内臓とミカン ― 宮崎市定『大唐帝国』

橘

大唐帝国 中国の中世

著者:宮崎市定
(1988年/中公文庫)
[元版:1968年/河出書房新社]


三国、西晋、五胡十六国、南北朝、隋、唐、五代十国…。
七百年におよぶ支那の中世をかけぬける一冊。
特に五胡十六国のくだりを読むのが苦痛だった。
五つの民族が十六の国をつくったから五胡十六国なわけだが、
漢字ばっかりの国名を目で追うだけで気がくるいそうになります。
万世一系の国にうまれてよかったと心からおもいました。
支那の子どもは歴史の授業をさぞかしきらっていることだろう。
しかも千円もするこの文庫本を買ったあとで、
すでにこの本を所有していたことに気づいた。
自分の家のなかですらこんな調子ですから、
歴史の知識などほとんど頭にはいりません。
まあ読んでおもしろければそれでよいのです。


宮崎市定ならではの流麗な文体でつづられた通史だが、
出来はそれほどよいとおもえない。
元版発表当時の「時代区分論争」に逸脱することがおおく、
ヨーロッパとの類似を指摘するのに労力をつかいすぎている。

かくして、中国中世は仏教の時代となった。
それはあたかもヨーロッパ中世がキリスト教の時代であったのと軌を一にする。


かなり無理があるだろう。
そもそも支那の歴史がなぜヨーロッパとおなじ軌道をはしらねばならないのか。
宮崎の属していた京都学派は、東大系の唯物史観に対抗し、
内藤湖南以来の時代区分法に固執した。
しかし全世界の歴史をひとつの理論で説明せんとする
野望はマルクスのそれとかわらない。
戦後の本家ヨーロッパでは中世の歴史観が再検討されていたのだが、
宮崎といえども時代の子、当時猛威をふるった
マルクス主義の悪影響はおおきかったようだ。
学者という生きものはとかく群れをつくりたがり、
そのなかできずかれた「理論」に目をくらまされて、
ありのままの現実がみえなくなる傾向がある。


西晋末期、永嘉の乱で支那文化発祥の地である黄河流域一帯は、
史上はじめて異民族によって征服されてしまう。
後世の支那人が史を読んでここにいたると、
みな痛憤やるかたないおもいにとらわれるらしい。
清初の儒者・顧炎武は『日知録』のなかでその原因を論じている。
学問がまず堕落して、それにつづいて天下が混乱におちいり、
異民族が横行し、支那人もその文化も泥まみれにされたのだ、と。
この極端な学問重視がいかにも支那らしくてよいですね。
「中世」の天子たちは絶大な権力をその手ににぎりながら、
「永遠の生」という人間の最終的な弱点をつかれて、
あやしげな薬をのんでかえって死期をはやめた。
ほんとうに不老長生の薬があるのなら、
ながい歴史のあいだには幾人かの実例があって、
いまの世まで生きながらえてみせてくれたはずだ。
しかしおろかな帝王たちは、実験を信ずるよりも道教という「理論」を信仰した。
童男童女の肝をもちいれば不老長生の薬がつくれますとささやかれ、
「なるほど、オレの権力があれば純なる物質が入手できるのか」と誘惑にまけ、
変な麻薬だかホルモン剤だかで体をこわす。


ところかわって、となりの島国のはなし。
ヤマトタケルのおじいさん、垂仁天皇は不老不死の薬といわれた
橘をとってくるよう田道間守(タヂマモリ)を常世の国につかわす。
田道間守は十年かかって橘のなる木をたずさえて帰国したが、
そのときすでに天皇は崩御されていた。
嘆きかなしみながら死んだ間守を人はあわれんで、
かれのなきがらを天皇陵の濠にほうむったとか。
伝説ではあるけれど、おなじ不老不死でもわが国の場合、
随分とあわれでせつない逸話になっている。
儒学よりもマルクス主義よりもナントカ理論よりも、
うつくしい物語の方に魅力を感じるのはオレだけだろうか。
すくなくとも、少女の内臓を食らうより趣味がよいですよね。


大唐帝国―中国の中世 (中公文庫)大唐帝国―中国の中世 (中公文庫)
(1988/09)
宮崎 市定

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東西歌合戦 ― 小川剛生『武士はなぜ歌を詠むか』

幸子

武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで
著者:小川剛生
(2008年/角川叢書)

