神の声を織ったタペストリー ― 『ウォンテッド』をみて

タペストリー

ウォンテッド
Wanted

出演者:ジェームズ・マカヴォイ アンジェリーナ・ジョリー モーガン・フリーマン
監督:ティムール・ベクマンベトフ
(2008年/アメリカ/110分)
[新宿プラザ劇場で鑑賞]


素顔という假面をかぶり、まったく別の人格としてふるまう。
そして「アクション!」のかけ声のあと、カメラのまえではじまる猿芝居。
そんなわけのわからない自分のはたらき如何で、
ウン千万、ウン億ドルの投資が水の泡ときえることもある。
役者という商売のことなんですけどね。
まともな神経ではつとまらない稼業だ。
見聞をもとにいわせてもらうなら、芝居のうまい役者に「善人」はいない。
毎日嘘をつきつづけることで生計をたてる職業なのだし。
で、オレがアンジェリーナ・ジョリーが苦手なのは、
多分かの女がいい人だからなのだろう。
いそがしい日程の合間をぬってユニセフの親善大使をつとめる、
黒柳徹子級の感心な芸能人でもある。
でも大根なんだよね。
顔だちが派手すぎて周囲との均衡をみだすことが多いし、
繊細な感情を表現することも不得手だ。
オレは性格がわるくても、演技のうまい役者がすきです。
かれらとつきあうのはスクリーンの前だけなのだし。


『ウォンテッド』でもアンジーさんは、いつもとおなじ巨大な目、
ぽってりした唇、自己主張がはげしすぎる肢体。
あたりまえだけど。
だけどこの作品のアンジーはよい!
だって全然しゃべらないんだもの!
立っているだけで十分存在感があるから、セリフなんていらないのです。
クールな立ちまわりに専念してくれたおかげで、安心感がある。
かの女の出演作ですきなのは『トゥームレイダー2』なのだけど、
職人ヤン・デ・ボン監督はあの作品でも、
アンジーから無理に感情表現をひきだそうとしなかった。
要するに適材適所ってこと。
超リアルなCGだとおもえば、
だれが何といおうとアンジーさんの肉体は一級品です。


しかし、脇役がしゃべらなければ物語はすすまない。
そこで登場するのが神の声をもつ男、モーガン・フリーマン。
ここぞという場面で長広舌をふるい、活劇に奥ゆきをあたえます。
演説する場はみっつ。
・主人公を暗殺者の組織に勧誘
・本作のウリである「まがる弾道」の解説と実演
・大団円で、部下を煽動
ホントうまいなあ。
荒唐無稽な筋書きも、モーガンの口からかたられると真実としてひびく。
まるで芳醇なワインを舌さきでころがすように、
ことばが不思議なリズムと色あいをもって流れだす。
じわじわと作品世界のなかに引きこまれる。
かれの存在で、B級映画がAとBの中間くらいに格上げされた。
アンジーの体とモーガンの声が、優雅なハーモニーをかなでる。


監督はティムール・ベクマンベトフ。
こちらの記憶力に挑戦するかのような名前だ。
上記のふたりへの演技指導でもすでにただ者でないことがわかるが、
作品全体でも演出の趣向がゆたかでおどろかされる。
本作の土台は1999年の『マトリックス』と『ファイト・クラブ』だろう。
抑制のきいた殺陣と映像美は『マトリックス』。
その一方で、突発的な暴力と巧妙な仕掛けは『ファイト・クラブ』。
まあ今世紀初頭の映画の教科書どおりにつくりました、
という見方もできるかな。
旧ソビエト・カザフスタンうまれの監督は、縦糸と横糸を丁寧に織りかさねて、
精緻なタペストリーをつくりあげた。


織物の中心となる主役についてかたっていなかった。
ジェームズ・マカヴォイは、はじめは気弱でうだつの上がらないサラリーマンで、
冒頭のおデブの女上司の鬱陶しい誕生会の場面から、
滑稽な演技で観客の心をがっちりとつかんでいた。
そこから、ネズミ爆弾で敵のアジトに突入する最後の大立ち回りまで、
ゆるみなく突っ走る熱演だったとおもう。
最近のアクション映画は大抵ラストシーンにちかづくにつれて失速し、
結局だれとたたかっていたのかすらわからなかったりする。
本作のジェームズ君は、精強な組織、極悪非道のボスを相手に、
最後までたたかいぬいたというだけでもエライ。
『ウォンテッド』は、本年度マイベストテン入選確定の傑作だ。
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苑田 謙

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