小説・翻訳・映画 ― 『スモーク』

 

スモーク

Smoke

 

出演:ハーヴィー・カイテル ウィリアム・ハート ハロルド・ペリノー・Jr

監督:ウェイン・ワン ポール・オースター

制作:アメリカ・日本・ドイツ 一九九五年

[DVDで鑑賞]

 

 

 

難解な小説をかくポール・オースターが、ニューヨーク・タイムズによせた短編が、

心あたたまる「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」。

それをよんだ映画監督のウェイン・ワンが作家に連絡したところ、

瓢箪から駒がでる様に、『スモーク』という映画がうまれた。

明示はされないが、実質的にワンとオースターの共同監督作品らしい。

映画ができる経緯が、もうひとつのクリスマス・ストーリーだ。

しかしボクは、よくわからない。

小説家という職種は、紙のうえで神のごとく振る舞えるのに、

なぜわざわざ、小説の映画化なんて骨折りをするのだろう?

オースターと同世代の作家である村上春樹は、

神が下界におりて労働に汗をながす理由を、よく問われる。

 

というのは、これまでずいぶん多くの人に

「村上さんは本職が小説家なのに、そしてけっこうお忙しいでしょうに、

どうしてそんなに熱心に翻訳をするのですか」というような質問を受けてきたし、

僕自身、自分がどうしてこんなに一生懸命、

寸暇を惜しんで翻訳に励まなくてはならないのか、

ときどき不思議に思っていたからだ。

 

村上春樹 柴田元幸『翻訳夜話』(文春新書)

 

素朴な疑問をはぐらかす口ぶりが、いかにもハルキ調だ。

神が秘密をかくすなら、自分でさぐるしかない。

 

 

 

映画をつくることは、小説の翻訳に似る。

原作では、チンピラのロバート・グッドウィンが葉巻店で、

「クズみたいなペーパーバック(trashy paperbacks)」を万引きする。

だが映画で盗まれるのは、エロ雑誌だ。

映像言語に訳出すると、単行本をぬすむ男はインテリにみえるから。

上でひいた『翻訳夜話』には、村上春樹と柴田元幸がそれぞれ物した、

「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」のふたつの訳文が掲載されている。

柴田がえらんだ訳語は「アホなペーパーバック」。

ハルキの直訳調よりずつと、やるせない。

 

 

 

 

 

友人とつておきのクリスマス・ストーリーをきいた、

作家ポールに扮するウィリアム・ハートが、感慨ぶかげに感想をもらす。

It was a good deed, Auggie.

 

 

オーギー・レン役のハーヴィー・カイテル。

善行をほめられ、照れているのか。

友人の反応がまつたく予想外で、おどろいたのか。

それとも、自分の法螺話の出来に満足しているのか。

複雑で、含みのある芝居だ。

 

 

 

日本語への翻訳をくらべよう。

村上春樹は、「それは善き行ないだよ、オーギー」。

あえて硬質な訳語をえらび、原文の宗教的な含意をのこしている。

形だけでも敬虔でないクリスマスに、意味があるだろうか?

対する柴田元幸は、「いいことをしたじゃないか、オーギー」。

歯のそろわぬ幼子でも飲みこめるほど、噛みくだいている。

しかし、それは読者を甘やかすためではなく、計算づくの演出だ。

 

村上 柴田さん、ポールに思い入れが強いんじゃないですか。

 

柴田 いや、ここについては、ここでポールがすごく乗せられていて、

その後、オーギーの目を見たら、アレッと思うという、

そのコントラストを出したかったんだと思う。

 

同書から引用

 

 

 

アレッ、わたしは乗せられてたのか?

俳優は紫煙をくゆらせ、コンマ数秒の間合いで空気をかえた。

すぐれた翻訳家も、ただその一語に心血をそそぎ、演出をほどこす。

村上の「忠実な訳文」より、短編の劇的な本質がさらけだされる。

 

 

 

映画も翻訳小説も、完成品はむなしい虚構にすぎないが、

つくりだす作業そのものは、地道な実務だ。

まつさらな白紙に世界をくみたてる、どこか詐欺めいた小説の創作より、

労多くても、やりがいのある仕事なのだろう。

映画をつくりたかつた村上春樹は、早稲田大学の演劇科にすすみ、

ジャズ喫茶経営をへて、なにかのまちがいで人気作家となる。

そして飽きもせず、生計の手段である創作のかたわら、

いまもヘタクソな訳業をつづけるのは、学生時代の夢をかなえるためだ。

翻訳とは、一種の映画制作だから。








 

今回の記事は、「ブログ DE ロードショー」第八回にあわせたものです。

選定担当のユウ太さん、味わいぶかい作品をありがとうございました!


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