『ナデシコ女学院諜報部!』 第8章「ドローン」


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 極彩色に階段が塗られてゆく。小田急百貨店の正面にある歩道橋だ。ミキと千鳥が上から、ジェーンとチームメイトが下から、ペイント弾をばら撒く。階段のあちこちで塗料がしたたり落ち、うかつに踏みこめば滑り落ちそう。

 膠着状態を打破しようと、ジェーンはお団子ヘアのチームメイトへ指示をとばす。お団子ヘアが走り出す。反対側のエスカレーターを昇り、挟み撃ちするつもりだ。

 MP7を階段下のジェーンに対し連射しながら、ミキが叫ぶ。

「千鳥! クレイモア!」

 交戦中だから呼び捨てはしかたないが、先輩としてはあまりおもしろくない。千鳥は背後にある公衆トイレの壁に身を寄せ、エスカレーターの降り口を凝視する。お団子ヘアが駆け上がってくる。

 千鳥は、あらかじめ仕掛けておいた指向性地雷の起爆スイッチをいれた。

 ボンッ!

 お団子ヘアはアサルトライフルのFN・SCARを構えたまま、頭頂から爪先まで青く染まる。

 セレブリテ学園にヒット。生き残りは三対二で、ナデシコ女学院がリード。ミキたちは状況をまだ正確に把握できてないが。

 ジェーンは四文字言葉を罵り、姿をくらます。

 満面の笑みをたたえたミキが、千鳥とハイタッチして言う。

「よっしゃあ! 一気にトドメ刺そう!」

 千鳥はおだやかな微笑を返す。

 ふだんは感情表現がとぼしいミキだが、ゲームに勝つと無邪気な幼女に変貌する。こういった勝負事が好きでたまらないのだろう。

 実際ミキは、天賦の才にめぐまれている。背中に目がついてるかの様に周囲の動きを察知する。数手先を読んで有利な位置を占め、味方を手足の様にあやつり、ためらいなく敵を殲滅する。

 すっかり後輩にリーダーシップをうばわれた千鳥だが、ミキの命令にしたがって行動するのがすこしづつ快感になってきた。

 トランプ柄の黒いスカートをなびかせ、ミキはジェーンを追ってびゅんと突っ走る。

 千鳥はつぶやく。

 あのコは本当に、神の使いかもしれない。




 ミキと千鳥の先輩後輩コンビは、エスカレーターで歩道橋から地上へ降りる。ドローンが約二十メートル上空を飛んでるのに気づく。工具箱の様なものを運搬している。ドローンは小田急百貨店と京王百貨店の隙間にある細い道、モザイク通りへ入ってゆく。ジェーンに弾薬などを補給するのだろう。

 ミキは腰だめにしていたMP7を右肩に引きつけ、ビルの谷間へむかい歩を速める。

 千鳥が、ミキのジャケットの襟をつかんで言う。

「おいおいおいおい、さすがにあそこは危険だろ。あきらかに誘ってる」

「そりゃ、まあ」

「策があるなら教えてくれ」

「ボクが敵だったらスナイパーをおきます」

「どこに」

「小田急の屋上かな。でも居場所がわからないのがスナイパーの存在意義だから、なんとも言えない」

「だめじゃん。あたしが走って裏へ回ろうか」

「セレブリテはドローンで監視してます。上空を取られてる以上、回りくどい戦術は効果が薄い。もっと直接的に揺さぶりたい」

「で、どうすんの」

 ミキは右目を伏せ、ツインテールをいじる。

 人生はむつかしい。ゲームの中なら相手を容赦なく叩きのめしても許される。所詮ゲームだから。一方、現実世界で人を傷つければ遺恨となる。

 でも、言わなければ。闘争の霧のなかで即座に判断をくだし、チームを牽引しなければ。

「先輩は囮になってもらいます」

「スナイパーをおびき出す餌になれってか」

「はい」

「勝算はあんの」

「百メートルくらいはMP7で狙えます」

「わかった」

「生意気言ってすみません」

「チームのためなら喜んで犠牲になるさ。あたしはそうゆう運命なんだ。どの分野でもトップにはなれない」

 ミキは、奇麗にととのった眉をひそめる。意外な発言だった。千鳥は有名なサッカー選手であり、諜報部のエースとしても人気がある。父親が開業医で、自身も医学部進学が確実と聞いている。陽のあたるところを歩いてきた人生とおもっていた。

「でも」ミキが言う。「先輩はサッカーの世界大会に出たりしてますよね」

「上に行けば行くほど、バケモノみたいな天才がいるんだよ。逆立ちしてもかなわないってゆう」

「そんなものですか」

「天才にはわからないさ。あたしは勉強でもスポーツでも、ちょっと努力すればすぐ上達する。でも二流で止まっちゃう。器用貧乏なんだ」

「ボクは先輩を信頼してますよ。体力もガッツもあるし」

「ありがとな。さ、暗い話はやめて仕事しようぜ」




 モザイク通りの手前で、ミキと千鳥は庇の下に入る。ミキはタータンチェックのジャケットを脱ぎ、千鳥に手渡す。

 ミキがささやく。「上着を交換しましょう。敵はボクを狙ってくるはずだから」

「緊張するなあ」

 ふたりは、長さ約五十メートルのゆるやかな登り坂坂にさしかかる。上方に蓋の開いた弾薬箱がある。左右の巨大なデパートがふたりを圧迫する。

 ビシッ!

 先をゆく千鳥の左肩が緑に変色する。

 ヒット。二対二。

 ミキはMP7を構えたまま振り向く。十四階建ての小田急の屋上に銃口をむけ、ドットサイトを覗く。髪がベリーショートのセーラー服の女が伏せている。スナイパーライフルであるFNバリスタの減音器を、鉄柵の隙間から突き出している。ボルトハンドルを引いてまた戻し、薬室へ次弾を送りこむ最中だ。

 ミキはトリガーを引く。

 ターゲットより一メートル下の白壁に、赤い染みができた。

 ビシッ!

 ミキの足許で音がした。

 ふたたびベリーショートが発砲した。予想よりこちらの反撃が早く、あせって外したらしい。

 ミキは呼吸をとめる。死人の様に静止する。照準を微調整し、トリガーをそっと引きよせる。

 ペイント弾は鉄柵に命中する。塗料が飛び散る。ビル風で弾道が5センチ流れた。

 ベリーショートは、バリスタをつかんで視界から消える。

 スナイパーの宗教は、正々堂々としたふるまいを禁忌とする。互角の条件で撃ち合うなど、彼らにとって恥でしかない。ミキは日夜ゲームのネット対戦で、この種族に悩まされてるので知っている。

 ミキが叫ぶ。「くそがッ!」

 MP7を石畳調のタイルへ叩きつけようとする。

 大風呂敷をひろげ、先輩を犠牲にしておいて、このザマか。無能にもほどがある。

 ミキは振り上げた腕をとめる。

 物にあたるな。感情をコントロールしろ。MP7はボクの大事な相棒じゃないか。

 退場となった千鳥が、肩をすくめて言う。

「ジャケットが汚れたけど大丈夫か? お気にいりだったんじゃないの」

「試合終わるまで革ジャン貸してください」

「いいけど、それ男物だぞ。いつも着てる可愛い服と全然ちがうだろ」

「パンク系のロリータもあるんですよ」

 ミキは左手を腰にそえ、かるくポーズをとる。おなじ服を着てるのに、ファッション雑誌から抜け出した様に見えるのが、千鳥には不思議だ。

「言われてみれば、案外似合うな」

「でしょう。ロリータファッションはヴィヴィアン・ウエストウッドの影響をうけてるから、もともとパンキッシュな服と相性いいんですよ」

「ヴィヴィアンなんとかって誰?」

「話すと長くなるんで、またあとで」




 ミキはいま、新宿ミロードの外にあるアナスイのブティックにいる。派手なバッグが陳列された棚の後ろにしゃがみ、息を殺している。厚化粧の店員たちはおびえ、店の奥へ逃げた。

 一分前に坂を登り切ったところで、オープンカフェのテーブルを倒して盾とするジェーンと撃ち合いになった。狙撃を警戒するミキは、迷惑と思いながらも店に飛びこむしかなかった。

 高校生では手が出ないブランドなので、店内を一度じっくり見たかったのもある。

 四枚のプロペラで風切音を立て、ドローンが通過するのがガラス越しに見える。ミキの居場所をたしかめている。

 射界にスナイパーはいない。なにか別の攻撃をしかける気だ。

 ミキは立ち上がり、試着室へ入る。すばやくカーテンを閉める。

 ガシャン、ズドーンッ!

