『スクールガール・タクティクス』 第7章「浸透」


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 ヒカルは木製のデスクが並ぶ、芳友舎のパソコン部部室にいた。保育園で有給休暇をもらったのをいいことに、けっきょく毎日高校へ通っていた。

 乗りかかった船は下りられない。すでにヒカルは二人殺したのだ。あと制服に対する未練もなくはなかった。

 部長であるソラが、ホワイトボードにマーカーを走らせた。昼食のカロリーメイトを頬張りながら、トライハートにまつわる謎を箇条書きしている。

 資金源。

 武器弾薬の入手ルート。

 他校のJKへの浸透具合。

 政界とのコネ。

 背後で彼女らを操る黒幕。

 ブサメン絶滅以外の隠された目的。

 書きくたびれたソラは、ぶらぶらと右手を振った。ため息をついて言った。

「謎が多すぎるッス」

 ヒカルが言った。「ソラちゃんがハッキングして調べたら」

「やったけど、肝心なことは何も解らないッス。あの人たち、連絡やお金の管理にパソコン使ってないッス」

「用心深いなあ。じゃあ幹部の三人を監視するとか」

「エリコ様は無理ッスよ。プロの女性のボディガードが常に二名張りついてるッス」

「まるでVIPだね」

「小学生のときストーカー被害を受けて以来、そうしてるらしいッス。お父様が偉い警察官僚なんス」

「へえ」

「そんでお母様がオペラ歌手ッス」

「くわしいね」

「全芳友生の憧れッスから」

 ソラはうっとりした表情で、敵組織のリーダーについて語った。

 奥多摩でヒカルたちは、トライハートを痛撃した。確認戦果だけで三名死亡、ほかにも相当な被害が生じたろう。しかしあの戦闘は偶発的だった。功を焦った三年生が自滅しただけとも言える。組織の中核を叩いたわけではない。

 短いスカートから伸びる脚を組み、ヒカルが言った。

「カラオケに誘おう。クルミさんは正直怖いから、ティナさんがいいかな」

「へ?」

「私は保育士だから知ってるの。お歌が嫌いな子供はいない」

「いやいや」

「情報を引き出すには仲良くならなきゃ」

「でもカラオケって。世界的に悪名高いテロリストなんスよ!」

「子供は子供よ。例外なんてない」




 ヒカルとソラは放課後、田園都市線の用賀駅前にあるカラオケ店に来た。浅黒い肌の少女がアニメソングを熱唱していた。御岳山でヒカルの仲間を苦しめたティナだ。いま持ってるのはAK47でなくマイクだが。

 曲が終わり、ヒカルとソラは引き攣った笑顔で拍手した。

 上機嫌のティナが、ヒカルに尋ねた。

「ティナはもう何曲歌ったか?」

「十曲くらいですね」

「嘘だろ!」

「数えてないけど、それくらいです。とてもお上手なのでビックリしました」

「調子に乗ってしまった。今度はキミらが歌ってくれ。ティナは日本の歌をもっと知りたい」

 ティナはつぶらな瞳を潤ませ、何度も頭を下げた。ひたすら恐縮する姿に、残忍なテロリストの面影はない。マイクを渡されたヒカルは、得意の安室奈美恵を歌い始めた。

 店員が、ソラが注文したカツサンドを運んできた。皿をティナの方へ押し出し、ソラが言った。

「ティナさんもどうぞ」

「ありがとう。でもお腹は空いてない」

「そうッスか。じゃあ遠慮なくいただくッス」

 ソラは幸せそうにパンと豚肉にかぶりついた。もしゃもしゃと咀嚼しながら言った。

「アニソンに詳しいッスね」

「ティナは故郷のアレッポを離れ、ヨーロッパで一人暮らしをした。とても孤独だったが、日本のアニメに救われた」

「あたしもアニオタなんで、そう言ってもらえると嬉しいッス」

「日本のJKに憧れた。みんな可愛く、生き生きしていた。内戦で荒れ果てたアレッポとは、天国と地獄の違いだ」

「お気の毒ッス」

「そんなときフェイスブックでエリコと知り合った。誘われたので、勇気を出して芳友舎に入学した。みんなティナに良くしてくれた。日本は第二の故郷だ」

 ヒカルは安室奈美恵を歌いつつ、年下のふたりの会話に聞き耳を立てていた。おしゃべりなソラは、ティナの警戒を解くのに成功したが、口を滑らせて失言しないか心配だ。

「アレッポって」ソラが言った。「どんな町ッスか。シリア最大の都市ってことくらいしか知らないッス」

「古代以来の歴史が残る、美しい都市だ。イスラム文化の中心地だ。いや、だった。もはや瓦礫の山でしかない」

「シリア内戦は大変な出来事なんスね」

「かつて『アッラーに祝福された土地』と称された国だが、今となってはお笑い草だ」

「んなことないッスよ。アサド大統領を中心に、内戦は収束に向かってるとも聞きますし」

「すまない。ティナの前でその名を口にしないでくれ」

「アサドさんのことッスか?」

 ティナはフォークを握り、カツサンドへ突き刺した。皿は数片に割れた。

「バシャール!」ティナが叫んだ。「売春婦の子! 豚よりも汚らわしいケダモノ!」

「いったいどうしたんスか」

 ティナはソラの臙脂のネクタイをつかみ、首を締め上げて言った。

「あの男はアレッポにサリンガスを撒いた。母はもがき苦しみながら死んだ。名前を聞いただけで気が狂いそうだ」

「く、苦しいッス」

 ヒカルはマイクを置いた。ソラを窒息させているティナの手を握り、自分の方を向かせた。

 保育園でもケンカはよくある。大事なのは、兆候を見逃さないことだ。衝突に至るきっかけが解れば対処できる。今回ならカツサンドだ。イスラム教徒に豚肉料理を勧めるなんて無神経だった。客として招かれた立場のティナは、不愉快なのを表に出さず我慢していたのだろう。

「ティナさん」ヒカルが言った。「私からも謝ります。余計なことを言ってごめんなさい」

 ティナが言った。「別に謝る必要はない」

「さっきのソラちゃんの態度は、信仰や文化を軽視していました。彼女は物知りなのに、配慮に欠けるところがあって」

「こちらこそ見苦しい振る舞いだった。許してくれ」

 ティナは鄭重に頭を下げた。名家の生まれなのを匂わせる洗練された物腰だ。

 やや青みがかったティナの瞳に見惚れながら、ヒカルが言った。

「戦火で家族を喪うなんて、恐ろしいことですね」

「ああ。人生のすべてが変わった」

「さぞかし辛かったでしょう」

「インシャラー。アッラーの思し召しだ。それは理解しがたい。でもティナはアッラーのために戦う。ティナにはきょうだいが五人いる。弟が二人、妹が三人」

「大所帯ですね」

「いつかきょうだいを連れて祖国へ帰る。それまでに正しいイスラムの国を作る。長い道のりだが、アッラーを信じれば必ず成し遂げられる」

 ヒカルは頬に熱を感じた。涙が流れていた。

 各地で無差別テロを起こしたティナの行動は許容できない。それどころか弟の仇でもある。しかしその動機は純粋なのだと、直接話して解った。神のため、祖国のため、家族のため、命を賭して戦う情熱そのものは、否定しようがない。




