こころのカケラ

 

 

 

ボクのPCに、やたらと長文のメールをおくつたのは、

うら若き美女ではなく、楽隠居の父だつた。

しぶしぶ開封する。

「やはりお祖母ちゃんを見舞いに行きましょう。

集合時間は午前六時二十分です」。

おのれの視力への信頼をうしなう。

はやすぎる。

岩手にすむ、母方の祖母の具合がおもわしくなく、

いや、ありのまま言うと医師が匙をなげ、

「余命一か月」と言いわたしたことは知つていた。

だから行くべきなのは確かだが、ボクももう学童ではない。

旅程に関し、相談があつても良いのでは?

早暁の東北自動車道。

運転はボクの弟にまかせ、助手席の父は意気盛ん。

自民党の時代はオワッタとかなんとか。

母とともに後部座席にすわるボクは、

かすかに色づきはじめた、東北の山なみをながめつつ、

たまつた洗濯物と、来週着るべき下着のことを考えた。

 

 

 

宮城と岩手の県境をこえた頃。

カーナビの目的地が、「平泉」にかわつた。

クソッ、やはり観光目当てか!

奥州藤原氏ゆかりの中尊寺を、はじめて訪れる。

四月に世田谷美術館の「平泉展」を見たくらいだから、

不機嫌をよそおうボクも、内心は興味シンシン。

宝物館では、藤原氏当主の遺体をおさめた、

「金箔押木棺」に再会した。

砧公園にある美術館でみたときは、

千年のむかしの栄華と破滅の歴史が、

瞬時に脊髄をかけおり、肌が粟立つたものだ。

本来の置き場で見たら、気絶するかも。

あれ。

どこから見てもタダの木箱だぞ。

どうなつてんの。

自分の趣味嗜好を、痛いほど思い知つた。

美術館や映画館やサッカー場が、

ボクにとつての寺であり、神社であり、教会なのだ。

声を低めるという習慣を学びわすれた、

オバチャンや支那人の群れに揉まれる観光地にあつては、

こころのスイッチがはいらない。

 

 

 

祖母は二日前くらいは、家の中は自分で歩き、

食事もたのしんでいたそうだ。

ボクたちが到着した土曜日の夕方には、

床にひざまづき、ベッドに突つ伏していた。

横たわつていると、吐き気におそわれるから。

もはや、スープも口にできない。

ただ、体は病巣におかされても、頭脳は明晰。

「遠いところから来て、疲れたろうね」と、

物見遊山にあけくれた一家をいたわる。

かえす言葉がないとは、このことだ。

さらに、「ダイジョウブ。まだ死なないから安心して」と、

笑えない冗談まで飛びだして、面食らつたり。

あとで聞いた話だが、祖母は娘ふたり、

つまりボクの母と叔母には、自分にのこされた時間は、

あと一二週間だろうと伝えたらしい。

医師の宣告は聞いていないのに。

あの言い草は、「アンタたちがウチにいる間は死なないよ」、

という意味だつたのかもしれない。

 

 

 

こんな状況での見舞いは、善行なのかどうかよく分からない。

親類にあえて嬉しくないわけはないが、

ロクなもてなしもできない己の体にいらだつように見えたし、

よわつた様子を見せるのも、こころよくはないだろう。

ボクには分からない。

プラマイゼロ、つてとこか。

人が生まれ、そして死んでゆく。

ただ、それだけのこと。

人は、人の死を美化しがちだ。

たまに藝術作品のなかで、目をそむけたい現実をえがくが、

それも一種の帳尻あわせにすぎない。

 

 

 

白黒の写真をみせてもらつた。

戦前のもの。

大きな目をキッと見開いた、セーラー服の美少女がいる。

被写体だつた祖母がいうには、このとき小学生だつたとか。

いまの基準なら十五、六歳にみえる。

彼女がいまだに失つていない闊達さ、知的好奇心が、

はやくも表れているのに恐れいつた。

俯瞰すればプラマイゼロだとしても、人はこの世に何事かをのこす。

「美化してる」と言われればそれまでだが、

だからつて、その事実を否定する人もいないだろう。


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苑田 謙

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