学校でおそわる歴史がおもしろくないのは、ながれが一方的だから。
ただひたすら西から東。
逆にむかう水路はひとすじもなし。
畿内はつよく、ただしく、とうとい。
征夷大将軍に任命された坂上田村麻呂は東国の野蛮人をきりしたがえ、
われらがミカドのもとに日本をたばねた。
たしかに頼朝だの尊氏だの家康だのといった時代においては、
弓矢が自慢の武家がこの国を統治しようとこころみた。
しかしかれらの将軍職も所詮はミカドがあたえた肩書きにすぎない。
源氏将軍は三代で断絶、尊氏は逆賊の汚名をきせられ散々だ。
家康がきずきあげた体制はなかなか堅固なものだったが、
結局いやしい東国武士の支配は異人のあなどりをうけて崩壊。
薩摩や長州を軸とする官軍がそれをうちやぶり、
天子の威光がくまなくてらす本来の日本がたちもどった。
めでたし、めでたし。

歴史の授業のなかで、東国はサンドバッグのようにうちのめされてきた。
でも、そんなに東国人は野蛮でいやしかったのだろうか。
かれらにも弁明の機会をあたえるべきではないのか?
どのような人々が、どのようにいき、どのようにたたかい、
どのように死んでいったのか。
たしかに東国では『源氏物語』も『枕草子』も書かれなかったけれど、
戦乱のつづく時代のなかで武士は和歌をよみつづけた。
歌をよむことで家臣との結束をたかめ、合戦をまえに神仏にいのり、
他国との交渉を有利にはこぼうとした。
それはもののふの名誉をかけた真剣ないとなみであり、
ただ単に田舎者が宮廷文化を真似しただけとはいえない。
本書は和歌という表現を糸口に、関東の武士のいきざまをえがきだしている。

『武士はなぜ歌を詠むか』は四部構成で、
・六代将軍として鎌倉にむかえられ、当地に歌壇をひらいて旺盛に活動し、
それを北条氏にきらわれて追放された宗尊親王
・和歌・音楽・絵画の教養ゆたかで、わかくして勅撰歌人だった足利尊氏
・江戸城をきずき、長尾景春の乱では三十数回の戦闘に勝利した名将で、
和歌の達者としてもしられた太田道灌
・東国にくだった冷泉為和を師匠として和歌をまなんだ
今川義元・氏真の父子や北条氏綱
といった面々が、有為転変のなかでせっせと歌づくりにはげんだことがわかる。
まだ三十代である筆者の、各時代の政治状況をおりこみながら
歌の鑑賞にみちびく語り口がたくみで、どの章もおもしろい。
一番興味ぶかかったのは、室町後期のスーパーマン・太田道灌のくだりかな。

鎌倉やいなの瀬川をゆく水のむかしの浪にかへる世もがな
「京進和歌」

鎌倉を中心とした伝統的な秩序を恢復させたいという、
道灌の念願がこめられているとか。
十五世紀の東国動乱にあって、向背さだまらぬ国人領主を心服させて
その盟主となるには、武力だけでなく文化の力が必要だったのだ。

天下人となった徳川家康は歌道に対する軽蔑をかくそうとせず、
平忠度の都落ちの逸話さえ冷笑した。
忠度は軍事的な窮地にあるというのに、
勅撰集にのせられるという夢をすてられずに
自作をたくそうと藤原俊成をこっそりたずねたそうだが、
それのどこが美談だというのか。
それだけの執着で兵法をまなべば、
平家もあれほどの負け方はしなかったものを。
…うーん、つまらん男ですね。
コイツがひらいた幕府のあと、武士の時代がおわったのはなんの因果なのやら。


武士はなぜ歌を詠むか  鎌倉将軍から戦国大名まで (角川叢書 40)武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで (角川叢書 40)
(2008/07/11)
小川 剛生

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熊本城、陰茎、陸上自衛隊 ― 『翔ぶが如く』を読んで

熊本城

翔ぶが如く
司馬遼太郎
[文春文庫版で読了]

この長編小説をかなりまえに読みおえていて、
感想を書こうとおもっていたのだが、むずかしかった。
すばらしい作品にはちがいない。
再読したことで自分のなかでの評価もたかまり、
著者の最高傑作なのではないかともおもっている。
司馬遼太郎が五十代はじめの四年弱をついやした長い新聞連載で、
主要な人物がきえたり、目だたなくなったりする構成上の缺点があり、
単調なできごとの羅列に退屈する部分もある。
しかし薩摩士族の颯爽としたふるまいが実にあざやかで、
その香気にゆったりひたるたのしさは何にもかえがたい。
司馬は薩摩弁を習得するために相当勉強したらしいが、
随所にちりばめられた薩摩ことばが効果的だ。
いつか芋焼酎でも飲みながらまた読みかえしたい。