 ミキは試着室の外へ出る。フロア全体に服や雑貨が散らばり、オレンジ一色に塗りつぶされている。対戦車ミサイルを撃ちこまれた。

 スパイゲームにおける被害は、文部科学省が補償する。請求額をみて役人は腰を抜かすだろう。

 ミキはガラスの砕けた自動ドアを抜ける。ジェーンが木製のテーブルごしにSCARを発砲してくる。

 セミオートでミキは応射する。ヒットを狙わずテーブルに当て、ジェーンを牽制するにとどめる。予備弾倉が切れたので弾を節約したいし、ミサイルを担いでどこかに潜むベリーショートも怖い。

 ドローンは他のメンバーが遠隔操作してるから、戦況は実質的に一対三。氷雨が無事なのは確認したが、合流までしばらくかかる。

 ミキはアナスイの隣の眼鏡屋へ逃げこむ。その場しのぎでしかない。残り時間は七分。さっさとこのクソツボから抜け出さないと。

 キーンとゆう風切音が聞こえる。またドローンがくる。

 ミキはMP7の弾倉を外し、ウエストポーチに忍ばせていた実弾をひとつ装填する。別にルール違反ではない。そもそも銃刀法に抵触するから、「実弾の使用は禁止」などと明文化されてない。

 銃撃戦の混乱で、プロパンガスのボンベがカフェの前に放置されている。

 ドーンッ!

 バルブを狙った四・六ミリ弾が、ボンベを爆発させる。ガラスが吹き飛び、瞬く間に各店舗に炎がひろがる。ビルの谷間ですさまじい乱気流が生じ、ドローンは墜落する。




 ミキは新南口のペンギン広場へうつった。三段重ねのベンチや植え込みがある憩いの場だ。ペンギンの銅像が改札口にむけて手を挙げ、この街への訪問者を出迎える。

 ミロードデッキを走り抜け、甲州街道の上を横切ったミキは、肩で息をしている。終了まであと五分。膝が笑って直立できず、銅像に背をもたせる。

 後を追ってきたジェーンが、SCARの銃口をむけつつ、余裕の足取りで歩み寄る。自慢の金髪とセーラー服がすこし焼け焦げている。

「カミカゼガール」ジェーンが言う。「ついにお前を追い詰めた」

「変な呼び方はよせ。ボクは死の天使だ」

「お前はよくやった。でも今日が、私たちのミッドウェーになる」

 ベリーショートがピラミッド型のベンチへ登る。スコープを覗かずにバリスタを構え、左右に目を光らせる。ナデシコは氷雨がまだ生き残っている。戦力としてはたかが知れてるが、味方を救うため行動をおこすと予測される。

 ジェーンはミキをボディチェックし、残弾のなくなった拳銃のHK45と、アイフォンを没収する。MP7は弾切れのときミロードに捨てた。

 ジェーンは拳銃のファイブセブンに持ち替え、ミキの額にむけて言う。

「いい死に場所ね」

「そうかな」

「ここいらは『君の名は。』に出た聖地よ」

「そのアニメ見てない」

「嘘でしょう。大ヒットしたのに」

「あんた結構日本好きだろ。ツンデレか」

「ちょっと、いまなんて?」

 ジェーンが顔をしかめる。

 時間を稼いでるのに、怒らせたら元も子もない。どもりながらミキが言う。

「い、いや、ツンデレとゆうのはアニメキャラとかの分類で、決して悪い意味……」

「本当に!? 日本人から見て、私はツンデレなの? 釘宮理恵みたいな?」

「そのたとえはちょっと古……」

「すごいわ! ねえ聞いた!? 私ってツンデレなんですって!」

 ジェーンは上ずった声で、ベリーショートに対して叫ぶ。

 ベリーショートは苦笑しながら答える。

「ジェーン、あと三分」

 もうすこし執行猶予を引き延ばそうと、ミキがジェーンに尋ねる。

「それで、お前たちの要求はなんだ」

 ジェーンが答える。「はぁ?」

「ボクらが勝てば七星剣を返してもらうはずだった。そっちの要求については部長同士で交渉したらしいけど、くわしく聞いてない」

 ジェーンは右側のベリーショートの方をむき、空を指差す。ドローンが浮かんでいる。

「監視は問題ない」ベリーショートが言う。「だれも私たちを見てないし、聞いてない」

「寒椿氷雨はハッキング能力がある」

「ウチの技術班が、ドローンの無線通信のトラフィックをすべて捕捉してる。これを掻い潜るシステムがナデシコにあるわけない」

「それもそうね」

 火災で傷んだ前髪を振り払い、ジェーンが言う。

「CIAは二年前から、ナデシコ女学院を調査している。国防上重要なある案件に関して」

「らしいね」

 寝耳に水だったが、ミキは冷静を装う。

 スパイの世界では、情報が通貨の役割をはたす。事情通のふりをして、価値ある人間に思わせないといけない。

 でないと死ぬ。

「人的に通信的にあらゆる情報を収集しても、なにも出てこない。足跡をたどると必ず、あるところでぷっつり途絶える」

「諜報部」

「そう。なのでCIAは、高校生の私を派遣した。アメリカに害をなす虫を燻り出すため」

「それって、きらら先輩だろ。あの人は隠しごとが多い。セレブリテに潜入するのに異様に反対したし、警察とつながってるし」

「じきにはっきりする。カミカゼガール、お前のせいで手こずったが」

 ジェーンは会話を打ち切り、ファイブセブンの角度をレザージャケットの胸のあたりへ下げる。見物人が広場にやってきた。おしゃべりしてる場合ではない。話題が国家機密ならなおさら。

 ジェーンは不審げにギャラリーを見回す。もう百人を超えた。後から後から増えてゆく。

 薄紫のパーカーを着た氷雨が、群衆を掻き分けてあらわれる。左手にマックブックを乗せ、画面をこちらにむけている。

 ペンギン広場が画面に映る。上空から俯瞰している。中心に金髪とツインテールの少女がいる。会話はライブストリーミングされていた。

 碧い瞳を吊り上げ、ジェーンがベリーショートを睨む。話がちがう。絶対ハッキングされてないと断言したじゃないか。

 ジェーンに銃をむけられたまま、ミキが言う。

「彼女は正しい。これはハッキングじゃない」

「でも、映像がリアルタイムで」

「ドローンが落ちたとき、ジャケットにあった先輩のスマホをヘアゴムでくくりつけた」

「なんですって」

「ヘアゴムはツインテール女子の必需品だもん。ドローンが重くなったけど、バレないでよかった」

 ジェーンは両手で口を覆う。ファイブセブンがタイルで跳ねる。

 諜報機関の歴史にのこる大失態だ。

 キム・フィルビーやエドワード・スノーデンに匹敵する災禍として、自分の名が記録される。

 いや、下手すれば抹殺される。

 存在すら。

 ミキは拾ったファイブセブンをジェーンに、氷雨はグロックをベリーショートに対し発砲する。

 二対〇で試合終了。

 ナデシコ女学院諜報部の、今年度の全国優勝が決定した。




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『ナデシコ女学院諜報部!』 第7章「決勝戦」


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 小田急新宿駅の改札口へむかう上りエスカレーターに、諜報部の四人が乗っている。先頭に立つのはミキ。セレブリテ学園に潜入したときとおなじ、タータンチェックのジャケットを着ている。いわゆる勝負服だ。

