『ナデシコ女学院諜報部!』 最終章「七星剣」


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 ジェーンはミキに憤慨し、ケーブルが張り巡らされた床をドシンドシンと踏みつける。

 銃と刀だ。絶対的な優位はうごかない。でもあの女は、いちいち予想外の手を打ってくる。自分の立ってる土台が崩れてゆく様な、漠然たる不安。

 ジェーンはファイブセブンの照準を、汗で前髪が貼りついたミキの額にさだめて言う。

「そんな近接武器でどうするつもり? 日本は石器時代から進歩がない」

「石器時代に金属器はないだろ」

「いまだに人が外でタバコを吸っている。文化は差別主義的で、女性を蔑視している」

「お前にだけは言われたくない」

「日本は先進国じゃない。土人の国よ」

「かもね。だからと言って、ボクがお前に劣ってるわけじゃない」

 ミキはかすかに腰を落とし、七星剣を天に突き上げる。

「信じられない」ジェーンが言う。「この期におよんでカミカゼアタック」

「さっさとケリをつけよう」

「刀は日本の魂ってわけ? アルカイダと変わらない野蛮な原理主義」

「ゴチャゴチャうるせえな。お前は嫉妬してる。日本の文化に」

「なんですって」

「アメリカには歴史がないからな。シンデレラ城みたいな単なるハリボテだ」

 ジェーンが手にするファイブセブンが揺れる。深呼吸するが、耳鳴りがやまない。壁一面を覆う巨大な星条旗がぼやけて見える。星条旗こそが正義で、地上の唯一の真実なのに。もともと激しい気性だが、これほどの怒りは経験がない。

「この銃は二十発装弾できる。予備弾倉が四つ。全弾ぶちこんでやる」

「超音速の刃で、そのキレイなお顔を真っ二つにするのが先だ」

「お前たちは弱すぎる。原爆二発であっさり降伏するなんて。私が大統領なら千発落とした」

「それは典型的なプロパガンダだ。日本が降伏した直接的原因はソ連参戦だ」

「ファッキンジャップ!」

 ジェーンはファイブセブンを発砲する。彼女はさほど優秀な射手ではない。激情に駆られての射撃では、命中率は五割を切っていたろう。

 ミキは五メートルを全力疾走し、右足を最大限に踏み出し、袈裟懸けに斬る。巨匠による彫刻の様な顔は傷つけるに忍びなく、相手の左肩から右腰にかけて振り下ろす。心臓を両断し、蘇生不可能なダメージを負わせた。

 ジェーン・カラミティは死んだ。

 ミキは七星剣にまとわりついた血を振り払う。怯えながら決闘を見守っていた三人の技術者はミキに睨まれ、なだれをうって逃げ散る。

 ミキは嘔吐をもよおしていた。氷雨が部室棟の屋上から飛び降りて以来、ずっと煮え滾っていた復讐の念願を果たしたが、気分は晴れない。

 後悔はしていない。しかしこの罪悪感は、死ぬまで自分を苦しめるだろう。




 ゴトンとゆう重い物が落ちた音が、出入口から聞こえる。ミキが視線をむけると、両手で口を覆うおかっぱ頭のアルテミシアがそこにいた。足許に木工用ドリルが転がっている。

 アルテミシアが叫ぶ。「ジェーン!」

 嗚咽を漏らしながらジェーンの上半身を抱き上げる。頬を血糊で染め、目を極限までひらいてミキを凝視する。アルテミシアはこれまでジェーンの陰に隠れがちだったが、壮絶なうつくしさだ。

「ひどい」アルテミシアが言う。「これほど崇高な美を破壊するなんて」

「…………」

 ミキは返す言葉もない。

 アルテミシアは口づけできるほど顔を寄せ、ジェーンに語りかける。

「ごめんなさい。いつかこうなると解っていた。身を挺して止めるべきだった。でも勇気がなかった」

 アルテミシアは、ミキに視線をもどして言う。

「あなたは私の最愛の人を殺した。決して許すことはできない」

「…………」

「でもジェーンは誇り高い。彼女の名誉を守らなきゃいけない。この場は私が収めるから、あなたは今すぐどこかへ消えて」

 ミキは整った右眉をもちあげる。

「あんた中国政府のスパイだろ」

「……侮辱する気?」

「警報がガンガン鳴ってるのに、いまごろになって部屋に戻ってきた。そのくせ事後処理を任せろって? 漁夫の利を得ようとする魂胆ミエミエだ」

 アルテミシアは腕のなかの遺骸を取り落とす。ジェーンの十字架が血の海に沈む。

 立ち上がったアルテミシアが三歩近づく。武装してるかは不明だが、彼女はマーシャルアーツの心得があり、数十分前にミキをねじ伏せたばかり。七星剣をもった今でも、格闘ではミキの不利だろう。

「憶測の真偽はともかく、この愁嘆場で動揺しないのは大したものね」

「コミュ障だから感情に流されない」

「ふふ。あなたには驚かされ続けた。諜報の世界は狭い。きっとまたどこかで会うでしょう」

「一緒にすんな。ボクはゲーム漬けの毎日にもどる」

「わかってないわね。諜報の世界の方が、あなたを放っておかないの」

 アルテミシアはすれ違いざま、ミキのなめらかな頬にキスする。まったく信用できない女だが、同性愛者だとゆう情報だけは本当だったかもしれない。




 狂騒の日々から一か月経った。

 ミキは手にした色紙をながめつつ、高等部校舎の階段を下りている。きょうで学院を退学するので、クラスメートから寄せ書きをもらった。辞めるよう圧力を受けてはいないが、ケジメをつけるべきと自ら判断した。

 転校するつもりはない。どうやら自分にはゲームの才能があるらしいと解った。家業の蕎麦屋を手伝いながら、本気でプロゲーマーをめざそうと考えている。

 下駄箱で厚底のレザーブーツに履き替える。ほかのクラスの生徒たちとすれ違い、昇降口から出る。女子校の賑やかさの中にいるのも最後と思うと、柄にもなく感傷的になる。

 秘密の抜け穴をつくった校舎裏のフェンスへたどりつく。もう一度色紙を見る。「かわいい」とか「おしゃれ」とか「かっこいい」とか、褒め言葉が書き連ねられている。クラスメートとあまり交流は持てなかったが、それでもうれしい。なにかと言うと女子が寄せ書きを書きたがるわけだ。ただし、まだ入院中の氷雨からのメッセージはない。

