文の国のものがたり ― 高島俊男「李白と杜甫」

月

李白と杜甫
(高島俊男 著/1997年/講談社学術文庫)

唐代詩人の両巨星というだけでなく、支那三千年の文学の歴史をつうじて群をぬいてそびえる双峰についてかたる本
原著は1972年に刊行されたようだ
…おっとお客さま、「もどる」のボタンをおすのはまだはやいですよ
インターネットという「文の国」にすむわれわれは、情報の波にながされながらたくさんの宝物をみのがしている
これはなんというかじつに奇妙な本なのだ
唐詩を論じてどうしてこのように刺激的なものが書けるのだろう

本書は四章で構成されている

Ⅰ 出会い
Ⅱ 李白
Ⅲ 杜甫
Ⅳ 李白の文学と杜甫の文学

第一章は、ふたりの詩人の出あいとつかのまの交友をえがく
かれらは対蹠的な個性のもちぬしだが、おそらくそれゆえにひかれあったらしい
偉大な詩人どうしがかわすあつい友情のエピソードがうつくしくつづられている
だが本書の白眉は、それぞれの生涯について叙述する第二章、第三章だ
抑圧的な社会体制のなかで欲求不満をかかえ、突発的な戦乱に翻弄される天才たちのすがたがいきいきとうかびあがる
いつもおもうが高島俊男が歴史をかたるときの筆のさえはすばらしい
社会をおおきくとらえる視野と、繊細な文学的感受性はなかなか両立するものではない
高島は、司馬遼太郎と丸谷才一をたしてフィクションの要素をぬいたような書き手だといえるだろう
まあようするにほかに例がちょっとおもいつかない学者だ

支那人にとって文学は趣味ではなく、人間としてぜひとも必要なものであり、よき文学者であってはじめてよき官吏、よき政治家になることができる
そのために文学の知識と創作能力をとう科挙をおこなって人材をあつめた
氏素姓のあやしい李白は科挙を受験することはあたわなかったが、洗練された文章でかかれた書と詩をたずさえて有力者の門をたずね、官吏として登用される機会をもとめた
しかし李白は自己PRの場面でもつまらぬ意地をはって本音が顔をだし、よき政治家となるという悲願は失敗におわる
わずかな食いぶちをもとめて支那じゅうを放浪する
ところが屈辱にまみれた42歳のフリーターは、ひょんなことから玄宗皇帝にまねかれて、翰林供奉として宮廷にめされることに
それは宴席や旅さきで天子の退屈しのぎのために詩をうたいあげるなど、ひまな仕事だったらしい
天才を蹂躙するような宮廷での生活に鬱屈し、かれの詩には不平不満があらわれはじめ、あんのじょう長安から放逐される
せっかく手にいれた名誉はあわときえた
それからは各地でたかりのようにしてくらし、月を友とした孤独な男は貧窮のまま62歳で世をさる

月はもとより酒を飲まず、
影はただ我が身にしたがう。
しばらく月と影とを友として、
春の盛りをのがさず楽しまん。


李白は卓越した詩人であるがゆえに高官の気にいるような詩をつくることができなかったが、そこにあらわれている「意地」のゆえに、死後千二百年ののちもあいされている

いっぽう杜甫は、儒学によってたつ士人の家にうまれたマジメ人間
天子をたすけて、国家の安定と人民の安寧のために力をはたすことが責務だとしんじていた
当時の社会でもそれは表むきのことで、みな一身の栄達と致富をはかっていたというのに
わが子をうしなったときでさえ、詩のなかでじぶんよりももっと生活のくるしいひとびとの上におもいをめぐらせるような、異常なほどやさしいこころのもちぬしだった
「安史の乱」がおこり長安が陥落し、杜甫は軟禁状態となって行動の自由をうばわれる
じぶんの身よりもたいせつにおもってきた唐王朝は完全に壊滅した
儒学においては、天子はたんに人民を支配するだけではなく、四時の運行にまで責任をもつ
万物の正常ないとなみのもとであるはずの王室がなくなってしまったのに、その支配下にあったはずの自然がもとのままであることを杜甫はうけいれられない
しかしかれの狼狽と悲嘆にもかかわらず春はめぐってきて、長安の町には草や木がしげった
時勢の転変と季節のおとずれにかんじやすくなった杜甫はうつくしい詩をのこす

国破れて山河変わらず、
町に春が訪れて草木は深く繁った。
時節の移りに感じて花にも涙をそそぎ、
家族と離れた身をうらんでは鳥の声にも心はためく。


体制イデオロギーがバカ正直にうけとめられて、ある種の人格とむすびつくと、ときとして神のような精神が出現するものらしい

どうもおつかれさまでした!
つぎはWikipediaあたりにとんでみるのもよいのではないでしょうか
それで国家公務員試験に合格できるわけではありませんが

李白と杜甫 (講談社学術文庫)李白と杜甫 (講談社学術文庫)
(1997/08)
高島 俊男

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そなえあればうれいなし、かも ― 『告発のとき』

時計

告発のとき
In the Valley of Elah

出演:トミー・リー・ジョーンズ シャーリーズ・セロン スーザン・サランドン
監督:ポール・ハギス
制作:アメリカ 二〇〇七年
[池袋シネマ・ロサで鑑賞]

※このエントリは若干のネタバレをふくみます



トミー・リー・ジョーンズのねむりをやぶる一本の電話から映画がはじまる。
それは陸軍からのしらせで、内容はイラクから帰還したばかりの息子が、
無許可離隊したあげく消息不明になったというもの。
トミー・リーはベッドからはねおき、留守番電話を確認し、
PCを起動してメールをチェック、そして陸軍に連絡して事情をたずねる。
家族の一大事だというのにすこしもあわてず、
一分程度で最低限の初動をすませてしまう。
朝によわいおれにはとうていまねできないとおもった。
かれの役はかつて軍警察に属していた退役軍曹で、
老齢になっても現役のころの習慣がぬけていないことがわかる。
いつでもねれて、いつでもおきられなければ兵隊なんてつとまらない。
必要以上にベッドメイキングにこだわり、
ズボンのしわを完璧にのばしてからねむりにつくなど、
映画のなかでは軍人らしい習性があれこれと強調されていた。
トミー・リーと監督のポール・ハギスが、
この役がらをほりさげようと努力したことがわかる。
コインランドリーで洗濯をしているところにシャーリーズ・セロンがあらわれて、
あわてて半がわきのシャツをはおる場面がおかしかった。
「そのシャツまだかわいていませんよ?」
「いや、十分かわいてる」
だれもじいさんの服装など気にはしないが、
下着のTシャツすがたをみられて、
相手に心理的な主導権をにぎられるのがいやなのだ。
まあ兵士にかぎらず男ってのはそういう生きものだ。
女性だったら「旅さきのコインランドリーならなに着ててもいいじゃない」と
合理的にかんがえそうなところです。



トミー・リーは父親として、軍警察時代につちかった技量をたよりに、
息子の死の真相をあきらかにしようと奮闘する。
陸軍は自分たちに都合のわるい事実を隠蔽しようとするが、
巨大な組織をまえにして尻ごみするようでは、
トミー・リー・ジョーンズの名がすたるというもの。
かっこいいなあ。
べつに深刻ぶるわけではなく、
わらえる場面もおおくて、本物の名演だとおもう。
シャーリーズ・セロンは主人公に協力する地元警察の刑事として、
この作品をわきからささえている。
髪は前髪をのこさずにまんなかでぴったりとわけ、うしろでぎゅっとまとめる。
ファンとしてはいいかげんにしろといいたくなるほど地味な髪型だが、
それでもかわいい!
手のひらでころころところがせそうなほどちいさな頭蓋骨に、
かたちのよい鼻とちょっとつきでた唇がのっている。
服装もやはりやぼったく、
なんの変哲もないベージュのブラウスとかだぼだぼのカーディガンとか。
それでもほそくてしなやかな体の曲線はかくしきれず、
主役のしわのよった顔が長時間うつされる映画にうるおいをあたえる。
『イーオン・フラックス』なんていう、
駄作をみせられたうらみをゆるしてあげようとおもいました。
署長と関係をもったことから出世した婦警という役どころで、
同僚の刑事からいじめられセクハラ発言まであびる。
どうもこのひとはそういうよごれ役がすきらしい。
シャーリーズは南アフリカにいたころ父親から暴力をふるわれていて、
母親がかれを射殺したというエピソードは有名だ。
そのトラウマからいまだにぬけていないのかと心配になる。
刑事役もよいけど、こんどはもっと色っぽい役で美貌をいかしてもらいたいな!
出番はすくなめだが妻役のスーザン・サランドンもよい。
一匹狼のもと兵士で、家族にさえ容易にこころをひらかない男の妻を演じ、
けっきょくふたりの息子をうしなう運命があわれだ。



この作品の画面は全体的に緑がかっていて、くすんだ空気が支配する。
デトロイトを緑にそめた『8マイル』ににているとおもった。
したたりおちるような緑色がニューメキシコを憂鬱にいろどっている。
原題の"In the Valley of Elah"は、
旧約聖書にでてくる「エラの谷」のことだそうだ。
巨人のゴリアテとたたかうダビデの物語が、
作中でモチーフとして数回顔をだすが、正直効果はうすいとおもう。
このあたりが脚本家あがりがつくった映画の限界というか。
活字だとおもしろいはなしが、映像にしてみるとあんがい退屈だったりする。
さきほど「真犯人はPTSD」とネタバレをしてしまったが、
社会問題をじょうずにとりこんだ力作であることはみとめても、
探偵ものとしての魅力はあまりないかな。
おれはみおわったあとカタルシスをえられるような映画がすきなのだ。
かんがえさせられる121分もよいけれど、
映画館をでてからはすっきりした頭で
つぎのイベントにのぞみたいものじゃない?
ひさしぶりに池袋のシネマ・ロサに足をのばしたが、
入場まえにトミー・リーにちなんで缶コーヒーのBOSSを一本もらった。
そのぶん100円値下げしろ!…とはおもわず、すなおにうれしい。
シネマ・ロサは天井がたかくひろびろとしていて、
上映中も館内はくらく、とてもよい映画館だ。
お礼のかわりに宣伝してみた。
まあおれはいつも缶コーヒー持参で映画館にはいるので、
もらったやつはそのまま家にもってかえったんだけどね!
ムービーソルジャーは朝にはよわいが、
映画に関しては用意周到なのです。


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対岸の国事 ― ポール・クルーグマン『格差はつくられた』

火事

格差はつくられた 保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略
The Conscience of a Liberal

著者:ポール・クルーグマン
訳者:三上義一
発行:早川書房 平成二十年



あなたはいま、バーにいるとする。
もしビル・ゲイツがそこにはいってきたら、
バーの客の平均年収は急上昇することになる。
やったぜ!
しかしちょっとまってほしい、
かれが来る前から店にいたひとが、金もちになったわけではない。
ぬかよろこびだ。
これは統計の技術のはなし。
経済学者はあるグループの典型的な構成員の経済状態をしらべるとき、
所得の「平均」ではなく「中央値」をとりあげる。
中央値には、きわめて裕福な層やまずしい層の数字はふくまれない。
この30年間でアメリカの平均所得はおおきく上昇しているが、
それはごく少数の人間がゆたかになっただけ。
所得の中央値はわずかにあがったか、もしくは実質的には下落している。



ポール・クルーグマンは経済学者で、プリンストン大学の教授。
本書では政治状況と、経済的な不平等と格差の関係をとりあげる。
ニワトリがさきか、卵がさきか。
政治がさきか、経済がさきか。
しょせんはよその国の内政問題だが、普遍的な主題でもある。
通説では、その国の経済がゆたかになることで、
政治が民主化する条件があたえられるとかんがえられている。
いまの時代の宗教は「経済」だから。
しかしクルーグマンは、党派主義という政治的変化が、
格差と不平等の要因であると結論づける。
ノーベル賞受賞をささやかれるような経済学者としては、
きわめて大胆な主張ではないか?