 背後に立つきららが、スマートグラスを通じてだれかと話している。ようやく使い方をおぼえたらしい。ありがとうと言って通話を切る。

「やっぱり」きららが言う。「セレブリテは急行に乗って新宿に来るわ。ジェーンをふくめて全員。中等部のコたちのお手柄ね」

 ミキが尋ねる。「中坊は敵を目視したんですか?」

「ええ。いまおなじ先頭車輌に乗ってるって」

「そいつら信用できるのかな。コアメンバー以外に頼りすぎると、作戦を台無しにしかねない」

「かわいくて優秀なコたちよ」

 きららは鼻に皺をよせる。六歳からナデシコ女学院にかよう生え抜きだから、高等部からの外部生であるミキの、無遠慮な発言が気に障ったのだろう。

 ここ新宿駅が、スパイゲーム決勝戦の舞台となる。巨大ダンジョンと称される、世界一の乗降者数をほこるターミナル駅だ。ルールはシンプルな、四対四のチームデスマッチ。二十分以内に相手を何人斃せるかを競う。

 きょうリーグ戦の決着がつく。優勝チームのメンバーは、国内のどこでも好きな大学の入学資格をあたえられる。

 なんと、東大生・平手ミキの誕生だ。

 ミキは両手で頬を叩く。

 楽観してる場合か。

 諜報部で戦闘訓練をつんだミキは、運動神経のよい千鳥は例外としても、ほかの部員はアテにならないと感じた。きららは交渉、氷雨は技術面のサポートに適した人材だ。無策で試合にのぞめば、確実に負ける。

 きららを中心に四人でかんがえた作戦は、電車から降りた敵を待ち伏せ攻撃するもの。そこで二人ほど削れば、優位に試合をはこべる。

 ミキは改札をスイカで抜ける。平日の昼間だが混雑している。いまから新宿駅が塗料まみれになるのを、利用客は知らない。

 特急ロマンスカーの発着場でもある2・3番ホームで、ナデシコ諜報部員たちは待機する。

 前面がブルーの急行列車が入ってきた。ミキはリュックサックからMP7をとりだし、ストックをのばす。千鳥とペアをくみ、柱の陰に身をひそめる。

 小田急4000形は、降車専用の3番ホームに人混みを吐きだす。

 ミキは右の親指の爪を噛む。なにかおかしい。

 かんがえろ。観察しろ。

 なにもおかしくない。

 つまり、なにもおかしくないのがおかしい。

 アイフォンのツイッターアプリで「小田急 新宿 ジェーン」と入力し、検索する。

 表示は「検索結果はありません」。

 ハリウッドスターが車内にいて、だれも何もつぶやかないとかありえない。

 偽情報だ。中等部は買収されていた。

「罠だ!」ミキが叫ぶ。「退避しろッ!」

 ズダダダダッ!

 連射音が駅構内で反響する。女の悲鳴が耳につきささる。ペイント弾で顔面を汚された老人が、呆然と立ちつくす。

 ミキは銃声がきこえた改札口の方を向く。オレンジの壁のロマンスカーカフェに、おかっぱ頭のアルテミシアがいる。コーヒーを飲んでるのではない。テーブルにおいたFN・MINIMIでフルオート射撃をおこなう。分隊支援火器まで持ち出せるのは、セレブリテの潤沢な資金をものがたる。

 ホームの奥からも、ドンパチの音が聞こえる。きららと氷雨のBチームが交戦してるらしい。だが混沌の渦にのみこまれたミキは、視覚的にも聴覚的にも確認できない。

 母親とはぐれたらしいお下げ髪の幼女が、「ママー」と泣き叫び、柱の陰から飛び出そうとする。ミキはそれを抱きすくめる。

 ミキは幼女の耳許で言う。

「もうちょっと我慢しな。お姉ちゃんが、あの迷惑女をやっつけるから」

 レザージャケットを着た千鳥が、すぐ隣のミキにむけて左の親指を立てる。右手は拳銃のグロック19をにぎっている。

 千鳥が言う。「ピンチなのに余裕あるな」

「はあ、まあ。ロリは正義なんで」

 千鳥は苦笑いする。サッカーの年代別の世界大会に出場したくらいで度胸はあり、退路を断たれても冷静さを残している。

「今回も」ミキが続ける。「掩護おねがいします」

「おいおい、カフェまで五十メートルはあるぞ。遮蔽物がないから絶対やられる」

「どこ見てんですか」

 ミキは黒く塗った爪で、2番ホームの線路をさす。

 たしかに段差があるから、死角になる。




 氷雨ときららが、新宿西口の前をドタバタ並走する。十月とはいえ日差しがつよく、ふたりとも汗だくになっている。

 ミキのいるAチームが包囲を突破したのに続き、いったん駅の外へ出た。はやく巻き返しの計画を立てたいが、Aチームとまともに通信できない。

 部長のきららは直感にしたがい北進し、ゆるやかな坂を駆け下りる。ユニクロの角を右折し、東口へ抜ける角筈ガードにたどりつく。

 とりあえず追手は撒いた。反対側にまわってからAチームと連携をとろう。

 ガード下は、小柄な氷雨でも頭上に圧迫感をおぼえるほど狭い。サラリーマンやキャバ嬢やホームレスが、銃をもった女子高生を奇異な目でみる。スマートフォンで撮影し、SNSで拡散する。決勝戦はのこり十五分。ギャラリーは増えてゆくだろう。

 ドォーン!

 爆発音が轟き、地面が揺れた。爆煙がガード下に充満する。転倒したサラリーマンを踏みつけ、キャバ嬢が逃げる。さっきホームレスが押していた台車が、主をうしなってさまよう。壁と天井が奥で崩落し、出口をふさいでいる。ホームレスが生き埋めになってないか心配だ。

 ズダダダッ、ズダダダッ!

 FN・MINIMIの連射音が、悪夢の第二幕のはじまりを告げる。

 氷雨ときららは、台車のダンボール箱の陰に隠れる。きららがグロックで応射するが、フルオートの弾幕に圧倒される。

 きららが叫ぶ。「氷雨ちゃんも撃ち返して!」

「はいっ」

 ダンボールから半身をのぞかせた氷雨を、5・56ミリ弾が襲う。おかっぱ頭のアルテミシアは、バイポッドを立てて伏射する。狙いは精密だ。ひとりで敵ふたりを釘付けにしている。

 氷雨は涙をこらえるので精一杯。銃弾の嵐に身をさらせと、自分に命令できない。

 きららが叫ぶ。「あっ」

 氷雨が右をむくと、きららの明るい色の髪が緑に染まっている。

 ヒットにより退場。

 うつむき加減できららが言う。

「ごめんなさい……私はあなたを守らないといけないのに」

 アルテミシアは、さらに気前よくペイント弾をばらまく。台車はストッパーがかかっておらず、衝撃ですこしづつ動く。氷雨の体力では制止できない。

 セレブリテ学園は予想以上に強い。勝てっこない。罠をひとつ食い破っても、その先に別の罠がある。袋小路にきららと氷雨が追いこまれた時点で、のこりの状況は二対三。いくらミキが奮闘しても逆転はむつかしい。

 ミキはどうしてるだろう。怪我してないだろうか。きっとまたムチャしてるはずだ。

 薄紫のパーカーのフードをかぶる氷雨は、歯ぎしりする。

 いったい私はなにをやってるんだ。

 機械が得意だからと言い訳し、いつも危ないことは人任せで甘えてばかり。

 そんな自分を変えたかったんじゃないのか。

 氷雨はグロックを腰のホルスターに挿し、空いた両手で台車の取手をつかむ。全身の力をふりしぼり、布団などの荷物が積まれた台車を押す。数十発の5・56ミリ弾が突き刺さるが、貫通する威力はない。加速した台車は、地面のMINIMIを撥ね飛ばす。

