『ナデシコ女学院諜報部!』 第2章「家庭訪問」


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 「そば処 ひらて」は、新宿区富久町にある創業三十年の蕎麦屋だ。ナデシコ女学院から歩いて一分の距離にある。特に地元で愛される老舗などではなく、閑古鳥が鳴いている。

 二階は居住空間となっており、平手ミキが母とふたりで暮らす。六年前まで岩手県大船渡市に住んでいたが、震災を機に母は実家にもどり家業を継いだ。創業者である祖父が昨年亡くなってからは、ますます流行らなくなっている。

 無断で早退したミキは黒のジャージに着替え、ゲームのコントローラをにぎる。アクションゲームの『フリーダム・シスター』で、八対八のオンライン対戦に没頭している。日本刀を背負うセーラー服の少女が、雪の降る街で銃を乱射する。ミキがお気にいりの武器はH&K社のMP7。アサルトライフルとくらべるとパワー不足だが、神出鬼没の機動でキル数を稼ぐ。「死の天使」とゆうアカウントは、ゲーマーのあいだで知られた顔だ。

 エリア中央の倉庫の屋上にいるスナイパーが、味方をつぎつぎとヘッドショットで斃している。

 ヘッドホンから味方の声が届く。

「天使ちゃん、屋上のアイツどうにかして」

 ミキが答える。「おっけー」

 ミキがあやつるキャラクターは敵陣へ突入し、グレネードを投げてからビルへ踏みこむ。屋上まで階段を駆け上り、さらに隣のビルの屋上へ飛び移る。電線を伝ってスナイパーの背後に回り、刀を一閃して屠る。

「よし」ミキがつぶやく。「スナイパー殺った」

 七名が歓声で答える。「うおーっ!」

 ミキの副腎がアドレナリンを分泌する。充足感に満たされる。ここには自分を必要とする人々がいる。ゲームに感情移入していれば嫌なことを忘れられる。人生になにも不満はない。

 ヘッドホンが剥ぎ取られた。

 紺の作務衣を着た母が、眼尻を上げて仁王立ちしている。

 母が言う。「さっきから呼んでるでしょ!」

「聞こえなかった」

「並木先生がいらしてるから、早く来なさい」

「ボクが話すことはないよ」

「いい加減にしな!」

 母はミキの耳をつかむ。壁だけでなく天井までアニメやゲームのポスターが貼られた部屋から、力づくでミキを廊下へ引っぱり出す。




 手狭なミキの家に応接間はなく、担任の並木はリビングルームの食卓へ通された。並木はスカート丈の長いグレーのスーツを着て、髪型はアシンメトリーのボブ。生徒からあまり親しまれない教師で、家庭訪問でも愛想笑いひとつ浮かべない。

 母が山菜そばの丼を置いて言う。

「店のもので申しわけないですけど」

「どうかお構いなく」並木が答える。「お忙しいところお邪魔してすみません」

「ちょうど仕込みの時間ですから」

「いえいえ」

 そっけない口調で並木は受け答えする。ミキが無断早退したせいで外回りを強いられ、不機嫌なのだろう。

 並木は合皮のバッグから成績表をとりだす。向かい側にならぶ母娘の前に広げて言う。

「期末テストの結果です。成績は五百点中三十七点。全科目赤点です。数学にいたってはテストを受けてすらいません」

 ミキにも言い分はある。彼女は数学の記号に対するアレルギー体質をもつらしく、fやΣを見つめてるだけで試験中に意識を失ったくらいだ。でもそれを申告せずに逃げたのだから問題だ。

「単刀直入に申し上げます」並木が続ける。「平手さんは三学期の成績がどれだけよくても、進級できる見込みはありません」

 母がつぶやく。「そんな」

「手紙などで何度もお知らせしましたが」

「すみません……店が忙しくて」

「留年とゆう選択肢もあります。でも学院としては、よりふさわしい環境に移って、充実した高校生活を送られるのをお勧めします」

「転校しろってことですか」

「そう受け取っていただいて構いません」

「困ります。特待生でタダだから高校へ通わせられるのに。言いたかないけどウチは貧乏なんです」

「お母様。残念ですが生徒さんが留年した場合、特待生制度は適用されなくなります」

 勉強ぎらいのミキが特待生試験に合格したのは、彼女が「神のサイコロ」と呼ぶ鉛筆の出目が、高確率で的中したおかげ。小論文や面接で演じた優等生キャラも評価されただろう。入学後すぐにメッキが剥がれたが。

 母が早口でまくし立てる。

「先生、この子の兄は勉強ができたんです。震災で亡くなってしまったけど。この子もやればきっとできます。もうしばらく見てやってくれませんか」

「教育者としては非常に心苦しいですが……」

「でしょう。テストの点数が悪いから追い出すなんておかしいもの」

 並木は母の意見を考慮する素振りすら見せず、単調な声で言う。

「われわれが心配するのは学業成績ではありません」

「はあ」

「平手さんは他の生徒とのコミュニケーションがうまくいってない様です。職員の一致した見解です」

「それは……」

「思春期の子供にとって友人関係は重要です。学習環境を変えるのがベストだと、われわれは判断しました。平手さんのためを思っての提案です」

 並木は、黒のジャージを着たミキを見遣る。着替える暇がなかったので眼帯だけつけている。母と担任教師の真剣な会話のあいだ、ずっとアイフォンでツイッターをやっていた。コミュニケーション不全のうごかぬ證拠だ。

「ミキ!」母が叫ぶ。「いつまで携帯いじってるの。先生に謝って、勉強がんばりますと言いな!」

 ミキは画面から目を離さない。激昂した母がミキのおさげ髪を引っぱる。ミキはその手を振り払う。母は爪を立てて娘の後頭部をつかみ、食卓へ押しつける。箸をつけてない山菜そばの汁がこぼれる。

 並木は席を立ち、醜悪な母娘ゲンカの仲裁に入った。




 並木が学校へ戻ったあと、ミキは自室でゲームを再開する。おもわぬ邪魔がはいってランクが下がったし、クランの仲間に迷惑をかけた。がんばらないといけない。

 母がドアを開け、鼻息荒く言う。

「あんた明日から学校行くのやめな」

「別にいいけど」

「転校もしないでいい。これからは店を手伝いな」

「やだよ」

「借金あるのに学費なんて払えない。転校しても、どうせあんたは勉強しないし」

「ウチで働くのはやだ。コンビニかどこかでバイトする」

「嫌なら家を出てけ」

 ミキは母と視線をあわせる。ヒステリックな母だが、脅しで言ってる様子ではない。すこし卑屈な態度をとる必要がある。

「ごめんなさい」ミキが言う。「学校でうまくいってないのを相談すべきだった」

「あんたは大人しいくせに意外と口が達者だから、お母ちゃんは騙されてきた。やるやると言って何もしたことがないじゃないか」

「でも高校は卒業しときたいよ」

「どうせゲームして、変な服買って、そればっかりだろ。すこしは苦労しな」

 風向きが悪い。嘘泣きでなく、不安でミキの目に涙がにじむ。

「お母ちゃん、お願い。お金はかならず返すから」

「返せるもんか。お金を稼ぐのがどれほど大変か。大体あんたは将来何になりたいんだい」

 ミキがなりたい職業はプロゲーマー。それが無理ならユーチューバー。でも本心を言い出せる雰囲気ではない。

 しどろもどろにミキが言う。

「学校の先生とか」

「あっはっは、バカじゃないの! それはお兄ちゃんの夢だろ。なんにも考えてないんだね。本当にあのとき……」

 本当にあのとき、津波にさらわれたのがお兄ちゃんでなく、あんただったら。

 母は口をつぐむ。親として言ってはならないことを口走りかけた。

 ミキは母を部屋から押し出して、ドアに鍵をかける。ジャージを脱ぎ、震える手でブラウスのボタンをとめる。精一杯おしゃれして、街を練り歩きたい。トレーから真紅のカラーコンタクトをえらぶ。

