水兵リーベ ― 『国立トレチャコフ美術館展 忘れえぬロシア』

 

国立トレチャコフ美術館展  忘れえぬロシア

 

会場:Bunkamura ザ・ミュージアム

 

 

 

上の作品は、イーゴリ・グラバーリの『九月の雪』(一九〇三年)。

日露戦争の前年か。

しかし、九月でこの積雪量!

ロシア人が季節を感じとるモノサシは、

われわれとまるで異なる、ということを前提に鑑賞しなくては。

それどころか「季節感」という通念自体、日本に特有かもしれない。

春夏秋冬のかすかな風情のうつりかわりに敏感に反応し、

そこに詩をみいだす美意識は、ほかに例をしらない。

 

 

 

イリヤ・オストロウーホフ『黄金の秋』(一八八六年)

 

ロシアが一番うつくしい季節は、秋だとされる。

解説には、なんの木と書いてあつたかな。

金色にかがやく森に目がくらみ、わすれてしまつた。

かりた鉛筆で、こまめに控えておくべきだね。

あくまで想像だが、かの地は春でもまだ寒いだろうし、

冬は厳しすぎて、とても自然をいつくしむ気分になれない。

だから短い秋に目一杯、母なる大地を満喫するのだろう。

どこか刹那的で、女子高生のデコメールみたいにキラキラしてる。

 

 

 

アルヒープ・クインジ『エルブルース山-月夜』(一八九〇~九五年)

 

十九世紀後半のロシア美術は…。

ゴホンゴホン、例によつて知つたかぶりしますので、聞きながしてください。

でも本展の七十五作品中、五十点以上が日本初出品らしいから、

半可通を気取つても、許してもらえるかもしれない。

この時代の作品は、「写実主義」の影響がつよいと予想していたが、

同時期の「印象主義」を、積極的に取りいれているのが意外だつた。

上の『エルブルース山-月夜』なんて、

ホイッスラーのように憂鬱な色彩につつまれる、曖昧模糊とした情景だ。

なんでもクインジは、化学者のメンデレーエフに教えを乞い、

あたらしい色あいを探求したとか。

メンデレーエフつて、元素の周期表のメンデレーエフですよ。

「水兵リーベ僕のお船」の人。

ロシアつて、奥がふかい。

 

 

 

アレクセイ・ボゴリューボフ『ネヴァ河でのそり遊び』(一八五四年)

 

かのように、風景画好きにはこたえられない展覧会なのだが、

サンクトペテルブルクののどかな光景をえがく本作にも、やはり裏がある。

凍結したネヴァ川の左手にみえるのが、ペトロパヴロフスク要塞。

スウェーデン軍の脅威をふせぐために建てられた。

十九世紀には軍事的重要性がひくまり、政治犯収容所として利用。

ドストエフスキーやレーニンも収監された、おそろしい監獄だ。

のんびりソリですべつている場合ではない。

しかもそびえる尖塔は、首座使徒ペトル・パウェル大聖堂のもので、

そこには歴代皇帝の亡骸がほうむられている。

なんでもアリなのが、ロシアなのか。

 

 

 

イワン・クラムスコイ『忘れえぬ女』(一八八三年)

 

本展の一枚看板。

上流階級の夫人にみえるが、

貴族が冬に無蓋の馬車に乗るなどありえないらしい。

商売女かもしれない。

ソマリア沖の海賊のように、ウェブ上で画像をあつめたが、

jpgファイルは現物の空気まで伝えてくれない。

一見肖像画の本作も、背景が印象ぶかかつた。

でも、うまく言葉にできない。

どうたとえても、安つぽくなりそう。

ロシア語の題は正しくは『見知らぬ女』だが、日本ではなぜか、

いつともなく『忘れえぬ女』とよばれ、愛されている。

オレのように、言葉につまつた人間の歯がゆい思いが、

題名を変えてしまつたのかもしれない。


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テーマ : art・芸術・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

ペンは剣よりも ― 『消されたヘッドライン』

 

消されたヘッドライン

State of Play

 

出演:ラッセル・クロウ ベン・アフレック レイチェル・マクアダムス

監督:ケヴィン・マクドナルド

制作:アメリカ・イギリス 二〇〇九年

[吉祥寺オデヲン座で鑑賞]

 

 

 

ラッセル・クロウ扮する新聞記者が、チンピラ風の情報提供者と取り引きする。

知つていることを、洗いざらい話せ。

そうすれば、おまえの名前は書かないでおいてやる。

これは立派な脅迫だね。

法に触れてないにせよ。

原則的に、取材対象者への謝礼は無用だから、

結局チンピラはしゃべるだけしゃべつて、一セントももらえない。

「正義」の看板を背負つた報道記者は、

その威光をかさにきて、やりたい放題できる。

剣をペンに持ちかえた、グラディエイターのようだ。

ところで、クロウはこの役を演じるために、ほとんど下調べをしなかつたとか。

 

僕はこの30年間、ずっとジャーナリストに取材されてきたからね。

彼らがどう質問したか、どう裏切ったか、

それを思い出せばよかった。

 

『キネマ旬報』2009年6月上旬号

ラッセル・クロウ インタビュー

取材・文:猿渡由紀

 

愚痴なんだか皮肉なんだか本気なんだか、よくわからないが、

いかにもラッセル・クロウらしい発言だ。

清濁あわせ呑む役づくりが、いつもながらすばらしい!

「新聞記者」というより「ブンヤ」とよびたい、ヨゴレつぷり。

 

 

 

監督はイギリス人で、ドキュメンタリーが得意なケヴィン・マクドナルド。

正直いつて本作からは、才気をあまり感じない。

配役はよいのだけど。

好漢にみえるが、裏もありげな国会議員のベン・アフレック。

クロウの上司である編集局長を泰然と演じ、

メリル・ストリープの地位をおびやかしつつある、ヘレン・ミレン。

でも全体的に、演出の歯ごたえがカタい感じ。

脚本通り順々に調理したはよいが、煮こみがたりないのでは。

多分、マジメな監督さんなのだろう。

絵づくりも、わるくはない。

ワシントン界隈が、けだるい色調でえがかれていて感心したが、

撮影監督はロドリゴ・プリエトだつた。

『8 Mile』で不景気なデトロイトを、どんより暗緑色にうつした人。

プロダクションノートによると、なんちやらレンズをつかつたり、

いろいろ工夫をこらしたらしい。

なのに映画館をでたら、ほとんど印象にのこつていない。

皿の見ばえまで気をくばれるシェフは、ごくまれなのです。

 

 

 

となると、優等生なマクド監督の作品なのに、

なぜラッセルはいつものラッセルなのか、という疑問がわく。

こたえは簡単。

いうこと聞かないんですよ、このひと。

 

確かにラッセルは一緒に仕事をするのにタフな人間だ。

役について強い意見をもっているからね。

映画のなかで彼の腕にピンクのブレスレットが見えるはずだが、

あれはラッセルのアイデア。

『この男は若いときに母を乳ガンで亡くし、

女性関係をうまく築けない』と、

キャラクターの背景まで考えた結果だ。

 

同誌

ケヴィン・マクドナルド監督インタビュー

取材・文:斉藤博昭

 

あー思いだしたよ、ピンクのブレスレット!

相当ダサかつた!

なるほど、そんな裏設定があつたのか。

こういう小細工のつみかさねが、複雑なシルエットを銀幕にむすぶ。

でもね、監督の立場にしたらね。

現場にいつて主演俳優がピンクのブレスレットをしてたら、

やつぱり困るとおもうよ。

なに、母親が乳ガンで死んだ?

このデブは、いきなりどうしたんだ?

リドリー・スコットくらい撮影技術にくわしくて、百戦錬磨なら、

撮影中はラッセルをすきに泳がせて、

おかしなところは、あとで編集でごまかすのだろう。

マクド氏の腕では、まだまだ。

剣をふりまわす、凶暴なグラディエーターのとなりで、

すずしい顔をしたまま、平然と仕事をこなしてこそ名監督なのです。


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テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

天下布武 ― 『幸福な食卓』

 

幸福な食卓

 

出演:北乃きい 羽場裕一 勝地涼

監督:小松隆志

制作:日本 平成十九年

[DVDで鑑賞]

 

 ※注意! この記事は、物語の核心にふれています。

 

 

 

卵を手にして勝ちほこる、ヨコスカの暴れん坊。

出世作のドラマ『ライフ』よりも前に公開された作品だが、

すでに野生の獰猛さが剥きだしだ。

 

 

157センチの暴君は、まづは中学生として戦線に投じられる。

冬服のセーラー服の野暮つたいこと。

カモメの水兵さん?