 アルテミシアは寸前で身をかわした。同時に拳銃のファイブセブンを抜く。

 しかし近接戦闘では氷雨に分がある。なにせ二歳から道場で稽古しているのだ。

 氷雨はアルテミシアの側面にまわり、ゴム製のダミーナイフの刃を喉にあてる。

 フードの下りた氷雨が、力づよく言う。

「一本ですっ」




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『ナデシコ女学院諜報部!』 第6章「氷雨」


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 日曜の午前十一時。

 ミキはLINEで呼び出され、千駄ヶ谷にある氷雨の自宅へやってきた。住居は剣道場の「千仞館」とつながっている。ちょうど稽古の最中で、するどい打突音と掛け声が住宅街にひろがる。

 インターフォンを押そうと住居へちかづいたとき、道場の稽古が終わる。ゴスロリ服のミキは、竹刀袋を背負った子供の群れに飲みこまれる。

 手拭いをかぶる氷雨が、道場生の見送りに出てきた。ミキがいるのに気づき、手をふる。

「いらっしゃい」氷雨が言う。「道場の後片づけするから、先に私の部屋行ってて」




 二階にある氷雨の自室は整頓され、ムダなものがない。本棚にコンピュータ関連の洋書がならぶ。ミキと氷雨はテーブルにむかいあって座り、数学の問題にとりくむ。スパイゲームの決勝戦に出場するには、ミキは中間テストで最低でも三十点以上とらないといけない。

 だがそれは、至難の業だった。

 薄い冊子に印刷された複素数の式をみるだけで胃がキリキリ痛み、シャープペンシルを取り落とす。テーブルに突っ伏す。だれにも理解されないが、数式をうけつけない体質なのだ。

「ごめん」ミキがつぶやく。「もう限界」

 氷雨が答える。「もうちょいがんばろ。このページ終わったら休憩にするから。おやつ持ってきてあげる」

「なんなの虚数って。数のくせに虚構とか、シュールすぎでしょ。これ考えたやつキチガイだね」

「一般にひろめたのはフリードリヒ・ガウスって人」

「そいつ街で見かけたら撃ち殺す」

「とっくに亡くなってるよ。あらゆる数をガウス平面上であらわすのを可能にした、偉大な業績なんだ」

「ガウスは氷雨ちゃんみたいな天才?」

「比べものにならないよ! ガウスは十歳で難問を解いて先生をやりこめたエピソードがあるくらい」

「でも数学オリンピック出場とか、ボクから見れば氷雨ちゃんも超天才だけどね」

「ありがと。ほら、あと二問がんばって」

 ミキが上体をおこすと、窓のそばにある勉強机の上に、生理用品が置いてあるのが目に入る。試験管の様なものがパッケージに描かれている。

「へえ、氷雨ちゃんてタンポン派なんだね」

「えっ」

 氷雨の小さな顔が真っ赤になる。不躾な発言だったかもしれない。

「ごめんごめん。ちょっと意外だったから。なんか怖くてボクは使ったことないな」

「あれ実はスパイ装備。ちいさな道具を中に入れて隠し持つための」

 きょうはじめてミキの右目が輝く。

「スパイ装備、ほかにもある?」

「いまあるのは光学迷彩のコートくらいかな」

 ミキは飛び上がって叫ぶ。

「嘘でしょ! 姿が消える、あの光学迷彩!?」

「まだ研究段階だから、そんなすごい技術じゃないよ。防衛省から借りてるんだ」

「おねがい、さわらせて」

「あと二問ね」

「やる。すぐやる」

 ミキは気力をふりしぼり連立方程式を解く。氷雨が赤のボールペンで丸をつける。どうにか試験範囲の基本的内容をカバーできた。

 薄い冊子をもってミキが言う。

「この問題集やりやすい。ボクでも解ける」

「よかった」

「どこで売ってるの」

「きのう私がつくったんだ」

「え、わざわざボクのために?」

「お節介かもしれないけど、私は数学好きだから役に立てるかなって」

 ミキはくしゃみを催したふりをして、右目からこぼれた一筋の涙を人差指でぬぐう。

 問題集を自作するのに、一時間や二時間では足りないだろう。ここまで優しくしてくれる氷雨に、いつか恩返ししたい。そしてだれかにそんな気持ちを抱くのは、生まれてはじめてと気づいた。




 テスト勉強を終え、おやつも食べたミキと氷雨は、総武線に乗って千駄ヶ谷から新宿まで来た。シネマコンプレックスのバルト9で、スパイ映画『ジョニー・ブリティッシュ』のシリーズ最新作を見るのが目的。ガラス張りのエスカレーターで、チケットを買った九階から十三階へ上る。屋上にプールがある都立新宿高校の敷地が目に入る。

「ミキちゃんは」氷雨が尋ねる。「新宿が地元だよね。バルト9にもよく来る?」

「アニメは好きだけど、ドラマや映画はあんまし。劇場アニメも家で見る方が多いかな」

「私はアニメも実写も大好き。特にアクション系」

「恋愛系とかより?」

「うん。ヒーローが世界を救うストーリーって燃えるよね」

 約四百席あるシアター9の真ん中あたりに、ふたりは並んで腰を下ろす。氷雨は小柄な体をシートに沈め、顔をほころばせる。

「えへへ」氷雨が笑う。「憧れのミキちゃんとふたりで映画館にいるなんて信じられない」

「憧れ? 劣等生のボクが?」

「だってミキちゃんって、アニメから飛び出してきたみたいなんだもん」

「外見だけでしょ」

「それもあるけど、自分の世界を持ってるとゆうか。ほかのコと全然ちがう」

「褒めすぎ。ただのコミュ障だよ」

「入学式で見たときから、仲良くなりたいってずっと思ってたの」

 予告篇がはじまり、場内が薄暗くなる。ミキは感謝した。雪の様に肌が白いので、耳まで紅潮してるとバレバレだから。

「ボ、ボクの方こそ、氷雨ちゃん尊敬してる。めちゃくちゃ頭いいのに優しいし、友達多いし、道場の子供にも慕われてるし……」

「無理しなくていいよ。言わされてる感ある」

「す……すきなの!」

 照明が落ちる。本篇がはじまった。

 クスクス笑いながら氷雨が言う。

「なんか照れるね。映画終わったら、いっぱい話そ」

「そうだね」

 ミキは華奢な右手で、氷雨の左手を握る。力強く握り返される。

 スクリーンに冒頭のシーンが映っている。テロリストらしき武装集団が統制のとれた動きで、深夜のダムの通路をすすむ。つぎつぎと警備員を射殺し、爆薬をしかける。撤収してピックアップの荷台に乗ったテロリストが、起爆装置のスイッチをいれる。

 ダムの壁が崩壊し、湖を満たす水がほとばしる。曲がりくねる谷川を削り、洪水が氾濫する。

 ミキは六年前、似た光景をみた。

 九歳だったミキは、岩手県大船渡市に住んでいた。マグニチュード九・〇の地震がおこした津波は、市街中心部を破壊した。そしてやさしい父と、頼りがいのある兄の命をうばった。亡骸さえも。

 ミキは自分の喉に手を当てる。体に異変が生じている。

 さっきから呼吸をしてない。

 海底をもがく様にふらつきながら、ミキはシアターの外へ出る。ガラス壁から甲州街道を見下ろすエスカレーターにちかづく。手すりにつかまってへたりこむ。廊下にほとんど人はいない。だれもミキを気にしてない。