著者はルーズヴェルトによるニューディールを賛美する。
オレはアメリカ経済史にまったくの無知だが、
ちょっとかたよりすぎなのではないか心配になるほど。
大恐慌以前のアメリカは、マーク・トウェインがいうところの「金めっき時代」で、
現代とおなじくらい格差がおおきかった。
国内では大恐慌、対外的には第二次世界大戦がおこるなか、
ルーズヴェルトは所得税や法人税をひきあげることで、
富裕層に大打撃をくわえながら、ケインズ的な財政政策をすすめた。
1950年代には、最高所得税率は91%にまであがったとか。
そしてアメリカ経済は歴史上ほかに例がないほどに成長し、
いまだにこの国のイメージにすりこまれる繁栄をむかえた。
不平等は解消され、
大学出の専門職とおなじくらいかせぐブルーカラー労働者もいた。
一方で富裕層は経済的に政治的に弱体化し、
共和党も「平等」の思想のただしさをみとめざるをえず、
ルーズヴェルトのあとも超党派的なコンセンサスのなかで、
リベラルな政治がおこなわれた。



もちろん強欲な上流階級の人間が、この屈辱にあまんじるわけがない。
60年代からかれらの反撃がはじまり、共和党は右に急旋回してゆく。
富裕層の武器といえば、金と組織力だ。
ナショナル・レビュー誌のまわりにあつまった
「ニューコンサーバティブ」というグループが、
戦後の穏健な中流階層を敵視する他派と合流し、強力な運動に発展した。
ミルトン・フリードマンを教祖とするシカゴ派のエコノミストたちや、
アーヴィング・クリストルに代表される社会学者たちが、
その運動を理論的にあとおしする。
なんちゃらインスティテュートとかいう
巨大なシンクタンクが竹の子のようにうまれて、共和党の政策をうごかす。
ブッシュ政権の重要ポストは、キリスト教右派によって牛耳られる。
選挙での不正行為があいつぎ、
電子投票を操作した大規模な不正がうたがわれている。



右派の政策のよいところは、単純で効果的なところだ。
ニューディールの有効性は実証されているのだから、
その反対に減税をして、福祉や労働者の権利をきりすてれば、
「金めっき時代」にもどすことができるぞ!
かくしてアメリカは「ビル・ゲイツがはいってきたバー」となった。
金めっき時代の経済的エリートは、
土地、天然資源、企業などの資産から富をえていた。
しかし第二次金めっき時代では、
もはやモノを所有することはクールではない。
ここでもかれらは「組織」を悪用する。
こんにちの億万長者は、その財産を給与所得としてうけとる。
大企業のCEOはロックスターのようにその「才能」を崇拝され、
雑誌の表紙をかざり、平均的な労働者の367倍の給与をふところにいれる。
70年代は「たった」40倍だったというのに。
報道機関はかつて巨額をうけとるCEOを批判していたが、
いまではビジネスの天才とほめたたえる。
献金をもらっている政治家たちはそれに目をつぶり、
唯一それに抗議できる「組織」だった労働組合は、
長年の組合つぶしにより骨ぬきにされた。
偉大なるCEOたちは帳簿の魔術を駆使して、
ただでさえすくなくなった法人税をしはらわない組織を通じ、
巨万の富をたくわえている。



しかし有権者にこのまれるわけがない非民主的政策を、
どうしてアメリカという(おそらく)民主主義国家で遂行できたのか?
右派のヒーローである、元俳優のロナルド・レーガンがそれを可能にした。
レーガンはあからさまにではなく、
「ちいさな政府」というレトリックを駆使しながら、
60年代以降の黒人解放運動にたいする白人の反発をくすぐる。
外国からの攻撃、すなわち共産主義の脅威をあおることにも成功した。
共産主義などという実体のあいまいなものを打倒するには、
地道な封じこめ政策以外に良策はないし、
じっさいにそうやってアメリカは最終的に冷戦に勝利した。
しかしレーガンはマッチョなポーズで、第三次世界大戦の勃発を予言。
現大統領が「テロとのたたかい」でそれを忠実に模倣し、
一定の成果をおさめたのは周知のとおり。
そして南部の白人は民主党をみかぎり、
共和党に投票するようになるのだった。
富裕層が共和党を支持する傾向はさらにつよまることに。



しかしクルーグマンは、中流階級の反攻のはじまりを宣言する。
アメリカの白人人口は減少しており、
おおくの白人は人種差別的ではなくなってきたため、
右派の差別的な運動はもはや有効ではなくなる。
そして国民皆医療保険が、現代のニューディールの核になると。
アメリカの医療保険は民間保険に依拠しているが、
そのためかえって非効率となり、
ほかの先進諸国とくらべて高額な保険料をしはらいながら、
ひくい平均寿命を甘受している。
保険会社は、保険料の支払いをさけるために膨大なコストをついやし、
被保険者が適切な治療をうけられないという弊害があらわれている。
ほかにも問題は山づみだが、
人口の約15%が医療保険に加入していない状況を、
改善することによる波及効果はおおきい。
来年からおそらく民主党の新大統領の任期がはじまるわけだが、
医療保険にかんするニュースには注目していきたい。



格差はつくられた―保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略格差はつくられた―保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略
(2008/06)
ポール・クルーグマン

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ジャンル : 政治・経済

島の娘はどこまでとべるのか ― 栗原恵「めぐみ」

能美島

めぐみ MEGUMI
(栗原恵 著/2008年/実業之日本社)

能美島は、広島や呉にほどちかい瀬戸内海にうかぶ島
じっさいは倉橋島経由で呉に橋でわたれるので、完全な孤島ではないけれど
となりの江田島のあいだの浅瀬もうめたてられ、地つづきとなっている
江田島はかつての海軍兵学校である海上自衛隊第一術科学校があり、なにかと海に関連のふかい土地といえるだろう
本書の冒頭には、おだやかな海岸や斜面をいろどる桃の花などのうつくしい風景がのせられている
毎日のように海であそんでいた娘ならではの性格というものがあるのではないか
おれはだらだらとひろい関東平野からはなれたことがないのでわからないが
地形というものを意識するのは、千葉と東京の境で江戸川をわたるときくらい

これはNumber増刊の表紙

栗原恵

栗原恵の凛としたうつくしさがよくでている
赤い背景が内にひめた闘志をあらわにする
バランスのとれた立ち姿はモデルのようだが、よくながめれば一流のスポーツ選手のエネルギーが充満していることがわかる
まえから栗原には興味があったのだが、さいきんまたぐっときれいになっているとおもった
島の娘らしく朴訥としているけれど、その一方で顔がちいさく手足はすらりとながくて、その肢体にはおもわずみとれてしまう
田舎ものといいたいわけではない
むしろそのぎゃくで、かの女には高校生のころからどこかあかぬけた雰囲気があったとおもう
このふしぎな個性の源泉がしりたくて23歳の自伝をよんでみることにした
おれはバレーボールにはまったくくわしくないので、人物にのみ焦点をあてるつもり

つくりかけのジグソーパズルのような多島海で、栗原はすくすくと成長した
小学校六年生のときにすでに身長が176cmもあったそうだから、そだちすぎともいえるけれど
本書では、ちょっとあけすけなくらいに故郷や家族への愛をかたっている
かの女の感情生活は、とにかく親兄弟が中心なのだ
恋愛の話なんてひとこともなし
島国ならではの情の濃さといえるし、中学生のときからバレーのためにひとり暮らしをしているので、両親とのあいだに確執がうまれることもなかったのだろう
「親がうざい」とかいってる同級生のことをゆるせないとかんじていたとか
3歳年上の兄との仲よしぶりまでアピールしていて、よんでいて気はずかしくなってくる
兄は呉で美容師をやっているそうで、意外とおしゃれなのはかれの影響なのではないだろうか

姫路の中学を卒業するさいには、おなじ兵庫県の強豪高ではなく、山口の三田尻女子高校をえらんだ
このひとは進路を直感的にえらぶ傾向があるらしい
三田尻女子の指導方針はちょっとかわっていて、笑顔やガッツポーズの練習をさせられる
どちらかといえば栗原は自分のプレーに集中するタイプだが、それでも日本のスポーツ選手にしては自然な感情がおもてにでてくる方だとおもう
高校時代の特訓(?)の成果なのだろうか
気もちがつたわってくる選手はみていてたのしいし、応援したくなる
わが国の部活動中心のスポーツ指導では、感情表現より独裁的なコーチへの従順さがおもんじられるのがつまらないね
キャプテンとしてのぞんだ二年生のときの春高では、決勝で成徳学園と対戦
大山加奈とはげしくうちあうが、残念ながらセットカウント1-3でやぶれる
このとき両脛の三箇所に疲労骨折をかかえていたというからバレーボールはおそろしい

その後VリーグのNECにはいるが一年で退団し、パイオニアに移籍
しかしまたけがになやまされることになる
左足裏の種子骨が骨折していることがわかり、激痛をとりのぞくためには手術しかないと診断される
しかもうごくときにかならず力がかかる部分なので、骨をとりのぞけば二度とバレーができない可能性もあったそうだ
すがる藁すらみつからない栗原にすくいの手をさしのべたのは、アテネオリンピックに帯同していたトレーナーの鴻江寿治
鴻江のトレーニングは風がわりで、手術などの人工的な手段にたよるのではなく、からだが本来もつ自然治癒力を最大限にいかそうとする
たとえば栗原には通常の練習のあと、体育館の床を雑巾がけするというメニューを課す
腕で体重をささえるぶん、足に負担がかからずに体幹をきたえることができるとか
引退までかんがえていた栗原だが、自分のからだとじかにむきあうトレーニングのなかで、こころとからだの両面で回復してゆく
このあたりはオリンピック出場資格をもたないおれでも参考になった
とはいえ、ほんとうにつよいこころだけが自分自身と真摯にむきあえるのかもしれないけれど

おそらく本書はインタビューをもとにライターがまとめたものだとおもうが、栗原の誠実でかざらないひとがらがつたわってくるような内容で、トイレのなかで一気によんでしまった
それはまるできらきらとまぶしい内海のひかりのようにまっすぐだ
そして能美島うまれの娘は、われらが「島国」のエースとして北京オリンピックにいどむ
おれもその姿をしっかりとみとどけたい
この自伝の難点をあげるなら、チームスポーツにつきものの不協和、足の引っぱりあい、内紛などのドロドロした面にふれていないことだ
さりげないナチュラルさはよいのだが、きれいごとばかりじゃかえってアンナチュラルだ
男の話もまったくないし
これだけきれいな女の子が23年間ひたすらバレーだけってことはないでしょう
まあわれわれの基準では背がたかすぎるけど、相手が男子選手ならつりあうだろうし…
せめて初恋をかたるページのひとつでもあればよいのに