いまどき『中学生日記』だつて、もつと垢ぬけてるよ。

えーとお話は、父が「父親廃業宣言」をしたり、母が別居したりで、

崩壊寸前の家族を、しつかり者のきいが統率するというもの。

 

 

 

 

夏服は、見れなくもない。

母、石田ゆり子とともに兵站をまかされる。

邦画を見ていつもおもうのが、母親役の現実味のなさ。

キレイキレイでつとまる稼業ではないだろうに。

手前の、無造作に青菜をつかむ女のほうが、よほど貫禄がある。

『秋日和』だつたかな、

婚期の娘がいるように見えない原節子に笑つたが、

おなじ松竹映画でも、くらべれば随分マシなものだ。

 

 

兄の恋人役の、さくら。

「恋人がふたりいるなんて、おかしいです」などと、

至極まつとうな正論をぶつけられ、旗色がわるい。

さくらつて結構かわゆいけど、妙に華のないゲーノージンだよね。

とはいえ北乃きいの共演者として、映画史に名をのこしたわけで、

かの女にとつては幸運な仕事といえる。

 

 

 

 

早朝、新聞配達をする同級生の彼氏が、窓から見送られる。

じつと坂道をみつめる、きい。

軍旗をかざすように堂々と、死亡フラグをたてる。

 

 

葬儀場で悩乱。

織田信長の事跡の見立てか。

信長も父の葬儀でとりみだし、祭壇に抹香をなげつけた。

教育係の平手政秀はこれをなげき、諌死の意をこめて自害する。

後年の創作だろうが、信長の人となりを端的にしめす逸話だ。

現代の信長として、北乃きいはこの見せ場を演じきつた。

 

 

 

 

少々おふざけがすぎたので、心あらわれる一枚を。

かのごとく正統的美少女ぶりが、女優北乃きいの根本ではある。

ハーフコートにマフラーなら、天下無双!

完璧なるコート姿は、ドキュメンタリー映画『ハルフウェイ』でも反復される。

『幸福な食卓』に退屈な音楽をつけた小林武史は、

厚着のきいに悩殺され、『ハルフウェイ』に出資するほど入れこむ。

などという顛末をかんがえると、

昭和の『中学生日記』から、現在の代表作まで串刺しにする、

この『幸福な食卓』は、かの女の経歴における重要作だ。

 

 

『ウィキペディア』によると、Pコートやダッフルコートは、

イギリス海軍が艦上で着用した軍服がもとなのだとか。

風むきの変化がはげしい洋上での任務では、

あわせを左右かえられる仕立てが重宝する。

両前仕立ては、すなわち男女共用が可能ということだから、

中高生の制服としても合理的。

北乃きいがこのさき何回、Pコートを着てくれるかわからないが、

その攻撃性を左前でつつむのに、最適な衣装であるのはたしか。




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北乃きい.勝地 涼.平岡祐太.さくら.羽場裕一.石田ゆり子

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記事の構成の都合上、画像にトリミングをほどこしたことを断つておきます。


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テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

老婆心ながら ― エリカ・アンギャル『世界一の美女になるダイエット』

 

世界一の美女になるダイエット

 

著者:エリカ・アンギャル

発行:幻冬舎 平成二十一年

 

 

 

「白いもの」とは、精製された穀類や白砂糖のこと。

ミス・ユニバース世界大会の出場者たちは、

決して白米や白パンなど口にしない。

白砂糖など、もつてのほか。

きわめて悪性の毒物だ。

実際に、サルをもちいた実験では、

麻薬よりもはるかに中毒性が高い、という結果がでたとか。

という具合に本書では、ミス・ユニバース・ジャパン(MUJ)の

公式栄養コンサルタントをつとめるエリカ・アンギャルが、

六十八の最先端のダイエット理論を教授する。

でもね、エリカ先生。

「白米」は、日本人の魂なのですよ。

オーストラリア人の分際で、全否定しないでほしいというか。

死んだ祖母さんがきいたら泣くよ。

ほかにも、「アーモンドの実力をもっと知って」、

「アボカドは食べる美容液よ」、

「サーモンはアンチエイジングのスーパーフード」などなど、

『あるある大事典』的な小ネタの大行列。

とてもではないが、覚えきれない。

 

横隔膜を動かすと、基礎代謝が上がって、

脂肪が燃えやすい身体にもなっていきます。

吐く息を、吸うときの2倍の長さにするように心がけると、

より代謝が上がります。

 

呼吸つて、意志で制御できるのか。

そこまでしなくてはならないのか。

まさに修羅の道だ。

 

 

 

 

大和撫子のダイエットは、修道女のように禁欲的すぎる。

エリカ先生の手法は、もつと合理的。

カロリーを気にして、肉や魚をたべないなんてナンセンス!

たんぱく質が不足すると筋肉量がへり、

かえつて脂肪が燃えにくい体質になるから。

炭水化物もとつたほうがよい。

十分な炭水化物をたべると、セロトニンが脳から分泌され、

食後に満腹感をえることができる。

間食だつてOK。

食事の時間が空きすぎると、血糖値が急上昇して逆効果。

ナッツやドライフルーツを持ちあるこう。

要するに彼女のダイエット思想は、

「普通にたべて、普通にやせよう」というものらしい。

それができないから、みな苦労してるんだけどな。

でもエリカ先生の言葉は、信用してよいとおもう。

 

私が食べるものの大切さを知るきっかけとなったのは、

15歳で留学生として大分に滞在したときでした。

ホストファミリーのおばあちゃんが作ってくれる

昔ながらの和食を食べていたら、

肌や身体の調子がとてもよくなったのです。

ですから、おばあちゃんが知らないような成分は

美しさに必要がないはず。

美しくなるためには、原材料表の記載品目が少なく、

昔ながらの伝統的な食材を選ぶよう心掛けましょう。

 

これはイイ話だなあ。

大分のバアチャンをリスペクトする人に、ウソツキはいないはず。

 

 

 

 

二〇〇六年大会の知花くらら(二位)。

二〇〇七年大会の森理世(優勝)。

MUJナショナルディレクターのイネス・リグロンや、

本書の著者アンギャルの貢献度は知らないが、

近年の日本代表の活躍により、指南役の権威もうなぎ登り。

おもうに、リグロンやアンギャルらの活動は、

幕末以来の「お雇い外国人」の系譜につらなる。

美術におけるフェノロサ、軍事におけるメッケルのようなもの。

かくして、いまや世界の一員となつた以上、

無邪気だつたあの頃にはもどれない。

 

世界基準では、健康的であることも重要な美の要素。

「やせればキレイ」、

そんなドメスティックな思い込みから離れて、

グローバル基準の美しさを目指さなくては。

 

命令口調でいわれると釈然としない。

アバラ骨が浮いてる女の子、すきだけどな。

「世界基準」つて、そんなによいものなの?

もつとも、異を唱えるつもりもない。

「お風呂上りのアイスクリームを習慣化したら、10歳は老けますよ」。

オレは別に、「世界一の美女」になどなりたくないし、

第一、生物学的に不可能なのだが、

それでも、こんな風に断言されたら従わずにいられない。

そして、夏の楽しみがひとつ消えた。




世界一の美女になるダイエット世界一の美女になるダイエット
(2009/04)
エリカ アンギャル

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テーマ : ダイエット
ジャンル : ヘルス・ダイエット

内助の功 ― 『ブッシュ』

 

 

ブッシュ

W.

