宮下規久朗『ウォーホルの芸術』

『キャンベル・スープ缶』(一九六二年)

 

ウォーホルの芸術 20世紀を映した鏡

 

著者:宮下規久朗

発行:光文社 平成二十二年

[光文社新書]

 

 

 

味噌汁という偉大なスープを食す日本人にさえ、

このスープ缶の意匠はよくしられている。

「マルコメみそ」をしるアメリカ人の数とくらべれば、遺憾の念を禁じえない。

すべては、銀髪のカツラをつけた自称アーティストのせいだ。

 

 

 

アンディ・ウォーホルとは何者か。

玉虫色の発言をこのむ彼は、インタビュアーにむかい、

「答えかたを教えてくれたら、そのとおりに答えるよ」とうそぶいた。

相手を煙にまき、おのれを神秘的に演出するかの様に。

ただ見かたをかえれば、ウォーホルがえらぶ題材はありふれてるし、

表現手法も最新でなく、単に語るべき言葉がないともいえる。

家でつねに買い置きしていた缶詰は、いわゆる「おふくろの味」そのもので、

有名普及品を作中にとりいれる流儀も、彼の独創ではない。

 

『ツナ缶の惨事』(一九六三年)

 

ツナの缶詰に混入したボツリヌス菌にあたつて、

デトロイト市郊外にすむ二人が亡くなつた事件をつたえる、

『ニューズウィーク』誌の記事を転写した連作のひとつ。

三十代後半の主婦のにこやかな肖像には、

食卓に死をもたらした企業に対する、画家の怒りがこもる。

つまりウォーホルは、本気で缶詰がすきだつた。

 

 

 

 

『赤いジャッキー』(一九六四年)

 

ジャッキー、つまりジャクリーン・ケネディを、

夫がダラスで暗殺された翌年にとりあげたもの。

大胆不敵な色彩。

喜怒哀楽を超越したほほえみは、浮世離れして。

この年のニューヨーク万博には、ミケランジェロの『ピエタ』が出展された。

同博覧会に壁画を提供したウォーホルは、

サン・ピエトロ大聖堂からはこばれた大理石像をみたらしい。

 

   

ミケランジェロ『ピエタ』(一四九九年)

 

十字架からおろされた息子をかかえる聖マリア。

冷酷なまでの無表情。

その細面には、永遠の若やぎがほのめく。

『ピエタ』の残像が、ウォーホルというプリズムをとおし投影され、

ジャッキーは現代の聖母になつた。

 

 

 

 

一九六八年、ウォーホル四十歳。

あるつまらない女が、拳銃を三度うつた。

銃弾の二発がはづれ、一発がウォーホルのいくつかの内臓をつらぬく。

イエスやケネディとちがい、悪運のつよい彼は生きのびたが、

心身におつた傷は、終生癒えることがなかつた。

世界は、藝術家の全盛期を見逃してしまう。

 

『最後の晩餐(ダヴ)』(一九八六年)

 

最晩年のウォーホルは、レオナルド・ダ・ヴィンチの壁画から想をえた。

ダヴ石鹸の鳩は聖霊、そして罪の浄化。

GE社のロゴは光背の見立てで、聖性の象徴となる光を示唆する。

なんて解釈があるらしいが、ボクにはよくわからない。

 

 

『最後の晩餐』(一九八六年)

 

「ファクトリー」とよばれるスタジオの隣りにあつた、

韓国系のキリスト教グッズ店でかつた古い複製画を転写し、

あえて安つぽさを強調した作品。

ピッツバーグにあるウォーホルの生家の食堂には、

『最後の晩餐』の複製画がかけてあつた。

画家は死の前年、原風景にたちもどる。

 

『居間』(一九四六~四七年ごろ)

 

十代のときにかいた水彩画。

暖炉のうえに十字架がある。

世界をひつくり返し、自身の人生はモミクチャになつたのに、

彼ののこした作品は、ピッツバーグの家から一歩も出ていない。

藝術家という稼業の、ちつぽけさと偉大さを同時に感じる。

 

 

 

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ウォーホルの芸術 20世紀を映した鏡 (光文社新書)ウォーホルの芸術 20世紀を映した鏡 (光文社新書)
(2010/04/16)
宮下規久朗

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