 地下にある用賀駅は、入口が擂鉢状の階段になっている。カラオケ店を出たヒカルたち三名が、階段の上の歩道にいた。夜九時を回ったので帰宅したいヒカルとソラは、ティナに引き止められていた。

「約束してくれ!」ティナが言った。「またカラオケに付き合ってくれると」

 ヒカルが言った。「勿論です。沢山お話できて、私も楽しかったです」

「できれば毎週行きたい」

「ええ、ぜひ」

 ヒカルはセイコーの腕時計を一瞥した。母親から地元のスーパーで買い物を頼まれていたが、そろそろ閉店時刻だ。

 時間を気にするヒカルの様子に気づき、まるでこの世の終わりみたくティナはうなだれた。

「すまない。何か用事があるんだな」

「いえいえ、特に急ぎでは」

「ティナは一人でいると寂しくてたまらない。十六歳なのにみっともないが」

「女の子なら普通です。まして異国にいるなら、なおさら」

「なあ。ヒカルのこと、お姉さんと呼んで構わないか」

「嬉しいですけど、私たち知り合ったばかりなのに」

「インシャラー」

 ティナはアイフォンを操作した。すぐにヒカルとソラのアイフォンに通知があった。カラオケ店でティナに勧められてインストールした、見たことのないアプリだ。「入金がありました」と表示されていた。

「入金?」ヒカルが言った。「ティナさんが送ったんですか」

「ちょっとした感謝の気持ちだ。快く受け取ってくれ」

「でも一億円って書いてありますよ」

「正確には仮想通貨だ。試験的に運用されてるアプリだが、日本でも使える。税金もかからない。安心するといい」

「うそ」

 ヒカルとソラは顔を見合わせた。喜びを隠せなかった。実感の湧かない法外な金額にでなく、トライハートの資金源を突き止められそうな手掛かりに。




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『スクールガール・タクティクス』 第6章「指揮官」


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 銃撃戦を生き延びたヒカルとソラは、軍用ヘリのブラックホークで奥多摩の上空を飛んでいた。眼下には山林が広がり、建造物は見えない。地勢は起伏が激しく、トライハートや警察などの追跡があるかは判断しがたい。

 ヘリには他に十名が乗っていた。ほぼ全員が迷彩戦闘服を着た男だ。イケメンに分類できる者はいない。それもそのはずで、彼らはみな虐殺から逃れたブサメンだった。「トータル・ミリタリー・エージェンシー」という組織を立ち上げ、密かに抵抗運動を展開している。略称はTMAだ。

 真向かいに島袋ヒロシが座っていた。小河内ダムのヘリポートでヒカルとソラを拾った。ヒカルが独走したせいで計画の大幅な修正を強いられ、苦虫を噛み潰していた。

 ヘッドセットを通じ、島袋は言った。

「最近の保育園は射撃訓練もするのか」

「さあ」ヒカルは言った。「どうでしょう」

「MP7は使いやすい銃じゃない。なぜ撃てた」

「弟が乗り移って、助けてくれたんだと思います。弟はミリタリーに詳しかったので」

「ふん。ミリオタの知識が通用するほど甘くねえよ」

 いっそう島袋は顔をしかめた。ブサメン組織を率いる資格は十分の容貌だ。

 搭乗者の中に例外的な人物がいた。背格好からすると十二、三歳くらいだが、髪を美しい銀色に染めており、年齢も性別も不詳だった。服は黒づくめで、ショートパンツを穿いていた。ニンテンドースイッチで黙々とゲームをしていた。

 右隣のソラが昂奮ぎみに、ヒカルに言った。

「あたし、あの人を知ってるッス。プロゲーマーの神月ヤヤさんッス。たしか中学三年生」

「有名なんだ」

「年に何億も稼いでる超天才ッスよ」

「男の子? 女の子?」

「女子ッスよ。いや、正確に言うとボクっ娘ッス」

「なにそれ」

「ヒカルさんはもっと若者文化を勉強すべきッスね」

 興味を抱いたヒカルは、天才中学生にじっと視線を送った。ゲームに没頭するヤヤは無反応だ。子供の相手が得意なヒカルが思うに、こちらの視線には気づいてる風だった。

 ヒカルは鼻を膨らませ、島袋に言った。

「なんで中学生を連れてきたんですか。危ないでしょう」

「ヤヤのことか? あいつはTMAの戦術顧問だ」

「まさかあの子に戦わせるんですか」

「言いたいことは解る。でもヤヤの戦術能力はダントツなんだ。あいつ抜きではトライハートに太刀打ちできない」

「冗談はやめてください」

 ヒカルは、初対面のヤヤのために本気で怒っていた。保育士と自衛官で倫理観に隔たりがあるのは知ってるが、到底許せることではない。

 警告音がコックピットから鳴り響いた。ヘリは地対空ミサイルに捕捉された。

 追尾してくるミサイルに対し、ブラックホークは強力な熱源となるフレアを放出した。赤外線センサーを欺瞞できるが、あくまで効果は限定的だ。

 ヤヤはニンテンドースイッチをしまい、立ち上がった。コックピットに顔を出し、山並みを観察した。

 右側の絶壁を指差し、ヤヤが言った。

「あの山の後ろに隠れて」

「無茶を言うな」パイロットが言った。「墜落する」

「ミサイル食らうよりマシでしょ!」

 ヘリは右へ急旋回した。絶壁に遮られ、携帯式対空ミサイルのスティンガーが爆発した。ヘリはミサイルの衝撃波と、旋回による揚力低下と、斜面に沿った下降気流に見舞われた。陸上自衛隊のパイロットですら機体を制御できない。

 大きく円を描きながら、ブラックホークは谷底へ落ちていった。隣で悲鳴を上げるソラに、ヒカルは覆いかぶさった。TMAのブサメンたちも機内で喚いていた。

 ヘリは不時着した。機体の底で台地を削り、ブレードで木々を薙ぎ倒したあと、静止した。

 谷間に反響する騒音は、しばらく止まなかった。




 グレーの制服を着たヒカルはシートベルトを外し、ソラの手を引いてブラックホークから這い出た。平衡感覚が狂ってたので、膝をついて進んだ。

 谷底にハードランディングしたヘリは、外見は特に異常なかった。すぐにでも離陸できそうだった。パイロットのふたりが点検を始めた。スティンガーを撃ったのがトライハートなら、とどめを刺しに来るだろう。

 銀髪のヤヤが、草地に横たわっていた。シートベルトをしてなかったため、機内で頭部を打ち裂傷を負っていた。血まみれだった。

 ヒカルはヤヤを仰向けにし、ほかに負傷部位がないか確かめた。意識はあり、呼吸や心拍も正常だった。ソラが救急箱を見つけて持ってきた。保育園で応急処置を学んだヒカルは、裂傷にガーゼを当てて包帯を二回巻いた。

 手当てを受けるヤヤは、ヒカルの腿に頭を乗せたまま、アイパッドを操作した。周辺の地形を調べていた。せわしなくスワイプ、ピンチイン、ピンチアウトしながら、ブツブツつぶやいた。脳を損傷したのではないかと、ヒカルは心配した。

 ヤヤをいじらしく思ったヒカルは、その乱れた銀髪を手で梳いた。不思議な少女だった。黒のスカジャンとショートパンツ。腰にはなぜか日本刀を佩いていた。整った顔立ちだが、可憐な美少女というより、凛々しい少年剣士の趣きだった。

