川島幸希『国語教科書の闇』

五十嵐藍『ワールドゲイズ クリップス』2巻(角川コミックス・エース)

 

 

国語教科書の闇

 

 

著者:川島幸希

発行:新潮社 2013年

レーベル:新潮新書

 

 

 

現代文の授業をマジメにうける生徒はいない。

学習量が得点に直結しないから。

本好きなら勘でとれるし、文学少女(年)こそゲンコクを軽視する。

 

教科書に採録される作品も千篇一律。

芥川龍之介『羅生門』、夏目漱石『こころ』、森鷗外『舞姫』。

くらく後味わるい小説ばかり。

教室まで陰気になる。

 

 

 

 

国語教師が目次をみても、どの教科書がどの出版社か識別できない。

なぜ画一化した定番教材だけになつたか?

 

教科書会社は「先生方はおいそがしいので」と自己辯護する。

毎年『羅生門』なら準備はラクだし、それが現場の要請だと。

アンケートをとりもしないで。

かわりばえないラインナップに、教員は辟易している。

 

 

たかみち『ゆるゆる』2巻(YKコミック)

 

 

教科書の市場規模は、よくもわるくも安定。

ひとり一冊。

どれほど智恵をしぼろうが、総発行部数はふえない。

なおかつ、高校生の数が激減している。

ながくなつた改訂サイクルはマンパワー不足の会社に不利で、寡占化すすんだ。

冒険など、できやしない。

 

国家そのものとつれそい、ゲンコクも沈滞。

 

 

さかもと麻乃『沼、暗闇、夜の森』(百合姫コミックス)

 

 

文部科学省の「学習指導要領」も、学校をつまらなくした。

国は「主題を理解すること」を基準にさだめるが、

主題がくつきりはつきりした作品など、そうありはしない。

『こころ』ならエゴイズムゆえの苦悩、でも『それから』はどうか。

 

ある指導資料は『羅生門』を、「下人が根源的に生きる意味をみいだそうとする物語」と定義。

おしつけがましい。

『走れメロス』を、「妹萌えの物語」とみなしてはいけないのか?

 

 

 

 

被害者の筆頭は森鷗外。

『舞姫』採用のおかげで、「女にだらしない男」のレッテルをはられ、

特に女子のあいだで評判は地におちた。

まあ自業自得のきらいはなくもないが、

近代日本最高の知識人のひとりに対し、冒涜的な仕打ちといえる。

 

3年生担当の教員により、あのよみづらい若書きの小説を、

おしえずにすます措置が全国的にひろまつている。

 

 

関谷あさみ『千と万』(アクションコミックスコミックハイブランド)

 

 

せめてアクビのでない授業をしてほしい。

いづれにせよ、横目であのコをながめてばかりの毎日だけど。




国語教科書の闇 (新潮新書)国語教科書の闇 (新潮新書)
(2013/08/10)
川島幸希

テーマ : 教育
ジャンル : 学校・教育

田中芳樹『タイタニア 4 〈烈風篇〉』

発行:講談社 2013年

レーベル:講談社ノベルス

 

 

 

『銀河英雄伝説』と双璧なすスペースオペラの、なんと22年ぶりの新刊。

続篇をまちながら死んだファンもいよう。

小説家は軍人とおなじくらい、罪つくりな稼業だ。

 

一片の領地も有せず、宇宙の経済と軍事を牛耳るタイタニア一族だが、

鬼謀のファン・ヒューリックに苦杯を喫し、その統治能力にヒビが生じた。

藩王暗殺未遂事件を機に、まつぷたつに分裂した五家族が砲火をまじえる。

 

タイタニアは「アメリカ合衆国」のアレゴリー。

ラインハルト・フォン・ローエングラムとちがい、民主主義や自由経済を肯定する。

各惑星の住人に、自分らが自分らの支配者と錯覚させるため。

一方で星間航路を確保、企業を買収、選挙を操作し、全宇宙の権益を独占。

きのうまでは。

米国の権勢が相対的に低下する2013年、『タイタニア』の続篇が世にでるにふさわしい。

 

 

ガンテツ『タイタニア』(シリウスKC) アニメもよいが、ボクは漫画版派だ

 

 

