金田一秀穂『金田一家 日本語百年のひみつ』
金田一京助
金田一家 日本語百年のひみつ
著者:金田一秀穂
発行:朝日新聞出版 2014年
レーベル:朝日新書
「金田一」とゆう言葉には、得体のしれない権威がある。
京助・春彦・秀穂と三代つづく日本語学者の系統。
例の探偵の名の由来にもなった。
古代を象徴する「天皇家」、近世の「市川團十郎家」とならび、
近代以降の日本をしょってたつ名跡だろうか。
京助と石川啄木
孫の秀穂によると、京助にはいまだ熱狂的ファンがいる。
晩年はあちこちで講演をおこない、石川啄木やアイヌ人との交流をかたり、
おもいあまっては絶句し落涙する名調子で、聴衆を感動させた。
いわゆる明治男の典型だった。
エリートを自認するが、それが嫌味にならない時代だった。
シャープのワープロのCMに出演する春彦(1982年)
おなじ道にすすんでも、息子の春彦は科学的アプローチをこのむ。
文学にほとんど関心なかった。
記憶力抜群で、正月に百人一首をすれば、子供三人を敵にまわしても勝てた。
家族と旅行しても、めづらしい方言をきくと同行者そっちのけで調査開始。
いまは細分化した国語学の、全領域をカヴァーできる最後の世代だった。
金田一家の庭で撮影された知里幸恵(1922年)
秀穂が父・春彦をかたる口調は辛辣で、そこがおもしろい。
金田一家に居候し、翻訳などしていたアイヌの天才少女・知里幸恵に、
子供のころの春彦は差別的な態度で接した。
長じて方言学者となっても、父が生涯をかけたアイヌ研究に一切かかわらない。
経済的に負担で、外聞もよくないアイヌ人との同居を、
京助の妻・静江はきらっており、その影響を息子はうけたらしい。
春彦は本郷でうまれたが、本籍地は京助の出身地である盛岡だったので、
徴兵時に岩手の連隊にいれられそうになり、あわてて籍をうつした。
郷土愛のつよい父はかなしんだ。
父にはげしいコンプレックスをもっていた春彦は、京助が死んだとき、
重圧から解放された様な、はればれとした表情をみせた。
学問における跡目相続は、闘争の意味もある。
関谷あさみ『千と万』(アクションコミックスコミックハイブランド)
春彦は戦中、日華学院で支那からの留学生に日本語をおしえた。
のちに教え子らは反革命分子とみなされ、文化大革命で迫害される。
たかが一言語をまなんだりおしえたりするだけでも、苦労はたえない。
![]() | 金田一家、日本語百年のひみつ (朝日新書) (2014/08/08) 金田一秀穂 |
金谷武洋『日本語が世界を平和にするこれだけの理由』
日本語が世界を平和にするこれだけの理由
著者:金谷武洋
イラスト:加納徳博
発行:飛鳥新社 2014年
カナダへ留学していた筆者は、寮で友人が自分に「とのぶー!」と叫ぶのをきいた。
フランス語らしいが、3回いわれても理解できない。
ただしくは「Ton eau bout!」、意味は「あなたのお湯が沸いている」。
水ごときに所有格の代名詞をつける感覚が、日本人に通じなかった。
サイデンステッカーが英訳した川端康成『雪国』の冒頭は、
「The train came out of the long tunnel into the snow country」。
英語話者数人にきかせ情景を絵にかかせると、全員が上から見おろすアングルに。
汽車にいるはずの主人公がきえた。
視点のちがいは映画のポスターにも
言語類型論と日本語教育を専門とする筆者は、日本語文法の特徴を、
人称代名詞が顔をださない、自己主張のすくない言語とする。
たとえば「Thank you」にでてくる人間が、「ありがとう」にいない。
AKB48『恋するフォーチュンクッキー』の歌い出し。
あなたのことが好きなのに
私にまるで興味ない
日本語にしては代名詞がおおいが、それでもふたつの主語が省略されている。
日本語は基本文の構造が特殊なのはまちがいなさそうだが、
モントリオール在住の筆者はさらに、水村美苗や林望らに反論し、
日本語は危機にあるどころか、人気急上昇中の言語だと主張。