めぐみ MEGUMIめぐみ MEGUMI
(2008/05/09)
栗原 恵

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いとしいしとアラゴルン ― 「イースタン・プロミス」をみて

ネオミ

イースタン・プロミス
Eastern Promises
出演:ヴィゴ・モーテンセン ネオミ・ワッツ ヴァンサン・カッセル
監督:デヴィッド・クローネンバーグ
(2007年/イギリス・カナダ・アメリカ/100分)
[シャンテシネで鑑賞]

※このエントリは若干のネタばれをふくみます

「ゴッドファーザー」のあとにマフィア映画をつくることほど、みのりのすくないしごとはない
それが21世紀の映画だとしても、画面の上にはコルレオーネ家の亡霊がうろつき、耳なりのようにニーノ・ロータの旋律がひびく
黒澤明におくれて時代劇を撮るのとにたようなものだ
既視感ってやつはヤクザよりおそろしい
「アル・パチーノがはじめてひとを殺すときってどんな顔だったか」
「交渉をするときのマーロン・ブランドの声色はこんなんだったっけ」
「ニーノ・ロータがパーティの場面でつかった音楽は…」
「ゴードン・ウィリスの照明のあてかたは…」
じっさいに口にすることはないだろうが、撮影現場ではそんな腹づもりがうずまいているだろうことは想像にかたくない
映画制作者たちがまねをしているというわけではない
あの神話的作品は模倣されすぎ、影響をあたえすぎて、もはやパロディすら成立しないほどだ
しかし新味をだそうと残酷表現にこってみても、「悪趣味。コッポラの様式美をみならえ」とおもわれるだけ
けっきょく磁石にひきつけられるかのようにうす味の二番煎じになってゆく

「イースタン・プロミス」はロンドンのロシア系マフィアを題材とした作品
しかし主要キャストはイギリスにもロシアにも縁のない役者ばかり
まあネオミ・ワッツは14歳のときまでイギリスにいたらしいが
移民がつくるコミュニティは、えてして本国以上に民族のアイデンティティが色こくあらわれるものだ
だからこそコッポラは、映画会社がおすロバート・レッドフォードをきらって、当時無名のイタリア系俳優アル・パチーノの起用にこだわり、全編をニーノ・ロータの甘美でけだるい音楽でおおったのだ
そもそもコッポラ自身がイタリア系であり、みずからの出自にたいする屈折した愛憎が投影されることによって、あの作品は映画史上の最高傑作のひとつとなっている
そのあたりをわかっていない後続走者たちの模作が、生気のないぬけがらなのは当然といえよう
とはいえカナダ出身のユダヤ系であるクローネンバーグはさすがは30年選手、そんな失敗はしない
かれはたぶんマフィア映画にもコッポラにも関心がない
ロシア系マフィアの実態をえがく?
わかったわかった、とりあえず脚本どおりにやるからまかせておけ
いや~死体の指をきるとか、ナイフで主役をめった突きにするとか、たのしい絵をつくるのに予算をつかえてうれしいなぁ~
ヤクザ稼業をなめてんのかといいたくなるが、映画としてはこれはこれでおもしろい

ヴィゴ・モーテンセンは鬼気せまる演技をみせている
役づくりもすばらしい
ここまでやれる役者だったのか
かれはわかいころ家族とともに世界を転々としてくらしていたそうで、数ヶ国語がしゃべれるらしい
英語のアクセントにくわしいわけではないが、たしかにロシア系イギリス人の発音にきこえる
これはすごい技術だよ
「ロード・オブ・ザ・リング」の成功はかれの無国籍風の魅力のおかげだったのか、といまさらながら気づかされた
本作での抑制のきいた演技は、わざとらしい暴力をふるうよりよほどヤクザとしてのこわさがかんじられ、ぐいぐいとひきこまれた
しかしレビュワーとしては問題点にもふれなくてはいけない
年齢について
作中で主人公が何歳なのかあかされることはないが、ヴィゴ本人はことしで50歳
渡世人なら親分として一家をかまえていなくてはいけない年だろう
だがこの映画の主役はマフィアの運転手で、ボスの息子にとりいりながら出世の機会をうかがうという筋がき
わかい役ならキャスティングに無理があるし、ある程度年がいっている役だとしても、40がらみの運転手が簡単に盃をもらえるほどこの商売はあまくない
「ゴッドファーザー」ではまだ駆けだしのアル・パチーノが主役に抜擢されて、スタッフは「なんだよあのさえないチビは?あれがマフィアのボスになるなんて冗談だろ?」と悪口をいっていたらしい
パチーノ自身がトイレでそういわれるのをきいたとか
そして完成した作品では、最初はおどおどしていたパチーノがスタッフにその実力をみとめられていくのに並行して、物語のなかでもおそるべきいきおいで風格を身につけてゆく
あの奔流にまきこまれるような感覚がたまらないのだ!
…う~ん、さっきから「ゴッドファーザー」とくらべてばかりだな
ご他聞にもれずわたしもあの映画がだいすきなのです
むしろ比較されるだけ名誉とおもっていただきたい

ネオミ・ワッツはロンドンに巣くうマフィアの犯罪にまきこまれる助産婦の役
端整で清潔感のある顔だち、つややかな金髪、ほっそりとして手足はながく体型ももうしぶんない
ちょっと個性がよわいとおもえるが、そこが「知的」と評されたりもする
ものはいいようなのだ
だがしかし!
クローネンバーグ監督は女優をきれいに撮ることにまったく関心がないらしい
ネオミの顔色はなんだが土気色で、100分間ずっと表情はさえないまま、衣装はひたすら地味
タートルネックのセーターに黒のバイク用のジャケット、そしてヘルメット
ヘルメットばっかりかぶせてどうすんだ
こっちがなにをたのしみに映画館にかよってるとおもってるのか
美人がカメラのまえにたっているのに、なぜこんな悲惨な事態におちいるのか理解できない
おれが監督ならネオミがパーティにおよばれする場面でもねじこみ、すてきなドレスのひとつでもきせてあげるだろう
それくらいサービスしてくれたってよいはずだ
ちなみに衣装を担当したのはクローネンバーグの姉
もちろん責任は弟のほうにあるが
かれは女優のきれいな顔より、中年男の死体や刺青や刃物を撮ることに夢中なのだ
「ゴッドファーザー」ではかわいいけどすこしくせのあるダイアン・キートンが…いや、しつこいですね
そろそろ遠慮します

某作品では、はじめは父親の裏稼業を軽蔑していた主人公が、家族のため、そしておのれの権力欲のために悪にそまってゆく過程がなまなましくえがかれいていた
本作でのヴィゴは物語をおうにつれ「いいひと」であることがあきらかになり、じつはよりおおきな組織のためにはたらいていることもわかる
世知がらい時代だね
ヤクザは「別世界のひとびと」で、われわれは「いいひと」だ、という原則をやぶってはいけないらしい
虚構のなかでさえ
でも観客は「別世界のひと」に感情移入できるんだろうか
すくなくともおれは無理
いや~たいへんな業界ですねえ、でおわり
もう21世紀のマイケル・コルレオーネが登場することはないのかな
でもヴィゴはそんなお行儀のよいマフィア映画のなかで、このうえないほどよく演じたとおもう
われわれは自分たちがおもうほど「いいひと」なんだろうか?
ときには「いいひと」であることが悪になる状況もあるのでは?
ヴィゴのしわのきざまれた顔をながめながらかんがえた
まあようするにいいたいのは、「ゴッドファーザー」は最高!ってことです
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世界最強のOLが京都にいた ― 任天堂・北村典子の伝説

北村
http://touch-ds.jp/mfs/st91/interview4.html
北村典子
任天堂・企画開発本部環境制作部

もともとはパッケージのイラストや説明書などのアートワーク業務をしていたひと
率直にいって地味なしごとにおもえる
その業務のあい間にバーバラというキャラクターをつくったことがきっかけで、ゲーム制作をてがけることに
そしてディレクター(アートディレクター?)としてバンブラ、アシスタントディレクターとして脳トレ、ディレクターとしてえいご漬けを世におくりだす
おそるべき顔ぶれだ
現時点での国内の売り上げはバンブラが20万本、脳トレが364万本、もっと脳トレが483万本、えいご漬けが205万本、もっとえいご漬けが61万本
これだけでもしんじがたい数字だが、海外の売り上げもふくめれば数はさらに何倍にもふくれあがり、途方もない利益を会社にもたらしている
たんにソフト単体の売り上げだけでなく、これらのソフトは任天堂があたらしいユーザー層を開拓するための急先鋒をつとめたことがおおきい
WiiやDSのめざましい成功は世界各地でおどろきをもってむかえられている
北村は国際的なビジネスにおいても、無視できない役割をはたしたといえるだろう
そんなお団子ヘアのシンデレラが、どのようにして舞踏会にあらわれたのかさぐってみよう

北村がアートワーク業務のかたわらにうみだしたキャラクターがコイツ

バーバラ

口がわるく、性格はわがまま
かの女の当時のしごとにたいする倦怠があらわれているのかもしれないが、攻撃的で強烈な個性のもちぬしが誕生した
ただ「任天堂らしくないキャラ」だとおもわれたせいか、だれにも採用してもらえない
おれが開発者だったら、こんなのをおしつけられてもノーサンキューだ
それならじぶんでゲームをつくればよいということで、プログラムもろくにわからないであろうデザイナーたちが中心となって「ゲームボーイミュージック」の開発がはじまる
しかし技術面にうといことがひびいたのか作業は難航
対応ハードがゲームボーイカラーからゲームボーイアドバンスにかわるなど数年も迷走したあげく、けっきょく開発中止となる
バーバラ様も日の目をみぬまま闇にほうむられることに

2002年、岩田聡が任天堂の代表取締役社長に抜擢されたことが転機になる
岩田は開発の活性化をねらってか、開発スタッフ全員にたいしメールによるアンケートをおこなう
99%はアンケートにまじめにこたえたそうだが、無関係なことをながながと書きつらねたものもいた
「ゲームボーイミュージック」をもういちどやらせてください!
もちろん書いたのは北村だ
岩田は「合奏」というコンセプトのたのしさに理解をしめし、チームを再結成させる
新ハードのDSはワイヤレス機能などを搭載しており、かつての技術的問題は解決していた
スマブラから名前をかりた「大合奏!バンドブラザーズ」はぶじにDS本体の発売日にまにあい、20万本のヒットとなる
北村の分身であるバーバラは人気ものとなり、本家「スマブラX」に登場するなど大活躍だ
バンブラを成功させた北村じしんも岩田に重用されるようになり、「脳トレ」や「えいご漬け」などの重要なプロジェクトに参加することになる
かつてゲームは「男の子のためのオモチャ」だったが、岩田はその既成概念をのりこえて市場を開拓するという野望をいだいていた
そのさいに北村の女性らしい感覚が有用だとかんがえたのだろう
そしてお団子ヘアの屯田兵がどれだけの成功をもたらしたのかは、いまさらここでいうまでもない
DS発売以降のゲーム市場を「北村典子の時代」と名づけてもよいくらいだ

