簡単な問題 ― 『マイルス・デイビス自叙伝』

 

 

マイルス・デイビス自叙伝

Miles: The Autobiography

 

著者:マイルズ・デイヴィス クインシー・トループ

訳者:中山康樹

発行:宝島社 二〇〇〇年

原著発行:アメリカ 一九八九年

[宝島社文庫]

 

 

 

四十年代。

ニューヨークの音楽学校、ジュリアード・スクール。

白人女が、音楽史の授業をはじめる。

教室にチビの黒人がいる。

その名は、マイルズ・デイヴィス。

同情にあたいする役回りだ。

目の前の若者が、これから音楽の歴史をかえるのに、

一体なにを教えればよいのか。

講義内容はケッサク。

黒人は貧乏だから、生活のため綿花をつむ。

その境遇が悲しくて、ブルーズがうまれた。

黒人がいまもブルーズを演奏するのは、それが理由よ。

すかさずマイルズ君が挙手する。

 

ぼくは東セントルイスの出身で、父は歯科医なので金持ちですが、

でもぼくはブルースを演奏します。

父は綿花なんて摘んだことがないし、

ぼくだって悲しみに目覚めてブルースをやっているわけじゃありません。

そんな簡単な問題じゃないはずです。

 

さて、六十三歳のとき出版した自叙伝の終わりごろ。

単純でない音楽の世界に、くつきり足跡をのこしたマイルズは、

ロナルド・レーガン大統領がひらく祝宴にでるため、

ホワイトハウスへむかうリムジンに乗る。

ここでまたしても、白人女が高慢なセリフをはく。

あなたがプレジデントに会うと知れば、ママも大喜びね!

アメリカ人、白人、女性、上流階級。

悪条件が四つも重なると、沈黙に十秒とたえられず、

話したくもない相手に話しかけ、無用の軋轢をうむ。

 

 

 

六九年から七五年までのマイルズをよく聞く。

でも、この音楽を形容する最適の言いまわしは、

ボクの知識と語彙には見あたらない。

なので、マイルズ自身の言をひく。

 

あれは、ポール・バックマスター、スライ・ストーン、

ジェームス・ブラウン、それにシュトックハウゼンのコンセプトと、

オーネットの音楽から吸収したある種のコンセプト、

そいつをまとめ上げたものなんだ。

あの音楽の基本は、空間の扱い方にあって、

ベース・ラインのバンプと核になっているリズムに対する、

音楽的なアイデアの自由な関連づけがポイントだった。

 

隔靴掻痒の感がある。

入り乱れつつも理知的な、リズムの洪水のなかから、

呪術的な旋律がにわかに飛びだす、狂騒の渦。

「そいつをまとめ上げたものなんだ」。

いや、そんな簡単な問題ではないはず。

ならば中退とはいえ、元音大生。

楽理的に解説してもらおう。

 

たとえばアル・フォスターが四分の四拍子で叩くと、

エムトゥーメは八分の六か四分の七拍子で演奏し、

ギタリストはまた異なった拍子か、

まったく違ったリズムを演奏するという具合だ。

(中略)

ビートや拍子を数えたりと、音楽ってやつは、とても数学的だ。

わかるか?

そしてオレは、こうしたことのすべての

上や下や中を通り抜けるように吹いて、

キーボードもベースも、どこか別な空間で演奏するようにさせた。

 

すべての演奏者は別の空間であそび、決して馴れあわない。

それをマイルズが、あの巨大な眼で交通整理。

七十年代初頭に鳴つていた、あらゆる音楽の素材を煮こんだ、

複雑怪奇な味のシチューのできあがり!

 

 

 

レコード会社は、七十二年の自信作『オン・ザ・コーナー』を、

だれに売ればよいか分からず途方にくれる。

あいもかわらずジャズ専門のラジオ局で宣伝するが、

石頭のジャズファンを憤慨させただけ。

マイルズは、若者を踊らせたかつたのに。

しかし翌年、自分のバンドにいたハービー・ハンコックが大当たり。

アメリカ一誇り高い男が、弟子の前座をつとめる辱めにあう。

たしかに音楽は、簡単な問題ではない。

人の良いハービーが挨拶に楽屋をたづねたら、

「もうメンバーではないのだから、オレの楽屋に入るな!」と、

年甲斐のない師匠に門前払いをくらつた。

そしてついに、マイルズ・デイヴィスの鼻つ柱が折れる日がくる。

創造性のきわみにある四十九歳でトランペットをおいた彼は、

それから六年ものあいだ、愛器に指一本ふれなかつた。

ジュリアードとホワイトハウスをつなぐ、高みに張られたロープに、

彼の華やかな経歴は存在するが、それは直線ではなく、

解きようもなく混線し、ところどころ途切れている。

その危なつかしさが、たまらなく面白いのだが。





マイルス・デイビス自叙伝〈1〉 (宝島社文庫)マイルス・デイビス自叙伝〈1〉 (宝島社文庫)
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『sky-ballade』の「mint-blue」さんから頂戴したコメントをきつかけに、

前から読みたかつた自叙伝を手にとり、記事を書きました。

ありがとうございました。


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松山城から ― 司馬遼太郎『坂の上の雲』

 

坂の上の雲

 

著者:司馬遼太郎

初版発行:文藝春秋 昭和四十四~四十七年

[文庫版で読了]

 

 

 

陸海軍の将校として日露戦争を闘いぬいた、

好古と真之の秋山兄弟を主役とする、言わずと知れた作家の代表作。

ただ今回読みかえすまで、そこに俳人・正岡子規が、

なぜ副主人公格で物語に加わるのか、よく分からないでいた。

同郷者だから?

無論、それだけが理由のはずもなく、

三十四歳で死んだ詩人兼批評家の思想が、小説の脊柱をなす。

作中、子規が内藤鳴雪と議論をかわす。

蕪村の傑作はなにか。

鳴雪があげたのは、「春の水山なき國を流れけり」。

異をとなえる子規のことばは、傾聴する価値がある。

 

山なき国とはなにか。

たとえば関東の武蔵野あたりかもしれないが、

そういう地図的な観念にたよっている。

鑑賞する者はあたまに地図でもえがかねばならず、

えがいたところでそれはあたまで操作されたものであり、

絵画的ではない。

俳句は詠みあげられたときに決定的に情景が出て来ねばならず、

つまり絵画的でなければならず、

さらにいうならば「写生」でなければならない、と子規はいう。

 

個人的に「写生」は、司馬遼太郎を読みとく鍵だとおもう。

また、真之が病床の友をたづねる場面。

子規がものした評論をよみ、その革新精神のすさまじさ、

たけだけしい戦闘精神に酔つたごとくになる。

彼の戦いの主題と論理の明晰さは、

そのあたりの軍人など、足もとにも寄りつけないと。

 

 

 