 油断していた。

 トラウマは克服したつもりだった。たしかに震災から一年くらいは悪夢に脅かされていたが、東京に移り住み、中学へ進んだころからは、あの記憶を乗り越えたはずだった。

 忘れるのは絶対不可能としても。

 氷雨が右隣にひざまづき、泣いている。ごめんなさい、ごめんなさいと連呼している。

 さすがは学年首席、察しがいい。洪水のシーンでミキがフラッシュバックをおこしたと理解したらしい。映画に誘った自分の責任とおもっている。

 そんな気遣いは無用だ。

 いまボクに必要なのは友達じゃなく、酸素だ。

 放っておいてくれ。そしてちょっとだけ呼吸をさせてくれ。




 靴の木底を高らかに鳴らし、ミキは自宅のある富久町へむかい、新宿三丁目の要通りをすすむ。ニット帽をかぶる氷雨が数歩後にしたがう。

 ミキが振り返って言う。

「氷雨ちゃんは帰る方向ちがうでしょ。ボクんちはすぐそこだから大丈夫」

「ひとりになりたい気分なのはわかるよ。でも今日はお家までちゃんと送る」

「本当に大丈夫だって。発作が出たのは油断しただけだし。最近ストレスたまってたみたい」

「たとえ嫌われても送るから」

「頑固だね」

 ミキはまた歩きだす。

 通りの先に伊勢丹の立体駐車場が見える。人出のすくない道を、若い男三人がこちらへ向かってくる。みなスーツでノーネクタイだ。

 男たちはイチゴ柄の黒いミニスカートから伸びるミキの脚をみて、下品な言葉でからかう。ミキは無反応ですれちがう。この街でチンピラの相手をしてたら、時間がいくらあっても足りない。

 ナンパの標的が氷雨に変わる。グレーのスーツの男が、氷雨のデニムジャケットの左の袖をつかむ。氷雨は下から男をにらむ。いつもは温厚な人柄だが、あいにく今は気が立っていた。

 氷雨は骨を折る勢いで、グレースーツの手首を極める。グレースーツは悲鳴をあげ、両膝をつく。中国風の訛りがある様に聞こえる。

 ストライプスーツが氷雨を羽交い締めする。氷雨はするどく手を振り、裏拳を顔に叩きこむ。だがストライプスーツはひるまない。

 くっだらない、とミキはつぶやく。ゴミ拾いはゴミ収集業者に任せりゃいいのに。

 ミキは歩みを止めない。焦って反撃するより、確実に主導権を奪いたい。路上駐車してあるトラックの陰にまわり、周囲を観察する。

 けさ家を出たときから、公安警察官が二人交代で自分を尾行してるのに、ミキは気づいていた。その片割れである小太りの中年男は、アクシデントに動揺しながらも、氷雨とチンピラ三人をデジカメで撮影している。公安の主目的は情報収集であり、警護ではない。

 ミキはツインテールを左右に振りつつ、リュックサックをひらく。

 世話の焼ける剣道少女だ。道場とストリートはちがう。格闘技は単なる道具にすぎない。氷雨の体格では、たとえばナイフを携えていたとしても、ケンカ慣れした男三名に正攻法で挑めば負ける。バカとハサミは使い様だ。

 ミキはリュックから、銀色のレインコートみたいな形状の服をとりだす。氷雨の部屋から無断で拝借した、光学迷彩を使用する戦闘服だ。我ながら手癖が悪いとおもうが、虫の知らせがあったと解釈できなくもない。

 フードをかぶると自動的に電源がはいる。織りこまれた光ファイバーが、コートの表面に路上の風景をぼんやりと映す。画像は不鮮明だが、自分のシルエットを消せるなら奇襲効果は十分だ。

 ミキは二時間前まで勉強につかったステンレス製のボールペンを、ペン先を下にして握る。ストライプスーツの背後に忍び寄り、後頭部に突き刺す。

 ストライプスーツは、羽交い締めしていた氷雨を離し、七転八倒する。

 ミキはペン先を上に持ち替える。ナイフの様に、のこり二人の目や喉を突く。

 ぼやけた視界のなかから幾度も痛撃を浴び、チンピラ三人は遁走した。

 ミキはフードを下ろして顔をみせる。尻餅をついた氷雨の手を引いて立たせる。

「ごめん」ミキが言う。「これ勝手に借りてた」

「ミ、ミキちゃん!」

「特にケガはなさそうだね」

「なんで光学迷彩を使ってるの。軍事機密だよ!」

「防衛省に怒られる?」

「大騒ぎになるよ」

「でもさ、乙女の純潔を守るのに使えないなら、軍事技術の存在意義なくない?」

 ミキはふたたびフードをかぶる。

 逃げる前にチンピラのうち二人が、グレースーツの顔色をうかがっていた。そいつがボスらしい。つまりチンピラなりに、命令系統に沿って動いている。欲望づくのナンパじゃなく、目的をもった作戦行動の一環である證拠だ。

 ジェーンのやつ、ついに実力行使に出やがった。




 ミキは縦に細長い八台の駐車場へ踏みこみ、黒のシビックの助手席側に立つ。H&K社の拳銃であるHK45を、光学迷彩コートの下から抜く。ボールペンをにぎる左手で、スモークフィルムの貼られた窓を一撃で割った。

 セーラー服姿のジェーンが助手席で硬直し、光学迷彩が見せる幻影を呆然とみつめる。あとから駆けつけた氷雨が、サブマシンガンのMP7のストックで反対側のガラスを割る。運転席にはアルテミシアがいた。

 フードを下ろしたミキの頭部だけが、解像度の低い空間に浮かぶ。

 ひきつった冷笑をうかべ、ジェーンが言う。

「いまさらパッシブ型の光学迷彩? 日本の技術は十年遅れてるわね」

「口が減らないな」ミキが答える。「ちなみに日本には『盗人猛々しい』ってことわざがある」

「へえ、どうゆう意味?」

「泥棒のくせに開き直ること。お前にぴったりだ」

 ジェーンは反論しない。

 事実だから。

 銃口をむけるミキを、大きな目を見開いてただ睨めつける。怒りに震えている。

「七星剣を返すと約束しろ」ミキが続ける。「さもなくば撃つ」

「好きにすれば」

「脅しじゃないぞ。公安が遠巻きにボクを監視してる。つまりボクの行動は日本政府公認だ」

「撃ちなさいよ! この腰抜け!」

 ミキはそっと撃鉄をおこす。

 グローブボックスにしまった銃を、被弾覚悟で取ろうとするジェーンをおさえ、アルテミシアが叫ぶ。

「返すわ! あなたたちの勝ちよ!」

「何を言うの」ジェーンが言う。「私がこんな猿に負けるわけない」

「あなたは傲慢すぎる」

「傲慢だからアメリカは覇者になれた。たとえ千発の銃弾をうけても、私はこいつを殺す。祖国のため死ぬなら本望よ」

 ミキはシビックの天井ごしに、氷雨の表情をうかがう。氷雨は視線を逸らす。それでもまだ眼球が揺れている。

 くそ、なにがなんなんだ。

 事情を知らないまま、ボクは人殺しになりたくない。賭け金は途轍もなく高いらしいが、なにがどこに賭けられてるのか、ボクはさっぱりわからない。

 どうやら諜報部のなかで、アクセス可能な情報のレベルに大きな隔たりがある。新入部員のミキはともかく、二年生で副部長の千鳥よりも、一年生の氷雨の方が秘密にふかく関与してるのは明らか。

 ミキは銃の照準を下げる。これ以上自分が独走したら、どんな結果になるか予測できない。

 体勢を立て直すべきだ。

 ミキが言う。「勝負は月末に持ち越しだ」

「ふふっ」ジェーンが笑う。「いいわね。スパイゲーム決勝戦で白黒つけようってわけ」

「ボクらが勝てば七星剣を返してもらう。そっちの勝ちなら要求を飲む。これでどうだ」

「のぞむところよ」




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『ナデシコ女学院諜報部!』 第5章「陰謀」


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 セレブリテ学園の壮大な校舎の前を、ミキと千鳥が走って横切る。外壁の階段が最上層の祠へまっすぐつながる、ウルのジッグラトに似せた悪趣味な設計だ。ドローンがふたりを追尾しているのが、上空に見える。サッカー部と諜報部を掛け持ちする千鳥は、息も絶え絶えのミキを振り返りつつ、涼しい顔で疾駆する。

