銀狐の生態 ― 『フィクサー』再見

フィクサー

フィクサー
Michael Clayton

出演:ジョージ・クルーニー トム・ウィルキンソン ティルダ・スウィントン
監督:トニー・ギルロイ
制作:アメリカ 二〇〇七年
[早稲田松竹で鑑賞]

※注意! この記事はネタバレをふくみます!


『フィクサー』は、ブログをはじめてから出あった最初の傑作で、
熱をこめて感想文を草した記憶がある。
いまよみかえすとしまりのない散漫な文章で、なさけない。
無念をはらそうと七か月ぶりにみたら、不思議なことに、
鏡にうつしたような裏がえしの像が銀幕にうかんだ。


あらわれる人物のほとんどは金もちなのに、だれもが不幸にみえる。
将来の不安におびえ、首すじに匕首をつきつけられたような顔つき。
自分は有能で、いまの地位にふさわしいと信じているが、
明晰であるがゆえに、さきざきの危険を過剰におそれる。
これが初監督作品となるトニー・ギルロイは、
役者同士がはなすときは複数カメラの長まわしでとらえ、
腰をすえてじわじわとおいつめる。
ジョージ・クルーニーはメルセデスS550にのるときに、
二度も三度も首をふって前後をたしかめる。
法律事務所の経営者を演じるシドニー・ポラックは、
部下のジョージが部屋にはいるのを、窓にうつる人影で察する。
ピリピリとはりつめた空気。
そんなポラックも五月になくなり、本作が俳優としての遺作のひとつとなった。
ジョージがホテルの部屋の扉をけやぶるとき、黒い足あとがのこる。
そして中盤での、異様に手ぎわがよい殺し屋のしごとぶりのこわさ。
細部にこだわる演出がえがく、おもくるしい冬のニューヨーク。


本作のジョージは口数がすくない。
しぶい声音がうりの役者だが、だまったほうが格好よさがつたわる。
この映画はサスペンスというより、ハードボイルドだ。
『ゴッドファーザー』的照明、つまり上からのつよい光をあてて、
ジョージの目もとに骸骨のようなかげがあらわれる。
もめごとがつづき睡眠がとれないため隈があり、くらさがきわだつ。
子どもっぽい愛嬌のある目に、いままでにない色気がにおう。
服はつねに黒のスーツ。
まえはかれに感情移入をしてみたが、
この人物、実は相当なワルだ。
弁護士資格をもちながらも、法廷にたたないもみ消し屋で、
高級とりなのに、賭博癖のせいで借金をかかえる。
最後にようやく弁護士らしい善をなしたようにみえるが、
直前にボスから借金をたてかえてもらったのに、
ちゃぶ台をひっくりかえして、自分は逃亡。
その八万ドルも、かりをかえしたのこりをすぐにポーカーでつかう。
なんて身勝手な主人公なのか。


ティルダ・スウィントンは農薬会社の法務の責任者。

ティルダ

ファンデーションがすべりおちそうな肌のきめ。
にごりの一切ない、しずかなひかりをはなつ瞳。
女の身で競争をいきぬいたほこりと、
実務家としての責任感がみちている。
なりゆきでジョージと敵対し、かれをあやめようとしたかの女を、
四月に「理解できない」とかいたが、これも撤回する。
重大な訴訟の担当者として、
会社の損害を一ドルでもへらそうとつとめるのはあたりまえ。
たしかに、ひとをころす罪はおもい。
でも、もしジョージとティルダが自分のなかまだとしたら、
どちらがより信頼できるだろうか。
金にきたない無責任男か、あぶない橋をわたってでも会社をまもる女か。
かの女なりの無垢な正義が胸をゆさぶる。
ジョージの策略にかかり、全身の力をうしなってくずれおちるティルダ。
糸をきられた、あわれなマリオネット。
肩をだいてなぐさめたいとおもうが、
カメラはスタッフロールまで腹黒銀狐をおいつづける。
せつない。
ハードボイルドなエゴイストでなければ、
うすよごれた巷でいきぬくことはできないのか。
関連記事

テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

最近の記事
記事の分類
検索とタグ

著者

苑田 謙

苑田 謙
漫画の記事が多め。
たまにオリジナル小説。

Twitter
メール送信

名前
アドレス
件名
本文

カレンダー
10 | 2008/11 | 12
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
月別アーカイヴ
04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03