 

出演:ジョシュ・ブローリン ジェームズ・クロムウェル エリザベス・バンクス

監督:オリバー・ストーン

制作:アメリカ 二〇〇八年

[角川シネマ新宿で鑑賞]

 

 

 

日曜日に宗教の闇をかたり、

火曜日は天皇制に反対する。

金曜日には、世界最大のチェーンストアを批判。

このブログのことなんですけどね。

重すぎるなー。

色気なさすぎだなー。

さらに本日は、前アメリカ大統領の伝記映画をとりあげます。

いまさらブッシュかよ。

ええ、特に読者さまの興味をひきそうなネタもありませんし、

遠慮なく次のブログに飛んでいただいて結構です。

米国でも、「いまさら」な反応だつたらしい。

わが国は新大統領のもと、生まれかわつている最中なんだから、

ヤツのことなど思いださせるな。

あえて、虫がよいアメリカ国民が眉をひそめる題材をえらぶのが、

オリバー・ストーン監督の流儀なのかな。

 

 

 

ブッシュ政権の幹部連中は、キャラ立ちがすばらしい。

お色気をふりまいて、ブッシュにぴたりと寄り添うコンドリーザ・ライス。

大統領より大統領らしい見識をしめすが、

おカタい軍人気質がわざわいして、村八分にされるパウエル。

ドンパチしか頭にない、戦争オタクなラムズフェルド。

政治の毒が骨の髄までしみこんだ、選挙バカのカール・ローブ。

誰よりも頭が切れ、経験豊富で、権力を自在にあやつるが、

百五十年古い、帝国主義的妄想にとりつかれたチェイニー。

ただ予算がたりなかつたのか、

三、四十代の若い役者がおほく、かるい印象なのは残念。

そのなかで、六十一歳のリチャード・ドレイファスは、

気味がわるいほどチェイニーにそつくり。

政治も映画も、年季が物をいうわけです。

 

 

 

本作の主題は、父と息子の愛憎なかばする関係だ。

批評家や観客の大半は、そう感想をのべているし、

監督自身もインタビューで、その点を強調している。

不肖ワタクシめも、二人兄弟の長男坊でありますから、

子ブッシュ氏に多少の共感をおぼえました。

三十すぎても、父と反りがあわず、

顔をあわせれば怒鳴りあいのケンカをしてますし。

エディプス・コンプレックスなのかよくわかりませんが、

いまだに子どもあつかいする言葉が、いちいち神経にさわります。

弟は父親と仲がよいところも、ブッシュ家とおなじ。

あからさまに態度をかえる父の言動が、

より一層、怒りに拍車をかけるのです。

しかし評者の家庭の事情はともかく、映画としては、

普遍的な主題にかまけて、本筋が曖昧になつた感はいなめない。

要するに、どこの家でもあることだから。

「なぜ、ブッシュはブッシュなのか」という疑問にこたえていない。

 

 

 

映画のなかでは予想以上に、先代のファーストレディ、

ローラ・ブッシュの比重が大きかつた。

喜劇調の語り口のなか、唯一の真人間としてえがかれる。

ストーン監督が言いたかつたのは、案外これかも。

このひとの作品にくわしくないが、クレジットに夫人の名前をだし、

"Naijo No Ko"と役をしるす、という話をきいたことがある。

日本でおそわつた、「内助の功」というコンセプトに感動したらしい。

母ブッシュを演じた、エレン・バースティンは名演。

バーバラ・ブッシュは、冷静沈着な父ブッシュと対照的に、

すぐにカッとなる激情家だ。

政治の話でも容赦せず、息子にカミナリをおとす。

なんでも子ブッシュの性格は、母ゆづりだとか。

傑作とはいえないが、ストーン監督の女性観が、

この映画に深みをあたえていると思う。


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テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

鈴木敏文はオセロをしない ― 古川琢也『セブン-イレブンの正体』

 

 

セブン-イレブンの正体

 

著者:古川琢也+金曜日取材班

発行:金曜日 平成二十年

 

 

 

わが家の前に、大通りがある。

ゆるやかな坂道で、すこし湾曲している。

最近、坂の上の駅前に「セブン-イレブン」が出店した。

写真の店舗だ。

最寄りのコンビニは、とある弱小チェーンなのだが、

往来の上下から、競合店にはさまれる形に。

結局ことしの春に、その店もセブンにかわつた。

オセロのように、あつさりと。

ある地域に高密度に出店する戦略を、

同社は大袈裟に「ドミナント方式」とよんでいる。

プレーヤーである、鈴木敏文の手腕は称賛される。

典型的な経営者崇拝にすぎないけれど。

コンビニなぞ、どの店もおなじ商品しか置いていないのに、

「戦略」とやらで、ここまで明瞭な差がつくわけがない。

陰で、ズルをしないかぎり。

 

 

 

すくなく見積もつて一億八千億円分の、

消費期限のすぎた食品を、セブン-イレブンは廃棄している。

一年ではなく、一日ごとに。

客としては、捨てるくらいなら半額で売つてほしい。

しかし本部は加盟店に対し、値下げをかたく禁じている。

理由は、「コンビニには閉店時間がないから」。

CO2排出量削減をめぐる議論で、営業時間短縮の要求をされたとき、

コンビニ業界は金切り声をあげて反論した。

コンビニの深夜営業は、重要な社会インフラだとかなんとか。

あれが嘘つぱちであることが、よくわかつた。

実際は、加盟店に過剰発注させる口実をうしなうのを恐れたのだ。

食品だけではない。

セブン-イレブン本部は、「ピンハネ」を疑われている。

コンビニで売られる商品はすべて、

独立事業主である加盟店オーナーが、納入業者から直接購入したもの。

ところが、いざ支払いの段階になると、

店長さんは業者からの請求書を見せてもらえない。

本部を提訴した櫻木大基氏によると、二年ものあいだ毎月、

消費税と同額の5%を不当に奪われたらしい。

 

 

 

セブン&アイ・ホールディングス、イトーヨーカ堂、セブン-イレブンの会長と、

トーハン(本書の取次を拒否!)の副会長をつとめる鈴木敏文は、

ゴリゴリの左翼あがりの経営者だ。

中央大学では学生自治会書記長をつとめ、

トーハン入社後は労働組合書記長に。

実に立派な経歴ですね。

こういう人が転向すると、えてしてタチの悪い経営者になる。

なにせ「敵」の事情がよくわかるもの。

だから、セブン-イレブンには労働組合がない。

さて、東京本部では隔週に一回、

全国の社員をあつめて会長の講演会をひらく。

 

鈴木会長から、『前年比率200%達成』などという

『目標額』という名のものすごいノルマを課せられるんです。

各店おでん1000個とか、特にクリスマス・おせち・節分の恵方巻き……

といった季節ごとのイベント商品は酷い。

しかも、会長の指示は絶対で皆、

『ました!』と答えなければならないのです。

本部に集まった1000人以上の社員全員で、

不気味な光景ですよ。

宗教みたいです。

ほかにも鈴木会長にちなんだ著書が出版された際、

半強制的に購入させられたりしました。

 

「ました!」は、セブン-イレブン内部の隠語。

大きな会社ではありがちな風景かな。

ところで、人気商品の「おでん」が儲からないつて御存知でした?

ほとんどの店舗で赤字なんだとか。

鮮度や衛生に関する全責任は加盟店が負うわけで、

本音では、おでんなど扱いたくないらしい。

しかし、本部の指示にしたがわない店には社員が出動し、

入れかわり立ちかわり、二十四時間体制で監視することもある。

ゴホン、まだまだありますよ。

人工衛星で配送のトラックを管理する仕組みとかも強烈だけど、

なんというか、いちいち紹介してたらキリがないな。

 

 

 

オレは別に、セブン-イレブンを批判したいわけではない。

毎日利用している店なのだし。

そもそも、「セブン-イレブン」とはなんなのか?

 

店舗経営の全責任はオーナーに押し付け、

配送業務も外注。

売っている商品にしても、

わらべや日洋のようなメーカーに作らせたものを、

さも自社製品のように見せているに過ぎない。

店舗やトラックを見れば、

もれなくあのロゴマークが付いているせいで、

我々はつい「セブン-イレブン」という巨大総合企業が

あるかのように錯覚してしまうのだが、

あれらはそれぞれ別の独立した会社が、

「イメージ統一」のため付けさせられているだけなのだ。

 

坂の上の陽炎のようだ。

セブン-イレブン本部の業務とは、

一種のコンサルタント業であり、実体はからつぽ。

どこか遠くで、モニターとニラメッコする社員が、

おにぎりの売れ行きに一喜一憂しているだけ。

個人的に、この世に経営者崇拝ほど無益なものはないと思う。

とはいえ、松下幸之助は電球ソケットやラジオを作つたし、

中内㓛は安売りのスーパーを建てて、倹約上手な主婦に支持された。

一方、鈴木敏文はなにをしたのだろう?

