映画と薬の関係 ― 『ダークナイト』をみて

薬

ダークナイト
The Dark Knight
出演者:クリスチャン・ベイル マイケル・ケイン ヒース・レジャー
監督:クリストファー・ノーラン
(2008年/アメリカ/152分)
[京成ローザ10で鑑賞]

二時間半をこえる映画は銀行をおそう場面からはじまる。
いつもおもうけれど、銀行強盗ってあんなに首尾よくできるものかな?
天井にバンバン鉄砲をうてば客と従業員がうずくまり、
ちょっとした機械をつかうだけで通信手段が無力化し、金庫に穴があく。
映画みたいにサクサクやれる仕事なら一度挑戦してみたいな。
銀行側の人間としてウィリアム・フィクナーがでていた。
鷹のようなするどい顔つきなので、ちいさい役でもすぐにわかる。
ヒース・レジャー扮するジョーカーに、冒頭の場面だけで殺されてしまうけれど。
フィクナーのように充実した経歴をもつ役者を序盤から無駄づかいするとは、
のこりの展開も期待できそうにおもえた。
『バットマン ビギンズ』も配役のうまさで成功した作品だった。
でもフィクナーをなぶり殺しにする手口は必要以上に残酷で、
不安が脳裏をかすめたのも事実だ。

ロンドン出身の映画監督、クリストファー・ノーラン。
三十八歳。
『メメント』以降の五作はすべてみているが、微妙な監督だとおもう。
『バットマン ビギンズ』は大好きだけれども。
『バットマン』というアメリカ臭芬々の素材を、英国風味にしあげる腕に感心した。
主演のクリスチャン・ベイルはもちろん、
マイケル・ケインもゲイリー・オールドマンも英国人。
飄々とした執事アルフレッドとわかい主人ブルースのやりとりは、
典型的なイギリス趣味でたのしい。
悪役専門だったゲイリーを善良な刑事にすえるセンスもしぶい。
もちろん米国人俳優もでていて、ケイティ・ホームズは可憐で愛らしく、
モーガン・フリーマンはしっかりと底部をささえている。
クリスチャン・ベイルの存在感もすばらしかった。
ムキムキと肉体をきたえあげたおかげで、アクションの迫力がちがう。
体だけじゃなくて、かれの暑苦しい個性がはまっていた。
全世界的に男らしい男は絶滅の方向にむかっているようだが、
そんな現代映画の潮流に歯止めをかける作品だといえよう。
ノーラン監督は『007』シリーズの大ファンらしく、ジェームズ・ボンド趣味と
アメコミ趣味がとけあった傑作といえるのではないだろうか。

例によって前おきがながくなりすみません。
実はこれでもけっこうけずっているのですが、必要な前提なのですよ。
ヒース・レジャーについて。
ことしの一月に亡くなったため、『ダークナイト』が遺作(のひとつ)になった。
死因に不明瞭な部分があるせいか、出演者や監督のインタビューを読むと
ヒースについての話は歯ぎれがわるい。
ただそれが逆に作品の神秘性をたかめ、
本国では興行収入の記録をぬりかえるヒットとなった。
死ぬことをまったくおそれない狂気の悪玉を演じた直後の、
謎めいたはやすぎる死。
スクリーンの背後の事情が観客の恐怖を増幅させ、
ヒースの演技は圧倒的に絶賛されている。
でもオレは評価できない。
この映画のジョーカーはただひたすら悪いだけの男じゃないか?
犯罪者なのに無欲で金には目もくれず、無計画に大勢の人間を殺し、
生きいそぐように自分の生命をなげすてようとする。
要するに病気じゃないか。
人間性に対する関心がわかず、「ブキミな男だな」としかおもえない。
こわいけれど、現実味はまったくない。
こんな病人がボスになれるほど、犯罪組織はいい加減ではありませんよ。

仏さまの悪口はいいたくないが、
撮影時のヒースはヤケをおこしていたのだろう。
死亡原因は鎮痛薬、抗不安薬、睡眠改善薬などの
処方箋薬の併用による急性中毒とされる。
去年から不眠症にかかっていて、薬にたよる生活をしていたとか。
過剰な重圧とたたかわなければならない仕事だし、
婚約解消などの私生活上のトラブルも影響しているだろう。
その後の女性の出入りもはげしかったようだ。
本作のヒースはジョーカーという役を自分のものにしたというより、
傷ついた神経をさらけだしているだけにみえる。
もちろんそれはそれでひとつの流儀ではある。
問題はかれが映画の調和をくずしてしまったことだ。
ヒースはおおきな口で共演者全員を食った。
今回は筋トレ不足のクリスチャンは終始憂鬱そうな顔で、
一体どちらが主役なのか不安になる。
あの異常にかっこいいバットモービルさえほとんどつかわせてもらえず、
さびしげにアイポッドじゃなかったバットポッドをころがしていた。
このバットポッドが貧乏くさくて、バイクの出来そこないにしかみえないんだな。

子犬のようにかわいらしいケイティ・ホームズはどこかにきえてしまい、
ケイティと同系統の顔ということなのか、マギー・ジレンホールが起用された。
ジェイクの姉さんで、決してわるくない。
ブルースは元カノのレイチェルの気をひこうとわざと派手な女あそびをするが、
かの女は嫉妬が半分、かれの意図を察しての困惑が半分という感じ。
男くさい映画にほろにがい三角関係の味をくわえている。
しかし、主人公をふったことに対する報いなのか、
あっさりとジョーカーの犠牲となってしまう。
もっと見せ場をつくってあげなきゃかわいそうだよ。
ジャック・ニコルソンの悪影響をうけたようなヒースの悪ノリに引きずられて、
演出も妙におもくるしく、冷酷だ。
この不協和音、なにかに似ているぞ。
あれだ、ノーラン監督作品の『インソムニア』(2002年)だ。
あの映画でもノーランは刑事を演じた主役のアル・パチーノの独走をゆるし、
全体の構成をぶちこわしていた。

どうもこの監督、役者にあまい人なんじゃないか。
配役がピタリとはまればよい映画をつくれるのだけど…。
映画監督たるもの、ときにはわがままなスターに対しても一喝し、
作品自体をよくすることを優先させなければならない。
本来なら胃腸薬が手ばなせないような、
銀行強盗のつぎくらいにむずかしい稼業だ。
ゴッドファーザーにはびびってなにもいえず、
私生活があれてるヒースも面倒くさいので放置。
これではよい映画はつくれない。
もちろんノーランは作品を魅力あるものにするため最大限の努力をしただろう。
ただ、現場に胃薬がたりなかったんじゃないかな。
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苑田 謙

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