 怒りの炎で、世界を焼け野原にしてやるんだ。




 学校ではさすがに遠慮しているミニハットや、スパンコールがきらめくスカートを身につけ、ミキは夕刻の靖国通りを闊歩する。数年前まで新宿はロリータファッションの聖地だったが、いまでもすれ違う人々は物珍しそうな一瞥をくれる。外国人観光客などは遠慮なくカメラのシャッターを切る。

 きっといま、ボクはかわいい。

 言語化せずとも、肯定的評価がつたわる。ツイッターでいいねボタンを押してもらうより嬉しい。

 カラオケパセラから、一年ゆり組のクラスメート五名が眼前にあらわれた。歯を見せて笑い声を立てていたが、ミキに気づいて一瞬硬直する。ミキが実質的に退学になったのを知ってるのだろう。女子校ではオンラインとオフラインの両面で、光より速く噂が伝播する。

 ミキはナイフで抉られる様な胸の痛みをこらえ、視線をそらせたクラスメートに微笑をうかべて会釈する。歩道を大股で前進し、ドン・キホーテの前の信号で立ち止まる。タイトーステーションで音ゲーを遊ぶのが日課だ。

 ヤマダ電機の外壁にあるユニカビジョンで、ハリウッドの戦争映画の予告篇がながれている。主演のジェーン・カラミティが、史上最年少の十八歳でオスカーを獲得した作品だ。いま彼女は日本の高校に短期留学してるので、世間が騒いでいる。

 横断歩道の中ほどで、ミキは背後から手首をつかまれる。クラスメートの寒椿氷雨が追ってきたと、振り向いてわかった。小柄で、水色のパーカーのフードをかぶっている。未完成のルービックキューブを左手にもつ。

「平手さん」氷雨が言う。「転校するって本当?」

 ミキが答える。「まあね」

「よかったらちょっと話せないかな」

「うーん、ここだと危ないかも」

 ミキは周囲を見渡す。歩行者用信号が赤になり、ふたりは交叉点の中心に取り残されていた。




 ミキは中央分離帯のコンクリートに腰を下ろし、金網に背をもたせる。氷雨は安心できる居場所を見つけられずキョロキョロする。

「こっち来なよ」ミキが言う。「そんなとこに突っ立ってたら轢かれるよ」

「平手さんは自由な人だね」

「べつに」

 ミキのすぐ隣に座り、氷雨が言う。

「残念。転校しちゃうなんて。平手さんとアニメの話とかするの楽しかった」

「そうだね。ありがとう」

「どこの高校へ行くの?」

「わかんない」

「えっ」

「ボクは成績が悪すぎて退学なんだ」

 氷雨の細い眉が寄り、動揺と憐憫で表情が曇る。パーカーのフードをおろし、頭を振る。学年トップの氷雨には理解できない悩みだろう。なにせ数学オリンピックに出場し、日本を初優勝にみちびいた頭脳の持ち主だ。

 ミキは黒いバッグからアイフォンをとりだす。メルカリの通知が届いていた。狙っていた木底の靴を落札できたとわかり、ニンマリする。

 氷雨が別れを惜しんでくれたのは感謝している。やさしい性格の彼女は、風変わりなミキに話しかける唯一のクラスメートだった。でももう、ちがう世界の住人だ。

 氷雨が、ミキの顎に食らいつく様に顔をちかづけ、じっと目を見つめながら言う。

「ねえ、平手さん」

「顔ちかいな」

「諜報部に入らない?」

「ぷっ」ミキが吹き出す。「なに言ってんの」

「諜報部員は特待生扱いになるから、進級は問題なくなる。しかもスパイ甲子園で優勝したら、どこでも好きな大学へ進学できるんだよ」

「スパイ甲子園って、すごいネーミング」

「正式名称じゃないけどね。興味ないかな」

「好きな大学って、たとえば東大でも?」

「もちろん。学院はいま二位」

 ずっと真顔の氷雨は、ふざけてる様に見えない。

「マジで。ボクみたいなバカが東大に行けるの」

「マジだよ。文部科学省のお墨つきだから。入部には部員と顧問の同意が必要だけど」

「じゃあダメじゃん」

「ダメじゃない。私が推薦する」

 なめらかな頬を紅潮させ、氷雨がほほえむ。

 言わんとすることを察し、ミキが言う。

「寒椿さんも諜報部員なんだ。意外」

「私は機械が好きだから、そっちで貢献してる。家が剣道の道場で、運動も苦手じゃないし」

 氷雨の手許に目をやると、会話しながらいじっていたルービックキューブが六面とも完成している。すべてのキューブの位置を記憶し、ほぼ無意識で解いたらしい。

 都道4号線の七車線を、自動車がはげしく往来する。大型トラックが通るたび、ミキのおさげ髪が煽られて揺れる。

 ミキの鼓動が高鳴る。

 FPSでたとえるなら、味方が航空支援を要請した様なもの。このチャンスを逃しちゃいけない。




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『ナデシコ女学院諜報部!』 第1章「侵入者」


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 ナデシコ女学院に不審人物が侵入するのはめづらしくない。世間に変質者は掃いて捨てるほどおり、なかでも名門女子校は彼らを強烈に惹きつける。ただ今回のケースが特殊なのは、防犯カメラの顔認證システムが感知したのが成人男性でなく、十代の少女である点。おそらく他校の生徒が、学院の制服で変装している。

 高等部二年の千歳川千鳥は、教室棟と職員棟をむすぶ渡り廊下をいそぐ。黒髪のショートカットで、百七十センチちかい長身だ。サッカー部所属なので日焼けしている。制服のブレザーでなく、黒のレザージャケットを羽織る。服装に関する校則は学院にない。

 ガラス張りの自動ドアにたどり着いた千鳥は、四桁の数字をテンキーパッドに打ちこむ。数名の生徒しか教えられてない番号だ。木造の校舎だが機械的なセキュリティをそなえている。

 4649。

 ドアがひらいた。誰が設定したか知らないが、もうすこしヒネれよと千鳥は内心で毒づく。

 用務員室のドア越しに断続的な物音が聞こえる。引っ越しでもするかの様な。千鳥は覗き窓から中をうかがう。ピンクベージュのブレザーを着たおかっぱ頭の少女が、派手に室内を荒らしている。すべての引き出しが開けられ、椅子や仮眠用のベッドがひっくり返されている。千鳥はアイフォンのスリープを解除し、監視カメラが五分前にとらえた画像と照らし合わせる。画像は不鮮明だが同一人物だろう。

 千鳥は耳掛け式のヘッドセットで通話する。

「きらら先輩」

「名前で呼ばないで。部長と呼んで」

「きらら部長」

「……なによ」

「ターゲットを視認。行動から判断するに、敵対勢力の様です。どうしますか」

「難しいわね。正体がまるでわからない」

「敵のスパイだとあたしは確信してます。いま踏みこめば余裕で殺れます」

「あなたを信じるわ」

 千鳥はレザージャケットの下のホルスターからグロック19を抜く。左手でドアノブをまわし、ブーツの音を立てて勢いよく入室する。

「うごくな!」千鳥が叫ぶ。「ナデシコ女学院諜報部だ!」

 敵が不穏な反応をしたら発砲できるよう、背中に照準をあわせる。だが第二歩を踏み出したとき、足許にピンと張られた掃除機の電源コードに引っかかり転倒した。グロックが床で跳ねる。

