目ぢからプリンセス ― 『ゲット スマート』をみて

スマート

ゲット スマート
Get Smart

出演者:スティーヴ・カレル アン・ハサウェイ アラン・アーキン
監督:ピーター・シーガル
(2008年/111分/アメリカ)
[京成ローザ10で鑑賞]


『007』シリーズに代表されるスパイ映画をネタにしたコメディで、
もとは六十年代のテレビドラマだったとか。
とはいえシックスティーズ臭がきつい『オースティン・パワーズ』ではなく、
むしろ、ローワン・アトキンソン主演のイギリスコメディの傑作、
『ジョニー・イングリッシュ』を意識している気がする。
ずっこけスパイの主人公がドタバタを演じつつも、
筋だてはまじめにスパイ映画の王道をゆくところとか。
まあ、オレが『イングリッシュ』を熱愛しているからかもしれない。
この手の映画がすきなのです。
そもそもジェイムズ・ボンドとかいう野郎がすでにインチキくさいのに、
スパイにあこがれる、さえない中年男が世界をすくおうと立ちあがり、
かえって国際社会を大混乱におとしいれるという、
二重三重の喜劇的要素の大盤ぶるまいがお得感をかもしだす。
さらにはアクションあり、ロマンスあり、
しかもどことなくオシャレで、デートムービーむけでもあるし。
生家ちかくのシネコンでひとりでみましたけど。


週に一回の頻度で映画について文章をかいているので、
毎週末は自分の鑑賞数のすくなさにため息をつく。
スティーヴ・カレル、一本もみたことがなかった。
『ブルース・オールマイティ』も、『40歳の童貞男』も。
本作ではやや甲高い声でかんちがいスパイを演じ、
藝達者ぶりをみせている。
でも、動きのひとつひとつをみているだけでわらえる、
ローワン・アトキンソンの至藝には一歩およばないかな。
『スマート』は、国民性のちがいなのか、
パロディがいつのまにか正統派アクションに先祖がえりして、
銃撃戦、ビル爆破、カーチェイス、飛行機、列車…の大サービス。
正直いって、ありがた迷惑。
たまにはちがう店で昼ごはんをたべようと、
まえから気になっていた定食屋にはいったら、
メニューがマクドナルドだった、みたいな。
ただし、ずっこけスパイが物語の途中でふと素の自分にもどり、
女スパイのアン・ハサウェイとの感情の交流がうまれるのは、
アメリカ映画ならではの味かもしれない。
マジメで仕事熱心な男は、それなりに尊重される社会なのです。
性格のわるいイギリス人がつくった『ジョニー・イングリッシュ』なんて、
最初っから最後まで破壊的な笑いにみちていたもの。


ハサウェイ
アン・ハサウェイ。

すみません、この人の作品もみたことありません。
でも、たしかにかわいいわ。
シャネルとハイヒールではしりまわりながらも、気品があってすずしげ。
汗のにおいがしない。
ハサウェイさんは、十代のときに出演したデビュー作、
『プリティ・プリンセス』で二十一世紀のシンデレラに。
「お姫さまのイメージはいやだわ」なんて贅沢な悩みも、
はやくも二〇〇五年の『ブローバック・マウンテン』で解消。
翌年は、女優のなかの女優、メリル・ストリープを脇にしたがえた、
『プラダを着た悪魔』が一億二千万ドルをこえる大あたり。
で、ことしは『スマート』を成功させ、続編も予定されているとか。
なんなんだ、このめぐまれすぎの経歴は。
百分の一でよいので運をわけてください。
なんにせよ、ハサウェイさんをしらなければ、
二十一世紀の映画はかたれそうにないので、これから研究します。
コメディである本作で、かの女が扮する女スパイは、
ある任務の失敗が原因で、
整形手術でまったく別の顔にされたという変な設定なのだが、
そこに失恋話がからんで、強引にシリアスな演技につなぐ。
「いいのかよこれで」とおもいつつも、
ハリウッド・プリンセスの目力に説得される観客たち。
やっぱりアメリカ映画はおもしろい。
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寿永三年のカナリア ― 井伏鱒二『さざなみ軍記』

源平合戦

さざなみ軍記

著者:井伏鱒二
初出:河出書房 昭和十三年
[新潮文庫版で読了]