 ヤヤが勢いよく起き上がり、ヘリに駆け寄った。屋根に登って修理するパイロットを見上げて言った。

「どう、直りそう?」

 パイロットが言った。「エンジン起動装置をやられたが、電気的な故障だ。どうにかなる」

「何分で修理できる?」

「わからん」

「大体でいいから時間を教えて」

「しつこいぞ。作業の邪魔だ」

 装甲がへこみそうなほど強烈に、ヤヤはブラックホークの機体を蹴った。

「何分かかるか聞いてんの! 答えろ!」

「十五分だ、畜生!」

 幹部自衛官であるパイロットは、中学生の女から頭ごなしに命令され、さすがに気分を害した。

 ヤヤは早足で、迷彩戦闘服を着たブサメンの集団に近づいた。総員七名。不時着による心身の打撃のせいで、ほとんどの者はヤヤとのアイコンタクトを避けた。

 リーダー格である島袋に、ヤヤが言った。

「五分後に追手が到着する。あの尾根を越えてくる可能性が高い。あそこに防衛線を築いて時間を稼ごう」

「今の状況で交戦するつもりか? 自殺行為だ。こいつらは実戦経験がまったくないんだぞ」

「ボクだってないよ。みんな仲良くロストバージンだね」

「ヘリを捨てて逃げた方がいい」

「敵は地上から攻撃してきた。ヘリはボクらの強みだ。捨てるなんてバカげてる。道のない山奥を歩くのも危険だ。敵がいなくたって遭難する」

「認められない。いくらお前の意見でも」

 黒漆が塗られた鮫鞘から、ヤヤは刀を抜いた。下段に構えて言った。

「ボクは戦闘における指揮権を与えられた。これ以上抗命するなら、ぶーちゃんを斬る」

 ぶーちゃんとヤヤに呼ばれている島袋は押し黙った。デブだからぶーちゃんという雑なネーミングだった。身長差は約三十センチだが、肩を落とした島袋の方が小さく見えた。

 緊迫したやりとりを眺めていたヒカルは、肩に提げているMP7を手に取った。ダムでした様に装填をおこなった。

 ヒカルが言った。「足手まといかもしれませんが、私も戦闘に参加します」

 ヒカルの人生は暴力と無縁だった。他人に暴力を振るった経験はないし、振るいたいと思ったこともない。ホラー映画を見たら、その夜は眠れないほどの怖がりだった。

 しかしヒカルは人一倍、庇護欲が強かった。年下の人間が危険に晒されると、居ても立っても居られなくなり、恐怖が吹き飛んでしまう。

 ヤヤは納刀し、MP7を持つヒカルの腕を撫でた。

「ありがとう」ヤヤが言った。「でも星野さんはヘリの側にいてほしいな」

「私は実戦経験者ですが、お役に立てませんか」

「そうじゃないよ。敵が迂回してくる可能性があるんだ。パイロットやヘリを守るために、星野さんはここで警戒して」

「なるほど」

 ヒカルは深く頷いた。実際は足手まといに思われたのかもしれないが、合理的な説明だった。この混乱した事態の中で、戦闘の全体像を俯瞰するヤヤの頭脳に感心した。




 ブサメンの八名は、クヌギやコナラの生える尾根の上に横並びに陣取った。ススキなどの草本で覆われた丘陵は、屈むだけで身を隠せた。

 ブサメンたちが支給された武器は、ヒカルと同じサブマシンガンのMP7だ。アサルトライフルに比べると、火力や命中精度は物足りない。ただ秘密作戦に従事する都合上、隠して持ち運べるサイズが求められた。現役自衛官の島袋だけは、オートマチックの狙撃銃であるSR25を構えていた。

 プロゲーマー兼中学生のヤヤが携えるのは、日本刀だけだ。毎日ゲームで何千発と撃ちまくってるから、実銃なんて見たくも触りたくもないと、うそぶいていた。

 オープントップの二台のハンヴィーが、草地を駆け抜けてきた。荷台に立つ二名と、ミニミ軽機関銃の銃手を合わせ、乗員はそれぞれ七名。みな学校制服を着ている。芳友舎以外の制服もある。斜面の前でハンヴィーは停止した。自動車が登るには厳しい角度だ。待ち伏せを用心してるのかもしれない。

 島袋は隣にしゃがむヤヤを見た。ヤヤは頷き、発砲を許可した。

 島袋はSR25のスコープで、銃手の頭部に照準を定めた。爽やかなポニーテール姿が魅力的だった。サプレッサーで減音されたSRが、七・六二ミリ弾を吐き出した。JFKみたく脳漿を荷台へ撒き散らし、ポニーテールのJKは即死した。諜報の専門家である島袋は優れたスナイパーではないが、二百メートルなら楽勝だった。

 これで八対十三。

 一斉にJKたちがハンヴィーから飛び降りた。木立の背後からアサルトライフルのFNSCARを発砲した。しかし太陽を背負ったブサメンたちを狙うのはまぶしかった。シューティンググラスを持っているJKは装着した。

 もう一台のハンヴィーで、ミニミ軽機関銃の連射が始まった。銃手は森下クルミだった。狂おしいクルミの絶叫が、銃声の合間に渓谷に響き渡った。

 フルオート射撃で弾幕を張るのが、クルミのお家芸だ。ライフル弾が関東ローム層の斜面を抉り、ススキの葉を散らし、クヌギの幹を砕いた。ブサメンたちは震え、縮こまった。泣いて母親を呼ぶ者もいた。クルミの凶暴性にふたたび直面するのは、虐殺の生存者にとっては酷な要求だった。

 ヤヤはカシオの腕時計を見た。あれから十分経過した。

「そろそろだ」

 ドーンッ!

 二百メートル下の草地で、迫撃砲の榴弾が炸裂した。さらに数秒おきに着弾し、JKたちの四肢を散乱させた。稜線を越えて撃つよう、ヤヤは事前にヘリのパイロットに指示した。

 ヤヤは立ち上がり、抜刀した。切先を斜面の下へ向けた。

「いくぞ!」ヤヤが叫んだ。「ビッチどもをぶち殺せ!」

 ブサメンたちの士気は点火された。さっきまで身をすくめて泣き喚いていた弱虫が、等間隔を保ちながら悠然と並進し、MP7を発砲した。

 作戦目標はヘリでの脱出であり、敵の殲滅ではない。しかし無事に逃げ延びるためには、ひとりでも多く「ビッチ」を斃しておきたい。




 胴体に衝撃を受け、銀髪のヤヤは斜面に転がった。

 被弾した。

 血相を変えた島袋が、ヤヤをクヌギの根本に引き摺った。防弾ベストを剥がして確かめると、ライフル弾は抗弾プレートを貫通していなかった。ただし肋骨や内臓へのダメージはあるだろう。

「バレバレだったかな」ヤヤがつぶやいた。「でもボクが指揮官だと一発で見抜くなんてさすがだ」

 島袋が言った。「何を言っている」

「銃声は多分AKだった。セミオートで正確に狙い撃たれた。右手の岩場にまだいると思う」

「あいつか。ティナか」

「間違いないね」

 痩せっぽちのブサメンが、前頭骨を吹き飛ばされた。

 急峻な岩場で、制服をまとった浅黒い肌の少女が、神出鬼没の機動を見せていた。精密にAK47を操作し、一人また一人と死傷者を増やしていった。

 ティナはシリア出身の高校一年生。イスラム国のテロリストとして主にヨーロッパで活動し、国際逮捕手配されていた。なぜか芳友舎高校へ入学、そこでエリコやクルミと意気投合し、三人でトライハートを結成した。この組織の最大の謎のひとつが、シリアの名家に生まれたというティナの存在だ。

