有限のフロンティア ― 「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」をみて

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド
There Will Be Blood
出演者:ダニエル・デイ=ルイス ポール・ダノ ケヴィン・J・オコナー
監督:ポール・トーマス・アンダーソン
(2007年/158分/アメリカ)
[シャンテ・シネで鑑賞]
ブログをはじめてもうすぐ三ヵ月
だいたい週に1本のペースで映画館にかよっていて、これまで比較的に良作にめぐまれていたのだが、ついに地雷をふんでしまった
完膚なきまでにたたきのめすつもりなのでそのつもりでよんでください(もしくはスルーしてください)
しかしいつものこととはいえ、なんなんだこのタイトルは
意味がわからない
いや英語の意味はわかるけど、カタカナの羅列じゃぜんぜんピンとこないんだよ
まあこのブログのタイトルも英語だけど…
そもそもチケットを買うときいいづらいのがこまる
邦題をきめてる映画会社の連中は、じぶんで金をはらって映画をみることなどないのだろう
20世紀初頭のカリフォルニアを舞台に、エゴイスティックな石油採掘業者とそのまわりの人間模様をえがく作品
ちょっと期待しちゃうじゃない?
広漠とした荒野の風景、金鉱や油井や鉄道会社を牛耳る貪欲な経営者と、西部のあらくれものたち
資本主義経済が勃興するフロンティアで、欲望をむきだしにした男たちが火花をちらす
それは石油市場に翻弄される現代社会への警告でもある
…みたいな
まったくわたしの見こみちがいでしたね
じっさいは無能な映画監督と大根役者のおままごとでした
主演は「オイルマン」にふんしたダニエル・デイ=ルイスで、本作で2つ目のオスカーを獲得
アカデミー会員ごのみの大げさで下世話な芸風のもちぬしだ
「ギャング・オブ・ニューヨーク」では主演のディカプリオを食いちらかすオーバーアクトで映画の均衡を破壊したあげく、バカな批評家たちから絶賛されてさらに調子にのってしまったらしい
デイ=ルイスといえば、カメラがまわっていないときも24時間役柄になりきる情熱で有名
車いすの人物をえんじた「マイ・レフトフット」の撮影中も、つねに車いすにすわったままでいたとか
…撮影の邪魔だろ
なら人殺しをえんじてるときはじっさいに人を殺すのかよ
仕事なんだからわりきれよ
俳優業からはなれていた時期があり、イタリアで靴職人になるべく修行していたという伝説もある
なんだよ靴職人って
どうも宣伝上手な役者という気がする
本作も「おれの演技をみやがれ!」的な時間が158分間つづいてうんざりした
24歳のポール・ダノは、デイ=ルイスに対立する牧師の役
デイ=ルイスにひきずられたのか、インチキくさい偽預言者を必死にえんじている
しかし宗教的なテーマもからんで物語はふかみをましてゆくのかとおもいきや、ふたりの緊張関係はたんなるドツキ漫才に終始する
石油王と牧師がなぐりなぐられくんずほぐれつ
そんな乱闘シーンが三回も…
新喜劇なら端役ももらえないレベルです
デイ=ルイスと息子の交流も中心テーマになるとみせかけて、やっぱり尻きれトンボ
父親と息子の関係って、アメリカ映画のいちばんおいしい部分なんですけれど
石油採掘のパートナーをえんじたキアラン・ハインズが唯一のましな役者だといえるが、話の途中でどこかにきえてしまいました
監督のアンダーソンにとって本作は「パンチドランク・ラブ」以来5年ぶりの映画になる
べつの映画の脚本の執筆がまったくはかどらないため、脚本をかく練習のためにアップトン・シンクレアの小説の脚色をはじめたという経緯があって、間隔があいてしまったらしい
しかしリハビリでつくったつもりの作品が称賛されるんだからわからないものだね
石油をほりあてる以上の幸運といっていいんじゃないかな
本作はあきらかにオーソン・ウェルズの「市民ケーン」を下じきにしている
富と権力をほしいままにしながらも、その成功のなかでだれよりも孤独になってゆく男
石油王と新聞王というちがいだけだ
ただ「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」の主人公は空虚さを感じているかどうかもわからない石油採掘ロボットで、もちろんこの映画のどこをさがしても「バラのつぼみ」はみあたらない
アンダーソン氏は映画史上の名作に挑戦するにはまだわかすぎたようだし、さらに脚本づくりの修行にはげむとよいだろう
まあウェルズが「市民ケーン」をつくったのは25歳のときなのだけれども
せっかく油井を発見しても、そこにたくわえられたアイデアはすぐに枯れはててしまうのがかなしい
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マンガ王子の深層心理 ― 石黒正数「ネムルバカ」

ネムルバカ
(石黒正数 著/2008年/徳間書店)
「それでも町は廻っている」の石黒正数による、大学生のゆるい日常をえがいた全一巻の中編
一巻できっちりまとまった漫画はすきだな
二、三ヵ月に一回というペースの連載をまとめたもので、月一連載の「それ町」とくらべても過剰なかきこみはひかえめで、手のあいたときににさらっとかいたという印象だ
推理ものがベースで毎回読みきりの「それ町」とちがい、「ネムルバカ」は物語にはっきりしたながれがあるが、こういうスタイルでもそつなくかけていている
主人公が大学生ということで人間模様はやや成熟し、ある意味で社会学的なモチーフをあつかう
若者らしい夢と、それに立ちふさがるぬるま湯的な日常の壁
われわれはそんな退屈な毎日をうけいれなくてはならないんだろうか?
ながい黒髪をもち天然ボケな大学生の入巣柚美が主人公
よっぱらってゲロをはく場面が二回もあるおそるべきヒロインだ
女子寮のルームメイトである先輩・鯨井ルカとのかけあい漫才が物語の軸になる
ルカはプロをめざしてバンド活動にうちこむ金髪のロック少女で、口をついてでることばはどれも辛辣
でも意外と後輩おもいのところもあって、入巣のゲロの始末をしたりもする
「それ町」の紺先輩に似すぎなことに目をつぶれば、これほどクールで男前なキャラはそういない
馴れあいの人間関係をきらって「駄サイクル」となづけ、そこから脱出しろとまわりを扇動する
なんかなつかしいテーマだな
若者特有の鬱屈した感情をリアルにえがいた、いまどきめずらしいまっとうな青春マンガなのだ
入巣に気があるバイト先のナルシスト男とかおかしいんだけど、読んでいるとなんとなく身につまされたりして
なんだコイツきもちわるいな…
でも人からみればおれも同類かもしれないし…
そんなちくちくささる青春の棘がたくさんしかけられた作品だ
いまどきの若者でオジサンやオバサンにすかれる世渡り上手は、「ナントカ王子」とかよばれてすべての栄誉を独占する
それ以外はオタクとなりフィクションの世界に没頭し、精巧につくられた架空の少女におぼれて精力をつかいはたす
そして女の子たちはケータイ小説みたいなゴミに小銭をまきちらしながら、一日ずつ年老いてゆく
半年できえるお笑い芸人どものネタは流行語大賞として必須の教養となり、いっぽうで「反抗心」のような言葉が完全に死語となった
窓ガラスをわるとかうたう尾崎豊は人なつっこいタイプの歌手だったが、いまの時代にデビューしたらテロリストとして逮捕されるだろう
しかし石黒正数の作品はそんな日常と同化することはない
お前らみんなイミわかんねぇっつってんだ
なんの目的もなくただ毎日いきてんのかよ!?
ルカのパンクなセリフが胸をうつ
物語の最後で、ルカはメジャーな世界へと旅だってゆく
レコード会社にスカウトされたりなんなりの段どりは必要以上にうそっぽくえがかれていて、とってつけたような結末をむかえる
もったいないな
メジャーデビュー後のルカの苦労にちょっとふれるだけでも説得力がでたのに
音楽業界の実情に興味がなく、それをしらべるのもめんどうくさかったのだろう
そもそも石黒は日本一の器用貧乏漫画家だ
就職がいやだから漫画をかいてみたらプロになり、編集者の意向をうけてメイド喫茶の漫画をかいたらヒットしたという適当ぶり
大阪芸大卒であり、「文化庁メディア芸術祭」なるインチキくさいものに顔をだしていたりもして、どちらかといえば優等生タイプといえる
「青春マンガ」という題材もどれだけ自分の真情からでてきたのかあやしいものだ
でもそんなマンガ王子のこころの奥底には、ルカや紺双葉のようなパンク魂がねむっているのも事実で、かの女たちは作品のところどころで顔をだし、けだるそうな瞳で毒をはく
そういうふしぎなリズムがここちよい
関連項目:器用貧乏な大田区民 ― 石黒正数「それでも町は廻っている」
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時計のおくれたオレンジ ― 谷村美月写真集「花美月」

谷村美月 写真集 花美月
撮影:関めぐみ
(2008年/集英社)
2000年前後から、従来の子ども服と一般の中間にある「ジュニア市場」が成長している
ナルミヤ・インターナショナルの「エンジェルブルー」などのブランドがその中心だ
成長期ですぐにサイズがあわなくなる子どもたちと、財布のひものかたいその親をだまして、多彩な色づかいとポップなデザインの比較的高価な洋服をうりこむことに成功した
Wikipediaによると加護亜依がこのんで着用したことがヒットのきっかけになったらしい
エンジェルブルーの公式HPをみてみたが、水色とピンクがイメージカラーらしい
いまの女の子は水色がすきだね
寒色でも暖色でもないあいまいな色の服で、かの女たちはすくすくそだつからだをかくす
去年の夏に石垣島で撮影されたという、この写真集のフォトグラファーは関めぐみ
同名の女優とは別人で、2003年にでた加護亜依(!)の写真集も担当している
ぱらぱらとめくっているだけでわかるが、この人は水色やピンクがすきらしい
八重山諸島のつよい光をとりこんだ写真のかずかずはどれも白っぽい
水色の空と海、ピンクの花(ハイビスカス?)と夕ばえの雲
風景まで少女趣味だ
水色の衣装が三つ(デニムはふくめないで)
しかし谷村美月に水色はにあわない
女子小学生のコスプレをさせているみたいで、かの女のきりりとした少年ぽい個性をころしている
鼻がすこしおおきめで、部品が中心にひきよせられぎみの顔だち
だまっていると不機嫌そうにみえる
眉毛はふとめ…というかほとんどいじっていない
「自然体の少女」にみせようというイメージ戦略だろうか
手足がながく、ついでに首もながく、きびきびとしたスポーツ選手のような雰囲気がある
そのわりに胸や尻がとってつけたようにふくらんでいて、女性としてまだアンバランスな印象
からだの女性らしい曲線を自分でもてあましぎみというか
カメラの手前の視線と、カメラのむこうの視線がうまくかみあわない
水着もたくさん着せているが、できそこないのパジャマのようなものばかりで、布の下の流線形をかくしてしまっている
表面積のちいさなビキニのときは、デニムをはかせチェックのシャツをはおらせる
安売りはしないぞという事務所の女衒根性がまるだしだ
まあそれはそれでかまわない
購買者の視線と供給者の視線が交錯する一点に「アイドル」が存在しうるのだから
でもこの写真集はなにかがおかしい
それはオレンジだ
水色とピンクのほかに、オレンジが本書の基調をなしている
屋内の光、砂浜、石垣、オレンジジュース…
そして谷村美月の肌
写真集の核心である被写体が白っぽい風景にとけこんでしまっている
関めぐみはなにがしたくてわざわざ台湾のとなりの島までとんだのだろう
本書にこころにのこるようなカットはまったくないといっていい
おれがいちばんすきなのは巻頭の、デニムを腰ではいて白いTシャツを着た姿かな
さわやかなまなざしがみていてここちよい
まあ石垣島で撮る必然性はないし、「アイドル写真集」にのせる必然性もないけれど

