惧したが、逆の機会がころがりこんだ。
うちとけた団欒の情景。
静謐な微笑をたたえるフランス女が、復讐の女神と化すなんて、夢想だにしない。
暗転。
一座のもとに、ランダ親衛隊大佐がおとづれる。
氷の微笑が、かすかにきしむ。
「ジュー・ハンター」の異名をもつこの男こそ、家族の仇なのだから!
テーブルは、ときにおそるべき偶然をまねく。
プレミアの警備責任者である親衛隊大佐は、
会食の場をかりて、正体のしれぬ劇場主への尋問をはじめた。
注文をとりにきた給仕に、嫌味なほど流暢なフランス語でこたえる。
シュトゥルーデル(オーストリアやドイツのペイストリー)をふたつ。
飲み物は、わたしにはカフェ、こちらのお嬢さんにはミルクを。
露骨に小娘あつかいし、圧迫する。
菓子と飲み物が配膳される。
死ぬほど畏縮していたため、おのづとフォークに手がのびるメラニーを制止する。
だめだめ、クレームをまちなさい。
食い物にやたらとうるさい男は、薄気味がわるい。
男なら、出されたものを黙つて食えばよい。
親衛隊大佐お待ちかねのクレームが到着。
たつぷりと生地にのせて。
食欲など、かけらもない。
胃のなかのものを吐かない様、こらえるのに懸命なほどだが、
怪しまれるのをおそれて左手をうごかす。
すすめられたシガレットもすう。
自分の呼吸はとまつているかもしれないが、演技だけはしなければ。
いくら憎んでも憎みきれないほどの仇敵。
地獄の底に突きおとし、八つ裂きにしても不足な悪魔。
でも弔い合戦の好機は、すぐあとに来るのだから。
さしものジュー・ハンターも、假面の裏の素顔をみぬけず中座する。
あれほどこだわつたクレームで火をけしながら。
美女との相伴をたのしむためのデセールではなく、
相手の神経が悲鳴をあげるまで容赦なく、その場を支配したかつただけ。
世界一心のこもらない、わかれの挨拶。
最後にのこつた数滴の気力をふりしぼり、口角をつりあげる。
おゝ、メラニー・ロラン!
パリうまれの二十七歳。
そのものがなしい笑顔のうつくしさよ!
ランダが外にでたのを見届けると、それまでつめたい瞳で堰きとどめた、
臓腑がちぎれるほどの恐懼と怨念が、一度にあふれだしてあえぐ。
それでも口もとをおさえる右手の角度は、完璧なまでに典雅だ。
プレミア当日、深紅の衣装に身をつつむ復讐の女神。
ヒトラーもふくめて一網打尽、ヤハウェにささげる生贄とする。
血塗られたハッピーエンディング。
今夜も世界のどこかで誰かが、テーブルクロスの上に歴史を書きかえるのだろう。
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だれがモーツァルトを殺したか? ―― 『アマデウス』
アマデウス
出演:F・マーリー・エイブラハム トム・ハルス エリザベス・ベリッジ
監督:ミロシュ・フォアマン
制作:アメリカ 一九八四年
[DVDで鑑賞]
さてさて、はやくも「ブログ DE ロードショー」の時期がまいりました。
第十三回の作品をえらばれたのは、「ロッカリア」さん。
「この映画はミステリーだ」と、選定理由の説明に書いてあつたので、
クラシック音楽にうといボクも、犯人さがしに協力してみませう。
だれがモーツァルトを殺したのか?
ちなみにネタ本は、ピーター・ゲイ『モーツァルト』(岩波書店)です。
アントニオ・サリエリが毒殺したというのは、だれも信じていない与太話。
無論、田舎町ザルツブルクからきた天才に嫉妬はしただろうし、
自分の特権的地位や、藝術家としての名誉がおびやかされたのだから、
それを守るための努力だつてしただろう。
だが、モーツァルトのオペラが舞台にかからない様に、
みづから手をよごして陰謀をめぐらしたなんて、無理がある。
そんなに宮廷楽長はヒマではないと、あの世でくやしがつているはず。
かれらは友人とはゆかなくても、それなりに親しかつた。
サリエリは、モーツァルトのオペラのいくつかを指揮までした。
また、ライバルだつた二人の年齢は六歳ちがいにすぎないが、
役をふられたエイブラハムは四十五歳、ハルスは三十一歳。
歳の差を強調しすぎではないか?