 来たときと反対側の壁に通用門を見つけたミキは、爆薬を蝶番のまわりに接着させ、起爆する。

 ふたりが敷地の外へ出ると、八人乗りの黒いヴォクシーが車道に急停止した。ドアがひらく。二列めにきららと氷雨が座り、ミキの担任である並木が運転席でハンドルをにぎる。

「はやく乗って!」きららが叫ぶ。「離脱するわよ」

 氷雨がマックブックを操作するのが、ミキの目に入る。

 渡りに船ではあるが、タイミングよすぎる。

 おそらくミキのアイフォンにアクセスし、位置情報などを傍受していたのだろう。

 気にいらない。

 ミキは呼びかけを無視し、早足で新浦安駅へむかう。さしものジェーンも、天下の往来で実力行使に出るとは思えない。

 背後から氷雨の低めの声がとどく。

「怪我してるよ。手当てしてあげる」

 ミキは左手を見る。手のひらに深い傷を負っており、指先まで血で濡れている。柱の破片かなにかで切ったのかもしれない。




 氷雨はヴォクシーの中で、ミキと向かい合わせに座っている。傷口を洗浄し、包帯を巻く。

「ありがとう」ミキが言う。「手際がいいね」

「道場のちびっ子がしょっちゅう怪我するから」

「自宅が剣道場なんだっけ」

「うん。入門希望なら大歓迎だよ」

「ボクの専門は剣じゃなくてこっち」

 セフティをかけて膝の上においたMP7を、ミキはこんこんと叩く。

 ミキの隣に座る千鳥が、向かいのきららに体を寄せて言う。

「七星剣がセレブリテにあった。やっぱりジェーンが黒幕だ」

 きららが答える。「現物を見たの?」

 千鳥はうーんと唸り、首をまわす。髑髏のタトゥーをいれた男、日本刀のキャリングバッグ、壊れたレンジローバー……。状況証拠はそろっているが、決定的ではない。

「警察に事情を話せば、強制捜査すると思う」

「すでに情報は提供したわ。氷雨ちゃん、例の動画を見せてあげて」

 氷雨はマックブックを反転させ、セレブリテ学園での銃撃戦を写した動画を見せる。警備用のドローンをハッキングしたらしい。

「ちぇっ」千鳥が言う。「あたしらは命懸けで戦ってたのに、高みの見物かよ」

「止めたはずよ。何度も」

「とにかく警察と話したい。犯人は相当やばい連中だ」

「その必要はないと彼らは言ってる。ちなみに今日から公安警察官が、私たち諜報部の四人を二十四時間体制で警護してくれるそうよ」

「はぁ!? それって監視じゃんか。まさかあたしらを疑ってんのか。きららは納得してんのかよ。国宝が盗まれたんだぞ。外国人に」

 きららはスマートグラスを外し、眼鏡拭きでレンズを拭く。ふたたび掛けなおし、落ち着いた声で言う。

「この際はっきり言うけど、あなたたちがよその学校で実弾射撃したのを不問にするのは、簡単な交渉じゃなかった」

「はいはい、悪うございましたね!」

 ふてくされた千鳥は座席に身をあづけ、窓の外に目をやる。首都高速湾岸線を走るヴォクシーの車内を、沈黙が支配する。

 ミキが遠慮がちに尋ねる。

「あのう、きらら先輩」

「なに」

「さっき『私たち諜報部の四人』と言いましたよね。てことはつまり……」

「これだけ深く関わってるあなたが、仮入部のままじゃおかしいわよね」

「ありがとうございます!」

 氷雨は微笑し、包帯を巻いたミキの左手をやさしく撫でた。




 おかっぱ頭のアルテミシアが、地下室でノートPCを操作している。コンクリートに囲まれた広間だ。

 スピーカーから水飛沫の音が響く。ジェーンがシャワーを浴びる様子が画面に映る。

 長いため息のあと、アルテミシアがつぶやく。

「うつくしい……まさに動くギリシア彫刻」

 ジェーンが浴室を出たので、アルテミシアは脱衣所が映るウィンドウを開く。それを画面半分に広げてちらちら窺いつつ、録画した映像を編集する。ジェーンの手足は解剖学的にありえない長さで、乳房は逆説的にゆたかだ。濡れた金髪が小さな頭にまとわりつき、濃厚な色気がただよう。

 アルテミシアが続ける。「目が眩みそうなほどまばゆいブロンド……」

 ぶあつい鉄製の自動ドアがひらき、Tシャツとショートパンツを着たジェーンが入ってきた。バスタオルで髪を拭いている。

 ESCキーに設定した機能で、アルテミシアは画面をエクセルのワークシートに切り替える。

 ジェーンが尋ねる。「ブロンドがどうかした?」

 何食わぬ顔でアルテミシアが答える。

「金色の髪に憧れるの」

「ブロンドでいいことなんて何もない。まして女の場合は。外見だけでバカだと思われるんだから」

「そんな」

「本当よ。私は黒髪の方が好き」

 ジェーンは、アルテミシアのボブヘアを撫でる。

 呼吸の乱れを隠し、アルテミシアが言う。

「でもアジア系の女性は、髪の色を明るくしたがる」

「理解できない。民族的アイデンティティを捨て、白人のふりをするなんて」

「特に日本では多いわね」

「猿と娼婦しかいない。この国は」

 せせら笑うジェーンが、セレブリテ学園の黒いセーラー服に着替える。服を着たあと、刀掛台にある唐風の拵の七星剣をつかむ。

「あなたは」アルテミシアが言う。「この任務に志願したと聞くわ。でも日本とゆう国が嫌いみたい」

「そうね、反吐が出る」

「なぜ志願したの」

「決まってるじゃない、これよ」

 ジェーンは左手で短いスカートの裾をもちあげる。

「え、なに」

「セーラー服よ! アメリカじゃ着れない」

「まさかそれが理由なの」

「おかしい? 数年前に『エンジェルウォーズ』って映画を見たとき、いつか絶対着ると決意した」

「あなた本当は日本が好きなんじゃ……」

 ジェーンはその言葉を聞き流し、地下室の奥にそびえるタワー型の装置へ近寄る。タッチスクリーンをそなえた平らな制御卓の上に、鞘から抜いた七星剣を横たえる。

 ブザーが鳴り響き、警告文が画面に流れる。首都圏の地図が表示され、浦安市を中心とする半径約五十キロメートルの範囲が赤く点滅する。

 ジェーンが振り返り、アルテミシアに言う。

「テスラシステムを起動するわ」

「冗談はよして」

「アメリカ政府職員が多数死傷するなどの非常時にかぎり、システムの使用が認められる。CIAが採用した作戦の一環よ」

「私にはできない。どれほどの被害が出るか」

「あら、いい子ぶるわね」

 長身のジェーンは尖った顎を突き上げ、アルテミシアを見下ろす。青い瞳に冷たい光がやどる。

 アルテミシアの背筋が凍りつく。

 ひょっとしてジェーンは知ってるのか。自分が彼女を盗撮していることを。

 ハリウッド仕込みの笑顔でジェーンが言う。

「なにも今すぐ大量虐殺をおこなうわけじゃない。システムを使えるか確かめるだけ」

「上層部の直接の命令がないと……」

 壁一面を覆う星条旗を右の人差指でしめし、ジェーンが尋ねる。

「あなたはアメリカを愛してる? 神に誓える?」

「もちろん」

「私がアメリカを愛するよりも?」

「それは……わからない」

「私は神に誓える。地上の誰よりアメリカを愛していると。だから私の意志は、アメリカの意志」

「危険な思想だわ」

「仮に危険だとしても、それが真実なの。アル、あなたは私のことが好き?