だがこの小説の読後感はにがい。
晩年の司馬がとらわれた悲観主義の芽がすでにでているようだ。
かれは美的行動者としての「サムライ」が大好きで、
なかでも薩人をその代表者とみなしているようだ。
しかし作品のなかでは、近代的な権力の装置がすりこ木のように運動し、
日本がほこるべき美意識の体現者たちが抹殺されてゆく。
私見だが司馬の考えでは、おそるべき権力装置、
すなわち「官」の発生は徳川家康の時代にさかのぼる。
この歴史作家は家康がきらいで、おもくるしい社会体制が二百六十年も
つづいたせいで日本人の精神はいびつになった、という風に書いていたはず。

家康は関ヶ原のたたかいで自分に味方した加藤清正の領地を加増し、
肥後の五十二万石をおさめる大名とした。
薩摩の島津氏が反乱をおこすことをおそれ、
清正がそれに対する抑えとなることを期待したらしい。
築城の名手とされる清正は熊本城をきずき、南方の薩摩ににらみをきかせる。
そして家康が感じていた脅威が正当であったことが証明される。
かれのつくった幕府が薩摩藩と長州藩の手によってほろぼされたからだ。
熊本城も江戸幕府をまもる役には立たなかった。
そもそも加藤家は1632年に改易され、肥後国は細川氏が後をついでいる。

征韓論にやぶれて薩摩にもどった西郷隆盛らが西南戦争をおこすのだが、
熊本城は幕府が消滅したあとになってようやく真価を発揮する。
それでこそ権力装置だ。
日本最強の軍団であると自負し、周囲からもそう評価されていた薩軍は、
熊本城を本拠地とする鎮台の百姓兵など簡単にもみつぶせるとかんがえた。
しかし司令官・谷干城にひきいられた鎮台兵は勇敢にたたかい、
清正が設計した石垣の「武者がえし」もおおいに有効で、
薩兵はひとりたりとも城内に侵入できなかった。
田原坂の激闘など、抜刀し絶叫しながら敵陣にとびこむ示現流の薩兵と、
近代的軍事思想のもとで訓練された鎮台兵のたたかいはあまりに生々しく、
読んでいるだけで血のにおいがただよってくるほどだ。
酸鼻をきわめる描写もある。

攻撃部隊には戊辰のうらみとして薩人を憎む地方のものが多かったせいか、
戦闘終了後には残虐行為が頻出した。
死体はどういうわけか政府軍の兵士のために多くが裸にされていた。
なかには陰茎が切りとられて口に哺ませられていたりした。
戦争を高貴なものとして教えられてきた薩人に対し、百姓あがりの鎮台兵が
戦争の本質が何であるかを教えているようでもあった。


簡潔ながら、歴史の無残さが胸につきささるような書きぶりだ。

しかしもっとも残酷な人物は、当時においても
薩摩の実質的な支配者だった島津久光だろう。
東京の政府に対し不平をかかえていた久光は、陰に日向に西郷たちを
支援していたのだが、乱の責任を追及する勅使に対して狡猾にふるまい、
家臣であり、当時県令をつとめていた大山綱良を見殺しにした。
司馬は刑殺された大山を「道化師」とあわれむ。
久光はさらに、西郷ら首魁の数名のみを処刑するかわり、
参戦したすべての士族は放免せよ、という条件の休戦をもとめた。
戦況の不利をみて自分の権力基盤の保存をはかったのだ。
もちろん休戦請願は却下されたのだが、トノサマの卑怯な態度をみると、
サムライの美意識へのあこがれもむなしくなるというものだ。

西南戦争後、西郷の盟友で、のちに政敵となった大久保利通は暗殺される。
家康がつくり、大久保がそだてた権力装置だけがこの国にいきのこった。
熊本には陸上自衛隊西部方面隊の司令部があり、
いまも軍事的に重要な役割をになっている。