 革のリュックサックに色紙をしまう。中に隠してあるMP7を撫でる。この相棒との別れだけは耐えられず、早朝に部室へ忍びこみ、実弾三百発と一緒にいただいてきた。公安が交換した錠前を、テンションレンチとレークピックでこじ開けた。学院でまなんだもっとも有益な技能だ。将来食うに困っても、空き巣で稼げるだろう。

 背後から声がした。

「あいかわらず手癖が悪いな」

 振り向くと、ボマージャケットを着た千鳥が苦笑いを浮かべている。思えば彼女とはじめて話したのも校舎裏だった。

 ミキが答える。「えっと、これはその」

「まあ銃のことはともかく、きょうが最後なら先輩に一言挨拶しなきゃダメだろう」

「別に縁を切るわけじゃないですし」

「どうだか。学院辞めてなにして過ごすんだ? 朝から晩までゲーム三昧か?」

「ボクなりに夢ができたんです」

「ふうん。ならこうゆうのはどうだ?」

 千鳥がスマートフォンの画面を見せる。どこかのホームページらしい。モデル風に端正な顔立ちの女子高生が、銃を構える写真が載っている。

「なんですか、これ」

「スパイゲームが復活するんだ。文科省が絡まない形で。あたしの親父は顔が広いから、スポンサーを集めてくれてる。ただひとつ条件をつけられて……」

「ボクが参加するってことですか」

「話が早いのもあいかわらずだな」

 ミキは唇を噛み、首を回す。

 心は揺れる。

 斜めに刀傷を負ったジェーンの姿が、いまだに毎晩夢に出て悩まされている。許されざる罪だ。スパイゲームは封印したい過去なのだ。

 一方で、こっそりMP7を盗み出したくらい、自分にとってもっとも充実した日々でもある。

 キーキーとゆう金属音とともに、校舎の陰から車椅子があらわれた。座るのは氷雨で、きららが背後から押している。

「氷雨ちゃん!」ミキが叫ぶ。「退院したの」

「きょうからね。驚かせたくて内緒にしてた」

「車椅子だと学校生活大変でしょ。手伝ってあげたいけど、ボクはもう……」

「リハビリも順調だから大丈夫。スパイゲームの実行委員としても、みんなでがんばるつもり」

「そうなんだ」

 氷雨の優しい笑顔に、ミキは胸をしめつけられる。飛び降り自殺をこころみるほど追い詰められてたのに、また前向きな姿勢を見せている。

 やっぱり一緒にいたい。またチームを組みたい。

「あの」ミキが言う。「退学届って、いまからでも撤回できるかな……」

 千鳥が飛び跳ねながら叫ぶ。

「よっしゃ来たあ! きららの作戦どおりだ。頑固なミキも、氷雨の説得なら耳を貸すって」

「ボクは頑固じゃないですよ」

「なに言ってんだか。あたしがどんだけ苦労したか」

 諜報部の四人は、声をあわせて笑う。いますぐ試合に出れそうなくらい、息はぴったりだ。

 いたづらっぽく右目を細め、ミキが言う。

「ところで新しいスパイゲームですけど、実弾射撃ありにするのってどうです?」




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『ナデシコ女学院諜報部!』 第13章「スティンガー」


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 炎上し崩壊するシンデレラ城を、ミキは呆然と見上げる。来場者や従業員が悲鳴を上げながら衝突し、蜂の巣をつついた様な混乱だ。笑顔のくまのプーさんが、赤ん坊を抱いて走る母親を突き飛ばす。

 ミキは人混みを掻き分けながら考える。

 随分と雑な戦術だ。セミアクティブレーダーで誘導されるヘルファイアの命中精度は、こんなものじゃない。八キロ離れた地点から、トイレの窓を狙えるくらいなのに。

 敵は混乱している。

 勿論それがミキの行動方針だ。神出鬼没の機動で敵を引きずり回し、有利な状況をつくって決戦をいどむ。いつものプレイスタイルだ。

 レストランから、SCARを構えたSADオペレーター四名があらわれる。ファンタジーランドの雰囲気をぶち壊す無粋な男ども。

 千鳥やきららとは、しばらく合流できそうにない。無事を祈るしかない。自分がこの四人を引きつけて打開したい。

 ミキは遮蔽物をもとめ、鉄柵を飛び越えて「アリスのティーパーティー」へ踏みこむ。にぎやかな音楽が流れるなか、床とカップが高速回転しはじめる。ライフル弾がカップに当たり、リズミカルな伴奏をつける。

 ミキは駆け寄るSADに対し、MP7を発砲する。弾は見当ちがいの方向へ飛ぶ。だが百戦錬磨の射手である敵も、ライドの不規則な動きに手こずる。

 ミキはライドから降りて逃げる。敵の気配がない。追手を撒いたとはおもえない。SADはおもに軍の特殊部隊出身者で構成されている。無能なはずない。深追いしないのは理由がある。

 ヘルファイアだ。

 ミキは空を見上げる。上空の黒点が空対地ミサイルだと判断する。ヘルファイアの速度は秒速四百二十五メートル。甘く見積もって命中まで十秒。

 ミキは運行開始間際の「空飛ぶダンボ」に飛び乗る。レバーを倒すとダンボがふわりと舞い上がり、ヘルファイアの直撃を躱す。しかし爆風で土台ごとライドが揺れる。指揮棒を振るティモシーマウスが立つ中央の柱が、根元から折れる。

 ミキは前転しながら着地する。両手で全身をまさぐる。骨折などの重傷はない。ツイてる。まだまだイケる。

 ディズニーってあんま好きじゃなかったけど、思ってたより刺激的だな。




 きららはAWライフルを両手で持ったまま、シンデレラ城前の広場で立ち尽くす。お城が焼け落ちたのを信じられない。いくらなんでもやりすぎだと思う。夢の国で戦争するなんて。

