食いにげランチタイム―スティグリッツ「世界を不幸にするアメリカの戦争経済」

食い逃げ

3兆ドルの戦争 イラク紛争のほんとうのコスト
[世界を不幸にするアメリカの戦争経済 イラク戦費3兆ドルの衝撃]
原題:Three Trillion Dollar War: The True Cost of the Iraq Conflict
(ジョセフ・E・スティグリッツ リンダ・ビルムズ 著/楡井 浩一 訳/2008年/徳間書店)

スティグリッツ先生は御年65歳
ノーベル賞をうけた経済学者で、クリントン政権に参加するなど実務でも活躍した
位人臣をきわめているはずなのだが、頭がよすぎるせいか発言はつねに政治的に過激かつ嫌味なほど論理的で、耳をかたむける価値がある
経済音痴のおれにとってはありがたい存在だ
本書でも第1章の冒頭から容赦ない
「衝撃と畏怖」作戦のテレビ報道をながめながらイラクのゆくすえを案じるのだが、

サダム・フセインの軍隊がまたたくまに壊滅したことはべつに意外ではなかった
アメリカは他の世界諸国の軍事費をすべてあわせたほどの軍事費をかけているのだ
当時のイラクの経済規模はアメリカの1パーセント未満
イランとの戦争で数十万人の国民を、湾岸戦争では75000~105000人の兵士をうしない、10年間の経済制裁を経験した
もしアメリカがイラク軍を即座に圧倒できなかったとしたら、それこそ衝撃的だっただろう


自国のたたかいにたいしてこんなに淡々とせっすることができるものなのだろうか
こういうおかしな人たちがいるからあの国はおもしろい
戦争という気がおもくなる題材でも顔色ひとつかえず、外科医のような手さばきで患部をえぐる
著者たちの主張は単純で、「ただのランチはない」ということ
ブッシュ政権がどれだけじょうずにごまかしても、いずれは国民が昼食代をはらわねばならない
人命を、国家の安全保障をドルに換算することはある意味不遜だといえるが、そんなことを気にやむ先生ではありません

「イラク戦争は石油利権が目あてだった」という通説があっさり否定される
石油をやすく手に入れ、それで自国が発展するならまだましだったのだ
イラク国民やアメリカ兵のくるしみはかんがえないとして
しかし戦争は原油価格高騰をひきおこし、アメリカ経済をいためつけた
そもそもブッシュ政権に合理的な戦略など存在しないのだ
2003年4月のテレビインタビューで、国際開発庁長官のナツィオスはイラクを17億ドルで再建できると主張した
本書の著者たちはこまかい調査の結果、イラク戦争の経済的なコストを3兆ドルとみつもる
すでにベトナム戦争や朝鮮戦争にかかった額をうわまわっている
過去にそれをこえたのは第二次世界大戦だけ

砂漠の砂と熱は通常の6~10倍のはやさで装備をこわし、車高のひくいハンヴィーをねらったしかけ爆弾にたえられる設計のMRAP装甲車があたらしく18000台投入された
イラクのあちこちに設置されている爆弾は脳損傷の被害をふやし、敵と味方がわからないゲリラ戦術や自爆テロの恐怖は兵士たちのこころをむしばみ、PTSDが急増した
納税者は67000人の負傷者の医療費を負担しつづけなければならない
州兵や予備役に過度に依存したことが原因で国内の治安が低下し、ハリケーン・カトリーナの被害はさらにひろがった
だれものぞまないたたかいの兵力不足をおぎなうため、民間の請負兵の使用がふえていることもよくしられている
しかし高給(およそ10倍)の請負兵はさらなるコスト増をまねく
そして軍は民間との競争にまきこまれ、精鋭の人材を軍事警備会社にうばわれる
民間人がくわわることにより指揮系統は混乱し、イラク人にたいする残虐行為など倫理的な問題が続出
雪だるまをころがすように出費はかさんでゆく
100円ショップにいったらあれもこれも買いたくなるようなものだろうか
いつものように卑近なたとえでもうしわけないが

昼食のあとブッシュとそのとりまきたちは食いにげをたくらむが、そのタイミングがむずかしい
こういうのを「関与漸増のリスク」というとか
理性的な意思決定をおこなうには「過去は水にながせ」の態度でのぞまなくてはならないが、おおきな組織は過去にひきずられる傾向がつよく、おもいきった損切りができない
アメリカの信用が失墜する、犠牲者の死がむだになる、イラクには借りがある…など言いわけはいくらでもついてくる
ようするに「負けをみとめるわけにはいかない」ということだ
事態打開のためのいちばん現実的で有力な糸口は、「ベンチマーク戦略」とよばれるもの
石油収入の分配や警察機構の創設などいくつかの基準をもうけて、基準が達成されなければ軍をひきあげるとイラク政府におどしをかける
しかしスティグリッツらは、明快な基準があればイラク人たちのあいだにつよいインセンティブがはたらくという前提を疑問視する
イラク政府と国民は理性的な単一体ではないのだから、基準達成をのぞまない反対勢力にたして負のインセンティブがはたらき、引きのばし戦術でそれを妨害するにちがいない
たしかに正論だ
イラクを解放し民主主義の砦をきずき、新政府にイスラエルとの平和協定を締結させるというのが理想的なシナリオだった
現実の中東はヒズボラ、ハマス、ムスリム同胞団などイスラム過激派の人気が上昇をつづける始末
食いにげをしたいなら入念に観察してにげやすそうな店をえらぶべきだ
それができないバカだから無意味な戦争をおこすのだともいえるが

いまのアメリカ人にとって戦争とはお気軽なランチタイムだ
軍隊は志願兵と請負兵で構成され、戦費は借金でまかなう
からだもこころも財布もいたまない
スティグリッツらは戦争を継続するための財政コストは増税によって調達し、安易に負担を次世代に先おくりするべきではないと主張する
これまた筋がとおっている
3兆ドルはたしかに莫大な金額だが、それでアメリカ合衆国が破産することはない
だいじなのは自分の昼食代は自分でしはらうべきという現実感覚だ
憲法をねじまげてまで軍をイラクにおくった国にすんでいるおれにも、原油高による物価上昇というつけがまわり、ハンバーガーもたべづらくなった
うしなわれた人命はかえらないが、報いはなんらかのかたちでかならずおとずれる

翻訳は「文明崩壊」などを訳した楡井浩一でけっこうよみやすかった
いぜんスティグリッツの訳は鈴木主税が担当していて、それはまったくひどいものだったよ…

世界を不幸にするアメリカの戦争経済  イラク戦費3兆ドルの衝撃世界を不幸にするアメリカの戦争経済 イラク戦費3兆ドルの衝撃
(2008/05/17)
ジョセフ・E・スティグリッツ リンダ・ビルムズ

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