ガラス棒遊戯 ― 江副浩正『リクルート事件・江副浩正の真実』

 

リクルート事件・江副浩正の真実

 

著者:江副浩正

発行:中央公論新社 平成二十一年

 

 

 

あらゆる独裁権力と同様に、皇居の南に腰をすえる彼らも、

度がすぎるほど輿論の動向をおそれる。

だから、路地裏に情報というエサをなげ、報道機関をはしらせる。

昭和六十三年、リクルートの創業者である江副浩正を取り調べるため、

東京地検特捜部の宗像紀夫検事がホテルをおとづれた。

検事がかえり、すぐに客室のテレビをつけると、

はやくもテレビ東京が特捜のうごきを伝えている。

汚職捜査の実況中継に、国民は手に汗をにぎつた。

一方、新聞の最大の武器は、見出しだ。

衆議院で証人喚問されたときは、朝日新聞の夕刊一面の見出しに、

「顔こわばらす江副氏 緊迫、どよめく委員会」とかかれる。

委員会はしづかで、どよめきなどなかつたのに。

各紙で一斉に「疑惑が深まつた」「矛盾だらけ」の題字がおどり、

一夜にして、天下の大悪党がうまれた。

なにが疑惑で矛盾なのか、いちいち記事をたしかめる暇人はいない。

ただ強調したいのは、報道機関はマリオネットみたいに、

特捜部に操られているのではない、ということ。

東京地検特捜部の人員は、全国の地検からえらばれた三十数名にすぎず、

手駒だけで犯罪をあばく戦力はない。

つまりこのゲームの規則は、「捜査官」の役割を記者にまかせ、

特捜はあくまで「取調官」に徹するというもの。

鼻のきくブン屋が嗅ぎつけたネタを、特捜が掘りだす。

そのおこぼれに預かろうと、腹をすかせたメディアがむらがる。

 

 

 

小菅の東京拘置所にはいると、江副は所持品を領置され、

十人ほどの看守のまえで、丸裸で四つん這いになつた。

看守が突然、肛門にガラス棒をつきさし、前後にうごかす。

痔の検査の名目でおこなう、「カンカン踊り」とよばれる儀式だ。

江副は痔もちだが、なんら措置はされない。

被疑者に屈辱感をあたえ、取り調べを優位にはこぶのが目的だから。

尋問は苛酷をきわめる。

椅子をけつて江副をたおしたり、土下座させたり、

壁のまえに立たせ、耳もとで鼓膜がやぶれるほど怒鳴つたり。

そもそもリクルート事件は、無理筋の起訴だつた。

マスコミがさわぐから、とりあえず逮捕したにすぎない。

江副が多額の献金をばらまいたのは事実だが、

リクルートの事業は情報誌出版で、官庁からうける許認可は、

郵政省の「第三種郵便物認可」だけ。

政府からの便宜供与を必要としない企業なのは、明白だ。

これが賄賂なら、政治献金など一円もできない。

拘禁状態は十か月つづく。

夜には首の下をゴキブリが這いまわる独居房から解放されるため、

江副は意にそわない調書に署名し、献金を賄賂とみとめた。

 

 

 

霞が関のゲームマスターが憎悪するのは、なによりも政治家だ。

選挙でえらばれた代議士は、つねに失職のリスクにさらされるので、

みづから掲げた政策に忠実にふるまうという、動機づけがある。

その営為はえてして、霞が関ルールから逸脱する。

だから政治家は、「腐敗」していなければならない。

江副は、危険地帯に踏みこみすぎた様だ。

甲南中学・高校、東大の同期である代議士からカンパをもとめられ、

国会議員の懐具合が、想像以上にさびしいことをしつた。

新聞記者は専用車で国会に来るのに、代議士は電車で移動する。

本書には、安倍晋太郎(晋三の父)の人柄に惚れこむ様子もかかれ、

わかくしてベンチャー企業を成功させた男が、

つぎは政治に貢献したいと発心したのは、嘘ではないとおもつた。

宗像検事とのやりとりが興味ぶかい。

 

「私は政治家へ頼みごとをしたことはありません」

「大局的見地からあなたに協力をお願いしたいんですよ。

自民党二名、野党一名をあげたい」

「自民党とか野党とか関係があるんですか」

「“特捜は中立的”という世間の印象も大事なんでね。

加藤のほかに自民党一名、野党一名をあげる方針が決まった。

仕方ないと思ってもらいたいんですよ」

 

ここでの「野党」とは、公明党のこと。

土井たか子の社会党は、事件後の「政治不信ブーム」を利用し、

平成元年の参院選で、自民党の単独支配をうちやぶる。

自民党が過半数をとりもどすのは、なんと十二年後。

「自民党をぶつこわす」で人気を博す、小泉純一郎の登場を待たねばならなかつた。

 

 

 

平成十五年、十三年の長きにわたる裁判に判決がくだされる。

懲役三年、執行猶予五年。

判決文の情状酌量の理由をよめば、事実上無罪に近いといわれるが、

しかし検察側の主張もみとめ、双方が控訴しづらい大岡裁きだつた。





リクルート事件・江副浩正の真実リクルート事件・江副浩正の真実
(2009/10/23)
江副浩正

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