『ヴィーナスの身支度』

 

 

 

電車で化粧する美人はいない。

人前で見た目をとりつくろう姿は、どうにも見苦しい。

内面のあさましさは、ファンデーションでは隠せないのだ。

実際彼女たちがおもう以上に、人は人の顔を意識する。

その美醜ではなく、何者であるかを。

敵か、味方か、はたまたそれ以外か。

だから目の前でだれかが偽装工作をはじめれば混乱するし、

わるくすれば敵意を買うことさえある。

ボクは自分にあまく、他人にきびしい人間なので、

不快な行為をみかけたら、見知らぬ相手でもときに注意する。

ただこの案件では、どう声をかければよいのか。

「人前で化粧することがなんで迷惑なの」と返されたら?

講釈に三駅分の時間がかかるし、それで理解してもらえるとも思えない。

 

 

 

 

『ヴィーナスの身支度』(四世紀後半/大理石、石灰岩、色ガラス)

 

ローマの植民市として再建された、カルタゴの住居の寝室にあつた舗床モザイク。

大丸ミュージアムの「古代カルタゴとローマ展」で一目惚れした。

手鏡をうつとりと見つめるウェヌスのあだつぽさ。

マントから自然にさらけだされる、ふくよかな薔薇色の肌。

クピードーが左右より、宝石箱の中身をわたそうとする。

それにしても、化粧する愛と美の女神!

なんという涙ぐましい努力!

この題材は、ローマ支配下の属州アフリカで広く知られたもの。

正統的なローマ神話における解釈とは、趣きを異にする様だ。

くわしくはなにも知らないが、古代地中海文化の粋という気がする。

 

 

 

カルタゴの婦人は、朝にはウェヌスを横目でながめつつ、

その永遠の若さと美しさにあやかろうと、身支度をととのえた。

そして夜には、夫婦が情けをかわすのを女神はやさしく見守る。

このモザイクが寝室にあることが、実によい塩梅だ。

身づくろいだとか、男女のあいだの秘めごとだとかは、

私事としてかたく鍵をかけた上で、表沙汰にするべきでないと、

賢明な古代人たちはよく知つていた。

小スキピオがいまの東京を見ればこれを嘆き、

かつてのカルタゴの様に、草一本はえぬまで破壊しろと命ずるだろう。


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