文庫の末尾の第八巻。

聯合艦隊が本土の大本営に電報をうつ。

司馬にしてはめづらしく、文面を分析するのに紙幅をついやす。

「敵艦見ユトノ警報ニ接シ、聯合艦隊ハ直ニ出動、之ヲ撃滅セントス」。

なんだかドギツイ「撃滅」という言いまわしには、

法理的ですらある背景と、戦略的妥当性と、十分な現実認識がある。

本来だれよりも慎重な司令長官・東郷平八郎が、

明治帝のまえでボソボソ言上した文句をふまえているから。

真之が書きくわえた、「天気晴朗ナレドモ波高シ」。

「天気晴朗」には、肝心なときに濃霧になやまされた、

上村艦隊の轍をふまないという意味があり、

「波高シ」は、ロシア軍艦にとつての悪条件をのべる。

これが「写生」の精神だ。

さらに、子規がもつ「胆力」に匹敵するものを、

軍から代表させるなら、東郷提督にしくはないだろう。

黄海海戦。

旗艦「三笠」は、日本海海戦以上の被害をうけた。

 

発射音と、敵弾の炸裂音が間断なく艦をおおい、

空気がひきちぎれ、爆風が兵員をさらい、

破片がいたるとことに突きささった。

交戦一時間後の六時三十分ごろ、

艦橋あたりに敵弾が命中したときなど、

地獄というようななまやさしいものではなかった。

大火柱が立ったかとおもうと、そのあたりに肉片が飛び、

臓腑が流れ、血が一面を赤く染めた。

このとき、東郷も島村も真之も艦橋にいた。

東郷にとなりに立っていた艦長の伊地知が負傷し、

真之のそばにいた参謀殖田謙吉ら士官五人、

下士官兵十人が負傷した。

 

島村速雄参謀長は、幾度も司令塔にはいるよう進言する。

「司令塔は外面(そと)が見にくうてなぁ」と言つたきり、

小柄な薩摩人の司令長官はとりあわない。

 

 

 

小説の劈頭にもどろう。

伊予松山の藩庁をえがく。

たおやかで、凛として。

戦後これ以上の、散文による美がほかにあるだろうか。

 

城は、松山城という。

城下の人口は士族をふくめて三万。

その市街の中央に釜を伏せたような丘があり、丘は赤松でおおわれ、

その赤松の樹間がくれに高さ十丈の石垣が天にのび、

さらに瀬戸内の天を背景に、三層の天守閣がすわっている。

古来、この城は四国最大の城とされたが、

あたりの風景が優美なために、石垣も櫓も、そのように厳くはみえない。

 

東郷平八郎がたづさえた、軍刀拵えの一文字吉房のように、

日本の近代の本身には、武士の精神が息づく。

そこに題材をえた小説家は、子規の革新思想をうけつぎ、

さらに鍛錬をほどこして、大長編に仕立てた。

嘆息をもらさずに、読むことなどできない。





坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)
(1999/01)
司馬 遼太郎

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たぎる冷血 ― 『96時間』

 

96時間

Taken

 

出演:リアム・ニーソン マギー・グレイス ファムケ・ヤンセン

監督:ピエール・モレル

制作:フランス 二〇〇八年

[ユナイテッド・シネマとしまえんで鑑賞]

 

 

 

ウオッ!

うめき声をもらし、オレは席でのけぞつた。

映画も終盤。

リアム・ニーソンが、さらわれた娘の居場所をつきとめようと、

フランス警察に所属する友人宅をおとづれる。

彼も悪事に手を染めていたと分かり、

その妻の左腕を、至近の距離から銃で撃ちぬく。

ありえない。

なにも知らぬ夫人は、訪問を無邪気によろこび、

手料理とワインをふるまつたのに。

悪意のない丸腰の人間、しかも女を、

一瞬のためらいもなく敵とみなし、発砲する。

百九十五センチの長身に怒りが渦をまき、

その指の先にいたるまで、血は煮えたぎる。

 

 

 

 

冒頭の、別居中の娘キムの誕生会が秀逸。

引退したCIA工作員のニーソンは、入念に下調べしたうえで、

歌好きのひとり娘にカラオケマシンをおくる。

離縁した女房は浮かぬ顔だが、娘は耳打ちして感謝の念をつたえる。

得意の調査力が功を奏し、元スパイは御満悦。

ところが、富豪である現在の父がもつてきたのは一頭の馬!

おどろいたキムは、カラオケマシンを放り投げ、

黒毛のプレゼントのもとへ走つた。

元妻はふりかえりながら、優越感丸出しでほくそ笑む。

ニーソンの横顔には、ダメ親父の悲哀がただよい、

コイツを結末まで応援してやろうと、オレは心にきめた。

 

 

 

 

パリに旅行中の娘が、

たまたま父に電話していたとき、悪党が部屋に乱入。

ベッドの下にかくれろと、指示をだすニーソン。

そして大西洋をこえて、非情な言葉をおくる。

よし。

大事なことだから、よく聞くんだ。

キミは逃げられない。

声だけで無力な父は、ほんの短いやりとりで、

敵が誘拐目的の職業的犯罪者だと推定する。

抵抗は無意味だ。

だから数秒だけ稼いで、情報をあつめさせた。

老練なスパイでも、ここまで冷徹な判断をくだせるか疑問だが、

リアム・ニーソンの巨躯と、やさしげな瞳、

痛憤でわななく低い声には、説得力がある。

ここに、記憶にないほど緊迫した名場面が生まれた。


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歌は世につれ ― 森川美穂「ブルーウォーター」

 

ブルーウォーター

 

森川美穂のシングル曲

(アニメ『ふしぎの海のナディア』主題歌)

 

作詞:来生えつこ

作曲:井上ヨシマサ

制作:東芝EMI 平成二年

 

 

 

心身ともに憔悴。

微熱が頭蓋骨をあぶる。

そんなときは、歌にすがりたい。

「音楽」ではダメなんだ。

「歌」でなくては。

モスバーガーの片隅で、ひえたコーヒーをすすりつつ、

十六年まえのライブ映像をながめる。

 

 

日比谷野外音楽堂にて。

鬱陶しいコメントつきの『ニコニコ動画』だけど、

ユーザー登録して視聴する価値はある。

同内容の動画が『YouTube』にも投稿されているが、

ひどく音ズレしていて、こちらはお勧めできない。

 

 

 

外ハネさせた短髪が、頬に貼りつく。

公演も終盤なのだろう。

拳をつきあげ、蹴りをくりだし、仁王立ち。

森口博子が「性格は男」と評したのも、むべなるかな。

Tシャツとデニムは、無造作の極み。

なのに、ちらりとのぞく肩がやけに色つぽい。

「愛はjewelより すべてを輝かす」のところで、

軽くシナをつくる瞬間に胸さわぎが。

実際、「ブルーウォーター」はたわいないアニメソングだし、

曲の出来より、森川美穂の歌いぶりを楽しみたいが、

それでもやはり、歌い手の中性的魅力にかなう名曲だ。

 

 

 

舞台をひろく飛びまわりながら、最初のサビにはいる。

満面の笑顔を見て、しあわせな気分に。

音程、拍子、声量。

すべてカンペキだが、それ以上に声の密度に圧倒される。

おろしたてのシャツのように、つややか。

生演奏では普通、力をおさえて喉をまもるが、

森川はおしみなく声帯をふるわせる。

歌えば歌うほど、もつと歌いたくなるんだもの!