このショットはべつのサイトからパクってきました
繊細なあごのラインと鋭角的な頬骨が並行し、おおきめの耳がアクセントになっている
かたちのよい頭蓋骨を、なでたくなるようなショートヘアがしなやかにおおう
こんなにうつくしい横顔を放置するような人間がなんで写真家になってるんだろうか
失敗作だとはおもうけれど、大勢の人間の思惑がかみあわない様子がおもしろいし、いまいちばんきれいな女の子の「現在」をかんじられるという意味で一見の価値はあるかな
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波うちぎわのラブレター ― 山本弘「"環境問題のウソ"のウソ」

"環境問題のウソ"のウソ
(山本弘 著/2008年/楽工社)
続編とあわせて50万部以上うりあげたという、武田邦彦の「環境問題はなぜウソがまかり通るのか(環ウソ)」のデータを検証して、その虚偽を徹底的にあばいた書物
武田は環境保護運動は朝日新聞などが中心となっておこした陰謀で、「地球は温暖化しておらず」、「リサイクルはむしろ資源のむだづかい」とぶちあげる
また朝日陰謀説か
おれ自身環境保護運動の偽善性に辟易してるところもあって、去年に「環ウソ」をよんでいたのだが粗雑な内容にあきれてすぐに本をとじた
くだらない書物に投資すべき時間はあまっていないのだ
山本弘がえらいのは、そういう本にこそ商売のタネがねむっているとおもってよくしらべたところ
みならわなくてはいけない
具体例をあげると、
「回収された24万トンのペットボトルのうち、再利用されているのは3万トンだけ」
という主張がもっとも衝撃的で「環ウソ」の中心となるデータだ
武田はPETボトルリサイクル推進協議会が公表するデータの引用だと著書にしるしているが、これが稚拙な捏造で、じつは自分につごうよくねじまげた数値だった
じっさいは3万トンどころか、その10倍らしい
ほかにもかぞえきれないほどのデタラメ、事実誤認、印象操作がつづく
ひどい本だとはしっていたが、ここまでウソだらけとはおもいもよらなかった
しろうとは権威によわく、まさか大学教授がペテンをしないだろうと信用してしまう
そもそも武田は環境分野で学術的に評価を受けるような研究論文を発表してはいないらしい
環境論はあつかう対象の規模がおおきすぎ複雑すぎるため、あまりに非科学的な傾向がある
地球温暖化の原因はほんとうに二酸化炭素なのか、二酸化炭素排出量をへらす有効な手段は存在するのか、そもそも地球温暖化はわるいことなのか、だれも証明しようがない
そんなトワイライトゾーンは環境ゴロたちの絶好のかせぎ場となる
環境保護が看板の山師もいれば、反対の陣営のペテン師もいるということだ
まあ、それはそれでよいのだ
言論という環境のなかで、詐欺師たちが生態的地位を確保することが無意味とはいえない
武田だって自分の本がこんなにうれるとはおもわなかっただろう
うれてほしいという願望はあったにせよ
もちろん発言には責任がともなうのだが、人がそれに気づくのはつねにあとからだ
おれは武田が山本におくったメールの内容がすこし気になる
私は200年もアジア、アフリカを植民地にしたヨーロッパ文化そのものを否定しております。
私は現在の世の常識とは少し違う考え方をしています。私は「誠実」を旨としておりまして、私の誠実とはヨーロッパ的な誠実ではありません。
言い訳というのは頭が少しよければだれでも出来ますが、私は言い訳はしません。考えていることをそのまま言っています。
…強烈だな
学者なら批判にたいして反証する義務があるだろ
しかもヨーロッパ文化そのものを否定ってずいぶんかたよってるな
十字軍やジハードじゃあるまいし
Amazonで本書のレビューをみると、武田に啓蒙された純真なひとびとが「人格批判をしている山本は卑怯だ!」といきりたっている
ごていねいに星を1個だけつけながら
まあそう感情的になるなよ
世のなかそうおもいどおりにはいかないよ
油断すれば詐欺師にだまされることだってとうぜんある
無責任にかいた本が予想以上に注目をあつめて当惑することもある
そしてさまざまな研究、実験、データがつみかさねられてゆくなかで、砂のうえにかいた文字のように科学的主張なんてものはあらいながされてゆく
不確かだからこそ学問はおもしろい
それがいやなら環境問題なんぞにかかわらず、小林よしのりでもよんでいればよいのだ
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テーマ : 環境・資源・エネルギー
ジャンル : 政治・経済
ウィスキーとブロンド女の戦争―「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」をみて

チャーリー・ウィルソンズ・ウォー
Charlie Wilson's War
出演者:トム・ハンクス ジュリア・ロバーツ フィリップ・シーモア・ホフマン
監督:マイク・ニコルズ
(2007年/アメリカ/100分)
[新宿プラザで鑑賞]
上の写真はソ連の戦闘ヘリMi-24、通称ハインド
昆虫っぽい外観がかっこいい
12.7mm弾の直撃にたえられる装甲と圧倒的な火力をもち、アフガニスタン侵攻では空の主戦力として広範に運用された
どんなに勇敢な兵士でも、ハインドのローター音をきけばふるえあがるそうな
そしてこの映画の敵役でもある
それに対する主人公は、テキサス州選出の下院議員チャーリー・ウィルソン
無名だが海軍出身で国防予算に影響力をもつ人物らしく、CIAをつうじてアフガン兵に物資を供与するようはたらきかけた
冷戦…そんなふうによばれる戦争があったんですよ
とくに最新の地対空ミサイルだったスティンガーはハインドにたいし有効で、一説では300機以上を撃墜しソ連軍に甚大な被害をあたえたとか
さえない一議員が大国相手の戦争を左右し、はては世界の歴史までうごかしてしまうという破天荒な物語
あら筋をおうだけでも一見の価値ありです
出演はトム・ハンクス、ジュリア・ロバーツ、フィリップ・シーモア・ホフマンなど
あまりすきでない役者がそろってしまった
しかし監督は超ベテランのマイク・ニコルズで、フォレスト・ガンプやプリティ・ウーマンなんて大ネタをじつにうまくさばいている
事実をもとにした映画で、題材は冷戦
これ以上おもい脚本はそうないといえるのに語り口は軽妙でテンポがいい
中心人物の三人のキャラがたっていて毒舌をはきまくり、おれはゲラゲラとわらいころげた
冒頭でうつされる異様にでかい星条旗など映像的にもすぐれた場面がおおく、まるでフェリーニの映画をみるようなたのしさがあった
男たちはみな癖がつよいけれどプロフェッショナルで、女たちは色っぽくてかわいらしい
いまどきめずらしい映画らしい映画っていうんでしょうか
プロデューサーもつとめたトム・ハンクスはこの役にずいぶん入れこんでいる
ホテルのパーティーの場面から話がはじまるのだが、ストリッパー3人とジャグジーにはいって酒をのんだりコカインをすったり
(この件で連邦検事時代のルドルフ・ジュリアーニに逮捕されかける)
そして事務所のスタッフはみなおっぱいのおおきな美女ばかり
いかれたテキサス野郎というかんじでおおいに親近感をもってしまった
いやもちろんおっぱいだけじゃなくて、政治姿勢もふくめてですよ
政治家としては、難民の悲惨な境遇を目のあたりにしてアフガン侵攻の現実をしり、戦争をおわらせるために世界中をとびまわりながらあらゆる手段をつくす
一見ゆるい演技なのに、いつのまにか物語にひきこんでしまうのがトム・ハンクス節
まあ個人的な好みからいうとちょっとまじめすぎなんだけど
ジュリア・ロバーツはテキサスのゴリゴリの反共産主義の大富豪の役で、資金面でアフガンのゲリラを支援する
出産のあと映画からとおざかっていたらしいが、これだけセクシーでキュートなジュリアは休養前もふくめてひさしぶりなのではないか
かの女も40歳で、撮影中は3人目の子どもをみごもっていたというのにビキニ姿の場面もあり!
これが女優魂か…でもそれがいい!
チャーリーとは男女の仲にあり、ことがおわったあとの会話が素敵だった
へたくそな映画ならベッドの上のありきたりのかけ合いでお茶をにごすが、熟練工のニコルズはその行為自体はうつさない
バスタブにつかるトムのとなりで、ジュリアが化粧をなおす
いかにもおとなの関係にみえる
そして安全ピンの針先でまつ毛をいじりながらハインドの装甲の厚さについて熱くかたる
テキサスにはすごい女がいるもんだな…
フィリップ・シーモア・ホフマンの役はギリシャ系のCIA工作員ガスト・アブラコトス
作中ではだれにも名前をただしく呼んでもらえないのがわらえる
なりきるタイプの役者で、へんな髪型、ヒゲ、眼鏡でギャグっぽさをのこしつつも、どす黒い工作活動に人生をついやしたスパイにみえるからすごい
すべてのセリフに例の4文字単語がはいるほど猛烈に口がわるく、主役をくってしまいそうな役柄だが、共演者の個性も相当なのでバランスはとれている
すでに文章がずいぶんながくなって申しわけないが、もうひとつ書かねばなるまい
チャーリーのスタッフの美女たち(通称・チャーリーズエンジェル)のひとりとして、エイミー・アダムズも出演してる
ちいさい役だがつねにチャーリーにつきそうので出番はおおい
ふ~ん、「魔法にかけられて」にでてた女優さんか
あれ…か、かわいいじゃん…
くせのないブロンドで、ぱっちりとした瞳は澄んだライトブルー
33歳にしてはカマトトぶっているが、どこかすっとぼけた愛嬌があってひきつけられる
チャーリーにほのかな好意をいだいているらしく、秘書のくせにジュリアにたいして嫉妬心をあらわにするさまがあいくるしい
「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」では歯の矯正中の看護婦の役ででてたのか…たしかにかわいかったけどチョイ役だし名前まで意識しなかったよ
ちくしょう!
「魔法にかけられて」はみのがした!
でもお姫さまの映画を男ひとりでみにいくわけにもいかないだろ!
どうせまわりはカップルか家族づればかりだろうし
でも恥をしのんでいくべきだった!
おれの女優センサーもにぶってきたのか
ソ連軍が撤退したあともアフガニスタンの混乱はつづき、テロリストがおおくながれこんで9.11の作戦をすすめる基地となってしまった
アメリカ政府は戦闘行為には協力したが、学校や道路の建設といった社会インフラの整備には金をださなかったのが恩をあだでかえされた原因といえる
ちょっとにがい結末だ
だからといってチャーリー・ウィルソンのやったことを批判するのはフェアじゃない
だれが世界が10年後にどうなるか予測できるだろう?
まあそれはともかく、戦争がモチーフなのにみょうに女優がいきいきとしているふしぎな映画でした
うつくしい女性にかこまれながら酒をたのしみ、そして世界をちょっとよくすることができれば、それは最高の人生なのではないだろうか
まあわたしが美女にせっするのは映画館のスクリーンが主なんですが…