6月26日に北村の原点であるバンブラの続編、「大合奏!バンドブラザーズDX」が発売される
かの女もついにひとり立ちし、リーダーとしてチームをひきいているようだ
根気づよくJASRACと交渉し、100曲を無料でダウンロードできたり、バーバラのDJとともにサーバ上の音楽がながれる「ラジオ機能」が搭載されるなど進化している
青山テルマ出演のCMでとりあげられた「カラオケ機能」などもたのしみだ
世界最強のOLの快進撃はまだまだつづきそうだ

大合奏バンドブラザーズDX大合奏バンドブラザーズDX
(2008/06/26)
Nintendo DS

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タグ: 任天堂 

ビル・ゲイツと売春婦のために―ロバート・ゲスト「アフリカ 苦悩する大陸」

アフリカ

アフリカ 苦悩する大陸
The Shackled Continent: Power, Corruption, And African Lives
(ロバート・ゲスト 著/伊藤真 訳/2008年/東洋経済新報社)

なんの自慢にもならないが、30歳もすぎれば栄枯盛衰は世のさだめということがわかってくる
支那やインドがまずしさの象徴としてかたられ、日本以外のアジアは永遠に停滞したままだろうと真顔で心配されていた時代もあったのだ
それほどむかしのことではありませんよ
そんな嘘っぱちにだまされているうちに、しったかぶりの専門家のいうことは話半分というつもりでせっし、じぶんのアンテナにかかってくる情報を取捨選択できるようになってきます
ところがアフリカだけはだれからも首尾一貫してまずしいままだろうといわれつづけ、残念ながらこの大陸は不吉な予想にしたがうように成長曲線をえがいてきた
もちろんおおくのひとびとの努力により衛生や教育の面での進歩はあるし、グローバリゼーションの恩恵をうけてビジネスのチャンスもひろがっている
だがおれがいうまでもなく、アフリカは腐敗した独裁的権力による暴力がふきあれ、いつまでたっても経済は発展しない
さらに世界のHIV/エイズ感染者の半数以上である2470万人が、サハラ砂漠以南のアフリカ諸国に集中しているといわれている

著者のロバート・ゲストは「エコノミスト」誌の元アフリカ担当編集長で、その経験をいかして「なぜアフリカはまずしいままなのか?」という問いにこたえをだそうとこころみる
ヨーロッパもアメリカもアジアも、掘ったて小屋しかない社会から出発していまの繁栄にたどりついた
アフリカのひとびとが、みえない手かせをといてたちあがることが不可能であるわけがないのだ

著者は、私有財産を保証するルールをさだめることが重要だとかんがえているようだ
欧米では(日本も)、一般的に家を担保にして金をかりる
しかしアフリカでは家をもっていても、たいてい権利証書がないからそれを証明できない
だから資本主義の源泉となる資本を手にすることができない
一貫した所有権のシステムが確立されれば知識は共有され、家屋、企業などの資産の所有権と価値の記録が管理されて、さらに遠隔地からのビジネスチャンスもひろがる
アフリカでは知的財産についても、それを財産とみとめているひとはほとんどおらず、海賊版が横行している
おれたちはまずしいのだから、億万長者のビル・ゲイツからちょっぴりぬすんでなにが悪い
それはそのとおりだろうが、知的財産権を尊重しない国に海外のハイテク企業がこのんで投資をするわけがないのも事実だ

この混乱はアフリカ人のおろかさに原因があるわけではない
かれらは外国のイデオロギーに翻弄されすぎたのだ
冷戦時代にアフリカには「社会主義政権」と「資本主義政権」が乱立し、うしろ盾であるソビエトとアメリカがその無秩序をあとおしした
右の国も左の国も、独裁国家であることにはかわりなかったのに
それでなくてもこの大陸には植民地時代の搾取の記憶がねづよくのこっており、政治指導者たちは資本主義、すなわち自由な経済活動を悪とみなす傾向があるらしい
理解はできるが不幸なことだ
あたらしいルールをさだめるときにもとめられるルールとは、「客観的」であること
過去のうらみつらみはとりあえずわすれなくてはならない
1994年から南アフリカの政権の座にあるアフリカ民族会議(ANC)は、主要メンバーのおおくは旧政権時代に投獄され拷問をうけたが、いまそのしかえしをもとめてはいない
死刑は廃止され、学校でも体罰が禁止となり、中絶と同性愛が合法化された
世界がみならうべき進歩だといえる

ゲストは白人のジャーナリストなので、アフリカのどこにいっても売春婦のおし売りにあう
「ノーサンキュー」をくりかえしながらにげこんだエレベーターのなかにまで、売春婦がとびこんでくる
「病気が心配なのね?」
「あんたのサービスにまったく関心がないし、わたしには妻がいるのだ」
「体液がふれないようにたのしい夜をすごさせてあげるわ。マッサージでもいいわよ」
「…」
裕福な国ではもはやエイズは死の宣告ではなくなっており、その感染経路についての認識もたかまっている
しかしアフリカ人の大半にとって高価な混合薬は手のとどくものではないし、セックスのさいにコンドームをつかうという習慣も定着しない
セックスの話題は欧米以上にタブー視されることがおおく、アフリカのエイズ問題をめぐる批判は黒人をおとしめようとする陰謀だとおこるひとびとまでいるらしい
そもそもことし生きのびれるかどうかわからないような若者たちにとっては、コンドームをつけて感染を予防するなんていう発想がくだらないとおもえるだろう
アフリカでは成人の五人にひとりがHIVに感染しているような国もめずらしくない
ルール策定の重要性はセックスにおいてもかわらないということだ

またエコノミスト誌がらみのイギリス人の本をよんだわけだが、やはりアフリカの「いま」について客観的な目で書かれておりおすすめできる
わるくいえば他人ごとだがユーモアもあって、つらい現実をえがいていても暗い本ではない
エピソードは断片的で体系的な著作とはいえないが、そのあたりはアフリカ現代史の本でおぎなうべきだろう

アフリカ苦悩する大陸アフリカ苦悩する大陸
(2008/05)
ロバート・ゲスト

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残酷な天使のテーゼ ― なぜ遠藤保仁は目にみえないのか

ヤット

ワールドカップ・アジア3次予選 タイ-日本 タイ・バンコク
結果:0-3
得点者:田中マルクス闘莉王(23分) 中澤佑二(39分) 中村憲剛(88分)
[テレビ観戦]

その軌跡は、ラファエロの絵筆のように優美であざやかだった
遠藤保仁は前半の三回にわたって、左サイドのセットプレーの機会をいかしてゲームを支配した
23分はショートコーナーから、39分はコーナーキックから直接ヘディングによるゴールをみちびく
25分のフリーキックはクロスバーをするどくたたいた
なんて冷酷でうつくしい曲線なのだろう
ガチャピンににた顔をもつ天使は、右足の魔法を駆使しつつ野心的な王としてフィールドに君臨した
攻守の指揮者としても的確なパスを配給し、バランスよく敵のボールをからめとった
しかしテレビ中継を担当した日本テレビの藤井貴彦と武田修弘は、遠藤についてひとこともふれない
ふたつのゴールのあとでさえ
まったく異常だ
陳腐な常套句が満載の原稿とおそろしいディレクターの指示をおうことに必死で、目のまえでおきているできごとが目にはいらない
けったのがスーパースター中村俊輔だったら、百万語の賛辞が電波にたれながされていただろうが
かれらはあきらかに、「無名の選手」がスーパースターの活躍の機会をうばったことに不快感をおぼえていた
遠藤の電通代表での成績は69試合6得点
スーパースター中村は77試合21得点
実績はまったく遜色なく、遠藤が冷遇されるべき理由はない

早稲田大学-古河電工という日本サッカー界ではばをきかせる経歴をもつ岡田武史は、「ちゃん」づけでよばれてメディア関係者からなぜか愛されている
どうみても愛嬌のある顔ではないし、発言におもしろみもないのだが
かれはジャーナリスト志望だったこともあり、私立大卒のスポーツ記者あたりと気があうのだろう
1990年代以降の最悪の試合ともいえる、3月26日のバーレーン戦の屈辱も帳消しになったようだ
たしかにあの敗戦でほとんどの悪材料はでつくしたようで、代表はいまのところ上昇気流にのっている
凡庸な川口、特別あつかいをうけていた高原がポジションをおわれ、チームのなかの競争が活発になったことがおおきい
そしてなんといっても、松井大輔がようやくチームに定着したのがうれしい
松井は敵にかこまれても顔色ひとつかえることはなく、サイドでボールをもてばそこに風穴をあけてくれそうな期待がただよう
パイプのなかのつまりがとれたように、攻撃は好循環をはじめたようだ
直線的なうごきで相手ゴールをおびやかす選手が台頭してきたのは、森島寛晃や前園真聖以来ではないだろうか
松井が今後の戦術において重要なオプションとなってゆくのはまちがいない
しかしチームとしては、格下あいてに数回勝ったところで実力の証明といえないのも事実だ
バーレーン戦の悪夢はいつでも再来しうると警告しておこう
足がはやいだけの長友や、「おまえなんでそこにいるの?」といいたくなる香川をもちあげているばあいではないのだ

おれは遠藤をスーパースターあつかいしろといいたいわけではない
すきなように報道すればよい
ずるがしこい名手たちは、むかしからバカなメディアをだましてぎゃくに利用してきた
十年まえは中田英寿(現職業・旅人)がスーパースターの業務をこなすなか、名波浩と山口素弘が中盤のパスワークを実質的に管理していた
中田(現職業・旅人)はかれらの手のひらの上でおどっていたようなものだ
残酷な天使はその伝統をうけついでいるだけ
「司令塔」「ゲームメイカー」「天才」でもなんでもよいが、そういった道化じみた仕事は中村にまかせて、試合を支配するというたのしみをじぶんが独占する
遠藤がそういうの知性のもちぬしであることは、まえにも書いたことがある
しかしスポーツ記者はともかく、フィールドのそとにいるわれわれが評価すべきものを評価しなければ市場価格は実体から乖離し、いずれ報いがおとずれることもしっておこう
「俊輔2アシスト!!」という見だしがかけなかったからといって代表キャップ69の名手を黙殺し、鈍重なうごきのスーパースターを「さすが俊輔!守備で貢献!」とちやほやする
いいかげんにしてくれ
かたよった評価は指揮官の判断に影響をおよぼす
そして遠藤を意味もなくはずして無残にやぶれた「3月26日」がまたやってくるのだ
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22になるまえに ― 「ラスベガスをぶっつぶせ」をみて

リオ
(この画像は映画とたぶん無関係です)

ラスベガスをぶっつぶせ
21
出演:ジム・スタージェス ケイト・ボスワース ケヴィン・スペイシー
監督:ロバート・ルケティック
(2008年/アメリカ/122分)
[シネマート新宿で鑑賞]

原題は「21」
ブラックジャックにおいて目標となる数字であり、主人公の年齢とかけてもいる
「24」と混同されることをおそれたのか、へんな邦題がつけられたのは残念だ
世界各地のカジノで人気があるこのゲームは21をめざしてカードをひいてゆくのだが、22以上になった瞬間にバスト、すなわちプレーヤーのまけとなる
そういう意味で若者の年齢とブラックジャックはにている
21歳…大学生なら社会人一歩手まえの微妙な時期
学生でなくても、社会からの圧力がきゅうにつよまってくるころだ
もう子どもではないし、いろんなことをおぼえてこわいものなしではあるけれど、つぎの日には社会人のいちばん下っ端になるかもしれないという不安定さ