 おかっぱ頭は持っていた引き出しを落とす。中の書類が部屋中に散らばる。罠にかかった千鳥に目もくれず、窓枠に手をかけて屋外へ飛び出した。

 はげしく顔を打った千鳥は膝立ちになり、手の甲で顔をぬぐう。赤く濡れている。

「チクショウ」

「どうしたの」きららが尋ねる。「大丈夫? ケガはない?」

「鼻血出てる。めっちゃ痛い」

「ターゲットは? 現状を報告して」

「窓から逃げられた。でも絶対つかまえる」

 千鳥はグロックを拾い、サッカーで鍛えた脚力で軽々と窓枠を飛び越した。




 そんなバカな。あたしは「韋駄天チドリ」だぞ。

 全速力で走っても、おかっぱ頭との距離がちぢまらない。年代別の代表チームにえらばれた経験もあるサッカー選手なのに。

 あいつは一体何者だ。

 おかっぱ頭は濃紺のスカートをひるがえして教室棟の角を曲がり、校舎裏へ姿を消す。出血で鼻が詰まり息を切らせた千鳥は、速度をゆるめる。待ち伏せを警戒し、ふたたびグロックを構えた。

 スピーカーから校内放送が流れる。

「一年ゆり組の平手ミキさん。職員棟二階の進路指導室まで来てください」

 のんきな教員たちは通常営業のまま。侵入者への対処は、諜報部所属の学生にまかせている。

 四階建ての教室棟の二階の窓から身を乗り出し、女生徒数名が手を振って声援をおくる。

「千鳥センパイ、がんばれぇ!」

 凛々しい顔立ちでスラリとした体躯の千鳥は、学院で断トツの人気がある。同性からアイドル視されるのを本人が喜んでるかはともかく。

 千鳥は木の壁に身を寄せ、顔とグロックの銃口だけ出して校舎裏を覗く。ダサいエンブレムがついた制服の警備員と、おかっぱ頭が口論している。警備員は侵入があったのを知らされてないが、ドタバタ走り回る生徒を怪しんで誰何したのだろう。明日から国宝が学院に寄託される予定で、もとより厳重な警備がさらに増員されている。

 警備員がおかっぱ頭の肩をつかむ。おかっぱ頭はその手を引き剥がし、手首を極め、肥満体を投げ飛ばす。仰向けになった警備員に馬乗りになり、体重を乗せて肘を顎に叩きこむ。警備員は声もなく気絶した。おかっぱ頭は立ち上がり、また駆け出す。

 やりすぎだ。諜報部の活動の範疇を超えている。

「いい加減にしろ!」千鳥は叫ぶ。「両手を上げてそこに膝をつけ!」

 振り返らず、おかっぱ頭は金網のフェンスへ殺到する。右手をかけた瞬間、アッと悲鳴を漏らして草叢に崩れ落ちた。ナデシコ女学院のフェンスには百万ボルトの高圧電流が流れている。

「調べが足りないな」千鳥が続ける。「勝負ありだ。ギブアップしろ」

 おかっぱ頭は痙攣しながら、かろうじて動かせる左手をブレザーの懐に差しこむ。銃での反撃が予想される。千鳥は覚悟を決め、グロックを二発連射した。おかっぱ頭のブラウスが赤く染まる。

 ただし外傷はない。発射したのはペイント弾だ。

 千鳥がいま参加している「スパイゲーム」は、文部科学省が普及につとめる新種のスポーツ。頭脳明晰で勇敢な、幅広い分野で役立つ人材を育てるのが表向きの狙いだが、特に優秀な者はスパイとして正式採用されるとゆう噂がある。職業の特性上、噂の真偽を確かめようがないけれど。

 千鳥はおかっぱ頭のブレザーをたくし上げ、FNファイブセブンを奪う。五・七ミリの新型弾薬をもちいる高価な銃だ。さらに左の袖をめくり、手首に描かれたQRコードを露出させる。レーザーでプリントされたもので、スパイゲーム参加者の義務のひとつだ。おかっぱ頭は下着をつけておらず、第二ボタンまで開けたブラウスから胸の谷間が見え、濃厚な香水の匂いがたちのぼる。

 千鳥はアイフォンにインストールしてある専用アプリで、手首のQRコードを読み取る。画面に表示された名前は「チャオ・アルテミシア」。通学先はセレブリテ学園で、学年は千鳥とおなじ二年。登録された顔写真とも一致する。事務局のデータベースへのハッキングなどで、偽の経歴を仕込むのも不可能と言い切れないが、銃の選択が成金学校らしいし、千鳥は事実だと直感した。

 千鳥が尋ねる。「ひょっとして中国人?」

「アメリカ人だ」アルテミシアが答える。「サンフランシスコの高校から留学している」

「そう言えば、有名なハリウッド女優も来てるんだってね。ミーハーな子たちが噂してる」

「いづれ彼女と今日のお礼をさせてもらう」

「サインをもらおうかな。迎え撃ったあとで」

 アルテミシアは皮肉を黙殺し、目尻の吊り上がった目で千鳥の背後を凝視している。足音を聞き取った千鳥は、背面攻撃をうけたと思い戦慄した。




 振り向くと同時に、千鳥は足音の主に対しグロックを構える。闖入者はいきなり銃口を向けられ、あくびをしたまま硬直する。

 異様な風体だ。

 髪をツインテールにむすび、ごてごてとフリルがついた黒のブラウスを着ている。スカートは指定のものだが、パニエでふくらませてある。いわゆるゴシックロリータのスタイル。青白い顔の左目を眼帯で隠している。右目には紫のカラーコンタクト。自由な校風とは言え、あまりに突飛なファッションだ。

 彼女は高等部一年の平手ミキ。「中二病のコ」と陰で呼ばれる、千鳥とちがい悪い意味での有名人だ。校内放送で呼び出されたのに、まだ校舎裏をうろついてるあたり、問題児の評判を裏切らない。

「君は一年の平手さんだね」千鳥が言う。「こんなところで何してる」

「ははっ」ミキが笑う。「不審者はどっちですか。警備員のおじさんが倒れてるし、そこの人は血まみれだし、先輩なんてグロック持って鼻血出してるし」

「これは部活動だ」

「ああ、あれね。学校公認のサバゲ」

「スパイゲームはサバゲじゃない」

 生意気な口調にいらついた千鳥はトゲのある声で言い返すが、ミキはすでに会話に関心を失ったらしく、通りすぎてフェンスへちかづく。

「おい」千鳥が叫ぶ。「知らないのか。フェンスには高圧電流がながれてる」

「毎日の通学路ですけど。ボクんちは裏の蕎麦屋なんで」

 ミキが地面の敷物を引くと、フェンスの下に約一メートルの深さの穴があらわれる。草をくくりつけたカモフラージュネットで隠されていた。

 やりとりを見守っていたアルテミシアがよろけながら立ち上がる。潜ろうとするミキに体当たりし、自分が先に小さな穴を掻いくぐった。

 ミキは、走り去るアルテミシアに「ふざけんな死ね」と呪詛を投げつけたあと、四つん這いで穴を通り抜ける。慎重に、かつ手際よくネットを元にもどす。ゴスロリ服についた土埃を払う。