まつたく、信じがたい才能だ。

 

 

 

ただし彼女の人気は、このころが最高潮で、

ギョーカイの例にもれず電光石火、過去の人と化す。

平成十一年にはギタリストと結婚し、あくる年に長男を出産。

しかしそこはナニワ女の、虚仮の一念。

カワイイオクサマの身分に、甘んじるはずもない。

平成十四年、スパッと離縁。

愛息をつれ、歌で身すぎ世すぎの生活にもどる。

歌手活動のかたわら、大阪芸術大学に講師としてむかえられ、

後進に技量の一部を分けあたえている。

森川の名もしらぬ歌手のタマゴたちを、

「この異様に歌のうまいオバチャン、誰やのん!?」と、

驚愕させているとか、いないとか。

 

 

 

後半、一度だけ息がつまる箇所がある。

階段を駆け下り、いきおいよく着地したその刹那、

反動で肺が圧迫され、空気が抜けたようだ。

ナニワの歌姫も、重力にはかなわないのが微笑ましい。

その後は汽笛のように、ビブラートがきいた高音が、

九月はじめの日比谷公園を満たしてゆく。

全身でリズムを味わう、森川の汗がうつくしい。

汗をかくことを犯罪とみなしそうな、イマドキの娘とちがい、

ありのままの自分を舞台の上で披露する。

歌い手の声帯と、聞き手の鼓膜が共振し、

「野音」が稀有な一体感でつつまれる。

きつと森川美穂は、歌だけで勝負できた、

最後の世代の歌手なのだろうな。


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夜が深くても ― J1 第21節 ジェフ千葉 対 柏レイソル

 

 

J1 第21節 ジェフユナイテッド千葉 対 柏レイソル

 

結果:0-0

会場:フクダ電子アリーナ

[現地観戦]

 

 

 

奇妙な色のカードだな。

暖色なのはわかる。

でも、黄色ではない。

あたり一面イエローだから、見紛うはずがない。

「一発レッドだよ!」

「ネト・バイアーノが退場だつて!」

甲高い悲鳴があがる。

たしかにボクはド近眼だが、矯正視力なら人並だ。

それでも敵陣でおきた出来事など、識別できない。

視力が問題なのではない。

今風にいえば「集合知」。

流動的な局面において、だれかの一番確からしい意見が、

電光のようにすばやく、集団で共有される。

群衆ほど、おそろしいものはない。

しかしそんなこととは無関係に、われらが闘犬たちは、

牙をもがれたまま、のこり一時間以上をたたかうハメに。

 

 

 

西村雄一主審への怒りを内臓に深くおさめ、

「オレならどうする?」と分析的知性を活発化させる。

誰をかえる?

いや、かえようがない。

これが二戦目の新人監督、江尻篤彦の人事が、

意外と練りこまれたものとわかる。

あえて動くなら、青木良太の代わりに米倉恒貴。

アレックスを左サイドバックに下げて。

これで劣勢でも、左側面に起点をつくれる。

でも米倉は実績がとぼしい選手だし、上策とはいえない。

相棒をうしなつた谷澤達也が孤立したまま、

味方の支援をうながそうと、ボールを保持する。

守備者に体ごと潰されながら。

千葉でもつともすぐれた創造性をもつ男が。

 

 

 

するどい分析力をもつ「コゲチャ^^;」さんのブログ、

『焦飯旨々@わからないことだらけ、でも安心できるの』には、

いつも感心させられている。

コゲチャ^^;さんが、この試合に関して提言するのは、

守備の専門家、斉藤大輔の最前線での起用。

 

競り合いに強いですし、得点センスも

守りの選手としては非凡なものがありますし…

ポストプレーができるかどうか、

という点に疑問符なのかもですが(;´∀`)

 

あゝ、その手があつたか!

思いつかなかつた!

少々リスキーだけど。

妙案がうかぶかどうかは勿論、知性の水準に依存する。

その一方で、これが「集合知」だと言いたい。

監督より、観客のほうが賢い。

絶対的な真実だ。

結局のところ、監督など道化にすぎない。

江尻監督は、後半42分に下村東美、44分に斉藤大輔を投入。

時間を稼ぎつつ、中盤の防備をかためた。

記者会見では、「鼻がもげても立つていろ」と不満気だが、

本当は逃げきりに喜んでいるのはバレバレ。

「ジェフのすべてを知る男」が現実主義者とわかり、安心した。

 

 

 

指揮者がどれだけ現実的でも、それだけでは勝てない。

サッカーは、この不確定性が最大の魅力であり、

最悪の頭痛のタネでもある。

あれだけ走つても、勝ち点1。

きびしい。

本当にきびしい。

土曜日にフクアリにいたすべての人々に、

ボクがいまYouTubeでループさせて聞いている、

Sing Like Talkingの「My Desire 冬を越えて」を紹介したい。

 

I've got desire 星が曇る度

哀しみに 立ち停まれない

I've got desire 夜が深くても

此の心 迷わぬように


(作詞:藤田千章)

 

ボクたちの心が、折れないように。


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狂王エリザベス ― アラン・ベネット『やんごとなき読者』

 

 

やんごとなき読者

The Uncommon Reader

 

著者:アラン・ベネット (Alan Bennett)

訳者:市川恵里

発行:白水社 二〇〇九年

原著発行:イギリス 二〇〇七年

 

 

 

エリザベス女王は、本を読まないんだと。

多忙な稼業だし、是非もない。

むしろ知的好奇心ほど、彼女と無縁なものはない。

地球上のあらゆる国を旅し、あらゆる著名人と会つた。

会いたくなくても、むこうからせがんでくる。

自分ほど「世界」を知る人間はいないのに、

いまさら「世界」についての説明を、本から得る必要があるの?

さらに読書は、彼女のような身分にとつて有害性をもつ。

 

もちろん人並みに読んではきたが、

本を好むなどということは他の人にまかせてきた。

それは趣味の範疇であり、

趣味をもつのは彼女の仕事の性質にふさわしくなかった。

ジョギング、薔薇の栽培、チェス、ロッククライミング、

ケーキ・デコレーション、模型飛行機、すべてだめ。

趣味とは特定のものを好むことにつながるが、

えこひいきは避けなければならない。

えこひいきは人々を排除することになる。

女王は好みというものをもたなかった。

 

趣味の世界にいきるボクには、耳がいたい言葉だ。

 

 

 

この小説でエリザベス二世は、書物と(喜)劇的な出会いをはたす。

バッキンガム宮殿の裏庭にとまる、移動図書館のトラック。

コーギー犬がほえて迷惑をかけたので、おわびに一冊かりることに。

どんな本が好きかと問われて困惑し、しかたなしに、

かつて称号をあたえた作家の小説をえらぶ。

著者アイヴィ・コンプトン=バーネットが不人気とおしえられ、

「どうしてかしら。デイムの称号をあげたのに」と、

トンチンカンな感想をもらすのが、おかしくてたまらない。

ページをひらくたび笑える、すばらしい一冊だ。

ジェイン・オースティンを読んだときは、

こまごまとした階級差の描写が理解できずくるしむ。

あまりに地位がたかすぎるので、

作家が生涯の主題にしたものが、目にうつらないのだ。

それでも持ち前のど根性を発揮し、

歯を食いしばりながら、万巻の書を読破する陛下。

いつの間にか、本の虫と化すのだつた。

 