店名や看板ですら、外国からの借り物だ。

それでも、勝負の場に立たないプレーヤーが、

一人勝ちの栄光を手にしている。

真夜中の路地裏を、煌々と照らしながら。




セブン‐イレブンの正体セブン‐イレブンの正体
(2008/12)
古川 琢也金曜日取材班

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テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

超人思想 ― 山本雅人『天皇陛下の全仕事』

『毎日jp』

 

天皇陛下の全仕事

 

著者:山本雅人

発行:講談社 平成二十一年

[講談社現代新書]

 

【おことわり】

この小文では、他の記事との兼ねあいもかんがえ、

敬称や敬語の使用を極力ひかえている。

他者への敬意を、敬語の使用数でしか計測できない人は、

読まないほうがよいだろう。

 

 

 

天皇に休日はない。

土日祝日は、各地の行事に出席することが多いから。

平成十六年のカレンダーには、休日が百十九日あつたが、

三分の一以上の四十二日に、休日出勤。

平日は公務でうまつているので、

わづか十二日分しか、代休をもらえない。

十月には、なんと十八日連続で勤務。

オレだつたら、「こんな会社やめてやる!」と言つてるね。

 

 

 

天皇の主たる業務は、一般企業の管理職のそれとおなじ。

書類をよみ、ハンコをおす。

そのくりかえし。

書類の中身が、法律や条約の公布とか、ちと重いだけ。

日本国CEOに届けられる文書は、ときにスパムメールなみの量となる。

春秋の叙勲の時期には、数千人の名簿や功績調書がならぶ。

生真面目な人なので、すべてに目を通すらしい。

いくつかの調書が添付されてないことを指摘され、

内閣官房が慌てたこともあるとか。

風邪をひいても休めない。

憲法に規定される「国事行為」がなされないと、

国家が機能停止するのだから。

 

 

 

上の写真は、平成十九年の、

新潟中越沖地震の避難住民を見舞つたときのもの。

「水平の目線」が、このひとの流儀だ。

皮肉な言いかたをすれば、計算づくの演技でもある。

分刻みの日程のなか、周囲の反対をおしのけながら、

前任者とはことなる天皇像をつくりあげた。

勿論、かれの「弱きものへの思いやり」が、

皮相なふるまいだと言うのではない。

たとえば皇太子だつた昭和五十年以来、

地方へゆくたびにハンセン病療養所をたづねていることは、特筆に値する。

差別的な「らい予防法」という法律にもとづき、

患者に対し隔離政策をとつてきたことを国が謝罪したのが、

ようやく平成十三年のこと。

わが国の政府より、数十歩先をあゆみつづけた人生だ。

夫婦そろつて公務にのぞむのも、平成流。

戦後のリベラルな文化をそだてるのに、

最大の貢献をなしたのが、このカップルかもしれない。

 

 

 

天皇陛下万歳!

君が代は、千代に八千代に。

と締めくくり、Amazonのリンクを貼つて終わりたいところだが、

言及しておかねばならないことが。

すずしげな顔で、激務をこなす今上天皇はたしかに立派だが、

われわれ国民は、かれが前立腺癌をわづらつた、

七十五歳の老人であることを忘れてはいないか。

現行憲法下の「天皇」とは、一種の法人格であり、

生身の人間としての厄介ごとは考慮されていない。

基本的に、国事行為に代理をたてることは許されず、

生前に退位することもできない。

憲法や皇室典範の制定時(昭和二十二年)に、将来の日本人の寿命が、

これほど伸びると想定できなかつたのは、無理もないが。

父・昭和天皇が全幅の信頼をよせていたという、

しつかり者の今上天皇は、たしかにスーパーマンみたいなところがある。

でもまあ、いまどき現人神でもないのだし、

天皇制などという破綻した制度は、一日もはやく改めるべきだろう。

共和国日本万歳!




天皇陛下の全仕事 (講談社現代新書)天皇陛下の全仕事 (講談社現代新書)
(2009/01/16)
山本 雅人

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テーマ : 天皇陛下・皇室
ジャンル : 政治・経済

タグ: 天皇 

ゆるふわで行こう! ― 『天使と悪魔』

 

 

天使と悪魔

Angels & Demons

 

出演:トム・ハンクス アイェレット・ゾラー ユアン・マクレガー

監督:ロン・ハワード

制作:アメリカ 二〇〇九年

[新宿ピカデリーで鑑賞]

 

 

 

地震などが原因でおこる高波のことを、

各国で「津波(Tsunami)」と呼ぶことは有名だが、

カトリック教会であたらしい教皇をえらぶ選挙には、

「根くらべ(Conclave)」という語がもちいられる。

封印されたシスティーナ礼拝堂で、

必要数である三分の二をみたすまで投票をくりかえすわけで、

極度の忍耐力がもとめられる制度だから。

なんでも、天正遣欧少年使節がたづさえた、

大友宗麟の親書にしたしめられた言葉が、バチカンでひろまつたらしい。

日本人として、誇りに思わずにいられない。

 

 

 

 

本作の陰の主人公といえるのが、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ。

バチカンのサン・ピエトロ広場も、かれの設計だ。

代表作である『聖テレジアの法悦』も登場し、観光気分を味わえる。

なにせバチカン市国は、なんと「国」そのものが、

ユネスコに世界遺産として登録されている、奇妙な場所。

まあ、それだけの値打ちはあるのだろうが。

ブラマンテ、ラファエロ、ミケランジェロ、ベルニーニ、ボッロミーニ。

当代一流の藝術家を起用しながら、

百五十年の年月をかけて、サン・ピエトロ大聖堂は築かれた。

金はいくらあつても足りない。

商売上手な教会は、信徒の罪を軽減する「贖宥状」を販売し、

なんとか費用をまかなうが、それがルターらの批判の呼び水となる。

いわゆる「宗教改革」で、キリスト教世界は分裂することに。

さらに贖宥状の売買は、一五六三年に禁じられてしまい、

しかたなくフランシスコ・ザビエルのような宣教師を派遣し、

日本の大名など、アジアの有力者からの献金をもとめた。

教会なんて、雨風をふせげれば何でもよいのにね。

いづれにせよ、藝術を愛するお坊さんたちのおかげで、

グローバリゼーションが進展したのは、感謝すべきなのかも。

 

 

 

わが国の現在の内閣総理大臣である麻生太郎は、カトリック信徒だ。

側近の議員とされる、松本純がこう語つている。

 

実は麻生太郎大臣の洗礼名は「フランシスコ」、

敬虔なクリスチャンの両親に育てられ、

本人も幼少期から八段階もの洗礼を受けてきている

本物のクリスチャンです。

 

「松本純総務大臣政務官室2005-06」

 

個人的に、フランシスコ麻生の宗教観にはまつたく関心ないが、

かれの妹が、仁親王の妃であることは指摘しておきたい。

おなじ環境でそだつたなら、当然彼女もカトリックだろう。

オレがしらべた限り、離教したという話はきかない。

わが皇室には、異教の信者がいるのか。

それでよいのか。

創価学会にすがりつく兄も兄だが、妹の嫁ぎ先も相当なものだ。

この国は、いくらなんでもユルすぎ!

 

 

 

というわけで、ゆるふわ国家の一員としては、

「宗教」vs「科学」なんて主題を持ちだされても、反応にこまるわけ。

ういういしいオドレイ・トトゥが忘れがたい、前作は大好きだけど。

ロン・ハワード監督も、トム・ハンクスも、

三年前の批判を気にするあまり、必要以上に怯えているようだ。

 

あのときは傷ついた。

『ダ・ヴィンチ・コード』みたいな大ベストセラーを映画化するとなると、

どこをどう削ってどう変えるのかは大きな問題で、

どうやっても多少の反感を買うことは避けられない。

そのうえ、あれは映画にするのが難しい素材でもあった。

だから、最初から全員を喜ばせることは無理だと最初から分かっていたが、

それでも全員に気に入って欲しいと、本心では望んでしまうものなんだ。

 

『キネマ旬報』二〇〇九年五月下旬号

ロン・ハワード監督インタビュー

取材・文:猿渡由紀

 

たかが映画に目くじら立てるカトリック教会も嫌だし、

十億人以上の信徒をかかえる教派を散々コケにして、

荒かせぎした連中もどうかと思う。

宗教に対する態度においては、世界は日本にみならうべきだ!