 ティナの役割は、作戦立案と兵站と指揮だ。おそらく世界で最も軍事経験が豊富な少女だった。対空ミサイルのスティンガーを撃ったのもティナだ。

 パリやロンドンやブリュッセルなどで爆破テロを起こした凶悪犯が、日本で花のJK生活を満喫しているという情報を、島袋はコネを通じて各国へ流し、協力を求めた。しかし疑り深い各国の諜報機関は、鼻で笑うだけだった。

 ヤヤは跳ね起き、戦闘可能なブサメン五名に言った。

「ありったけの弾を、あの岩の周辺にばら撒いて。ギザギザのノコギリみたいな岩に。全弾撃ち尽くすつもりで」

 島袋が言った。「制圧射撃か」

「うん。撃ち終わったらスタコラ逃げよう」

 ヤヤは自分の平坦な胸を擦った。アドレナリンが分泌されてるせいか痛みはない。むしろゾクゾクと快感を覚えていた。

 ヤヤはつぶやいた。

 楽しい。やっぱ戦争は最高の娯楽だ。FPSの百万倍面白い。世界は広くて、すごい敵がいる。だからこそ楽しい。

 この神ゲーをとことん味わい尽くしてやるんだ。




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『スクールガール・タクティクス』 第5章「反攻」


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 ヒカルは終点でバスを降りた。緑豊かな山岳に囲まれる奥多摩湖が見えた。東京都に属すとは思えない秘境だ。多摩川をダムで堰き止めて出来た人造湖であり、村をまるごと水没させたという悲しい歴史もあった。

 黒縁メガネの少女が続いて降車した。芳友舎高校のパソコン部部長である、蒼井ソラだ。脇にマックブックを抱えている。

 ぽかんと口を開けて、ソラが言った。

「うわー、絶景じゃないスか! こんなのどかな大自然でテロが起きるなんて、信じられないッス!」

「ソラちゃん」ヒカルが言った。「そういう物騒なことは、あまり大きな声で口にしないでね」

「申し訳ないッス。つい浮かれちまったッス」

「化学工場の火災はどうなったかな」

「調べてみるッス」

 ソラは湖畔のベンチに座り、モバイルルータに繋いだマックブックで調査を始めた。ふたりとも芳友舎高校のグレーの制服を着ていた。

 昨晩、国内トップシェアの九鬼ケミカルなどが所有する、千葉県市原市にある化学工場で爆発事故が起きた。トライハートによる爆破テロだと、ヒカルは直感で判断した。陸自の島袋ヒロシの発言がヒントになった。

 炭疽菌くらい塩素で簡単に殺菌できると、島袋は言った。

 それは正しいだろう。

 だがもし、塩素の供給が止まったら?

 あのJKたちは、大人の裏をかく。そして闘争の中で自己の意志を貫き通し、欲しい物すべてを手に入れる。

 島袋の連絡先をヒカルは知らなかった。防衛省に電話して取り次いでもらおうとしたが、けんもほろろの対応をされた。なので今朝も制服を着て芳友舎に登校し、パソコン部のPCを使って情報を集めた。

 ヒカルは、駐在所に詰めている警官に話しかけた。自分と同じ制服の女の子がほかに来なかったか尋ねた。警官はきらめく湖面の方を指差した。トライハートに所属する三年生、ツリ目のカナコとタレ目のヨウコがいた。

 水辺に台車が置かれ、大きな透明の容器が載っていた。中にインスタントコーヒーみたいな褐色の顆粒が入っていた。ツリ目とタレ目は、風邪のときに使う簡易マスクをしていた。

 ヒカルは愕然とした。無防備すぎる。化学防護服を着て作業するんじゃないのか。透明な容器も、百円ショップかどこかで売ってそうな粗製品に見えた。

 トライハートのふたりは動画の撮影をしていた。ツリ目が、タレ目が構えるアイフォンにしゃべりかけた。自分の写り具合を幾度も確かめては、同じセリフを繰り返した。この期に及んでも、JKにとってはインスタ映えが最優先だった。

 ベンチでマックブックを操作しつつ、ソラが言った。

「化学工場はまだ鎮火してないッス。現在のところ死者は二十六名ッス」

「かわいそうに」

「これがトライハートのみなさんの仕業だなんて、まだ確信が持てないッス」

「気持ちはわかるよ。虐殺を目の当たりにした私ですら、そうなんだから」

「弟さんのことはお気の毒でしたッス。でもクルミさんみたいにいろいろ噂のある人はともかく、エリコ様が人を殺すとかありえないッス」

「むしろ彼女がリーダーなんだけどね」

「エリコ様はすごいんスよ。定期テストはいつも全科目満点なんス。全科目ッスよ! ハーバード大入学が内定してるほどの才媛なんス。しかも学校以外では全然勉強してないらしいから、あたしらは絶望するッス」

 ヒカルはグレーのブレザーを脱いだ。上半身は白のブラウスと臙脂のネクタイだけだ。

 ブレザーをソラに手渡し、ヒカルが言った。

「これを預かっててくれる?」

「いいッスよ」

「今から私は彼女たちを説得する。もし事がうまく運ばなかったら、駐在所のお巡りさんを呼んでほしいの」

「あたしも行くッス」

「ダメだよ。あの子たちは銃を持ってるかもしれない。そこまでソラちゃんを巻き込めない」

「例の交通信号のゲームで本当に人が死んだのなら、あたしにも責任があるッス」

「ソラちゃんのせいじゃないよ」

「人数が多い方が説得しやすいッス。あたしはおしゃべりだから、きっとお役に立てるッス」

 ヒカルはうなずいた。不意を打てたとしても、数的劣勢では心許ない。味方がいれば優位に立てるだろう。

 背中に挿していた電動ガンのグロック17を抜いた。ミリタリーオタクだった弟の遺品だ。足音を立てずに階段を下りた。ツリ目とタレ目は動画撮影に夢中で気づかない。

 グロックをツリ目に向け、ヒカルが言った。

「そこまでよ。あなたたちが何をしようとしてるか、私は知ってる。一緒にあそこの駐在所へ行きましょう」

 意表を突かれたツリ目は、言葉にならない叫びを上げた。それでも一呼吸のあと、鼻で笑って余裕を見せた。

「転校生」ツリ目が言った。「やはりお前はスパイだったのか。クルミが言った通りだ。あいつの直感は外れたことがない」

「ここでは会話しない。あなたたちが先に階段を上って」

「つれないこと言うなよ。そうだ、タバコ吸うか?」

「動かないで! 両手を頭の後ろで組みなさい。ちょっとでもおかしな動作をしたら撃つ」

 ブレザーの内側に手を差し入れようとしたツリ目に、ヒカルは警告した。

 何にでも首を突っ込みたがるソラが、目を輝かせて言った。

「身体検査した方がいいッスね。あたしがやるから、ヒカルさんには掩護をお願いするッス」

「ソラちゃんはじっとしてて」

「こういうのやってみたかったんスよ」

 制止の声を無視し、ソラはツリ目に近寄った。ヒカルは狼狽した。ツリ目とタレ目はスカートの下から拳銃を取り出した。サプレッサーを装着したHK45だ。ツリ目は後ろからソラを抱きかかえ、こめかみにサプレッサーを押し当てた。

