マシュー・ガスタイガー『NAS イルマティック』

(画像は映画『Nas/タイム・イズ・イルマティック』から)

 

 

NAS イルマティック

 

著者:マシュー・ガスタイガー

訳者:押野素子

監修者:高橋芳朗

発行:スモール出版 2017年

 

 

 

1994年にリリースされたNasのアルバム『Illmatic』を、仔細に解説する本だ。

結論から言うと、さほどおもしろくない。

論じる対象があまりに傑作すぎ、麓から高峰を見上げて終わった様な読後感。

ドキュメンタリー映画『Nas/タイム・イズ・イルマティック』の方が、

映像の力がある分だけ胸に迫るものがある。

 

でもそれは逆に言うと、23年が経過しても語り尽くせないアルバムってこと。

 

 

 

 

ドクター・ドレーの『クロニック』が1992年。

ヒップホップ史的には、西に押されっぱなしの東海岸勢が結集し、

弱冠20歳のNasを刺客として送りこんだ……と言われる。

しかし実際はNasが、アルバム制作を完全にコントロールしていたらしい。

 

すでに大御所だったピート・ロック以外全員のプロデューサーを、

クイーンズブリッジへ呼びつけて綿密に打ち合わせをした。

また、ヒップホップアルバムは曲数を水増ししたがるのに、「10曲」にこだわった。

1曲めが短かくてイントロ風なので、「9曲入りのEP」扱いされすらした。

 

 

 

 

まだ自作を発表してない20歳の男が、大物プロデューサーたちを仕切れたのは、

ジャズミュージシャンである父のオル・ダラの影響が大きい様だ。

Nasは幼いころトランペットを吹いていたが、父によるとその腕前は「神童」だった。

音楽に関する審美眼に自信があったはず。

 

 

 

 

全部で3曲に参加したDJプレミアは、頑固なNasに手こずったが、

9曲めの「Represent」だけは反対をおしきり、自分好みのビートをいれた。

1924年の映画のテーマソングをサンプリングした、無機質で硬質なビートが、

ジャズ的な哀愁やふくよかさに親近感をもつNasに敬遠されたのだろう。

 

結果として「Represent」は、プレミアのキャリアでも秀逸なトラックとなった。

プレミアは、ほかのプロデューサーによるアルバム収録曲を聞き、

その出来栄えにおどろき、自身も一切妥協しないと決意した。

ネイティヴタン風のいかにも東海岸らしいサウンドを乗り越え、

『Illmatic』を普遍的で不朽の藝術作品の域へ到達させるのに貢献した。

 

 

 

 

2001年にジェイ・Zが、Nasを罵倒する曲「The Takeover」を発表する。

それ自体はヒップホップ業界では日常茶飯事であり、どうでもいいが、

問題はディスソングのなかですら、『Illmatic』を10年にひとつの傑作と認めてること。

あまりに高みへ登りすぎ、タブーのないMC同士でもアンタッチャブルな聖典となった。

 

2ndアルバム以降、Nasは「セルアウトした」と批判された。

『Illmatic』が大して売れなかったので、同情すべき面がある。

それより重要なのは、90年代に社会の荒廃が劇的に改善したこと。

ヒップホップの躍進期に、賢いMCは黒人男性に対するステレオタイプを利用し、

暴力的なイメージをふりまいて音楽市場を制覇した。

しかし一夜にして、窮極のリアリティは、時代錯誤のファンタジーとなった。

 

事情は複雑にいりくんでいる。

まるでNasの多音節語のライミングみたいに。





テーマ : HIPHOP,R&B,REGGAE
ジャンル : 音楽

Bad Religion "The Handshake"

ハーグでの日米韓首脳会談

 

 

The Handshake

 

バッド・リリジョン(Bad Religion)のアルバム『Stranger Than Fiction』収録曲

 

作曲:グレッグ・グラフィン(Greg Graffin)

発行:アメリカ 1994年

 

【上の画像クリックでYouTubeへとびます】

 

 

 

グレッグ・グラフィン

 

 

 

だれかと握手するたび、友情みたいなヘンな感情をおぼえるだろ

Every time you shake someone's hand and it feels like your best friend,

 

それは表面上の問題じゃない

could it be that it's only superficiality?

 

たがいの便宜をはかるとか、歩み寄りとか、いろいろあるけど

Without regard to well-being, without an inkling of compromise,

 

つまり握手ってのは、「クソッタレ」の裏返しだ

handshakes are nothing but a subtle "fuck you"

 

そして形式が人間関係を支配する

Contracts determine the best friendships

 

 

 

近代世界の住人は、他者に保護されたくてしかたない

This is the way of the modern world, everyone's vying for patronage

 

なにかを犠牲にしてまで

This is the way of the modern world, and something has gotta give

 

 

 

オレは人間同士の協調を信じるし、ときには妥協も否定しない

Now I believe in unity, and I am willing to compromise,

 

だが魂を売るのはゴメンだ

but I'm not gonna lie or sell my soul

 

 

 

抵抗しろ、抵抗しろ、抵抗しろ、握手なんていらない

Fend for yourself, and shun the handshake,

 

ほかの誰かのためにも

someone's gotta give

 

 

 

1973年のパリ平和協定で、レ・ドゥク・トとヘンリー・キッシンジャー

 

 

 

大嶽秀夫『ニクソンとキッシンジャー』(中公新書)をよんでるとき、この曲をおもいだした。

はじめて聞いたとき仰天したものだ。

握手が悪いことだったなんて!