瞳とおなじ色のドレスをきたエイミーさんです
やっぱりかわいいなあ
ぼくもいつかこんな秘書をやといたいですね
ちょっと二の腕がりっぱにもみえますが
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岡田武史の詰め将棋

キリンカップ2008 日本-コートジボワール 豊田スタジアム
結果:1-0
得点者:玉田圭司(21分)
[テレビ観戦]
実況は角澤照治、解説はセルジオ越後と松木安太郎
平和なサッカー観戦を妨害する最凶トリオがそろって気分はもりさがるが、われらが電通代表は立ちあがりから精力的に攻撃をしかけた
前線にプレスの網をなげかけ、人数をかけながらショートパスの交換でくずすという岡田/大木体制のめざす理想の絵がえがかれてゆく
右サイドをえぐった長谷部がクロスをあげる
ニアサイドにつめた大久保の裏でフリーになった玉田がすべりこみながら左足できめた
岡田武史はバーレーン戦の無残な結果をうけてチームを改造した
人気はあるがいつも凡ミスばかりの川口がついにはずれ、楢崎が起用された
FKの壁をつくる場面でゴールポストをけりながら指示をどなりあげる
ポジションを死守しようという気合いがかんじられたし、きょうもすばらしい守備をしていた
トゥーリオ、長谷部、松井がひさしぶりに登場、フォワードも高原がはずれてセンターラインが気分一新したことが好影響をあたえたのか、選手たちはみちがえたようによくうごく
それにしても松井大輔にはそろそろ代表に定着してもらわなくてはね
かれはなんてったってボールをもったときの立ち姿がうつくしい
すらりと手足がながく、いいかんじで力のぬけたたたずまい
それでいて無闇にとびこめばかわされそうな緊張感もただよう
雑誌のインタビューなどでもいつも私服のセンスがよく、中田英寿(現職業:旅人)なんかよりよっぽど垢ぬけたフットボーラーだとおもう
そういうガツガツしてなくてお洒落なところが国内での知名度のひくさの原因だろうか
しかし先制点のあとの70分間、われらが電通代表は沈黙した
コートジボワールの監督が今回は選手があつまらなくてBチームだといっていたが、左右にひらいたウイングに起点をつくられてゲームを支配された
しかもコートジボワールは中一日というイジメのような日程で、選手たちもつぶれかけのファミレスの店員のようにへらへらとしてやる気がみられない
ほんとうなら圧倒しなければいけない相手だが電通代表の足はとまり、乳酸がたまった西アフリカのBチームの中途半端な攻撃を指をくわえてながめつづけた
サッカーマガジン6月3日号の本田圭佑のインタビューがなかなかおもしろい
たいした実績はないくせになぜか自信満々で、日本サッカーの欠点をあげつらう
・日本人はマンツーマンがよわい
・オランダはプレスでもマンツーマンだから最初の5分で1対1の力関係ができあがる。ハッタリでもつよくいって相手をびびらせなくてはだめ
・日本は人数をかけてまもるからそういう駆け引きがない
・オランダでは1対1でかてないとプレーできないし、ぎゃくにそこを打開すればチャンスにつながる
・マンツーマンでは自分のマーカーとうごきがリンクするので、それを上まわるためには「縦の推進力」が必要
かれはわかいわりに自分の言葉ではなせる選手で、説得力があるとおもう
どうやら岡田武史は「人数をかける」サッカーが唯一の選択肢だとおもっているらしい
「人数をかけて」ボールをうばい、せまいエリアで「人数をかけた」パス交換で敵を翻弄する
消耗したBチーム相手なら、その構想も最初の20分間だけ通用するだろう
しかしサッカーは11対11でやるスポーツだ
いずれはマンツーマンでつかまり、1対1のあらそいで後手をふむことになる
岡田は選手起用でも個人への配慮がたりない
前任者のまねをして阿部や今野などをCBでつかったら本職の坪井が怒って代表を引退した
童顔で実力はまだまだの内田篤人に左サイドにおいやられた加地もきれてしまった
「おれは将棋の駒じゃねーんだよ!」ってとこか
岡田のださい青フレームの眼鏡がくもっていたのは雨のせいだけではないだろう
こんな低調な親善試合でバカみたいに声をからす角澤の声をききながらむなしくテレビをけす
上の松井の写真は代表とは関係ないが、まあ口なおしとおもってながめてください
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食いにげランチタイム―スティグリッツ「世界を不幸にするアメリカの戦争経済」

3兆ドルの戦争 イラク紛争のほんとうのコスト
[世界を不幸にするアメリカの戦争経済 イラク戦費3兆ドルの衝撃]
原題:Three Trillion Dollar War: The True Cost of the Iraq Conflict
(ジョセフ・E・スティグリッツ リンダ・ビルムズ 著/楡井 浩一 訳/2008年/徳間書店)
スティグリッツ先生は御年65歳
ノーベル賞をうけた経済学者で、クリントン政権に参加するなど実務でも活躍した
位人臣をきわめているはずなのだが、頭がよすぎるせいか発言はつねに政治的に過激かつ嫌味なほど論理的で、耳をかたむける価値がある
経済音痴のおれにとってはありがたい存在だ
本書でも第1章の冒頭から容赦ない
「衝撃と畏怖」作戦のテレビ報道をながめながらイラクのゆくすえを案じるのだが、
サダム・フセインの軍隊がまたたくまに壊滅したことはべつに意外ではなかった
アメリカは他の世界諸国の軍事費をすべてあわせたほどの軍事費をかけているのだ
当時のイラクの経済規模はアメリカの1パーセント未満
イランとの戦争で数十万人の国民を、湾岸戦争では75000~105000人の兵士をうしない、10年間の経済制裁を経験した
もしアメリカがイラク軍を即座に圧倒できなかったとしたら、それこそ衝撃的だっただろう
自国のたたかいにたいしてこんなに淡々とせっすることができるものなのだろうか
こういうおかしな人たちがいるからあの国はおもしろい
戦争という気がおもくなる題材でも顔色ひとつかえず、外科医のような手さばきで患部をえぐる
著者たちの主張は単純で、「ただのランチはない」ということ
ブッシュ政権がどれだけじょうずにごまかしても、いずれは国民が昼食代をはらわねばならない
人命を、国家の安全保障をドルに換算することはある意味不遜だといえるが、そんなことを気にやむ先生ではありません
「イラク戦争は石油利権が目あてだった」という通説があっさり否定される
石油をやすく手に入れ、それで自国が発展するならまだましだったのだ
イラク国民やアメリカ兵のくるしみはかんがえないとして
しかし戦争は原油価格高騰をひきおこし、アメリカ経済をいためつけた
そもそもブッシュ政権に合理的な戦略など存在しないのだ
2003年4月のテレビインタビューで、国際開発庁長官のナツィオスはイラクを17億ドルで再建できると主張した
本書の著者たちはこまかい調査の結果、イラク戦争の経済的なコストを3兆ドルとみつもる
すでにベトナム戦争や朝鮮戦争にかかった額をうわまわっている
過去にそれをこえたのは第二次世界大戦だけ
砂漠の砂と熱は通常の6~10倍のはやさで装備をこわし、車高のひくいハンヴィーをねらったしかけ爆弾にたえられる設計のMRAP装甲車があたらしく18000台投入された
イラクのあちこちに設置されている爆弾は脳損傷の被害をふやし、敵と味方がわからないゲリラ戦術や自爆テロの恐怖は兵士たちのこころをむしばみ、PTSDが急増した
納税者は67000人の負傷者の医療費を負担しつづけなければならない
州兵や予備役に過度に依存したことが原因で国内の治安が低下し、ハリケーン・カトリーナの被害はさらにひろがった
だれものぞまないたたかいの兵力不足をおぎなうため、民間の請負兵の使用がふえていることもよくしられている
しかし高給(およそ10倍)の請負兵はさらなるコスト増をまねく
そして軍は民間との競争にまきこまれ、精鋭の人材を軍事警備会社にうばわれる
民間人がくわわることにより指揮系統は混乱し、イラク人にたいする残虐行為など倫理的な問題が続出
雪だるまをころがすように出費はかさんでゆく
100円ショップにいったらあれもこれも買いたくなるようなものだろうか
いつものように卑近なたとえでもうしわけないが
昼食のあとブッシュとそのとりまきたちは食いにげをたくらむが、そのタイミングがむずかしい
こういうのを「関与漸増のリスク」というとか
理性的な意思決定をおこなうには「過去は水にながせ」の態度でのぞまなくてはならないが、おおきな組織は過去にひきずられる傾向がつよく、おもいきった損切りができない
アメリカの信用が失墜する、犠牲者の死がむだになる、イラクには借りがある…など言いわけはいくらでもついてくる
ようするに「負けをみとめるわけにはいかない」ということだ
事態打開のためのいちばん現実的で有力な糸口は、「ベンチマーク戦略」とよばれるもの
石油収入の分配や警察機構の創設などいくつかの基準をもうけて、基準が達成されなければ軍をひきあげるとイラク政府におどしをかける
しかしスティグリッツらは、明快な基準があればイラク人たちのあいだにつよいインセンティブがはたらくという前提を疑問視する
イラク政府と国民は理性的な単一体ではないのだから、基準達成をのぞまない反対勢力にたして負のインセンティブがはたらき、引きのばし戦術でそれを妨害するにちがいない
たしかに正論だ
イラクを解放し民主主義の砦をきずき、新政府にイスラエルとの平和協定を締結させるというのが理想的なシナリオだった
現実の中東はヒズボラ、ハマス、ムスリム同胞団などイスラム過激派の人気が上昇をつづける始末
食いにげをしたいなら入念に観察してにげやすそうな店をえらぶべきだ
それができないバカだから無意味な戦争をおこすのだともいえるが
いまのアメリカ人にとって戦争とはお気軽なランチタイムだ
軍隊は志願兵と請負兵で構成され、戦費は借金でまかなう
からだもこころも財布もいたまない
スティグリッツらは戦争を継続するための財政コストは増税によって調達し、安易に負担を次世代に先おくりするべきではないと主張する
これまた筋がとおっている
3兆ドルはたしかに莫大な金額だが、それでアメリカ合衆国が破産することはない
だいじなのは自分の昼食代は自分でしはらうべきという現実感覚だ
憲法をねじまげてまで軍をイラクにおくった国にすんでいるおれにも、原油高による物価上昇というつけがまわり、ハンバーガーもたべづらくなった
うしなわれた人命はかえらないが、報いはなんらかのかたちでかならずおとずれる
翻訳は「文明崩壊」などを訳した楡井浩一でけっこうよみやすかった
いぜんスティグリッツの訳は鈴木主税が担当していて、それはまったくひどいものだったよ…
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テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済
観葉植物のまわりで ― オノ・ナツメ「リストランテ・パラディーゾ」