「なめてんのか」ツリ目が言った。「二年坊がウチらに歯向かうとか百年早えよ」

 ヒカルが言った。「その子は巻き込まないで」

「うるせえ。さっさとグロックを遠くへ投げ捨てろ」

 ヒカルは脅迫に従った。こっちはおもちゃで、あっちは実銃だ。人質を取られたら手も足も出ない。

 背後から男の声が響いた。

「君たち、そこで何をしてる」

 ヒカルが振り向くと、階段の上に駐在所の警官二名がいた。拳銃のホルスターのボタンを外している。ただのJK同士のケンカという認識ではない。ダムはテロの標的になりうる施設であり、彼らは町の交番のお巡りさんより用心深かった。

 無邪気な笑顔を浮かべ、タレ目が言った。

「お騒がせしてすみません。自主映画の撮影をしてました」

「銃を地面に置くんだ」

「これのことですか?」

「おいッ!」

「よく出来てますよね。まるで本物みたい」

 バスッ、バスッ!

 タレ目とツリ目はほぼ同時に、減音されたHKを発砲した。警官二名は殉職した。彼らの弱腰を誰も責められないだろう。短いスカートの少女に先制攻撃するのは至難だった。

 湖畔に倒れ込んだソラを、ヒカルは強引に立たせた。手を引いて鉄骨の階段を駆け上った。コンクリートの塊であるダム堤の天端を目指した。




 階段を上り切ったヒカルは、両膝に手を突いて喘いだ。高校時代は、ソフトボール部で俊足巧打の一番バッターとして鳴らし、年代別の日本代表にも選ばれた、ちょっとしたアスリートだった。しかし運動不足と加齢には勝てなかった。

 パソコン部のソラが言った。

「ヒカルさん、大丈夫ッスか」

「すぐ敵が追いつくわ……私はいいから逃げて」

「スカートの下に銃を隠してるとは予想外だったッス。チェ・ゲバラの『ゲリラ戦争』に書いてある内容を思い出したッス。女性は革命戦争における運搬役として優秀だと」

「またウィキペディア?」

「ウィキペは最高の読み物ッス。あたしのことは歩くウィキペディアと呼んで欲しいッス」

「知識自慢はもういいから!」

 弟より一学年下の少女の手を引き、ヒカルはふたたび駆け出した。

 バキーンッ!

 堤頂の手摺に45口径弾が当たった。減音された銃で狙われるのは悪夢だった。むしろ辺りに銃声が轟いた方が、身に迫る危険が解りやすいからマシだ。

 通路には死体が多数転がっていた。外国人観光客もいれば、東京都水道局に雇われた警備員もいた。ツリ目とタレ目にやられたに違いない。

 ビシッ!

 足許のコンクリートで銃弾が跳ねた。背後から笑い声が聞こえた。敵はこちらを弄び、なぶり殺しにするつもりだ。

 ヒカルは死体のそばに膝をついた。ダムの警備員に仲間を潜り込ませたと、島袋は言った。案の定、警備員はジャケットの下にサブマシンガンを隠していた。ドイツ製のMP7だ。これも弟のコレクションにあった。

 ヒカルは、MP7のストックとフォアグリップを伸ばした。セレクターをフルオートに合わせた。コッキングハンドルを引いて弾薬を装填した。

 ストックを肩に当てつつ、ヒカルは言った。

「ここであの子たちを迎え撃つから、ソラちゃんは逃げて。森に逃げ込んで警察を呼べば助かるはず」

「そんな。ヒカルさんを置いてけないッス」

「私は二十四歳なの。お姉さんの言うことは聞くものよ」

 師弟関係は信頼関係だ。ヒカルは保育士稼業でそう学んだ。子供は、信じている相手の言うことなら、なんでも聞く。だからこっちは、信頼できる大人に見える様にふるまえばいい。

 脇目も振らずにソラは疾走した。

 ヒカルは満足した。素直ないい子だ。博識ぶりを鼻にかけるところは良くないけど、やっぱりすごくいい子だ。

 悠然と歩み寄るツリ目を、ヒカルは照準器に捉えた。ツリ目が口にした冗談に、タレ目が笑った。距離は三十メートル。何を言ってるかまでは解らない。

 よく弟は、ヒカルの電動ガンの構えをバカにした。そんな持ち方じゃ反動を受けきれないとか。実銃を撃ったら、自動車にぶつかるくらいの衝撃が伝わるとか。他にもいろいろ。自分だって実銃を触った経験はないくせに。

 ヒカルは上半身で抑え込む様に、MP7を安定させた。ツリ目の胴体のど真ん中に照準を合わせた。トリガーを引いた。四・六ミリ弾を、片っ端から撃ち込めるだけ撃ち込んだ。

 ブラウスを切り裂かれたツリ目は、仰向けに倒れた。

 照準をタレ目に変え、ヒカルは言った。

「降伏しなさい」

 唇を震わせ、タレ目が言った。

「殺したのか……私の大切な人を」

「撃たれたいの!?」

「ぜってえ許さねえッ!」

 せめて苦しみが少ない様に、ヒカルはタレ目の額に銃弾を放った。反動は、弟が言うほど強くなかった。




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『スクールガール・タクティクス』 第4章「デブリーフィング」


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 転校生になりきったヒカルは、特に怪しまれることもなく下校時間を迎えた。電車を乗り継いで自宅へ向かった。着替えは持っているが制服のままだ。

 山手線の車輌から新宿駅のホームに降りた。

 すれちがう人々の視線が快感だった。JKの格好をしてるだけで注目度は段違いだ。名門校の制服だと見抜き、羨望の思いをひそひそと語り合う他校生。短いスカートから伸びる脚に嫉妬する、二十代のOL。

 ソフトボール漬けだった現役JK時代、ヒカルは女子として全然評価されなかった。実際、男みたいだった。特権を十分に享受しなかったのが悔やまれた。

 JKであることは勲章だ。

 これはクセになる。やめられない。

 紺のスーツを着た男がこちらを熱心に見つめていた。ヒカルは反射的に目を伏せ、通り過ぎようとした。ナンパはあまりよろしくない。

 なにしろ私は保育士だし、こう見え結婚を控えた身なのだ。

 ヒカルは背後から男に腕をつかまれた。驚いたが、いくばくかのときめきも感じた。

 無礼なふるまいをした男に、ヒカルが言った。

「すみません、急いでるので……あっ!」

 黒いヨドバシカメラの買い物袋を持つその男を、ヒカルは見知っていた。新宿区役所に勤める二十四歳。ヒカルの婚約者である森山リュウジだ。

 しどろもどろになりつつ、ヒカルが言った。

「リュ、リュウジ! こんなところで会うなんてすごい偶然」

「お前、その格好は」

 険しい顔つきでリュウジは言った。会うのは弟の葬儀以来だった。悲しみで気が触れたのではないかと、リュウジは心配していた。連絡を密に取ってはいるが、平日の夕方にJKコスプレで街を練り歩いてたら、正気を疑われても仕方ない。

