『殲滅のシンデレラ』 第13章「シャワー室」


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 嵐山にあるカフェで、イオリが木質の床にうずくまる。顔に痣ができ、鼻から血をながす。九名の海兵隊員に虐待された。さきほどの戦闘で彼らの多くが斃れ、指揮官である中尉をも喪った。米軍の槍の穂先にあたる男たちは憤激していた。

 桂川の西岸にあるこのカフェは、健康食品などを提供する小洒落た店だ。ジョギングやサイクリングのコースに面しており、ロッカーやシャワー室などもそなえる。店員や客は追い出された。

 赤ら顔に頬髯をたくわえた白人が、イオリへ近寄る。百九十センチをこえる巨体だ。両手に包帯が巻かれる。アリスの冷熱術で熱傷を負った。

 赤ら顔はブーツでイオリの腹を蹴る。イオリは嘔吐し、黒のセーラー服を汚す。昼に食べた豆腐は、まだ消化しきれてない。屈強な男たちから物理的に心理的に脅され、失禁もしていた。

 ずれたイオリのウィッグを、赤ら顔がもとに戻す。下品な冗談を言って、仲間と笑う。イオリが男なのは身体検査でわかった。さんざん侮辱されたイオリはうつむき、ちょっとした物音や動きにびくつく。ぜいぜいと過呼吸になりかけている。

 実はイオリの体内に爆薬がある。イエメンで活動するテロリスト、イブラヒム・アシリが開発したもので、羽多野から支給された。もとはサウジアラビア皇太子を暗殺するため考案された。金属をもちいない化学的な起爆装置をそなえており、海兵隊員にも発見されなかった。

 念動術をつかえば、ここにいる全員を木っ端微塵にできる。おそろしい暴力からも逃れられる。

 だがイオリは歯を食いしばる。

 ボクは自爆攻撃なんかしない。

 下っ端の兵隊をやっつけても意味がない。

 カオリさんが稼いでくれた時間を、アヤちゃんに直接つなげなきゃ。

 争いごとが苦手なイオリだが、あるひとつの真理を理解しようとしていた。

 戦いの本質は、時間だと。

 団子鼻をした小柄なヒスパニック系の兵士が、赤ら顔とイオリのあいだに割って入る。

「やめろ」団子鼻が言う。「殺さずアメリカへ送れと、ペンタゴンのお偉いさんが要求してる」

 赤ら顔が叫ぶ。「ファック! デスクワークのクソどもなんか知るか。こいつらに何人やられたと思ってんだ」

 赤ら顔の両手を一瞥し、団子鼻が言う。

「気持ちはわかる。でも拷問はよせ。マリーンのすることじゃない」

「てめえ、このガキに惚れやがったな。クソったれのホモ野郎が」

「なんだと」

 団子鼻が胸ぐらをつかむ。赤ら顔は包帯をした手で押し返す。ほかの兵士も巻きこんで乱闘になる。カフェの椅子やテーブルが倒れる。




 イオリはシャワー室で温水を浴びる。失禁や嘔吐で汚れた体を洗いたいと申し出たところ、団子鼻に許可された。磨りガラスのむこうで、団子鼻がM16アサルトライフルをもって監視する。

 水を弾くなめらかな自分の肌をみる。華奢で色白だが、女らしいふくらみは皆無で、股間に男性の象徴がぶら下がる。

 イオリは三年くらい前から、男であることに耐えられなくなっていた。同世代の女が、長い髪やスカートやフリルつきの服など、自由にファッションをたのしむのが羨ましかった。自分もああしたい。いや、自分ならもっと可愛くなれるのにと、歯噛みした。かわりにアイドルの追っかけに熱中したが、心は満たされなかった。

 つまらないことに悩んでいたと、いまでは思う。大事なのはハートで、性別は関係ないとカオリは言ってくれた。まったくそのとおりだ。

 そして自分のものの見方は、かなり表面的だったと反省する。女の服や髪型や化粧は、あくまで外側の特徴だ。たやすく模倣できるし、模倣したところで本物の女になれない。

 服なんて、ただの布切れでしかない。

 真にイオリが憧れていたのは、女の子の心のあり様だった。繊細でピュアな心。信じるものにすべてを捧げられる情熱。自分ではなく、他人のためになにかをしたいという姿勢。

 京都を守るため、自己犠牲をいとわなかった京娘セブン。信じられないほど勇敢で、つねに先頭にたって危険地帯へ飛びこんでゆくアヤ。

 彼女たちの戦う姿はうつくしい。

 ボクもできれば、ああなりたい。

 イオリは温水を出したまま、磨りガラスのドアの方をふりむく。シャワーを浴びたのは、体を洗う以外の目的があった。

 ドアごしに、イオリは団子鼻に言う。

「あの、すみません」

 ドアをわづかに開け、団子鼻が答える。

「どうした」

「シャワーの調子が悪いみたいです。ちゃんとお湯になってなくて」

 団子鼻はイオリの体を直視せずに、シャワー室を観察する。濛々と湯気がたっており、異常はなさそうに見える。

「それくらい我慢しろ」

 そう言って団子鼻はドアを閉めようとする。

「閉めないでください。ボクはあなたとお話がしたいんです」

「ドアごしでも会話できる」

「ヘンなの。なに意識してるんですか。男同士なのに」

 渋面をつくって団子鼻は黙りこくる。

 会話の主導権をにぎったイオリが続ける。

「お名前をおしえてください」

「マイケル・リベラ。海兵隊伍長」

「さっきはありがとうございました、マイケルさん。すごく頼もしかったです」

 十字架のネックレスをいじり、団子鼻がつぶやく。

「礼は不要だ。まっとうなクリスチャンは拷問などしない」

「マイケルさんはおいくつですか」

「二十三」

「故郷に恋人はいますか」

「お前はなにを聞いてるんだ」

「ただ知りたくて」

「おい。勘違いするなよ。俺はホモじゃない」

「あははっ。ボクだってちがいますよ」

 上擦った声でイオリは笑い、背をむける。

 団子鼻の欲望に火がついたはずだ。顔を見ないでもわかる。最初からそういう目でこちらを凝視していた。同性愛指向のない男でも、イオリの美貌には狂わされる。そのことを経験で知っていた。

 M16を廊下に投げ捨て、団子鼻がシャワー室へ乱入する。本来は律儀な性格だが、戦闘のストレスでおかしくなっていた。湯気で視界の悪いなか、ぎこちなくファスナーをおろす。イオリを前屈みにし、小ぶりな尻をつかんで性器を挿入しようとする。

 挿入できない。

 イオリの直腸には爆薬が仕込まれていた。

 団子鼻が叫ぶ。「ワッタッファック!?」

 タイル張りの壁に押しつけられた体勢で、イオリはドアを蹴る。完全に開放する。懸命に首をのばして振り返る。シャワー室に連れられてきたとき、厨房にガス給湯器があるのを確認した。

 目視すれば、念動術をつかえる。

 厨房にガスが漏れ出す。暴走した給湯器によって引火する。

 店の酒を飲んで騒いでいた八名の兵士を、爆風圧が吹き飛ばした。




テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

『殲滅のシンデレラ』 第12章「嵯峨野」


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 アヤは父と輸送防護車に乗り、京都市南西部にある桂駐屯地へきた。後方支援を主な役割とする、陸上自衛隊の施設だ。敷地内では迷彩戦闘服をきた隊員があわただしく行き交うが、さほど殺気立ってない。戦闘に参加する可能性が低いからか。

 司令部庁舎の三階へのぼり、駐屯地司令職務室にはいる。壁に日の丸と地図が貼られている。窓には赤いカーテンがかかる。駐屯地司令をつとめる一等陸佐が起立し、惣吾に敬礼する。

 ほかに紺色の戦闘服をきた二名がいた。海上保安庁に属する特殊警備隊、通称SSTだ。ふだん大阪の基地に配備された部隊で、京都での騒ぎにもっともはやく反応した。自衛隊法にもとづき、いまは防衛大臣の指揮下に組み入れられている。

 SST隊員は、アルミ製のブリーフケースをデスクに置く。アヤは仰天する。ノビチョクの噴霧器がはいっていたのと同型だ。

 青褪めるアヤに惣吾が尋ねる。

「このケースに見覚えがあるか」

「わ、私は」

「答えはイエスかノーだけでいい」

「あります」

「わかった。これは実物だが、除染ずみだ。安心しろ。いまから羽多野に尋問をおこなう。お前も同席してほしい」

「お父さん。私、どうしたら」

「いるだけでいい。自分からは一切発言するな。俺にまかせておけ」

 紫のスーツの羽多野が、自衛官につれられ職務室に入ってくる。体のうしろで両手首をバンドで拘束されている。アヤがいるのに気づき、くすりと笑う。駐屯地司令が空気を読み、自分のオフィスから出る。

