高円宮妃久子『宮さまとの思い出』

 

宮さまとの思い出 ウィル・ユー・マリー・ミー?

 

著者:高円宮妃久子

発行:産経新聞社 平成十五年

 

 

 

高円宮の両殿下の出会いの場は、青山にあるカナダ大使館だが、

当時翻訳の仕事をしていた妃殿下は、翌日が締め切りの原稿が仕上がらず、

上の写真のレセプションから「逃げる」つもりだつた。

ところが車で迎えにきた母につかまつてしまい、

翻訳は後で会社にもどり徹夜で終えることにして、しぶしぶ青山にむかう。

他の出席者とともに紹介された高円宮を見たときは、

首をかしげて相槌をうつ仕草が「宮さまらしい」と感じた。

しかしこの出会いは相槌程度ですまず、毎日電話がかかる様になる。

ガールフレンドをバレエや音楽会に誘うのは、

われわれ庶民とそうかわらないが、ただ会話の中身がすごくて、

たとえば「大垂髪(おすべらかし=宮中行事の髪型)が似合う顔でよかつた」、

ラブラドールが好きだといえば、「うちの庭はひろいから丁度よいね」。

最初は聞き流していた妃殿下も、ついその気にさせられた。

そしてはやくも二週間後に、結婚の意思をつたえられる。

 

 

出会つて一月後の、フランス室内管弦楽団の夕べ。

失礼を承知でいうと、ドレス姿の久子殿下は聡明で明朗快活そうで、

こんな人と親しくなつて、求婚しない男はいないと思わせるうつくしさだ。

この日も結婚を連想させる話をする高円宮に対し、

おづおづと「でもまだ正式にプロポーズをしていただいてませんし…」というと、

かの有名な「Will you marry me?」の一言がとびだした。

おそろしいことに高円宮は、当日深夜に妃殿下の自宅に突撃する。

すでに床についていた父が哀れにも叩き起こされると、

真剣な顔つきのプリンスが待ち構えていた。

「たとえ皇族として生活できなくなる時が来たとしても、かならず、

なんらかの形で生活できる様、久子さんをきちんとお守りしますから」

親王にここまで言わせて、拒否できる親がいるわけがない。

「そうですか、よろしくお願いいたします」とだけ答えた父は、

ヨロヨロとまた二階の寝室へもどつていつた。

鳶に油揚げをさらわれたみたいで、なんだかおかしい。

 

 

 

平成十四年の斂葬の儀のために妃殿下は副葬品をえらび、

高さ六十センチのふたつの檜の箱におさめた。

ひとつは公式行事や、勤め先の国際交流基金に関するもの。

もうひとつには私的な品をいれるのだが、

なにせ趣味がおほいので、箱に入りきらなくて困らされた。

サッカー、テニス、陸上ホッケー、スキー、ダイビングなどのスポーツ用品、

写真集、根付カタログ、指揮棒、ウクレレ、レコード、シャンパン、ボルドーなど。

そして勿論、本も。

 

 

この写真は、次女である典子女王お気に入りの一枚で、

高円宮宮邸の雰囲気がつたわる。

娘に存分にあまえさせながらも、本にむける目つきはするどく、

美術関係の洋書かなにかを熱心に読んでいる。

四十ちかくになつてスペイン語を学びはじめた高円宮は、

すぐに原稿なしでスピーチができるまで上達した。

チェロのレッスンをはじめるときはさすがに悩んだが、

ヨーヨー・マに相談したところ「ぜひおやりなさい」と背中をおされ、

二年後には舞台で演奏するまでの腕前になつた。

人一倍の努力家なのだが、その背景には独自の皇室観があつた様だ。

 

皇族は国民が皇族として認めているから皇族なのであって、

国民が欲しくないといえば皇族はいる必要はない。

 

ボクなりに解釈すると、人形みたいに雛壇にかざられて、

庶民から敬して遠ざけられる生きかたが嫌だつたのだろう。

みづからの能力をためし、存在価値を證明したい。

相当な野心家なのだ。

だから、皇位継承順第七位という最下位の皇族でありながら、

名声が頂点に達しつつあつた四十七歳での死は、無念にちがいない。

 

 

 

