三つめなのに、第二法則 ― アトキンス『万物を駆動する四つの法則』

 

万物を駆動する四つの法則 科学の基本、熱力学を究める

Four Laws That Drive the Universe

 

著者:ピーター・アトキンス

訳者:斉藤隆央

発行:早川書房 平成二十一年 (原書:二〇〇七年)

 

 

 

百数十ページで熱力学の諸法則を概括しようとたくらむ、

本書の第一章であつかうのは、「第ゼロ法則」。

意味不明の番号がわりふられたのは、

すでに体系ができていた二十世紀初頭にくわわつた法則だから。

物理学という学問の無定見さの、象徴ではないだろうか。

熱力学研究者は、「平衡」という概念に注目する。

「なにも起きない」ときにこそ、目の色をかえる人々なのだそうだ。

そして、ネガティブな事実のなかから、ポジティブな結果をひきだす。

ここでは、力学平衡のふたつの閉鎖系から類推し、

身近な「温度」という特性を、明確にした。

 

 

 

さてお次は、「エネルギー保存則」を拡張する、第一法則。

各国の特許局は、「永久機関を発明した」という主張には、

耳を貸すことすらしないが、それもこの法則があるおかげだ。

つまり、燃料を消費せずに、仕事をうみだすことはできない。

熱力学をおさめれば、富が際限なく生じるなんていう売りこみは、

みな詐欺だと見ぬくことができる。

おもうに、エネルギーを貨幣にたとえるのは、意外と興味ぶかい。

たとえば系自体では、「仕事」の形なのか、「熱」の形なのか、

エネルギーが出入りする過程を見わけられない。

銀行に、ふたつの通貨で金を出し入れしても、

預金残高からは、その区別ができないのに似ている。

それはともかくとして、「ネーターの定理」によると、

どんな保存則にも、それに対応する対称性がある。

エネルギー保存則に対応するのは、「時間の構造」の対称性。

第一法則は、世界のきわめて奥ふかい性質に根ざしている。

 

 

 

問題の第二法則です。

「温度」や「エネルギー」はともかく、「エントロピー」なんて、

まるで親しみがわかないですよね?

第一法則は、エネルギーの「量」をしめす尺度をみちびき、

かたやエントロピーは、エネルギーの「質」の尺度になる。

「量」ではなく、「質」。

われわれが本来、物理学に期待する装置ではない気がする。

エントロピーの概念は、当のヴィクトリア朝時代人からもきらわれた。

 

彼らは、エネルギー保存則は理解できた。

天地創造において神が、ちょうどいい量、

いつでも適正な量として誤りなく判断したものを、

世界に与えたもうたのだ、と考えることができたからだ。

しかし、なぜか増大する定めのように見える

エントロピーを、彼らはどう受け止めただろう? 

 

ケルヴィンは、熱から仕事への変換について、

あらたな視点をもちこんだ。

熱源から取りだされた熱が、すべて仕事に変換されることはない。

また、熱機関においては、吸収源となる周囲の「環境」こそが、

最重要の構成要素となる。

著者は、環境にうばわれる熱を「税」にたとえる。

エントロピーとは、「神のみえざる手」のはたらきを邪魔する、

無慈悲な警察国家のようだ。

 

 

 

つぎの章は、第三法則にはいるまえに、

ふたつの「自由エネルギー」の解説にあてられる。

不可解なエントロピーを敷衍し、そのポジティブな面を強調する。

ヘルムホルツ・エネルギーは、等温等積過程の自由エネルギー。

条件を限定すれば、系のエントロピーが増大することで、

「税の還付」として、熱が流入する過程をとりだせる。

一方のギブズ・エネルギーは、等温等圧過程の自由エネルギー。

われわれも、ギブズ・エネルギーを消費して生きている。

ただし、タンパク質合成などの、

生命維持のための過程のおほくは、非自発的な反応だ。

だから生物が死ぬと、生命をなりたたせる反応を継続できずに、

肉体は腐敗し分解してしまう。

もちろん例外もあつて、タンパク質を合成する反応が、

自発性のたかい反応とむすびつけば、後者が前者を推進する。

たとえばアデノシン二リン酸(ADP)は、アミノ酸の結合に必要な、

アデノシン三リン酸(ATP)から切りはなされてできる。

残骸にすぎないADP分子だが、食物の代謝という反応とあわさると、

ギブズ・エネルギーを放出して、もとのATP分子にもどる。

その食物自体も、太陽でおきている核融合反応という、

ギブズ・エネルギーを放出する過程から生まれる物質だ。

天にいるのは「神」ではなく、偉大なる「蒸気機関」。

その太陽が散逸するエネルギーによつて、われわれは生きている。

環境に乱雑さをまきちらしながら。

 

 

 

えー、おしまいの第三法則の意義は、正直よくわかりません。

著者によるとこの法則は、ほかの三つとおなじ部類ではないし、

そもそも熱力学の法則ではない、と主張するひともいるとか。

なるほど。

立ちいつた問題でも、はつきり物をいうあたりが、エライ先生だとおもう。

一冊の本がオレの手もとにとどくまでに、

大量の木や燃料が消費され、世界はより乱雑になつてゆく。

でもそれがうつくしい本ならば、読者の脳に秩序だつた像がむすばれ、

創造的な活動のためのエネルギーと化す。

かもしれない。

産業革命は、神を断頭台におくり、

熱力学研究者は、神がいない世界をあるがままに記述した。

ネガティブな事実から、ポジティブな結果を。

世界のさだめは、なにひとつ変わりはしなかつたが。





万物を駆動する四つの法則―科学の基本、熱力学を究める万物を駆動する四つの法則―科学の基本、熱力学を究める
(2009/02)
ピーター アトキンス

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