リストランテ・パラディーゾ
オノ・ナツメ
(2006年/大田出版)
ところはイタリア
カタカナの人名ばかりでてきてとまどってしまう
ヒロインは、家族の事情をかかえて上京した21歳のニコレッタ
上京ってのは東京じゃなくてローマにでることですよ
いうまでもなく
母・オルガのあたらしい旦那が所有するリストランテが物語の舞台
味もサービスもよいが、オルガの趣味でスタッフ全員に老眼鏡を着用させるという奇怪な店だ
「眼鏡」じゃなくて「老眼鏡」というのが作者のこだわりらしい
凹レンズと凸レンズでどれほどのちがいがあるのかおれにはよくわからない
母娘の確執というのも、母親が再婚するさいに「子持ちの相手はいやだ」という相手の趣味にあわせてニコレッタの存在をかくしたのが原因
う~ん、けっこうくるしい設定じゃないですかね
オルガは評判の弁護士でありながら、恋にいきる女でもあるちょっとしたスーパーウーマン
かっこよくて女らしくてチャーミングなキャラクターだ
それはよいのだけれど、上流階級の人間が結婚暦もこどもがいることもかくして、べつのあたらしい家庭をつくりあげるなんて現実ばなれしているとおもう
しかしオノ・ナツメの絵のもつ表現力はすばらしい
全編イタリアのはなしだが、違和感なく現代日本漫画のスタイルにとけこんでいる
まあ日本人がイタリア料理をつくるようなもので、べつにおかしなことではないかもしれない
目や顔の輪郭の描きかたに特徴があり、手足もひょろひょろとながく爬虫類的な印象
おこると口もとが「へ」の字やひくい二等辺三角形になり、わらうとおおきな三日月になる
いまふうのよくある絵柄かもしれないが、こまかな表情のうごきをながめるのがたのしい
コマごとの構図もきまっていて、どうみても並大抵の実力ではない
そして、ニコレッタはリストランテのカメリエーレ長であるクラウディオに恋をする
やさしげな物腰の50歳くらいの男だが、わかい娘から好意をよせられて当惑するさまがほほえましい
すったもんだがありつつも、かの女も店ではたらくことに
リストランテをめぐる群像のそれぞれの挿話がからまりながら、全6話の物語が収束してゆく
とくに最後のパーティの場面
オルガが娘をみつめるときの、泣き顔でもなく笑顔でもない複雑な表情にこころがうごかされる
それにしてもこのリストランテ
おいしい料理とすてきな紳士をそろえて、女性客にとっては食欲も色欲もみたせる夢のような店だ
ニコレッタが熱をあげるクラウディオはイタリア男だが、「チョイワル」どころかニコレッタがおしたおしてもなびくそぶりをみせない堅物
攻撃的で目あてのえものをうばいとる生きものではなく、ただそこにたたずんで日光と水と空気をすいこむだけの存在のようだ
老眼鏡からとおい眼をして女性にせっするたたずまいに、ますますはまっていくニコレッタ
凸レンズをとおしたような屈折した恋愛感情が物語に陰影をなげかける
でもわかい女性はだまされちゃだめだよ
いくつだろうとそんな植物みたいな男はいないよ
いたとしてもそれはカモフラージュで、内面はもっとあれやこれやがうずまいている
ま、それもふくめてすきなんだったらなにもいわないけどさ
おなじ作者の「Not Simple」もよんでみたが、こちらは題名どおりの少々ひねりすぎなプロットの作品だった
おれが「パラディーゾ」を気にいったのは、母と娘の関係に焦点をあてたシンプルな筋書きだから
まっすぐな瞳とおおきな口でにこにこわらうニコレッタにひかれる
クラウディオにひかれつつも不倫がいやで距離をおいていたのが、結婚指輪が擬態であることをしるや、その足でかれをむりやり部屋につれこんで
母親の邪魔がはいって未遂におわるが(残念)
母オルガもすきだなあ
親の立場からしたら同世代の人にしときなさいって云うべき所だけど
同じ女として恋愛に歳は関係ないって云いたいわ
日本女性ならフィクションでもなかなか口にだせそうにないかっこいいセリフ
娘ってのは周回おくれのランナーで、仕事のスキルも恋の経験も母親にはとうていかなわない
それでもじゃじゃ馬むすめは全速力でかけぬけてゆく
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不良中年の国際問題 ― 「ハンティング・パーティ」をみて

ハンティング・パーティ
The Hunting Party
出演者:リチャード・ギア テレンス・ハワード ジェシー・アイゼンバーグ
監督:リチャード・シェパード
(2007年/アメリカ/107分)
[新宿武蔵野館で鑑賞]
上の写真は、リチャード・ギアが去年インドでエイズ撲滅キャンペーンに参加したときに、インド人の女優シルパ・シェティにたいしておこなったパフォーマンス
なんでも当地では公衆の面前でキスをすることは公然わいせつ罪にあたるそうで、
わざわざ逮捕状って…慈善事業でのハプニングなんだから大目にみてやればいいのに…
文化のちがいというよりは、率直にいってインド人男性の嫉妬が原因でしょう
おれだって街できれいな女性が外人さんといっしょにいるのをみれば、「なんだあの野郎」っておもうもの
まあ「逮捕しろ!」とまで飛躍はしませんが…
でも写真をみるとシェティさんだってまんざらでもなさそうですよ
リチャードは仏教徒ということもあり、ダライ・ラマ14世を熱心に支援するなど立派な人物だとおもうが、58歳にもなってこういう馬鹿をするところがおもしろい
おっと映画の話でしたね
おちぶれたジャーナリスト役のリチャードが、内戦後のボスニア・ヘルツェゴビナで軍や警察の力をかりずに凶悪な戦争犯罪人をつかまえようと、記者仲間三人で危険地帯をウロウロする珍道中
ボスニア内戦をあつかった映画はなぜか名作がおおい
孤児たちをすくうためにジャーナリストが奮闘する「ウェルカム・トゥ・サラエボ」や、ブラックユーモアがきいた「ノーマンズランド」などはわすれがたい
国家・民族・文化などが複雑にいりくんだ土地の紛争で、ある意味で現代の世界の縮図のようなリアリティがあるのかもしれない
そして本作もそんな名作群に仲間いりすることになるだろう
現地での撮影にこだわった作品で、弾痕で蜂の巣のようになった壁、あれはてたスキー場(サラエボオリンピックの会場だった)、さびれた村落など、なまなましい風景がつづく
セットも使用しているとはおもうが、それがリアルにみえるのもロケ撮影の場面があってこそなのだ
監督のリチャード・シェパードはまだ40歳らしいが、主人公たちのドタバタしたやりとりもたのしく、テンポよく作品をまとめている
内戦だの戦争犯罪人だの一見あらっぽい話だが、回想シーンでリチャードの悲恋をからめてロマンスの要素をもりこむなど、にぎやかで気前のよい映画だ
映画はカメラマン役のテレンス・ハワードの視点を軸にしてすすむ
かつてのパートナーだったリチャードは生放送中に放送禁止用語を連発してクビになるが、常識人のテレンスは局にのこって順調に出世
おれのすきな「フォー・ブラザーズ」にもでていた役者で、じょうずにツッコミ役をこなしている
ジェシー・アイゼンバーグは副社長の息子でコネ入社の新人を演じる
なにかとハーバード大卒の学歴を鼻にかける姿がおかしい
本作のリチャードはどっしりとかまえるというより、いたずらっ子のような表情をみせることがおおい
平気で嘘をつくし、金にこまっているので物をぬすんだり無銭飲食をしたり
変人ともいえるし、世界中の戦場をいきのびたジャーナリストならではのしぶとさともいえる
国際紛争や戦争犯罪についてもかんがえさせられる作品だが、結末にいたるながれがやや中途半端で消化不良の印象
撮影の最後のほうでスケジュールや資金がつきてしまったのかもしれない
でもまあこんな危険な題材で一本撮っただけでもえらいとおもう
ハリウッド映画といえばド派手なCGと頭のわるそうなセレブがでてるのが売りで、宣伝だけがじょうずなムダ金づかいの典型というイメージがあり、たしかにそれもある面で事実ではある
しかしその一方で、ボスニアが舞台のハリウッド映画なんてものも存在する
お気にいりの女優に目のまえでいちゃつかれて、エイズ問題そっちのけで逆上したインド人男性たちも、過去のことはわすれてリチャードの不良中年ぶりをたのしんでもらいたいな
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トマトジュースをのみほした天使 ― 遠藤保仁をたたえる

J1 第13節 浦和-G大阪 埼玉スタジアム2002
結果:2-3
得点者:梅崎(53分) エジミウソン(79分)/中澤(17分) 山崎(44分) 遠藤(68分)
[テレビ観戦]
浦和の試合をみるのは7節の大宮戦以来だ
ホームで大宮と引きわけた対戦で、それはひどいチーム状況だった
指揮官が更迭され兵隊たちは戦略目標をうしない、どちらのゴールにむかってボールをけったらいいのかもわかっていなさそうな有り様
そのときかれらが上昇気流をつかむための好材料はなにもみあたらなかったが、浦和はいつのまにか勝ち点をつみかさねて首位にたっていた
いつものことだがサッカーはわからない
きょうの浦和も攻守ともに活発なうごきをみせていた
阿部・堀之内・堤のディフェンスラインは安定感をまし、中盤にかまえるトゥーリオと細貝が前線に顔をだしながら攻撃のリズムをつくっていた
エジミウソンがボールをもつと威圧感がかんじられ、左翼の相馬は勇敢に俊足をはたらかせていた
高原の貢献度がひくいのが残念だが、全体としてみるなら許容範囲内といえるだろう
かれは2トップでないと持ち味がだせないタイプなのだ…
エンゲルス監督はおなじ素材で、前任者とはことなるメニューをふるまっている
いたんだトマトをつぶしてジュースをつくったら新鮮な味になったようなものか
絶対的な中心である遠藤保仁をはずした大阪はずっと受け身にまわっていたのだが、コーナーキックからのながれで17分に中澤がヘディングで先制
ヘディングのつよいかれを自由にさせるなんてどうかしてる
最悪なのは44分の山崎の追加点
阿部とバレーがボールをおいながら左コーナーフラッグちかくにはしる
ボールがでたあと、浦和守備陣はスローインの権利を主張
しかし主審は大阪ボールと判定をくだす
すばやいスローインからつないで、山崎があっさりと得点した
スロー再生でみると阿部はボールにさわっていないので、浦和の選手たちのうったえは正当だ
しかしリアルタイムではおれもボールが阿部にあたってからでたようにみえた
副審がいないサイドだったこともかんがえれば、誤審のリスクをかんがえずに警戒をおこたった浦和はあさはかだったといわざるをえない
おいしいトマトジュースもよくあじわえば中身に問題があることがわかる
さて後半戦
左45度から梅崎がペナルティエリアに侵入をはかる
FKを獲得し、当人がそれを右すみにつきさした
これで1-2
血気さかんなプレーをする梅崎(本日2点にからむ)を浦和はもっと活用せねばなるまい
59分、ベンチでのんびりやすんでいた天使が降臨
もちろん遠藤保仁のことだ
問題の判定もあり両チームの顔色は不穏だが、そういう心理的風圧にまるで影響されそうにないのがかれの魅力
長短のパスでたくみにボールをちらしながら交通整理をおこなう
68分、ペナルティエリアの前にちいさな空白があき、そこでひとりぼっちの遠藤とボールがであった
完璧なミドルシュート
それはたった9分間でうまれた奇跡だ
世界でもごくかぎられた数の人間だけが、きまぐれなサッカーの女神を手なずけることができる
だれもしらないレシピをつかって
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ブリストルのエレベーター ― Mark Stewart "Edit"