本作をつくつたのがソニー・ピクチャーズだという事実には、

目をつぶるとして。


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テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

東京の王 ― JFL 前期第11節 武蔵野FC 対 FC刈谷

 

JFL 前期第11節 横河武蔵野FC 対 FC刈谷

 

結果:2-0 (2-0 0-0)

得点者

【武蔵野】前半31分 遠藤真仁 前半36分 桜井直哉

会場:武蔵野市立武蔵野陸上競技場

[現地観戦]

 

 

 

「俺らの街からJへ」

「東京第三勢力」

と、横断幕に書かれている。

武蔵野の支援者はみづからを、FC東京と東京ヴェルディに次ぐ、

第三の首都クラブと位置づけるようだ。

武蔵野はいまのところ純然たるアマチュアだが、

今季からは、町田ゼルビアが準加盟チームとしてJリーグを目指しており、

帝都のサッカーは、なにかが変わりつつある。

そこそこ東京ぐらしも長いオレだが、どこか野暮つたいFC東京や、

愚かなクラブ経営の見本のようなヴェルディには、

ちつとも親近感をおぼえないけれど、初観戦ながら武蔵野は好印象。

家から一番近いからだろうか。

包丁を左向きにおいた形の東京都は、不格好な行政区画だ。

千葉市の出身であるオレは、たまに西方に足をのばすと、

あまりにひなびた風情におどろく。

あんなところ、埼玉か神奈川にくれてやればよいのにね。

 

 

 

 

「東京第三勢力」は、のしかかる群雲をふりはらうように、

その名にはぢないサッカーをみせた。

開始数分で、中盤の底の太田康介がチームの中心だとわかる。

最後列に吸収される寸前のところでかまえるが、

的確な指示とパスで、攻撃をくみたてる。

身長165センチの桜井直哉は技術がたかく、短躯をものとせず攻守に奮闘。

遠藤真仁が直接きめたフリーキックも見事だつた。

武蔵野の質のたかいサッカーに大満足して、ハーフタイムをむかえる。

 

 

 

 

芝生のスタンドでコロコロころがる子どもたち。

オレも小学生のころ、天台の競技場でやつたからわかるが、

これはサッカー観戦より絶対にたのしい。

帰宅後、芝だらけの服をみた母親に怒られるけれど。

二杯目のビール(500円)とフランクフルト(200円)を補給して、

のんびりとメインスタンドにもどる。

 

 

 

後半の主導権は、FC刈谷にうばわれる。

テクニカルエリアに立ちつぱなしの、

やたらと背筋がしやんとした褐色の肌の男が目につく。

時計がすすむにつれて、声もおほきくなる。

まちがいない、アマラオだ。

キング・オブ・トーキョー。

愛知県刈谷市で雇われていたとはね!

監督は浮氣哲郎なのだが、遠慮する素振りすらみせない。

指揮の全権をまかされているのか。

武蔵野FCの後半の見通しは、甘かつたかもしれない。

アマチュアだろうとなんだろうと、アマラオの兵隊たちが、

二点差程度であきらめるはずもないのに。

 

 

 

なんとか武蔵野は、無失点で逃げきることに成功。

しかし、試合終了時の風景で記憶にのこつているのは、

選手の健闘をたたえて拍手する、アマラオの格好よさだけ。

敗北の苦味をこらえ、あえて笑顔をみせる。

絵になる男だ。

おもえば、サッカー空白地帯である東京で、

名を残したといえるチームまたは人物は、彼ひとりのみ。

そして多分、これからもそうだろう。


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テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

死の天使 ― 咲香里『Sweet Pain Little Lovers』

 

Sweet Pain Little Lovers

 

作者:咲香里

発行:富士見書店 平成九年

[富士見コミックス]

 

※注意! この記事は、露骨に性的な表現をふくみます。

 

 

 

女の子のガッツポーズに弱いという、個人的事情は割り引くとして、

十七歳の「けい」の可憐さは、この世のものと思えない。

実際、冥界からの使者なのかもしれない。

医者に「十歳まで生きられない」といわれたほど病弱で、

入退院をくりかえし、家族や友人とながく過ごした経験がない。

手のひらで融ける季節はずれの雪のように、はかなげ。

 

 

 

そんなけいの退院の日から、物語がはじまる。

兄の健太は、大学のサークルの飲み会に参加している。

家にかえつて妹を祝うために酒席を中座するが、

帰り道で、追いかけてきた美奈に告白される。

暗雲につつまれる健太を、「こちら側」に引きとめるかのように。

 

 

「もてる娘」を彼女にできて、俗世になんの不満があろう。

それなのに、本来成立しようのない三角関係がたちあがる。

 

 

世間知らずのけいにとつて、はじめての動物園。

ゾウやキリンを見ただけで、言葉もでないほど興奮し、

高熱を発して寝こんでしまう。

 

お兄ちゃんとどこかへ出掛けるのが夢だったの

 

お兄ちゃん あたしが入院してた時

よくお見舞いに来てくれて…………

その時いろんな話してくれたでしょ

 

学校の友達の話とか……クラブのこと

行事の話とか旅行の話

本とか映画とか音楽の話

 

話を聞くたび一緒にいられたらなぁって

いつも思ってたの

 

寝床で切々とかたる、けい。

かの女のフィルターをとおすと、

たわいない日常が、あざやかな色彩できらめく。

危険なほど。

 

 

 

父の単身赴任に母も同行することになり、舞台は暗転。

心配性の母親は、けいを連れてゆこうとするが、

「お兄ちゃんがいるから大丈夫」といつて、家にとどまる。

そのときのセリフが泣かせる。

 

大丈夫!

自分のこと自分でやってみたいし

 

それに……お母さん今まで

あたしの世話で大変だったでしょ

だからお父さんと二人っきりで

いいんじゃないかと思って……

 

家族をおもうやさしさが、心をうつ。

「思い」があまりに強すぎるのが、問題だが。

新婚夫婦の蜜月のような生活のなかで、

けいは、生まれてはじめての「わがまま」をいう。

 

 

いうまでもなく誤つた行為だが、けいの要求には、

だれも無視できないほどの正当性がある。

 

 

 

一線をこえたふたりが、街をねりあるく。

 

 

巷におりたつた死の天使は、渋谷の風景までかえてしまう。

しかしそこは、ネオンや白日に照らされているのに、

どこか不吉な影がさす。

さらに市中で偶然、いびつな三角形が完成し、

それぞれの頂点がすべてを知ることに。

 

 

タワーレコードの前で。

嫉妬にもえる美奈が、このみじかい物語に終止符をうつ。

 

 

 

「わがまま」の代償なのか、けいが急性骨髄性白血病にたおれる。

HLA抗原が一致する、健太の骨髄を移植することになるが、

未来にあかるい希望をもてる幕引きではない。

 

 

病室での、けい。

かかわる人間をすべて不幸にしたあとで、もとの世界にもどつた。

 

お兄ちゃんには……

うんと優しくしてもらったのに……

結局 命までもらっちゃうね…………

 

お兄ちゃんと兄妹で良かった……

 

十二年たつたいまでも、けいの悲しげな横顔をわすれられない。


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テーマ : 漫画の感想
ジャンル : アニメ・コミック

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小沢一郎、ホンモノの言葉

「Konu Town」 (m-louis)

 

 

 

平成四年。

金丸信の議員辞職をうけての後継あらそいで、

当時は自由民主党所属だつた、

小沢一郎と梶山静六のあいだに内紛がおきた。

俗にいう「一六戦争」。

そのとき小沢は、「政治改革」の理念をかかげ、

「改革派」対「守旧派」の対立を演出する。

 

スローガンを打ち出すのは先手必勝、先に言った方が勝つ。

小沢から守旧派と名指されたとき、梶山は最初、面食らって、

「シュキュウってなんだぁ」

と間延びした声で私にたずねたほどだ。

大正生まれの梶山の記憶のかなたに追いやられていた言葉が、

小沢によっていきなり持ち出されたことに驚いたのである。

 

田崎史郎『政治家失格』(文春新書)

 

梶山が無知なのではない。

むしろ彼は、陸軍航空士官学校を卒業した秀才だ。

「守旧派」は、いまでこそ政治の場面で頻繁につかわれるが、

その仕掛け人となつたのが、小沢らしい。

肯定的な響きをもつ「保守派」では、ダメなのだ。

おそらく小沢は辞書をひきながら、

適量の毒をふくむ単語をさがしたのだろう。

結局、彼は政争にやぶれはするが、

「改革」熱にほだされたマスメディアに後押しされ、

離党後の衆院選で、政権交代を実現する。

小泉純一郎が、「改革なくして成長なし」などと騒いで、

大衆の耳目をあつめたのは記憶にあたらしい。

しかしこれなど、小沢がもちいた修辞法の、

つたない模倣にすぎないといえる。

 

 

 

民主党をひきいる小沢は、「生活第一」という旗印のもと、

自民党の政策との差異をうちだし、

まがりなりにも二大政党制の体裁をととのえた。

紆余曲折、毀誉褒貶。

首尾一貫した政治家人生とは、とても言えない岩手の虎が、

二十年ものあいだ、最重要な政治家でありつづけたのは、

ひとえに、だれよりも選挙戦略に秀でているからだ。

 