平成十四年十一月二十一日、奇しくもまさに七年前。

久子殿下がかけつけた思い出のカナダ大使館では、

スカッシュコートで高円宮が横たわり、人工呼吸器をつけていた。

血色もよく、すこし気分が悪くて休憩している様にしか見えない。

一緒にスカッシュをしていたロバート・ライト駐日カナダ大使は、

うろたえてアレコレいうが、妃殿下はむしろ高円宮の顔をみて安心する。

しかし、彼の心臓はとまつていた。

健康が自慢のスポーツマンである高円宮は、内科的な問題は皆無で、

風邪はおろか、肩こりや腰痛を感じたことさえなかつた。

病気や死と、もつとも縁遠い人物とおもわれていた。

世間的に酒豪の印象があり、アルコールで寿命を縮めたといわれたが、

それは根拠のない憶測で、心ない陰口はのちに未亡人をふかく傷つける。

実は彼は宮邸では、夫婦の誕生日と結婚記念日にしか飲まない。

酒が好きというより、酒の席が好きだつたのだ。

そして、救急車ではこばれた慶應病院の応接室でも、

久子殿下は「入院になつたら大変だな」という程度の認識でいた。

ただ、外に集まりだしたマスコミの数をみて、

ようやく事態がどこにむかつているのか理解する。

「お父さま、目を覚まして。一生懸命にお勉強をするから、目を覚まして」

集中治療室にひびく娘三人の言葉もむなしく、高円宮の駆け足の人生は、

やすらかな顔のまま、午後十時五十二分に幕をとじた。

 

 

 

遺族をおそつた衝撃と悲痛は想像を絶するが、

本書をよむかぎり、久子殿下が取り乱した様子はない。

 

病院の先生から宮さまが亡くなられたことを伝えられても、

あれほどまでにご丈夫な宮さまが亡くなられるなどとは、信じられませんでした。

現実というのは冷たいものです。

でも、宮さまのお人柄なのでしょうか。

その時間が止まってしまったような一瞬の中にも、

確かにどこか穏やかな温かい雰囲気が漂っていました。

なんと表現していいのかわかりませんが、それはチェロの音色のようなものでした。

 

明け方ちかく宮邸にもどり、ベッドに遺体をねかせる。

前日まで無病息災だつた体をかこんだ母娘は、

音楽を愛した高円宮のためにいつもの曲を流しながら、

「まるで眠つているようね」と、家族団欒の様な口ぶりでおしやべりをする。

十二月のはじめに学習院の期末試験がはじまるので、

夜中には父のかたわらで勉強までした。

なんという平穏さなのだろう。

高円宮が家族にそそいだ愛情が、あまりに深く揺るぎないから、

突然に肉体がほろんでも、のこされた者は狼狽しなかつた。

どうかんがえても、これより不幸な出来事はないのに、

自分たちが不幸だとすこしも感じられない。

信じがたいことだが、人はこの様な家庭を築くことができるらしい。

 

 

 

宮さまとの結婚生活は、思いもよらず、

十八年という年月で終止符が打たれました。

今、その十八年を振り返れば、「幸せでした」という一言に尽きると思います。

十八年間、一日一日が充実していましたので、その間、

一度たりとも宮さまとご一緒して悲しいと思ったり、

宮さまとの結婚を後悔したことはありませんでした。

幸せだと思ったことは、ほとんど毎日ありましたけれども……。

 

どれだけ頭をひねつても、これにつけ加える一言は思いつかない。

早すぎた死は無念だとしても、みづから選んだ伴侶にここまで言わせれば、

生涯に一片の悔いもないと言いきれるだろう。

「前世で何をすると、こんなに幸せな生活を送れるのでせうか」が、

久子殿下の口癖だつたそうだ。

さて、記事が長くなりすぎた。

そもそも、普段は要約を得意技とする管理人だけど、

この理想的なカップルの物語が劇的すぎて、

削るべき箇所が見当らないのです!

ただあとひとつだけ、紹介したい逸話があります。

多趣味な高円宮殿下が、意外にもまつたく手をださなかつた分野。

それは料理。

なんでも久子殿下のつよい希望で、遠ざかつてもらつたのだとか。

もしダンナが料理をはじめたら、すぐ自分より上手になるに決まつてる。

でも、ひとつくらい「得意分野」がないと、妻の面目がたたない。

そんな女心がカワイイですよね?





宮さまとの思い出宮さまとの思い出
(2003/11/19)
高円宮 妃久子

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