文化や自然が注目されるなか、日本語学習者がふえている。
カナダ人が日本へ留学し日本語をまなぶと、話し方がかわり声もかわり、
攻撃的なところがなくなって、やさしい性格となりかえってくる。
オノ・ヨーコとであったジョン・レノンは、猛烈に日本語を勉強したせいで、
その作品やパフォーマンスにも、日本的思想が影響したとゆう話もおもしろい。
『源氏物語』写本(明融本)
とはいえボクもこの言語を長年つかってるから、やすやすとだまされない。
筆者は英語の「假主語」の無意味さを批判するが、
だらだらとムダばかりなのはむしろ日本語の方で、
西洋語にせよ支那語にせよ、翻訳すると本がぶあつくなる。
「主語」を「主題」といいかえたところで、その得意なはたらきは「てにをは」、
つまり格助詞や係助詞の厳密な用法がささえるのなら、おなじではないか。
そもそも文法の優劣をきそう発想が不毛であり、エゴイスティックで非日本的だ。
本書の主張は、小谷野敦『日本文化論のインチキ』にとても対抗できない。
南京で虐殺された支那人と日本兵
日本文化論とか日本人論とか、褒めるにせよ貶すにせよ、すべてくだらない。
「すきだ」とゆう日本語は、英語に翻訳できないからすばらしいと筆者はゆうが、
なら「きらいだ」とゆう日本語もすばらしいといわねばならない。
それに、人称代名詞をうとんずる文法などもつから、日本人は人を人とおもわず、
20世紀なかば周辺国で狼藉はたらき、いまだ憎まれているとゆう解釈もなりたつ。
『ご注文はうさぎですか?』(テレビアニメ/2014年)
ボクは本書はわるくないとおもうし、刺激もうけた。
ミソもクソも一緒にしないでほしいだけ。
日本語にはふたつの系統が存在する。
裕仁や東條英機や安倍晋三の日本語。
どちらをえらぶかはあなた次第だ。
![]() | 日本語が世界を平和にするこれだけの理由 (2014/06/25) 金谷武洋 |
落合淳思『漢字の成り立ち』
漢字の成り立ち 『説文解字』から最先端の研究まで
著者:落合淳思
発行:筑摩書房 2014年
レーベル:筑摩選書
「字源」、つまり漢字の構成原理についての研究史をまとめた本。
実はあまり語られなかった世界だ。
藤堂明保や白川静といった字源の研究者が権威化し、
反駁しづらい状況がうまれ、ふるい学説が漢和辞典に引用されつづけている。
普段は歯に衣きせぬ高島俊男(藤堂にちかい立場)が、
この話題にかぎってはお茶をにごすのを、ボクも読んだことがある。
著者は1974年うまれ。
孫の世代がようやく、歴史を説きおこしだした。
「字音」を重視した藤堂明保は、
スウェーデンのカールグレンに影響うけ、上古音を復元したのが特徴。
西洋言語学の理論をとりいれ、隙のない体系を構築した。
ただし応用に無理があった。
漢字は、つくられた段階では「字音」が考慮されたものでも、
のちに「字形」のウェイトがたかまる。
発音がかわるたび字形をかえるのは非効率だから。
上古音自体、いまだ確定しないのがおおい。
かたや白川静は「字形」をおもんじた。
50歳をすぎてから本格的に字源研究をはじめた白川は、
甲骨文字や金文の知識を利用しつつ、文化や思想の面からも分析。
スケールおおきい学説は、一般読者にウケがよかった。
「魯」の下部が祭器であることの発見などは、すぐれた成果だ。
問題は、字源をなんでも「呪術儀礼」にむすびつけたこと。
その割合は3分の2におよぶ。
「鳴」が「口+鳥」でなく、「鳥の鳴き声による占い」と説くにいたっては、
さすがに牽強付会といわざるをえない。
たとえ殷代だろうと、王朝を呪術だけで維持できるだろうか。
合理的で物質的な支配機構が前提だったのでは。
じっさい祭政不可分な時代では、祭祀は王の支配権をつよめる力があり、
聖職者も神事以外のさまざまな職務をになっていた。
ボクがおもうに、漢字とゆうテクノロジーが開発され、普及したのは、
徴税や徴兵の公平性、商取引の信頼性などが目的だったのではないか。
複雑な事象をズバッと一元的にときあかした研究者を、
ひとは「大学者」と讃美するが、えてして彼らの方法は学術的じゃない。