どの候補なら当選できるか、どこにお金を投入すればよいのか、

現在ならば全国三百小選挙区の事情をすべて頭に入れる。

当選確実な候補と落選確実な候補には全く目を向けず、

ボーダーラインの候補に全力を注入してゆく。

それは非情でなくてはできないことだ。

 

同書より引用

 

彼の言葉は、単に耳ざわりのよさを追求したのではなく、

一票をあらそう、現実主義からみちびかれたもの。

小沢は六年まえに合流してから、億劫がつて地元をまわらない、

カッコつけの民主党候補たちを、つねに叱咤してきた。

せめて自民党の半分でいいから、大衆の中にはいつて語りあえ。

地方へゆけば労働組合幹部と会合をもち、農業団体を熱心にまわる。

田中角栄直伝の「どぶ板選挙」だ。

そうこうして民主党は、政権担当能力があるとみなされるまでに成長。

特に若手議員の能力は、大仁田厚などに代表される、

愚鈍な「小泉チルドレン」よりはるかに上だと、

古参の自民党議員はなげいているらしい。

 

 

 

なぜ政界において、このリアリストが悪鬼のごとく恐れられるのか、

おわかりいただけたろう。

しかし、そんな小沢の手腕が通用しない唯一の相手がいる。

サルバトール・ダリなみの超現実主義を党是とする、

旧・社会党、現・社会民主党だ。

平成六年には、政局の変転についてゆけず集団発狂し、

自民党と連立政権をくんだ挙げ句、党の方針を五百四十度転回。

安保条約肯定、原発肯定、非武装中立を放棄。

この国の政治に、百年かけても癒せない傷をおわせた。

自業自得というわけで、ほどなくして社会党は崩壊したが、

いまの参議院での五議席が、これから重要性を増してくる。

もし衆院選で民主党が勝つたとしても、

参議院での過半数を確保するため、社民党と手をくまねばならない。

小沢としては、悪夢をみる思いだろう。

さて、民主党代表選での政見演説を引いて、しめくくろう。

 

最後に、私はいま、青年時代に見た映画『山猫』の

クライマックスの台詞を思い出しております。

イタリア統一革命に身を投じた甥を支援している名門の公爵に、

ある人が「あなたのような方がなぜ革命軍を支援するのですか」

とたずねました。

バート・ランカスターの演じる老貴族は静かに答えます。

「変わらずに生き残るためには、自ら変わらなければならない」

 

『小沢一郎ウェブサイト』

 

ルキノ・ヴィスコンティから引用!

なんたる趣味のよさ。

まつりごとの道の、一寸先は闇。

この記事をかいている最中に、

小沢が党代表を辞任するという知らせをきき、おどろいた。

しかし、ヴィスコンティを愛する人間にニセモノはいない、

というオレの確信までゆらぐことはない。




政治家失格―なぜ日本の政治はダメなのか (文春新書)政治家失格―なぜ日本の政治はダメなのか (文春新書)
(2009/03)
田崎 史郎

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テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

老将去りて ― 第11節 ジェフ千葉 対 サンフレッチェ広島

 

J1 第11節 ジェフユナイテッド千葉 対 サンフレッチェ広島

 

結果:2-1 (2-1 0-0)

得点者

【千葉】前半39分 深井正樹 前半44分 巻誠一郎

【広島】前半11分 高萩洋次郎

会場:フクダ電子アリーナ

[現地観戦]

 

 

 

当日は、森崎和幸の二十八回目の誕生日。

オーバートレーニング症候群で離脱中の双子の弟と、

フィールド上で祝福しあえなくて残念だつたろう。

ひさしぶりに広島をみたが、

森崎のチームに対する支配力の大きさにおどろいた。

中盤の底が持ち場だが、最後列にかまえる時間帯もおほい。

尻をたたかれた槙野智章と森脇良太が、悍馬のごとく駆けのぼる。

パスまわしを分厚くしたいときは中盤に顔をだす。

前半11分。

森崎のするどい縦パスが、ビリヤードのブレイクショットのように弾ける。

佐藤寿人、柏木陽介、高萩洋次郎。

完璧すぎて、あぶないと叫ぶ暇さえあたえない。

この日、広島のシュート数は22。

フィールドプレイヤーの全員がシュートを放つており、

もつとも多いのが、しんがりをつとめるストヤノフの6本。

要するに、総がかりで攻めて守るトータルフットボールを、

きわめて高い水準で実現していた。

 

 

 

三年かけて、中国地方に小アヤックスをつくつたペトロヴィッチ監督は、

イビチャ・オシムから薫陶をうけた弟子でもある。

その意味で本家筋にあたるジェフ千葉だが、

老将が託した資産を、こちらは逆に三年で使いはたした。

無理もない。

きのうの先発の顔ぶれで、

オシムの指導をうけたのは巻誠一郎と坂本將貴だけ。

もはや実質的に、別のチームだ。

二部に降格しても監督をかえずに、選手の流出をふせいだ、

広島経営陣の賢明さこそ、たたえられるべき。

それはともかくとして。

知的で合理的で、それでいて優雅なサッカーをみせたとしても、

勝利のための条件が、すべて揃つたわけではない。

前半終了間際の5分間で、千葉が逆転。

 

 

 

二点目は、槙野の監視をふりきつた巻が、

コーナーキックを頭でたたきこんだもの。

どフリーだつた。

原因は、なくもない。

千葉のミラー監督の記者会見での発言によると、

攻撃をこのむ広島は、自陣でのコーナーキックのとき、

前線に三人残すことがわかつていたので、

千葉はコーナー付近に二人おいて、

さらに広島の選手を二人おびきよせ、ゴール前の空席をふやした。

中後雅喜が蹴る直前、

巻は敵手をかるく突きとばし、一瞬の隙がうまれる。

中後の右足のうつくしい弾道は、

猫じやらしのようにゴールキーパーを誘いだす。

あとは触るだけ。

「市原ユース」出身で、鹿島での修業をへて帰つてきた中後は、

試合前にもコーナーキックの練習をしていたらしい。

こまかな事前準備の積みかさねが、成果をもたらす。

 

 

 

勿論後半も、広島は総攻撃をつづける。

苦しまぎれに蹴つたボールを、精強な巻とストヤノフがうばいあう。

撃墜された巻が、めづらしく痛みでのたうつ。

千葉の選手がプレーを切るよう要求するが、

ストヤノフは無視してドリブルで攻めあがる。

規則上、なんの非もない。

しかしスタンドから、耳をつんざく怒号が。

巻誠一郎が、時間かせごうとゴロゴロ寝たふりするような、

ナマケモノではないと、全員がしつているから。

あからさまにイラついたストヤノフが、タッチラインの外に蹴りだす。

うつくしきモダンフットボールは記憶のかなたへ去つたが、

それよりも大切ななにかが、フクアリにはのこつている。


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テーマ : ジェフユナイテッド市原・千葉
ジャンル : スポーツ

闇にうかぶもの ― 『チェイサー』

 

チェイサー

 

出演:キム・ユンソク ハ・ジョンウ ソ・ヨンヒ

監督:ナ・ホンジン

制作:韓国 二〇〇八年

[ユナイテッドシネマとしまえんで鑑賞]

 

 

 

十か月で二十一人を殺した罪で、二〇〇六年に死刑が確定した、

韓国の「ユ・ヨンチョル事件」に取材した作品。

電話でデリヘル嬢をよびだし、自宅で殺す。

死体は庭にうめる。

出前感覚の連続殺人だ。

よほどの度胸がないと、デリヘル嬢はつとまらないな。

と、思つていたが。

『Yahoo!知恵袋』に投稿された質問から、引用する。

 

lovejacklovemovieさんの質問

 

デリヘルって危険性ありますか?

一度呼んでみたいんですが、

何かあったら怖いので踏み切れません

デリヘルを呼ぶのは安全ですか?

犯罪に巻き込まれる可能性はありませんか?

