藝術というカオス ― 井伏鱒二『珍品堂主人』

骨董

珍品堂主人
井伏鱒二
[中公文庫版で読了]

骨董に凝っていた小林秀雄は、なにかにつけて家にある古道具の
値段をあてさせようとするので来客者は閉口したらしい。
骨董趣味は道楽の域をこえて、あの時代の文士をとりこにした。
かれらはふるい壺をながめてくらし、ときに骨董屋にだまされたりしながら、
藝術の世界の最前線にたつための刺激をえていたのだろう。
本作の主人公は、趣味の道具いじりが高じて骨董屋になってしまった
五十七歳で通称を“珍品堂”という男。
この小説は古美術をめぐる挿話をかたりつつも、
それはひろい意味での藝術論となり、ひいては井伏の文学観をあぶりだす。
作品のふかいところにしかけられた細工がおもしろかった。

大学の哲学教授である来宮と珍品堂が議論をかわす。
そのときの来宮のセリフは有名らしいけれど、ここでも引用しておこう。

骨董は女と同じだ。他の商売とは違う。
変なものを掴むようでなくっちゃ、自分の鑑賞眼の発展はあり得ない。
骨董にも女にも、相場があるようで相場がないものだ。
持つ人の人格で相場がある。なるほど骨董に惚れたとする。
惚れるから相場があり、自分の発展がある。
しつこく掛け合っていると、いつかは相手が売ってくれる。
いつかは相手が、うんと云う。


主人公である珍品堂も「この説に異存のある筈はない」といっているから、
素直に読めばこれが作品の支柱となるかんがえだといえる。
でもどうなんだろう、「骨董=女」の比喩はイマイチわかりにくくないだろうか。
骨董は藝術作品でもあり、同時に市場で流通する商品でもある。
藝術のもつ主観的な要素、すなわち市場原理に還元不可能な価値を
強調していると読みとることはできる。
芸術は金銭より強し。
でもそれだけじゃあ陳腐すぎるよね。

しかし骨董屋の間では、贋物をつかまされたら実力がなかったと
思うよりほか致しかたないことになっている。
そのくせ、世のなかには幾万、幾十万の点数に及ぶ贋の骨董品がある。
矛盾した云いかたのようですが、古来、
真物を欲しがる人があまりにも多すぎたせいではなかろうか。
一面、だから真物が貴重だということになって来る。


「真実の美」をもとめる欲望ぬきで藝術は成立せず、
そしてその欲望が藝術作品の市場価値をうみだし、市場をひろげ、
売り手と買い手のかけひきのなかで「贋物」も量産されてゆく。
金銭と無関係である藝術など存在しない。
それはたしかにそうだろうね。
てことは井伏さん、理想と現実の中間あたりに
藝術の地位をさだめるつもりかな。
まあ妥当な判断といえるかも。

乾山にしても、芸術家らしさが無くなったときにいいものをつくっている。
おのれを出した焼物にろくなものはない。焼物は芸術作品とは違う。
要は、見る人が芸術品として感ずるかどうかであって、
見る人の目の如何にある。
これが焼物に関する珍品堂の持論であるのです。


藝術家は、おのれを殺して職人になりきったときにはじめて、
真の藝術作品をつくりだすことができる。
なるほど、ちょっとあいまいだけど感覚的に理解できる気はする。
これで『珍品堂主人』の藝術論はほぼ要約できたはず。
ゲージュツなんて単語が何度もでてきてうるさいエントリになりましたねえ。
カッコつけて旧字をつかったのもよくなかったかな。

だがしかし、これで話がおわるような井伏鱒二ではないのだな!
金策にゆきづまった珍品堂は、客に金をかりて高級な料亭をはじめる。
器も料理も主人の趣味が存分にいかされた「途上園」は大繁盛する。
ところが顧問にむかえた蘭々女なるお茶の師匠がとんでもない女で、
レズビアンの手管で女中をあやつり、店をのっとろうとする。
蘭々女に不当に解雇された会計助手をすくうために、
珍品堂は弁護士を通じて労働争議をおこす。
だがこの騒動自体が蘭々女の策略だったらしく、
結局珍品堂が店をおいだされてしまう。
なんの変哲もない骨董屋が、いつの間にか組合運動にまきこまれるカオス。
読んでいて目が白黒しましたよ。

途上園のオーナーである九谷は気の毒におもい、
「寸志」として珍品堂に鎌倉時代の瀬戸瓶子をわたす。
これはかつて珍品堂がかれに売りつけたもの。
中には売ったときのまま、貴重な永楽銭が十二枚はいっている。
古銭愛好家に珍重される「金銭」そのものが、失意の骨董屋をすくう。
藝術とは、金銭自体をも一飲みにする鯨のような怪物なのだ。
時代背景がマグマのようにふきだすカオスのなか、
藝術をめぐる風刺が閃光のようにひらめくすごい小説だ。

珍品堂主人 (中公文庫)珍品堂主人 (中公文庫)
(1977/01)
井伏 鱒二

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