 職務室にいるのはアヤ、惣吾、SST隊員二名、そして羽多野の五名。SST隊員はサブマシンガンMP5の銃口を、羽多野にむけている。

 惣吾がデスクをまわり、駐屯地司令の椅子に座る。羽多野にむかって言う。

「あらかじめ言っておく。裁判をうける権利は期待するな。SSTのふたりも承知している」

 ヘルメットをかぶる隊員二名は、まったく表情を変えない。集中している。異変を察知したら、まよわずトリガーにかけた人差指をひける。

 羽多野は何食わぬ顔で部屋を横切る。許可もえずに、来客用の革張りのソファに腰をおろす。後ろ手に縛られてるので窮屈そうだ。

 小馬鹿にした口調で、羽多野が言う。

「後援者に対し大層な仕打ちだな」

「お前みたいな」惣吾が答える。「チンピラを使ったのが、人生最大の過ちだ」

「まだ俺には利用価値がある。なにしろ情報をもっている」

「小娘たちに語った与太話のことか? 京都が核ミサイルで狙われてるとか」

「信じないのは勝手だが」

 惣吾が合図すると、SST隊員がソファの前のテーブルに一枚の紙をおく。カラー写真が印刷されている。さまざまな人種の男女十数名が、庭を背景に笑顔をみせる。

「ロン・メイシン。中国人。お前の妻だった女だ。イスラエルのソフトウェア開発会社、ゼペット・テクノロジーにいた」

「こんな写真があったんだな。ありがたくいただくよ」

「ゼペット社は四年前、フレンドリー社に買収された。先進的なAIを開発したらしい。つまりお前はワイズとつながっている」

「その程度の証拠で疑うのか」

「政治家のコネクションをなめるな。俺は中東に顔が利く。お前の金の出どころを完璧につかんだ」

 羽多野のまばたきが増える。神経質な仕草で、パーマをかけた髪をいじる。

 アヤは胃が重くなるのを感じる。

 自分は不用意に羽多野を信じたのではないか。口座に三十億円が振り込まれたのは確認した。アヤにとっては大金だ。

 しかし、羽多野の背後に巨大な組織がいるとしたら。フレンドリー社の時価総額は六千億ドル。ワイズの個人資産は七千億ドル。三十億円など吹けば飛ぶ数字だ。

 トワが、京都が灰燼に帰すのを未来予知したというのも、本当かどうか。トワは羽多野に忠実だった。嘘をつく動機がある。嘘でなくとも、そう自身に信じこませたかもしれない。

「いまから言うのは」惣吾が続ける。「サウジアラビア総合情報庁から聞いた話で、確証はない。ワイズ氏は、AIで大規模な相場操縦をおこなった。そのせいで政府機関の捜査対象となった。彼が大統領になったのは、資産を守るためらしい」

「出来のわるい陰謀論だな」

「株がらみでFBIなどの捜査をうけた事実は、すでに報道されている」

「あんたは信じるのか」

「最初は信じなかった。だがお前の動きもあわせて考えると、妙に説得力がある」

 羽多野が背もたれに後頭部をのせる。苦虫を噛み潰している。

「ネタはほかにもある。たとえば、あんたの女についてとか。ここでしゃべってもいいぞ」

 卑劣な脅迫だ。それでも惣吾は動揺をみせない。アヤはそっと惣吾の手をにぎる。

 羽多野は鼻を鳴らす。

 米軍を恐懼させるブラッディネイルが、いじらしい箱入り娘に変貌した。思春期の女は、たやすく洗脳できるが、移り気なのが玉に瑕だ。

 羽多野はテーブルの下にあった物体を蹴る。円形で直径は二十六センチ。92式対戦車地雷だ。

 SST隊員二名がそれをみて叫ぶ。

「あっ!」

 その隙に羽多野は立ち上がり、革張りのソファを地雷にむかい蹴倒す。起爆はしない。羽多野は倒れたソファに右足をのせ、職務室を睥睨する。

 羽多野は周到だった。この部屋で尋問されるのを見越し、反撃の手段を仕込んだ。地雷が、安全ピンが抜かれた待機状態かどうかはわからない。ハッタリかもしれない。

 アヤは父の手をにぎったまま硬直する。

 舞踏術をつかえば、父と自分が逃げるくらいは容易だ。逆に羽多野を守るため、SST隊員を無力化することもできる。

 決断しなければ。

 私が帰るべき場所は我が家か、それともシンデレラ城か。

 できれば父の味方をしたい。でも、羽多野がワイズの手先だったなんて真実なのか。あのまっすぐな瞳のアイドルたちさえ、騙されてたなんて。

 それとも全員、嘘をついてるのか。

「アヤ……こっち、こっちよ」

 職務室のなかでアヤひとりが、金髪の少女の存在に気づいた。アリスが赤いカーテンから顔をだし、アヤを手招きしている。




 嵯峨野の竹林の小径を、十名の女が二列をなして歩く。先導するのは京娘セブンだ。各人は待ち伏せ攻撃にそなえて距離をたもち、できるだけ目立たない様に移動する。

 ワイズをのせたブラックホークは、アヤの投げた手榴弾のせいで飛行不能となり、五キロと離れてない小倉山のふもとに不時着した。ソリストがとどめを刺すか、海兵隊が先に救出するかの競争だ。

 天を摩してそびえる竹のあいだを、涼風が駆け抜ける。おもわず瞑想にさそわれるが、最後尾にいるアヤの心は乱れている。

 駐屯地に置き去りにした父が気がかりだ。アリスに誘われて不思議なトンネルへはいるとき、背後から銃声が響いた。無事を祈ることしかできない。

 肩を落とすアヤを見上げ、アリスが言う。

「アヤ、元気ないみたい」

 得意の作り笑顔でアヤが答える。

「そんなことないよ。二度も助けてもらったのに、お礼を言ってなかったね。ありがとう」

「どういたしまして」

 アリスはスカートを持ち上げ、女の子の挨拶をする。続けて言う。

「つらいときは、お歌をうたうといいわ。私はいつもそうするの。それに日本の歌も知りたいし」

 アリスの目が好奇心で輝く。はやく歌えと無言でせがんでいる。奇想天外な世界に迷いこんでも平然としている、例のおしゃまなヒロインそのもの。

「あなたは本当に」アヤが言う。「あのアリスなのね」

「ええ、そうよ。コスプレじゃないわ」

「そんな言葉、よく知ってるね」

「二十一世紀の日本について、いっぱい学んだもの。コスプレってすてきな文化だわ。いろんなキャラクターになりきるなんて。アキハバラという町にも行ってみたいわね」

「私が案内するよ」

「うれしい!」

「でも、なぜアリスだけ具現化してるんだろう。ほかのシャドウはソリストに憑依するのに」

 かわいらしく首をかしげ、アリスが言う。

「さあ。ドジスン先生に聞かないと」

「あなただけモデルがいるからじゃない? 本名はアリス・リデルというんでしょ」

「私はアリス・リデルであって、アリス・リデルじゃない。つまりアリスよ」

「むつかしいな。ドジスン先生って、ルイス・キャロルのことだよね。彼と交流した記憶はある?」

「もちろん。とっても楽しい人」

「キャロルは少女愛者だと言われるけど」

 アリスが眉をひそめるのをみて、アヤは後悔する。下世話な関心から、つい七歳の少女に余計なことを聞いてしまった。

「よくそういう質問をされるわ」

「ごめんなさい。気にしないで」

「きっとみんな想像がたくましすぎるのね。二十一世紀の人は自由だから」

「そうかな」

「自転車にのる女の子をみたとき、私は腰が抜けるほどおどろいたわ」

「そりゃあ、ヴィクトリア朝時代とくらべたら」

「でもドジスン先生のご本は、ちっとも堅苦しくないの。そうおもわない?」

「たしかに。説教くさくない。なさすぎるくらい」

「ドジスン先生は、女の子を勇気づけたくて物語を書いたんじゃないかしら。おそらくアリス、つまりこの私は、先生が書いたプログラムなの。永遠に女の子を応援する使命を担った」

「プログラムって、コンピュータを動かすあれ?」

「ええ。論理学者であるドジスン先生が現代に生まれたら、優秀なプログラマになったでしょうね」

 アリスは誇らしげにウィンクする。そのつぶらな瞳は、とてもプログラムにみえない。




 ドーンッ!

 二列縦隊の先頭あたりで爆発がおきた。小径の両脇に設置したクレイモア指向性地雷を、海兵隊が同時に起爆した。京娘セブンのミナとヤエが直撃をうけて吹き飛ぶ。即死した。

 浅葱色の衣装のハルが、頭部を撃たれる。竹林のどこかに敵の狙撃兵が潜んでいる。小径の奥から、海兵隊一個小銃小隊がむかってくる。M16アサルトライフルを発砲する。

 アヤはアリスを抱きかかえ、垣根をこえる。落葉の積もった地面に伏せる。銃弾があたった竹が震える。まわりの竹が共鳴し、自然のオーケストラが鳴り響く。山吹色の衣装のエイコが腹這いになり、レミントンMSRで敵の狙撃兵と対峙する。

 アリスがアヤの腕からすり抜ける。立ち上がって叫ぶ。

「失礼しちゃう! 私はアヤとお散歩を楽しんでたのに。邪魔するのは、とってもいけないことだわ」

 子供らしい身軽さで、アリスはまた垣根をとびこえる。小径にあらわれた少女を、銃弾の嵐が襲う。アリスは両手を突き出し、小声でつぶやく。

 冷熱術【赤の女王】。

 海兵隊員が苦悶の叫びをあげる。M16を取り落とす。加熱された銃の金属部分が、焼けて赤く光る。

 アリスのサックスブルーのエプロンドレスに、ライフル弾が命中する。一瞬だけ、モザイク処理みたいにイメージが乱れる。アリスは胸を押さえてよろける。しかし鼻息を荒くして前進する。

 伏せていたアヤも立ち上がる。

 アリスは生身の体をもたないらしい。だからってダメージがないと断定できない。

 掩護しなくては。

 アヤは竹林のなかを突き進む。迂回されるのを恐れた海兵隊がM16を連射する。

 舞踏術【パ・ド・シャ】。

 猫の様にかろやかに、しづかに、アヤは疾走してゆく。海兵隊はその機動力に追いつけない。




 黒のセーラー服をきたイオリは、林を走りつづける。懸命にアヤを追ったが、はぐれてしまった。

 イオリはおのれの無力さを噛みしめる。たとえば相手の弾倉を暴発させるとか、念動術を戦闘に活かすこともできた。でもイオリは銃の構造をよく知らず、結局なにもできなかった。

 なんて情けないんだ、ボクは。女の子に守ってもらってばかりで。

 林をぬけ、イオリは河原にでる。京都市西部をながれる桂川だ。斜面で足がすべり、川のほとりまで転げ落ちる。

 息切れしたイオリは、立ち上がれない。足音がする。味方であるのを期待して見上げる。

 四名の海兵隊員だった。

 ズダダダダッ!