 

客だつて怖いのだ。

風俗の玄人から、あたたかい助言がよせられる。

 

ベストアンサーに選ばれた回答

kokidemowakaiさん

 

老舗の信用あるところなら大丈夫だね。

電話受付の対応のいいところを選ぶこと。

ネット上に利用者の声が出てるので参考にする。

ただし、ホテルはあちら任せにせず自分で決めること。

 

映画をみると、被害者たちがあまりに哀れで、

わかい女を搾取する性産業に怒りをおぼえたが、

少々ウブな反応だつたかもしれない。

他者に食い物にされないよう、

だれもが知恵をしぼりながら、日常をいきている。

その意味で、本作にでてくるデリヘル嬢は、

単に小綺麗なだけで、たくましさが感じられない。

 

 

 

性的虐待を目的とする拉致事件の報道にふれるたび、

いたましくも、不可思議な気分になる。

暴漢どもはその犯行の最中、後悔するのではないか。

他人を強制的に拘束しつづけるのは、

ひとりでつとまる仕事ではない。

食事や入浴、さらには下の世話までするのだから。

一瞬でも隙をみせれば逃げるし、反撃される可能性もある。

赤ん坊をそだてるより、荷がおもい。

二、三日もすれば、心身ともに疲れはてるはず。

なのに、えてして映画のなかの凶悪犯は、

超然たるアンチヒーローとして描かれる。

本作のハ・ジョンウは、警察の取り調べのなかで、

心にひめた犯行動機をあばかれる。

実はかれは性的不能者で、

性交の代替手段として、女の体にノミをうちこんだ。

純粋で気高い精神をもつ、王子さま。

原型であるユ・ヨンチョルは、さえない三十男で、

結婚して子どもまでつくつているが、それだと面白くないらしい。

 

 

 

いやあ、今回も退屈な記事になりましたね。

色気も洒落もない。

なにせ気弱な性分なので、「実話にもとづく」とか言われると、

つい余計なことばかり考えてしまう。

批評家やブロガーは、大絶賛みたいだけど。

映画をかたりながら、社会をかたる気分になれるからかな。

「悲惨な事件を、娯楽として消費するのは許されるのか?」などと、

鬱々とする人間は、野暮の骨頂なのだろう。

いや、別にこの映画を駄作と言うつもりはない。

香水よりも、男の汗のにおいに執着する、

おそらく韓国映画ならではの味はすてがたい。

 

雨上がりの設定なので水をまいたのですが、

マンホールとか特に危ない。

ハ・ジョンウが実際に転んで血を流した。

当然NGだと思いフォーカスをはすしたら、

また立ち上がって走り出した。

あわててカメラを回しました。

何で止まらなかったのと聞くと、

だって監督、カットって言ってないからと。

 

『キネマ旬報』二〇〇九年五月上旬号

ナ・ホンジン監督ロング・インタビュー

取材・文:塩田時敏

 

社会問題はソウルの闇のなかに溶けこみ、

銀幕にうつるのは、男同士の鬼ゴッコと殴りあい。

ただひたすら、それだけ。

幼稚な映画だが、消しがたい鮮烈な印象がのこる。


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テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

読みやすい日本語?

 

五月一日の朝。

寝ぼけながらPCをたちあげると、

『日本人の知らない日本語』という本のエントリに、あたらしいコメントが。

お名前は、「秋水」さん。

はじめて見るけど、素敵なハンドルネームだな。

女のひとだつたら嬉しいな、なんて。

えへへ。

どんな内容だろう。

 

×しやべつて

○しゃべって 喋って

日本人が読みやすい日本語を使ってください。

もう少し漢字も使うとさらに読みやすくなりますよ。

(以下略)

 

(´;ω;`)ウウッ

オレが推敲に、どれほど労力をついやしてるか知りもせず。

頭に血がのぼりやすいタチなので、

早朝から逆上した管理人は、すぐさまコメントを削除。

逃げたとおもわれると癪だから、

空メールをおくれば疑問にこたえると、書きのこす。

いまおもえば、短絡的な対応だつた。

そのあと、秋水さんから音沙汰はない。

 

 

 

「しやべつて」という表記を、添削する権利は誰にもない。

また、「ゃ」や「っ」のような「捨て仮名」は、非日本語的なもの。

昭和二十一年の内閣告示「現代かなづかい」で導入された、

歴史のあさい表記法だ。

これにしたがうと、文面は隙間だらけの乱杭歯になる。

字体は、統一したほうが絶対うつくしい。

戦後のドサクサにまぎれて、日本政府は「おくれた日本語」を、

アルファベット風の表音主義に改変しようとたくらんだ。

利便性、可読性、論理性が犠牲にされ、

語源などの文化的蓄積にふれることも、困難になつた。

当の内閣が、この方針は破綻したとみとめている。

そもそも既定の路線では、われわれ日本人に、

「私わ、喫茶店え、コーヒーお、飲みに行った。」と書かせる計画だつた。

バカみたいでせう?

とはいえオレが採用する表記法は、正かなと新かなを交えた変則で、

その意味では、たしかに読みづらい。

最悪ともいえる。

いづれにせよ、他人の文章を批評するときは、

その国のことばの来歴を多少知つていたほうがよい。

 

 

 

「もう少し漢字も使うとさらに読みやすくなりますよ。」

あいすみません、御迷惑をおかけします。

でも、ひらがなが好きなのです。

なめらかでしとやかで、和語のひびきを引きたてる文字だから。

したがつて「漢語は漢字、和語はかな」が、表記の原則。

市原結出演作『HANI-KAMI』についての文章から、例をひく。

 

ようやくベッドが、その副次的機能をはたす。

ほそながい首にかかるネックレスが、

うきでた鎖骨にからみつつ、きめこまかな肌で音をたてる。

 

漢語である「鎖骨」は当然だが、「首」や「肌」のような人体の部分は、

和語であつても漢字がふさわしいとおもう。

漢字のもつ凝縮性が、心象をつよく喚起する。

しかし、「ほそながい首」を「細長い首」とかいたら、台無しだ。

脳裏から、市原結のつややかな首すじは消え、

首長族のドキュメンタリー映像におきかわる。

読みやすさはつねに配慮すべきだが、

うつくしさを切りすてることは、あつてはならない。

絶対に。

 

 

 

秋水さんのコメントの省略した後半部は、

このブログは、漫画や映画の画像を無断で使用する、

悪質な「著作権ドロ」だと批難する内容。

よくある勘ちがいだ。

公開された著作物は、いくつかの要件をみたしていれば、

映像作品でも、権利者の許可を得ずに引用できる。

それはともかく、オレが気になるのは、

世間における、「文章」に対する「映像」の優位だ。

本来文章をかくことは、映像制作におとらぬ創造的行為ではないか。

なのに、ひとが時間をけずつて書いた文章をタダで読んでおいて、

盗人よばわりするのでは、正直こちらの立つ瀬がない。

どうやら文章の需要量が、供給量を大幅に下まわり、

デフレーションをおこしているようだ。

そんな時代になにを書いても無駄とおもえるが、

書かずにいられないのは、なぜなのだろう。


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ジャンル : 小説・文学

長期的にみれば ― saxyun『ゆるめいつ』

 

ゆるめいつ

 

作者:saxyun(さっきゅん)

掲載誌:『月刊まんがくらぶ』(竹書房) 平成十七年十二月号~

 

 

 

アホ毛がキュートな予備校生、相田ゆるめの下宿生活をえがく四コマ漫画。

ボロアパートのほかの住人もみな浪人中だが、毎日宴会ばかりで、

ひとコマたりとも勉強しないのが、おそろしい。

上の引用では、ゆるめが学生時代を回想するが、

乗馬通学するほどの最果ての地から、上京したらしい。

過酷な自然を生きぬいた、たくましいヒロインだ。

 

 

正月に、隣室のサエさんと今年の抱負をかたる。

超現実的なオチが売りの漫画だが、

それでも登場人物は、つねに「現実」におびえている。

三コマ目の背景のスクリーントーンが、不安な世情をうつす。

 

 

衣装ケースの出し入れをしているところを、サエに見つかる。

かわゆい娘が、かわゆい格好をして、かわゆい振るまいをしても、

無批判でうけいれられる時代ではない。

 

 

 

 

一階の住人の、松吉。

飲み仲間四人の黒一点で、うらやましい境遇だが、

恋に発展しそうな可能性はゼロパーセント。

いま流行りの、「草食系男子」か。

バレンタインデーには、三人から現金をわたされ、

一月後に「二十七倍返し」をしろと、ねずみ講まがいの要求が。

女が恋愛に見返りをもとめるたびに、

男は異性に対し消極的になつてゆく。

 

 

子どものころ鬼ゴッコをしたことがないという、

さびしい松吉をあわれんで、公園であそんでやる。

うれしそうな松吉。

しかし、そんなささやかな幸福でさえ、国家権力は不当にうばいさる。

 

 

 

 