 目眩がして、ベンチに腰を下ろす。自然と涙がこぼれる。自分がいかにディズニーランドを愛していたのかに気づく。

 なにかと気苦労の多い女子にとって、現実逃避できる場所は必要だ。無邪気な子供に戻ってはしゃいで、ストレス発散しなきゃやってけない。

 つくづく自分は損な性格だとおもう。それなりに気配りが上手で、頼まれると断れないのをいいことに、いつの間に諜報部部長や生徒会長にならされていた。教師に苦情を言われ、OGに振り回され、自分勝手な下級生に悩まされる毎日。多事多忙で、恋愛にも縁がないまま十八歳になった。そこそこ美人だと自負してるのだけど。

 それはそれでいい。人の役に立つのは嫌いじゃない。でもこんな私から、たまの楽しみを奪うことないじゃない。

 冗談じゃないわよ。

 きららは怒りに震えつつ立ち上がる。ゴミ箱の横側をひらき、照準器のついたミサイル発射装置をとりだす。諜報部OGの白井が隠匿しておいた、携帯式防空ミサイルシステムのスティンガーだ。

 きららは照準器を覗きながら、ユニットの開放スイッチを押す。発射可能であると知らせるブザーが鳴る。

 これは父の仇討ちでもある。きららの父親は特殊作戦群の指揮官で、テスラシステムを奪うため六年前に米軍と交戦した。優秀な自衛官だったが、命令違反と部下に多数の死傷者を出した責任をとらされ、左遷同然に防衛駐在官として外国へ赴任した。飛び立つ前に娘に、公安ですらその存在を知らない、天才ハッカーである氷雨の保護を託した。

 きららはトリガーを引く。

 白い航跡を残しながらミサイルが突進する。赤外線センサーをもちいた自動追尾機能により、高度三千メートルを旋回するリーパーを撃墜した。




 敵航空戦力を排除したことで、諜報部の三人はどうにか合流する。千鳥のお気にいりのレザージャケットは、背中が大きく破けている。

 三人は『ふしぎの国のアリス』をモチーフにしたレストラン、「クイーン・オブ・ハートのバンケットホール」へ向かう。トランプの兵士に見守られながら店内に入ると、人の姿はなく、チェス盤を模した床にテーブルと椅子が転がっている。店の周囲で何度もミサイルが爆発してるのだから当然か。

 三人は足音をしのばせて厨房をすすむ。火がついたままのコンロの上でスープが煮えている。ミキはつまみ食いしたい欲望と戦う。

 ドアを開けて廊下へ出る。千鳥は角の前で立ち止まり、小火器用のアダプターであるコーナーショットを構える。先端にグロック19が装着され、手前に小さなモニターがある。先端部を右に九十度折り曲げ、自身を敵の射線にさらさずに奥を観察する。

 デニムシャツを着たSADオペレーターが、モニターに映る。地下基地へつながるエレベーターの番をしている。オペレーターは即反応し、SCARを発砲する。千鳥は落ち着いて敵を赤い十字にとらえ、四回トリガーを引く。アダプターと連動したグロックが九ミリ弾を放つ。オペレーターは斃れた。

 ミキは間髪いれずエレベーターへ走り、MP7の銃口をオペレーターに向ける。その必要はなかった。さすがはフリーキックの名手、全弾頭部に命中している。

 ミキはボタンを押してエレベーターに乗りこみ、ドアが閉まらないよう手で止める。

 ミキが言う。「卑怯な武器だなあ。ロマンがない。でも使ってみたい。ちょっと交換しましょう」

「いや」千鳥が答える。「あたしらはここに残る」

 千鳥はグロックをアダプターから分離し、両手で握る。アサルトライフルのHK416を持つきららと一緒に、ミキに背を向けている。

「へ?」ミキが言う。「なに言ってんですか」

「じきにSADが殺到する。あたしら二人で食い止める。テスラシステムの方は任せた」

「嫌ですよ。いままで散々チームワークが大事と言ってたくせに、そりゃないでしょ」

「お前にそんなもの期待してねえよ。なあ、メッシとかロナウドとか知ってるか」

「サッカー選手ですか」

「あいつらは守備をしないんだ。ほかの十人が汗をかいてるあいだ、ずっとサボってる。その代わり、絶対に点を取ることを要求される」

「それがボクだと」

「諜報部のエースはお前だろ」

 千鳥はニヤリと笑う。

 ミキの細い両腕に鳥肌が立つ。ここに残るのと、テスラシステムへ向かうのと、どちらが危険かはわからない。

 とにかく期待に応えたい。

 ミキと千鳥は、おたがいの拳をぶつけ合った。




 ミキは、おかっぱ頭のアルテミシアに背中を小突かれ、管制室に入る。エレベーターを降りたあと、SAD二名と交戦し無力化したが、アルテミシアに武装解除された。

 約四十名がいた管制室は、ジェーンとアルテミシアのほか、三名の技術者しか残ってない。ウォーターサーバーのゴボゴボとゆう気泡の音が、静寂の空間に響く。

 無人航空機が不慮の攻撃をしかけたことにより、指揮権はCIAから国防総省へ委譲された。三十分以内に、待機していた三千人規模の兵員が浦安に展開される。「第二次トモダチ作戦」発動だ。作戦目標は六年前と同様、テスラシステムの確保。名実ともに日米両国は武力紛争状態におちいった。