先週あたり全国のちびっこは、
赤組と白組にわかれて運動能力と団結力をきそいあっていたはず。
さらに二か月後には「紅白歌合戦」もある。
いわゆる「源平合戦」、治承・寿永の乱は、
日本人のこころにひとつの原型をつくっているようだ。
昭和のはじめに井伏鱒二が九年をついやした労作も、
この乱から題材をひろったもの。
オレは司馬遼太郎の『義経』がすきで、
かれの最高傑作のひとつだとさえおもうが、
『さざなみ軍記』はそれにひけをとらない洗練された歴史物語だ。
井伏と司馬、あまりに資質のちがう作家をくらべるようだが、
なかなかどうして「井伏史観」にも、
読中おもわず膝をうちたくなるような、あかぬけた知性がひかる。

およそ戦には二つだけ路がある。
都へ攻めのぼるか都から討って出るか、
この二つの路以外には兵の往く路はない。


とまあ、こんな具合。


本作は、木曽義仲におわれ都をおちのびた平氏一門のわかい公達が、
西海を転戦するなかで書きつづった日記という体裁をとる。
主人公の名はあかされないが、『花紅葉通信』というサイトによると、
平知盛の長男、従五位上、左馬頭兼武蔵守、知章に取材したようだ。
ちなみに知章はこの乱で、十六歳で戦死。
恐縮ながら今回は引用がおおい。

七月二十七日
昨夜は数人の雑兵が脱走した。
けれども誰も彼等を非難するものはない。
私達は旅の目的地を知らないからである。
今日は七月二十八日であるかもしれない。
私は正確な月日を失念した。
しかし私は、僚友に質問するのを我慢しよう。
相手を悲しませるだけである。
日附というのは、希望を抱いている人にとってだけ必要であろう。


ものうげで、おもわず引きうつさずにいられない文章だ。
軍事の天才が敵をけちらすさまをえがいてイケイケの司馬に対して、
井伏のえがく主人公はどうみても武人失格で、
一族郎党をおいてにげだすことばかりかんがえている。


おさない安徳天皇と三種の神器を奉じてはるか太宰府までにげたものの、
平氏がすがる政治的権威は戦場では通じない。
それどころか、かれらは後白河法皇のさだかならぬ休戦命令をあっさり信じ、
致命的な打撃をこうむった。
諸行無常、盛者必衰のことわり。
ほろびの美学が、リアルな文学世界をかたちづくる。

彼の言葉が終ると同時に、彼と彼の相手は、
馬にまたがったまま格闘をはじめた。
裸馬の騎者は、力量において三郎次よりすぐれていた。
彼は左の手でもって三郎次の肩をつかみ、
右の手でもって三郎次の頭をつかみ、
そして造作なく三郎次の首をねじ切ってしまった。
三郎次の胴体からは四尺ばかりの高さに血潮の噴水がほとばしり、
胴体みずからを赤く染め、土地にも血潮の斑点をしるした。


東国のあらえびすが、自分の郎党を殺戮するのを目にしながら、
他人事のように傍観し、さらには、
それを色あざやかな記述で日記にのこすというおそろしさ。


主人公の家の侍たちを実際に指揮するのは、僧兵あがりの「覚丹」。
学識ゆたかで軍事にも通じ、戦場にあっては勇猛果敢。
ダメ将軍の主人公をけなげに補佐するすがたに安堵するが、
どこかさめた性格のもちぬしで、陣中でもひまをみつけては、
『寿永記』なる戦争記録をかきつづる。
宿所にあてていた民家で、夜があけると一族がゆくえしれずなのをみて、

この現象について覚丹は、
民衆というものが一ばんよく世の動きを感じると言った。
源氏がここに攻めよせて来る前兆だというのである。


と、自分たちの前途を直観する。
つねに権力に翻弄される丸腰の一市民こそが、
その共同体のゆくすえをもっとも敏感にさとる。
井伏鱒二は源平合戦にたくして、
ほろびの道をあゆむ昭和はじめの国家の命運を予言したのだろう。
逆の立場から、昭和なかごろの繁栄をえがいた司馬遼太郎と同様に。
すぐれた作家たちにとって、この乱における群像は、
つきせぬ泉のような価値をもつようだ。


さざなみ軍記・ジョン万次郎漂流記 (新潮文庫)さざなみ軍記・ジョン万次郎漂流記 (新潮文庫)
(1986/09)
井伏 鱒二

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