本作はマサチューセッツ工科大学の天才学生たちが、数学的手法をもちいてラスベガスのカジノで荒かせぎするというお話
だいぶ脚色しているとおもうがいちおう実話にもとづいている
手に汗にぎるギャンブル映画なのかとおもっていたが、かれらのつかうカードカウンティングという手法は、ひたすらでてきた札を記憶してあらかじめきめた方式どおりにかけるというもの
カウンティングじたいは違法ではないので、店側から「出てけ」といわれないかぎり自動的に大金がはいってくるというしくみ
なのでディーラーとの心理的なかけひきなどはいっさいえがかれず、ゲームとしてはおもしろくない
そのかわり、数学しかとりえのない青年のゆれうごくきもちをていねいにえがいた青春映画の佳作となっていた
映画はみてみないとわからないものですね

主人公のベンにふんするのは、イギリス出身のジム・スタージェス
じまんじゃないがおれは10よりおおきい数をみているだけで頭がいたくなる文系人間で、「ハンサムで数学の天才の主人公なんて共感できるわけない」とみがまえながら映画館に足をふみいれた
…いや、うまいよこの役者
もともとまじめな苦学生で、教授が組織するギャンブルのチームにさそわれたときも最初はことわろうとする
しかし医学部進学のための資金が必要なのと、あこがれていた女の子がチームにいるという理由であぶない橋をわたることにする
ロボットコンテストに夢中なオタク友だちや、女手ひとつで主人公をそだてたやさしい母親とのエピソードが丹念にえがかれていて、つい応援してあげたくなった
すきな女の子と電車のなかでいいかんじになったのはいいのだけれど、くどき文句もいわないでいきなりキスしようとして拒否されたり
この痛々しさ、青春だな~
まあそのあとラスベガスのホテルのスイートであっさりとことにおよび、なんだよとおもったけど
演技は繊細かつ憎めないかんじで、名前をおぼえておいて損はない俳優だとおもわれます

ヒロインは「スーパーマン リターンズ」にもでていたケイト・ボスワース
オーランド・ブルームの元カノということで、日本女性たちからの嫉妬をあびたこともあるらしい
いま風の女優っていうんでしょうか、モデルっぽい体型と男っぽい顔つき
わたしはもっと女優らしい女優のほうがすきです
まあ美人だとはおもうけれど、世界中をさがせばもっときれいな白人女性はいるんじゃないの、とスクリーンをながめながらおもってしまった
物語を左右するような重要な役ではないこともあって、つよい印象はのこらなかった
ケヴィン・スペイシーやローレンス・フィッシュバーンはまあまあといったところ
出演料相応の芝居ですね

題材のおもしろさもあるけれど、やはりジムのみずみずしい好演がすべてかな
あたらしい才能が世にでる瞬間にたちあうことは映画ずきの最大のよろこびで、ラスベガスで散財するよりよほど健全なギャンブルだともおもう
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地図にあるはずの街がみあたらない ― ビル・エモット「アジア三国志」

エレクトロ・ワールド

アジア三国志
Rivals: How the Power Struggle Between China, India, and Japan Will Shape Our Next Decade
(ビル・エモット 著/伏見威蕃 訳/2008年/日本経済新聞出版社)

この道をはしりすすみすすみすすみつづけた
地図にかいていてあるはずの街がみあたらない
ふりかえるとそこにみえていた景色がきえた
この世界 ぼくが最後で最後最後だ


おなじ訳者によるトマス・フリードマンの「フラット化する世界」と対になりそうな本だ
もっともフリードマンの主張はなかば確信犯的なグロバリゼーション礼賛で、世界のすべてのできごとをアメリカ人の問題に還元してしまうヤンキー魂そのものではあったが
エモットはイギリス人で、しかもあの異様にバランス感覚にとむエコノミスト誌の編集長をながくつとめた人物なので、目くばりのよさは尋常ではない
イギリスのイの字もででこないのがぎゃくに不気味なほどだ
10年後の世界はどうなっているのか
だれにもわからないし、それを自信満々でかたる人間は信用できない
これまでの10年間がそうであったように
しかしエモットは「経済のいきおい」を指標にして、詐欺師とはみなされない程度のひかえめな態度で未来の地図をえがく
それがどれだけ有用なのかはともかく、頭脳が刺激されるたのしさがある

アジアは断片的な区域のつらなりで、一体化の基盤となるような言語や文化がない
キリスト教のネットワークがヨーロッパをひとつにまとめるのに重要な役割をはたしたのと対照的だ
もちろんEUも1951年の「欧州石炭鉄鋼共同体」以来、さまざまに名称をかえながら紆余曲折をへて今日のすがたにまで発展したのだが
いや、いまのアジアには一体化をうながすことができる宗教がひとつだけある
金だ
支那とインドという人口だけはどこにもまけない大国が、経済成長という貪欲なゲームの勝ち分をひとりじめしようとあばれまわる
アジアは金のためにあらそい、金のためにもっとむすびつく

みずからを世界の中心をもって任ずる支那は、これまですくなくとも表面的には近隣諸国にたいして友好的にふるまってきた
しかし経済成長はよくもわるくも政治のシステムをかえる
天然資源の供給を外国にもとめざるをえなくなり、潤沢な国家予算を海外に投資されるようになった
もはや国際社会のなかでめだたずにいることはできない
そして共産党はGDPの数値を操作しており、じっさいの支那経済は安定した成長どころか、これまでずっと急上昇と急降下のくりかえしだった
政府はインフレの再燃におびえている
いまだにひとりあたりのGDPはひくく政治的な変化をうながすエネルギーはよわいが、不満をかかえた都市部からの圧力により、いずれ共産党の一党独裁はおわるだろう

インドは世界最大の民主主義国家で、世界最速の成長する経済でもある
しかし地方政治は腐敗しており、政府を批判したニュースサイトの創立者が投獄されるなど、国家レベルでも不安定だ
「フラット化する世界」はバンガロールのIT産業をえがくものめずらしさで注目されたが、じっさいのインドはローテクの産業も発展してきているそうで、偏見をもってあの国をみるべきではない
いっぽう医療の水準はぞっとするほどおそまつで、周辺のスリランカ、支那、ベトナムなどとくらべておおきく立ちおくれており、将来の国家財政の重荷となっている
よい面では、差別撤廃プログラムにより、いわゆる指定カーストに属するひとびとが教育や就職面で保護をうけるなど、ふるいインドはかわってきている

成長した経済はよりおおきな軍事力を道づれにする
支那は今後10年間でアメリカとくらべて遜色のない規模の軍隊をもつことも可能だ
軍隊、情報機関、イスラム聖戦士が暗躍し分裂状態にあるパキスタン
支那の西の壁としてそびえる世界最高峰のヒマラヤ山脈に位置するチベット
…などが紛争の発火点になりうる

80年代にエコノミスト誌の東京支局長を20代でつとめていたエモットは、とうぜんそのころの霞ヶ関の官僚たちと交流があった
日本の経済成長は優秀な国家官僚のおかげと根拠もなくほめそやされ、傲慢になった小役人たちは外国人記者を高圧的におどしつけることもあったらしい
いまの北京の官僚たちとおなじだ
経済の成功はじぶんたちの手柄だが、停滞はだれかほかの人のせいというわけで、霞ヶ関の住人たちはうまく責任のがれをしたが、外国のビジネスマンやジャーナリストがちかよることもなくなった
選挙制度があらためられ、投票結果じたいも与野党が拮抗するようになり、NPOが法的にみとめられるなど、政府にたいする国民の圧力はすこしづつつよまってきている
いつだって日本人は劇的な政治的変化をもとめないのだ
そしてグローバル化に抵抗し、いまだに内むきな社会をまもっている
日本の貿易額はGDP比の28%で、支那の67%よりもはるかにひくい
この見せかけの平和はいつまでつづくだろうか
人民共和国政府は反日デモがだいすきな自国の暴徒たちにオリンピックをつぶされないよう、いまのところ日本にたいし低姿勢にふるまっているが、お祭りがおわればどうなるかはわからない

エレクトロワールド
地面がふるえてくだけた
空の太陽が
おちる
ぼくの手にひらりと


「経済」というわりとあたらしい宗教が支配する世界のなかで、われわれ日本人は地図のどの方角をめざせばよいのだろうか
ひとつは「環境」だ
日本の資本やテクノロジーは、環境の分野でアジア諸国を支援することで支那に対抗することができる
支那の環境汚染が殺人的なレベルであることはよくしられている
ただ、かつての重工業都市である大連がIT産業に移行するなど、この問題でも変化はおこっている
もうひとつは「歴史」
日本と支那は矛盾するふたつの歴史をかかえ、無益なあらそいの原因をつくっている
支那はろくな証拠もない第七三一部隊や南京虐殺を、アウシュビッツなみの大事件として宣伝に力をいれている
まあ本家のアウシュビッツのほうもデータの面でいろいろと問題があるのだが
わが国も東京裁判の不当性をうったえるべく靖国神社にA級戦犯をまつり、毎年夏の東アジアのさわぎの種を提供している
エモットは、日本の首相、できれば皇族が旧日本軍の蛮行を非難する声明を発表し、謝罪するおおがかりな機会をもうけるべきだと進言する
その一方でアメリカは、ホワイトハウスの主導で極東軍事裁判を再吟味する特別委員会を設置するとよいという
それならバランスがとれているし興味ぶかい主張だともおもうが、現実味はうすい

政治が暗く、経済があかるいという両極端で不明瞭な現代のアジアは、19世紀のヨーロッパににている
イギリス、フランス、ロシア、オーストリア、ドイツ統合まえのプロシアが不穏なバランスをたもっていた時代だ
歴史からうらなうにしても、この物語の結末は数パターンかんがえられる
ゴール地点を何年に設定するか?
ナポレオン戦争か、「ヨーロッパの調和」か、軍事同盟をともなう帝国主義か、第一次世界大戦か
よりましなエンディングのために筆者は九つの提言を巻末でのべている
最後のふたつは次期アメリカ大統領にむけたもので、けっきょくオチはそれかよとおもってしまった
手のひらにおちてきた太陽、よくながめてみたらそこには赤い縞もようがあった

アジア三国志アジア三国志
(2008/06/06)
ビル エモット

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どちらのテーブルで? ― ノーム・チョムスキー「すばらしきアメリカ帝国」

チョムスキー

すばらしきアメリカ帝国
Imperial Ambitions
(ノーム・チョムスキー デイヴィッド・バーサミアン 著/岡崎玲子 訳/2008年/集英社)

うすきみわるい表紙の似顔絵にまずおどろく
著者の許可はえているのだろうか?
じぶんが偶像化されることをよろこぶ人物におもえないが
どうもわが国でチョムスキーは「かわいいおじいさん」としてしたしまれているらしい
じっさいのかれは世界でもっとも影響力のつよい言語学者で、
おおげさにいえば世界でもっとも名のしれた人文科学系の学者である一方で、
半世紀以上にわたって反政府的活動をつづけてきた筋金いりの左翼の闘士なのだが…
ようするにうかつにはちかよれないようなおっかない人だ
ただこの人の政治上の発言には、たしかにどことなくユーモアがただよっている
なんだかたのしそうなのだ
もちろん自国の政府を悪魔として糾弾しつづけ、ものすごい数の敵をつくっているわけだが