日本語だったら、大野晋の「タミル語起源説」とか。
けっきょく複雑なものは、複雑なのだ。
著者はPCでデータベースをつくり、用例を検索できるようにした。
たとえば殷代に「省」が、呪術的行為を意味しないのを確認できる。
表示可能な字形の数など、技術的限界もあるが。
文系の高等教育をうけるには、4~5000字の知識が必要だが、
漢字を分解すると、意味のある形は300ほどにまとめられる。
最新の研究にもとづき初等教育をアップデートし、
日本の文化と文明が発展するスピードをはやめるべきだろう。
いまさら漢字をすてるわけにゆかないのだから。
![]() | 漢字の成り立ち 『説文解字』から最先端の研究まで (筑摩選書) (2014/04/14) 落合淳思 |
小谷野敦『頭の悪い日本語』
『DEATH NOTE』(テレビアニメ/2006-7年)
頭の悪い日本語
著者:小谷野敦
発行:新潮社 2014年
レーベル:新潮新書
小谷野敦は「看護師ファシズム」とたたかう。
だれも「看護婦」が差別用語だと抗議しないのに、法令にあわせ日本人は一斉に、
新聞やテレビはもとより小説まで「看護師」をつかいだす。
なんでもファシズム認定したがる著者とはいえ、たしかにこの風潮は異常だ。
左翼知識人が、国家による統制を歓迎するのもなさけない。
ちかごろ流行りの「参画」なんてのも、行政用語にひきずられた一例。
「参加」で十分なのに。
『メトロポリス』(ドイツ映画/1927年)
「メトロ」はギリシア語で「母」を意味する。
1927年の映画以降、「メトロポリス」や「メトロポリタン」といった語が定着したが、
それはともかく「東京メトロ」は、「東京の母」とゆう意味になりおかしい。
パリの地下鉄を「メトロ」とよぶことからの誤用の様だ。
「誤用」と「派生」は区別されねばならない。
たとえば「ダメ出し」。
もとは囲碁でもちいられた語から派生した演劇用語で、
「念のため演技の注意をすること」だが、「ダメだと言う」の意味に誤解された。
言葉として一度死んでおり、つかうべきでない。
パソコンの普及とともにひろまった「立ち上げる」は、
「自動詞と他動詞の複合動詞だから間違っている」と指摘されることが多いが、
それは「引き上げる」の様な例もあり、実際は「主語のズレ」に文法ミスがある。
「立つ」のがパソコンで、「上げる」のが人間だ。
措辞にこだわる著者だけに、解説は明瞭でよい。
むつかしい言葉をつかってインテリぶりたい慾望は否定しがたく、
たとえばスポーツ選手の「美学」がかたられたりする。
別に学問研究じゃないから、「美」か「美意識」でよい。
知識人にとり、言葉以上の武器はない。
言葉によってのみ彼らは自立しうるのに、
ロクに辞書もひかず誤用をくりかえし、法令に盲従するなど自殺行為。
まぁ高島俊男や呉智英などウルサ型もいるが、
言論界では「説教ずきの変なジイサン」とみなされている。
ソックパペット藝を披露するウィキペたん(作者:Kasuga)
著者はよく「上から目線」といわれる。
私は著者で相手は読者なのだから、
それはある程度仕方がないというより、当然と言うべきである。
ネットではみなが平等だとか言われたことがあるが、
実際にはそんなことがあるはずがなく、平等だと誤解した結果である。
「著者と読者」の関係は消滅、不気味な「クラスタ」がのこった。
インターネットは誤用の地雷原。
たとえば「自作自演」はユーミンみたいな歌手のことで、
2ちゃんねるの荒らしを形容するなら「狂言」がただしい。
「無断引用」もおかしい。
一定の範囲をこえず、引用元を明記すれば、著者にことわる必要ないのだから。
ボクもこの言葉は大嫌いだが、小林信彦までつかってると知りガッカリ。
『メタルスレイダーグローリー』(HAL研究所/1991年)
「難易度」は妙ちきりんな表現。
「難易度が高い」は、「難しい」の一言におきかえられるから不経済だ。
本書に書いてないが、ゲーム評論から波及した語だろう。
小谷野はゲームがわかってない。