「変なこと聞かないで」

「私を愛してる? 忠誠を誓える?」

「突然どうしたの」

「答えなさい」

「あ、愛してるわ!」

 アルテミシアは席を立ち、糸で操られた人形の様にふらふらと操作卓へ近づく。スクリーンキーボードでコードを入力すると、卓上にある七星剣のスキャンがはじまる。

 しかし、センサーの光の動きが途中で止まった。

 ドナルドダックが画面に大写しとなり、こちらを指差してしゃがれ声で笑う。

 ジェーンが尋ねる。「異常の原因は?」

「コンピュータを強制終了させるコマンドが、七星剣の表面に仕込まれてたのかも……」

「ガッデメッ!」

 ジェーンは拳銃のファイブセブンをヒップホルスターから抜き、全弾二十発を操作卓へ撃ちこむ。ガラスや液晶が砕け散る。国宝の七星剣が大きなダメージをうけなかったのは、僥倖でしかない。

 そばかすが残る頬を紅潮させ、ジェーンが叫ぶ。

「あの眼帯女! あと一歩のところで!」

「落ち着いて。これが平手ミキの仕業かわからない」

 ジェーンはアルテミシアの喉元をつかみ、椅子の背もたれに押しつけて言う。

「どこまで無能なの? 『わからない』と『できない』しか言えないの? ノロノロしてたら、NSAのコンピュータオタクに手柄を奪われるのに」

「ごめんなさい……私が甘かったわ」

 ジェーンは首から手を離す。アルテミシアは赤く腫れた喉をさすり、呼吸を快復する。

「ふふっ」ジェーンが笑う。「あいつらいい度胸だわ。それだけは認めましょ。こうなったらもう、手段を選んでられない」




テーマ : オリジナル小説
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『ナデシコ女学院諜報部!』 第4章「セレブリテ学園」


登場人物・あらすじ(準備中)


全篇を読む(準備中)







 練習試合の翌日。

 部室棟三階のサルーンで、諜報部の四人が沈鬱な表情で話し合っている。正しくは、ミキはまだ仮入部扱いではあるが。

 国宝である七星剣が強盗団に奪われたニュースは、日本全国を揺るがせた。もちろん報道でミキをふくむ女学生たちは、不運な被害者として名を伏せられていた。糾弾されてるのは犯行を防げなかった警備員と、監督官庁である文部科学省だ。

 しかし泣き寝入りするつもりのないミキは、テーブルを叩いて叫ぶ。

「あれが偶然とかありえない! ジェーン・カラミティが仕組んだに決まってる!」

「落ち着いて考えて」きららが答える。「なんでハリウッドスターがわざわざ日本の国宝を盗むの」

「さあ。刀剣マニアか何かじゃないですか。もしくは審神者かも」

「サニワ?」

「刀剣乱舞ってゲームのプレイヤーのこと」

「……それはともかく、私たちがプロフェッショナルな組織犯罪に対応するなんて無理。巻き込まれたのは気の毒だけど、はやく忘れるべきよ」

 顎に手をあてて考えこんでいた千鳥が、ぼそっとつぶやく。

「あたしは平手さんに賛成」

「千鳥ちゃん」きららが言う。「先輩のあなたが冷静にならないと」

「レンジローバーの運転席に、アルテミシアってコがいるのを見たんだよ。マスクしてたけど」

「私もそばにいた。判別できる距離じゃなかった」

「あたしは自分の直感を信じる。セレブリテ学園はなにか企んでるから、潜入して調べよう。あたしと平手さんの二人だけでもいい」

 きららが椅子を蹴って立ち上がる。スマートグラスが傾いている。唾を飛ばしながら叫ぶ。

「いい加減にして!」

「なにをそんなに怒ってるのさ」

「部長として、危険な行動は認めない」

「ルールに則ってやるから」

「そもそも平手さんは正式な部員じゃない。勝手な真似をしたら、千鳥ちゃん、あなたも強制退部よ」

 普段は温和なきららの気迫に飲まれ、千鳥は肩をすくめて沈黙する。

 すすり泣きの声がサルーンに響く。

 パーカーのフードを目深にかぶった氷雨が、嗚咽をもらしている。きららは何事かささやきながら、右手を氷雨の手に重ね、左手で肩を抱き寄せる。

「きょうはこれで解散」きららが言う。「くれぐれも言っておくけど、暴走は許さないわ」




 ミキはツインテールをいじりつつ、肩を落として靖国通りをすすむ。

 諜報部への入部は許可されなさそうだ。したがって退学も避けられない。今週はいろいろありすぎて、どうすればいいものやら。

 氷雨はなぜ泣き出したのだろう。部員同士のいさかいを見て悲しくなったのか。それともミキを諜報部に誘ったら事件に巻き込んでしまい、責任を感じたのか。氷雨がやさしくて繊細なのは知ってるが、やや過剰反応におもえる。

 モヤモヤする。

 こうゆうときはゲーセンに行って、音ゲーでフィーバーするにかぎる。

 うしろから肩を叩かれた。

 振り返ると千鳥が、黒のレザージャケットのポケットに両手を突っこんで立っている。

「悪かったね」千鳥が言う。「きららを説得できなくてさ。あの人が怒るのをはじめて見た」

「千歳川先輩が擁護してくれて嬉しかったです。嫌われてると思ってたから」

「まさか。平手さんはオシャレでお人形さんみたいだから、相性悪そうな気はしたけど」

「そうですか? ボクは先輩の服好きですよ。その革ジャンかわいい」

 鼻をこすりつつ千鳥が言う。

「これは双子の弟にもらった。千歳川万太って知らない? 十六歳でFC東京の正ゴールキーパーだから、結構有名なんだ」

「サッカーには疎くて」

「逆にあたしはちっちゃい頃からサッカー漬けで、ひどいファッション音痴になった」

「はぁ。なら今からルミネでも行きます?」

「え、お金ない」

「試着だけでも楽しいですよ」

「マジで! つきあってくれんの!?」

 千鳥は小躍りする。無邪気に喜ぶ先輩をみて、ミキはくすりと笑い声をもらす。

「情けないけど」千鳥が続ける。「あたし自分で服を選べなくてさ。でも周りにファッションに詳しいコあんまいないし」

「そんなに喜んでもらえるとは」

「いやいや、ありがたい。なぁ、平手さんのこと下の名前で呼んでいい?」

「ええ。ボクは千鳥先輩って呼んでいいですか?」

「おっけー!」

 千鳥はミキを抱きしめる。まるでミキがサッカーの試合でゴールを決めたみたいに。

 気づくのが遅かったかもしれないけど、友達をつくるのは案外簡単なのだとミキは思った。

 ふたりは歌舞伎町一番街の手前の横断歩道をわたる。ユニカビジョンに公開中の戦争映画『アメリカン・サバイバー』のCMが流れる。

 イラク戦争で、アメリカ空軍の女性パイロットが乗機を撃墜されて捕虜となるが、収容所から自力で脱出するとゆう、実話にもとづいた映画だ。主演はジェーン・カラミティ。物語の終盤だろうか、重傷を負った主人公が味方部隊に合流する場面が映る。男性兵士の手首に髑髏のタトゥーがある。髑髏は王冠をかぶり、額には十字架があしらわれている。

 ミキは横断歩道の途中で立ち尽くす。

 千鳥が尋ねる。「どうした?」

「おなじタトゥーです。目出し帽の男と」

「へ?」

「ボクを押し倒した強盗犯が、ジェーンの主演映画に出てたんです。絶対つながりがある」

「タトゥーが似てるだけじゃ」

「昨日の今日で、見間違えるわけない。ボクはそこまでバカじゃない!」

「と、とりあえず横断歩道わたろうぜ」

 靖国通りの南側の歩道にわたったミキは、ブツブツつぶやきながら吉野家の前をうろつく。右の瞳が復讐心で燃え上がってるのは、カラーコンタクトのせいだけではない。

 千鳥は、ジャケットからエクスペリアを取り出して言う。

「きららに電話するよ。タトゥーのことを話せば、気が変わるかもしれない」

 エクスペリアを操作する千鳥の手を押さえ、ミキが言う。

「いいです。わからない人は何を言ってもわからない。ボクひとりでセレブリテに忍びこみます」

「さすがに単独行は危険すぎる」

「千鳥先輩を巻き込みたくない。やられっぱなしじゃ気がすまない、ボク個人の問題です」

 ミキは厚底のブーツを鳴らして早足に立ち去る。自宅にもどり潜入の準備をするつもりだ。

 千鳥はミキの手首をつかみ、力強く引き寄せて言う。

「勝手に帰るなよ」

「だから」

「巻き込みたくないとか、冗談じゃない。あたしは仲間を見捨てない。なにがあっても」

「先輩」

「ミキはあたしの友達だ。だから信じる。部室から装備をもってくるから、三十分後にここで会おう」




 ふたりは東京駅で京葉線に乗り換え、新宿駅から五十分ほどで新浦安駅に到着した。ミキは制服のスカートを紫のミニに、千鳥は七分丈のデニムに着替えている。高層マンション群を通り抜け、徒歩でセレブリテ学園へむかう。