 逃げ足の速さで知られるCIA高官たちは、自分に責任がないと立證する書類をつくりに、執務室のあるフロント企業へもどった。

 ジェーンは尖った顎を傲然と突き出し、腕を組む。彼女はいつも腕組みしている。

「ボディチェックはしたの」

 アルテミシアが答える。「ええ」

「具体的に報告して」

「膣や直腸まで調べたわ。生理中だった」

「甘いわね」

 ジェーンは左手でミキの顎をつかみ、無理やり口を開かせる。右手に拳銃のファイブセブンを持っている。ミキの奥歯を観察しながら言う。

「たとえば歯に毒物を仕込んでるかもしれない。私ならもっと徹底的にやる。ペンチとかドリルとか、使えそうなのを持ってきて」

 どんよりした目でうなづき、アルテミシアは管制室から出る。

 ジェーンは顎から手を離す。ミキの左目に紫色の炎がゆらめく。

 拷問が怖くてスパイはつとまらない。歯の一本や二本、くれてやる。

「バカな女」ジェーンが言う。「東京から離れろと忠告してやったのに。そんなに命を捨てたいなら、手伝ってあげるわ」

「死ぬときは刺し違えて死ぬ」

 ジェーンは十字架をいじりながら、くぐもった声で笑う。いまの状況が楽しくて仕方ないらしい。

「悲劇じゃなく喜劇で終幕ね。カミカゼガール、お前は最高の道化だったわ」

 いましかない。

 ミキは脱兎の様に走り出す。ジェーンとの十メートルの間隔を一気にちぢめる。

 ジェーンは当然、反撃を予期していた。眉ひとつ動かさずにファイブセブンの銃口をむける。

 ミキは機敏に方向を変え、ジェーンの脇をすり抜ける。コアシステムにつながれたノートPCへ駆け寄る。USBメモリをポートに挿す。血で濡れてるのは、生理用タンポンに擬した容器に隠していたから。氷雨の自宅から拝借したスパイ道具だ。幸か不幸かちょうど月経が来たので、いい偽装になった。生理が軽いタチで助かった。

 USBメモリには、氷雨から受け取ったプログラムを保存してある。六年前にテスラシステムの防壁を書き換えた当人だから、突破するのはたやすい。地震発生を停止すると同時に、電圧を急上昇させてシステムを内部から破壊する。非常ランプとサイレンで、管制室は途端に騒がしくなる。

 ファイブセブンを構えるジェーンが、ゆっくり近づく。平静を装うが、口の端が痙攣している。

「で?」ジェーンが言う。「そんなガラクタを壊されたところで、痛くも痒くもない」

「これを見てもそう言えるかな」

 ミキはコアシステムの操作卓のスロットから、日本刀を引き抜く。

 国宝・七星剣だ。




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『ナデシコ女学院諜報部!』 第12章「ディズニー」


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 ところはJR京葉線・舞浜駅ちかくにある東京ディズニーランドホテル。結婚披露宴がホールでひらかれている。ミッキーマウスとミニーマウスが新郎新婦に付き添い、ウェディングケーキの入刀をおこなう。ドナルドダックが感動の瞬間を祝福する。

 そしてミッキーたちがダンサーをまじえて踊り、記念撮影をし、幸せの絶頂にある二人を送り出して、披露宴は幕を下ろす。

 ディズニーキャラクターの三体は控室へもどり、被り物を脱ぐ。

 ミッキーマウスの中に入っていたミキは、汗だくのまま笑顔で言う。

「たのしかった! いきなり引っぱりこまれて焦ったけど」

 ミニーマウスだった千鳥は号泣している。

「うんうん、結婚式っていいもんだなあ。あたしも早く相手見つけて結婚したい。でもって子供は三人ほしい」

 きららは口を尖らせる。

「なんで私がドナルドなのよ。月に二回来るくらいディズニー好きなのに。部長なんだから選ぶ権利あるでしょ」

「まあまあ」ミキが言う。「そんなことより、CIAがホテルをうろついてますね。しきりに無線で交信してる」

「ミニーちゃんになるのが夢だったのよ……」

「泣くほどショックとは」

 きららは泣きじゃくりつつノートPCをひらく。すでにホテルの監視システムをハッキングしており、廊下が画面に映っている。スーツを着た白人の男が、控室のドアの前を駆け足で横切る。ミキたちを探している様だ。

 赤い制服を着た女が、控室に入ってきた。ナデシコ女学院諜報部のOGで、今回ミキたちを手引きした、ホテル従業員で二十三歳の白井だ。

「うざっ」白井が言う。「物騒なやつらが、私たちの夢の国を荒らしてる。懲らしめてやって」

 ミキが答える。「協力ありがとうございます」

「お安い御用よ。東京ディズニーリゾートの職員で一番多いのは、学院出身者なの。ゲストもふくめれば、学院がここを支配してると言っていい」

「へえ」

「女子のネットワークをなめたら痛い目にあうと、CIAは知らないんでしょうね」

 白井は後輩であるきららの髪を手で梳き、頭頂部に顎をのせる。妙に馴れ馴れしいが、きららは表情を変えずPCを操作する。ネットワークとやらが何を意味するか、深く追求すべきでないとミキは判断した。




 諜報部の三人は、ホテルのエレベーターで地下三階まで降りる。ドアがひらかない。操作盤のカバーをスライドし、鍵を差し込んでひねる。ミキが総支配人室に忍びこんでアイフォンで撮影し、白井に3Dプリンタで複製してもらった鍵だ。

 エレベーターから出ると、そこは日本最大の地下通路だった。数匹のネズミが足許を駆け抜けたのが、鳴き声でわかる。照明はまばらで薄暗く、剥き出しの太いパイプが左右に設置されている。ごく限られた関係者のみアクセスを許された区域であり、テスラシステムのある軍事基地へ通ずる。