Mark Stewart
Edit
(2008年/イギリス)
国内版の解説は予想どおり大鷹俊一で、この人のレビューに蛇足をつけたしても無意味におもえる
おれのかずすくない尊敬する人物のひとりなのだ
でも書くけどさ
かれは冒頭でスリッツのアリ・アップの発言を引用している
マークはオリジナルのパンク・スピリットをもった人よ
パンクといえばジョニー・ロットンがイメージされるんだろうけど、かれよりもマークのほうがパンクな存在よ
マーク・スチュワートはパンクの嵐がふきあれる1978年、ブリストルでザ・ポップ・グループを結成しボーカルと歌詞を担当した
フリージャズやダブが渾然となったはげしい音楽に政治的な歌詞をのせるというスタイルで、売り上げはともかく、あとにつづくミュージシャンへの影響がおおきいバンドだった
その後マークはソロで活動し、骨太な音楽性と過激なメッセージはすこしもかわらずにいまにいたる
そして本作は13年ぶりのアルバム
イントロのあと最初の曲である"Rise Again"がはじまる
うねるベースラインとねっとりとしたギターのカッティングがせまるファンクだ
とはいえ単なるイケイケではなくて、群集を扇動しようとたくらむ革命家の計算もかんじられる
マークの音楽はひたすらおもくしずみこむようなものがおおくて個人的にはすきではなかったのだが、このアルバムは聞き手をあおりたてるようないきおいがあっていい
6曲目の"Secret Suburbia"も破壊力がある
サミア・ファラのうつくしい歌声とモーグ・シンセサイザーのひびきがからみあいながら、こぎれいな郊外の退廃した風景を撃つ
7曲目からはB面的なながれ
ノイズの暗雲がたちこめる"Almost Human"から最後まで、たるみなくつながる
アリ・アップがボーカルでくわわった"Mr. You're A Better Man Than I"は、なんとヤードバーズのカバー
歌詞に共感してえらんだらしい
最後の"Secret Outro"は"Secret Suburbia"のアウトテイク的な曲で、70年代ディスコ風のトラックの上でモーグが5分21秒間、野放図にうたいあげる
じつにきもちよい曲で、いちばんすきかもしれない
ブリストルの後輩であるポーティスヘッドのあたらしいアルバムは地獄よりもさらにふかい底をめざす陰鬱な傑作だったが、ぎゃくに30年選手のマークはこれまでになく開放的な作品をつくった
だれにたのまれたわけでもなく「なにものか」とたたかいつづける音楽ゲリラは、このさき30年間も過激でありつづけるのだろう
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佃煮にもできないやから ― W・G・ザイフェルト「もの言う株主」

もの言う株主 ヘッジファンドが会社にやってきた!
Invasion der Heuschrecken
(ヴェルナー・G・ザイフェルト ハンス・ヨアヒム・フォート 著/北村園子 訳/2008年/講談社)
著者は1949年うまれのスイス人で、1993年から12年間ドイツ取引所のCEOをつとめた人物
はずかしながら名前すら知らない企業だったが、ザイフェルトは低迷していた同社をヨーロッパを代表する証券取引所となるまで成長させたと自賛している
経済人が書いた本は自慢話と身内ぼめに終始するゴミであるのがふつうだが、本書はすこしおもむきがちがう
ザイフェルトは、敵対的なイギリスのヘッジファンドによってその座を追いおとされた男
本書はいわば負け犬の遠吠えで、だからこそ内容に真実味がある
まあビジネスマンというのは迷信ぶかい人種で、成功したビジネスマンが書いたご利益のありそうな本しかよみたがらないものだけど…
発展をつづけたドイツ取引所は、ヨーロッパ株式市場の主導権をにぎり、それをさらに合理化しようという企図をもって、ロンドン証券取引所(LSE)を買収する計画をたてた
この野望が、グローバル市場の貪欲なイナゴ、アングロ・サクソン世界の門番たちをおこらせた
かれらヘッジファンドの仕事ぶりというものは、それはもうすさまじいものだ
物語の敵役として登場するのが、TCIというヘッジファンドをひきいるクリス・ホーン
最近も日本市場をあらしまわっているイナゴだ
40歳手前の億万長者だが洋服や自動車の趣味はそれほど贅沢ではなく、競争に勝つことしかかんがえていない人物だと描写されている
TCIはドイツ取引所の株式をわずか1.8%しか所有しておらず、最大株主ですらなかったが、腹をすかせたイナゴたちはそんな些細なことを気にはしない
あやしげな根拠でLSE買収は企業価値をそこなうと主張し、株主の当然の権利として計画の撤回、ひいては取締役の辞任を要求する
かれらはもともとパリの証券取引所の株も所有していて、買収が成功して自分たちの資金がうしなわれることをおそれたらしい
もちろんドイツ取引所の他の株主にとってはそのような事情はいっさい関係ない
取締役はみずからの株価をたかめることだけに専念してくれればよいのだから
これは株主主権論が、ときに資本主義の原則と矛盾することをしめす典型例といえる
これまでは企業と長期的な関係をむすびたい株主だけが、企業政策に影響をあたえてきた
しかしいまはそんな書生論が通用する時代ではない
ものいう株主たちは、影にかくれたロビー活動、脅迫、マスコミをつかったネガティブ・キャンペーンによって経営陣を交代させ、大規模な配当を自分たちのふところにいれる
そして目的をたっしたあとは、あわただしく株を売却してさっていく
著者はTCIがほかのファンドと違法な共同歩調をとっていたともうったえる
これもまったくありそうなことだ
最後まで妥協案をさぐっていたザイフェルトだったが、民主的な投票をおそれるTCIの脅迫に監査役会が屈服したため、定期株主総会の二週間前に辞任を発表することになった
本書のなかばで、アングロ・サクソンの衛兵たちの顔役である超大物があらわれる
ロスチャイルド一族の直系の子孫であるジェイコブだ
ただしかれは紋切り型の陰謀説の書物でえがかれるようなモンスターではなく、教養があり良識的なビジネスマンとしてふるまう
かえってそれが不気味におもえるのだが
かれのファンドはTCIと密接なつながりがある
ザイフェルトとの会合ではいかにも中立的にふるまっていたそうだが、じつになんともきな臭い
ロスチャイルド家は、ドイツ資本がロンドン金融の中枢に手をのばしたことにはげしく反発し、手兵のホーンをけしかけたのだろうと推測できる
おおこわいこわい
米英の巨大資本というのは冷酷非情なもので、グローバル資本主義の時代にあってその猛威はますます荒れくるってゆくのだろう
とはいえ今回の事件は、国境をこえた金の奔流が自分たちの足もとを掘りくずそうとしたわけで、砂上の楼閣をまもるのも多難な道のりなのかもしれない
わが国のサラリーマン経営者たちは、ドイツ取引所とにた状況におちいった場合に、安易に監督官庁の保護をもとめる傾向があるのではないだろうか
しかし敗軍の将であるザイフェルトはそんな誘惑をしりぞける
政府は日常のビジネスの具体的な案件に口をだすべきではないし、そもそもかれらはそれを適切に解決する能力をもたない
そして政治家は立法に腐心するべきだと
黒船におびえて護送船団をくんでしまえば、市場は効率性をうしなって結局は国際的な競争から脱落してしまうということだ
じつに節度ある発言だとおもう
こんな独立不羈の精神さえあれば、大陸ヨーロッパがイナゴにくいつくされて荒れ野になることはないはずだ
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テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済
予告編につづいてCMの上映がはじまります ― 「大いなる陰謀」をみて

