ウォトカとオサマ・ビン・ラディン ― クリス・ライアン『反撃のレスキュー・ミッション』

レバノン

反撃のレスキュー・ミッション
Strike Back

著者:クリス・ライアン
訳者;伏見威蕃
発行:早川書房 二〇〇八年


『ノルウェイの森』の永沢をきどるわけではないが、
オレは存命中の作家がかいた小説はほとんどよまない。
なにもないところから架空の世界をつくりだす、
小説家の藝をあおぎみる気もちはあるけれど、
なにせ世知がらい当世の風潮。
よむほうも、かくほうも、
ウソをたのしむこころの余裕をもちづらい。
そんなオレの読書傾向の、かずすくない例外がクリス・ライアンで、
新刊も結構熱心においかけている。
かれの作品の主人公は、イギリス陸軍の特殊部隊SASに所属する、
もしくはかつてしていた男ばかり。
自身もおなじ連隊の一員としてはたらいた、
十年間の経験を反芻するような作家活動だ。
作品のなかでかれらはたたかい、ときに敵をころすのだが、
それはウソであって、ウソでない。

引き金にかけた指に力をこめ、ポーターは連射を放った。
横でマイクとキースも発砲した。
必殺の銃弾が煉瓦や漆喰を吹っ飛ばし、大きな破片が飛び散った。
たったひとりの敵の胸に、じゅうぶんすぎるほどの弾丸が命中し、
男はうしろの壁に激突した。
十数ヶ所の傷口から血がほとばしり、
みじめったらしく生にしがみついていた末期の数秒のあいだ、
男はあわれっぽいうめき声を発した。


肖像画家のように淡々と、ライアンは死をえがく。
最近、うれっ子になってしまった伏見威蕃の訳文もよい。


うえの引用は、本作の主人公であるジョン・ポーターが、
十七年まえのレバノンでの人質救出作戦で交戦する様子。
妻から妊娠のしらせをきいたばかりのポーターは、
血も涙もないヒズボラの少年兵になさけをかけてしまい、
それが原因として任務失敗の責任をとらされる。
三人の隊員が死亡し、
それはフォークランド紛争以降の最大の損耗であり、
だれもかれを擁護しなかった。
失意の兵士は職をうしない、生活は破綻、浮浪者の境涯におちぶれる。
こころに傷をおった男でなくては冒険小説の主役はつとまらないが、
それにしても宿なしとはおもいきった設定だ。
どう取材したのかしらないが、意外とよくかけている。
ただ単にみじめで、絶望をかかえているだけでなく、
道ばたで女からつけられた難癖に自尊心のかけらを刺激され、
「きいたふうなことはぬかすな」と、怒りをあらわにするなまなましさ。
のぞんで浮浪者になる人間はいない。
どんな男だって、こころの底にゆずれない矜持をかくしている。


二十年ちかい月日がたち、
レバノンでヒズボラがあらたな誘拐事件をおこす。
今度の標的はイギリスの女のテレビ記者。
そして、犯行声明をのべる動画にでてくる男が、
かつて自分が命をすくった少年であることをテレビでしり、
宿なしのポーターはSIS(情報局秘密情報部)に接触し、
騒動に一枚かむ可能性をさぐる。
かれは長年の路上生活で、からだもこころも病みおとろえているが、
マスメディアを巧妙に利用するヒズボラの重圧におされ、
SIS長官は二十五万ポンドでポーターを交渉人としてやとうことに。
「実質的に現代のイスラム過激主義の産みの親」であるヒズボラの、
鉱山の地下ふかくにつくられた隠れ家に、
たったひとりでのりこむという自殺任務。
ただ、ライアンも年齢相応にかれてきたのか、
本作に、はげしい撃ちあいはそれほどおおくない。
では銃にたよれなくなった男は、なにでたたかうのか。
ひとつは酒。
アルコール中毒のポーターは、当然SIS職員から酒をとめられるが、
それに対して、歴史上のどの司令官も兵隊を戦場におくりこむまえに、
酒と煙草をじゅうぶんにあたえたと反論する。
信仰や愛国心で勇気をふるいおこす人間もいるが、
オレは酒でそれをやる。
また、アルコールは頭のはたらきをわるくするのではなく、
むしろものごとを明晰にかんがえるようにさせると、
「純粋な酒」ウォトカをながしこみながら確信する。
あとは知恵と直感。
まあきりがないので、これは引用をとどめよう。


イスラエルとの国境にちかい、
軍事衝突で荒廃したレバノンの風景も説得力をもってえがかれる。
作者自身が、湾岸戦争時に極寒の砂漠地帯で苦労しただけのことはある。
兵士とは、異文化交流の重要なにない手だ。
ヒズボラの幹部ハッサドは、ポーターにイスラムの死生観をかたる。

オサマ・ビン・ラディンが、これについて説得力のある演説をしている。
われわれふたつの文明のちがいは、
あんたたちが生を祝すのに対し、われわれが死を祝すことにある。
われわれにとっては、死はみっともないことではないし、
死に恐怖もいだかない。


おそらくオサマはまちがっている。
死を祝すのはイスラムの専売特許ではない。
ポーターは人質の処刑が予定される日をむかえ、武装した四十人に対し、
たったひとりで丸腰のまま、敵地で行動をおこす。

氷のようなさむけが背骨をおりていった。
死ぬことは何度となく考えた―兵士はすべて考える―だが、
この四十八時間ほど、死が間近いと思ったことはなかった。
手をのばせば届くくらい近いように思えた。
死を抱きしめろ、と自分に命じた。
怖れを見せるな。
死をさばくには、それしか方法がない。


われらの主人公の運命は実際によんでたしかめていただくとして、
『暗殺工作員ウォッチマン』(The Watchman)のほどの傑作ではないが、
本作は、ライアンらしいにがい世界観を堪能できるものがたりだ。
「死」の横顔を、まるでふるい友人のようにさりげなく描写できる小説家は、
世界中をさがしても何人もいないだろう。
現代文学にうといオレでも、それくらいはしっている。


反撃のレスキュー・ミッション (ハヤカワ文庫 NV ラ 7-12)反撃のレスキュー・ミッション (ハヤカワ文庫 NV ラ 7-12)
(2008/10)
クリス・ライアン

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