 ミキの服装は、ジャンパースカートもタイツも靴も帽子も黒づくめ。チョーカーまで黒で、白く細い首とのコントラストがあざやかだ。迷彩柄のアーマーで胴体を守っている。

 きららはアキュラシー・インターナショナル社の狙撃銃である、AWライフルを装備する。

 目を輝かせてミキが言う。

「諜報部にこんなのあったんですね。教えてくれればいいのに」

 きららが答える。「これは私物よ」

「マジすか」

「実は父が自衛官で、銃の使い方を叩きこまれたの。狩猟にもよく連れてかれるし」

「ボクの父はサバゲが趣味でした」

 ミキはサブマシンガンのMP7を、コンコンと右中指の関節で叩く。たのむぜ、相棒。

 すべての電灯が消えた。

 ミキが叫ぶ。「暗視装置!」

 光量が増幅された緑色の世界が、ミキの眼前にひろがる。待ち伏せにあったのに、不思議と落ち着く。

 ライフルの連射音と、銃弾がコンクリートやパイプで跳ねる音が、トンネルに反響して耳を聾する。数十メートル先で、緑の人型のシルエットがうごめく。敵は六人ほどいる。

 ミキは前方へ猛然と駆け出す。

 普段は予防接種も嫌で逃げるほど臆病だが、勝ち負けが絡むと恐怖心が吹き飛ぶ。だれが相手だろうと負けたくない。

 まるで背中に翼が生えた様に、体が軽い。筋肉が勝手にうごく。単色の風景がフルカラーに感じられる。敵味方の位置取りや次の動きが、気配として伝わる。

 ミキは瞬く間に三人を斃す。

 CIAの特別行動部隊(SAD)らしき敵対勢力は、死傷者を放置してトンネルの奥へ撤退する。




 SADはミキの戦闘力を侮ってない。イラクで即席爆弾を隠し持つ幼女を、冷徹に射殺した経験さえある連中だ。作戦中に油断はしない。

 ありふれた戦闘の一局面だ。接触直後にはげしく攻撃した側が、主導権をにぎるのは道理。プロフェッショナルであるSADは、彼我の戦力差を客観的に認識している。練度と装備が桁違いだ。敵の攻勢終末点まで後退し、そこで反撃に転じればよい。

 MP7の四・六ミリ弾で頬を撃ち抜かれた、身長百九十センチのSADオペレーターが、最後のエネルギーを燃やし立ち上がる。死んだと思いこんで通り過ぎたミキに、ナイフを振り下ろす。

 ターンッ!

 三〇八口径弾で、さらに大きな穴を後頭部に開けられたオペレーターは、脳漿を闇に撒き散らしながら倒れる。きららがAWを発砲した。

 ミキは、原形をとどめないオペレーターの頭部を見下ろす。

 悪く思わないでくれ。付随被害だ。

 ミキはヘッドセットできららと交信する。

「ありがとうございます」

「もっと周囲に気を配って」

「ゲームと同じにはいきませんね。ヘッドショット一発で死ぬとはかぎらない」

「笑えない冗談だわ」

「ボクの暴走癖に呆れてるのはわかってます。でも、こうゆう風にしか戦えないんです。とにかく後ろは任せました」

「私はともかく、千鳥ちゃんは納得してない様ね」

 肩を怒らせた千鳥のシルエットが、暗視装置のスクリーンに浮かぶ。右拳を固く握り、ミキを殴りつけようとしている。

 ミキは先手を取って、千鳥を突き飛ばす。そして自分もコンクリートの床に伏せる。

 バシューッ!

 ロケット弾が頭上を通過する。後方の壁にあたって爆発し、狭いトンネル内を焼き尽くす。

 ズダダダッ、ズダダダッ!

 増援と合流し十名となったSADが、復讐心を滾らせてアサルトライフルのSCARを斉射する。




 テスラシステムが鎮座する広い管制室は、いまはCIA高官や準軍事要員や技術者も加わり、総勢四十人ほどでごった返している。SADがミキたち諜報部員三名に思わぬ苦戦を強いられたので、一部はその対応でドタバタ走り回り、足を床の配線に引っかけて転ぶ者もいる。

 壁の巨大なディスプレイに、上空から見た東京ディズニーランドが映る。無人航空機であるMQ9リーパーが、高度五千メートルから撮影する映像だ。CIAと連携しつつ、アメリカ空軍パイロットが本国から遠隔操作している。

 首から十字架をさげたジェーンが、ノートPCをつかうアルテミシアの耳許でささやく。

「リーパーを乗っ取ってちょうだい」

 アルテミシアが答える。「どうする気?」

「蟻の巣をつぶして、生き埋めにする」

 壁のディスプレイに、SADと諜報部の交戦の様子も映っている。増援の到着により戦力比が逆転したため、諜報部はエレベーターで地上へ逃げる可能性が高い。

 おかっぱ頭のアルテミシアは虚ろな表情で、言われるまま空軍基地のコンピュータへ侵入する。PCの画面がシンデレラ城の俯瞰映像に切り替わった。

 一方でミキたち三名が、エレベーターに乗りこむ。

「発射」ジェーンが言う。

「なにを言ってるの」

「ヘルファイアをあの城に撃ちなさい」

「一般市民が何千人もいる」

「どうせ二時間後にみな死ぬでしょ」

 椅子に座るアルテミシアは、立っているジェーンを下から睨みつける。

「やはりあなたは狂ってる。大声を出すわ」

「ご勝手に。私はCIAを理解してる。だれもあなたに味方しない。九・一一以降、テロリストとみなされる人間をCIAが何人殺したか知ってる?」

「議論なんて必要ない」

「一万一千人よ。二十一世紀において、これほど『戦果』を上げた西側の軍事組織は他にない。CIAはいまや世界最大の軍隊のひとつなの」

「きっとあの中にアメリカ人もいるわ!」

 ジェーンは手でアルテミシアの口をふさぐ。椅子を横取りし、キーボードを叩く。

 画面の中心で爆炎が生じる。シンデレラ城のもっとも高い尖塔が折れ、煙のなかで逃げ惑う群衆の上に落ちる。

 リーパーの予期せぬ動作に、管制室内は恐慌状態となる。ジェーンは騒ぎを黙殺し、ノートPCに見入っている。

 笑えるわ。

 黄色い顔の猿が棲む国に、なんで中世ヨーロッパ風のお城が建ってるわけ?

 あいつらには、焼け野原がお似合いよ。




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『ナデシコ女学院諜報部!』 第11章「説得」


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 ミキは鉄柵へ駆け寄り、地面を見下ろす。真下に木立があり、氷雨の姿は見えない。

 校門の前にパトカーが二台駐まっている。銃声を聞いた周辺住民が通報したのだろう。捜査官三名をあっけなく殺された公安は、所轄警察署を統制できてないらしい。制服警官数名が木立へ殺到する。

 氷雨の安否が気がかりだ。なにがあったとしても、その責任は自分にあるとミキは痛感する。

 みんながボクに自重をもとめた。諜報部の仲間も、母親も。でもボクは耳を貸さなかった。

 いつだって周りが見えなくなる。ゲームのネット対戦で勝ったり、かわいい服を着て街中で注目されたりすると。調子に乗って、のめり込む。徹夜で遊んで消耗したり、ますます奇抜な恰好をしたり。