 

強大な権力に対し、ひとり石つぶてを投げてもむなしい。

ヤツらの影響力は、われわれの日常の枝葉末節まで浸透している。

まづそこから変えてゆくことが、真のパンク魂。

 

訳詞とおもえぬ「カタい日本語」になったけど、原文はもっとカタい(笑)。

 

 

 

 

 

 

YouTubeのスタジオライヴをみると、ボビー・シェイヤーのドラムに圧倒される。

安定感ある一方で、ぐいぐい牽引。

こんなドラマーのまえで演奏するのはたのしかろう。

しかしシェイヤーは肩をこわし2001年に脱退する。

パンクの道はきびしい。




Stranger Than FictionStranger Than Fiction
(1994/09/06)
Bad Religion

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

花澤香菜『25』

 

 

25

 

花澤香菜のアルバム

 

サウンドプロデュース:北川勝利(ROUND TABLE)

アルバムプロデュース:山内真治

発行:アニプレックス 2014年

 

【上の画像クリックでYouTubeへ飛びます】

 

 

 

「どん! たん! ちきちき、どったん!」

きっと世界一かわいいヴォイスパーカッション。

MC Hanazawaによるラップにもときめく。

 

声優・花澤香菜の二枚めのアルバムの白眉は「Brand New Days」

南波志帆など手がける矢野博康が、スクリッティ・ポリッティぽい打ち込みで、

ニューウェイヴと渋谷系とアイドル声優を串刺しにした、だんご3兄弟的名曲だ。

 

花澤の声質はよくもわるくも、しっとりした情感にとぼしく、

弦楽器や管楽器より、打楽器にちかい佐倉綾音の発言も参照のこと)

 

 

 

 

年齢にあわせた全25曲、99分10秒。

うち24曲が新作、カラフルながらも統一感がある。

音楽面は北川勝利、作詞面は岩里祐穂と密に意見交換し、

「アーティスト花澤香菜」の看板を前面にうちだしたと、一聴してわかる。

 

だが、しかし。

そもそも「花澤香菜」とはなにか。

アニメやラジオ出演、雑誌インタヴューなどからつたわる彼女のひととなりは、

ひとことでゆうとエゴのなさ。

エゴのない自分を誇るエゴすら感じさせない。

くらべたら初音ミクの方がずっと人間臭い。

 

つまり、アーティストの本質を聞き手にさぐらせるためのCD2枚組。

オレたちにも花澤がわからないから、99分のなかで自分で見つけてねってこと。

 

 

 

 

17曲め「Eeny, meeny, miny, moe」がよい手がかりとなる。

作編曲はニコニコ動画周辺で活動する白神真志朗

作詞は『ゼーガペイン』(2006年)以来の声優仲間である浅沼晋太郎

音楽的には10年代の流儀、精神的にはよりパーソナルに。

 

台詞の上からなぞった ペンの黄色いライン 行ったり来たり

どうか夢への扉が 閉まりませんようにと 願って叫んでた

 

マクドナルドかどこかで、台本にマーカーで線をひく新人声優。

ゲーム音楽の洗礼をうけた世代による息せき切ったメロディに、

17歳のころの無力感と不安と焦燥が結晶化している。

 

いまでこそ「花澤無双」と評され、出演してないアニメをさがす方が困難なほどの人気だが、

のほほんと透明感あふれる演技の裏にある、必死な情熱が透けてみえた。

 

 

 

 

シンプルなギターロックの「マラソン」は、歌手自身が作詞にかかわる。

 

でこぼこアスファルト たまに石ころ

応援はない ライバルもいない

 

風の中を 走れ 走れ

ひとりきりで 走れ 走れ

 

そこにえがかれる風景は、意外なほど孤独。

 

 

 

 

モータウン調のシャッフルビートが人をしあわせにする「25 Hours a Day」も、

聞き返すうち、花澤の葛藤が滲みでていることに気づく。

 

25 Hours a Day

24時間じゃ足りないくらい 素晴らしい

(略)

春の雨がもうすぐ ひと降りごと 街を輝かせる

そんなふうに もっと優しくなれたらいいな

 

どちらかとゆうと慾望うすい彼女の願いは、1日がもう1時間ながくなること。

それと人にやさしくなること。

全人類共通の願望だが、だからこそ絶望的にむつかしい。

でも花澤香菜なら実現可能かもしれない……なんておもわせる、

魔法みたくキラキラした、個性的で普遍的な「ざーさんポップ」がここにある。




25(初回生産限定盤)25(初回生産限定盤)
(2014/02/26)
花澤香菜

テーマ : 声優
ジャンル : アニメ・コミック

坂本真綾『Be mine!』

 

 

Be mine!