 兵士たちは後方から撃たれ、あっけなく斃れる。

 稜線ごしに、椿をあしらった紅の衣装があらわれる。リーダーの花澤カオリだ。中学一年生のサキの肩を抱いている。サキは腹部に被弾していた。

 力尽きたサキが崩れる。呼吸も止まっている。これ以上逃げるのは無理だ。

 膝をついたカオリは、素手で石だらけの地面を叩く。言葉にならない絶叫をあげる。

 涙をながし、イオリがつぶやく。

「カオリさん。ボク、なんて言ったら……」

 鬼気迫る形相で、カオリはイオリを睨む。しかし、すぐにイオリの同情の念をくみとり、苦労して微笑をうかべる。

 川面を指差し、カオリが答える。

「嘆き悲しんでる暇はないね。ちょうど岩場がある。あそこから向こう岸へわたろう」

 瀕死のサキを放置し、イオリとカオリは足場の悪さに苦しみつつ、桂川をわたりきる。

 カオリはHK416の弾倉を交換する。最後のひとつだ。目を細くして対岸を観察しながら言う。

「私はここにとどまって、敵を足止めする。迎撃するのに絶好の地形だから。イオリちゃんは、アヤちゃんと合流して」

「そんな。カオリさんも逃げましょう」

「ソリストを死なせるわけにいかない。絶対に。あなたたちは特別なの」

「いやです。ボクは……ボクは、カオリさんのファンだったんです」

「まさか、あなた『いおりん』? ツイッターで毎日リプを送ってくれてる?」

「名前を覚えてたんですね!」

「あたりまえだよ。いつもありがとう。こんなに可愛い女の子とは思いもよらなかった。ひょっとしてアイドル活動とかしてる?」

 数秒間の沈黙のあと、目を伏せてイオリが言う。

「実はボクは男なんです。いろいろあって、いまは女装してますけど」

 カオリはイオリをきつく抱擁する。ぶあつい衣装ごしに、ゆたかな胸のふくらみの感触がつたわる。これまで女に性的関心がなかったイオリだが、未経験の昂奮につつまれる。

「そんなの関係ない」カオリが言う。「男とか女とか。大事なのはハート。ファンのみんなが愛をくれるから、私たちは頑張れる。四十度の熱があっても、骨折しててもステージにたてる。そうせずにいられない。熱い気持ちがそこにあるから」

 対岸に十二名の海兵隊員があらわれる。二手に分かれ、片方は岩場をわたり、もう片方は胸まで水に漬かって渡河する。カオリは岩場をすすむ六名に対し、セミオートで発砲する。河水が兵士の血で濁る。

 振り返ってカオリが叫ぶ。

「はやく行きなさい!」

 カオリは全弾撃ち尽くしたHKを、河原に捨てる。ホルスターから拳銃のP226を抜き、セフティを外す。

 躊躇するイオリにむかい、さらに叫ぶ。

「いそいで! アヤちゃんには、あなたの助けが必要なの!」




テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

『殲滅のシンデレラ』 第11章「油小路通」


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 アヤは京都駅にちかい下京区の、油小路通に面した旅館「眠れる森」へやってきた。市内の鉄道はすべて運行停止。自動車の通行もきびしく規制されている。たまにサイレンを鳴らしたパトカーが往来するだけで、繁華街なのに気味悪いほど静かだ。

 イオリと話し合い、アヤはもともと宿泊する予定の旅館にきた。いま潜伏地をもとめて動き回れば、かえって怪しまれる。女子高生を隠すなら、女子高生のなかだ。

 警察の捜索はさほど怖くない。治安当局はガタガタだった。行政機関をつかさどる総理大臣は死亡した。陰謀をめぐらす重鎮たちは雲隠れ。指揮系統は錯綜し、情報は共有されてない。

 アヤとイオリは、みごとな庭木をそなえた日本旅館にチェックインする。イオリはズボンに着替えてある。ロビーでイオリと別れたアヤは、ユウキと相部屋になる三階のドアをノックする。

 ユウキがドアをあける。いぶかしげに質問してくるが、アヤは無視して浴室へはいる。浴槽に冷水を張る。昨晩同様に高熱を発していた。服を脱ぐが、まともに指がうごかない。下着をつけたまま浴槽に倒れこむ。水は心臓を止まらせるほど冷たい。でも、こうしないと焼け死んでしまう。

 アヤが長いうめき声を漏らす。

「うぅ……ううぅ」

 浴室に飛びこんできたユウキが叫ぶ。

「おい! なにやってんだ!」

「こおり……」

「あぁ?」

「氷をもってきて……たくさん」

「どうしたんだよ、いったい」

「もうだめ」

 失神したアヤは冷水のなかで溺れる。




 バスローブを羽織ったアヤが、ベッドに仰向けに横たわる。額に濡れタオルをのせている。まだ熱っぽく頭痛もするが、ベッドサイドテーブルにある源氏物語を読みはじめる。じっとしてられない性格なのだ。ちょうど「若菜」の巻で、光源氏にいじめられた柏木が病に伏せるのがおかしかった。

 些細なパワハラで心を痛め、ころっと死んでしまうのだから、平安時代の男はずいぶん柔弱だ。

 ユウキが濡れタオルを交換する。ついでにアヤの読んでいる本を手にとり、パラパラめくる。汚物に触れたかの様にベッドへ投げつける。

 顔をしかめてユウキが叫ぶ。

「なんだこりゃ、古文じゃねえか!」

「ロビーに置いてあったから借りたの。暇つぶしになると思って」

「旅先でもお勉強か。どんだけ優等生なんだ」

「そうでもないわよ。普通に源氏が好きなだけ」

「全然普通じゃねえって」

 アヤは枕に頭を沈め、天井をみつめる。

 京都で源氏物語を読むのは至上のよろこびだけど、あまりゆっくりできなくて残念。

 ユウキが続ける。「具合はどうよ」

「だいぶよくなった」

「喉渇いてないか」

「大丈夫。ありがとう、介抱してくれて」

「こんなのあたりまえだろ」

 ユウキが事情を追求しないでくれるのが嬉しかった。騒動にアヤが関与していると、さすがのユウキも察してるはずだ。でもだからこそ、なにも聞かない。聞けばアヤを困難な立場へ追いやるから。