 でもいまのボクはひとりじゃなかった。守るべき仲間がいた。

 引き返すべきポイントはあった。セレブリテ学園に潜入するときとか、立場をうしなうほどジェーンを決勝戦で追いこむときとか。

 とりかえせない。これはゲームじゃない。セーブポイントに戻ってやりなおせない。

 部室棟の狭い屋上に、CIAの騒音軽減ヘリが降着する。SAD五名が続々と搭乗する。最後に乗降用ステップに足をかけたジェーンが、荷物を手にとり、鉄柵のそばにいるミキへ歩み寄る。手にしているのは緋色の刀袋だった。

 国宝・七星剣をミキに差し出し、ジェーンが言う。

「借り物を返すのを忘れてたわ」

「…………」

 ミキは背を向けたまま、下をながめている。

「いらないなら貰っておくけど。じゃ、御機嫌よう。五時間以内に東京から離れるべきと忠告しておくわ。よからぬことが起きるから」

 ミキは、ブレザーのポケットに両手を突っこんで振り向く。

「ボクを殺さないのか」

「殺してあげてもいいけど、雑魚のために報告書のページを増やしたくないの。はやくLAに帰って、家族やボーイフレンドに会いたいし」

「こっちの言う意味をわかってるのか。ボクは決してお前を許さない。たとえ泣いて謝っても」

「すてき。たったひとりで世界最強の国家に戦いを挑むのね。応援するわ」

 ジェーンは踊る様に反転し、ヘリコプターへ乗りこむ。バタバタとゆう風切音をほとんど立てずに、ヘリは新宿の上空を飛び去った。

 CIAは氷雨の生死を確認するより、所轄警察署との接触を避けるのを優先した。必要な情報は十分あつめたのだろう。

 ミキはゴンゴンと鈍い音を響かせながら、鉄柵に右の拳を振り下ろしつづける。




 新宿駅西口から徒歩十分ほどの高層ビル街に、ナデシコ女子医科大学病院がある。一階の救急処置室の前で待機していたミキと千鳥ときららは、看護師に入室をうながされる。

 ベッドに横たわる氷雨は、点滴装置と人工呼吸器をつけている。痛ましい姿だが、心肺停止していない證拠でもある。ミキは安堵した。

 開業医の娘で、自身も医学部進学をめざす千鳥が、緊急手術の担当医師に状況をたずねる。

 大腿骨骨折による出血多量で危険だったが、搬送が早かったため手術は成功した。肋骨が折れるなどして肺を損傷しており、人工呼吸器を使用しているが、こちらも今のところ深刻ではない。

 運がよかった。

 ミキが枕元へ近づくと、氷雨はかすかに口角をもちあげる。透明なマスク越しに、口をパクパク動かすのが見える。読唇術を習得してないミキでも、なにを言ってるかわかる。

 ごめんなさい。

 ミキは手の甲で、自分の右頬の涙をぬぐう。

 拷問されたきららや、屋上から飛び降りた氷雨は、どれほど孤立し絶望しただろう。それにくらべ、自分がいかに傲慢だったことか。

 ミキは花柄のワンピースが汚れるのも構わず、きららと千鳥に向かい土下座する。モップで掃除したとは言え、氷雨の血の跡がのこっている。医師と看護師は、唖然としてミキを見下ろす。

「お願いします」ミキが言う。「力を貸してください。ジェーンをやっつけたいんです。でもボクひとりじゃ何もできない」

 裸眼なので目を細めがちなきららが、手を引いてミキを立たせつつ言う。

「四時間後に大地震がおきるのよ」

「わかってます。先輩たちは陽動を仕掛けてください。その隙にボクが地下基地へ侵入します」

 腕組みした千鳥が、不愉快そうに鼻を鳴らす。ミキの気分は暗くなる。

 千鳥が言う。「冗談じゃねえよ」

「自分勝手なのはわかってます。でも……」

「なんでお前ひとりでオイシイ役を持ってくのさ。きららと氷雨がひどい目にあって、頭来てるのはあたしも同じだっちゅうの」

「千鳥先輩」

「あたしたちは仲間だ。おたがいのためなら、なんだって出来る」

 ミキと千鳥ときららは、視線をからめる。自然にたがいの手を重ね合う。




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『ナデシコ女学院諜報部!』 第10章「屋上」


登場人物・あらすじ(準備中)


全篇を読む(準備中)






 並木とダークスーツの二人が、異変を知って慌ただしく部室棟の階段を駆け下りてゆく。きららの居場所を把握してなかったらしい。

 ミキは眉間に皺を寄せる。とがった顎に右手を添えて思考する。

 読みが外れた。

 部長のきららは諜報部顧問の並木とつながり、公安のために動いていると思っていた。知るはずのないことを知ってたから。ひょっとして二重スパイだったのか。

 ドサッ。

 物音がしたので振り返ると、白黒半分のパーカーを着た氷雨が尻餅をついている。胸に手をあて、呼吸が荒い。パニック障碍ではないかとミキは疑う。似た症状を呈した経験からわかる。

 ミキは氷雨をサルーンへ連れてゆき、椅子に座らせる。紙コップに入れた水を飲ませる。

「大丈夫?」ミキが尋ねる。

「急に目眩がして。ちょっとだけ休ませて」

「氷雨ちゃん、なにか知ってるんだね」

「…………」

「秘密を隠してるのは、きらら先輩だと思ってた。でもちがう。むしろ先輩は氷雨ちゃんをかばってたんだ」

 氷雨がテーブル越しにおくる視線は、雪まじりの雨の様につめたい。

「言えない」

「国家機密や陰謀なんてどうでもいい。ボクはそんなの興味ない。でもここまで関わった以上、知っておく必要がある」

「絶対言えない。お願いだから何も聞かないで」

 かぼそい氷雨の声色に、不快な成分を感じる。ミキの心の奥底の記憶が反応している。

 思い出したくない記憶は、ひとつだけ。

 六年前。大船渡。津波。

 大好きだった父と兄の死。

 ミキが言う。「東日本大震災と関係あるの?」

「やめて! 知らない方がミキちゃんのためなの」

「なにを恐れてるんだろう。ボクは子供だったし、田舎の平凡な家庭だった。氷雨ちゃんだって当時九歳でしょ。日米政府がなにをしようが、ボクたちとまったく縁のない話だ」

「あなたを諜報部に誘ったのを後悔してる。いつか必ず教えるから、今はそっとしておいて」

 ミキはため息をつく。

 氷雨の態度は頑なで、攻撃的ですらある。説得が通じる様子ではない。

 ズダダッ、ズダダダッ!