わたしがこどもだったころ、パーティーがあると男性は居間へうつり、女性は食卓をかこんで会話をしていました
わたしはいつも、おもしろい話が展開されている女性の空間へひきよせられました
いきいきとしていて、興味ぶかく、知的で、政治的でした
博士号をもっていたり、著名な教授だったり、ラビだったりする男性のやりとりのたいていはつまらない話でした


すてきなおもいでだ
たぶんチョムスキーにとって言語科学の研究は「男たちのいる居間」で、政治的な活動は「女たちの食卓」なのだろう
そしてどれだけ学者として成功しても、食卓のまわりでの知的な会話のたのしさをわすれることができないのだ

本書は20年以上チョムスキーと仕事をしているという、バーサミアンによるインタビュー
事前のうちあわせのない取材のはずなのに、どうしてこんなに雪崩のようにアメリカ政府や大企業をつるしあげる材料が口をついてでてくるのだろう
とりとめのない本なので、内容を三つにわけてまとめてみることにする

その1:現在進行中のできごと
・9・11がイラクのしわざだとかんがえていたアメリカ人は3%だったが、プロパガンダの影響によりそれは半数以上にまでふえた
・イラクを軍事占領できない政権当事者はあまりに無能で、ナチス以下だ
電力の復旧くらいMITの同僚を適当に何人かつれていけばすぐにできる
・宇宙の軍事化は非常に深刻な問題
アメリカは宇宙の「支配」から「所有」をめざしている
・ファルージャで一般病院を占拠したことは重大な戦争犯罪
ジュネーブ条約違反であり、アメリカ国内法にもとづけば政治指導者全員が死刑にあたいする
・アメリカはブラジルやハイチくらいに民主化できれば前進といえる
大衆運動が活発なブラジルでは、はたらきながら小学校の課程を修了したという元鉄鋼作業員が大統領にえらばれた
民主的な国家では、ひとびとはじぶんたちの階層から指導者をえらぶことができる
・「ワシントン・ポスト」のこどもむけニュースには、「イスラエルの占領地域はイスラエル固有の領土だ」という記事がこっそりとのっている

その2:アメリカは(ついでにイギリスも)むかしから悪だった
・アメリカ建国は、人民は危険であるというマディソン主義にもとづいている
それは、権力は富裕層がにぎるべきという思想だ
・イギリス政府がイラク戦争に協力するのは当然
外国人を残忍にあつかい殺害するのは、かれらのむかしからの得意分野だから
・植民地運営は概してコストがかかりすぎ、みかえりはすくない
しかし大英帝国において英国市民はともかく、東インド会社の経営者に帝国は富をもたらした
・レーガン政権はラテンアメリカで20万人を殺した暴力の政権だった
しかし大規模なプロパガンダによりレーガンはカルト的な崇拝の対象となった
ジョージ・ワシントンはともかく、19世紀以降このように神格化された大統領はひとりもいない

その3:わたしたちはどうするべきか?
・メディアを批判的に分析するには、ふつうの常識でうたがい、しらべるだけでじゅうぶん
イラクのプロパガンダをよむのとおなじ方法でとりくめばよい
・学問の大部分は単純な事務作業
とてつもない知的な挑戦というわけではない
・尊敬される知識人の特権は、発言をうらづける根拠が必要とされないこと
・責任は特権と相関関係にある
ナチスの兵士に選択肢はなかったが、マルティン・ハイデガーにはあった
ナチスを手のこんだ方法で支持する本や記事を執筆する必要はなかった
・アメリカの聴衆だけが、「わたしにはなにができるでしょう?」と質問をしてくる
第三世界の抑圧されたまずしい人々は、なにをすべきかたずねることなど頭をよぎることすらない
わたしたちはどんなこともできるが、簡単な解決策などない
ものごとをかえるには、教育プログラム、組織化、積極的な活動が不可欠
・女性たちが抑圧から解放されたのは、善良な統治者が女性に権利をあたえる法律をさだめたからではない
大部分は左派のわかい活動家たちの運動がきっかけとなった
勇敢で根気づよい活動によってヒエラルキーをくずすことができる
・真剣な活動は、実際に抑圧されている人々だけでなく、特権をうけている層からおこることもある
徴兵反対運動では、特権階級のエリート校の大学生が中心になって国をうごかした

…とまあこんなかんじ
機関銃のようにするどいことばがおそいかかってきて圧倒される
ゆうに一個師団の戦力に匹敵するエネルギーであり、いわばチョムスキーとは、腕力はつかわずに頭脳とことばだけでたたかう範馬勇次郎のような漢だ
ジョセフ・E・スティグリッツのときも書いたが、アメリカには頭がよすぎるがゆえに発言が正論すぎて、結果的に過激になってしまう人間がいておもしろい

翻訳はチョムスキーへのインタビューの経験もある岡崎玲子
1985年うまれだそうだが、なかなかじょうずに訳しているとおもう

すばらしきアメリカ帝国すばらしきアメリカ帝国
(2008/05)
ノーム・チョムスキー

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ジャンル : 政治・経済

血煙高田馬場 ― 「書を捨てよ町へ出よう」をみて

ポケモンショック

書を捨てよ町へ出よう

出演:佐々木英明 斎藤正治 小林由起子
監督:寺山修司
(1971年/日本/138分)
[早稲田松竹にて鑑賞]

没後25周年ということで、早稲田松竹で寺山修司特集がひらかれた
なにやら公式ホームページで副支配人がほえている

何を隠そう寺山修司は早大生(中退)。
その上、「書を捨てよ町へ出よう」のメインロケ地は高田馬場にある崩れかけのアパートで撮影されるなど、寺山修司とは何かと縁の深いこの高田馬場・早稲田地区。
そう、早稲田松竹にとって彼の映画を上映することはまさに本望!

なかなか興味ぶかい企画だ
高田馬場まであるいていける距離にすんでおり、早稲田大学にも縁があるおれにとってはなおさらだ
映画にでてくる線路ぞいのボロアパートは、いまの西武新宿線沿線だろうか
個人的にはすきな路線で、新宿のゆきかえりもJRではなく西武を利用することがおおい
なんというか高架線がにがてなのだ
階段ののぼりおりがめんどうくさいし、なんといっても窓からの風景が退屈きわまりない
西武新宿駅は歌舞伎町にちかいので、映画をみにゆくのにも便利だ
線路にとびだして奇怪な芝居にきょうずる出演者たちをながめていると、なんとなくしたしみがわいてくる
上映する土地が作品のうけとめかたに影響することもあるのだ

本作を監督した寺山修司は、1935年の青森でうまれた詩人兼歌人兼俳人兼エッセイスト兼小説家兼評論家兼映画監督兼俳優兼作詞家兼写真家兼劇作家兼演出家(以下省略)
本業をとわれたときは「ぼくの職業は寺山修司です」とこたえていたらしい
きざないい草にはちがいないが、そんな質問をするほうもバカだとおもう
1954に早稲田大学教育学部国文学科に入学するが、1年たらずで退学している
10代のころから文芸や演劇で活躍していたのだから、大学でまなぶことなどなにもなかっただろう
そう、かれは偉大なる早稲田大学中退者の殿堂にまつられる人物でもある
それはタモリから広末涼子まで、そうそうたる人材の宝庫だ
早稲田は中退者がいちばん優秀で、最後まで大学にのこって教授になるやつがもっとも頭がわるいといわれているくらいだ
たしかに卒業生にはろくなものがおらず、せいぜい総理大臣くらいまでしか出世できない
そんななかで、とくに寺山修司は「永遠の中退者」というイメージがある

「書を捨てよ町へ出よう」は古典的な映画の作法をきらってつくられた作品であり、物語や人物設定をかたることに意義はかんじない
「学生運動」という言葉にリアリティがあった時代の空気が必要以上に充満している
わかい男女の自由なセックスが社会をかえると若者たちが本気でおもっていた季節
本作でも女優たちはおっぱいをあっけらかんとみせてくれるが、ありがたみはまったくかんじない
むしろ目ざわりだ
2008年現在、何倍もきれいなヌードが自宅のPCからいくらでも無料で入手できるのだ
しかし性革命の女戦士たちの業績をわれわれはもっと評価しなくてはならないだろう
かの女たちはたしかに社会をかえた
つまらない方向に
政治についてもおおきな声でかたるが、1971年の政治状況は映画からはまったくわからない
ことばはおおいが、ことばがたりなさすぎる

主人公をえんじる佐々木英明は津軽弁でとつとつとなにかをうったえつづける
しかしなまりがひどくてなにをいいたいのかはわからない
父親や先輩にたいする鬱屈をかかえているが、かれらにたいしてなんの行動もおこさず、つねに傍観者の立場にあまんじる
行動する主人公は仁侠映画の高倉健だけで十分と早稲田大学中退者はおもっていたのだろう
あげくのはてにラストシーンでは白い光をなげかけてスクリーンをてらしだし、映画が虚構にすぎないことを観客に確認させる
まったくおおきなお世話で、客をなめているとしかおもえないが
映画くらいまともに完結させてみればよいのに
そして鼓膜がわれそうなほどの音楽とともに、赤や青のどぎつい光が目につきささる
ピカチュウもびっくりのポケモンショック
ひとことでいえば子どもだまし
さすがは詩人、ぎらりとかがやくセリフが全編にちりばめられているが、数秒後には映画館の闇のなかにむなしくきえてゆく

そして生きいそぐかのように旺盛に活動をくりひろげた寺山は、1983年に敗血病で死去
49歳のわかさだった
かれの人生そのものが中退でおわったといえる
山手線でいえば新宿と池袋にはさまれた高田馬場は、中途半端であることを義務づけられた街だ
膨大な学生数をかかえる大学がちかくにあるが、貧乏学生がうろうろしたからといって地域経済が発展するわけでもない
そんな街でつくられた映画は、不完全燃焼であるがゆえになにかがいまだにくすぶっていた
客も意外とはいっていて、没後25周年のちいさなまつりは成功だったのではないだろうか
「百年たったら帰っておいで 百年たてばその意味わかる」とうたった寺山のことだから、そんなことはお見とおしかもしれないのがくやしいけれど
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テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

サルまねの裸 ― 宮下規久朗『刺青とヌードの美術史』

彫刻

刺青とヌードの美術史 江戸から近代へ
(宮下規久朗 著/2008年/日本放送出版協会)

この本をよんでいたら、おさないころのトラウマがよみがえった
小学生のころのある日、おれは所属していたサッカークラブの試合のためにバスにのっていた
なにげなく窓からJR稲毛駅前のヌード彫刻をながめていたら、ともだちに「エロい」とかなんとかからかわれた
そうとう憤慨したが、口べたなおれはなにもいいかえさずにその侮辱にたえたと記憶する
いまおもえばこう反論すべきだった
「彫刻は芸術作品であり、それが女性の裸体だったとしても、みることになんら倫理的問題はない
むしろ芸術を理解しないおまえの俗物根性のほうが非難されるべきだ」
しかし、芸術と倫理の相克についての議論をしなかったのは正解だったといえる
小学生のおれに芸術論を展開する能力がないというだけでなく、無教養な友人の発言にも一理あると当時からおもっていた
「ヌードは芸術である」…もしその前提がまちがっているとしたら?
ときに子どもの直感が本質をつくこともあるのだ