「これは……保育園の劇の衣装なの」

 リュウジはすこし警戒を緩めた。まだ怪しんでいるが、悲劇への対処法は人それぞれだと、自分を納得させる様だった。

「あのね」ヒカルが言った。「私、謝らなきゃいけないことが」

「なんだよ」

「サンプラザで火事に巻き込まれたとき、婚約指輪を失くしちゃったの。ごめんなさい」

「そんなことか」

「でも大事な指輪なのに」

「ヒカルが無事だったのは、せめてもの救いだよ。俺はそれ以上なにも望まない」

 普段は無愛想なリュウジが、ほほ笑んだ。知り合ったのは高二のときだった。誘われて映画に行くなどデートはするが、恋人とは言えない関係が一年ほど続いた。卒業間際に、業を煮やしたヒカルは自分から告白した。

 リュウジは、ヒカル以上に真面目な性格だった。世界一のイケメンではないが、誰よりも誠実で、自分にはもったいないほどのパートナーだと、ヒカルは思っていた。

 ヨドバシカメラの袋を指差し、ヒカルが言った。

「なにを買ったの。大きな品物だね」

「これは炊飯器」

「料理まったくしないんじゃなかったっけ」

「まあね。ただ、家に炊飯器すらないのはどうかと思ってさ」

「いいことじゃない」

 リュウジはうつむき、首筋を掻いた。何事かを言おうかどうか迷っていた。

 意を決したリュウジが、ヒカルと目を合わせて言った。

「なあ、ヒカル。ひとつ提案があるんだが」

「どうしたの」

「俺と一緒に暮らさないか」

「結婚前に? 同棲ってこと?」

「うん」

「嬉しいけど、なんでまた急に」

「お前が苦しんでるからだよ。ケンジくんが亡くなってから」

「私、別に」

 ヒカルは悩乱した。

 どこまで婚約者に打ち明けるべきか?

 弟は火災でなく、JKに殺されて死んだこと。そのJKがブサメンの絶滅を企てていること。警察やマスコミが何もしてくれないこと。女子高に潜入してスパイ行為を働いたこと。そこで大規模なテロ計画を突き止めたこと。

 どこまで言うべきか?

「大丈夫」ヒカルが言った。「心配しないで」

「言えないなら、それで構わない。夫婦の間でも知られたくないことはあるだろう。でも明らかにお前が苦しんでるのに、何もしてやれないのは辛い。近くで支えたいんだ」

 映画やドラマを見るたびハンカチをびしょ濡れにするヒカルは、公衆の面前での落涙を堪えられなかった。

「ありがとう。嬉しいよ。今抱えてる問題が片づいたら、全部リュウジに話す。約束する」

「最近なにか無理をしてないか」

「うん、してる」

「経済的なトラブルなら力になる」

「ちがうの。言えないけど、私がやらなきゃいけないことなの。でもこれ以上無理はしない。リュウジに心配かけたくない」

「信じるよ」

「ありがとう。心の底から愛してる。私のことを大事に思ってくれて本当にありがとう」

 リュウジは炊飯器を地面に置き、コスプレ姿の婚約者を抱きすくめた。ヒカルは熱烈にそれに応えた。




 ヒカルは最寄り駅である東中野駅を出た。トイレで淡いピンクのカーディガンと、濃い青の花柄のスカートに着替えていた。JKの魔法はあっさり解け、駅前の風景に溶け込んでいた。

 紙袋に入れた芳友舎の制服を、ヒカルは名残り惜しそうに眺めた。もうこれを着る機会はないだろう。

 バス停のベンチに巨漢の背中が見えた。潜入工作をヒカルに依頼した、陸上自衛官の島袋ヒロシだ。任務終了後、向こうから接触してくる取り決めだった。

 島袋は、スマートフォンを耳に当ててしゃべり始めた。ヒカルの出現に気づいたという合図だ。ヒカルは隣に腰を下ろし、ベンチの下の大きな封筒を拾った。中には生命保険の書類と、札束が三つ入っていた。三百万円だ。

 別の人間と通話する素振りで、ヒカルが言った。

「こんな大金いりません」

「あんたは良くやってくれた。これは口止め料も兼ねてる。遠慮せず受け取ってくれ」

「ハッキングはどうなりましたか」

「大成功だ。敵の行動を常にモニターできる様になった。これからは戦いの主導権を握れるはずだ」

「急いでください。あの子たちはテロの計画を前倒ししようとしています」

「まあ後は任せてくれ。何かあったら連絡する。ひとまずはおさらばだ」

 島袋が立ち上がった。肥満体だが、鍛えてるせいか機敏な動きだ。

 ヒカルは偽装を放棄し、アイフォンを島袋へ向けた。パソコン部部長のソラの助けを借り、芳友舎高校で撮った動画だ。PCの画面を録画したものだ。

「まだ報告は終わってません。これを見てください」

「ダムの映像だな」

「トライハートはどこかのダムに毒物を流して、水源を汚染しようとしています」

「それは奥多摩の小河内ダムだ。クソガキどもが炭疽菌を入手したのも認識している。あえて泳がせてるんだ」

「卒業を控えた三年生が、焦って暴走してるんです。私は軍事のシロウトですが、非常に危険だと思います」

「ダムの警備員に仲間を二人潜り込ませてある。炭疽菌の撒布装置も無効化した。そもそも、ダムに菌をばら撒いたところで実害はない。浄水場の塩素で余裕で殺菌できる」

「もし一般市民が知ったらパニックになります。少なくとも私は恐ろしい」

「どうでもいい。こっちは限られたアセットでやりくりしてるんだ。市民の感情など知ったことか」

「自衛官なのに無責任ですね」

 島袋がふたたび腰を下ろした。百キロの荷重でベンチがミシミシと悲鳴を上げた。

 巨大な顔を近づけ、島袋が言った。

「妙な使命感に駆られてないだろうな。所詮あんたは非力な保母さんにすぎない。弟の復讐など考えるな」

「そんなの解ってます」

「あんたが芳友舎にいる間、スナイパーに掩護されてたのを知ってるか?」

「いいえ」

「新宿駅で男とイチャついてたのも俺は聞いている」

「侮辱しないでください」

「身の程をわきまえろと忠告してるんだ。現在時刻をもって、あんたへの支援は打ち切る。今後、当作戦に関与するなら敵と見なす」




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『スクールガール・タクティクス』 第3章「潜入工作」


全篇を読む(準備中)






 真新しいグレーのブレザーに袖を通したヒカルが、芳友舎高校の廊下を歩いていた。スカートは腰の部分を巻き上げ、太腿がちらりと見えるくらい短くした。二十四歳という年齢を考えると恥ずかしいが、周囲に溶け込まないと任務遂行できないので仕方ない。