 

坂本真綾のシングル曲

 

作曲:the band apart

作詞:坂本真綾

発行:FlyingDog 2014年

 

【上の画像クリックでYouTubeへ飛びます】

 

 

 

吸気音からはじまり、ギターが切迫感を煽る。

the band apartが作編曲と演奏をてがけた坂本真綾の新曲は、

うるわしい高音と弦楽器とゆう本来のイメージに、

尖り、とっ散らかったロック色がまざり、型やぶりな風景をえがく。

 

 

『世界征服』OP。堂々たるワキ見せに毎回ときめく

 

 

アニメ『世界征服~謀略のズヴィズダー~』のオープニング曲でもある。

帝国主義的幼女の物語にこれほどハマる曲をほかにしらない。

 

 

 

 

バンアパとは昨年「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」でしりあい、楽曲提供を依頼した(『声優グランプリ』2月号)

ボクは坂本真綾の活動にくわしくないが、プロデューサー的センスあるひとらしい。

 

 

 

 

歌手自身による作詞もおもしろい。

設定やプロットだけで、よくあのけったいなアニメをつかめるものだ。

あえて内容おしえずかかせた『残酷な天使のテーゼ』がアンセムになったわけで、

情報すくない方が作詞家の想像を刺激するのかも。

(ちなみに『世界征服』監督の岡村天斎は、エヴァの評価高い13・18話を演出した)

 

 

 

 

「続きは昼寝のあとで」とか「お空に星はまたたく」とか、

ロリ要素を夜空にちりばめるのは、声優兼歌手の特権。

 

 

 

 

やりたいようにやったって

誰か邪魔してくれないかな

勝負はいただき

 

「いただき」のところで左の口角をあげるヴィニエイラ様がすき。

 

 

 

 

英雄は裁かれない

勧善懲悪のからくりに

(略)

私の名は本能の共犯者

絶対に裏切れない生命活動の源よ

 

権力もとめ、自由にあこがれ、他者を支配したがるのは、生命としての本能。

勧善懲悪のからくりで裁けない。

裁かせてはいけない。

 

 

 

 

虚空にガントレットをつきあげるヴィニエイラ様。

可憐な英雄をたたえる歌声が、あまねく世界へひびきわたる。




Be mine!/SAVED.(世界征服盤)(初回限定盤)Be mine!/SAVED.(世界征服盤)(初回限定盤)
(2014/02/05)
坂本真綾

テーマ : 世界征服~謀略のズヴィズダー~
ジャンル : アニメ・コミック

タグ: ロリ 

ChouCho『DreamRiser』

『ガールズ&パンツァー』(テレビアニメ/2012-13年)OP

 

 

DreamRiser

 

ChouChoのシングル曲

 

作詞:こだまさおり

作曲:rino

発行:Lantis 2012年

 

【上の画像クリックでユーチューブへとびます】

 

 

 

 

『ガールズ&パンツァー』のOP曲。

ChouChoは、ニコ動の「歌ってみた動画」で世にでた歌手で、

ほかにも『氷菓』など、アニメ主題歌をてがけている。

 

いかにもオタク受けよさそうな、透明感ある声。

 

 

ゆかりんが好き。てゆうか、島田フミカネのキャラはみなすばらしい

 

 

じれったい夢だって 最初からわかってた

無関心な風に 何度傷ついても

 

弦楽器にみちびかれ疾走、さわやかで元気一杯の曲だが、

「無関心な風」のところとか、言葉を大切にうたうのが好印象。

 

 

マコの、典型から微妙にはづれる造形とか、センス抜群だよなぁ

 

 

根拠なんていつも 後付けだよ

大人ぶった予防線 飛び越えて今 Bright way

 

 

福圓美里の起用も、ストパン信者にはうれしい

 

 

「理屈なんていいから、前向きにがんばろう!」と背をおす応援歌。

それ自体が理屈でも、舌先で脈絡をころがし、うるさく感じさせない。

 

 

 

 

踏み出した空に 走っていく光

一番先へ 目覚めるスピードで

 

文法的に「目覚ましい」がふさわしいが、平仄をあわせた様だ。

前傾姿勢でサビを駆けぬける。

 

 

 

 

すきとおつた声質は、アクがなさすぎるのか、アニソン以外であまり耳にしない。

でも最近のポップスつて、演歌風によごす声が多すぎでは?

もしくは人数でゴリ押しするか。

ボクはChouChoみたいな発声が、単純に音響としてここちよく、すきだ。





DreamRiserDreamRiser
(2012/10/24)
ChouCho

テーマ : アニメソング
ジャンル : 音楽

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苑田 謙

苑田 謙
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