 性格がまるでちがうユウキと親友になれた理由を、アヤはわかった気がする。ユウキは心がひろく、なんでも受けいれられる。それは自分にない美点だ。

 隣のベッドに寝転んだユウキが尋ねる。

「で、水瀬とはうまくいったか?」

「うん。仲良くなれた」

「マジか! やるじゃん!」

「ユウキが想像する様な関係じゃないけどね。あくまでお友達よ」

 イオリがはたして「友達」の定義にあてはまるかどうか。まさか女装癖に触れる訳にいかないので、説明がむつかしい。

「いやいやいや。それはない。あたしには正直に言えよ」

「嘘なんてつかないわ」

 アヤはまた嘘をついた。

「あたしから見てもお似合いだとおもうぞ」

「恋人をつくる気はないの。いまは」

「家出するからか?」

「まあ、そうね」

「関係ないだろ。別にいますぐ家出するわけじゃないんだし」

 アヤは皮肉な微笑をうかべる。松濤の家には、もう二度と帰るつもりはない。ワイズを斃したら、このまま京都に定住する。

「本当にそういうんじゃないの。だいたいイオリの方が、私以上に恋愛に興味なさそう」

 がばと身をおこし、ユウキが叫ぶ。

「もう名前で呼んでんの!? ガードの堅いお前が!? 信じらんねえ!」

 アヤは手で口許をかくす。イオリには戦友としての気安さがあり、つい口がすべった。

「名前で呼んでるからって、別に」

「告白したのか?」

「だからちがうと言ってるでしょ」

「自分から告白しろよ。あいつボンヤリしてるから、こっちからアタックしないと。水瀬のこと、嫌いじゃないだろ?」

「嫌いじゃないから付き合うって、まちがってる」

「まちがってねえよ」

「恋人同士というのは、もっとこう、おたがいを高め合う様な……」

 ユウキの投げた枕が顔面に命中し、アヤの空疎な演説が中断された。

「お前はヘリクツばっかりだな!」

「うるさいなあ。隣室に迷惑よ」

「お前ってモテる様で、そうでもないだろ。男から告られたことあるか?」

「……ない」

「壁をつくるから、けっきょく男は逃げてく。あたしはブスだけど……」

「ユウキはブスじゃない。愛嬌のある顔だわ」

「フォローになってねえよ。まあいいや。あたしはこんな顔だけど、何度も告られたことあるぜ」

「すがすがしい自慢ね」

「だって恋愛って楽しいもん。幸せになれるし、気持ちよくなれる。すぐ飽きちゃうけどさ。そしたら次の相手を見つけりゃいいし」

「価値観のちがいを感じるわ」

「一生処女でいいのか?」

「そうは言ってない」

「なら水瀬に告白しろ。いま、ここで。内線電話であいつを呼び出してやる」

「余計なことはやめて」

 ユウキはベッドサイドテーブルの電話へ手をのばす。ちらりとアヤの反応を観察する。口を尖らせてるが、止めようとはしない。

 まったく、素直じゃないやつだ。

 トゥルルルル。

 着信音が鳴った。ユウキは受話器をとる。フロントからの電話だった。

 アヤの父親である佐倉惣吾が、フロントに来ているという。ロビーまで下りてこいと、惣吾はアヤにもとめている。




 庭園のみえるラウンジで、スーツ姿の惣吾がコーヒーを飲んでいた。制服に着替えたアヤは、むかいのソファに座る。

 安堵のため息をつき、惣吾が言う。

「とりあえず無事だったみたいだな」

「うん」

「四条駅で神経ガスが散布されたらしい。ちかづいてないか」

「大丈夫」

 勿論嘘だ。なにせアヤが実行犯の片割れだ。

「俺は陸自の輸送ヘリで京都にきた。桂駐屯地にとまっている。お前はそれに乗って東京へ帰れ」

「公私混同と批判されるよ」

「知ったことか。家族すら守れないで国防ができるか。お前がそんなことを気にするな」

「わかった」

 アヤは心にもない返事をした。自宅には帰らないと決めている。この場をやりすごせばいい。

「巻きこまれて怖かったろう」

「そりゃ、すこしは。お父さんこそ、よくきたね。わざわざ防衛大臣が乗りこむ必要はないんじゃない」

 あたりを見回し、惣吾が小声で言う。

「ここだけの話だが、官邸近辺がおかしくなってるんだ。閣僚の何人かが忽然と消えた。わけがわからん。首相とも連絡がとれない。しょうがないから、俺が現地で指揮することになった」

「貧乏くじだね」

「クウェートでの出来事をおもいだすよ」

「なにそれ」

「お前には言ってなかったか」

 ウェイトレスが、アヤの分のコーヒーをテーブルにおく。アヤは一口のむ。

 惣吾が続ける。「俺がむかし三菱商事に勤めてたのは知ってるな」

「うん」

「大学を出てすぐ、エネルギー関連の仕事でクウェートへ赴任した。そこである事件がおきた」

「ああ、イラクのクウェート侵攻」

「そうだ。イラク軍はたった一日で全土を制圧した。上司は逃げ出すし、大混乱さ。なぜか俺が、現地の日本人社会のまとめ役になった」

「いまと同じだね」

「あとで外務省から感謝されたよ。政界とのつながりもできた」

 惣吾はビールを注文する。酒癖が悪い父の飲酒にいい思い出はないが、アヤは不安をおぼえない。自分を心配し、助けに来てくれたのが嬉しかった。抱きついて甘えたい気持ちだった。あんなに父のことが嫌いだったのに。

「俺は」惣吾がつぶやく。「あのまま商社マンでいた方が幸せだったかもしれない」

「政治家は向いてない?」

「サラリーマン生活は気楽だった。がむしゃらに働くだけでよかった」

「うるさい野党やマスコミがいないもんね」

「ふふ。よくわかってるな」

 惣吾はグラスを空にし、二杯めを注文する。上機嫌で続ける。

「京都へ来るのはひさしぶりだ。前は家族旅行で毎年来てたのにな」

「最後に来たのは三年前だね」

「ああ、そうか。裕貴がオーストラリアに留学してから、家族で旅行してなかったな」

「お父さんも入閣して忙しくなったもんね」

「……アヤ、すまなかった」

「急にどうしたの」

「お前が家出を計画していたことについてだ。全面的に俺が悪い。それを謝りにきた」

 惣吾は両手をテーブルにつき、頭を下げる。頭頂部の髪が薄くなっており、年齢を感じる。

「やめてよ。お父さんらしくない」

「俺は短気な人間だ。自分でもわかってる。秘書にパワハラで訴えられたこともある。思いどおりにならないとカッとなるんだ」

「かもね」

「バカな秘書が怒鳴られて、転職するのはまだいい。本人のためだし、日本のためでもある。でも子供にそれをするのは間違いだ。逃げ場がないからだ」

「…………」

「お前みたいにマジメな娘が家出をかんがえるなんて、相当悩んだ結果だろう。相当苦しんだろう。本当に申しわけないことをした」

 惣吾は涙をうかべている。

 アヤは両手を握りしめる。黒い爪が手のひらへ食いこむ。

 やめてくれ。

 決心を鈍らせるのは、やめてくれ。

 いつもの様にアヤは嘘をつく。

「私は家出なんてしないよ。だまって資格取ったりしたのは事実だけど。羽多野さんが、あることないこと言っただけだよ」

「羽多野を永田町へちかづけたのも俺の責任だ。今回のテロはヤツが糸を引いてるらしい。あれほどの悪党とは夢にも思わなかった。俺に人を見る目がなかった。万死に値する罪だ」

「お父さん、私……」

「なにも言うな。若い娘をたぶらかしてテロをおこすなど、鬼畜の所業だ。刺し違えてでも、俺がヤツを止める」

 惣吾はまばたきせずにアヤをみつめる。

 すべて知ってるらしい。

 テーブルの下で、アヤの右手がそろばんの動きをしている。

 だれがバラしたんだ。

 羽多野自身はありえない。東山先生もちがう。

 ひとりだけいる。私のことを知っていて、それをお父さんに教える動機のある人間が。

「ユウキがしゃべったんだね」

「……お前に隠しごとはできないな」

「ひどい。親友なのに」

「善意でやったことだ。恨むのは筋違いだ」

 ユウキの考えはわかる。家族思いのユウキは、アヤの家出に反対していた。お節介にも、父娘の関係修復の役目を買って出たのだ。タイミングは新幹線で京都駅に着いたときか。

 ひょっとしたら、昨晩の記憶をうしなったというのも演技かもしれない。

 惣吾は二杯めのビールを飲み干す。いつもなら見苦しい酔態をみせるころだ。しかし今日はおだやかな微笑をたやさない。

「この先どうなるかわからんが、もし俺が無事だったら……」

「縁起でもないこと言わないで」

「ひとり暮らしをしていい。お前なら問題ないだろう。それもいい経験だ」

「別に私は」

「もうひとつ提案がある。アヤ、よければ俺の秘書にならないか」

「えっ」

「どちらかと言えば俺は世襲に反対だが、お前以上に後継者にふさわしい人間はいない」

「なに言ってるの。佐倉家の家訓では、女は跡継ぎになれない」

「くだらん!」

 酔った勢いで惣吾は叫んだ。アヤがウェイトレスに目配せすると、水のはいったグラスがはこばれる。

 グラスを傾け、惣吾が続ける。

「なにが家訓だ。優秀な人間が政治家になって悪いことがあるか」

「お母さんやおじいちゃんが反対するよ」

「どうしようもないやつらだ。俺は日本のために言ってるんだ。連中のことは心配しないでいい」

「でも、私が政治家になるなんて」

「お前は頭がいい。だれもが認めるだろう。だがそれだけじゃない。お前には品がある。俺みたいに感情的にならない。やはり血筋なのか」

「そんな。褒めすぎだよ」

「いや、裕貴がああいうボンクラだから、血筋では説明がつかんな。持って生まれたお前の長所だ」

 アヤの頬が濡れている。涙がとまらない。

 生まれてからずっと求めていたものを、いま手にいれた。

 父からの愛を。

 もはや京都への攻撃とか、ワイズ大統領の暗殺とか、どうでもよかった。そんなものはほかの人間にまかせればいい。

 私はこの愛情にこたえなきゃいけない。そうでなければ、この世に生をうけた意味がない。




 親子水入らずの会話を、轟音と震動が妨碍した。アヤが十一歳のとき経験した東日本大震災の、何倍もの揺れだ。人間をふくめた、ロビーのあらゆるものが転倒する。ソファに座っていたアヤと惣吾さえ、床に転がる。

 彼らは知る由もないが、アメリカ海軍の駆逐艦から発射された巡航ミサイルが、旅館の隣にある総合病院に命中した。核弾頭は搭載されてない。トマホークの平均誤差半径は十メートルだから、旅館に直撃しなかっただけ幸運だ。

 しばらく意識をうしなっていたアヤが、我に返る。ロビー周辺は非常ベルが鳴り響くが、アヤには聞こえない。内耳へのダメージで一時的な難聴となっていた。フロア全体が停電している。爆煙にとざされ、窓からの光もとぼしい。