大いなる陰謀
Lions for Lambs
出演:ロバート・レッドフォード メリル・ストリープ トム・クルーズ
監督:ロバート・レッドフォード
(2007年/アメリカ/92分)
[京成ローザ10にて鑑賞]
なんだかへんな映画だな…なんだこの違和感は…
シネコンをでて千葉駅へむかうおれの頭のなかで疑問符がうずまく
いいたいことが見あたらない映画なら掃いてすてるほどあるが、いいたいことがたくさんありそうなのにそれがなにかわからない映画というのはめずらしい
しかしおれは帰りの電車のなかで謎をときあかしたよ
脚本はマシュー・マイケル・カーナハン
サウジアラビアのテロリストという無駄におもい題材をあつかった「キングダム/見えざる敵」も担当している
しかしまあインテリぶった脚本だこと!
上院議員のトム・クルーズとベテランのジャーナリストのメリル・ストリープが、たがいに職務上のかけひきをしながら、20世紀以降のアメリカ外交・軍事史にかんする議論をくりひろげるのが見どころ
「十二人の怒れる男」みたいなディベート映画といえるが、こちらはもっとエリート臭が鼻につく
本作のトム・クルーズの役どころは、ハーバード大卒で陸軍士官学校も首席で卒業し、陸軍で活躍したあと政界に転じて上院議員となった共和党のわかき旗手ということらしい
ぷっと吹きだしそうになるほど嘘くさい役
冷戦後の世界情勢、アメリカ外交における介入主義と孤立主義の相克、アメリカ議会と大統領府の関係…などなどの知識は観客がとうぜん知っているものと前提して、トムとメリルが口角あわをとばしながら論争をつづける
日本で上映する意味はあるのか?という疑念をぐっとのみこみつつ字幕をおいかけよう
そのうえ三本の話の筋が同時進行するという複雑さ!
プロット1→上院議員vsジャーナリストの議論
プロット2→大学教授(レッドフォード)vs無気力学生の議論
プロット3→志願してアフガンに参戦した兵士のたたかいと、回想シーンでの議論
なんだか議論ばっかりだなあ
プロット3の兵士はレッドフォードの教え子でもあり、かれらをアフガンに派遣させたのがトムが立案した作戦で…って、お~い、みなさんついてこれてますか?
ぼくだってがんばってわかりやすいようにあらすじをまとめてるんです
文句は脚本家にいってくださいね
普通ならいねむり必至の台本と、必要以上に豪華なキャスティングの途方もないミスマッチ感覚
メイド喫茶にいったら叶姉妹がでてきてびっくり、みたいなノリです
でも映画じたいはよくできている
さすがはこの道46年のレッドフォード、かわった食材でもたくみにさばいてみせる
室内劇が中心だが、小道具をたくみに配してアクセントをつける
冒頭、大学の寮(?)のテレビの上にはWiiとXbox360がおかれている
これがソニーピクチャーズだったら、販売シェアを無視してPS3をうつさせてリアリティを犠牲にする
PS3はアメリカでもぜんぜんうれていないのに、映画では登場頻度が異様にたかい
書類とか、コーヒーとか、トムが議論であつくなってスーツの上着をぬぐところとかをうつしながら、作品のリズムを組みたてている
ただ上院議員トムのスーツは三つぞろえで微妙にださかった
「コラテラル」では香港で仕立てた(という設定の)グレーのスーツでかっこよかったなあ
そして役者たちの演技も白熱している
おれは「レインマン」以降、トムさんの映画をリアルタイムでみていて、かれの姿をみるとじぶんの兄かなにかのような気分がして客観的になれないが、好演だといえるだろう
カメラのとなりにレッドフォードがたっていれば、だれだって「ちょ、サンダンス・キッドがみてるよ…やべーなにいわれるんだろ」と身がひきしまるにちがいない
ただベテラン三人がみんなレッドフォードにみえるのがちょっとおかしい
自信満々で上手なんだけど、どこか余裕がなくて愛嬌がたりない
若手ではマイケル・ペーニャがきわだっていた
ちょっと舌たらずな発声をする、母性本能をくすぐるかんじのおもしろい役者だ
まあぼくは男なので母性はありませんが…
この作品のレビューをみていると、「民主党支持のレッドフォードがブッシュ政権を批判して云々」「大統領選挙シーズンにあわせたプロパガンダが云々」みたいな大真面目な意見がおおい
ちっちっ…わかってないねみなさん
ロバート・レッドフォードですよ?
「追憶」じゃバーブラ・ストライサンドと寝たあとで、かの女に「これは夢じゃないか」といわせたほどの男ですよ?
サンダンス・キッドがわざわざ民主党なんかを応援するために映画をつくるわけないでしょ
レッドフォード氏は社会正義にすら本気で関心があるかどうか微妙です
アフガンでの戦闘シーンが奇妙なくらい手ぬきだったことからもわかります
かれは前線で苦労する兵隊さんたちのことなど眼中にありません
レッドフォードが関心をよせるのはレッドフォード自身です
トップスターのトムに超エリートを演じさせておきつつ、それに女優のなかの女優、ロバート・デ・ニーロすらおそれるというメリルを真正面からぶつけてさんざんにいたぶりながら、自分はそれを高みからにやにやと見物する
最後も案の定おいしいところだけをもっていきました
やっぱりいまでも一番いけてるのはおれだよな!
なあ、きみたちもそうおもうだろ?
レッドフォードがレッドフォードを宣伝するプロパガンダ、それが「大いなる陰謀」です
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淀川隆博が売りのこしたもの

J1 第12節 千葉-京都
結果:1-0
得点者:工藤浩平(68分)
[フクアリにて観戦]
千葉市からタダ券を手にいれた父親にさそわれて、おれは京葉線で蘇我駅にむかった
下位どうしの試合でうれしいかぎりですお父さん
二週間前とおなじく雨…しかも気温は前日比マイナス10度…
ようやく体調不良からたちなおったのに…
なれない路線で乗りつぎをまちがえ、父を30分またせるはめに
なんとも幸先がわるい
おくれてはいった自由席でなんとか空席をみつけた
千葉は4月25日づけで淀川隆博が代表取締役社長を退任している
本人は留任する意欲をみせていたため、成績不振による事実上の解任とみるむきもある
いずれにせよヨドガワはしっぽをまいてにげだした
ヨドガワ氏はそのけだかい博愛精神でしられた経営者だ
2004年の就任以来、茶野、村井、阿部、坂本(のちに復帰)などを他チームにこころよく献上した
07年オフには水野、羽生、山岸、佐藤、水本の主力5人を放出
みずからの利益を度外視したすばらしい慈善事業だ
もちろん06年にイビチャ・オシムを電通代表にささげたこともわすれるわけにはいかない
ヨドガワが早稲田-古河電工からなる閥にぞくしていることが関係してるとか
ジェフの資産をすべてつかいはたしたあと、ヨドガワは満足げにクラブをさった
すばらしいアリーナにかつてのクラブの残骸だけをのこして
選手を放出することはけっしてわるいことではない
代表監督時代のオシムは千葉の選手を重用していたため、かれらの商品価値は去年がピークで売りどきだったともいえる
しかしかわりに加入したのは代表クラスどころか、前所属クラブでも二軍の連中ばかり
いったいこの顔ぶれにどんなサッカーをやらせるつもりだったのだろうか
11節時点で勝ち点はわずかに2
当然のように監督のクゼが解任された
しかし世界で一番優秀なコーチがやっていてもおなじ結果になっていただろう
そんな状況でいどんだのが第12節の京都戦
もはやあらゆる悪条件は出つくしたともいえ、底値からの反発がみれるかもしれないし、さらなる地獄が千葉をまっているのかもしれない
登録が間にあわなかった新監督にかわり、澤入コーチが指揮をとった
中盤に斎藤大輔を起用したところに新味があるが、それでなにかが劇的にかわるはずもない
攻撃はまったく停滞していた
FWにボールがおさまらず、それをサポートすべき谷澤と工藤はミスを連発した
とはいえ京都のサッカーもまけずおとらずおそまつなもの
田原、柳沢、林の三人のFWをえらんでいたが、とく林にあたえた任務が風がわりだった
守備時には中盤にもどらせ下村などをチェックさせ、攻撃時は前線にならんで裏をねらわせる
体の大きい田原が、わりこまれて左サイドにひらくことがおおかった
千葉の屈強なDF・ボスナーとの距離をはなす目的があったらしい
ずいぶん手のこんだ段どりで、こんなのはホワイトボードの上でだけ通用する計略だ
インテリのヒゲ監督は策をもてあそぶ傾向がある
手負いの犬にとどめをさすのに精巧な罠をしかける必要などあるわけないのに
68分、鈍重な印象のレイナウドのシュートがポストにあたり、それまでミスしかしていなかった工藤がそれをながしこんだ
工藤はそこにいた
結局のところ、サッカーは「そこ」にいればよいのだ
黄色い衣裳の観客たちは、檻からときはなたれた獣のように絶叫した
黒のコートをきたおれが居心地わるくかんじるほど
試合がおわるまで、かれらの歌声はやまなかった
チームの使命をうけつぐべき選手と監督はさっていった
責任をおっているはずの経営者はこそ泥のようにその姿をけした
しかし声をからしてうたうひとびとは「そこ」にとどまった
荒廃したチームの戦術のなかで選手たちはその後も失策をくりかえす
それでも黄色いユニフォームの11人はボールにくらいつくのをやめなかった
おれはいわゆる「サポーター文化」がすきではない
なぜかれらはわがもの顔でゴール裏を占拠しているのだろう
部活動的なお祭りさわぎもきらいだ
声をだせば勝てるなんて本気でおもっているのか
歓声だけで勝てるなら、クラブ経営者はいくらでもサクラをやとうはずだが
さわいでたのしみたいだけならカラオケにでもいってほしい
でも、チームと観客席のこころがひとつになる瞬間というのはたしかにある
おれの前の席で、親子三人づれできているちんまりとした少女が印象的だった
野次をとばす男にびくついたりしながら、小声でまわりにあわせてうたう
その歌は選手たちにどどきはしないが、無意味だなんてだれにもいえない
そんなひかえめだけれど力づよい「声」がサッカーの本質だとおれはおもう
ヨドガワはもうスタジアムには足をはこんでいないだろうか
でも、ぜひ自分の目で確認してほしい
かれはクラブのほとんどすべてをうばったが、いちばん大切なものはまだ倉庫にのこっている
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大久保利通は紅茶にレモンをえらんだ