 千鳥はわざとらしく両手を上げて首を振り、金網ごしにミキへ言う。

「さっき校内放送で呼ばれてたぞ。進路指導室に来いって」

「どうでもいいです。いまさらボクに関係ない」

 ミキは鼻で笑うが、眼帯に覆われてない紫の瞳が虚ろになったのを、千鳥は見逃さなかった。




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『アイドル戦争』 第2章「声優ユニットと会談」


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 ソファに横たわるコテツは、断続的な物音に目を覚ます。父と妹が住む中野ブロードウェイ十階の2LDKのマンションに、昨晩は泊まった。日帰りで山梨へ帰る予定だったため、予備の布団がない。遅くまでアズサと話しこんで寝不足の目に、朝の太陽がまぶしい。

 ケモノの臭いがリビングに充満する。キッチンへ行くと、アズサが寸胴鍋をかき混ぜている。

 アズサが言う。「あ、おはよう」

「おはよう。なにつくってるんだ」

「お兄ちゃんの大好物のとんこつラーメンだよ。本当はきのう食べさせたかったけど」

「朝からラーメン……」

「この匂いで食欲湧いてきたでしょ」

「ひょっとしてお前、寝てないんじゃないか」

「好きな人のためなら、アズはいくらでも頑張れるの」

 十分ほどして、湯気の立つ丼がふたつ食卓にならぶ。ネギとチャーシューとメンマがトッピングされ、辛子高菜の小皿が添えられる。本格的だ。

 箸とレンゲを手にとり、コテツが言う。

「お前、料理なんて出来たっけ」

「独学。お母さんはあまり料理してなかったし。細麺はすぐ伸びちゃうから、めしあがれ」

「いただきます……うわ、なんだこれ」

「口に合わない?」

「うまくてビックリした。マジでお前が作ったのか」

「よかったあ。替玉がほしかったら言ってね」

 薄味のスープは早朝でも胃もたれせず、コテツは夢中になって替玉を三つおかわりする。

「小さいときからお前は器用だよな」

「愛だよ、愛。歌とダンスも、見てる人に愛をつたえるために頑張るの」

「学校の成績は?」

「それは内緒」

 コテツとアズサは笑い合う。両親の離婚で離れ離れになったが、兄妹仲は揺るがない。

「きのうの夜の約束を覚えてるか」

「うん。もう危ないことはしない。雷帝さんをやっつけたから大丈夫って、お父さんも言ってた」

「俺からも釘を刺しておく。娘を銃で戦わせるなんて冗談じゃねえよ」

「あまりお父さんを悪く言わないでね」

「わかってる。ケンカをしないのが俺の約束だ」

「離婚は悲しいことだけど、私たちが家族である事実は変わらない。それより大切なものなんて、この世に存在しないの」

 アズサが十一歳のとき両親は離婚した。無邪気な笑顔の陰に、トラウマが隠れてるのだろう。父との軋轢を妹に見せるのは、傷口をえぐるにひとしい。

「オーディションはどうなった」

「再来週の日曜に延期」

「俺は行けないけど、がんばれよ。東京予選は突破できそうか?」

「楽勝。ほら、断トツでアズが可愛いでしょ」

 アズサはアイフォンで、オーディション東京予選のエントリーリストを見せる。応募資格は十三歳から二十歳までの未婚女性で、プロ・アマ問わない。予備審査でえらばれた十人のうち七人が、すでにプロとして活躍している。みな名の知れたアイドルや女優やモデルたちだ。贔屓目に見ても、アズサがほかの九人にぬきんでてるとは思えない。

「お前のポジティブさはすごいよ」

「ありがと」

「別に褒めてねえよ」

「アズの人生はイージーモードだから。願ったことはすべて予定通りにかなってきたし」

「まあな。いまのところは」

「これからもそう。十四歳でジ・アイドルに選ばれて、十五歳で紅白に出る。ミリオンヒットを飛ばしまくって、二十歳からは女優活動にも力をいれる。人気が落ち着いた二十五歳ごろにお兄ちゃんと結婚。三十歳になったらちょっとエッチな映画に出て、それがブームになって人気が復活するの」

「さらっと変なこと言わなかったか」

「アズは最近おっぱいが大きくなったの。お兄ちゃんにはまだ見せてないけど。絶対需要あるよ」

「いや、そっちじゃなく」

「どっち?」

 アズサは首をかしげ、コテツをじっと見つめる。触れない方がいい話題の様だ。

「俺は今日こっちでの用事をすませて、明日帰る。もう一泊させてくれ」

「いいけど、用事ってなに」

「作詞関係で人に会うんだ」

「プリンスレコードさんに行くんでしょ」

 コテツの表情がこわばる。

「知ってたのか」

「アズも一応ギョーカイ人だからね。噂は聞いたよ。メダイヨンさんのシングル曲のコンペ通ったって」

 コテツは昨年から作家事務所に登録し、細々と作詞家として活動している。「メダイヨン」は女性声優ふたりのユニットで、その新曲の歌詞にコテツの作品がつかわれると内定した。コテツにとって初めての大きな仕事だ。

「お前には関係ない」

「なにその言い方」

「オーディションに集中しろ」

「関係あるに決まってんでしょ。よりによってライバルのレコード会社からリリースするとか、お父さんへの裏切りじゃない」

「俺は俺だ。親には頼らない」

「お兄ちゃんは逃げてるだけだよ。日本一の作詞家であるお父さんから」

 アズサは額に飾られたサイン入りのポスターを指差す。国民的演歌歌手だった美好スバルの『月の光のように』は、父ヨシトミの作詞家としての代表作として広く愛されている。

「あれが日本一の作詞家とか、笑わせるな。俗っぽい、ウケ狙いの詞ばかりだ。ただの商売人だ」

「歌詞をお父さんに見てもらいなよ」

「何度も見せてる。粗探ししてボロクソに言われるだけで、まったく無意味だ」

「プロの貴重なアドバイスじゃん」

「文字数を合わせろとか、情報量を増やせとか、くだらない指摘しかされない。俺はもっと本質的なものを表現して、人を感動させたい」

「アズはお父さんの歌詞好きだよ。歌ってて楽しい。お兄ちゃんのは硬い言葉が多くて歌いづらいよね」

「お前みたいなバカになにがわかる!」

 プライドを逆撫でされてコテツは激昂するが、アズサはやさしい微笑を絶やさない。

「そうだよ、アズはバカだよ。でも歌って、アズみたいな普通の子に届けるものでしょ。国語の先生に向けて歌ってもしょうがないじゃない」

 コテツは不覚にも涙ぐむ。アズサの意見はただしい。それなのに感情的になって暴言を吐いた自分が情けない。ちっぽけすぎる。

 アズサは席をうつってコテツに寄り添い、背中をさすりながら言う。

「アズはお兄ちゃんの曲を歌うCDを、ウチの会社から出すのが夢なの。協力してくれるよね」

「俺だって、いつかお前に歌ってほしい」

「なら今日の面会はキャンセルだね。いますぐ電話して」

「それは……」

「キャンセルしないなら絶縁する。家族を大切にしないお兄ちゃんなんて、お兄ちゃんじゃない」

 またアズサの瞳孔が黒々とひらいている。こうなると梃子でも動かない。

 コテツは空の丼に視線を落とす。

 人気声優ユニットのシングル曲のコンペに通ったのは、思いがけない幸運だった。もし二度めがあるとしても、何年後になることやら。

「アズ、わかってくれ。これはチャンスなんだ」

「ふーん、あっそ」

 アズサは椅子を弾き飛ばして立ち上がり、コテツを見下ろす。自称超絶美少女は、悪鬼の形相を呈している。アイフォンと財布だけもって玄関へ向かい、振り返ってつづけて言う。