たかが映画、歴史上の事実など勝手放題にねじまげればよい。
でも『アマデウス』は、その手法に疑問を呈さざるをえない。
なにかを、ごまかしている。
右の男、レオポルト・モーツァルトが鍵をにぎる。
かつてこの父子は一心同体だつた。
レオポルトは自身の作曲活動を見切り、ヴォルフガングの才能に賭け、
パリやロンドンなど、聴衆のいるところならどこでもヨーロッパを旅した。
病をおして夜の二時まで息子の荷づくりをして、四時間後におきたり。
ゴキブリの這うベッドをわけあつた朝、息子が「眠れなかつた」と不平をいうと、
「イビキをかいていたくせに」と笑いながらやりかえした。
しかし、いくら夢はひとつでも、体はふたつ。
決裂のときがやつてくる。
ザルツブルクをはなれたヴォルフガングに、母を目付役として帯同させたが、
孤独な異郷で体をこわした彼女はパリで客死した。
父は息子を責める。
お前のおこないが悪いせいで、母さんは死んだ。
つぎは私の番だろう。
これほど理不尽な叱責もないが、ヴォルフガングが反論した形跡はない。
父に逆らうなんて、思いもよらなかつたから。
二十六歳のとき、猛反対をおしきりコンスタンツェ・ウェーバーと結婚するが、
レオポルトは嫁を正式な家族の一員としてみとめなかつた。
わかい夫婦がつぎつぎと四人の子をうしなう不運にも、一切同情をしめさない。
このきびしさ。
『アマデウス』でえがかれたサリエリの「陰謀」など、たわいないものといえる。
借金を返さないと信用をうしなう、信用をうしなえば名誉をうしなうと、父はおしえた。
息子は借金を返すため、ちがう相手に無心する手紙をひたすら書いた。
夫の三十五歳での死後、舅のかわりに未亡人が貪欲なプロモーターになる。
「毒を飲まされた」といつたとか、レクイエムは彼の死を予言したとか。
コンスタンツェが、夫の生涯を劇的なものに演出するために、
どこまで私的な情報を明らかにしたのかは、検證しようがない。
ただ彼女には、遺産である楽譜を高く売りたいという動機があり、
実際に多大な利益をえたことは知つておくべきだろう。
モーツァルトが無名者用の共同墓地に埋葬されたという説にも、根拠はないらしい。
彼の葬式は最も安価なものであったが、その埋葬は貧民よりは一段階
――ほんの一段階ではあるにしても――格が上だったのである。
さらに、我々が知るモーツァルトの考え方からすれば、
聖職者の権利に反対するカトリック啓蒙主義に身をひたしていたこと、
フリーメイソンの主義の洗礼をうけていたことからして、
彼があれ以外のものは求めなかったであろうと考えることができる。
残念ながら、彼の最期には、多くの人々が考えたがるほどの悲哀はなかったのである。
ピーター・ゲイ『モーツァルト』(岩波書店)
それは慣例どおりの葬儀だつたと聞くと、ガッカリする。
われわれ凡人は、「不遇に死んだ天才」という悲劇を好むから。
そしてハンカチを濡らしながら、心のなかでザマミロと舌をだす。
天才作曲家は、私生活では父をおそれる息子にすぎなかつた。
みじかい一生に七百曲以上かいた男に、波瀾万丈の物語などあるはずもない。
その人生は平凡で、だからこそ不気味だ。
モーツァルトですら、父の影におびえつづけていたなんて!
『アマデウス』というドラマのなかで、サリエリはレオポルトの代役をつとめた。
年齢差が強調された理由はそこにある。
筋書きはより単純で、甘つたるい味わいになつた。
レオポルト本人はいかにも脇役で、中盤であつさり退場する。
父と息子の軋轢、男の内面の一番奥深いところでの葛藤など、
苦すぎてやすやすとメニューに載せられない。
では、だれがモーツァルトを殺したのか?