 立ち上がり、アヤが叫ぶ。

「お父さん、どこ!? 大丈夫!?」

 返事はない。あっても聞こえない。朦朧とするなか、這って周囲を手探りする。だれもいない。

 エントランスから銃声がとどく。おそらく自動小銃の連射だ。かすかに聞き取れるだけだが。街路で銃撃戦がおきている。

 アヤはガラスの靴で絨毯を蹴り、油小路通へ飛びだす。新選組を脱退した伊東甲子太郎らが、一八六七年に内部抗争で粛清された舞台でもある。

 外へ出たアヤは、我が目を疑う。そこはイラクやシリアとみまがう戦場だった。五階建ての総合病院が崩壊し、さかんに炎上している。紅梅学院のおなじ学年の少女が、鄙びた通りをよろよろと歩く。アヤの眼前を左へとおりすぎる。片腕がない。迷彩戦闘服をきた海兵隊員たちが、M16の一斉射撃をあびせる。華奢な少女は、全身を穴だらけにして死んだ。ほかにも一般市民が虐殺されてゆく。特に制服の少女が狙われている。

 つまり、ターゲットはアヤだ。

 おなじみの兵員輸送車ハンヴィーが、交差点付近にとまっている。M2重機関銃の掃射がはじまる。引越し業者のトラックが、五十口径弾でエンジンを撃ち抜かれ、通りの右奥で燃え上がる。

 アヤは気配を感じて空を見上げる。輸送ヘリのブラックホークが旋回している。搭乗員がミニガンを散発的に発砲する。

 もはやアヤに抵抗する気はない。やるだけのことはやった。こんな戦争ごっこには付き合えない。

 やりたい人間がやればいい。

 アヤは両手をあげ、降伏の意思表示をする。一ブロックむこうにいる海兵隊員と目があう。二十歳くらいの白人だ。海兵隊員はM16の照準をさだめたまま近寄る。

 シュパッ!

 海兵隊員は、そばかすの残る頬を撃たれた。

「スナイパー!」

 ほかの兵士たちは口々に叫び、散開する。自動車や電信柱などを盾にして隠れる。しかし高所から放たれた銃弾は、手足や骨盤など、装備に守られてない部位を精確に射抜いてゆく。

 トラックからのぼる火焔のむこうから、色とりどりの着物をきた六人の女があらわれる。ミニスカートにしたステージ衣装だ。アヤはきょう、彼女たちを生で見たばかりだ。

 ご当地アイドルの京娘セブン。

 京娘セブンは全員、アサルトライフルのHK416を構えている。ステージ上とおなじく息のあった動きで、海兵隊員を圧倒する。

 最後尾にいた薄紫の衣装の少女は、肩に長い筒をのせている。最年少で一番小柄な、日高リサだ。まだ中学一年生。肩にあるのは防空ミサイルシステムのスティンガーだ。狙われてるのに気づいたブラックホークが、あわてて飛び去る。

 せまい路地から、海兵隊は一掃された。

 椿をあしらった赤い衣装の女が立ち止まる。リーダーの花澤カオリだ。HKを背中にまわし、アヤを抱きしめる。顔の大半を占める大きな瞳から、涙がこぼれる。人気絶頂のアイドルの泣く姿は、さすがに絵になる。

 震え声でカオリが言う。

「ありがとう」

「なに」アヤが尋ねる。「どういうこと」

「あなたが佐倉アヤさんよね。噂は聞いてる。ひとことお礼が言いたかったの」

「状況がつかめない」

「ごめんね。自己紹介してなかった。私は花澤カオリです」

「京娘セブンのリーダー。それは知ってる」

「私たちはデミ・ソリストなの。シャドウはつかえないけど、宝具の力で戦う。新幹線のトンネルを爆破したのは私」

 カオリは愛おしげにHKを撫でる。HKがぼうっと青白く発光する。尋常な武器ではなさそうだ。

 パルスプラザでのライブに、カオリは不在だった。破壊工作のため別行動してたなら、辻褄はあう。

「それでね」カオリが続ける。「東京の女の子が命懸けで頑張ってると知って、私うれしくて」

「あなたたちこそアイドルなのに、なぜこんな危険な真似を」

 向かいのマンションの玄関から、山吹色の衣装の女があらわれる。髪は毛先をたてたベリーショート。減音器をつけたスナイパーライフルのレミントンMSRを抱えている。

「紹介するね」カオリが言う。「メンバーの喜多村エイコ。百発百中の狙撃手なんだ」

 エイコが言う。「大袈裟だな」

「そんなことない。エイコちゃんはすごいよ」

「ただのチートさ。私は宝具に誓いをたてた。一発でも外したら、その場で命を絶つと」

 メンバーの六人は、カオリのうしろで横並びになる。それぞれ手をつなぎ、腕をくみ、肩を抱いている。みな表情がキラキラかがやく。

「私たちは全員」カオリが言う。「この町で生まれ育った。戦うのは当然なんだ。たとえ傷つき斃れるとしても」

 アヤは視線を逸らす。カオリのまっすぐな瞳がまぶしすぎる。絆の強さがうらやましい。

 学校ではつねにトップの成績で、数えきれないほどの習い事もこなしてきたアヤだが、そのすべてが個人種目だった。真剣に団体種目に打ちこんだ経験がない。

 カオリはアヤの両手を、自分の手で包む。はげます様に明るい口調で言う。

「桂駐屯地へ向かって。羽多野さんがそこにいる」

「なんで民間人が自衛隊の施設に」

「さあ。あの人のことだから、うまく取り入ったんでしょう。マリーン・ワンが不時着した場所をつかんだらしいよ」

 アヤはうつむき、おのれの手をみつめる。

 正規軍との交戦は自殺行為だ。上空から銃砲の雨が降り注ぐ戦場では、ソリストの力は役立たない。それになにより、父が望む自分になりたい。

 帰りたい。我が家へ。

「カオリさん、私はもう……」

「板挟み状態なのは知ってる。でもアヤちゃんは駐屯地へ行かなきゃいけない。お父さんもそう言ったでしょう」

「正直怖いんです」

「アヤちゃんは勇敢に戦った。ここで降りたとしても、だれもあなたを責められない。でも、どちらの道をゆくにしても、自分で切り開かなきゃ」

「いったいどうしたらいいのか」

「正解はないわ。私たち七人も、それぞれが心を引き裂かれてる。ただ、仲間を裏切れないという思いだけは、共通しているの」




テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

『殲滅のシンデレラ』 第10章「神護寺」


全篇を読む(準備中)






 京都競馬場のスタンドは、観客がいなくなったので寒々しい。発砲事件をうけ、GIレースは急遽中止となった。騎手から解放された競走馬たちが、悠々と馬場を走る。地下鉄などへの攻撃からは約二時間経過した。古都が争乱に巻きこまれたことは、全世界へ知れわたった。

 アヤが通路からスタンドにあらわれる。イオリと羽多野があとから続く。イオリは黒のセーラー服を着て、黒のストッキングを履く。ウィッグをつけたのでロングヘアだ。だれも出生時の性別を見抜けないだろう。

 白のセーラー服のトワが頭を下に、仰向けでスタンドに横たわる。額の中心を9×39ミリ弾で撃ち抜かれた。

 イオリが駆け寄り、遺体を抱きすくめる。声をあげて泣く。感情移入のはげしい性質だなと、アヤはおもう。イオリがトワに会うのはこれがはじめてなのに。

 羽多野は力なく椅子に腰をおろす。頭をかかえている。ひょっとしたら、トワと特別な関係があったのかもしれない。

 かすれ声で羽多野がつぶやく。

「俺の責任だ。京都駅でもトワはおかしかった。作戦から外すべきだった」

 トワは持ち場をはなれ、アヤとイオリを尾行した。感応術をもちいて情報を盗み、単独でワイズを斃そうと抜け駆けした。作戦全体を瓦解させかねない行動だ。

 唇をぎゅっと結び、アヤが言う。

「トワさんがバカなのよ」

 うつむいていた羽多野が顔をあげる。

「こんな風に」アヤが続ける。「トワさんが独走しなければ、たぶん暗殺は成功した。これ以上のチャンスは二度とない」

 遺体を抱いたままイオリが叫ぶ。

「アヤちゃん、ひどいよ!」

「なに」

「そんな言い方ってない」

「私が冷たいと言いたいわけ」

「わかってるでしょ。トワさんが思い詰めたのは、アヤちゃんをライバル視したからだ」

 アヤはかすかに身をよじる。腋の下に汗をかいている。痛いところを突かれた。

「そんなの知らない。とにかくメソメソするのはやめて」

「男らしくなくて悪かったね」

「ええ、悪いわ。あなたも感情に流される人間なら、容赦なく切り捨てる」

「…………」

「私が四条烏丸でユウキになにをしたか、間近で見たでしょう」

「かわいそうに」

「はぁ?」

「本当はだれより愛情をもとめてるくせに、そんなに強がって。精神的に支えてあげたかったけど、ボクには無理そうだ」

 膝をついたイオリはアヤを見上げている。瞬きするたび、しっとり濡れた睫毛から涙が飛び散る。水滴がダイアモンドのかけらの様にきらめく。鳥肌が立つほどのうつくしさだ。

 アヤは混乱する。イオリの言う本当の自分とはなんだろう。イオリの正体は、女装癖のある少年ではないか。いったいなにが本当なのか。結局のところ人生とは、一幕の舞台にすぎないのか。