翔ぶが如く〈1〉 (文春文庫)翔ぶが如く〈1〉 (文春文庫)
(2002/02)
司馬 遼太郎

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大久保利通は紅茶にレモンをえらんだ

紅茶

一月半まえくらいから司馬遼太郎の「翔ぶが如く」を再読していて、ちょうど半分の5巻をよみおえた
ほかの本と並行してゆるゆるとよみすすめているわけだが、タイトルがいんちきな長編で、空をかけるどころか地をはうミミズのように物語がすすむ
司馬は瑣末なできごとをひろいあげながら明治初期の政治状況を素描し、全体として薩摩士族たちのほこりたかい生きざまがうかびあがってくる
これだけさりげない香気をたたえた小説というのもそうはない

5巻は明治7年の台湾出兵の話が中心になる
前年の政変では征韓論をめぐって西郷、板垣、江藤などの政府首脳が職を辞している
西郷隆盛を朝鮮に大使として派遣することに反対した大久保利通は、結果的に独裁権力をにぎった
しかし廃藩置県などが原因で経済的に困窮する士族の不満は全国にみちており、それをなだめる目的で大久保は前年の主張とはあきらかに矛盾する行動をおこした
それが台湾出兵だ
その是非はともかく、大久保の清国政府にたいするねばりづよい交渉が印象にのこった

当時の日本政府は清とあいだに琉球の帰属をめぐる政治問題をかかえていたが、明治4年の琉球人の遭難事件は複雑な事情ゆえ解決することなく放置された
大久保を中心とする当局は、士族たちのあいだの反政府気分をやわらげるため「だけ」に三年前の問題をむしかえそうとする
そもそもが征韓論とおなじかそれ以上に無謀な出兵計画であり、その折衝は困難をきわめた
日本は出兵に際して清に通達をせず、清に権益をもつ列強にたいしても根まわしをしなかった
清の保護者(支配者)をもって任じる大英帝国はとうぜん激怒
しかしみずからの縄ばりをまもるためには面子がどうこうもいっておられず、イギリス公使ウェードの斡旋で和議の舞台がもうけられ、大久保は清国政府との交渉のテーブルにつくために全権弁理大臣として北京におもむいた

ウェードは大久保を応接室にむかえながら、給仕人に紅茶をださせる
公使自身が「レモンがよろしいか、それともミルクにしなさるか」とたずねた
大久保はひくくレモン、とこたえる
かれは紅茶などこのまないからどちらでもよいのだ
しかしこんな会話の記録がのこってるとはおもえないから、司馬の創作だろうか
緊迫する場面にいかにもありそうなエピソードをしのばせるのがこのひとの手
なさけない話だが当時は日清両国ともに、イギリスの外交官を顧問として国際法の「常識」をおそわりながらアジアの国どうしの協議をすすめていた
まあ、お節介やきが星条旗の国にかわっただけで、21世紀の外交もたいしたちがいはないが
だがそれにもかかわらず大久保の強硬姿勢はそうとうなもので、イギリスも清も手をやいた
日本は賠償金をはらわせたいが、清としても外国の要求にくっすれば面目はたたない
そして大久保は「金がほしい」という言質をとられないようにしつつ、相手がおれるのをじっとまった

しかしもともとの日本の要求には無理があり、交渉はいったん決裂する
大久保は帰国の準備をはじめ、北京にいる各国関係者は戦争の覚悟をした
日本にとってもイギリスをまきこんでの開戦は、まぎれもない国家の滅亡を意味する悪夢
ところがこの大詰めに、泡をくったウェードがホテルに大久保をたずね、急転直下、清国政府が50万両の賠償金をしはらうことに同意したことをつたえる
大久保は国家と自分の生命をかけた勝負でかちをおさめた
いうまでもないことだがかれはのちに暗殺されるわけで、当時の政治家にとって「生命をかける」というのは比喩表現ではない

弱腰でしられる現在の日本政府の外交とはずいぶんとちがう強気の交渉術
現政府にも大久保のように有能で執念ぶかい高官はいるのかもしれない
おれの直感はひとりもいないとつげるが
だが明治7年の大久保をうごかしていたのは、かれ自身の能力や性格ではなく、かつての盟友である西郷隆盛の巨大な影だった
私心のない政治哲学をもち、国家がそうあるべき理想に殉じて野にくだった南洲翁
背景にはかつての武士たちの経済的事情があるわけだが、それもふくめて西郷という一人格が明治の独裁者の脳裏をおびやかしつづけた
「この交渉が失敗したら、わたしはテロにあって死ぬだろう
もちろん死ぬことはべつにおそろしくはない
だがこのまま日本にかえれば西郷たちになにをいわれるか
かれらにあざわらわれながらみじめに果てるのだけはたえられない」
おそるべき批判勢力がいてこそ、政府は本来のしごとをはたすことができる
しかしそんな西郷どんも坂道をころげおちるようにして西南戦争に身を投じ、敗死する
西郷が西郷でありつづけるのも楽ではない

