高みをめざして ― 名波浩の引退表明によせる

名波


―右ヒザは、つらかったでしょう。
名波 最後まで誰にも見せなかった部分を、
嫁さん(未来さん)は知っている。
朝起きて、まるで自分の爺ちゃんや婆ちゃんのような動き方で
やっとの思いでベッドから降り、歩こうにも、
ヒザがギシギシしていてうまく体重移動ができないんだ。
だからドスン、ドスン、とものすごい音を立てて歩きながら
ダイニングテーブルに座るまでの光景を毎朝見てきたから、
これ以上続けてとは望めない、と言っていた。

『週刊サッカーマガジン』十二月二日号
増島みどりによるインタビュー記事

はなやかなスポーツの世界の、みにくい現実。
かぎりなく優雅なわざをうみだす肉体にとって、過酷すぎるしうちだ。
それでも遠征さきのホテルでは、朝にベッドのうえでストレッチをおこない、
おなじ部屋の同僚にさえ受難をさとらせなかった。
二〇〇一年からずっと。
なぜそこまで、とつぶやきたくなる。
金?
名誉?
そんなわけがない。
たとえ最新の心理学の理論をかりても、
かれの行動を合理的に説明することはできない。


でもオレはその理由がわかる。
なぜって、ジュビロ磐田や日本代表で名波浩が実現したサッカーから、
この競技がもつうつくしさをまなんだから。
いまでも、美の判定基準のひとつだ。



二〇〇二年九月二十二日、J1セカンドステージ第五節、
ホームでのFC東京戦の一場面とおもわれる。
自陣にかまえる名波にボールがおさまるまえに、
すでに藤田俊哉がセンターサークルにむかって猛進。
右にいる高原直泰から大胆なサイドチェンジのパスが、
たかい位置の服部年宏へ。
そこから三本のパスをつないで、最後は高原がシュート。
磐田の選手は三回以上ボールにふれるのをいさぎよしとせず、
相手はなすすべもなく、魚のむれのようにただよう。
この展開に名波が直接関与したのは、はじめの縦パス一本だけだが、
フィールドには、かれの脳裏とおなじ絵がかかれたはず。
かつての盟友である藤田へのパスの、めざましい速度と、
針のあなをつらぬきとおす正確性。
ボールにこめられた意志にまわりが反応し、攻撃はトップギアにはいる。
殺気をまじえたパス交換のこの華麗さが、日本サッカーの最高到達点。
藝術のよろこびは麻薬だ。
絶望的な苦痛の何倍もの量の快楽が、そこにある。
一度それをしったらやめられない。


名波から後継者に指名されている、遠藤保仁のことばが印象的。

タッチが繊細で、テクニカルで、すごいなあ、なんて試合中に見惚れたり、
一度でいいから、名波さんと一緒に、ボランチをやってみたかった。
どんなに楽しいだろう、相手はどれほど嫌だろうな、と想像するんです。
かなわなかったのが残念で仕方ありません。

同記事から引用

遠藤はAFCチャンピオンズリーグ決勝ですばらしいプレーをみせたばかり。
「なにひとつ不満がない」と引退会見でのべた名波だが、
寝床からうごけない体になるまではしりぬいただけでなく、
こころづよいあとつぎの存在も、その充実感の理由のひとつではないか。
いまは酷使した両足をやすめて、数年後には指導者として、
また鳥肌がたつようなサッカーをみせてほしい。
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