「この戦争がおわったらオレ結婚するんだ……」は「死亡フラグ」といい、
アドヴェンチャーゲームのプログラム概念を、一本道の物語の鑑賞に流用したもので、
定義は曖昧であり仕方ないが、著者はテキトーに書き飛ばしている。
『もてない男 恋愛論を超えて』がでたのが1999年1月。
東大卒のセンセイが「非モテ」を理論的に肯定するのが斬新で、ベストセラーに。
なお「2ちゃんねる」開設は同年5月で、たとえば「リア充爆発しろ!」とか、
投稿内容は『もてない男』から影響うけたろうし、著者もそう発言していた。
つまり、小谷野敦がまいた種から日本のインターネット文化はうまれ、
最近ようやく世代交代の波が、非リアの父を押し流しつつある。
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(日本映画/2012年)
堕落する知識人と、クラスタ化する大衆。
退廃の原因はどこにあるのか。
本書は、1995-6年のテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』から、
綾波レイの呼称「ファーストチルドレン」など、「チルドレン」とゆう誤用をあげる。
序数詞と複数名詞の組み合わせはあきらかに間違ってたのに、
当時は訂正されず、新劇場版は「第3の少年」みたくごまかす。
すべてはエヴァからはじまった。
知識人は庵野秀明に媚びるまえに、措辞をただすべきだった。
われわれは電子辞書片手に、「ポスト(小谷野風にゆうと「ポゥスト」)・エヴァンゲリオン時代」を模索する。
![]() | 頭の悪い日本語 (新潮新書) (2014/04/17) 小谷野敦 |
なぜ源氏物語はハーレムラブコメなのか
平安神宮
太政大臣となった光源氏は、六条京極あたりに大邸宅をたてた。
四つの区画はそれぞれ春夏秋冬をあしらう。
自分が起居する春の御殿に紫の上を、夏の御殿に花散里を、
秋の御殿に秋好中宮を、冬の御殿に明石の上をすまわせる。
あちこち散在していた女がひきうつる「殿わたり」は、平安朝の男の理想の生活。
冷泉院の帝を中心にした対立系図
臣下にくだった33歳が他氏をおしのおけ、位人臣をきわめる。
藤原氏全盛期にあってはファンタジー小説まがいの絵空ごとだが、
主人公もそれなりに努力している。
たとえば若い玉鬘を自分の娘といつわり引きとったのは、
ロリコン趣味だけが原因でなく、イモねえちゃんをしかるべく教育し、
いづれは宮中にいれ、一家一門の繁栄をはかる手立てのひとつ。
女とゆう政治資産を売買しながら、ハーレムとゆう政治機関を拡大。
玉鬘は結局、髭黒の大将に略奪されるが。
車あらそい
女を手にいれることは侵略戦争とおなじ。
兵をうごかさず領地をひろげられるのだから命懸け。
影媛への求婚がみのらなかった武烈天皇は、
恋敵の平群鮪をころしたし、仁徳天皇も弟と女をころした。
おのれの女は、鉄壁の警備でまもる。
正妻格の紫の上は夕霧に懸想されるが、生涯二度しか姿をみせなかった。
台風の翌朝の混乱と、死に顔だけ。
義理の親子でさえ、一瞬の油断は破滅をまねくから。
女三宮の子をだく光源氏(源氏物語絵巻・柏木)
朱雀院の帝の姫君である女三宮を、妻にむかえるのは気がすすまなかった。
40歳はすでに老境、女たちの感情のうずまきに身をおくのはわづらわしい。
正妻の誇りをきずつけてまで後見となった女三宮は、柏木との不義の子をうむ。
これも家筋をたたる怨霊のしわざらしい。
六条御息所の怨恨がもののけとして発動、
葵の上と紫の上をころし、女三の宮に世をすてさせた。
光源氏の家の始祖は光源氏だから、全責任は自分にある。
病にくるしむ柏木を宴席へよびだす。
密通についてほのめかし、酒をしいて心身をいたぶり、容赦なく命をうばう。
刃物もちいぬ殺人で、ダメージコントロールを遂行した。
冷徹さ、それがラブコメ主人公の条件。
【参考文献】
池田彌三郎『光源氏の一生』(講談社現代新書)
![]() | 光源氏の一生 (講談社現代新書 2) (1964/03/22) 池田弥三郎 |