物価の変動が、ゆるめたちの生活をゆさぶる。

慎重な投資戦略をえらんだのは、決してまちがいではないが、

資産を防衛するまえに、自分たちの体力がもたなかつた。

そういえばジョン・メイナード・ケインズは、

「長期的にみれば、我々はみな死ぬ」と言つていたな。

 

 

われらが松吉のアルバイトは、とあるイベントの手伝い。

人食い人種の生け贄になりかける。

みづからの身を肉食動物にさらしながら、

草食系男子は、生存競争で勝ち残らねばならない。

 

 

 

たつぷり引用させてもらつたが、

最強キャラの田中くみについては触れずじまい。

つぎの機会に、ということで。




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(2007/07/06)
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テーマ : 漫画の感想
ジャンル : アニメ・コミック

司令塔 ― 第9節 ジェフ千葉 対 鹿島アントラーズ

 

J1 第9節 ジェフユナイテッド千葉 対 鹿島アントラーズ

 

結果:0-2 (0-1 0-1)

得点者:前半15分 野沢拓也 後半5分 小笠原満男(PK)

会場:フクダ電子アリーナ

[現地観戦]

 

 

 

鹿島アントラーズといえば、いささか古風なブラジリアンスタイル。

ヨーロッパの戦術の最新流行をとりいれるとか、

余計な色気をださない愚直さが、強味だ。

では、そのブラジルらしさとは一体何なのか。

きのうの試合で、日本のサッカー選手のある発言をおもいだした。

たしか、カズだつたはず。

ブラジルというと、つい攻撃の選手に目がゆくけど、

もつとも人材が豊富なのは、ザゲイロ(センターバック)なんだよ。

なるほど。

サッカーでは普通、前からうまい順に面子をならべる。

つまり、後ろにゆくほど不器用になるわけだが、

ブラジルは人的資源があり余つているから、

最後尾に非凡な才能がかくれていたりする。

そして、鹿島による二度の栄光の時代は、

有能なザゲイロたちがきづいたのではないか。

かつては、秋田豊と奥野僚右。

いまは、岩政大樹と大岩剛。

さらに昨季終盤から、二十三歳の伊野波雅彦が定位置をつかみ、

クラブの基礎はさらに盤石となつた。

 

 

 

オリヴェイラ監督はきのう、伊野波のかわりに、

今季まだ出場がない三十六歳の大岩を起用した。

鹿島の情報をおいかけていないので、理由はよくわからない。

不動の右サイドバックである内田篤人が、胃炎で欠場するため、

経験豊富な大岩で、混乱を最小限にとどめようとしたのか。

だとすればその意図は、にくらしいほど有効だつた!

大岩剛のプレーは、洗練のきわみだ。

千葉の選手より一秒先に、空間をうめる予知能力。

そして味方への指示は、異常なほど細かくて、しつこい。

岩政との位置関係は阿吽の呼吸つてやつだが、

新加入の二十二歳の左サイドバック、

パク・チュホに対しては、数秒おきに位置を修正する。

みえない糸であやつられるように、大岩の左手のうごきにあわせ、

パクがてくてくと前後左右にあるく。

中盤でパスをまわすときは、逆側にいる選手を指さし、

サイドチェンジの指令をだす。

中田英寿が頭角をあらわしたころ、「司令塔」という言葉がはやつたが、

むしろ大岩のような、ザゲイロを称するのにふさわしいと思う。

 

 

 

失礼ながら、のこる現役生活はそう長くないであろう大岩は、

「ヨーイ、ドン!」の駆けつこでは、千葉の新居や深井にかなわない。

ただ徒競争のスタートライン、すなわちオフサイドラインは、

大岩が自由に設置するから、不公平な勝負なのだ。

シュート数は、千葉の二十一に対し鹿島は十九。

意味のある数字ではない。

わがジェフユナイテッドの攻撃は、敵の司令塔をゆすぶるまでに至らず、

シュートも苦しまぎれのものが多かつた。

終了まで残り5分になると、鹿島の選手全員のスイッチが突如きりかわり、

だれもがボールを堅持しようとする。

あざやかなものだ。

チーム戦術への忠実さは、あらゆるクラブが見習うべきものだが、

その精神が伝統によつて養われたものだとすれば、

数シーズンで身につけようがないのも事実。

正直ずつと前から、鹿島のサッカーは嫌いなのだけれど、

Jリーグのひとつの極として、敬意に値するとはおもう。


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トニー・ギルロイの時代 ― 『デュプリシティ』

 

デュプリシティ スパイは、スパイに嘘をつく

 

出演:ジュリア・ロバーツ クライヴ・オーウェン ポール・ジアマッティ

監督:トニー・ギルロイ

制作:アメリカ 二〇〇八年

[新宿武蔵野館で鑑賞]

 

 

 

トニー・ギルロイは、ニューヨーク出身の映画監督、脚本家。

一九五六年うまれ。

『はてなキーワード』によると、こうある。

 

映画脚本家フランク・D・ギルロイの息子。

映画編集技師ジョン・ギルロイの弟。

映画脚本家ダン・ギルロイの兄。

映画女優レネ・ルッソの義兄(ダンの妻)。

映画俳優サム・ギルロイの父。

 

なんだかよくわからないが、要するに、

血管に映画という液体がながれる男なのだろう。

ジュリア・ロバーツは彼を、

「百万人にひとりいるかいないかの才能にあふれた人」と評する。

現代の映画界をかたるのに、ジュリア以上の適任者がいるだろうか?

すくなくともオレは、異論がない。

また、統計を確認してはいないが、

世界に映画制作者が百万人以上いるとはおもえない。

つまりギルロイは、世界最高の映画作家だ。

巨匠ぶるわりに、雑な映画ばかりつくるイーストウッドなどとちがい、

その作品は、端然たる風格をただよわす。

まだ二作しか、映画をつくつていないけれども。

 

 

 

本作は、トイレタリー業界の大手企業同士による、

あさましいスパイ合戦を題材とする。

「花王」と「ライオン」が、非合法手段にたよつて抗争するような泥沼。

上に借用したのは、ポール・ジアマッティとトム・ウィルキンソン、

競合企業のCEOがかちあう、冒頭の場面。

ギルロイの美点が、すべてそろう。

雨天のもと、人気のない滑走路の寂寥感。

社用機からおりたばかりの経営者たちが、

高級スーツをよごしながら、取つ組みあいをはじめる。

その唐突さ。

風景をきりとる美意識、いつもより緊張にはりつめた役者たち、

完璧に制御された筋書きの妙。

泉下のキューブリックが嫉妬しそう。

狂言まわしを演じながら主役級の活躍をみせる、

変幻自在のジアマッティがすばらしい。

三枚目は、あくまで滑稽に。

イギリス男は、あくまで訛つた英語をしやべり。

ジュリア・ロバーツは、あくまでジュリア・ロバーツらしく。

さて、また引用です。

 

撮影中、僕が「もう1テイク違うふうにやってみよう」と言って、

彼女に「やってもいいけど、今のがベストよ。

違うふうにやっても、あなたが欲しいとおもうのは

さっきのテイクよ。」と言われたりしたことがある。

そして、彼女はいつも正しかった。

 

プログラム「監督インタビュー」

取材・構成:猿渡由紀

 

「彼女」とは勿論、ジュリアのこと。

さすがは脚本家出身、インタビューの発言まで芝居じみている。

 

 

 

ギルロイ作品の登場人物は、エリートがおほい。

しかし彼または彼女は、能天気な「セレブ」ではない。

自分が優秀であると確信しているが、地位をうしなう危険におびえ、

つねに他者をうたがい、攻撃的にふるまう。

そして、みづからの職務に忠実なあまり、

不適切な手段をえらぶまでに追いこまれ、破滅する。

ブラウスの腋の下を汗でぬらしながら、

許されざる罪をおかした、ティルダ・スウィントンはわすれがたい。

喜劇を基調とする本作でも、その滅びの美学は健在。

末尾でコンゲームの勝者があきらかになるが、

計略の具体的な段どりの説明は、あつさりしたものだ。

そしてカメラは、ホテルのロビーにとりのこされた敗者ふたりを凝視。

抑えのきいた趣味が感じられる。

 

でも、今でも職業を聞かれたら、僕は脚本家と答える。

監督と名乗ることには、まだ躊躇を感じるんだ。

この先どうなるかは、わからないけれどね。

 

同記事より引用

 

これほどの成功をおさめながら、「監督」を名のらない。

謙虚をとおりこして、不気味ですらある。

 






ギルロイの前作『フィクサー』についての拙文は、以下を参照のこと。

 

銀狐の生態 ― 『フィクサー』再見



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