一月半まえくらいから司馬遼太郎の「翔ぶが如く」を再読していて、ちょうど半分の5巻をよみおえた
ほかの本と並行してゆるゆるとよみすすめているわけだが、タイトルがいんちきな長編で、空をかけるどころか地をはうミミズのように物語がすすむ
司馬は瑣末なできごとをひろいあげながら明治初期の政治状況を素描し、全体として薩摩士族たちのほこりたかい生きざまがうかびあがってくる
これだけさりげない香気をたたえた小説というのもそうはない
5巻は明治7年の台湾出兵の話が中心になる
前年の政変では征韓論をめぐって西郷、板垣、江藤などの政府首脳が職を辞している
西郷隆盛を朝鮮に大使として派遣することに反対した大久保利通は、結果的に独裁権力をにぎった
しかし廃藩置県などが原因で経済的に困窮する士族の不満は全国にみちており、それをなだめる目的で大久保は前年の主張とはあきらかに矛盾する行動をおこした
それが台湾出兵だ
その是非はともかく、大久保の清国政府にたいするねばりづよい交渉が印象にのこった
当時の日本政府は清とあいだに琉球の帰属をめぐる政治問題をかかえていたが、明治4年の琉球人の遭難事件は複雑な事情ゆえ解決することなく放置された
大久保を中心とする当局は、士族たちのあいだの反政府気分をやわらげるため「だけ」に三年前の問題をむしかえそうとする
そもそもが征韓論とおなじかそれ以上に無謀な出兵計画であり、その折衝は困難をきわめた
日本は出兵に際して清に通達をせず、清に権益をもつ列強にたいしても根まわしをしなかった
清の保護者(支配者)をもって任じる大英帝国はとうぜん激怒
しかしみずからの縄ばりをまもるためには面子がどうこうもいっておられず、イギリス公使ウェードの斡旋で和議の舞台がもうけられ、大久保は清国政府との交渉のテーブルにつくために全権弁理大臣として北京におもむいた
ウェードは大久保を応接室にむかえながら、給仕人に紅茶をださせる
公使自身が「レモンがよろしいか、それともミルクにしなさるか」とたずねた
大久保はひくくレモン、とこたえる
かれは紅茶などこのまないからどちらでもよいのだ
しかしこんな会話の記録がのこってるとはおもえないから、司馬の創作だろうか
緊迫する場面にいかにもありそうなエピソードをしのばせるのがこのひとの手
なさけない話だが当時は日清両国ともに、イギリスの外交官を顧問として国際法の「常識」をおそわりながらアジアの国どうしの協議をすすめていた
まあ、お節介やきが星条旗の国にかわっただけで、21世紀の外交もたいしたちがいはないが
だがそれにもかかわらず大久保の強硬姿勢はそうとうなもので、イギリスも清も手をやいた
日本は賠償金をはらわせたいが、清としても外国の要求にくっすれば面目はたたない
そして大久保は「金がほしい」という言質をとられないようにしつつ、相手がおれるのをじっとまった
しかしもともとの日本の要求には無理があり、交渉はいったん決裂する
大久保は帰国の準備をはじめ、北京にいる各国関係者は戦争の覚悟をした
日本にとってもイギリスをまきこんでの開戦は、まぎれもない国家の滅亡を意味する悪夢
ところがこの大詰めに、泡をくったウェードがホテルに大久保をたずね、急転直下、清国政府が50万両の賠償金をしはらうことに同意したことをつたえる
大久保は国家と自分の生命をかけた勝負でかちをおさめた
いうまでもないことだがかれはのちに暗殺されるわけで、当時の政治家にとって「生命をかける」というのは比喩表現ではない
弱腰でしられる現在の日本政府の外交とはずいぶんとちがう強気の交渉術
現政府にも大久保のように有能で執念ぶかい高官はいるのかもしれない
おれの直感はひとりもいないとつげるが
だが明治7年の大久保をうごかしていたのは、かれ自身の能力や性格ではなく、かつての盟友である西郷隆盛の巨大な影だった
私心のない政治哲学をもち、国家がそうあるべき理想に殉じて野にくだった南洲翁
背景にはかつての武士たちの経済的事情があるわけだが、それもふくめて西郷という一人格が明治の独裁者の脳裏をおびやかしつづけた
「この交渉が失敗したら、わたしはテロにあって死ぬだろう
もちろん死ぬことはべつにおそろしくはない
だがこのまま日本にかえれば西郷たちになにをいわれるか
かれらにあざわらわれながらみじめに果てるのだけはたえられない」
おそるべき批判勢力がいてこそ、政府は本来のしごとをはたすことができる
しかしそんな西郷どんも坂道をころげおちるようにして西南戦争に身を投じ、敗死する
西郷が西郷でありつづけるのも楽ではない
この時期の大久保は事実上の首相であるにもかかわらず、佐賀の乱をみずから鎮圧するなどまさに孤軍奮闘
台湾をめぐるながい外交交渉も、双方の事務官どうしの下交渉などはもちいず、自分が現場にのぞみ、その場でみずから折衝にあたった
もともと武士だから漢文がそれなりによめるので、通訳すらわずらわせなかったとか
現代の国際社会では絶対にありえないような苛烈さだ
清国政府も大久保の気迫にのまれたのか重大なミスをしている
「賠償金をしはらうかどうか」という問題にのみに気をとられ、明治7年の時点で帰属が不明確だった琉球が日本領であることが両国のあいだで確定
現在の沖縄はいうまでもなく日本の領土だが、それを得たのは大久保や西郷の懸命のはたらきによることをわすれてはならない
しかしあのなごやかな島に外国軍の基地をおしつけてくるしめる現政府は、そこにどれだけの価値があるのかまったくしらないのだろう
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器用貧乏な大田区民 ― 石黒正数「それでも町は廻っている」

それでも町は廻っている
石黒正数
(少年画報社/YKコミックス)
本作の舞台は大田区下丸子といわれている
東京都の最南端にある特別区で、多摩川をはさんで川崎市に隣接する町だが、このあたりも「下町」とよばれるらしい
自分の無知をさらすようで気がひけるが、下町とは東京の東、神田界隈をさすのだとおもっていた
東京に何年もすんでいるのに、この城下町についてはしらないことばかりだ
とあるアメリカの映画監督の娘が、しったかぶりして「ロスト・イン・トランスレーション」という作品で東京をえがいたが、わがみやこの表面をなめることすらできておらず悲惨だった
でもそれをわらえないな、とおもったりもする
そして石黒正数は独自の手法でこの町をえがくことに挑戦する
それは「東京物語」の最新バージョンであり、「ユリシーズ」の舞台をかえた変奏曲でもある
「それ町」は、商店街の喫茶店でウェイトレスのアルバイトをする女子高校生・歩鳥の日常をえがく
普通の喫茶店なのに無理にメイドの格好をしている違和感をたのしむ作品だ
必要以上につめこまれた情報量のおおさが、居心地をさらにわるくする
たとえば1巻32ページでは中段の一コマのなかに、
[メイド長]紅茶なぁ…面倒くさいんだよ アタシが好きじゃないし(ネタフリ)
[歩鳥]リトルグレイとかなんとかっていうんでしょ? わかんないよ(ボケ)
[タッツン]そりゃ宇宙人よッ(ツッコミ1)
[森秋]アールグレイのことか…(ツッコミ2)
…と古典的なボケとツッコミがつめこまれる
よんでいてつかれることもなくはない
そして伏線が話のなかに蔦のようにはりめぐらされる
まえの回ですみの方にかかれていた人物が、つぎの回の中心になったりする
歩鳥が買ったおみやげがとくに説明もなく双葉の家におかれていて、それが凶器につかわれる
「下半身が安定する」とだまされてドラムの練習をさせられた針原が、いつのまに卓球でフットワークが向上していたり
おそるべき罠がどこにしかけてあるのかわからないので、読者はつねに前後のつながりを意識しながらよまねばならない
「それ町」は、東京のローカルな町を迷宮化する作品だ
8話では、矢印をたどらせて客をよびこんだりもする
古道具屋で買われた仮面がまた店にもどってきたりとか
町民全員が顔見しりである下町人情と、「メイド」のようなアキバ文化が共存
歩鳥は町内をメイド服でうろうろするが、だれもあやしむものはいない
だれもみたことのないような不思議な空間がそこにある
作者は推理小説マニアらしく、物語も舞台もある種のミステリーとしてえがかれる
そして主人公の歩鳥は、「探偵」としてその謎をひとつひとつときあかしていく
歩鳥は名探偵らしく、強烈に反時代的な個性をもつ
友人に自宅の固定電話から連絡したり(いちおう携帯電話はもっている)
ズボンは「Gパン」を一着しかもっていなかったり
死後の世界に旅だつ14話は泣かせるが、天国でもさっそくまわりに適応してしまうのがおそろしい
大丈夫!! 江戸のメイドは伊達のエプロン着てないよ!!
…なんて見栄をきる、近年まれにみる吸引力をもった主人公だ
わき役がみょうに魅力的なのも本作の特徴
メイドカフェ漫画としてうりだした作品だが、制服より私服のほうがだんぜんよくかけている
「それ町」の世界では、制服すら私服の一種として存在するのだ
わき役筆頭としては、なんといっても歩鳥の先輩・紺双葉をあげざるをえない
11話で「美少年」として初登場する金髪で中性的なロック少女
カーゴパンツや皮パンツがよくにあい、あかぬけたよそおいをみてるだけでもたのしい
性格もそうとうパンクで、「アホ鳥」「双バカ」とよびあいながらツッコミ役として大活躍する
しかし双葉はメイド喫茶とも下町情緒とも無縁のキャラクターであり、かの女がうごきまわるほど作品のバランスはくずれぎみだ
ほんらい作者がえがきたいのはこういうキャラなのだろう
もともと連載開始まえに編集者が提示した設定とは、「コスプレ喫茶を舞台にして、各エピソードごとにちがうコスプレをさせる」というもの
この頭痛がするような条件にたいする部分的譲歩の産物が「それ町」というわけだ
俗うけをねらう編集者の趣味がよいとはとてもおもえないが、結果的には成功してしまった
馬鹿な編集者になやまされている漫画家のみなさん、あきらめちゃいけませんよ
うしなわれたバランスをとりもどすべく奮闘するのがタッツンこと、辰野トシ子

歩鳥の同級生だが文武両道の優等生で、容姿端麗
アキバ文化にも理解があるメイドらしいメイドだ
服の趣味もよいが、双葉とちがってフェミニンなセンスがひかる
そしてなによりも肢体のうつくしさに目をうばわれる
胸がないのがなやみである歩鳥たちとの対比で、そのなやましい姿態はさらにきわだつのだ
そんなタッツンも苦悩をかかえている[第32話]
それは「器用貧乏」であること
なにごとも上達ははやいがある程度でとまってしまい、天才と努力家においぬかれる
特出できない運命なんだよ…笑うがいいよ
それは作者・石黒正数のなげきにもきこえる
ぬきんでた画力、知的な作風、抱腹もののセリフまわし、風変わりなセンス…同業者がうらやむような才能をもちながら、どこか迫力不足
タッツンの体つきはおもわず指でなぞりたくなるほど色っぽくかけているが、例の情報量のおおすぎる絵柄のせいでコマは雑然とし、描線のうつくしさはそれほどいきてこない
迷宮のなかにいる作家にたいし、担当編集者は今度はどんな難題をふっかけるのだろうか
![]() | それでも町は廻っている 1 (1) (ヤングキングコミックス) (2006/01/27) 石黒 正数 商品詳細を見る |
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Lサイズのシャツの倫理 ― 「ブラックサイト」をみて