 とはいえ、久しぶりに制服を着れるのは嬉しかった。思わず肩で風を切った。なんだかんだでJKは最強だ。

 二年A組の女性の担任教師が、クラスへの道のりを先導した。これから朝のホームルームに出席する。

 ヒカルは窓ガラスを鏡にして、自分のカムフラージュを確かめた。ニセJKだと疑われないよう祈った。

 校舎は総面ガラス張りで明るく、広大だった。移動時間を短縮するため、キックボードやセグウェイに乗る生徒もいた。

 ヒカルはディスペンサーを指差し、担任に尋ねた。

「自販機でスナック菓子まで売ってるんですね」

「あれは無料だよ。太らない程度に持ってきな。授業中に食べてもOK」

 ディスペンサーの近くにはソファが置かれ、生徒や教師が和やかに談笑していた。マッサージチェアでリラックスし、うとうとする者もいた。

 ヒカルは吹き抜けの階段で二階へ上った。階段の下の壁面に突起物がついており、それを手がかりにTシャツにジャージ姿の生徒がボルダリングをしていた。

 クライマーを見下ろしながら、ヒカルが言った。

「施設の充実ぶりに驚きます」

「まあ日本一かな。ここが学校なのをたまに忘れるもん」

「トレーニングジムもあるとか」

「うん。あとはボウリング場とかクラブとか」

「クラブ? 部活のことですか」

「DJ部の活動場所だよ。ダンスミュージックを流して皆で踊るんだ。毎週金曜にイベントがあるから行ってみたら」

 校舎が老朽化した都立高校出身のヒカルは、カルチャーショックに打ちのめされながら2Aの教室に入った。担任とともに教壇に立った。自己紹介するよう促された。

 北欧デザイン風の白いデスクとチェアが、教室に三十セット並んでいた。六十の瞳が、新入生への興味でキラキラ輝いた。

 ヒカルの動悸に異変が生じた。

 若い。

 みんな若い。

 皮下脂肪が乗りやすい年齢で肌がテカテカしてるし、生活の苦労を知らないので表情に疲れがなく、ピュアで晴れやかだ。

 とにかく細胞のレベルで若い。

 ヒカルは自宅でこっそり制服を着たとき、全然イケると思った。記念に写真まで撮った。浅はかだった。JKはJKであり、自分は二十四歳のオバサンだった。

 通用しっこない。

 ひどく汗をかき、口をぱくつかせて何も言わないヒカルに、担任が言った。

「大丈夫か? 顔色悪いぞ」

「…………」

「辛いんなら保健室に連れてくけど」

 ヒカルは手のひらに爪をめり込ませ、歯を食いしばった。怪しまれては命が危ない。練習して覚えた内容を語り始めた。

 星野ヒカルです。静岡から引っ越してきました。趣味は音楽鑑賞です。こちらにはまだ友達がいないので、ぜひ仲良くしてください。よろしくお願いします。

 温かい拍手が返ってきた。

 椅子に座り、パンツスーツの脚を組んだ担任が言った。

「うーん、なんか普通の自己紹介だったね。オチがない」

 ヒカルは密かに歯軋りした。

 自他ともに認める平凡な人間が、平凡な自己紹介をして何がいけないのか。

「じゃあ」担任が言った。「星野さんに質問があったらしていいよ」

 最前列の生徒が即座に手を挙げた。

「彼氏はいますか?」

 ヒカルが言った。「いません。ステキな人がいたら紹介してくださいね」

 実際は婚約者がいるのだが。

 別の生徒が言った。

「好きな芸能人は?」

 恐れていたジャンルの質問だった。八年の年齢差は巨大な溝だ。女子高生の間の流行を事前に調べたが、付け焼き刃の知識なのは否めない。

 相手はJKだから、男性アイドルなどを挙げるのが無難だろう。でも知ったかぶりして、後で深く追及されるのも怖い。

 ヒカルは言った。「安室奈美恵さんです」

 教室に気まずい空気が流れた。

 あえてヒカルはガチの回答をした。最近話題になってたから通じると思った。でもよく考えれば、安室ちゃんは去年引退したアーティストだった。高二の少女たちは、顔と名前くらいしか知らないので困惑していた。

 これが世代間ギャップか。

 ヒカルは担任の方を向いた。保健室へ連れて行ってもらおうと思った。

 それとも、今すぐ校舎から走って逃げるべきか。島袋には強がりを言ったが、斬首されるのは嫌だ。

 右奥に座る黒縁メガネの生徒が、元気よく手を振った。林檎のマークのマックブックをデスクで開いていた。

「どうしたソラ」担任が言った。「まだ質問があるのか?」

 ソラと呼ばれた少女が言った。「安室奈美恵さんについて、あたしが解説するッス!」

「じゃあ頼むわ」

 ソラは立ち上がり、スティーヴ・ジョブズみたく自信満々に同級生全員に語りかけた。。

「安室奈美恵さんは沖縄県那覇市出身のアーティストです。養成所の仲間と結成したスーパーモンキーズの一員としてデビューしますが、安室さんはめきめきと頭角を現し、ソロアーティストとバックダンサーの関係に変わったほどの逸材でした。小室哲哉さんがプロデューサーを務めてからの快進撃は社会現象を引き起こし、安室さんに憧れて格好を真似した『アムラー』と呼ばれる女性が街にあふれました。代表曲とされる『CAN YOU CELEBRATE?』は、今でも結婚式の定番ソングとして人気があります。R&B色の強い楽曲を激しく歌って踊るパフォーマンスが画期的で、日本の音楽シーンに与えた影響はきわめて大きいと言えるでしょう」

 周囲から「おお」と感心する声が上がり、まばらな拍手が続いた。おかげでヒカルは、転校してからわずか一分で四面楚歌となるのは免れた。

 最後列の自分の席に着くとき、ヒカルは前のソラに言った。

「フォローしてくれてありがとうございます」

「お安い御用ッスよ」

「あなたも安室ちゃんがお好きなんですね」

「いえ、全然。名前も知らなかったッス」

 ソラはマックブックの画面を見せた。ウィキペディアの安室奈美恵のページが表示されていた。

 ヒカルがふと口にした名前をウェブ検索し、一瞥しただけで膨大な記述を頭に入れ、流暢にプレゼンしたらしい。

「なんて記憶力」

「あざっす。でもこうやって出しゃばるからウザがられるッス」

「私は保護者……じゃない、友達などの名前を覚えるのが苦手だから尊敬します。あなたのお名前は、ええと」

「蒼井ソラ。パソコン部の部長もしてるッス。困ったことがあればなんでも聞くといいッスよ」

 ヒカルは差し出されたソラの手を握った。

 任務は案外楽勝だった。ソラにパソコンの場所を教わってUSBメモリを挿せば、おそらく一丁上がりだ。




 昼休みになった。ヒカルは部室棟へ向かい、空中の渡り廊下を歩いていた。床以外はガラス張りなので、地上からスカートの中が見えないか心配だった。隣でソラがキックボードに乗り、ゆっくり滑っていた。

