太宰治という救世主 ― 『お伽草紙』を読んで

空襲

お伽草紙

著者:太宰治
初出:筑摩書房刊、昭和二十年
[岩波文庫版で読了]


米軍機の空襲下、高射砲のうなり声がひびく防空壕のなか、
五歳の娘に絵本をよみきかす作者の意識の奥で、物語がつむがれてゆく。
きびしい言論統制がしかれた戦時中なのに、
太宰の創作活動はむしろ活発化し、いくつかの最高傑作がうみだされた。
常識的にかんがえれば、戦争という憂鬱な現象を目のまえにすれば、
作家は声高に「つくり話」をかたる意欲をうしなうものだろう。
かれは何をまもるために何とたたかっていたのか。


本作は日本の昔話に題材をもとめるよっつの寓話をあんだ短編集。
「瘤取り」「浦島さん」「カチカチ山」「舌切り雀」という選考だ。
だれもが知るおとぎ話に現代的解釈をくわえたパロディというよりは、
室町以来かたりつがれてきた物語のなかに、
日本人の原型をみつけようとする探求のこころみと読みとれる。
「瘤取り」は、コブをとったりつけたりするだけでつまらないが、
さすがは太宰、巻をすすむごとに熱がたかまってゆく。
「浦島さん」でえがかれる浦島太郎は旧家の長男で、
先祖伝来の恒産をもっているがゆえに、
その道楽は次男三男の酒乱のごとくムキなものではなくて、
あくまでゆかしく礼儀ただしい。
しかしそんな浦島さんも、竜宮での自由気ままな生活に飽き、
陸上のまずしい生活が恋しくなる。

お互ひ他人の批評を気にして、泣いたり怒つたり、
ケチにこそこそ暮してゐる陸上の人たちが、たまらなく可憐で、
さうして、何だか美しいもののやうにさへ思はれて来た。


そこは大地主の六男坊としてうまれた太宰治、
ケチくさい日常を自虐的にえがきつつも、それへの愛着はかくしようもない。


「カチカチ山」からはいよいよ本領発揮だ。
兎は十六歳のうつくしい処女で、不器量な中年男の狸が、
無邪気な小悪魔に一方的に翻弄されるという物語。
太宰にいわせると、「青春の純真」ほど残酷なものはないそうだ。
その是非はともかく、
比較的穏健なできごとしかおこらない日本の民話のなかで、
ひときわ異彩をはなつ「かちかち山」の解釈として説得力がある。
まあ、処女ならしょうがない。
太宰はこの話を自分なりに概括する。

或いはまた、道徳の善悪よりも、感覚の好き嫌ひに依つて世の中の人たちは
その日常生活に於いて互ひに罵り、または罰し、または賞し、
または服してゐるものだといふ事を暗示してゐる笑話であらうか。


「浦島さん」で展開されたリフレインがここにも。
わが国でもっとも陰惨な物語が、
死にぎわで「惚れたが悪いか」とさけぶ狸の哀切な喜劇に昇華する。


最後の「舌切り雀」にいたると、もはや自由自在に換骨奪胎の腕をふるう。
感情の交流をうしない、惰性が生活のすべてをしめている老夫婦。
ところがある日、亭主が浮気をしていると勘ちがいをしたお婆さんが、
唐突に嫉妬にくるい、お爺さんのあそび相手である小雀の舌をぬいてしまう。
洗濯につかう糊がどうこうという話のはずが、
実に低級な痴話喧嘩を挿入してしまう奇抜さにおどろいたり。
そのあと物語は周知のとおりにすすみ、
おおきな葛籠をかかえたお婆さんが災難にあう。

それから、どのやうなことになつたか、筆者も知らない。
 たそがれ時、重い大きい葛籠を背負ひ、
雪の上に俯伏したまま、お婆さんは冷たくなつてゐた。
葛籠が重くて起き上れず、そのまま凍死したものと見える。
さうして、葛籠の中には、燦然たる金貨が一ぱいつまつてゐたといふ。


きっかけがつまらない口論であるがゆえに、
その死にざまは「カチカチ山」の狸以上にせつない。
そしてあざやかだ。
市井にいきるひとびとの平凡で退屈な日常と、
ときに感情的になっておろかなふるまいをする姿を、
太宰は手なれた語り口でえがいている。
うんざりするほど単調でも、かぎりなくいとおしい、
われわれの「暮らし」を破壊する戦争への怒りがそこにある。
つめたい防空壕のなかで絵本を読みきかせながら、
太宰はうつくしい自分の「世界」をまもろうとした。


お伽草紙・新釈諸国噺 (岩波文庫)お伽草紙・新釈諸国噺 (岩波文庫)
(2004/09)
太宰 治

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苑田 謙

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