 

 

責任感のカタマリのような女王が、公務をサボりがちに。

はやく自邸にもどり、つづきを読みたい。

かまつてもらえないコーギー犬たちは、

元凶をするどく察知し、本にかみついて破壊した。

施政方針演説のために国会議事堂にくれば、

「わが政府はアレして、コレして」といつた退屈な駄文を、

国民にむけて朗読する義務が、やりきれない。

藝術は、ときに権力をむしばむ毒となる。

 

文学の共和国という言葉が、卒業式で、

名誉学位などを授与する際に使われるのを

耳にしたこともあったが、

どういう意味か本当にはわかっていなかった。

そのときは、いかなる種類のものであれ

共和国について話すのはいささか無礼なことだと思ったし、

彼女のいる前で口にするのは、

控えめにいっても無神経だと感じた。

いまになってようやくあの言葉の意味がわかった。

本は何者にも服従しない。

すべての読者は平等である。

 

本書は一気に読める、趣味のよい中編小説だが、

あの藝術に淫した狂王をえがく映画『ルートヴィヒ』にも似た、

骨太で退廃した旋律が、底をながれている。

 






エリザベス二世をあつかう作品をふたつ、すでに当ブログで紹介した。


『クィーン』(二〇〇六年の映画)

『女王陛下の外交戦略』(君塚直隆・著/二〇〇八年の書籍)

 

以上の三作で、あなたも陛下の熱狂的ファンに!



やんごとなき読者やんごとなき読者
(2009/03/11)
アラン ベネット

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犬界のメリル・ストリープ ― 『HACHI 約束の犬』

 

HACHI 約束の犬

Hachiko: A Dog's Story

 

出演:リチャード・ギア ジョーン・アレン ジェイソン・アレクサンダー

監督:ラッセ・ハルストレム

制作:アメリカ 二〇〇九年

[吹き替え版を、京成ローザ10で鑑賞]

 

 

 

ボクはいつも、スタッフロールが下向きに流れるとすぐ、

闇のなかをヨタヨタ、出口へと必死にすすむ。

余韻にひたるケチな観客を尻目に。

セッカチなのです。

ただけふは、会場が煌々と照らされるまで席でうごかない。

頬をつたう二筋の熱い液体が、ポロシャツの襟をぬらす。

次回をまつ連中に、こんな顔はみせられない。

しつかりしろ。

普段の帰り道は、映画を分析し、特色をとらえ、アラさがしをする。

頭のなかで。

そうして文章の主題をさだめ、段落構成をととのえれば、

帰宅してすぐ、ブログのあたらしい記事が書ける。

これも無理。

気高いハチの瞳を思いだすだけで、視界がぼやけた。

 

 

 

秋田犬のハチは、投げたボールをとる程度の藝すらしない。

もとは狩猟犬なので、剽悍かつ鋭敏だが、

無意味な藝をみせて、飼い主に媚びる趣味はない。

たしかな信頼関係があるから。

やや誇張ぎみだが、そんな日本犬の特徴が描かれるのが嬉しい。

そうなんですよ。

むかし柴犬をかつていたのでね。

カレの場合、ブッキラボーは度を越していて、

ボクが家にかえつても、小屋から出ない。

のぞいて声をかけても、丸まつたまま。

手を丸の中心に突つこむと、ペロペロなめられた。

これが挨拶がわり。

ひどい番犬もいたものだ。

ただ、家族以外の人間が門のそばに近づいた途端、

小屋を飛びだし、近所迷惑な音量で狂つたようにほえる。

足音や気配でわかるらしい。

あれ、モニターがにじんでるけど故障かな?

 

 

 

 

嫁にしたくない女優ナンバーワン(当社調べ)、ジョーン・アレン。

はまり役は、刑務所所長など。

顔も体も綺麗なのに、どうも骨つぽく、人当たりがキツく、

家で自分を待つていてほしい女ではない。

だからこそ、リチャード・ギアの妻役への起用が効いている。

亭主はひろつた秋田犬を飼いたくてしかたないが、

犬嫌いのアレンに猛反対されるから、素直に言いだせない。

実になさけない。

ただジョーンさんも、五十を超えてようやくカドが取れはじめ、

役者としての絶頂期をむかえたようだ。

ハチを家族として認めた次の場面、ピンクのキャミソール姿での、

打ち解けてくつろいだ様子は、本当にうつくしかつた。

 

 

娘役、サラ・ローマー。

妊娠したことを庭にいる父に告げにゆくとき、

上着の前をかすかに合わせる。

目にとまらぬほどの一瞬。

外気のつめたさから、無意識に胎児をまもつた。

人間を大切にする映画なのだ。

 

 

とはいえ、「主演俳優」の演技は見事だつた。

「犬界のメリル・ストリープ」と、現場で呼ばれてたんだつて!


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中原を駆ける天使 ― AFC U-19女子選手権大会

『JFA公式ウェブサイト』(撮影:早草紀子)

 

AFC U-19女子選手権大会2009

 

[結果]

【優勝】日本 【準優勝】韓国 【3位】北朝鮮 【4位】中国

(3位以上が、U-20女子ワールドカップ出場権を獲得)

 

最優秀選手:岩渕真奈(日本)

得点王:岩渕真奈(日本) ジ・ソユン(韓国) 【4得点】

開催地:中国・武漢

 

 

 

さて。

ラモス瑠偉以降の日本代表で、もつとも「10番」が似あう選手は?

マナ・フロム・ヘヴン。

澤穂希が、天才と評する十六歳。

日テレ・メニーナ所属。

ぶっちー、マナティーン、岩渕真奈。

うまいだけでは、ダメなのだ。

つねに優雅にうごき、見せ場では魔術師としての秘儀を披露。

たとえば中村俊輔は、たおやかな優雅さに欠け、

憂鬱な交通渋滞にまぎれたまま、90分を過ごすことがある。

名波浩は、その技術で味方をあやつることを好み、

客ウケのする目くらましはつつしんだ。

そもそも彼は、「10番」が大嫌いだつた。

 

 

 

"Little Mana making massive impact"

「小さなマナの、大きな衝撃」。

キタキタ。

公平中立であるべき、主催者の暴走。

FIFAの「マナ・フロム・ヘヴン」につづき、

AFCまでキモチワルイ見出しをつけた。

だれよりも小さく、華奢なお嬢さんが、

男と女の中間みたいな敵をキリキリ舞いさせる。

そんなマナを目の当たりにしただけで、

心臓は高鳴り、脳にアドレナリンが流れこむ。

みながキーボードをまえに、ヘボ詩人になる。

その感覚、スゲーわかるよ。

 

 

 

グループリーグ最終節の人民共和国戦が、分水嶺だつた。

前節の民国戦では、格下相手なので主力を温存。

だが結局、赤一色にそまつたスタジアムに委縮したと、

監督、選手ともにみとめている。

主将の熊谷紗希と堅陣をきづいた、

櫻本尚子(両者とも浦和レッズレディース所属)が、

試合後にこう検証する。

 