この難問にたいする宮下の主張はシンプルだ
もともと日本人にとって裸体をさらすことは日常の一部であって、「ヌード」を特別なものとしてながめる習慣じたいがなかった
浴場での男女混浴があたりまえのような社会では、異性のからだをじろじろとみて性的に興奮するという趣味は成立しない
職人たちは半裸で仕事に精をだし、母親は人目をはばからずに赤ん坊に乳をあたえた
外国人からは特異にみられるこの裸の文化は、高温多湿な風土の影響がかんがえられる
しかし支那人や朝鮮人は人前で肌をさらすことをきらうし、インドネシアですら裸体の習俗はないらしい
ようするにこの島国にいきづく独自の文化であり、罪の意識をかんじるいわれはない
女性のエロティックなすがたがえがかれるときも、西洋のヌードのように八頭身のプロポーションの表現が追求されることはなく、肌のきめこまかさなどの「面」のうつくしさを重視した
江戸時代の春画でも西洋人がだいすきな女性の第二次性徴(乳房や陰毛)には関心がなく、衣服を身にまとっていたほうがエロティックにうけとめられた

そして混乱の時代がやってくる
鎖国をといた日本に、建てまえで裸を忌避し、陰でありがたがるヌード十字軍が侵攻してきたのだ
西洋人たちはみな、裸体をかくそうとしない野蛮な習俗を軽蔑し非難した
しかしその一方でかれらはあらそって浴場にでかけ、しげしげと女性の裸をながめた
まったくすくいようのない連中だ
男女混浴があたりまえのときはなんでもなかったことが、性的な興奮とともにみられることではじめて、「裸をみられてはずかしい」という反応がうまれる
そして外国の目を過剰に意識する政府が、往来で裸体になることを禁じる条例をだすにいたる
「裸をみるのはわるいこと」という正義感にとりつかれたお上は美術の世界にも手をのばし、ヌードの絵画や彫刻をきびしく検閲した
芸術分野を管轄する美術家たちにとって重大な干渉というべきだが、かれらはじぶんたちの都合しかかんがえなかった
黒田清輝らが「智感情」などの作品で、日本人の顔に西洋人の八頭身の体をつぎはぎした裸体画をかき、当時の社会通念に挑戦したことは有名だ
ヌードとは古代ギリシャ以来の伝統をうけつぐ世界普遍の美意識であり、崇高な芸術作品なのだから下等なポルノといっしょにしないでくれ
しかし黒田の念頭にあったフランス限定の芸術観は世界普遍とはいいがたいし、西洋の人体のことこまかな八頭身のカノンや、ややこしい象徴体系までそのまま日本の美術に移植できるわけがなかった
「ゲージュツはありがたいもの」というフランスがえりの美術家のゆがんだ美意識がひろまり、日本中の駅前に珍妙な少女のヌード彫刻が設置されることになる
のちにある少年を困惑させるとはしらずに

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「宮下規久朗『ウォーホルの芸術』」

刺青とヌードの美術史―江戸から近代へ (NHKブックス 1109)刺青とヌードの美術史―江戸から近代へ (NHKブックス 1109)
(2008/04)
宮下 規久朗

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ハゲててもいいじゃない ― 「リボルバー」をみて

飛び込み

リボルバー
Revolver
出演者:ジェイソン・ステイサム レイ・リオッタ アンドレ・ベンジャミン
監督:ガイ・リッチー
(2005年/イギリス・フランス/115分)
[吉祥寺バウスシアターで鑑賞]

※このエントリは若干のネタバレをふくみます

世界一運び屋がにあう男、ジェイソン・ステイサムはすきな役者だ
飛込競技でオリンピックに出場したほどの運動神経のもちぬしで、アクションの切れは抜群
するどい顔つきの二枚目でもあり、ぶっきらぼうなロンドンなまり(たぶん)がいなせだ
30歳をこえておれも髪のはえぎわがあやしくなってきたが、ジェイソンはそんな世の男性たちの希望を一身にになう存在でもある
ハゲてもジェイソンみたいになれればいいじゃん、と
まあ無理なんだけど
馬があうのかマドンナの旦那とのコンビは三作目となり、クールな演技を堪能させてもらおうとおおいに期待していた
いつものスキンヘッドではなく、のこりわずかな頭髪をうしろになでつけた貧相なすがたに不安をおぼえつつ…

本作で元飛込選手はギャンブラーだか詐欺師だかよくわからないが、とにかく頭脳労働者にふんしている
髪をのばさせたのはインテリにみえるようにという演出だろう
アクション俳優に知的な役はあわないと安易にきめつける気はないが、結論をいえばミスキャストだ
ジェイソンがチェスをさす場面がしつこくくりかえされるたびに、あまりに不似合いでしらけてくる
インタビューによると監督よりジェイソンのほうがチェスがつよいらしいが…
スポーツ選手としても、モデルとしても、俳優としても成功した人物でバカのわけはないが、俳優のあたらしい顔をひきだすのはそんなに簡単なことではない
反省して一から体をきたえなおしてもらいたい
もちろん頭はそらなくてはならない

現代的なひねりをくわえてはいるが、この映画はコンムービーの伝統につらなっている
詐欺師が知恵をしぼってギャングから金をまきあげるという筋だ
かならず最後にどんでん返しが用意されており、すかっとだまされる快感をあじわえる名作がおおい
さいきんでもこの手の映画はよくつくられるが、すでに詐欺のネタは出つくしているとおもう
たいていのオチは「スティング」形式、ようするに主人公が一枚うわ手の相手にはめられるが、それもじつはもともとの計画だったというやつ
あたらしめのでは「コンフィデンス」や「マッチスティック・ラブ」がそうだった
ネタバレしておいてなんですが、どちらもおすすめです
ほかに、黒幕が身内だったという「ユージュアル・サスペクツ」系、じぶんの敵はじぶんという「ファイト・クラブ」系などがある
コンムービーのファンはへたな警察官より詐欺の手口に精通しているので、脚本家がどれだけ犯罪計画をねっても、スタッフロールのころには「ああ、○○系ね」とえらそうに批評されてしまう
まあ制作者にとっては割にあわないジャンルかもしれない

そこでマドンナ・ルイーズ・チッコーネ(旧姓)の旦那が用意した罠は、オチがないというオチ
最終的に黒幕もペテンの計画の全貌もあかされない
そもそもだれかが詐欺をたくらんでいたのかどうかすら、はっきりとしない
…この映画じたいが詐欺じゃん
1800円とられちゃったよ
ガイ・リッチーはロンドンの下町を舞台にした犯罪映画の「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」で名をあげた映画監督
アウトローをきどってロンドンなまりの「コクニー」でしゃべるが、じっさいは準男爵の家柄のボンボンで、口のわるいイギリス人から「モックニー」(いんちきコクニー野郎)といわれているらしい
2000年になぜかマドンナと結婚し、アメリカで「スウェプト・アウェイ」を撮るがこれが大コケしたあげく、夫婦そろってゴールデンラズベリー賞を獲得するという栄誉にかがやいた
そして映画人生のどんでん返しをねらい、イギリスにもどってつくった原点回帰の犯罪映画がこの「リボルバー」になる
10年のキャリアはすでにうさんくささがたっぷりだ

レイ・リオッタ、アンドレ・ベンジャミン、ヴィンセント・パストーレといった強面のアメリカ俳優をそろえたはいいが、ただたんにこわいだけといえなくもない
いまさら単純な犯罪映画は撮りたくないということで、2年をついやして脚本をなんども書きなおし、現場では即興で演出し、主人公の内面をえぐるような作品をめざした
失敗してしまったが
登場人物がなにをかんがえているかわからないから詐欺師の映画はおもしろいんじゃないか
そのルールをやぶれば物語が破綻するのはあたりまえだ
マーク・ストロングがえんじるクールな殺し屋など演出面でみるべき部分はあるが、全体としてはまったく力づよさをかんじない
リッチーはことしのナイキのCMが評判になっているし、才能のある人物なんだろう
とはいえ、2時間の劇映画でひとのこころをうごかせられるかどうかはまたべつの話
エレベーターのなかでのジェイソンの意味不明なひとり芝居がなんともさむざむしい

本国にもどって処女作にはあったエネルギーを再発見することはできなかったが、りっぱな奥さんもいることだし次回作はがんばってほしい
ただ髪の毛とおなじで、男の活力ってのはいちどうしなったらもうもどらないのかもしれないが
そして、その事実をうけいれることからつぎのゲームがはじまる
飛込選手から役者に転向したジェイソンのように
悪口をいってしまったけれど、この映画のおかげでひさしぶりにバウスシアターにいけてよかった
こぢんまりとしてすきな映画館なんだ
吉祥寺のサンロードをあるくのもたのしい
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テーマ : 映画感想
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野良犬心中 ― 関谷あさみ "YOUR DOG"

歩

YOUR DOG
(関谷あさみ 著/2008年/茜新社)

私は中学二年生です
成績はあまりいい方ではないです

外に出ると 体が強張る気がする

小学生のときは中学生になれば何かが変わると思っていたけど
私は どこも何も変わらなかったので

一生このままなんだと思う

学校は好きじゃない


という、主人公の歩のモノローグからはじまる全一巻の物語
ものうい顔色が時代の空気をかんじさせる
関谷あさみはとてもじょうずな作家で、空白をいかした構図が目をひくいっぽうで、細部もていねいにかきこんでいる
とくに少女たちのまとう衣服はどれも女の子らしくかわいらしい
上にのせた画像は自宅で部屋着をきた歩
ごろごろとくつろぎやすそうな服だが、見えづらいとおもうがパンツの裾のデザインも凝っていて、このまま繁華街をあるけそうでもある
ただ、これだけおしゃれな女の子なら他人とのつきあいも器用にこなせそうで、内向的な歩の性格設定に矛盾をかんじなくもない
そういう性分の娘が現実にいないとはいわないが、本作はどこかおとぎ話のようなところがある

筋だてもある意味で現実感がとぼしい
学校を早退した歩は公園で、ひとりでアダルトビデオを制作しているマキムラにスカウトされる
このときまで歩は処女で、ふたりっきりの撮影がおわったあと、たまごの殻をやぶったばかりのアヒルのようにマキムラのことをすきになってしまう
題名の"YOUR DOG"のとおり、歩はさびしげな子犬のイメージ
都会にすむ犬たちはなんら生産的ではなく、人間からえさをめぐんでもらうだけの存在だが、だからといって卑屈なところはなく、頭をなでられれば反射的にしっぽをふってよろこぶ
家族や学校に適応できない歩はよわよわしい一ぴきの子犬にすぎないけれど、じぶんに「やさしくしてくれた」マキムラを特別な存在と錯覚してしまう
マキムラにとって歩は「AVの出演者」であり、その性行為もただたんに仕事の一部だ
行為の最中に性的に興奮したかもしれないが、それは特別な「やさしさ」とはいえない
でも人生ってそんなもののような気がする
恋愛とか個人的な感情生活は、経済力や社会的地位につよく影響される
純粋な恋なんてどこにあるだろう
歩の思いこみが見当ちがいとはいえないし、ぎゃくにたしかなリアリティもかんじられる