本作の監督、ミロシュ・フォアマンその人だ。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトを、珍獣めいた奇人としてえがき、
作品と人生にひそむ亀裂を、歴史のヴェールの陰にかくした。
そこから漏れる閃光こそが、なにより眩しいものなのに。
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映画に愛された女・谷村美月 ―― 『おにいちゃんのハナビ』
おにいちゃんのハナビ
出演:高良健吾 谷村美月 宮崎美子 大杉漣
監督:国本雅広
制作:日本 平成二十二年
[新宿武蔵野館で鑑賞]
けふもまた、白血病。
キライキライと言いながら、また「難病もの」を見に出かけた。
化学療法によるツンツルテンの頭が流涕をさそうが、
意地悪な見かたをすれば、仕事があまりない女優だから、
受けることのできた申し出だといえる。
谷村美月、二十歳。
その少女時代の美貌は、伝説になつている。
五年まえ、「海賊版撲滅キャンペーン」とやらのために、
全国の映画館で、日ごとに漆黒の涙をながした。
関めぐみ・撮影『花美月』(集英社)
ふくよかに育つた十八歳のときの写真集が、ボクの手もとにある。
体がおとなになる過程で、目鼻立ちはくづれだした。
そしてハタチの、坊主頭。
美の抛棄。
谷村美月と名づけられた塩基配列は、うつくしくあることに飽きて、
それより価値のあるなにかを、手さぐりで探しもとめる。
高良健吾は、くらい部屋で動画をみたり、ブロック崩しであそんだり。
だが、こんなに眉目秀麗な引きこもりはいない!
それはもつと不潔で、みすぼらしいものだ。
ボクはいまだに、外界との接触に気おくれするタチだからわかる。
住環境が悲惨だから、毎日しかたなく街をうろついているけれど。
そんなダメ兄貴を、半年ぶりに家にもどつた谷村美月は、
社会復帰させようと粉骨砕身する。
その気持ちもわかる。
経済的に心理的に、自分が家族に負担をかけたので、
長くないかもしれない生のともし火がたえぬうちに、恩返しがしたい。
新潟県小千谷市片貝町、花火しか特長のない田舎町で、
寄り添いながら、力をあわせ、精一杯いきる不器用な兄妹の姿は、
夏の夜空の花火より、ずつとずつとうつくしい。
まるで恋人みたいなふたり。
水田をなぜる風の様にさわやかな佳品だ。
病院の屋上で「カレシ?」ときかれ、まんざらでもない笑顔をみせる。
本作の撮影中に、谷村と高良は恋仲になつたのではないかと、
客席のボクは嫉妬をまじえることなくおもつた。
勘ちがいかもしれない。
ただそれが、映画という魔術がみせる幻想だとしても、
谷村美月という特別な触媒があつてこそ、実現可能なトリックのはず。
【オマケ企画・KLYさん観察記】
難病ものが大好きな「KLY」さんのレビューを見守るコーナーです。
アメリカ映画『小さな命が呼ぶとき』では、病気の重さを考えることなく、
「子供が可愛くない」などと暴言をはき、心ある映画ファンをあきれさせました。
本作は「超ヤッベェ~~、泣ける…」とのことで、かなりお気に召した様です。
よかつた、よかつた。
ついこの間まで引きこもっていた兄を無理矢理引っ張りまわす
彼女のバイタリティには頭が下がりますが、
今時こんなに兄貴を大好きな妹っているのかしら?
ふとそんな疑問が頭を掠めつつも、自分も妹を持つ兄の身としては、
何やら羨ましくもありといった感じ…。
ウーン。
家族をおもう娘の気持ちについて、どこにも書いてありませんでした。
やつぱりこの人、なにも見ていませんね!
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電撃プレイステーション
『恋と選挙とチョコレート』デモムービーから
おもいきつてツイッターでのフォロー数を六にへらした。
いや、当ブログ読者の皆さまには関りない話で、恐縮です。
特に恩義のある「なるは」さんなどに対しては、
無礼なふるまいなのは確かで、平謝りするほかなかつた。
でも、あのサイトをひらくのが苦痛になりはじめたから。
フォローをつづけているのは、公式系の三つをのぞくと、
世代は上下するが、ゲームブログを運営している人ばかり。
どんな瑣細なつぶやきでも、それがゲームにまつわる話題なら、
ボクの神経にとつて不快にならない。
ゲームに触れてさえいれば、幸福になれる。
その時間がないから、つねに不幸のどん底にいるけれど。
先月二十九日の「任天堂カンファレンス2010」で、取締役社長・岩田聡は、
裸眼立体視などの特色をもつ新機種の「ニンテンドー3DS」について、
発売日は来年二月二十六日、希望小売価格は二万五千円だと発表した。
ものすごく高価だが、想定の内におさまつている。
任天堂ソフトは任天堂ハードでしか遊べないから、買う以外のルートはない。
そんな瑣事はともかく。
ソニーや他の企業は一体全体、どこに消えたのか?