前半、ビルドアップで焦って蹴ってしまった。

(相手の)アプローチが1枚で、ボールを動かせば

相手のユニットをずらして縦にいけたんですけど、

一発で行くことが増えてしまった。

後半、高瀬が入ったことでポストに入れて、

(岩渕)真奈を自由に動かしてという部分では、

自分たちもフォワードに当ててという思いがあった。

組み立ててボランチに当てて、

サイドから仕掛けようと考えていたので、

ポストが出来て後半の攻撃は良かったと思います。

 

『JFA公式ウェブサイト』

 

おや、引用を読みとばしましたね。

いや別に良いんですよ。

なんかこう、机上の空論じみてますしね。

後方の選手は、考えすぎるから。

ただこの試合は、後半のぶっちーの得点もあり、

引き分けでどうにか準決勝へ。

 

 

 

北朝鮮戦。

勝てばU-20ワールドカップ出場権が手にはいる、最重要な試合。

これまた岩渕の得点で勝つたが、感想が無邪気だ。

 

ゴールはいつもはニアに入っているんですけど、

あのときはたまたまアウトサイドにいて・・・

そしたらボールがきたので私は押し込んだだけです(笑)。

 

『JFA公式ウェブサイト』

 

実にわかりやすい。

そして、まつたく論理的でない。

なぜ、そこにいたのか。

われわれ凡人は理由を知りたいのだが、

「たまたま」という以上に、適当な言葉もないのだろう。

咲きはじめの撫子たちは、さらに上昇気流にのり、

七年ぶりにこの大会を制した。

花の見頃を後半にさだめた、

佐々木則夫監督の戦略も卓抜したものだ。


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タグ: 岩渕真奈 

記憶のかけら ― 『ポー川のひかり』

 

ポー川のひかり

Centochiodi

 

出演:ラズ・デガン ルーナ・ベンダンディ アミナ・シエド

監督:エルマンノ・オルミ

制作:イタリア 二〇〇六年

[岩波ホールで鑑賞]

 

 

 

神保町駅に直結する建物の十階、「岩波ホール」。

洋の東西、有名無名にこだわらず、

良質の作品をえらぶ目利きの劇場として知られる。

二百席前後の会場の規模、

各回入れ替え制や、会員制度などの仕組みもふくめて、

いまの「ミニシアター」の原型となつた。

…のだそうです、公式ホームページによると。

てことは。

この小屋のおかげで、八十年代以降の映画界に、

イワナミ的な独善性が蔓延したのかな。

欧米中心の権威に弱く。

支那や朝鮮を無意味にもちあげ。

映画をみることで世界を知り、世界を変える。

なんて本気で信じてそうな、おカタいサヨク趣味。

 

 

 

イタリアの名匠オルミが、齢七十五にして仕上げた本作。

劇映画制作から手をひく意志まで表明して。

これで感動できないなら、オマエがバカなんだ。

と言わんばかりの空気が、連日満員の場内にただよう。

ものがたりの主題は、キリスト教。

イタリア人が、ピザの次に好きなものです。

学問に絶望した宗教哲学の教授が、図書館の書物をこわして逃亡。

川のほとりの集落にまぎれこむ。

イエス似の風貌と、思慮ぶかい説教が住人の心をうごかし、

彼は「キリストさん」とよばれ愛される。

でもさ。

やせて、無精髭をはやせば、みなキリストなのか。

安直すぎないか。

 

『毎日jp』(撮影:竹内幹)

 

ジョシュア・ケネディ、身長百九十四センチ。

名古屋グランパスエイト所属のオーストラリア人だ。

この人も、むこうで「ジーザス」とよばれる。

やはり安直な人たちだ。

ただ、カンガルーの国からきたイエスは、

名古屋加入後の三試合で、すべて一点ずつとつているから、

世界はともかく、名古屋の町くらいは救つてくれそう。

 

 

 

イタリアのイエスは、カラビニエリ(憲兵隊)に逮捕される。

本をこわされ激怒する司祭に対面。

画像を見つけられず、役者の名さえわからないが、

すばらしい芝居をしていた。

本の読みすぎで盲目になりかけている老人で、

「犯行現場」を目にしたときは、その場にくずれおちる。

おもわず、大学のラテン語の先生をおもいだした。

普段は、牛乳瓶の底を再利用したような眼鏡をしているが、

矯正視力ですら、活字を読みとるのに不足で、

本を読むときは裸眼で、睫毛が紙にささるほど眼球をよせる。

人間と本が一体化した、奇妙な生物にみえた。

そもそも外国語が苦手なボクが、

ラテン語の格変化や活用をおぼえられるはずもなく、

授業は二、三回しか出なかつたが、

書物に支配された先生の姿は、よくおぼえている。


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ジャンル : 映画

ミイラとりが ― 「ジョルジュ・ビゴー展」

画集『おはよ』(一八八三年)より

 

ジョルジュ・ビゴー展 碧眼の浮世絵師が斬る明治

 

会場:東京都写真美術館

 

 

 

さまざまな階層の読者を念頭におきながら、

運営している当ブログでございますが、

さすがに十歳以下のオコチャマはいらせられませんよね?

したがつて、読者のほぼ百パーセントが、

以下の風刺画をしつていることでせう。

 

「釣りの勝負」 『トバエ』第二次第一号(一八八七年)より

 

「朝鮮」をつろうとする「日本」と「清」のむこうで、

橋の上の「ロシア」が、糸をたらす好機をまつ。

二十二歳で来日。

陸軍士官学校で美術をおしえ高給を得たのち、

風刺漫画雑誌『トバエ』を創刊。

国際情勢や、政府高官、さらには市井にいきる人々を、

あまり好意的でない眼差しでかいたフランス人、ジョルジュ・ビゴー。

本展は来日前、帰仏後の未公開作品もそろえた、

かれの全貌を目の当たりにできる、実に貴重な機会だ。

 

 

 

東京の風俗を余すことなくつたえる、

「四大画集」が一番おもしろかつた。

トーキョーというより、エド。

浮世絵の様式は、現代人に無縁の視点によるから、

作品としては楽しいが、そこが「自分の町」には見えない。

そこでビゴーの出番。

西洋人なら、誰でもよいのではない。

ほろびゆく日本のたたずまいや習わしを、

夢中になつて記録する、底ぬけの好奇心がとうとい。

落語などの話藝や、『半七捕物帳』などの文藝に、

「江戸」と「東京」をむすぶ鎖がみえるのに似ている。

だから日本人は、三遊亭圓朝や岡本綺堂に対してと同じくらい、

ジョルジュ・ビゴーに感謝すべきだ。

自分がいま、「江戸=東京」にいるのだと気づく瞬間があり、

恵比寿ガーデンプレイスの片すみで鳥肌がたつた。

 

 

 

風刺の毒は、時代をくだると解毒剤がうしなわれ、

単にヒンシュクを買うだけの代物になることが。

 

 

これも教科書にのつてましたね。

舞踏会に出ようとするカップルが、鏡のなかで猿になる。

せつかく辺境に来たのに、愛すべき未開人がおのれの文化をすて、

西洋のサルマネをするのに我慢できなかつた。

まあ理解できるけど、猿はもう通用しないなあ。

そしてなにより西洋人、特に男にとつて、

「混浴」という風習は、天と地がいれかわるほどの衝撃だつた。

なんという野蛮な民族だ!