 イオリと羽多野はスタンドを後にする。トワの遺体は椅子に横たえ、瞼を閉じさせた。それくらいしかしてやれない。いくら警察が麻痺状態でも、長く現場にとどまれない。

 アヤはトワの黒縁眼鏡をはづす。つるをたたみ、自分のブラウスのポケットへしまう。

 爪を黒く塗った拳を握りしめ、つぶやく。

 トワ、ごめんなさい。

 仇はかならず私がとる。




 神護寺は、高尾山の中腹に建てられた山岳寺院だ。空海や最澄などにゆかりがあり、歴史に名をとどめる。アヤとイオリは狙撃手などを排除しつつ、参道をのぼる。紅葉の名所だが、いまは六月なので鬱蒼としげる青葉が、四百段もある長大な石段をかこんでいる。

 へばるイオリを叱咤激励して導き、アヤは楼門の前の石段までたどりつく。普段ジムで足腰を鍛えているおかげだ。

 石段の中程で、折りたたみ式防弾盾が五つひろがり、即席のバリケードを形成している。ひとつの防弾盾に三人が身を隠せる。警察の特殊部隊十五名が、ヘルメットをかぶった上半身だけ出し、サブマシンガンのMP5でアヤを狙う。

 楼門をぬけて境内に入れば、神谷首相とワイズ大統領に接触できる。首脳会談の一環として、日本文化を紹介し、親睦をふかめているらしい。

 京都が幕末以来の大混乱に陥ったのは、神谷首相も知っている。しかしワイズ大統領が、神護寺での合流をつよく主張した。ソリストを迎撃するための手勢をふやすのが目的だ。また神谷は、若本副総理をはじめとする主要閣僚、および次官クラスの官僚と連絡をとれてない。みな雲隠れした。総理大臣は山中で孤立無援となっていた。

 日本の政治を牛耳る約十名が姿を消した理由を、アヤは羽多野からおそわった。彼らはワイズと密約をむすんだ。京都を核ミサイルで攻撃したあと、原子力潜水艦アラバマを乗組員ごと日本政府へ譲渡すると、ワイズは約束した。

 日本は、一夜にして核保有国となる。周辺国は反発するだろうが、文句は言わせない。日本は被害者なのだから。核兵器の戦略的価値にくらべたら、都市ひとつ灰になったところでお釣りがくる。

 アヤはこの話を信じた。大いにありうると思った。公言こそしないが、大抵の民自党議員は核武装を悲願としている。父や祖父もそうだ。

 黒のスーツを着た女が、楼門のそばから拡声器をとおして呼びかける。顔はみえないが、声で担任の東山奈美だとわかる。やはり東山は潜入捜査官だった。

「佐倉さん、ムダな抵抗はやめなさい。あなたは羽多野に利用されてるだけよ。罪を問われないようにするから、ここは私にまかせて」

 木陰に隠れるイオリにむかい、アヤが尋ねる。

「念動術で私の声を飛ばせる?」

「うん。メガホンのマイクをスピーカー代わりにできるとおもう」

「おねがい」

 楼門の方を見上げ、アヤが言う。

「あー、もしもし」

「…………」

「二年C組の佐倉です。聞こえますか」

「聞こえるわ」

「先生にひとこと言いたいんですけど」

「なによ」

「よくもユウキたちを罠にはめましたね」

 拡声器の発するハウリングが、山道で反響する。

「私を責めてるの? 友達がいるとわかっててテロを実行したあなたが?」

「謝らないんですか。あとで命乞いしても遅いですよ。たとえ先生でもゆるさない」

「キチガイ。殺人鬼」

「ふうん。そういう態度なんだ」

 アヤは一歩づつ石段を踏みしめる。特殊部隊の隊員十五名が、MP5の照準を精確にあわせる。距離は二十メートル。確実に当てられる。

 アヤは飛び上がる。

 舞踏術【グラン・ジュテ】。

 ふわりと舞い、前方宙返りする。まっすぐ両脚をのばし錐揉み回転している。特殊部隊の背後に着地する。敷石が衝撃で吹き飛ぶ。

 生贄の儀式がはじまった。ソリストの舞踏は、防弾ベストをきた敵すら一撃で屠る。アッチェレランドで殺戮が進行してゆく。フォルティッシモな悲鳴。そして沈黙。

 アヤは身を翻す。石段を駆け上る。東山の姿はない。あいかわらず逃げ足が速い。

 本堂でワイズ大統領を警護していたシークレットサービス八名が、楼門からつぎつぎ飛び出す。みなスーツとネクタイを着用し、グロックなどの拳銃を手にする。石段の上に散開し、アヤへ集中射撃をあびせる。

 黒い物体が、後ろからアヤの頭上を飛びこす。イオリが防弾盾を念動術でうごかした。拳銃弾が食い止められる。五つの防弾盾は、半円をえがいてシークレットサービスをかこむ。

 アヤは身をかがめ、右に大きく迂回する。たがいの秘密を共有したイオリとは、言葉をかわさなくても連携できる様になった。

 敵の側面へ躍り出る。シークレットサービスは縦一列となり、射線を塞がれた。アヤはフットボール選手みたいな体格の男に肉薄する。右手をVの字にし、男の顔へむける。男は反射的に左手を顔の前にかざす。硬直している。

 アヤの残忍な闘いぶりは、アメリカの各組織の戦闘員のあいだで語り草となっている。ブラッディネイルは人間の目を抉り、その場で食べるらしい。さらに脳まで啜るとか。

 アヤは、ガラスの靴で股間を蹴り上げる。男は反吐をまきちらし、悶死する。石段を転げ落ちる。のこりのシークレットサービス捜査官は恐慌をきたす。逃げ道をさがすが、防弾盾による包囲がさらに狭まっている。味方同士で押し合いへし合いするうち、ひとりづつ仕留められる。

 森閑とした山門が、地獄絵図と化す。

 バラララララッ。

 轟音とともに軍用ヘリコプターが飛来した。星条旗を機体にあしらった、アメリカ海兵隊のブラックホークだ。しかも二機。アヤは突風でなびく髪を手でおさえる。

 大統領専用ヘリ、通称「マリーン・ワン」は、せまい境内に二機とも着陸する。




 待ち伏せが怖くもあったが、アヤは楼門をくぐって境内へ踏みこむ。急がねばワイズに逃げられてしまう。

 ブラックホークのまわりで醜い争いが生じていた。銃声に怯えた日本政府高官が、自分もヘリに乗せるよう海兵隊員にもとめている。押し問答がつづいたあと、迷彩戦闘服をきた海兵隊員は、M9拳銃で高官を射殺する。

 頭髪が薄く、眼鏡をかけた七十歳くらいの男が、アヤの存在に気づいて歩み寄る。日本国総理大臣をつとめる神谷昭雄だ。

「君は」神谷が言う。「佐倉君のところのお嬢さんじゃないか。まさか君がテロをおこしたのか」

 アヤは閣僚の娘だった。本来はあちら側の人間だ。口籠りながら答える。

「御無沙汰しております、神谷先生」

「事情は知らないが、バカげた真似はやめなさい。話せばわかる」

 アヤは、神谷の十メートル後ろにいる海兵隊員をみていた。M16アサルトライフルを構えている。彼らは外交官ではない。話は通じない。

 海兵隊員二名が発砲する。アヤは左に転がって避ける。楽観主義者の神谷が盾になった。後頭部と背中に数発被弾し、即死した。壊れたくるみ割り人形みたいに倒れる。

 アヤは横目で神谷の死体をながめる。

 いい人だった。一度会っただけの私を覚えてくれてたなんて。でも、それだけの人だった。神輿にかつがれ、売国奴たちの陰謀の道具となり、その事実を知らないまま死んだ。ある意味、幸福な人生だったかもしれない。

 チリリリン!