「アズはしばらく帰らないから、戸締まりとかちゃんとしといてね」

「たのむ、話を聞いてくれ」

「お兄ちゃんが考えを改めるまで、一切口きかない。電話にも出ない。さよなら」

 扉が大音響を轟かせる。

 コテツは頭を抱え、木張りの床にへたりこんだ。




 五秒ごとに嘆息しながら、コテツは中野通りをあるく。総動員された建設業者が、龍鬼や重火器による破壊の痕跡を修復している。コンクリートの壁に覆われた、幸運にも無傷だった十二階建てのビルが目にはいる。業界第二位の大手レコード会社である、プリンスレコードの本社ビルだ。

 紺の制服の腹が突き出た中年の警官が歩道で、自転車のそばに立つ長髪の女を叱責している。違法駐輪を咎めてるらしい。女は平謝りしながら財布をとりだす。相場は一万円。コテツは脇を素通りする。めづらしい光景ではない。アイドル戦争勃発後、公務員の横暴はつよまるばかりだ。

 自動ドアを抜けたコテツを、紫のスカーフを首に巻いた受付嬢が笑顔で迎える。

 コテツが言う。「作詞家の尼子コテツです。制作部の榊原さんと、一時から打ち合わせの約束をしてるんですが」

「はい、お待ちしておりました。ただいま榊原をお呼びいたしますね」

 十六歳の自分が作詞家と堂々名乗ったことが、めったに目にしないほどの美人に自然に受け止められ、虚栄心がくすぐられる。

 コテツは両手で頬をたたく。

 気合を入れろ。別に妹が人生のすべてじゃない。仕事を手にいれなければ、なにもはじまらない。実績をのこせば、さまざまな可能性がひろがる。この世は競争だ。競争を勝ち抜いて、時代を変えるんだ。

 俺ならできる。

 受付嬢がソファへ手を差し伸ばして言う。

「よろしければ、あちらへお掛けになってお待ちください」

「大丈夫です」

「失礼ですが、尼子さんはおいくつですか?」

「十六です。高二の」

「高校生なんですか! 落ち着いて見えるから、てっきり二十歳くらいかと」

「はあ」

「いろんなお客様がお見えになるけど、高校生の作家さんは初めてです。私、尊敬します」

「いえ、ド新人なんで。ところで来るの遅いですね」

「申し訳ございません。もう一度呼んでみます」

 内線通話する受付嬢の表情が曇る。警戒する様にコテツをながめ、手で口許を隠して小声で会話する。

 受話器を置いて、受付嬢が言う。

「大変申し訳ございません! 榊原は急用で外出しておりまして、打ち合わせを後日に延期させてもらえないかと言うことなんですが」

「困ります。山梨からそう何度も来れません」

「くわしくはこちらから御連絡いたしますので、今日のところは……」

「簡単な打ち合わせって聞いてるし、部署のほかの方でもいいですよ」

「あいにく手の空いてる者がおりませんので……」

「平日の昼間に? それはおかしいでしょ」

 受付嬢が眉をひそめる。「空気を読め、このガキ」と顔に書いてある。

 コテツは事情を悟る。

 圧力をかけやがった。あのクソ親父が。

 歌詞を見せたら全否定して突っ返すくせに、よそで仕事しようとすると政治力を駆使して妨碍。支配欲の塊みたいな男だ。

 コテツは握り拳を固める。受付嬢に罪はないが、怒りがおさまらない。

 背後から右肩をつかまれる。振り返ると、太鼓腹の警官が冷笑をうかべている。呼ばれてもないのに、一般企業のエントランスに入りこんだ理由はわからない。

 警官はカウンターに近寄り、受付嬢にたずねる。

「なにかトラブルですか」

「いえ」受付嬢が答える。「こちらのお客様がちょっと……」

「キミ、お姉さんが困ってるじゃないか。用がないなら家に帰りなさい」

 コテツがつぶやく。「ほっとけ」

「警官にその様な口をきくものではない」

「ほっとけつってんだよ。クソッタレが」

「見ためはおとなしそうだが、とんだ不良少年だ。なにか要望があるなら言いなさい」

「俺は門前払いに抗議してるだけだ」

「大人には大人の事情がある。キミみたいな子供が騒いでたら仕事の邪魔だ」

「ポリの出る幕じゃない。うせろ」

 警官はコテツに一歩詰め寄る。手が届くか届かないかの距離だ。

「その言葉遣い、いい加減にするんだ」

「なんの法律にもとづいてお前は口を出してる?」

「警察には街の秩序を守る義務が……」

「法律名を言え」

「あ、あきらかな侮辱罪だ!」

「寝言ぬかしてんじゃねえよ、汚職警官が」

 腰のホルスターから、警官がラバーグリップのM37を抜く。手の甲一面に毛が生えている。受付嬢がキャッと短く叫ぶ。警官は後ずさりながら、照準をコテツの胸に合わせる。

 警官が射撃姿勢をとるとコテツは予想しなかった。いちいち挑発にキレてたら、この稼業はつとまらない。おそらく太鼓腹の警官はイレギュラーな状況にある。昔飼っていた犬をよその家へ連れてったら、妙に昂奮して部屋で小便したのを思い出す。

 つまり、こいつはクソ親父に買収されてる。

 コテツがどの会社から作品をリリースしようが、するまいが、父の仕事への影響などない。息子に対し行使可能な権力を、意味もなく弄んでるだけだ。警官のむくんだ顔に、サングラスをかけたヨシトミの陰険な表情がダブって見える。

 手ぶらで山梨には帰れない。でも無力な自分にはなにもできない。

 ただナメられっぱなしは、我慢できない。

 唾を飛ばしながらコテツは叫ぶ。

「撃てよ!」

「そこへ這いつくばれ!」

「どうしたポリ公、そいつはオモチャか!?」

 警官はM37を黒塗りの天井へむけ、トリガーをひく。

 バーン!

 コテツの背後からガタンと物音が響く。受付嬢が気絶したのだろう。撃った警官が一番動揺し、膝を震わせてよろめく。コテツは発砲されたことより、トリガーに指をかけっぱなしの銃が暴発しないかが気になる。

 自分でも不思議なほどコテツは冷めている。物静かで温厚な性格で、殴り合いのケンカなど一度も経験ないが、昨日の雷帝との戦いといい今日といい、実力行使の場面で慌てないタチらしい。

 自動ドアが開いた。

 黒のレザージャケットに両手を突っこんだ痩身の女が、ビルの中へ入ってくる。ヒールの高いブーツを履いており、百七十四センチのコテツと背丈がかわらない。髪は金色のショートカット。

 女が言う。「盛大なパーティだね」

 初対面だが、コテツは女の顔を知っていた。声優の里見マヤだ。年齢はたしか十七歳。コテツが歌詞を提供する予定だったユニット「メダイヨン」の一員でもある。

 マヤの後ろから怯えた様子で、外で違法駐輪を咎められていた長髪の女がつきしたがう。二人組が並んだおかげでコテツは思い出す。長髪の女はユニットの片割れである島フブキだ。

 火薬臭が鼻をつくエントランスを見回したあと、マヤが言う。

「あたしらも一緒に遊びたいけど、アポがあんのよ。そこ、どいてくれる?」

「ちょうどよかった」コテツが答える。「そのアポの相手が俺ですよ」




 メダイヨンのふたりとコテツは、駅前へむかって中野通りを歩く。マヤは滑空する様な早足で、男のコテツでさえついてくのに苦労する。

 マヤの後ろから、コテツが声をかける。

「ふたりが理解のある人でよかった」

「フブキが話を聞いてやれって言うから」

「たとえ五分だけでも嬉しいですよ」

「変な期待はやめて。あんたの味方はしない。九鬼さんみたいな大物に睨まれたくないし」

 三人は弾痕が生々しい高架下を抜け、南口のビルの二階にあるガストへ入る。マヤは店員の案内を待たずに奥のテーブルをえらび、壁を背にして座る。客の数人がマヤに注目する。まだ新人声優で一般的な知名度はひくいが、金髪や服装が目立つのだろう。