この時期の大久保は事実上の首相であるにもかかわらず、佐賀の乱をみずから鎮圧するなどまさに孤軍奮闘
台湾をめぐるながい外交交渉も、双方の事務官どうしの下交渉などはもちいず、自分が現場にのぞみ、その場でみずから折衝にあたった
もともと武士だから漢文がそれなりによめるので、通訳すらわずらわせなかったとか
現代の国際社会では絶対にありえないような苛烈さだ
清国政府も大久保の気迫にのまれたのか重大なミスをしている
「賠償金をしはらうかどうか」という問題にのみに気をとられ、明治7年の時点で帰属が不明確だった琉球が日本領であることが両国のあいだで確定
現在の沖縄はいうまでもなく日本の領土だが、それを得たのは大久保や西郷の懸命のはたらきによることをわすれてはならない
しかしあのなごやかな島に外国軍の基地をおしつけてくるしめる現政府は、そこにどれだけの価値があるのかまったくしらないのだろう

theme : 歴史
genre : 学問・文化・芸術

限定フィギュアがつくったヨーロッパ ― ル・ゴフ「中世とは何か」

ゴスロリ

中世とは何か
A LA RECHERCHE DU MOYEN AGE
ジャック・ル・ゴフ 著/福田健二・菅沼潤 訳/2005年/藤原書店

「中世っていったいなんだろう?」という問いが、ここ数週間のおれのなかでうずまいていた
くさくさした日常生活のあれこれに倦怠ぎみなのだ
そしてアーサー王伝説やワーグナーみたいにロマンティックな世界にひかれる
まあオペラなどみにいったことはありませんが
ハリーなんちゃらとかロードなんちゃらとかいう作品のあとも、ファンタジーの物語が大量生産されているのは、現代の世界からにげだしたいという需要が世界中に存在するってことだろう
日本でもDQやFFとか、退屈なRPGがあいかわらず支持されてるしね
政治・文化的にカトリック教会の支配が圧倒的な時代ではあるが、マクドナルドとコカコーラの文明に毒された目からみれば、そんな暗い側面も魅力的だったりする

本書では、ヨーロッパ中世史の第一人者であるル・ゴフがインタビュー形式でこの時代を概括する
よい本だった記憶があったので再読したが、ある意味がっかりした
この地上に理想郷など存在しないのだ

ル・ゴフは歴史を連続したながれととらえ、中世における近代的なものを積極的にひろいあつめる
とくに商人・銀行家の役割に注目する
聖書では利子をとって金をかすこと(=時間をうる行為)を禁じている
「時間」は神にのみ属しているからだ
しかし商人たちの地位が上昇するにつれ、かれらの商行為も有用な「労働」としてみとめられる
また、「学問」も神に属するものとみなされていたため、教師という職業もみとめられなかった
これも都市が発達するにつれ、文法・公証学・法律などをおしえる独自の学校がうまれ、司祭ではないひとびとがその役をつとめた
しかしこれでは中世文明と、われわれのディズニー/スターウォーズ文明はなにもかわらない
どうやら中世の秘密は死者の肉体にあるらしい

中世の都市は、聖遺物崇敬を拠点として形成される
聖遺物とは、聖人・聖女の肉体のなごりのこと
イエスがはりつけになったときに手足にうちつけられた(といわれる)釘とか、えらい聖人の指の骨とかそうたぐいのもの
そして一般の死者も守護聖人にちかいところに葬られなければならないため、教会のそばに墓地がつくられ、そのまわりに村ができていく
教会の内部、都市の内部に死者をとりこみながら、中世文明は都市化していった
しかし14世紀以降、ヨーロッパ人の感性は怪奇趣味をよろこぶようになり、死後の世界、地獄にたいする恐怖心がしだいにうすれていく
なにごとも行きすぎはいけませんね
もちろん聖遺物には偽物もおおかったわけだが、それによせる民衆のおもいは本物だ
レアな限定版フィギュアにとりつかれた宗教オタクのネットワークが「ヨーロッパ」をつくりあげた

theme : 歴史
genre : 学問・文化・芸術

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ケン

Author:ケン
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