ブラックサイト
Untraceable
出演:ダイアン・レイン ビリー・バーク コリン・ハンクス
監督:グレゴリー・ホブリット
(100分/2008年/アメリカ)
[新宿ミラノ3で鑑賞]
サイコスリラーなんてとっくにネタは出つくしていそうなものだが、そこは悪事をかんがえさせたらだれよりも独創的なアメリカ人、今年もまたあたらしい連続殺人の手法を発明しました
犯人はWebサイトで殺人の様子をライブ中継し、PCと拷問道具を連動させて、アクセスがふえるほどその死がはやまるという残虐なしうちをおこなう
世界中の無責任な観客たちはその殺人ショーに熱狂し、ネット上での共犯者の数は疫病のようにふくれあがり、凶行はさらに激化していく
顔のみえないインターネット時代の犯罪の特殊性をテーマにしたおもしろい脚本だ
主人公はネット犯罪の専門家であるFBI捜査官・ジェニファーで、ダイアン・レインが演じる
男まさりな雰囲気の捜査官はなかなかのはまり役だ
ややくすんだ色あいのブロンド、きれいな放物線をえがく眉、おおきくてすこし垂れぎみの目
どことなく犬をおもわせる顔だち
ちいさめの鼻や、だまっていると「へ」の字にみえる口もともかわいらしい(43歳ですが)
本作でのダイアンのファッションはまったくファッショナブルではなく、ジーンズにおおきめのシャツをルーズにひっかけてるだけの場面がほとんどだが、それがかえってよいのです
ゆたかな胸のかたちがそこはかとなく感じられ、ちょうどいい塩梅のエロスになっています
もし本当にこんな上司がいたら犯罪捜査どころではありませんね
「ジャンパー」には主人公の母役で出演しており、そのかわらない美貌は印象的だった
ダイアン復活の時代がちかづいてきているとしたら、とてもうれしい
いまは「ノーカントリー」で好演していたジョシュ・ブローリンと結婚しているらしく、公私ともに充実している感がスクリーンからもつたわってきた
ただ、「ブラックサイト」のスタッフはもっとかの女をきれいに撮るべきだったろう
ブス顔女優すら魅力的にみせるダグ・ライマンの魔術にはかなわないにせよ、もうすこししわをめだたなくしてあげるくらいの気づかいがなくては…
はっきりいって低予算の映画で、演出面ではものたりない部分がおおかった
それでもいわゆる悪い意味の「B級映画」になっていないのは、社会的な問題をまじめにあつかっているからだとおもう
インターネットの問題をとりあげつつも、テレビ・新聞などの報道がのぞき趣味の好奇心と商業主義にながされていることも指摘している
まあ人の死をえがいて金をかせぐサスペンス映画はどうなのよ、ともおもうわけだが…
それはともかく、善悪や倫理は物語をぴりりとひきしめるスパイスになる
是も非もないような作品世界はリアリティをうしない、心ある観客にあくびをもよおさせる
その意味で本作の最大の弱点は犯人を興味ぶかくえがけてないことだろうか
サイコ物ではよくあることだが、全能の悪魔みたいな殺人ロボットには感情移入のしようがない
もっとほれぼれするような悪役をみせてもらいたいものだ
同僚をうしなったときの絶望や怒りの表現、ラストでビデオカメラにむかってバッジをつきつけるときのダイアンの顔つきにはまっすぐな正義感がかんじられた
悪事にまっこうからたちむかうプロのすがたをながめることが、刑事物の醍醐味といえよう
ハリウッドでは落ち目の女優とみなされていたはずのかの女だが、いつの間にか刑事として主役をはっているのだから人間のうきしずみっておもしろい
FBI捜査官は正確には「刑事」ではないそうですが、まあそんなことはどうでもよいですよね
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硬質の軟体動物 ― Portishead "Third"

Portishead
Third
(2008年/イギリス)
それは人生に絶望したもののためのシソーラス
Tormented inside lie
Wounded and afraid
[Silence]
Through the glory of life
I will scatter on the floor
Disappointed and sore
And in my thoughts I have bled
For the riddles I've been fed
[The Rip]
The taste of life I can't describe
It's choking on my mind
I bleed, no place is safe
Can't you see the taste of life
[We Carry On]
I'm worn, tired of my mind
I'm worn out, thinking of why
I'm always so unsure
[Threads]
ながながと引用してしまいもうしわけないが、ようするに苦痛、恐怖、失望、疲労、不安とか
傷口とか出血とか窒息とか
もうちょっとあかるい歌をつくれないものかともおもうが
自他ともにみとめる根暗人間で、こんなハンドルネームをなのるおれですらついていけない
この沈鬱な歌詞を、余命数日といった気配のベスがよわよわしくつぶやきます
梶芽衣子と綾波レイをたして0をかけたような、絶対零度の怨み節
"Through the glory of life"というフレーズは、14年前の"Glory Box"のヒットによる重圧をにおわせているのかなとおもったりした
ポーティスヘッドの11年ぶりの新アルバムは、はやい拍子の"Silence"ではじまる
ながい沈黙をやぶったはなからこの曲名…
このアルバムは意外とぐいぐいと加速するリズムの曲がおおい
"Nylon Smile","The Rip","We Carry On"あたりがそうだ
しかしどれだけリズムの反復に耳をかたむけても、気分はむなしいまま
ハムスターの回し車のようなものだ
一音一音が選びぬかれていることが痛いほどつたわり、聞くものにつねに緊張をしいる
リードシングルの"Machine Gun"がすばらしい
自分たちの音楽からどれだけ音数や音色をけずれるかという実験のようにきこえる
鉄くずをうちつけるようなはげしいドラム音が変化するうちに、おもくるしさから解放されはじめる
永遠につづくとおもわれた拷問のはてにおとずれる至福
ポーティスヘッドのジャケットはどれもいいものだが、深緑に"P"と"3"とだけ描いた今作のデザインはベストではないだろうか
どれだけ虚飾をはぎとってシンプルになれるかがテーマだったのだろうか
それは煮つまったアーティストにありがちな目論見で、たいてい失敗する
ブリストルの三人組がえらんだモチーフは60年代のサイケデリックロックのようだ
エレクトリックピアノがうなる"Small","Magic Doors"によくあらわれている
タイトル名からの安直な連想かもしれないが、ドアーズをおもいおこさせる曲調だ
去年だったらスーパーファーリーアニマルズやコーラルのアルバムがけっこうよかったが、いまのイギリスで自然になりひびいている音なのだろう
しかし本作のギターやフェンダーローズは、それらの「ロックバンド」よりはげしく咆哮している
かぼそい歌声とゆるいビートに耳をかたむけるうちに、硬質の核につきあたる
11年のあいだ惰眠をむさぼっていたのではない証拠に、かれらは攻撃性をむきだしにした
それは欲求不満をかかえた男の性器のように、夜ふけに硬直し、欲望の対象をつらぬく
下品なたとえで恐縮だが、どこかにエロスを感じられなきゃこんな音楽はやりきれない
最後の曲は"Threads"で、これがベストトラックだろう
チェロのひびきと、ぽつぽつとつまびくギターにみちびかれる、いかにもポーティスヘッドらしい曲
"Plastic"も典型的な曲調だが、こちらはより暴力的な編集がなされていた
ベスがギターの演奏でクレジットされているのがめずらしい
これがあんたたちがのぞんでいるポーティスヘッドなんでしょう?
やろうとおもえばこれくらいはいくらでもできるのよ
でもわたしたちはもうつかれた
やってられないわ
聞き手とのあいだにむすばれた複数の糸をたちきってしまうようなかなしい曲
こんな陰鬱な音楽をききながら新宿をうろつくおれはどうかしてる
このしらべを理解できない人はおおいだろうし、そのほうがしあわせにおもえる
そのにぶい感性をあわれにもおもうけれど
![]() | Third (2008/04/28) Portishead 商品詳細を見る |
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ピラニア伝説 ― BARBEE BOYS「目を閉じておいでよ」
目を閉じておいでよ
BARBEE BOYS
作詞・作曲:いまみちともたか/1989年
テレビ番組で一夜かぎりの復活ライブをしたというニュースをきき、なつかしくなって動画をあさった
…やばい、自分の記憶より数倍かっこいいぞ
20年たったら時代が一周してまたもどってきた感じ?
「バービーってなに?」というわかい人こそ、上の動画をみてほしい
最初の30秒でひきこまれるから
手前で顔をかくす杏子のうしろで、KONTAがはげしくリズムをとる
ただことではない切迫感
うかつにふれたら怪我をしてしまいそうだ
杏子、KONTAの順にボーカルをとる
ふたりともかすれ気味ながらつやのある美声なのだが、微妙な声質のちがいが曲をもりあげる
杏子の声は包容力があり、聞くものをじわじわと挑発するようなひびき
KONTAはより直線的で、相手のふところにとびこむ鉄砲玉
高音ののびがすばらしく、やや不安定な音程もかえって魅力にきこえる
ふたつの個性がときによりそい、ときに緊張をはらみながら、絶頂にむかってつきすすむ
杏子の服(ボディコン・肩パット)や髪型(ソバージュ)が強烈にバブルエラだが、「いま見るとはずかしい」の一歩手前でかっこいい
さすが杏子
しかしこのころのKONTAはこわいものなしだったろうな
「目を閉じて」は結果的にバービーの最大のヒット曲になるわけで、「天下とったる!」という気概がバンドに充満している
KONTAの手足のうごきのひとつひとつに自信がみなぎっていて、男の色気がただよう
まさに、身のうちに10万ボルトをたくわえた「ピカチュウ現象」だ
細身のからだでラフに着こなしたスーツ姿は、いまみてもまったく隙がない
髪をみじかくかりこんでるので、歌舞伎町の不潔っぽいホスト連中とは一線を画している
どちらかというとヤクザだが、恋をうたってさまになるめずらしいヤクザだ
新宿うまれならではの不良っぽさなのかもしれない
といってもたんに勢いだけではなくて、1分50秒あたりをみていただきたい
パートをかわる杏子とKONTAがすれちがうわけだが、ノリノリの杏子がくるりと回転!あぶない!
それを半身でかわしながら、なにごともない表情でうたうKONTAにしびれる
この時期のKONTAは世界がスローモーションでみえていたのだろう
目を閉じておいでよ くせが奴とちがうなら
でもなれた指より そこがどこかわかるから
男の指が女性器をまさぐる様子をえがいているわけだが、当時10代前半のおれにはそこまでわからなかったなあ
でも、全編セックスについてうたう曲なのに意外と下品にきこえない
恋人がいる女を寝とろうと画策する(もしくはその行為のまっ最中の)男の話なので、嫉妬心が歌のイメージに屈折した陰影をおとしているのだ
むかしの音楽は、いまとくらべて実によくつくりこまれていたとおもう
宇多田ヒカルがかいた曲なんてただの鼻歌とおもいませんか
「オッサンの昔話うざい」といわれるのは癪なので、参考資料を用意しよう
ポルノグラフィティのみなさんが杏子といっしょにバービーメドレーを演奏します
少々残酷とはおもうが、比較されるのがいやなら他人の曲をうたうなといいたい
縄とびみたいにピョンピョンとびはねるポルノ岡野氏にいきなりがっかりする
ビートを内臓にながしこむようにリズムをとるKONTAとは、くらべるのも失礼な緊張感のなさ
そしてポルノ氏は、「ためらうだけで、ウダ、ウダ、し、て、いるー」とうたいだす
なんだよ、いちばんためらってるのはおまえじゃねーか
目がおよいでるじゃんよ
杏子はぜんぜんかわらない、ていうかパワーアップしてるし
オリジナルが大人の男女の関係なら、このバージョンは保母さんと幼稚園児のお遊戯かな
ミスターポルノはぼくより年上なんですがね
いや、世のなかの男がみんなKONTAみたいなチンピラだったら、そりゃいやだよ
でも音楽の世界くらい不良がいたっていいでしょ
芸能界ってジャニーズ/ホストクラブ的な作法の男ばかりじゃないですか
女性客にもとめられればからだをさしだし、権力者にはケツの穴を提供する
つねに低姿勢で待ちの一手で、だれかの政治力で引きあげてもらう機会をうかがう
芸をみせるのではなく、わざとバカをえんじてツッコミですくってもらう
そっちの方が利口なんだろうけど、だからなんなんだよ
「根拠はないけど俺様最強」でいいじゃねーか
KONTAなんて、いまでも下手なツッコミをいれたら逆にくいつかれるよ
そんな伝説のピラニアにはぜひ復活してもらって、ぬるい音楽業界をかきまわしてもらいたいね!
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