 背後の窓から、アサルトライフルの重い連射音がとどいた。

 ミキと氷雨は目を丸くする。三階から中庭を見下ろすと、信じがたい光景が展開されていた。




 その一分前。

 並木はダークスーツの二人をしたがえ、部室棟から大きな池のある中庭へ出る。並木は霞が関に電話しながら走っている。

 池のほとりで、二重反転ローターの黒塗りのヘリコプターが待機しているのに、公安警察官たちは驚く。だれも接近に気づかなかった。CIAが所有する騒音軽減ヘリなので仕方ないが。

 ジェーンと六人の男が、銃口を下へ向けてアサルトライフルのFN・SCARを構えている。全員フル装備だが迷彩服は着ていない。ジェーンは黒のセーラー服、男たちはジーンズなどで不統一な服装だ。彼らは準軍事要員である「特別行動部隊(SAD)」のオペレーター。ジェーンは陸軍軍人と衝突したが、SADとなら阿吽の呼吸で協働できる。

 並木はスマートフォンをグレーのジャケットにしまう。丸腰なので恐ろしいが、冷静をよそおいジェーンに話しかける。

「あなたがリーダーね?」

 ジェーンが答える。「そうだけど」

「いますぐ撤収しなさい。他国の諜報機関が白昼堂々、われわれ公安に対し敵対的な行動をするなんて前代未聞よ。外務省を通じて正式に抗議する」

「お好きに」

「自分が何をしてるかわかってるの? これは宣戦布告にひとしい」

「とっくに戦争は始まってるけど」

 ジェーンはなめらかな動作でSCARを発砲する。五発の七・六二ミリ弾が、並木の皮膚と血管と臓器を破壊する。同僚の二人も斃れた。

 ライフル弾に薙ぎ倒された並木は、青空をながめながら、日本版CIAの長官になるとゆう夢が潰えたのを知った。




 ミキは、部室棟屋上にある貯水タンクの陰に潜んでいる。SADが放つライフル弾がタンクに当たり、鈍く不吉な音をたてる。

 敵の連射の合間をみて、ハンドガンのHK45で応戦する。すぐ十発を撃ち尽くし、弾倉交換を余儀なくされる。たよれる相棒のMP7を所持してないのは痛恨の極みだった。

 不条理な事態だ。

 いま対峙するSADは、民間人に対する先制攻撃を許されている。階段でいきなり発砲され、屋上まで追い詰められた。ありえない交戦規則だ。

 銃器が奏でるシンフォニーを聞いていると、ミキはおかしくなってクスクス忍び笑いする。

 自分がこんな死に方をすると思わなかった。諜報部に入る前は人生終わりかけてたから、ふりだしに戻っただけとも言えるが。

 包囲されてみじめに蜂の巣になるより、敵を一人か二人片づけて、華々しく散りたい。ミキは遮蔽物の陰から飛び出す。

 千鳥が背後からミキの肩をつかみ、制止する。

「バカか」千鳥が言う。「あいつらどう見てもプロだろ。シロウトが撃ち合ってどうすんだ」

「ボクの腕なら道連れにできる」

「死ぬ気かよ。いい加減に目を覚ませ」

「死の天使は、死を恐れない」

「ふざけんな!」

 千鳥はミキの頬を、拳で思い切り殴る。ミキは怯まない。口がへの字に曲がり、眼帯をつけた顔に冷笑が浮かんでいる。

 ミキは、千鳥の足許でうずくまる氷雨に一瞥をくれる。膝をかかえて震え、視線に反応しない。

 短い間で、おかしな関係だったけど、友達になれたことに感謝している。できれば気持ちを言葉にしてつたえたかった。

 ミキは衝動的に駆け出す。歯を食いしばって集中し、HK45の照準を合わせようとする。

 前方にはきららがいた。いつもの眼鏡をしておらず、髪や制服が乱れている。両手を背中で拘束されている。




「先輩」ミキが言う。「無事でしたか」

「どうにかね」

 きららの微笑に力がない。

 強いストレスを受けたばかりの様に見える。やはり拷問されたのか。

 ミキはHK45を、きららの隣に立つジェーンへ向ける。胴体はアーマーで守られている。額を一撃で射抜くつもりだ。

 ジェーンは脅威に関心をしめさない。かわりにSAD五名がミキに狙いをつける。

「ボクは」ミキが言う。「裏の事情を知らない。でも無抵抗の女の子を痛めつけるお前らに、正義があるわけない」

 ジェーンが答える。「そうかしら。拷問はされるより、する方が大変なのに」

「だまれ」

「この女は水責めに三時間耐えた。アルカイダの平均より上よ。あっぱれと褒めてもいい」

「だまれ、クソビッチ!」

 ジェーンは無表情で顎をしゃくる。SADがSCARの引き金に指をかける。

 ミキは迷う。

 ジェーンは殺せる。死に値するやつだ。絶対外さない。

 だが撃てば、仲間も報復されるだろう。

「もうやめて!」

 氷雨の叫びが響いた。

 振り返ると、氷雨が頬を濡らして立っている。

 ジェーンがわざとらしく口笛を吹く。

「寒椿氷雨。アメリカの諜報機関による捜索を、六年間も躱しつづけた強敵」

 ミキが尋ねる。「一体なんの話だ?」




 六年前の二〇一一年三月一一日。

 日本周辺における観測史上最大の地震が発生し、津波の影響もあり、約二万五千人の死者・行方不明者・負傷者が出るなどの被害がひろがった。

 この地震は、浦安市の地下にある米軍基地で試験運用されていた、地震発生装置「テスラシステム」が誤作動したことにより起きた。

 アメリカ政府は事実をひた隠しにした。テスラシステムの存在自体が秘中の秘だし、被害が大きすぎて、国として責任の取りようがなかった。ほかに選択肢はなかった。

 国防総省内部から情報漏洩者があらわれる。義憤に駆られての行動だったかもしれないし、権力闘争かもしれない。真相はわからない。その若手官僚がCIAによって迅速に「処分」されたからだ。