 コテツが言う。「マヤさんはせっかちですね」

「別に。サウッサイは物騒だから、用心できる席にしてるだけ」

「サウッサイ?」

「南側って意味」

「じゃあ南側って言えばいいじゃないですか」

「うっさいなあ。あと勝手に下の名前で呼ばないで」

「マズかったですか」

「別にいいけど、断るべきでしょ」

「すみません」

「飲み物とってくる。コーヒーでいい?」

「はい」

 テーブルにのこされたコテツとフブキが向かいあう。二十歳のフブキは色白で目が大きく、端正な顔立ち。白のブラウスに、銀のネックレスをかけている。ぱっと見は地味だが、間近でながめるとマヤ以上の美形だ。

「ごめんなさい」フブキが言う。「マヤちゃんはちょっと個性的なの。でもとっても良い子よ」

「なんとなくわかります」

「会話にしょっちゅう横文字が出るけど、からかわないであげてね。すぐ怒るから」

「了解です」

 コテツとフブキが笑うところに、トレーにマグカップを三つ乗せたマヤが戻って言う。

「あたしをディスってたんだろ」

 コテツが答える。「フブキさんが褒めてましたよ。良い子だって」

「どうでもいい。で、話ってなに」

「さっき言ったとおりです。おふたりのシングル曲に歌詞を提供したいんです。てゆうか、提供するはずだった」

 コテツはクリアファイルに入れていた紙をふたりに見せる。

 興味なさげに目をとおしてマヤが言う。

「仮歌は聞いてるし、いい歌詞だとおもう。でもこの詞じゃなきゃダメってほどじゃない」

「僕にとってはチャンスなんです」

「そりゃそうでしょ。ところであんた、ウチらの曲知ってんの?」

「知ってますよ。『タイニー・パピー・タイニー』って曲がありますよね」

「えーと」

「キャラソンCDに入ってるやつ」

「ははっ、覚えてるわけない。ほんの片手間にやった、くっだらない仕事」

「あれ僕が詞を書いたんですけど」

「えっ」

 マヤは赤面し、ふてくされてそっぽを向く。

 フブキがコテツの方に身を乗り出し、手入れのゆきとどいた手をコテツの手に重ねて言う。

「本当にごめんなさいね。マヤちゃんに悪気は全然ないの」

「わかってますよ」

「良い子なのに、口が悪いから誤解されるのよねえ」

「わがままな妹がいるから慣れてます」

「九鬼アズサちゃん。とっても可愛い子」

「御存じでしたか」

「知り合いとゆうか、ライバルね。オーディションの。私は予備審査で落ちちゃったけど」

 攻撃材料をみつけ、息を吹き返したマヤが向き直って言う。

「九鬼アズサは親の七光りだろ」

「もう、マヤちゃん! コテツくんは実のお兄ちゃんなんだよ!」

「八百長だってみんな言ってるよ。オーディションの主催者の娘が勝つに決まってんじゃん」

「アズサちゃんはすごいって、こないだ言ってたくせに」

「まあね。よくレッスンが一緒になるからね。たしかにあれはジーニアスだわ。七光りだけど」

 マヤは音楽ユニットの一員としてプリンスレコードと契約しているが、クキ・エンターテインメント所属の声優でもある。アズサと接する機会は多い。

「しょせん」マヤが続ける。「出来レースなんだから、さっさと負けてよかったよ」

「でも東京予選の十人には残りたかったな」

「なんでアイドルなんかになりたいかねえ。声優の方がクールじゃん。いまんとこキャリアも順調だし」

「順調じゃないよ。来年は消えてるかも」

「オーバーだな」

「マヤちゃんはまだ若いから」

「三つしか違わないだろ!」

「二十歳になればわかるよ。若くて可愛くて、お芝居も歌も上手な子が、下からどんどん出てくるの。あっと言う間に追い越されるの」

「そんなもんかね。まあいいや。昼間っからこんなとこで人生語るのもあれだし」

 仕事の話に夢中になっていた若手声優ふたりは、影の薄い同席者の存在を思い出す。

 居住まいを正してフブキが言う。

「コテツくん。東京予選の出場者枠に空きが一つできたの知ってる?」

「いえ」

「きのうの事件のせいで棄権したんだと思う。笑っちゃうけど、巨大生物が出たってネットで噂だよね」

「そうですね」

「あのね、交換条件じゃないけど、お父さんに聞いてもらえないかな。私がエントリーできないか」

「僕は父とは……」

「なんでもしてあげる。新曲のコンペもそうだし、私にできることはなんでも。なんでも言って」

 フブキはコテツと粘っこく視線をからめる。声が上擦り、唇は濡れている。左手を半袖のブラウスの胸のふくらみにあてる。コテツは唾液を飲みこむ。権限をもつ者の家族とゆうだけで、目の覚める様な美女がこれほど媚態をしめすとは。

 冴えない男子高校生への、思わせぶりな相棒の態度にいらだち、マヤが急に立ち上がって言う。

「フブキ、打ち合わせの時間」

「マヤちゃん」

「いいから支度して」

 コテツは鼻を鳴らす。コンペに通らなかったのは残念だが、アーティスト本人に直訴するなど、やれるだけのことはやった。今回はあきらめよう。書類をはさんだクリアファイルを、モスグリーン色のコールマンのリュックサックへいれる。

 グレーのカラーコンタクトをつけた目で、マヤがリュックの中身を抜け目なく観察して言う。

「ちょっと待って」

「え?」

「それ出して見せて。その黒い機械」

 ベクターガンに搭載する液晶ディスプレイつきのコンピュータが、リュックサックに入っている。ベクターガンをつねに持ち歩くようアズサに言われたが、さすがにアサルトライフルは穏やかでないので、コテツは上部のコンピュータだけ分解した。

 腕組みしたマヤがせっつく。

「はやく出して」

「悪いけど見せられない」

「ベクターガンのシーケンサーでしょ」

「なぜ知ってる」

「聞きたいのはこっち……まさか、あんたが龍鬼を?」

 コテツは肯定も否定もしない。

 マヤは立ったままボールペンでLINEのIDをナプキンに走り書きし、コテツに手渡す。いつも無表情なコテツが目を細める。里見マヤから連絡先を教わったと山梨の同級生に言っても、信じてもらえないだろう。今期だけで主演三本の人気声優なのだ。

「ねえ」マヤが言う。「キモいんだけど。なにニヤニヤしてんのよ。そんなに嬉しかった?」

「フブキさんの方がよかったな。清楚な美人だし」

「おい、その紙返せ!」




テーマ : 小説
ジャンル : 小説・文学

『アイドル戦争』 第1章「謎めいた妹」


登場人物・あらすじ(準備中)


全篇を縦書きで読む(準備中)







