東西歌合戦 ― 小川剛生『武士はなぜ歌を詠むか』

幸子

武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで
著者:小川剛生
(2008年/角川叢書)

学校でおそわる歴史がおもしろくないのは、ながれが一方的だから。
ただひたすら西から東。
逆にむかう水路はひとすじもなし。
畿内はつよく、ただしく、とうとい。
征夷大将軍に任命された坂上田村麻呂は東国の野蛮人をきりしたがえ、
われらがミカドのもとに日本をたばねた。
たしかに頼朝だの尊氏だの家康だのといった時代においては、
弓矢が自慢の武家がこの国を統治しようとこころみた。
しかしかれらの将軍職も所詮はミカドがあたえた肩書きにすぎない。
源氏将軍は三代で断絶、尊氏は逆賊の汚名をきせられ散々だ。
家康がきずきあげた体制はなかなか堅固なものだったが、
結局いやしい東国武士の支配は異人のあなどりをうけて崩壊。
薩摩や長州を軸とする官軍がそれをうちやぶり、
天子の威光がくまなくてらす本来の日本がたちもどった。
めでたし、めでたし。

歴史の授業のなかで、東国はサンドバッグのようにうちのめされてきた。
でも、そんなに東国人は野蛮でいやしかったのだろうか。
かれらにも弁明の機会をあたえるべきではないのか?
どのような人々が、どのようにいき、どのようにたたかい、
どのように死んでいったのか。
たしかに東国では『源氏物語』も『枕草子』も書かれなかったけれど、
戦乱のつづく時代のなかで武士は和歌をよみつづけた。
歌をよむことで家臣との結束をたかめ、合戦をまえに神仏にいのり、
他国との交渉を有利にはこぼうとした。
それはもののふの名誉をかけた真剣ないとなみであり、
ただ単に田舎者が宮廷文化を真似しただけとはいえない。
本書は和歌という表現を糸口に、関東の武士のいきざまをえがきだしている。

『武士はなぜ歌を詠むか』は四部構成で、
・六代将軍として鎌倉にむかえられ、当地に歌壇をひらいて旺盛に活動し、
それを北条氏にきらわれて追放された宗尊親王
・和歌・音楽・絵画の教養ゆたかで、わかくして勅撰歌人だった足利尊氏
・江戸城をきずき、長尾景春の乱では三十数回の戦闘に勝利した名将で、
和歌の達者としてもしられた太田道灌
・東国にくだった冷泉為和を師匠として和歌をまなんだ
今川義元・氏真の父子や北条氏綱
といった面々が、有為転変のなかでせっせと歌づくりにはげんだことがわかる。
まだ三十代である筆者の、各時代の政治状況をおりこみながら
歌の鑑賞にみちびく語り口がたくみで、どの章もおもしろい。
一番興味ぶかかったのは、室町後期のスーパーマン・太田道灌のくだりかな。

鎌倉やいなの瀬川をゆく水のむかしの浪にかへる世もがな
「京進和歌」

鎌倉を中心とした伝統的な秩序を恢復させたいという、
道灌の念願がこめられているとか。
十五世紀の東国動乱にあって、向背さだまらぬ国人領主を心服させて
その盟主となるには、武力だけでなく文化の力が必要だったのだ。

天下人となった徳川家康は歌道に対する軽蔑をかくそうとせず、
平忠度の都落ちの逸話さえ冷笑した。
忠度は軍事的な窮地にあるというのに、
勅撰集にのせられるという夢をすてられずに
自作をたくそうと藤原俊成をこっそりたずねたそうだが、
それのどこが美談だというのか。
それだけの執着で兵法をまなべば、
平家もあれほどの負け方はしなかったものを。
…うーん、つまらん男ですね。
コイツがひらいた幕府のあと、武士の時代がおわったのはなんの因果なのやら。


武士はなぜ歌を詠むか  鎌倉将軍から戦国大名まで (角川叢書 40)武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで (角川叢書 40)
(2008/07/11)
小川 剛生

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