 三月二十八日に情報をつかんだ日本政府は、大混乱におちいる。福島第一原発の事故への対応だけで手一杯だった。政府内の意見はふたつに割れる。単純化すると、アメリカの公式の謝罪をもとめようとする外務省と、浦安基地に直接乗りこんでテスラシステムを接収しようとする防衛省の対立だ。菅直人首相は、前者に理解をしめした。

 三十一日、陸上自衛隊が許可なく軍事行動をおこす。弱腰の官邸に対する叛逆だった。自国民が二万人も殺されたのに黙っていられるほど、彼らはお人好しではなかった。中央即応集団の特殊作戦群が、浦安基地を占領する。

 しかし米軍はこの動きを予測していた。四月一日に補給活動を名目として宮城県気仙沼市へ、海兵隊一個大隊を揚陸艇でおくりこむ。そのほとんどは浦安へむかい、特戦隊と交戦した。

 地獄の一週間がつづいた。だれも事態をコントロールできない。自衛隊と米軍が、官邸と防衛省が、ホワイトハウスと若手官僚が争った。大量の血が流れた。死傷者数について、日米ともに記録はない。今後記録されるのかどうかもわからない。




 当事者たちは不毛な争いに辟易しはじめた。

 テスラシステムなど、存在しない方がよかった。いっそ粉々に破壊すべきではないか。データをふくめ、この世から抹消する。だがだれも決断をくだせない。その威力が実證されたばかりだから。

 ならば物理的にではなく、電子的にシステムを沈黙させればよい。戦場はサイバー空間へうつった。日本国内のコンピュータの専門家のうち、もっとも優秀な約百名が召集された。

 そのなかに東京大学数学科教授・寒椿寛平がいた。専門は群論で、暗号理論の世界的権威だった。ちょっとした偶然のおかげで、寒椿教授はテスラシステムのアクセス権を奪うのに成功した。

 教授には氷雨とゆう九歳の孫娘がいた。のちに思春期を迎えるころにはおとなしい性格になるが、当時は剣道に夢中なイタズラっ子だった。PCをいじるのも大好きで、祖父のマシンへ侵入し、勝手にアニメの壁紙に変えたりして遊んでいた。

 氷雨は、最近祖父が大学へ行かずに取り組んでいる仕事に興味をもった。多少は英語ができるので、祖父の論文を何本か読んでいた。だが調べたところ、今回の仕事は論文執筆でなくハッキングだった。

 背景事情をまるで知らないまま、氷雨はテスラシステムのファイアーウォールを解析しはじめた。手法は稚拙だったが、直感でプログラムのなかに異常を発見した。それはゲームのプログラムだった。作業中の気晴らしのためか、単なるイタズラ心か、プログラマはソリティアをファイアーウォールに仕込んでいた。

 氷雨は記録的なスピードでソリティアをクリアして抜け穴に利用し、ルート権限を獲得した。ファイアーウォールを自己書き換えコードに組み直し、祖父が手を出せないようにした。さらに何重にも防壁を仕掛け、刀剣鑑定士である父が持っていた、国宝・七星剣の画像ファイルを秘密キーに設定するなどした。そして一切痕跡をのこさず、祖父のPCから抜け出した。

 幼い氷雨にしてみれば、ルービックキューブで遊ぶ様な感覚だった。

 テスラシステムはその日から、ただの置物と化した。ロスアラモス国立研究所にあるスーパーコンピュータを稼働させてるのに、たかが英数字八文字のパスワードを解明できない。

 三年後、国防総省は白旗をあげた。これ以上スパコンを無益に運用するのは、安全保障政策上マイナスにしかならない。テスラシステム「奪還」の任務は、CIAが引き継ぐことになった。

 システムをいじくったクソ野郎を一秒でも早く見つけ出し、どんな手段をつかってでもパスワードを吐かせろ。




 ジェーンが、そしてきららが補足しつつ明らかにしたストーリーは、ミキを動揺させた。立っていられず、屋上の手すりにつかまる。部室棟全体が激しく揺れる。地割れに飲みこまれそうな感覚。

 信じられない。信じたくない。

 あの地震の原因が、こんなバカげた話だなんて。父と兄が知ったらどう思うか。

 ミキがつぶやく。「ありえない」

「当然の反応ね」ジェーンが答える。「アメリカを散々悩ませた天才ハッカーが、九歳の子供だったなんて。六年間なにも見つからないはずよ」

 ミキは氷雨と視線を合わせる。もう泣きやんだ氷雨は、虚ろな目をしている。

 ミキが言う。「氷雨ちゃん、嘘だと言って」

「…………」

 氷雨は目を伏せる。

 ジェーンはミキの横を通り過ぎ、大股で氷雨に近寄る。SCARをスリングで背中に提げている。

「寒椿氷雨」ジェーンが言う。「アメリカ政府は君を丁重にあつかう。VIP待遇と思ってくれていい」

 氷雨が答える。「私にもプライドはあります」

「拷問のことか? あれは付随被害だ。いづれきちんと埋め合わせする」

「あなたの心は汚れてる。なにも聞きたくない」

「君の頭脳を必要とする人間はたくさんいるんだ。特にNSAが興味をもっている。フリードリヒ・ガウスばりの神童にね」

「もうやめて」

「断れる立場じゃないのは承知してるだろう?」

 SADの五人が、諜報部員たちにSCARを向ける。なにをしでかすかわからないミキには、二人が狙いをつける。

 氷雨は天を仰ぐ。深呼吸したあと、剣道で鍛えたフットワークで鉄柵を飛び越える。屋上の縁で振り返る。

 ほほ笑みをうかべ、氷雨がミキに言う。

「いままで本当にありがとう」

「ダメだ」ミキが言う。「そんなことしちゃダメだ。こいつらはボクが斃す。絶対氷雨ちゃんを守る」

「もう疲れたの。みんなに甘えて、守ってもらうのに」

「やめろ!」

 氷雨は三階建ての屋上から、仰向けに飛び降りた。




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苑田 健

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