ソーダバーグのソーダ水 ― 『チェ 28歳の革命』

チェ 28歳の革命
Che The Argentine
出演:ベニシオ・デル・トロ デミアン・ビチル サンティアゴ・カブレラ
監督:スティーヴン・ソダーバーグ
制作:アメリカ・フランス・スペイン 二〇〇八年
[新宿ピカデリーで鑑賞]
焼肉のたれで有名なエバラ食品ならわかるが、
ゲバラのほうはてんでしらない。
こんなおおげさな伝記映画がつくられるくらいだから、
よほどえらいひとなんだろうけど……。
美男子だったのと、キューバ革命が成就したあともたたかいつづけ、
わかくしてボリビアでちったことが、神格化される理由だろう。
顔は革命の本質と無縁だが、不細工ではTシャツの図案にむかない。
あと、革命の指導者だった、
フィデル・カストロの宣伝工作に利用された面もある。
カストロはかわりものの独裁者で、偶像として崇拝されることをきらい、
国家的人物のすがたをかざるのを禁ずる法律をつくったほど。
ただ、仏さまはおがんで結構ということで、
ゲバラをたたえる記念碑は山ほどあるらしい。
ずるいともおもうが、ずぶとくなければ、
五十年間、海のむこうの超大国におどされたまま、
権力をにぎりつづけることなどできない。
写真のひだりがカストロで、
このふたりの関係をどうえがくのかたのしみだったが、
実際は、ゲバラがパンパン銃をうつだけの映画だった。
それにしてもベニシオ・デル・トロ、びっくりするほどゲバラににていない。
むしろ、古谷一行にちかい。
ゲバラは少年のおもかげをのこし、
民衆から「チェ」という気軽な愛称でしたしまれたが、
悪人顔の眉間にいつもしわをよせ、
目のまわりにパンダみたいな隈をつくるトロさんは、
絶対にともだちになりたくない、いや、声すらかけづらい雰囲気だ。
どうみても別人。
古谷一行の伝記にすればよかったのに。
演技らしい演技もしない。
なぜ、カストロと意気投合したのか。
なぜ、他国の革命に身を投じたのか。
なぜ、喘息もちのからだでたたかったのか。
なぜ、外国人なのに仲間からみとめられたのか。
さっぱりつたわらない。
これなら、上野動物園でパンダの檻をみるほうがたのしい。
オレの休日をかえしてくれ。
要するに本作は、
トロさんの「オレ、ゲバラ演じてえ」というねがいをかなえる、
大規模な自己満足映画だ。
これで金をとるのだから、ある意味、革命だ。
デル・トロ、四十一歳の革命。
一番わるいのは、巨匠ソーダバーグ監督。
アメリカ訪問時の様子を白黒で随所にはさむ手法が、
なんの効果もあげていないとか、
手もちカメラのブレブレ映像をつかいすぎて目がいたいとか、
ながれがぶつぎりで、いつのまにか戦争がおわっているとか、
重大な欠点がてんこもりなのは、まあ目をつぶるとして。
ゲバラのこころ模様がえがけていないのも、
あえて、ものがたりから劇的な要素を排し、
たたかいそのものをなまなましく記録するという意図にもとづくと、
好意的に解釈しよう。
でも、戦争すらまともにえがけてないからなあ。
どうやって、キューバ上陸時の十二人から勢力をのばしたのか。
どうやって、ゲリラ戦のなかで民衆からの支持をえたのか。
どうやって、物量にまさる政府軍をくつがえしたのか。
巨匠は、そんな小事に関心はない。
カッコイイ映像をとれれば満足。
やはりこいつはニセモノだ、と確信した。
気のぬけたソーダをのまされるような百三十七分。
炭酸がぬけているから、それはただの砂糖水だが、
店員はソーダだと高飛車にいいはる。
そんな感じ。
まえにパスタ屋でOL風のおんなが、
「にんにくぬきのペペロンチーノ」を注文したのをおもいだす。
それじゃあただの塩あじパスタじゃんとおもったものだ。
しょっぱいだけでもおいしいのかな?
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