任天堂のひとり舞台の前で、指をくわえて客席にすわつているのか?
ボクは、四半世紀まえに京都の老舗に人生をねじまげられ、
2ちゃんねるで邪悪なGKどもと死闘をくりひろげたこともある信徒だが、
かといつて花札屋の独裁はのぞまない。
業界に幻滅しかけているボクが気になるゲームは、
spriteの『恋と選挙とチョコレート』だ。
十八歳以上を対象とするPC用ソフト、つまりエロゲー。
ヒロインの住吉千里。
どこかのロクでもないブログで見かけて、一目惚れ。
なんて繊細な描線、やわらかい色彩、さわやかな光!
こんな娘と一緒にめざめたり――
ーー混浴の温泉につかれるとは。
ふるえる手でマウスをまさぐり、体験版をダウンロードした。
だが、門外漢にエロゲーの敷居はたかくて、つまづいた。
テキストの表示は最速で、自動送りの設定にしたが、
それでも執筆者の手札はあらかた透けてみえる。
隠すつもりもないのだろう。
「千里=ハルヒ、美冬=みくる、未散=長門」という具合に、
主たる登場人物のひととなりを『涼宮ハルヒ』に依拠しつつ、
AKB48流の「選挙」を物語の核にすえる。
このデッキをやりくりし、エロゲーの約束ごとを守り、話をまとめる。
創意工夫の跡はないし、それを期待されてもいない。
昼の一時ごろのドラマの様なもの。
ピーチ姫をヒロインとするエロゲーが存在しない理由がわかつた。
数年ごとに世界にむけてビックリ箱の蓋をひらき、
ゲームの定義を書きかえる会社には、マネできない流儀がある。
『恋チョコ』の原画とキャラクターデザインをうけもつのは、「春夏冬ゆう」。
あでやかな画力をもつくせに、無名の新人らしい。
好事家のあいだで、この絵師の素性について議論がなされ、
あるpixivのユーザーが、かなりの精度で特定された。
しかし、これだけ描けても埋れるのだから、おそるべきサイトだ。
かつて「サンシロウ」さんに、「pixivをみないなんて人としてありえない」
「イラストに興味があるならpixivはみた方がよいかと……」とあきれられ、
一応のぞいているが、なにを食べて生きたらあんなキレイな絵が描けるのかと、
綺羅星のごとき画像群に圧倒されるばかりで、あまり楽しめない。
たしかに、サンシロウさんより技術の高い絵師は、掃いて捨てるほどいる。
でも、かれより尖鋭にひらめく感性には、まだ出会えない。
サンシロウさんのブログ、『地球缶コーヒー』から
二か月ぶりにブログを再開したときの作品で、ボクの大のお気に入り。
クリックで拡大して見てください。
672×636=427392ピクセルが、モニターごしに放電する。
pixivでも、ブログでも、美術館でも、映画館でも、サッカーのスタジアムでも、
ボクは脳天にイカヅチがおちる様な衝撃をもとめてアクセスしている。
ありきたりの刺激に数時間をついやすには、人生はあまりに短すぎないか?
ツイッターでなれあう自称クリエイターや、コギレイなだけのイラストや、
『アイマス2』に男がいたら世界が終るみたいに騒ぐ有象無象には、反吐がでる。
そんな世界など、とつとと破滅してしまえ!
携帯電話のバッテリーが一目盛へつたら、すぐ充電しろ。
ヒマですることがないなら、筋トレをしろ。
エロサイトをひらく精力があるなら、自分でエロサイトをつくれ。
政治家を批判するのが趣味なら、政党を組織しろ。
どんなアホウでも、両親くらいは票を投じるだろう。
それで三票、なんと三倍だ!
黄信号をみたら、ペダルを床まで踏みこめ。
百八十キロで赤信号を突破し、追跡者をふりきり、知らない街までぶつとばせ。
グズグズしたつて、よいことなどなにもない。
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