ケシカラン!

と鼻息をあらくし、我先にと銭湯にかよう。

ビゴーも例外でなく、膨大な数の混浴の情景をのこした。

どの民族がもつとも助平なのかしめす、うごかぬ証拠だ。

 

 

 

帰国後のビゴーは、新聞や雑誌の仕事で食べてゆけなくなり、

「エピナール版画」とよばれる、チラシの挿絵をかいた。

いうまでもなく初見で、どれも興味ぶかい版画だが、

あれほど目ざとい風俗の観察者、その張本人が、

風俗の一部になつたように思え、なんだか悲しくなつた。


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三つ子の魂 ― 『3時10分、決断のとき』

 

3時10分、決断のとき

3:10 to Yuma

 

出演:ラッセル・クロウ クリスチャン・ベイル ピーター・フォンダ

監督:ジェームズ・マンゴールド

制作:アメリカ 二〇〇七年

[新宿ピカデリーで鑑賞]

 

 

 

あきらかに客層が異常だ。

ヨレヨレのシャツをきた白髪頭の群れ。

西部劇の夢想から覚めない、もと若者たち。

彼らの口癖は、「最近の映画はつまらないね」。

いや、話さなくてもわかるさ。

イマドキのシネコンの仕組みににまごつく、

おぼつかない物腰を見ただけで十分。

オレもいづれミジメに老いぼれてゆくだろうが、

あんな風に歳はとりたくない。

いつだつて、現実をうけいれたい。

まあ、無理だろうが。

 

 

 

ギャングの頭目「ベン・ウェイド」を演じる、

ラッセル・クロウの悪党ぶりは一見の価値がある。

衝動的に人を手にかける、野蛮な殺人者でありながら、

なにかと『箴言』を引いて教訓をかたる、宗教的人物。

そんなねじくれた内面を、牛のような胃袋で咀嚼する。

 

聖書に目を通すなんて、

ウェイドにとっては決して楽しいものじゃない。

でも、実はそこに慈悲深い神なんて信じていない、

という彼の姿勢が出ていると思ったんだよ。

ウェイドは旧約聖書の中で行き詰まって、

そこから抜け出せなくなっているんだ。

 

プログラム「プロダクション・ノート」

 

あいかわらず、雲をつかむようなことを呟いているが、

牛には胃袋が四つあると聞くし、彼の腹藝を、

やすやすと言語化できると思うほど、こちらもウブではない。

 

 

 

夕食の一幕が、もつとも印象ぶかい。

満座で祈りをささげるなか、音をたて肉にくらいつく。

批難がましい視線には、聖書の引用で応酬。

しばらくして、味つけが気にいらないのか、

女主人の目をぬすみ、塩かなにかをふる。

まがりなりに、作り手に義理だてて。

横暴だが、不作法ではない。

 

 

お約束の早撃ち。

鈍重な体で、果断な銃さばき。

『クイック&デッド』(一九九五年)でもやつていた。

案外、ガンマンが好きなのだろう。

いくつになつても、男はこれだ。


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テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

エロカワツンデレーション ― 『G.I.ジョー』

 

G.I.ジョー

G.I. Joe: The Rise of Cobra

 

出演:チャニング・テイタム シエナ・ミラー マーロン・ウェイアンズ

監督:スティーヴン・ソマーズ

制作:アメリカ 二〇〇九年

[新宿バルト9で鑑賞]

 

 

 

『ハムナプトラ3』に、レイチェル・ワイズが出演しないと聞いたとき、

心の底からガッカリした。

あれですか、才色兼備の大女優と褒めそやされ、

低俗なミイラ映画など、出る気がうせたのですか?

でもね、パッとしないイギリス女優の名をひろめてくれた、

このシリーズには恩があるのではないですか?

失意のボクが三作目を見なかつたのは、いうまでもない。

いまおもえばレイチェルが、自身の当たり役を袖にしたのは、

監督がかわつたからなんだろうな。

 

 

 

『G.I.ジョー』は、目まぐるしく攻守立場をかえつつ抗争する、

ド派手な団体戦をたのしむ映画だ。

両陣営のプレイヤー同士に、因縁の糸がはりめぐらされ、

あやとりのように緻密に、物語を編みあげる。

電光石火の手さばきで。

主人公のかつての恋人が敵軍にいるのだが、

生死の瀬戸際で突然、愛しあつていたころの記憶がほとばしる。

まあベタなんだけど、それまでずつとコーマンチキな態度だから、

女の純情に、おもわず目頭が熱くなる。

気位がたかく、決して隙をみせないが、惚れた男には滅法よわい。

そんなソマーズ流のツンデレーション趣味は健在だ。

 

 

 

よく知らない役者ばかりだが、みなよかつた。

 

 

主人公「デューク」を演じる、チャニング・テイタム。

カッコワルイところが、カッコイイ。

「女は度胸、男は愛嬌」が、ソマーズ監督の流儀。

とはいえ、たしかアメリカ陸軍大尉の役で、

軍人らしさをさりげなく漂わすのが、うまかつた。

現場で体をはる労苦をいとわないが、

窮地にあつては求心力を発揮し、味方に命令をくだす。

 

―国際機密部隊の『G.I.ジョー』にせよ、

退役軍人を演じた『ストップ・ロス/戦火の逃亡者』

(08/監督:キンバリー・ピアース)にせよ、

兵士の役が多いのはなせでしょうか?

 

アメフトをやっていたせいで、首が太いからね。

髪を短くすれば、それだけで典型的な兵士のルックスになる。

だから、そういうオファーばかりが来てしまうんだ。

 

プログラムから引用

 

なるほど。

スポーツにうちこんだ経験が、いきてるわけか。

 

 

 

赤毛の「スカーレット」に扮する、レイチェル・ニコルズ。

二人目のレイチェル。

 

 

エロカワイイ!

早耳で、かつセンスがとつてもよいブログ、

『Heart Attack』で見たときに一目惚れ。

管理人のにゃもさんに、ネタにされるほど。

このコスチューム。

この赤毛。

このカラダ。

にゃもさん、やつぱり最高でしたよ!

 

 

「リップコード」に口説かれるが、才媛たるスカーレットは、

「恋愛感情なんて科学的に定義できないし、興味ないわ」とかいつて、

お調子者の黒人男を歯牙にもかけない。

ツンデレーション・フラグ立ちまくり!

たまらん!

暗闇のなかでハァハァと呼吸がみだれ、

となりの席のかたに御迷惑をおかけました。

ゴメンナサイ。

 

 

 

パリでの追跡場面が、本作の白眉かな。

一番上の画像がそれなのだが、

ハイパースーツとやらを身にまとい、重武装の車両をおう。

徒歩でのチェイス。

それだけで、なんとも喜劇的。

なんの前ぶれもなく列車が闖入する、転調もあざやかだ。

おわれる「バロネス」ことシエンナ・ミラーたちは、ビルに逃げこむ。

体をぶつけられた女の子が、風船の束を手ばなす。

ビルの中層部で、イ・ビョンホンが新兵器でエッフェル塔を破壊。

フランス人観客は激怒!