 ヒカルはさりげない口調で尋ねた。

「トライハートというグループが、この学校にいると聞いたんですが」

「よく知ってるッスね。各学年の選抜クラスの、それまたトップの三十人くらいで組んでるらしいッス。雲の上の存在ッス」

「どんな活動をしてるんですか」

「さあ、パーティとか? 芸能人の知り合いも多いらしいッス」

 ソラの表情は屈託がない。恐るべきブサメン絶滅計画については何も知らない様だ。

 パソコン部の部室は、木製のデスクにディスプレイやキーボードがあるだけの質素な空間だった。

 ソラはヒカルに椅子を勧め、自分は隣に座った。

 ヒカルが尋ねた。「部員は何人いるんですか」

「六人ッス。昼休みはあたし一人のことも多いッスね。いま手掛けてるのはこれッス」

 画面に銀髪の少女が現れた。やけに露出の多いコスチュームを着ていた。ソラがマウスをクリックすると、飛び跳ねたりウィンクしたりした。

「かわいい! これはCGですね」

「そうッス。最近ウチの部は3Dモデルで遊んで……いや、勉強してるッス。ユーチューブに動画も投稿してるッス」

「いじってもいいですか」

「どうぞどうぞ」

 ヒカルは仮想空間のカメラを動かし、銀髪の少女をくまなく観察した。パンツまで見えた。

 自分のスカート越しに、ヒカルはポケットの中のUSBメモリを触った。ソラはトライハートの構成員ではないが、やはり隣にいられると工作活動がしづらい。

「それにしても」ヒカルが言った。「この学校は広いですね。教室から部室棟まで歩くだけでクタクタ」

「申し訳ないッス。あたしだけキックボード使って」

「みなさん同じキックボードに乗ってますよね」

「もらわなかったッスか? 全員に支給されるんスけど」

「まだですね」

「じゃあ今から取ってくるッス。そのあいだ好きにパソコン使ってくれていいッスよ」

 ヒカルは部室にひとりになった。唾を飲んだ。

 ありふれた形状のUSBメモリを、デスクの下の本体のポートへ挿し込んだ。画面に新しいウィンドウが開き、文字列が高速で流れた。速すぎて読み取れない。

 メモリは青いランプが点滅していた。これが赤になれば任務完了だ。ソラは親切にしてくれたので心苦しいが、別れを告げずにこのまま去るのが最善だろう。

 両開きのドアから、三人のJKが入ってきた。ひとりは背が高く金髪だ。ヒカルは戦慄した。サンプラザでブサメン二千人の虐殺を実行した、副リーダーの森下クルミだ。

 弟の仇だ。

 クルミは腰の両脇に、ホルスターに入れた拳銃を帯びていた。ケンジに対し発砲したFNファイブセブンだ。

 登下校中すらクルミは武装していた。明白な銃刀法違反だ。だが拳銃は個性的なファッションアイテムとして、膨大なアクセサリーの中に埋没していた。JKなら犯罪は見逃された。




 ヒカルは咄嗟にマウスを動かし、プログラムのウィンドウを最小化した。

 谷間を見せつける様に胸を張り、クルミが言った。

「おい、そこのブス。お前パソコン部か」

 ヒカルが言った。「ちがいます。私はきょう入ったばかりの転入生です」

「選抜クラスのサーバに不正アクセスがあった。アクセス元はこの部室だ。調べるからどけ」

 クルミの口から発せられる言葉のひとつひとつが、ヒカルの心を抉った。なんて傲慢なのか。一方で、こちらの正体がサンプラザの男子トイレで泣いていた女だと、気づかれてないのは朗報だ。

 ヒカルは視界の端でUSBメモリのランプを確認した。

 まだ青だった。

 ヒカルは椅子を回転させて向き直り、深々と頭を下げた。

「ごめんなさい! なんか変なボタンを押しちゃって」

「いいからどけ」

「部長のソラちゃんに好きにいじっていいと言われたので……」

「しつけえんだよ」

「痛ッ!」

 クルミはヒカルのショートカットの髪を掴み、椅子から引きずり下ろした。ヒカルから奪った婚約指輪が右手中指にはまっていた。指輪を失ったことを、ヒカルは婚約者にまだ報告していない。どう詫びたらいいか解らなかった。

 ヒカルは大袈裟に転び、デスクの下のパソコン本体の前にうずくまった。メモリは赤いランプが点灯していた。引き抜いてポケットに忍ばせた。

 クルミは慣れた手つきでキーボードを叩いた。履歴を調べ、スキャンを行った。しかしバックドアを開いたプログラムは、おのれの痕跡を消し去っていた。

 クルミは舌打ちし、パソコン本体を蹴った。ほかの二人に綿密な調査をするよう命じ、部室から出ていった。




 キックボードに乗ってソラが戻ってきた。髪を乱してへたり込むヒカルを見て仰天した。

 ヒカルから事情を聞いたソラは、トライハートの三年生ふたりに平謝りに謝った。

「あたしの責任ッス! 頼まれてたサーバのメンテを今朝やったんスけど、ログアウトしないで放置してたかもしれないッス。カナコさん、ヨウコさん、申し訳ないッス!」

 カナコと呼ばれた、ツリ目の女が言った。

「別にいいって」

「でも、クルミさんがすごい怒ってたって」

「あいつ最近機嫌わりいんだよ。エリコとうまくいってなくてさ」

「噂は聞いてるッス。クルミさんは本当はリーダーになりたかったとか」

「ウチだって二年がリーダーなのは面白くねえよ。でもエリコは別格だからしょうがねえじゃん」

「何もかも兼ね備えた完璧超人ッスからね。エリコ様はあたしら二年生の誇りッス」

「やっぱムカつくな。まあいいや。ここのパソコン使わせてもらうよ」

「御自由にどうぞ」

 ツリ目とタレ目は着席し、パソコンで作業を始めた。自動車や歩行者が行き交う公道の状況が、画面に数か所表示された。警察の監視カメラをハッキングしてるのだろうか。実績から見て、トライハートはそれくらいの能力はあるはずだ。

 ヒカルは迷っていた。目的は果たしたから逃げていい。ただ怪しまれないよう自然に振る舞うべきだ。それにツリ目とタレ目が工作の痕跡を発見し、無効化する恐れもあった。

 映像に興味を示したソラが言った。

「面白そうなソフトッスね。ゲームッスか」

「そうだよ」

 ツリ目とタレ目は顔を見合わせ、笑いを噛み殺した。ソラの勘違いがおかしいらしい。

 ツリ目が赤いボタンをクリックした。画面では自動車同士が、交叉点で全速力で衝突した。次々と玉突き事故が起きて大混乱に陥った。

 身を乗り出してソラが叫んだ。

「めちゃくちゃリアルッスね! 最近のゲームはよくできてるッス」

「やってみるか?」

「ぜひ!」

 ヒカルは目眩に襲われた。

 あれはゲーム映像ではなく、現実の出来事だ。ツリ目は交通信号を操作し、人為的に衝突事故を起こしたのだ。

 ヒカルはソラの肩をつかみ、首を横に振った。

 ソラが言った。「ヒカルちゃんもやりたいッスか?」

「そうじゃなくて」

「じゃあお先に失礼するッスよ」

 ソラは別の五叉路のボタンをクリックした。石油を積んだタンクローリーが急停止しきれず、横断歩道を渡る人の群れに突っ込んだ。後続車が横転したタンクローリーにぶつかった。なんとか追突を避けた車は、歩行者を轢いた。流出した石油が引火し、タンクローリーが爆発した。

 ソラが叫んだ。「うおお、すげえ!」

「やるじゃん」ツリ目が言った。「お前ゲームの才能あるな」

「いやあ、それほどでも」

「とっておきのゲームを教えてやるよ」

 ツリ目は新たにソフトを立ち上げた。

 今度は雄大な自然が映っていた。山並みを背景に、水面が広がっていた。コンクリートの建造物が水を堰き止めていた。巨大なダムの映像だ。

 タレ目がツリ目に、口ごもりながら言った。

「カナコちゃん、まずいって」

「なにが」

「計画じゃ、ダムにあれをばら撒くのは来年って」

「来年じゃウチらは卒業してるじゃんか。下の代が一番のお楽しみを独占するとかおかしいだろ」

「それはそうだけど」

「ウチらJKの命は短いんだ。せっかくなら華々しく散ってやろうぜ」




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