少女たちをもてあそんできたマキムラも、こころに暗いものをかかえている
同棲相手ににげられたことがきっかけで会社をやめ、違法ポルノに手をそめる
中学生が出演するビデオはとうぜん公開できないので、金もち相手の秘密の商売だ
金ははいるだろうが、まあ社会の最底辺をうろつく野良犬といえる
作者は女性とおもうが、みずからの心情が投影されているのはたしかだ
べつに成年むけ漫画を蔑視するつもりもないが、一生エロマンガ家をつづけたいとねがう作家がいないのも事実だろう
この業界も競争はきびしく、かれらは性器や性交の描写を切磋琢磨しながらみがきあげる
でもどれだけ工夫してえがこうが、他人のセックスなんてみていておもしろいものではない
ようするに生殖器どうしの摩擦運動と、それのわずかなバリエーション
それだけ
もちろん漫画家じゃなくたって、だれでもじぶんの職業に嫌気がさして砂をかむようなおもいをすることはあるだろう
そうじゃなかったらおとなとはいえない

そんなふたり、なんら社会的な存在価値のない犬どうしが最悪のかたちでであったところで恋がはじまるのがおもしろい
こづかい銭の代償に少女たちをえさにしてきたマキムラは、歩からおもわぬ好意をよせられてとまどい、それにこたえようと自腹でDVDを回収する
経済的打算をこえた恋愛感情のたかまりという、むかしの心中物の現代的解釈のようにもおもえる
いたいたしい現実をえがき、これといった希望もしめされないが、それらをすべてうけいれようとする視線がやさしくてこころがうごかされる

ところで関谷あさみのちょっとことばたらずな作風は興味ぶかい
マキムラの家をちょくちょくおとずれるこの人物

ハルキ

いったいマキムラとはどんな関係なんだろうと読者はいぶかることになる
じつは男なのだが、物語のなかでは明示されず、最後から2枚目のページのちいさな自筆のかきこみでこっそりあかされる
いじわるだなあ
某ブログのひとがみごとにだまされていておかしかった
よみかえしてみると登場シーンのそこかしこでにおわせていて、わかるひとだけわかればいいじゃないという作者のいたずらごころがかんじられる

YOUR DOG (TENMAコミックスRiN)YOUR DOG (TENMAコミックスRiN)
(2008/05/23)
関谷 あさみ

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ロリータを買うこと ― リック・ゲコスキー「トールキンのガウン」

ロリータ

トールキンのガウン 稀覯本ディーラーが明かす、稀な本、稀な人々
Tolkien's Gown & Other Stories of Great Authors and Rare Books
(リック・ゲコスキー 著/高宮利行 訳/2008年/早川書房)

図書館にながくつとめていたボルヘスが「図書館員はだれも本に興味はない」とか書いていたのが記憶にのこっている
したがって個人的に図書館や本屋ではたらく人間の書いた文章は信頼していないのだが、今回その偏見を部分的にあらためることにした
著者のゲコスキーは、現代文学を専門にあつかう稀覯本ディーラー
大学講師として英文学をおしえていたこともあり、じぶんの商材をつくった実作者たちとの交流もおおく、古書収集家でもあったグレアム・グリーンのような作家たちとのエピソードも織りこまれる
これはデジタルの網の片すみでアナログ文化への愛をさけぶ当ブログにふさわしい書物だ
「本」にはビット数には還元できないなにかがあり、デジタル機器はその稚拙な模倣ををこころみてはいるが、いまだにふるぼけたアナログ最後の砦をおとせる見こみはない
そして著者は書物というメディアの魅力をかたるのにもっともふさわしい人物のようだ
未読の作品の話もおおかったが、よくできた20世紀小説の入門書としてもたのしくよめた

本書はナボコフの「ロリータ」にまつわる逸話からはじまる
グレアム・グリーンから手紙がとどき、かれに「ロリータ」の初版の献呈本をうる意志があることをつたえられる
よろこびいさんでグリーンをたずねた著者は、そこでナボコフ自身による献辞と緑のアゲハ蝶の絵がえがかれた「ロリータ」にであった
ゲコスキーは博物館ゆきの価値があるその本に4000ポンドの値をつける
1953年、ヨーロッパを転々としたあとアメリカにうつりすんでいたロシアからの亡命者であるナボコフは、人生と文学的評価における大逆転をねらっていささか危険な題材をあつかう小説をかきあげた
しかし残念なことに、中年の主人公ハンバート・ハンバートが12歳の少女におぼれるという筋の小説を刊行することをアメリカの出版社は拒否した
こまったナボコフは、人にすすめられてパリのオランピア・プレスの経営者ジロディアに原稿をおくる
ジロディアがポルノの出版で悪名だかい人物だとしったナボコフは、自作が「スキャンダルによって有名になってほしくない」と心配するが、なかなかどうしてジロディアは「ロリータ」の文学的価値を理解していて公刊することに同意した
あだっぽい少女をめぐるハンバートとキルティの関係ににていておもしろい
そして「ロリータ」はナボコフがおそれたように、文学的評価よりはスキャンダルの影響にあとおしされて有名になってしまったが、めでたく著者の人生に財産をもたらした

ゲコスキーが手にいれた緑色の蝶がえがかれたその初版本は、さっそくつぎの朝に大金もちの作詞家に目をつけられる
買い手をあきらめさせるためにかれは9000ポンドという価格をつけたが、相手はまたたきひとつせずにその数字をうけいれ、ゲコスキーは後悔の淵にしずむことに
気まぐれなロリータは、書物のすがたをとっていてもその所有者をなやませるのであった
本は執筆され、編集され、出版され、流通し、読まれてゆくなかで、いつの間にかにその本に固有の性格を身につける
ぎゃくにいえば、本のもつそういう「人となり」が小説をなりたたせているのかもしれない

それでも「ロリータ」はむしろ幸福なたぐいの本で、もっとも偉大な20世紀小説と評されているのに暗い表情をみせている本もある
みずからを天才とみなしていたジェイムズ・ジョイスは、百科事典的に気宇壮大な小説の構想をまとめる
「ユリシーズ」と名づけられた20世紀文学の最高傑作となるべき作品は、完成に何年もかかることがわかっていたため、ジョイスはその執筆のあいだの生活費を支援者たちにもとめた
ジョイスは天才は天才らしく生活する権利があるとかんがえ、ゆだねられた資金を遠慮なくつかいはたすような男だった
そのようにして書かれた「ユリシーズ」は出版される前から畏怖をもってかたられ、スタイン、ヘミングウェイ、エリオット、ウルフ、パウンドらがあらそって賛辞や皮肉をつらねた
不道徳な内容と検閲官が出版社をなやませ、難解な言語表現は印刷業者を手間どらせたが、出版されるやさしさわりなく読者にうけいれられ、予定どおり文学史上の最高峰におさまった
現在でもその評価にかわりはなく、市場でも2002年の競売では46万ドルで落札されるほど珍重されている
ゲコスキーも献辞いりの初版を所有しているらしいが、その本の値うちがさがることはけっしてないと自慢する
なぜならよむつもりがないから
ジョイスは助手があつめた「ユリシーズ」の書評をよんで、「おもしろいといっている者はいないのか」とかなしげにいったらしい
さすがはジョイス、じぶんの至高の芸術作品があがめられても、愛読されることがすくないことまで見とおしていた
作家自身に似てあまりに傲慢な書物のさびしい運命といえる

なかなかおもしろいでしょう?
ほかにもマッチョなヘミングウェイ、赤裸々なグリーン、テロと背中あわせのラシュディ、魔術じみたローリングなどの「本」の話がつづられる
本書でとりあげられた20冊をいろいろと手にとりたくなってしまうことはうけあい
まずはさいきん新訳がでた「ロリータ」からにしようかな
まあ、ぼくがもってるのは900円で買った文庫本なんですけどね!
それでもたかいとおもったけど

訳者の高宮利行は書誌学者でもあるらしく、"Finnegans Wake"を「フィネガン徹夜祭」と表記するなど一部の訳語にこだわりをみせるが、訳文全体はそうではなくよみやすくはなかった

トールキンのガウン―稀覯本ディーラーが明かす、稀な本、稀な人々トールキンのガウン―稀覯本ディーラーが明かす、稀な本、稀な人々
(2008/04/24)
リック・ゲコスキー

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悲劇的でない悲劇 ― 「ヒトラーの贋札」をみて

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ヒトラーの贋札
Die Fälscher
出演:カール・マルコヴィックス アウグスト・ディール デーヴィト・シュトリーゾフ
監督:ステファン・ルツォヴィツキー
(2007年/96分/ドイツ)
[早稲田松竹で鑑賞]

第二次世界大戦において、ドイツが英米の経済を撹乱しようと画策した史上最大の紙幣贋造事件「ベルンハルト作戦」の顛末をえがく
親衛隊が計画しザクセンハウゼン強制収容所内で実行された秘密作戦で、おもにユダヤ人がその作業にかりだされた
う~ん、またユダヤ受難ものか
しょうじき食傷ぎみなんだよね
たしかにユダヤ人はヒトラーの軍隊にひどい目にあわされた
でもかれらが世界の歴史の悲劇部門の一等賞ってわけではないのに、ホロコーストを題材にした映画はおおすぎだ
世界中のマスコミや映画産業においてユダヤ資本の影響力がつよいことが、にたりよったりの深刻劇の企画がとおりやすい理由だろう
民族の苦難を売りものにしてるといえるし、結果として「商魂たくましいユダヤ人」という偏見を補強してしまっている、といったら皮肉な受けとめ方にすぎるだろうか

ただ本作の主人公もユダヤ人だが、偽札づくりのプロであるしたかかな犯罪者なので、たんなるお涙頂戴になっていないのがおもしろい
絵が得意なので親衛隊の士官の肖像をかいてとりいろうとたくらむなど、きびしい環境をたくましくいきのびようとする
結核をわずらった仲間の病状をかくすために(ばれたら銃殺)、じぶんの血を頬紅がわりにぬって血色をとりもどさせるなど、体験者にしか語れないようななまなましいエピソードが胸をうつ
カール・マルコヴィックスは極限状況でもかすかな希望をうしなわない主人公をたくみにえんじている

髑髏の徽章をつけた、ベルンハルト作戦の責任者であるヘルツォーク少佐(史実ではベルンハルト・クルーガー少佐)のキャラクターも興味ぶかい
じぶんは野蛮なナチス党員とはちがうよといった態度で、囚人たちにも紳士的にせっしようとする
とはいえどんなに礼儀ただしくふるまっても、罪なくとらわれた虜囚とその牢番という関係はかわらないわけで、かえってあくどいともいえる
実際のクルーガー少佐は戦後のナチス狩りをいきのび、世界を転々としたあとドイツにもどってハンブルグで死んだらしい
いろんな人生があるものだ

テーマはおもいがぐいぐいと観客をひっぱる娯楽作品でもあり、安心しておすすめできる
唯一の欠点は女性がほとんど登場せず、でてきてもゴツゴツした巨体と馬みたいな顔の女優ばかりという問題だ
しかしドイツ映画に美女をもとめる方が愚かなので、あきらめるしかない
あと「ヒトラーの贋札」という邦題だけど、劇中ではヒトラーは名前すらでてこなかったぞ
「ヒトラー 最期の12日間」にけっこう客がはいったから安易にあやかろうとしたんだろうが、だからといって詐欺的なネーミングはやめてくれ
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苑田 健

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