この歌劇の第四夜は、智将アリアバート・タイタニアの用兵が水際だつ。

敵する策士イドリス・タイタニアは、負傷した藩王を擁し「天の城(ウラニボルグ)」に陣どる。

艦艇数は2万対4万。

倍の兵力をもつイドリスは、タイタニアの仇敵たるヒューリックまで召致。

 

アリアバートは予備兵力のこさず、辺境の惑星バルガシュから一挙に「天の城」を突く。

時間はかれの味方でないから。

ヒューリックがあたらしい部下の人望を得るのを待つはおろかしい。

リディア姫の母国を攻撃しジュスラン・タイタニアをゆすぶるなど、

イドリスのあざとい機略も有効だが、決定打となりえない。

 

アリアバートの采配に、盟友ジュスランは見惚れた。

実戦指揮官とゆうより、交響楽団の指揮者。

無音の世界にひびく壮麗なシンフォニー。

 

 

4巻挿絵はアニメ版に準拠

 

 

永遠の夜を背景にした死の舞踏会。

(略)

めくるめくビームの交差。爆発四散する駆逐艦。

推進機関を破壊され、酔漢のごとくただよう巡航艦。

火につつまれたまま、なお砲座からビームを吐き出しつづける戦艦。

 

第一行の様な中二病フレーズがにあう60歳は、銀河系で田中芳樹ひとりだろう。

若くして老練な文体のもちぬしだつたが、老いても文章にツヤがある。

こんなおもしろい小説を22年放置するあたり、常人にはかれぬ感性だ。

 

後世、人名辞典などで検索すると、ファン・ヒューリックの肩書はじつにさまざまである。

「タイタニア第八代藩王アジュマーン時代の軍人」、

「反タイタニア活動の一派の指導者」、「ゲリラ戦術家」などなど。

ただし当時の本人の心境としては、

「タイタニアン・エイジの不幸な犠牲者」と主張したいところであったろう。

 

「ファン・ヒューリック」が人名辞典にのつている!

この擬似歴史小説的仕掛けは『銀英伝』にもなかつたはず。

 

 

 

 

藩王アジュマーン・タイタニアの、卑劣で完璧な姦計で幕はおりる。

にくらしいほど聡明なジュスラン・タイタニアさえ、巨大なてのひらの上でおどらせた。

オーベルシュタインもふるえあがるであろう非情。

これがタイタニアか。

権力の毒が、絶対零度の狂気に変容し、宇宙をまるごと虚無の淵へたたきおとす。




タイタニア4<烈風篇> (講談社ノベルス タK- 32)タイタニア4<烈風篇> (講談社ノベルス タK- 32)
(2013/09/25)
田中芳樹

テーマ : SF小説
ジャンル : 本・雑誌

タグ: 田中芳樹 

ロバート・ブロック『尖塔の影』 ニャル子さんの黒歴史

『這いよれ! ニャル子さん』(テレビアニメ/2012年放送)

 

 

太陽ばっか、まぶしくってぇ、闇の方がス・テ・キ♪

……えと、地球のみなさまこんばんは。

いつもニコニコあなたの隣に這いよる混沌、ニャルラトホテプでっす!

 

今宵の『そのスピードで』は、「無貌の邪神」たるこのわたくしが、

愛しい真尋さんの部屋からお送りいたしますです。

さて、もどってくるまでに弱みをさぐる……じゃない、お掃除しないと。

これは妻のデューティ、義務であります。

 

お、本棚にみなれぬ文庫本が。

な、なんと、『暗黒神話大系シリーズ クトゥルー』7巻じゃないですか!

ひょっとして真尋さん、わたしのことを知りたくて猛勉強中?

きゃー鼻血が!

 

 

 

 

1950年に発表された、ロバート・ブロックさんの『尖塔の影』という短篇小説は、

H・P・ラヴクラフト先生の『闇をさまようもの』の後日譚。

『闇をさまようもの』のまたその前に、ブロックさんの『星から訪れたもの』があって、

クトゥルー神話の創始者ラヴクラフト先生を、登場人物として殺しちゃったんです。

で、仕返しに『闇をさまようもの』でブロックさん死亡。

……地球のみなさんにはややこしいかな、ついてこれてます?