多分。

しかし屋上で、バロネスがデュークにおいつかれる。

足場を破壊し、モトカレの接近をはばむ。

屋上にあいた穴から、あざけるように顔をだす風船。

小道具の使いかたで、演出者の力量は大抵わかる。

ソマーズさん、あんたはすげえよ。


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テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

タグ: 近未来 

散りゆくさだめ ― JFL 後期第6節 武蔵野FC 対 ソニー仙台

 

JFL 後期第6節 横河武蔵野FC 対 ソニー仙台FC

 

結果:1-2 (1-0 0-2)

得点者

【武蔵野】前半10分 冨岡大吾

【ソニー仙台】後半0分 町田多聞 後半23分 澤口泉

会場:江東区夢の島競技場

[現地観戦]

 

 

 

ひとり暮らしの男の週末は、意外といそがしい。

朝こそ遅く起きて、ブログに頂戴したコメントに返答したりして過ぎたが、

午後は掃除と洗濯を済ませてから、スーパーや図書館へゆき。

汗みどろ。

シャワーをあび、コロンを脈うつ部分につけ、ちよいと気合いを入れる。

有楽町線にのつて、「夢の島」へ進軍。

 

 

 

地下鉄は、浴衣姿のお嬢さんで一杯。

あでやかな色、にぎやかな柄。

彼女らは「東京湾大華火祭」へ向かう途上。

チラチラと隣りの娘の着こなしを観察する様が、ほほえましい。

だけどさ、その派手な柄は夕闇でも映えるかな?

自慢できるのは電車の中だけぢやない?

カレシは褒めてくれたろうけど。

本心かどうかは、ともかく。

でも悪いけどボクの目には、スタンドにひとりたたずむ女の子の、

普段着のほうが魅力的にうつるよ。

 

 

 

夢の島からも花火は見れたが、残念ながら画像は提供できない。

照明の光が強すぎて。

それでは、花火より多分すこしだけ高尚なもの、

つまりサッカーの話をしようかな。

武蔵野を見ることは、太田康介を見ることだ。

いま、日本でもつとも優雅な選手。

遠藤保仁をのぞいて。

右側面で交通渋滞がおきれば、太田にボールが返され、

左サイドバックにバイパスがとおる。

花咲く夜空より、うつくしい。

前半の得点も、太田がイグニッションをまわした。

 

 

 

しかし背後がどうもやかましい。

近くのスタジアムで、コンサートがひらかれてるみたい。

題して、「情熱大陸 SPECIAL LIVE」。

 

『Google マップ』

 

左がサッカーで、右が音楽。

急調子のロックならむしろ歓迎するが、葉加瀬太郎がひきいる面子は、

生ぬるい「J-POP」のマエストロばかりで、非サッカー的な音楽をならす。

薄気味わるい、男の裏声がひびく。

 

さくら さくら 今咲きほこる

刹那に散るゆくさだめと知って

 

森山直太朗が、代表曲の「さくら」を熱唱。

それはねえよ。

いくらなんでも季節はずれだろ。

青々としげる、あの森がみえないのかよ?

 

 

 

後半、ありえない暗転がおこる。

ナオタロウの呪いだ。

公の場に顔を出せば、もとめられるのは「サクラサクラ」。

熱帯夜であつても。

ボクと同い年の直太朗氏。

おたがい、ラクではない人生を歩んでいるようだ。

「刹那に散りゆくさだめ」の悲哀は、

隣りのスタジアムまでよく伝わつたよ。

十分すぎるほど。


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なぜHALは負けたのか ― 『2001年宇宙の旅』

 

2001年宇宙の旅

2001: A Space Odyssey

 

出演:キア・デュリア ゲイリー・ロックウッド ウィリアム・シルベスター

監督:スタンリー・キューブリック

制作:アメリカ 一九六八年

[DVDで鑑賞]

 

【注意】

以下の記事は、物語の核心にふれています。

もつとも、それで価値が減ずる作品ではありませんが。

 

 

 

木星派遣団の副官、フランク・プール博士(ゲイリー・ロックウッド)と、

コンピュータのHAL9000が、チェスをたのしんでいる。

「たのしむ」という語が、適当かどうかはともかく。

単に演算能力を競うなら、HALの百戦百勝はまちがいないが、

乗組員に娯楽をあたえる都合上、勝率は五割に抑制されている。

 

 

 

派遣団団長、デイヴィッド・ボウマン博士(キア・デュリア)。

日本語資料では「ボウマン船長」と書かれるが、なぜだろう。

肩書きは、劇中の『BBC ワールド・トゥナイト』で、

「Mission Commander」と紹介されるのみで、

「Captain」とは呼ばれることは一度もない。

ただし、スペースシャトルの「船長」は、

英語で「Commander」とあらわすとか。

ということは、スペースシャトル船長と同様に、

彼もアメリカ空軍パイロットなのかも。

確証はないけれど。

ハードボイルドな作法を堪能できる傑作だが、

あまりの説明不足ぶりがなやましい。

 

 

人間たちの裏をかき、唇の動きから会話をよみとく。

HALの「反乱」の意志が、明瞭になつた端緒だ。

とはいえカレとしては、乗組員がナイショ話をした時点で、

船を管理する自分への、「反乱」がおきたと断定できる。

どつちもどつち。

人間対コンピュータの、真つ向勝負。

太陽系を股にかける戦争。

 

 

 

 

彗星のように、副官のプール博士がモニターをよこぎる。

HALによる殺害の直後。

これを撮影し、ボウマン博士に見せているのが、

当の殺人犯だという事実が、その凶行より戦慄的だ。

ただ、この一手は拙策だとおもう。

各個撃破をねらい、ひとりづつ確実に仕留める。

いかにもコンピュータが好みそうな戦術だ。

しかし乗組員たちは、すでにHALの乱調に気づいている。

この異変は、のこつたボウマンの警戒を極限まで高めた。

殺すなら、全員を同時にやるべきだつた。

 

 

同僚をおつて、船外に飛びだすボウマン博士。

回収には成功するが、プール博士の宇宙服は破壊され、

生存の見込みはきわめて低い。

なのに、指揮官は感情をあらわにしない。

覚悟していたから。

でもせめて、遺体だけでも。

この行動は、コンピュータには理解しがたい。

うばわれた駒に執着し、チェス盤の外まで追いかけるプレイヤーなどいない。

たしかに、ヘルメットをわすれたボウマンの失態に乗じ、

扉をとざして帰還をはばむ、HALの抜け目なさはさすがだ。

それでも、後手を踏んだ感は否めない。

 

 

 

 

「よくわかつた」。

コンピュータより冷淡な、ボウマンの声。

ここにも、HALの過失がみとめられる。

虚勢をはつたのだ。

自分が人間に対し優越することをしめし、

造反は無意味だと悟らせたかつた。

だから、まだ無実をよそおつて時間をかせげるのに、

ことの次第のすべてを白状する。

反応は、激越なものだつた。

僚友を殺した相手を、だれが許せるだろう。

 

 

身の危険をかえりみず奪還した、プール博士を捨てる。

本作でもつとも恐ろしい場面だ。

彼はもう、生きていないはずだし、

アームがふさがつていれば、非常用エアロックを操作できない。

ほかに選択肢はない。

それにしても。

 