 ミキが着ているタータンチェックのジャケットをまじまじとながめ、千鳥が言う。

「なんかミキって、いつもちがう服着てるよな。何着もってんの」

「さぁ。多すぎだと親によく怒られます」

「お金は? バイト?」

「バイトはしたことないです。お小遣いは月三千円。服とゲーム代に消えます」

「三千円じゃそんなに洋服買えないでしょ」

「メルカリで売ったり買ったりしてるうちに、どんどん増えてくんですよ」

「いまどきの若いコはすごいなあ」

 千鳥はマンションの敷地内にあるベンチに腰をおろし、さりげなく単眼鏡を覗く。境川の向こう岸に、セレブリテ学園の石造りの巨大な校門が見える。

 鉄製の二枚の扉はかたく閉じられ、手足のない寸胴の警備ロボットが複数台、周囲を巡回している。上空をドローンが飛んでいる。

「あちゃあ」千鳥がつぶやく。「水も漏らさぬ警戒ぶりだ。氷雨がいればハッキングできたかもしれないけど……」

 隣に座るミキが単眼鏡を借りる。

 鉄扉がゆっくり内側に開くのが目に映る。すべての警備ロボットが停止する。ドローンが飛び去る。

 誘っている。

 ジェーンがボクを。

 ベンチから立ち上がったミキは、単眼鏡を千鳥に返して言う。

「校門が開きました。行きましょう」

「おいおい、正面突破かよ。罠だろ。アウェーでは慎重に戦うもんだ」

「敵の策は読めてます。怪我するのが怖いなら東京に帰っていいですよ」

「言ってくれるじゃんか」




 ミキと千鳥は、高さ十メートルの石造りの門を通過する。静寂が校内を支配している。平日の五時なのに生徒はどこへ消えたのか。

 ミキは背中のメッセンジャーバッグを正面にまわし、サブマシンガンのMP7をとりだす。千鳥は愛用するハンドガンのグロック19を抜く。

 木立にはさまれた小道は、無数の石柱がならぶ広間に通じている。古代オリエントの宮殿を模した「百柱殿」だ。

 銃を構えたミキと千鳥が広間に入ると、鼻にかかった甲高い声が柱のあいだで反響する。

「ふふ……いまだ懲りずにパールハーバー。日本人は奇襲しか能がない」

 ミキが答える。「真珠湾攻撃は、空母を逃したのが失敗だった。今回は再起不能になるまで叩く」

 奥の柱の陰からジェーンがあらわれる。アサルトライフルのF2000を両手でもつ。おかっぱ頭のアルテミシアが影のごとく付き従う。

 MP7を腰だめに構え、ミキが言う。

「七星剣を返せ。お前が盗んだのはわかっている」

 ジェーンが答える。「そう主張する根拠は?」

「強盗団はお前の仲間だ。映画で共演してる」

「意外だわ。猿に知性があるなんて」

 ジェーンのF2000が火を吹く。ペイント弾とは桁外れの、鼓膜を圧迫する銃声が響きわたる。石柱が粉微塵に砕け、床に散らばる。

 ミキと千鳥は柱に隠れる。千鳥は口をぽかんとして放心状態だが、ミキはだまってMP7の弾倉を交換し、ハンドルをひいて給弾する。

 千鳥にむけてグロック用の弾倉を床にすべらせ、ミキが叫ぶ。

「そのマガジンは実弾です! すみません、内緒で自宅に持って帰ってました!」

「お前なに言ってんの!?」

「火力で負けたら二人とも殺られます。ひとっ走りするんで掩護してください。いきますよ!」

「ちょ……」




 二分後。

 黒のセーラー服を着たジェーンとアルテミシアが膝をつき、両手をあげている。足許にF2000が二挺ころがる。

 ミキが背後からふたりにMP7を突きつけている。千鳥に支援されながら迂回し、敵の背面にまわって降伏を勧告した。

 ジェーンは金髪を掻きむしり、背後のミキにむかって言う。

「平手ミキ、お前はどこの組織に属してる」

「組織?」

「正規の訓練をうけたエージェントだろう」

「ボクが属すのは神だけだ。死の天使として、お前たちに裁きをくだす」

 ミキの斜め後方に立つ千鳥が、不審そうに眉をひそめる。ただのサッカー少女である千鳥にとり、ペイント弾でなく実弾を撃ち合うなど、悪夢以外の何物でもない。しかしミキを置いて逃げるわけにもゆかず、ここまで引きずられてきた。

 千鳥が観察するところ、ミキはトランス状態にある。自己陶酔だ。ゲーム実況で「死の天使」とゆうキャラを演じるときと同じ。

「ふざけるな」ジェーンが言う。「自分のおこないを認識しているのか。私たちはかならず報復する。お前と、この国の全員を血祭りにする」

 ミキは御影石の床にむけ、四・六ミリ弾をセミオートで五発撃ちこむ。

 ジェーンは短い悲鳴をあげ、頭をかかえる。アルテミシアは涙を流し、ジェーンにしがみつく。彼女たちも実弾による銃撃戦は初めての経験だ。

 バキバキバキッ!

 ツゲの植え込みを踏み散らし、レンジローバーが急接近する。ナデシコ女学院で強盗をはたらくとき用いられた、フロント部分がへこんでいる車輌だ。百柱殿のそばで停まり、武装した四人の男が車を降りる。きのうと同様にFN・SCARを装備するが、目出し帽はかぶってない。

 ミキと千鳥はアイコンタクトをとる。

 そろそろ潮時だ。




 タクティカルサングラスをつけた男が、うずくまるジェーンに手を差しのべる。手首に髑髏のタトゥーが彫ってある。アメリカ陸軍のアレックス・ハミルトン准尉だ。ジェーンはその手を払いのけて立ち上がる。セーラー服のスカートの汚れをはたく。

 日本刀用のキャリングバッグを背負ったハミルトンが、ジェーンに言う。

「救出が遅れて申しわけない」

「ふん」ジェーンが笑う。「あなたに助けを求めた覚えはないわ」

「と言うと?」

「私は命令しただけ。遂行できないあなたが無能」

「……あまり調子にのるなよ。俺たちは好きでベビーシッターを務めてるわけじゃない」

「あらそう」

 ジェーンは、ハンドガンのファイブセブンの照準をハミルトンの眉間にあわせ、発砲する。

 アルテミシアが叫ぶ。「ジェーン!」

 セーラー服の二人と、屈強な男三人が銃口を向け合う。男たちの方がより狼狽している。みな口々に四文字単語をわめく。ジェーンとアルテミシアは、無言で同胞を射殺した。

 おかっぱ頭のアルテミシアはへたりこみ、めそめそ泣きはじめる。消え入りそうな声でつぶやく。

「なんてことを……」

 ジェーンはファイブセブンをもったまま腕組みし、アルテミシアに言う。

「アル、あなたが見たのはどっち」

「いったい何を言ってるの」

「眼帯をつけた猿が、私のキャリアに汚点をのこしたところ? それともあの女が、我が軍の最精鋭を殺したところ?」




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月別アーカイヴ
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