『尖塔の影』は、前作で師匠に殺されたブロックさんが、自分の死の謎を追います。

 

かなしいことに『闇をさまようもの』のすぐあと、ラヴ先生は46歳でお亡くなりに。

ホラー小説書くのって命がけですね……。

 

 

 

 

魔女信仰について調べていたブロックさんは、プロヴィデンスという街の教会で、

なんらかの事件にまきこまれ発狂、しばらくして怪死しました。

主人公は、真相を知るらしきアンブローズ・デクスター医師をたずねます。

 

この先生、ただのお医者さんじゃありません。

物理学にもくわしくて、核兵器開発にかかわってるとか。

主人公はデクスター医師の正体が、愚かな人類をたぶらかし、

世界に破滅をもたらそうと企む邪神じゃないかと疑います。

 

 

 

 

デクスター医師は笑って歯牙にもかけません。

原爆恐怖症の妄想にとりつかれてると。

 

主人公は不敵にこう告げます。

ラヴクラフトの書いた神話は真実だ。

寓話や比喩で、秘密をほのめかしていた。

つまり貴様は外なる神の使者、ニャルラトホテプだ!

 

 

 

 

……てへっ、バレちゃいましたか!

そうです、米軍そそのかして広島と長崎に原爆投下させたのはこのわたしです!

いやーあの混沌、ケイオスは見ものでしたよ。

 

ちなみにわたしの真の姿はこんな感じです。

発狂しそうなくらいうつくしいでしょ?

いつかハダカのわたしを真尋さんにみせたいなっ♡

 

 

 

 

逢空万太先生の小説『這いよれ! ニャル子さん』が世に出たのが2009年。

終戦から半世紀後の日本をこの目で見たかったんですよね~。

これが平和ボケもいいとこで、驚くやら呆れるやら。

だから2011年には福島でしたっけ、ちょいちょいって遊んでやりましたよ。

 

あ、このことは真尋さんにはシークレット、秘密におねがいします。

もし約束やぶったら、宇宙CQCで息の根とめますから!




クトゥルー〈7〉 (暗黒神話大系シリーズ)クトゥルー〈7〉 (暗黒神話大系シリーズ)
(1989/11)
H・P・ラヴクラフト

テーマ : 這いよれ!ニャル子さん
ジャンル : アニメ・コミック

ウィキペディア vs 紙の辞書

 

 

ウィキペディアを閲覧してイラつくのは、アニメ関連の項目。

女声優Aが、女声優Bとなかよしで、一緒に旅行した……とか、

愚にもつかぬ逸話を羅列し、読者を辟易させる。

 

「萌え」のページをみよう。

 

スラングとしての萌え(もえ)とは、一部文化において、

アニメ・漫画・ゲームソフト等様々な媒体における、

対象(主として登場キャラクター)への好意・恋慕・傾倒・執着・興奮等の

ある種の感情を表す言葉である。

「対象物に対する狭くて深い感情」という意味を含み、

それよりは浅くて広い同種の感情を表す

「好き」という言葉を使うのにふさわしくない場合に用いられる。

 

ダラダラ書きつらねるから、定義の網がほころぶ。

「萌え」が狭くて深い感情で、「好き」が比較的広くて浅い感情とする。

ならば、「あなただけが死ぬほど好き」と言つてはいけないのか?

「好き」は、「萌え」とおなじかそれ以上に、「狭くて深い感情」をあらわすのでは?

 

 

 

 

『三省堂国語辞典』編集委員をつとめる飯間浩明の、『辞書を編む』(光文社新書)にある指摘だ。

『三国』の語釈は、「かわいい少女などに、心が強くときめくこと」。

 

辞書編纂者は出版物だけでなく、街の看板などから用例採集する。

その数、月に400語。

ファッション雑誌をよむと、「夏コーデ」だの「ソルベカラー」だの「Cカーブ」だの、

新語がのつたページに目印をつけるのでボロボロに。

 

「ガチ」は、2010年の『明鏡国語辞典』第2版にのつたことばだが、

用例の変化をみるため、飯間はツイッターで検索。

 

水泳、ガチ疲れたわ~(^O^)

でも、めちゃくちゃ泳いできたから体強くなった気がするわ!