 サブカルの街は文明以前にもどっていた。

 中野駅北口の広場で、百人をこえる群衆が喚声をあげ、はげしく揉み合う。女が男を、子供が大人を踏みにじる。バス乗降所へつながる階段から、ベビーカーが転がり落ちる。

 アディダスの灰色のパーカーを着た十六歳の尼子コテツは、改札機の内側で呆然とする。

 アイドルのオーディションを受ける妹から応援を頼まれ、はるばる山梨からやって来たが、半年ぶりの東京は予想以上に騒々しい。

 待ち合わせをしてるので仕方なく改札機を抜けると、機械で増幅された音声が頭上から響く。

「お兄ちゃん、どこっ!?」

 見上げると広場にかかる屋根の上で、二歳下の妹である九鬼アズサが、メガホン片手に仁王立ちしている。棒切れみたく足が細い。短いスカートの中に、フリルつきの黒いパンツが目に映る。人に見せてかまわない、いわゆる見せパンであってくれとコテツは祈る。

 アズサは真下を指差し、メガホンで叫ぶ。

「いたっ!」

「うるさいよ。メガホン使うな」

 四メートルの高さを飛び降りたアズサが、コテツに抱きつく。ボーダーTシャツの胸のふくらみが押しつけられる。昔から身軽で、やたら人懐っこい。

「ひさしぶり!」アズサが言う。「何年ぶりだろ」

「大袈裟だな、一年も経ってない」

「わざわざ山梨から来てくれるなんてねえ。妹思いの優しいお兄ちゃんだよ」

「来なかったら一生恨むとお前が言うから」

「うんうん。アズって愛されてるなあ」

 三年前に両親が離婚して以来、兄妹は名字も住まいも別になっていた。連絡は取り合ってるが、さびしい思いはある。

 アズサが尋ねる。「お母さんは元気?」

「世間話してる状況じゃないだろう。なにが起きてるんだ」

「緊急時はツイッターが便利だよ。『中野』『帝国軍』で検索してみて」

「帝国軍?」

「ほら来た」

 アズサの右の人差し指がしめす方向に、デジタルフローラ迷彩の戦闘服を着た兵士数十名があらわれる。黒く無骨なアサルトライフルのAK74Mをかまえ、中野通りから駅前広場にちかづく。5・45ミリ弾を連射し、老若男女をなぎ倒す。

 コテツは反射的にアズサの手を引き、柱の陰に隠れる。コテツにしがみついたアズサは、目を潤ませながら首筋にキスの雨をふらせる。

「夢だったの!」アズサが叫ぶ。「男の人に身を挺して守ってもらうのが。物語のヒロインみたい!」

「いったいお前はなにを言ってるんだ」

「お兄ちゃん大好き! 世界一愛してる!」

「はなれろ、暑苦しい」

「あいかわらずツンデレだなあ。でもわかってるよ。お兄ちゃんもアズを世界一愛してるって」

「銃が怖くないのか」

「なんで?」

「人が大勢死んでるだろ!」

「怖くないよ。この世にアズを嫌いな人がいるわけないもん。だからアズは撃たれたりしない」

 アズサは間近からコテツを見つめる。キラキラまぶしい瞳を直視すると、実の妹なのに胸が騒ぐ。アズサの性格はキテレツだが、変人だからこそアイドルを目指せるのかもしれない。

 AKのグレネードランチャーから放たれた弾薬が、三井住友信託銀行の外壁で炸裂する。窓ガラスの破片が広場にふりそそぐ。コテツはアズサに覆いかぶさる。昂奮したアズサが唇にキスをしてくる。

 アズサを突き放し、コテツが言う。

「いい加減にしろ。避難するぞ!」

「避難って、どこに」

「公園とか……」

「中野一帯は帝国軍に制圧されたよ。素直に救援を待とうよ」

「敵はどこから来たんだ。九州が占領されたのは聞いてるが」

「さあ。オーディションを阻止しようと必死みたいね」

「わざわざそのために、やつらは戦争を?」

「しょうがないじゃん。これは『アイドル戦争』なんだから」

 隣国同士である日本国と大アジア帝国は、昨年から戦争状態となっている。きっかけは、日本の国民的スターである「ジ・アイドル」が搭乗する旅客機が、日本海上空で爆発し墜落したこと。日本政府はそれを大アジア帝国によるテロ行為とみなし、報復として敵国の首都である大都を空爆した。つづいて対馬海峡で武力衝突がおこる。戦況は日本がやや劣勢だが、今年に入ってから膠着状態がつづいており、すでに国民の多くは戦争に関心を失っていた。

 一方、アズサがエントリーした第二代ジ・アイドルを決めるオーディションは、日本中の注目をあつめている。帝国が芸能人ひとりに病的に執着してるとは、だれも想像しなかった。

 高架鉄道の向こうから、ヘリコプターのプロペラ音がとどく。

 陸上自衛隊の攻撃ヘリAH-64D二機が飛来し、三十ミリチェーンガンを掃射。帝国兵の四肢がちぎれ飛び、切符売り場が真っ赤に染まる。

「やるなあ」アズサがつぶやく。「ロングボウを投入してきたか」

「感心してる場合かよ」

「いかに航空支援が大事かわかるね」

「この隙に逃げるぞ」

「うーん、まだ早いかも」

 背が低く肥った男が、歩道橋に身を隠しつつ、肩にかついだ細長い筒の狙いをつけるのを、コテツは発見する。髭をはやした顔に見覚えがある。

「あいつ」コテツがつぶやく。「どこかで見たことあるな」

「お兄ちゃんって視力だけはいいよね」

「だけとはなんだ」

「あれは多分、雷帝さんだよ。大アジア帝国五代皇帝の」

「まさか」

「皇帝みづから軍を組織し、訓練を施し、最前線に立って指揮するのが、帝国の強さの秘訣だってさ」

 イグラから対空ミサイルが発射される。

 バシューッ、ズドーン!

 ミサイルがロングボウのテイルブームに命中。ロングボウはスピンしながら高架鉄道へ墜落する。爆炎が上がり、兄妹の顔をあかるく照らす。ミサイルを恐れ、残る一機が飛び去る。

 雷帝は約二十名の残兵を呼びあつめ、アーケードのサンモールへ移動する。駅前広場には折り重なる無言の屍体と、うめき声をあげる負傷者がのこった。

 アズサは立ち上がり、水色のフレアスカートの埃をはらう。帝国軍を追跡するかの様に、迷いなくサンモールへ歩きだす。

 コテツは強引にアズサの手をひっぱって言う。

「どこへ行くつもりだ」

「事務所だよ。お父さんが心配だし」

 アズサはデビュー前だが「クキ・エンターテインメント」とゆう事務所に所属している。兄妹の実父である九鬼ヨシトミがCEOをつとめる企業だ。

「ここからなら四季の森公園がちかい」

「行ってらっしゃい。アズも後で行くね」

「ふざけるな! この有り様を見ろ!」

 コテツは敵味方いりまじった死傷者の群れを指差す。非日常的な暴力を目の当たりにして、十四歳の娘が平然としているのは不可解だ。

「見てるけど」

「なぜお前はそんなに冷静なんだ」

「アズがアイドルを目指してるのは知ってるよね」

「ああ」

「つねに笑顔でいるのがアイドルの使命なの。そうやってみんなを幸せにするの。悲しいことが目に入ったら、見て見ぬふりをするの」

「アズ……」

「お兄ちゃんはアズを応援してくれればいい。アズはもうじき世界を手に入れる。アズはお兄ちゃんのものだから、世界はお兄ちゃんのものになるよ」

 アズサはコテツの手を振りほどき、大股でアーケードに入ってゆく。コテツは髪を掻きむしりつつ、妹を追いかけるしかなかった。




 サンモールは歩道も店舗も人影がない。コテツとアズサは、携帯ショップやドラッグストアの前を足早に横切る。

 細身のイタリア風スーツを着た男が、前方から声をかける。

「アズサ、無事だったか」

「ノブくん!」

 アズサは勢いよく駆け出し、スーツの男に飛びつく。コテツは口をへの字にする。妹の過剰な愛情表現がほかの人間、特に男に示されるとおもしろくない。頼れる味方ではありそうだが。

