やっぱり強敵 ― 『わが教え子、ヒトラー』をみて

党大会会場

わが教え子、ヒトラー
Mein Führer - Die wirklich wahrste Wahrheit über Adolf Hitler

出演者:ウルリッヒ・ミューエ ヘルゲ・シュナイダー シルベスター・グロート
監督:ダニー・レビ
(2007年/ドイツ/95分)


アドルフ・ヒトラーがすきだ。
そのダメなところが。
徒手空拳のまま政治運動にとびこみ、
生きいそぐように政敵からあらゆる権力をうばいとり、
みずからの能力をこえる諸問題に手をだした挙げ句、
すべてを台なしにしてしまう生きかた。
一方で、ひとりの人間に到底背負いきれないほどの責任をおしつけ、
ほろびの道をあゆんだ社会についても興味がある。
ヒトラーとナチス・ドイツは、例としては少々特殊すぎるけれど、
人間についてかんがえるためのわかりやすい標本だとおもう。
そして、人間そのものを研究する専門家である、
役者たちもオレの意見に共感してくれるのではないだろうか。
たとえば『ヒトラー ~最期の12日間~』でのブルーノ・ガンツは
名演だったとおもうが、それよりも、
得がたい研究材料をあたえられて役者冥利につきるとばかりに、
陶然と演じるガンツのすがたが見ものだった。
本作のヘルゲ・シュナイダーはまた別の流儀で独裁者にきりこむが、
これまたうらやましくなるくらい楽しげな仕事ぶり。


一九四四年、東西からの攻勢をうけて戦線崩壊寸前のドイツにあって、
宣伝大臣のゲッベルスは、
国民を鼓舞するためのパレードと演説をくわだてる。
だが病気がちになり、戦局不利で自信をうしなったヒトラーは、
とても群集の前にたてる状態ではない。
そこでゲッベルスは総統の自尊心を刺激する目的で、
わざわざ強制収容所からユダヤ人の演劇教授をひきずりだし、
力づよい演説のしかたを指導させる。
大胆な舞台設定にちがいないが、
教授役のウルリッヒ・ミューエの繊細な演技のおかげで嘘くささは感じない。
破滅が刻々とちかづく日々のなか、
右往左往するナチス・ドイツ高官のふるまいがわらいをさそう。
毒気と苦味がたっぷりの上質な喜劇だ。
ただ、ゲッベルスとヒムラーが共謀してヒトラー暗殺計画をねる、
なんて展開は悪ノリだと感じたし、
当時における「ドイツの良心」とみなされがちな、
軍需大臣シュペーアにはやっぱりあまいな、とおもったりした。


本作の「シュナイダー・ヒトラー」は、
世界の運命をになう悲壮感がただよう「ガンツ・ヒトラー」とくらべて、
滑稽味がつよくきわだっている。
でも演技手法の土台は、ガンツがきずいたものではないだろうか。
敗戦の全責任をとわれる立場を自覚しており、
側近に対してもつい弱音をはくが、
対話者の発言に非をみとめるやいなや憤激し、
ダミ声の悪罵が早口であふれだす。
かれの弁舌の能力がおとろえることはついになかったらしく、
誇りたかきドイツ軍人も、プロパガンダの天才も、
総統の怒りに接するとかりてきた猫のようにかしこまる。
そして史実上のヒトラーは、最後までドイツの敗北をみとめることなく、
地下壕でエーファ・ブラウンと結婚式をあげた翌日にふたりで自殺。
べつにヒトラーを賛美するつもりもないが、かれがいまだに人気があるのは、
穏当にいいかえるなら取り沙汰されるのは、
「まけなかった」からじゃないかな。
刑死したムッソリーニや東条英機とくらべれば、
その死にざまが水際だってみえるのはたしか。


膨大な数の人間に迷惑をかけたくせに、
やけあっさりと自分の人生にケリをつけた独裁者。
「ヒトラーとは一体なにものだったのか」という問いに対する解答は、
後世にたくされている。
もう半世紀かかっても一致しそうにないほど、
雑多な意見があるとおもうけれど。
特に世界各地のユダヤ人団体は、
だれかがヒトラーに言明するたびに過剰反応をしめす。
国際的な名優であるブルーノ・ガンツでさえ、
「ヒトラーを人間らしく演じすぎた」という不可解な理由で批判されたとか。
バカじゃないだろうか。
人間味皆無のただの怪物が、
十年そこらで最高権力者にのぼりつめるなんてありえないだろうに。
本作でヒトラーの相手役をつとめたミューエはよい仕事をしたが、
おしくも去年、五十四歳で急逝してしまった。
いろいろな面で、アドルフ・ヒトラーは手ごわい敵にちがいない。
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苑田 謙

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