 鈴の音がアヤの脳裏に響いた。ティンカーベルが飛び回りながら、なにかしゃべっている様な。

 アヤは右側に建つ書院の門の、茅葺きの屋根を見上げる。眼帯をつけた黒人の男が、棟のところに腰かけている。左腕を膝にのせて支えとし、消音アサルトライフルのASヴァルを安定させる。

 昨夜の道玄坂でアヤに重傷を負わされた、CIAのハワード・フックだ。高所から狙われるアヤには、反撃の手段も、身を隠す場所もない。

 チェックメイトだ。

 アヤはぽかんと口をあけ、ライフルのスコープごしにフックと目をあわせる。みごとな戦術だ。こちらの攻勢限界点を冷静にみきわめ、危地へ誘いこみ、決定的打撃をくわえる。復讐心をたぎらせてるだろうに、周到に考え抜かれた戦術だ。

 しかし、フックは発砲しない。固まっている。アヤをなぶりものにしているのか。

 フックの褐色の肌に異常がおきているのに、アヤは気づく。あれは霜だ。顔一面が霜に覆われている。フックはライフルを構えたまま凍結していた。

 バランスを崩したフックが、砂利道へ落下する。ガシャンと音をたて、五体がばらばらに砕ける。

 門の陰から、サックスブルーのエプロンドレスをきた、金髪の少女があらわれる。具現化した唯一のシャドウである、アリスだ。

 冷熱術【白の女王】。

 いったいアリスは敵なのか、味方なのか。とにかく今回は、アヤの命をすくった。

 七歳とはおもえぬ複雑な表情を、アリスはうかべる。あえて言葉にするなら、憐憫。アリスは楼門を出て、ひとりで参道を下りてゆく。

 ブラックホーク二機のブレードの回転が速まる。アヤの紺のスカートがはためく。ワイズを収容したブラックホークが離陸しようとしている。

 一機が上昇中に機体をおおきく傾ける。旋回しながら下降しはじめる。操縦不能になっている。金堂へ墜落する。国宝である薬師如来立像もろとも、数トンの重量で押し潰す。

 もう一機は僚機を見捨て、飛び去ってゆく。あちらがワイズが乗るマリーン・ワンだ。ヘリが複数で移動するのは、いざというとき大統領の身代わりにするためだ。足手まといなら切る。

 黒のセーラー服を着たイオリが、おくれて境内にたどりつく。精魂尽きて両膝に手をつく。

 アヤは、まだ凍っているフックの死体のそばにあった、卵型の手榴弾をひろう。

 息を切らせてイオリが尋ねる。

「アヤちゃん、怪我は?」

「大丈夫。さっきはカバーしてくれてありがとう。防弾盾で囲むのはいいアイデアだった」

「こう見えてボクは男だからね。がんばらなきゃ」

「じゃあ、もうひと踏ん張りおねがい」

 アヤは手榴弾のピンを抜き、上空へ投げる。イオリが念動術で百メートルちかく急上昇させる。手榴弾は、ブラックホークのテイルローター付近で爆発した。

 だがヘリの飛行は、平衡をたもっている。

 アヤはため息をつく。

 軍用ヘリは、この程度のダメージでは影響ないかもしれない。とにかく私は全力を尽くした。




 東山奈美は高雄山の藪を掻き分け、どうにか舗装道路まで下りてきた。ソリストたちの攻撃を恐れ、参道を避けた。斜面で何度も転んだので黒のスーツは泥だらけで、木の枝であちこちが破れた。教師の安月給で無理して買った、ニューヨーカーのスーツが台無しだ。

 東山は首を横にふる。

 こんなの苦労のうちに入らない。警察という、どうしようもなく男中心の組織で活動するのとくらべたら、たのしいピクニックみたいなもの。

 奈美、夢をわすれないで。あなたは女性初の警視総監になるんでしょ。

 敵前逃亡した東山だが、悪びれるつもりはない。自分は戦闘員ではなく、公安警察官だ。スパイとして情報をつかむのが仕事だ。教師になりすまして高校へ潜入し、不穏分子を発見した。表彰ものの大手柄だ。バケモノと戦って犬死にするなんて、あってはならない。

 それにしても、あの小娘。佐倉アヤとかいう。はじめから怪しいと思っていた。くりかえし報告したのに、上司に握り潰された。民自党議員の子息だからビビったのだろう。

 清流にかかる高雄橋の前で、東山は立ち止まる。愕然とする。佐倉アヤが、仲間の謎の美少女をつれ、行く手をはばんでいる。

 運動による汗が、恐怖による冷や汗に変わる。清滝川へ飛びこんで逃げたい。それでも東山は歯を食いしばり、傲然とアヤに言う。

「ありがとう。待っててくれたのね」

「笑わせないで」

「佐倉さん、謝りなさい。それが教師に対する言葉遣いなの」

「ごめんなさい、『先生』」

 アヤは意地悪く発音した。

 東山は腕組みし、上半身の震えをごまかす。

 天使の顔をした悪魔め。

 絶対この場は切り抜ける。どんな異能をもってようが、十歳年下の女に翻弄されてたまるか。しょせん佐倉アヤは、蝶よ花よと育てられた、世間知らずのお嬢さまなのだ。

「知ってるかしら」東山が言う。「アメリカ海兵隊の一個大隊が、すでに沖縄を発った。規模は約千人。もうじき京都へ到着する」

「へえ」

「こうなったのもなにかの縁。あなたに協力するわ。私を生かしておけば役にたつ」

「変わり身がはやいですね」

「大人だもの」

「それはともかく、ユウキをはめたことへの謝罪はまだですか。まあ、謝っても許しませんが」

 東山は顔をしかめる。

 しつこい女だ。毎回授業のあと質問攻めしてきて、こちらを閉口させる。私は英語の専門家じゃないから、前日の夜に何時間も予習しないといけない。まったく忌々しい女だ。

「聞いてなんになるの」

「根にもつタイプなんです」

「知ってる。なにひとつ不自由ない暮らしをしてるくせに、被害妄想にかられて道を誤った」

 アヤの端正な顔に、影が一瞬よぎる。攻めるべき弱点を東山はみつけた。諸刃の剣だが。

 アヤが言う。「お説教はやめて」

「心配して言ってるの。まだ立ち直れる。私が責任もって手助けする」

「もう一度言う。やめて」

「徹底的にあなたのことを調査した。羽多野と政略結婚させられると思いこんでたのよね?」

 アヤは沈黙する。めづらしく視線が泳ぐ。イオリが気遣わしげに横顔をうかがう。

「御両親になにか言われた? あなたと羽多野が結婚する可能性について」

「…………」

「言われてないわよね。ありえないもの。ねえ知ってる? あの男は結婚歴があるのよ」

「私に関係ない」

「いろいろあって今は独身だけどね。犯罪歴もある。ここじゃ言えないくらいの。学歴は高校中退。どうみても佐倉家の御令嬢と釣り合わない。政略結婚は、あなたが創作したストーリーよ」

「だまれ。それ以上しゃべるなら殺す」

「あははっ。いま理解したわ。あなたは羽多野に惹かれてたのね。嫌よ嫌よも好きのうちってやつ。恋愛感情を圧し殺すために、滑稽なシンデレラストーリーを自作自演したんだわ」

 イオリは隣で、アヤがわななくのを見守る。アヤの右手が透明な剣と化した。途轍もなく気位の高い女が、内面にずかずかと踏みこまれ、憤慨している。それでもイオリは信じていた。アヤは無抵抗の人間に暴力をふるわない。

 緊張がゆるんだのを察し、東山は欄干をこえて清滝川へ飛びこむ。スーツを着ているのでぎこちなく、下流へむかい泳いでゆく。疲労困憊のアヤに、東山を追撃する余力はない。

 じっとアヤを見つめ、イオリが言う。

「よく我慢したね」

「命懸けのハッタリとわかってたから。それでもムカついたけど」

「えらいよ。東山先生の言い方は最低だった。やっちゃえって、正直おもっちゃった」

「私もすこしは成長したかな」

 アヤは足許がふらつき、イオリにもたれかかる。イオリはやさしく肩を抱く。男と思えないほどしなやかな体だ。

「ごめんなさい」アヤが言う。「疲れて立ってるのもつらい状態なの」

「あれだけ舞踏術を使えばしょうがないよ。ボクが支えてあげる。男の方が力持ちだからね」

「よく言うわよ。私より細いくせに」

「とにかく一度ホテルへもどろう。また出動命令が出るまで休まなきゃ」

 アヤは橋から下流をながめる。東山はまだ泳いでいる。生き延びようと必死だ。

 東山奈美という教師は別に嫌いではなかった。どちらかと言えば好きだった。説明がわかりやすく、アヤは東山のおかげで英文法が得意になった。いい先生だと感謝していた。

 公安のスパイだとは、つゆとも思わなかった。

 道を誤ったのは、むしろ東山ではないか。




テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

『殲滅のシンデレラ』 幕間「競馬場のアリス」


全篇を読む(準備中)






 アリスはお尻の痛みを我慢しつつ、鞍に横座りしています。つまり、馬に乗っていました。

 モチノキの大木のまわりを、十頭以上のサラブレッドがゆっくり歩いていました。そのなかにアリスが乗る「エンチャンテッド」がいます。新聞を手にした観客が、熱心に馬の状態を観察しています。ここは京都競馬場のパドックとよばれる場所です。

 観客がアリスに声をかけ、カメラをむけています。アリスは手をふってこたえます。ドジスン先生が書いた小説の人気は絶大です。ただ日本の人々は、アリスを見るたび「アリスのコスプレだ」と口にするのが不思議でした。

 笑顔でいるアリスですが、心は沈んでいました。みじかい時間ですが京都を散策するうち、とても気にいったからです。このうつくしい街が破壊されるなんて悲しいことです。故郷のオックスフォードに雰囲気が似てるとおもいました。聞くところによると、京都にも有名な大学があるそうです。

 アリスは戦争をやめてもらおうと、ワイズ大統領に直談判しに来ました。ところが大統領は会ってくれません。しかたないのでアリスは、大統領の所有馬であるエンチャンテッドを借り、乗馬に初挑戦してみました。でも馬の背の上は高くて怖いし、お尻は痛いしで、泣きっ面に蜂です。

