万国旗よ永遠なれ ― 太宰治「津軽」

万国旗

津軽
太宰治 著
[岩波文庫版で読了]

はずかしながらこれまで太宰治をよんだことがなかった
一冊もだ
あまったれで、みょうに肩肘はった文学青年という印象があって敬遠していた
ずっと気になってはいたのだが、時代おくれの作家をすすんで手にとろうとしなかった
いいわけをするなら、さらに個人的なことを書かざるをえない
おれの母親は卒業論文の題目に太宰をえらんだらしいのだ
かれの作品をよむことは肉親の内面をぬすみみるような気がして、ある種の罪悪感をおぼえる
太宰の偏屈な文学観にたいする反発と母親コンプレックスがないまぜになって、かたよった読書傾向がかたちづくられてきたようだ
そもそも日本文学、日本人が書いた本があまりすきではない
しかしブログをはじめたことがおれの意識をかえたのだろうか、昭和を代表するこの作家にふれてみる気分になった

「津軽」は1944年、太宰が36歳のときに小山書店から刊行された
晩年の作品ということになっているがまだわかい
「新風土記叢書」の一編として依頼され、三週間にわたって故郷の津軽半島を旅した見聞をまとめた紀行文であり、かれらしい藝をこらした小説でもある
これはすばらしい本だ
文章に力があり、節度のある緊張が全編にはりつめている
夢中になってよんでしまった
こんなにうつくしい書物を無視してきたおれの人生はいったいなんなのだろうか

私はこのたびの旅行で見て来た町村の、地勢、地質、天文、財政、沿革、教育、衛生などについて、専門家みたいな知ったかぶりの意見は避けたいと思う。私がそれをいったところで、所詮は、一夜勉強の恥ずかしい軽薄の鍍金である。

さらに著者は、本書で追求される主題が「愛」であることをあきらかにする
どこまで本音をいっているのかはあやしいが
地元の地形、経済、歴史についても饒舌にかたっており、それこそ一夜勉強の成果を発揮している
あちこちで「このあたりは国防上たいせつな箇所なのでこまかい描写をさけよう」という遠慮をしているのが気になった
いくら戦争末期とはいえ、太宰治の著作に軍事的な価値があるとはおもえないが、何度もそういうことわりをのべているので皮肉をいっているようにもみえない
当時の政府は紀行文の風景描写まで検閲していたのだろうか?
太宰は紺にそめるのに失敗して紫色になったジャンパーをきて旅にでたのだが、文章中でもしつこいほどその「みっともない姿」について自虐的にかたる
もともとは勤労奉仕の作業服だそうで、酒をのみながら本州最北端をうろうろしながらも、かれなりに聖戦に参加しているという意識があったのだろうか

過去の自伝的小説からの引用や、じぶんの家族についての逸話に紙幅がさかれており、やはり単純な旅行記というよりは、個人の内面の色彩がつよくでた文学作品とみなすべきだろう
太宰は、芭蕉が陸奥のさきざきで句会をひらき蕉風地方支部をつくったことを皮肉っているが、なんだかんだいってこの本を「おくのほそ道」になぞらえている
じぶんは俳聖のような職業的下心はなく、文学をわすれて「愛」をみつけるための純粋な旅をしているのだと主張しつつも、酒席であっさりと馬脚をあらわす
当時は「小説の神様」といわれて崇拝されていた志賀直哉の話題になり、だまっていられずに「かれは賤しきものなるぞ」と罵倒する
だから「津軽」には文学批評という一面もある
かれも芭蕉とおなじで一時たりとも小説からはなれられない文学バカで、世界のどこにいてもそこでの経験を作品に流用しようとする
因果な稼業だ

本書の最後で太宰は、かつての乳母であり「ほんとうの母親」としたっていたタケに再会する
タケの粗野なふるまいをみながら、金もちの兄弟のなかでじぶんだけそだちがわるいのは乳母の影響だったのだと納得して、この旅行記をしめくくる
ずいぶんひどいいいぐさだが、これがかれのみつけた「愛」というわけだ
これまた本心からいっているようにはおもえない
こんな劇的な場面を最後にもってくるという作為がすでに脚本家的で、うそくさいといえる
タケをさがして国民学校にまぎれこんだら、そこはまさに運動会のただなか
ひるがえる万国旗をみながら太宰は感慨にふける

日本は、ありがたい国だと、つくづく思った。
たしかに日出づる国だと思った。
国運を賭しての大戦争のさいちゅうでも、本州の北端の寒村で、このように明るい不思議な大宴会が催されて居る。
古代の神々の豪放な笑いと闊達な舞踏をこの本州の僻陬において直接に見聞する思いであった。


なんだよ、けっきょくこれがいいたかったんじゃないか
軍に色目をつかったのは、最後の場面の劇的効果をたかめるためだった
文学バカはこんな反時代的な生きかたしかできないのかもしれない

生地である金木が「活気を呈して来ました」と根拠もなくかたって土地のひとに不審がられる一幕もあり、この作品のなかの太宰は首都からとおざかるほどに高揚してゆく
おなじく戦争末期に書かれた「新釈諸国噺」「お伽草紙」も傑作とされている
独自の皮肉っぽい流儀でかれは戦争にくわわったわけだが、その相手はみずからの国家だった
そしてかれなりの戦場をいきのびたあとの1948年、太宰治は自殺(または自殺未遂の未遂)により40年にみたない生涯をおえる

津軽 (岩波文庫)津軽 (岩波文庫)
(2004/08/19)
太宰 治

商品詳細を見る
関連記事

テーマ : 文学・小説
ジャンル : 小説・文学

最近の記事
記事の分類
検索とタグ

著者

苑田 謙

苑田 謙
漫画の記事が多め。
たまにオリジナル小説。

Twitter
メール送信

名前
アドレス
件名
本文

カレンダー
06 | 2008/07 | 08
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
月別アーカイヴ
04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03