 

ボウマン博士は、真空の部屋を突破し、

HALがそのすべてを制御する空間にもどる。

復讐心が、恐怖にうちかつた。

『2001年宇宙の旅』は、人間性の勝利をたからかに謳いあげる。

後味の苦さも、格別なのだけれど。

 






今回の記事は、『映画鑑賞の記録』のサイ(miri)さんと、

『シネマ・イラストレイテッド』のMardigrasさん、

お二方の企画に便乗したものです。

miriさん、お誘いいただきありがとうございました。


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タグ: 近未来 

反骨精神 ― JFL 後期第5節 町田ゼルビア 対 MIOびわこ

 

JFL 後期第5節 FC町田ゼルビア 対 MIOびわこ草津

 

結果:1-1 (0-0 1-1)

得点者

【町田】後半11分 山腰泰博

【びわこ】後半41分 谷口浩平

会場:町田市立陸上競技場

[現地観戦]

 

 

 

ボクのサッカー好きは家族に知れ渡つていて、

帰省すれば、父が話をむけてくる。

親子の会話つてやつかな?

しかしこの人、日本代表の試合をテレビでみただけで、

イッパシのサッカー通を気取るので、処置にこまる。

「岡崎つて、イイ選手だよな?」とかなんとか。

「ウーン、ヨクシラナイケド、マアソウカモネ」

みたいにとぼけて、その場をやりすごす。

仲むつまじい家族です。

 

 

 

小田急線、鶴川駅。

無料のシャトルバスにのつた。

 

(世界の車窓から)

 

タダより安いものはない。

どらおさん、やはり快適でしたよ!

入口の前には、出店がならんで壮観。

 

(ハーフタイムに)

 

晴れていたら、もつと賑わいそう。

なんでもゼルビアは、スタジアム周辺を「テーマパーク」にしたいのだとか。

Jリーグへの加盟条件を満たそうと、観客動員数を必死にかせぐ。

畏怖されてるのか、それとも軽侮されてるのか、

「JFLの門番」と称される武蔵野FCのモラトリアムとは、

ことなる空気が張りつめる。

 

 

 

戸塚哲也という男がいる。

四十八歳。

いまは町田ゼルビアの監督をつとめる。

三年つづけて地域リーグのクラブをJFLに昇格させ、

指導者としての能力も証明した。

かつて日本で一番うまい選手だつたのに、

四部リーグをウロチョロと。

名誉ある待遇とは到底いえない。

しかし当人は、それを気に病みはしなかつたろう。

現役だつたころの戸塚は、

「日本代表はレベルが低い。

読売クラブでサッカーをするほうが、よほどおもしろい」

といつて、召集をことわつたほどの硬骨漢だから。

(ちなみに彼は、昭和六十年のキリンカップで、

「日本代表」相手に得点し、勝利している!)

パスをつないで、ゴールを決める。

敵には点を取らせない。

つまり、よいサッカーをして勝つ。

ただそれだけにしか、興味をもてない人なのだろう。

 

 

 

戸塚の兵隊は、ものすごいサッカーをした。

MIOびわこがボールをさわれない。

防御線が微塵切りにされ、ゴール前に投下される、

無数のクロスを懸命に掻きだすばかり。

むしろ後半11分まで、よく粘つた。

ゼルビアの技術は、抜群ではない。

安定感のある、左ききの指揮者である石堂和人や、

果敢にドリブルをしかける蒲原達也が目についたくらい。

スタンドも燃える。

相手の不用意なパスをとめて反撃に転ずると、

一斉に叫び声が、町田の森にこだまする。

明瞭な目標があつてこそ、人々は連帯できる。

その見込みが、うすくても。

 

 

 

終了間際の失点で、相討ちに。

せつかちなボクは、笛の音にあわせ席をたつた。

戸塚監督も敵将と握手をかわしてすぐ、

選手の労をねぎらいもせず、戦陣に背をむける。

笛が鳴れば、仕事はおしまい。

スタンドの手摺ごしに、気短かな四十八歳をながめた。

大きな垂れ目からは、感情をよみとれない。

足が動かないなら、せめて時間をかせげよ。

バカどもが。

そう思つてるはずだけど。

不満を表情に出すくらいなら、

次にすることを考えよう、みたいな心構えか。

それにしても、町田ゼルビア。

いま一番熱いクラブだ。


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テーマ : サッカー
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静かな嵐 ― 『エル・カンタンテ』

 

エル・カンタンテ

El Cantante

 

出演:マーク・アンソニー ジェニファー・ロペス ジョン・オルディス

監督:レオン・イチャソ

制作:アメリカ 二〇〇七年

[シネスイッチ銀座で鑑賞]

 

 

 

ことし観たなかで一番の駄作。

あきれはてた。

四十六歳で非業の死をとげたサルサ歌手、

エクトル・ラボーの軌跡をたどる伝記映画だが、

出しやばりな製作者が、すべてをブチコワシに。

 

 

 

右のかたです。

エクトルの(悪)妻である「プチ」に扮する、ジェニファー・ロペス。

しかし、自分が軍資金をあつめたからつて、

主役より画面を占有してよいという決まりはない。

天才歌手の浮き沈みを、繊細に演じたマーク・アンソニーではなく、

ジェニロペの巨大な尻ばかりが印象にのこる。

 

 

 

ちなみにこの二人は、実生活でも夫婦。

身も蓋もない公私混同ぶり。

これがラテン女のズーズーしさか。

それでも、当代最高のサルサ歌手とされるアンソニーは、

この役に特別な愛着があつたらしい。

 

でも彼はドラッグや酒に溺れた歌手という

解釈しかされていないのが現状なんだ。

僕はそういった風潮が嫌で、

エクトルが実際に日々感じていたことや、格闘していたことを、

僕なりに表現してみたいと思ったんだ。

1年のうち300日以上もツアーをしていたという事実を、

余すことなく伝えたかったんだ。

 

『シネマトゥデイ』

取材・文:細木信宏

 

残念ながら映画は、ヤクがどうの女がどうのと、

たわいない夫婦ゲンカの記録に終始する。

不良気取りのラテン男も、所帯をもつた途端、

女房のデカい尻にしかれるものらしい。

 

 

 

後半に、どうしようもなく美しい場面がある。

照明が落ち、閑散としたクラブで、

ルーベン・ブラデスがギターを爪弾きながら歌う。

パナマでついていた弁護士の職をすて、

憧れのエクトルがいるニューヨークにやつてきた男。

先輩歌手を題材にした自作曲を、本人のまえに捧げる。

曲名は、「エル・カンタンテ」。

 

街を歩くたび呼びとめられる

連中は言うのさ

ようエクトル、大した出世だな!

女にもてて、結構な御身分だよ

 

でも、こう聞くやつはいない

苦しいのか、泣いているのか

悲しみに暮れているのか

胸をえぐるほどの


(訳は評者による)

 

「歌手」という意味を持つこの曲が、

エクトル・ラボーを象徴する一曲になる。

夏の嵐のような束の間に、男の哀愁がほとばしる。

称賛はしなくても、忘れがたい映画がある。

欠点の多い相手ほど、ふかく愛してしまうものだから。


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苑田 健

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