 

2012年10月、副詞的用法の「ガチ」が確認された。

 

 

『三国』の編集会議

 

 

1996年ごろ、「チョベリバ」なることばが話題に。

女子高生のあいだで流行中といわれ、良識ある大人は眉をひそめたが、

当の若者自身による用例がさつぱりあつまらない。

ことばそのものが都市伝説だつた。

 

逆に2007年の「KY」は、だれもが一過性の流行語とみなすも、

流行期がすぎ「普通のことば」として定着、いま採否を再検討している。

 

一旦辞書にのつても安泰でない。

たとえば「レーザーディスク」は、DVDやブルーレイにとつてかわられ、削除候補だ。

 

読み書きは、一瞬の油断もならぬ地雷原。

ことばのプロが編んだ辞書がないと、ボクは1ページも書けない。





辞書を編む (光文社新書)辞書を編む (光文社新書)
(2013/04/17)
飯間浩明

テーマ : ことば
ジャンル : 学問・文化・芸術

レンネンカンプ上級大将をたたえる

『銀河英雄伝説』(OVA・1988-2000年)

 

 

新帝国暦1年、駐同盟高等辯務官ヘルムート・レンネンカンプ上級大将は、

同盟のヤン・ウェンリー退役元帥を虐待し、混乱をまねいたことを、同僚からも批判された。

不当なあつかいでないか?

ヤンが部下(メルカッツ)を野にはなち、戦艦を強奪させるなど暗躍したのは事実で、

一党の暴発をふせげなかつた責任も、みづからの死でつぐなつたのに。

 

 

 

 

法的な問題は、ヤン叛逆の證拠がなかつたこと。

かの策士は「バーラトの和約」以前に手をうち、メルカッツを逃亡させたが、

一般刑法にてらし背任横領罪を適用する可能性もあり、潔白といえない。

そもそも、遵法を優先すべき局面か?

ヤンには、軍事的独立および帝国に対する攻撃の、意志と準備があつた。

戦争はつづいていた。

 

 

 

 

ヤン自身は、あまい新婚生活を満喫する様にみえる。

ラッツェル大佐(大馬鹿者だ)など、たやすく煙にまかれたが、

レンネンカンプはだまされなかつた。

 

あれは擬態だ、と、レンネンカンプはやがて確信した。

ヤン・ウェンリーはこのまま老い朽ちるまで

無為な年金生活に甘んじるような男ではありえない。

かならず内心で同盟の復活と帝国の転覆をくわだて、

長期的な計画をねっているにちがいない。

 

田中芳樹『銀河英雄伝説6 飛翔篇』(創元SF文庫)

 

つまり證拠は、戦場で対峙した男同士のみ通ずる直感で、

叛乱の芽をつむなら、はやい方がよかつた。

 

 

 

 

 

 

 

軍事的には、ヤンが一枚上手。

レンネン氏は、ローゼンリッターの戦力を考慮にいれなかつたろう。

 

 

 

 

でも政治的に、やはりヤンは手ぬるい。

自殺の手段について、原作はくわしく記述しない。

アニメ版では、手をしばる縄が放置されていたとする。

ここまでマヌケでないにせよ、「魔術師ヤン」は警戒をおこたつた。

 

 

 

 

これまでラインハルトの宿将に自殺者のいないことが、判断をくもらせたか。

(皇帝誘拐事件でのモルト中将は、実質的に賜死)

ああみえ案外、寛容な君主だから。

 

 

 

 

「この一件だけでも、地獄の特別席は確実だ」と意気消沈する、

夫の内面を察し、フレデリカは死化粧による偽装工作を買つて出る。

罪をわかちあおうとした。

本来バグダッシュあたりにまかすべき仕事で、ヤンも相当日和つている。

 

倫理をおもんずる用兵思想をもつヤンにとり、レンネンカンプの死は痛手だつた。

艦隊をひきいるばかりが、戦争でない。

 

 

 

 

 

 

 

さて、ラインハルトの人事は適当だつたか?

 

分身たるキルヒアイスが生きていれば支障なかつたが、いつてもむなしい。

まだ宇宙統一がなされない以上、ミッターマイヤーはつかえない。

ミュラーはわかすぎるし、ロイエンタールは、のちに総督として国をわる張本人。

メックリンガーなら、ソツなく治安をまもるだろうが、皇帝の進取の気風にあわない。

 

レンネンカンプが登用されたのは、かつて部下だつた「金髪の小僧」を、

公平にあつかつたことが大きいとされる。

「ラインハルトから嫌われなかつた上司」は、

おそらく宇宙でひとり、それだけで傑物とわかる。





銀河英雄伝説〈6〉飛翔篇 (創元SF文庫)銀河英雄伝説〈6〉飛翔篇 (創元SF文庫)
(2007/12)
田中芳樹

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苑田 謙

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