 ため息をつき、アリスがつぶやきました。

「乗馬ってちっとも楽しくないわ。私には馬車がむいてるみたい」

 長い首をひねり、エンチャンテッドが答えました。

「嫌なら降りるといい。乗ってくれとこっちが頼んだわけじゃない」

 アリスは仰天しました。馬が会話できると思わなかったからです。さっきから歌をうたい、ひとりごとを言うのを全部聞かれてたなんて、恥づかしくてたまりません。

「失礼だわ。会話ができるなら、先に言ってくれないと」

「おたがいさまだ。きみは俺に乗るとき、許可をもとめなかったろう」

「それもそうね。ごめんなさい」

 かるく頭をさげ、アリスが続けます。

「あなたに乗ってもよかったかしら?」

「好きにしろ。俺は走りたいとき走り、食べたいとき食べ、寝たいとき寝る。背中にだれがいようが関係ない」

「走るのが好きなのね。あんなに速いのだから」

「いや、まったく」

「そんなことないでしょう。私の友達に、とってもお歌が上手な子がいるの。歌が好きだから上手になれたんだわ」

「文化の違いだな。俺たちは好き嫌いでものごとを判断しない」

「よくわからないわ」

 アリスはふわふわの金髪をいじりました。馬や犬が全力で走るとき、彼らはとても楽しそうに見えます。エンチャンテッドの意見は納得できません。

「逆に聞こう」エンチャンテッドが言いました。「人間は好きだから勉強するのか?」

「いえ、まったく。あらやだ。私、あなたと同じことを言ってるわ」

「人間は好きだから働くのか? 好きだから戦争するのか?」

「たぶん嫌いなんじゃないかしら」

「君らこそおかしな生き物だ」

 最後の一周を終え、エンチャンテッドは本馬場につながる通路へむかいました。いよいよレースがはじまります。アリスはあわてました。並足でも危ないのに、本番なら確実に振り落とされます。

「降りる前にひとつ質問させて。あなたのオーナーであるワイズさんって、どんな人?」

「興味ないね」

 ぶっきらぼうにエンチャンテッドは答えました。アリスには他人行儀におもえます。オーナーと馬の関係は、親と子や、飼い主とペットみたいなものだからです。でもよくかんがえると、アリスが飼っている猫のダイナはいつも無愛想なので、これが普通かもしれません。

「ワイズさんはとても馬が好きらしいわ。小さいころから馬を飼っていたんですって」

「ああ。でもその馬は予後不良で殺された」

「どういう意味?」

「脚を骨折したら俺たちは殺される。生きている意味がないから」

「ええっ。かわいそう」

「そういうものなのさ」

 エンチャンテッドは平然と言い放ち、歩きつづけました。その背で揺られながら、アリスはこうしてサラブレッドに乗っていることが、ひとつの奇跡なのかもしれないと思いました。

 アリスはつぶやきました。

「『その場にとどまるには、全力で走りつづけないといけない』。赤の女王が言ってたわ」

「そいつは人間か?」

 アリスは悩みました。赤の女王は、アリスが鏡の国で出会ったチェスの駒です。

「どうかしらね」

「人間が言ったにしては、共感できる言葉だ」

 アリスはエンチャンテッドの鞍から飛び降りました。降りる前に首筋を撫でてあげました。エンチャンテッドはうれしそうに首を振りました。

 アリスはパドックをかこむ傾斜へ歩きました。大勢の観客のなかに、黒縁の眼鏡をかけたセーラー服の女の子がいました。名前をトワと言います。昨晩、高速道路で見かけました。

 トワはしきりにアリスを手招きしました。早くこちらへ来いとうながしています。随分と焦っている様です。




 アリスはエレベーターでスタンドの五階へのぼり、VIPルームに入りました。壁一面のガラス窓から、本馬場を見渡せます。モニターが嵌めこまれたテーブルの前に、ピンクのTシャツを着た金髪の男性が座っていました。アメリカ大統領のウォーレン・ワイズさんです。白塗りの化粧をほどこした舞妓さんがとなりで、グラスに飲み物をそそぎます。

 ワイズさんはカゴメの「野菜生活」という野菜ジュースを愛飲しており、わざわざワシントンまで取り寄せ、毎日朝昼晩と飲んでいるそうです。いまはウォッカで割り、ブラッディマリーというカクテルにしています。七歳のアリスにお酒は早すぎますが、どんな味なのか気になります。

 おもむろにワイズさんが振り向きました。目が据わり、充血しています。まだお昼なのに飲み過ぎかもしれません。

 甲高い声でワイズさんが叫びました。

「だれがこのガキを部屋にいれた!?」

 左目に眼帯をつけた黒人男性が答えました。

「私です、サー」

 この男性はハワード・フックさんです。「コーポレーション」という部隊を率いる軍人さんですが、昨晩の戦闘で部隊は全滅しました。左目はそのとき抉り取られました。脳にもひどい損傷を負ったそうですが、なぜか元気にみえます。フックさんは不死身なのだと陰で囁かれ、恐れられています。

「さっさと追い出せ」

「部下を失った私は、いま軍事アドバイザーとしてお仕えしています。ある程度の自由裁量はみとめられてるはずですが」

「9・11以降、最大のテロがおきたんだぞ! いや、状況はもっと深刻だ。敵の目的は俺の暗殺なのだから」

「状況は完全にコントロールできてます」

「ファック!」

 ワイズさんは立ち上がり、髪の毛のないフックさんの頭頂にブラッディマリーを浴びせかけました。赤い液体が、眼帯のない右目に入りますが、フックさんはまばたきひとつしません。痛みを感じないのでしょうか。

「すでにお前は」ワイズさんが言いました。「東京と京都で二度失敗した。救いがたい無能だ。無能であることは国家への叛逆だ」

「お言葉ですが、今回の化学兵器攻撃は、敵にとって成功と言えません」

「貴様、正気か?」

「やつらは成功しすぎました。所詮は烏合の衆であり、規律がない。すぐに崩壊します」

「プランを言え」

「大統領、あなたは軍事を御存じない。まあ安心して競馬でも見ててください」

 ワイズさんは空のグラスをフックさんの足許へ投げつけ、粉々に割りました。席にもどり、舞妓さんがあたらしくつくったブラッディマリーのグラスを受け取りました。

 ひとくち飲んで、ワイズさんが言いました。

「もう失敗はゆるさない」

「わかっております、サー」

「無能な人間には、ふさわしい末路が待っている。シリア政府あたりにお前の身柄をわたす。さぞかし歓迎されるだろうよ」

「あまり感心しません。私がもつ情報までシリア政府にわたる恐れがあります」

「つまらない野郎だ。お前の顔をみると酒がまづく……うぐっ」

 ワイズさんが胸をおさえました。グラスが倒れ、ブラッディマリーが木目のテーブルにこぼれました。顔面蒼白のワイズさんは息切れしています。

 アリスは首にかけている金緑石のペンダントを、指でなぞりました。パドックのそばでトワにもらったものです。VIPルームの窓は数日前、シークレットサービスがマジックミラーのフィルムを貼りました。外から中をみれません。しかし、アリスがかけている「アナスタシアの涙」の霊力により、トワは内部を確認して攻撃を仕掛けられます。

 感応術【ネバーランド】。

 ワイズさんが苦しみだしたのは、心臓が停止したからです。十分も経てば死んでしまうでしょう。

 アリスは動揺していました。なにを企んでいるのか、くわしくトワから教わりませんでした。たしかにアリスは、戦争をやめてほしいとワイズさんにお願いするつもりでした。でも、こんな悲惨な光景はみたくありませんでした。

 ゆったりした動作で、フックさんが窓にちかづきました。先の方が太い筒になっているライフルをもっています。もがいているワイズさんには目もくれません。銃口をガラスごしに観客席へむけました。右目でスコープをのぞいています。

 カチッ。

 おもちゃの銃みたいな音がしました。

 数秒後、床に横たわるワイズさんが、はげしく咳きこみました。心肺機能が恢復した様です。

 シークレットサービスの人たちが、ワイズさんをつれて外へでました。部屋にいるのはアリスとフックさんだけです。窓に小さな穴があいています。

 アリスが尋ねました。

「大統領を囮にしたのね」

「チェスの戦術でいうサクリファイスだ。これで敵戦力は半減した」

「半減?」

「あの眼鏡の少女は、ブラッディネイルと同等か、それ以上のアタッカーだったろう」

「なぜわかるの」

「トップだからこそ、ライバルが手柄をたて、自分の地位が脅かされて焦るのさ。それで独走した」

「すべてあなたの読みどおりなわけ」

「敵のミスに助けられた。もし同時にブラッディネイルがここへ突入したら、俺たちは全員死んだ」

 フックさんは他人事の様につぶやきました。まるでチェスの対局を振り返るみたいに。

 アリスはドジスン先生のことを思い出しました。数学者でもあるドジスン先生は、よくチェスの比喩をつかうからです。

 でもドジスン先生とフックさんは、全然ちがう性格だとも思いました。繊細なドジスン先生は、どちらかと言うと変わり者ですが、アリスにはいつも優しく接してくれます。ボートで遊んでいるとき、オールを漕ぎながら即興で話してくれる物語のおかしいことと言ったら! アリスは笑いすぎて、湖に落ちそうになります。

 アリスが言いました。

「人間はチェスの駒ではないと、私はおもうの」

「そうか? 俺には違いがわからんが」

 ライフルをもったフックさんは、VIPルームから出てゆきました。

 アリスは窓から観客席を見下ろしました。スタンドは上を下への大騒ぎになっていました。ただ遠すぎて、トワの姿は見えませんでした。




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苑田 謙

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