 男は左眉から左目の下にかけて、古い傷跡がある。アズサが送ってくる写真によく出てくる、マネージャーの佐竹ノブユキだ。ギターケースの様なナイロン製のバッグを背負っている。

 佐竹はコテツを一瞥しただけで、挨拶しない。アズサの兄であることは、写真で知ってるのだろう。

「オーディションは中止だ」佐竹が言う。「車を用意したからついてこい」

 コテツは安堵のため息をもらす。ほしかったのは「足」だった。

 アズサの瞳孔がひらき、ただでさえ黒目がちの瞳がいっそう濃くなる。怒っている。

「ベクターガンを貸して」

「ダメだ。社長は持って行けと言ったが、これはまだ実用段階じゃない」

「アズが雷帝さんをやっつけて、オーディションを再開させる」

「ムチャ言うな」

 アズサは佐竹の背後に回り、バッグのファスナーに手をかける。佐竹はアズサの右手をつかんで止めようとするが、ひらりと躱されてバランスを崩し、大理石で舗装された歩道に転ぶ。

 奪ったバッグから、アズサはずんぐりしたブルパップ式の黒いアサルトライフルをとりだす。FNハースタル社のF2000だが、上部のスコープのかわりに、液晶ディスプレイつきのコンピュータを搭載している。

 アズサが電源をいれた途端、けたましいビープ音が鳴り響く。おどろいて銃を落としかける。F2000はこまかく振動しはじめ、アズサは不安げな眼差しをコテツと佐竹に投げる。

 佐竹が奪い返した直後、F2000が爆発する。

 ドーン!

 衝撃波で三人が吹き飛ぶ。回転寿司屋の窓ガラスが割れ、寿司の皿が歩道に散らばる。ライフル弾の暴発にしては威力が大きすぎる。

 ガラスの破片に気をつけながら起き上がったコテツは、目を疑う。横たわる佐竹の、左手首から先がない。腹部から腸がはみ出ている。

 青ざめたアズサは口を両手で覆い、うわずった声で言う。

「いや……こんなのいや」

 コテツが叫ぶ。「アズ、見るな!」

「アズのせいでノブくんが死んじゃう」

「ここは俺がどうにかする。お前は逃げろ」

「お兄ちゃん」

「いいから任せておけ」

「お兄ちゃん、アズはどうしても戦わなきゃいけないの。理由は言えないけど」

「アイドル活動に関係あるのか」

「聞かないで。これはアズの戦いだから」

「おい、なめてんのか!?」

 頭に血が上ったコテツは、乱暴にアズサの首根っこをつかもうとする。アズサは後ろ向きに跳躍し、横道に積まれていた放置自転車の山に乗る。

「お兄ちゃん、ノブくんの応急処置をおねがい」

「バカげてる。こんなのバカげてる」

「最愛の妹を信じてくれるよね」

「いったい何がどうなってるんだ」

「アズも世界一愛してるよ!」

 投げキッスのあと、自転車の山脈のむこうにアズサは消えた。




 コテツが爆発の現場にもどると、重傷だった佐竹の姿がない。大理石の歩道に、体を引き摺ってできたらしい血痕がのこるが、途中でかすれて見えなくなっている。瀕死のダメージを負いながら這って移動し、何者かに助けをもとめたのか。

 コテツは寿司皿を蹴飛ばす。どいつもこいつも、まともじゃない。

 とにかくアズサの安全確保を優先すべきだ。サンモールを北へ走り抜け、ブロードウェイの手前で左に曲がり、中野通りへ出る。

 多種多様なヘリコプターが上空を飛び交う。装輪装甲車や機動戦闘車が駆けつける。89式小銃を手にした普通科部隊が、オーディション会場である中野サンプラザを囲む様に展開し、帝国軍と交戦している。M2重機関銃や120ミリ迫撃砲がそれを支援する。自衛隊の火力は圧倒的だ。

 中野通りに面するサンプラザホール楽屋入口から、アズサが出てくるのをコテツは見つける。白い素肌の上に黄色のブラジャーとパンツしか身につけてない。サングラスをかけた五十歳くらいの男がつづいてあらわれる。太めの体に、ピンストライプの紺のスーツを着ている。兄妹の父親である九鬼ヨシトミだ。いまはアズサと同居しており、コテツと顔を合わせるのは一年ぶり。

 残暑きびしい九月とはいえ、半裸で外出するのは寒々しい。コテツはアズサに駆け寄り、自分の灰色のパーカーを羽織らせる。

 とがめる様な口調でヨシトミが言う。

「ふん。十五歳にもなってアディダスばかり着てるのか」

 コテツが答える。「十六歳だけど」

「俺は十六のとき、放送作家として金を稼いでいた。お前も作詞家になりたいなら、大人に侮られない服装をしろ」

「いまはネットでやりとりするから関係ない」

「そんなのは体操服だ。乞食の格好だ」

「お父さんのヒューゴ・ボスはステキだね。真珠で身を飾る豚みたいだ」

 ヨシトミはサングラスのブリッジを押し下げ、小さな目でコテツを睨む。つぶらな瞳のアズサと親子に見えない。アズサの容貌は、かつてヨシトミが手がけるアイドルだった母親譲りと言われる。

 満面の笑顔のアズサが口をはさむ。

「きょうもお二人さん、仲がいいねえ!」

 コテツの胸が痛む。自分が父と喧嘩するたび、家族の絆を大切にするアズサを傷つける。今回は売り言葉に買い言葉にするまいと思ってたのに。

 射撃や砲撃の音が激化する。

 二百メートル先のT字路に、雷帝の姿が見える。コテツは生まれつき視力が並外れており、比較すると普通の人間の十倍や二十倍どころではない。怪しまれないよう、視力検査でわざと間違えてるほど。

 腕まくりした雷帝が、注射器の針をさす。薬物が血管を駆けめぐるにつれ、苦痛のあまり咆哮する。髪が逆立ち、体が縦横に膨れ上がって戦闘服が破れる。肌にウロコ状の模様がうかび、次第に岩の様にゴツゴツした外殻となる。

 双眼鏡をのぞくヨシトミが、せせら笑いながらつぶやく。

「はじまったな」

 アズサが答える。「あれが龍鬼?」

「そうだ。ベクターガンでしか斃せない」

 巨大化し「龍鬼」とよばれた雷帝の全高は、カリヨン時計台を優に上回る。二十メートル近いだろう。M2重機関銃の連射を浴びるが、蚊に刺されたほどの注意も払わない。

 攻撃ヘリのコブラ二機が、つぎつぎと対戦車ミサイルを発射する。さすがに効いたのか、絶叫しながら龍鬼は後ずさる。片手で三脚架ごとM2をつかんで投げつける。ジョン・ブローニングが想定しなかった使用法でコブラを撃墜した。

「お父さん」アズサが言う。「自衛隊さんに伝えて。龍鬼に手を出さないでって」

「一度痛い目にあわねば、やつらはわからんよ。軍隊とはそうゆうものだ」

「冷たいね」

「まあ、ぶちのめされても状況を理解できないかもしれないが」

 即応機動連隊の切り札である16式機動戦闘車の四両が前進し、砲塔を旋回させて照準をあわせる。

 105ミリライフル砲が吼える。

 龍鬼はすばやく飛び上がって榴弾を躱し、その勢いで16式を踏み潰す。拳で装甲を砕く。二十六トンの車体をかついで放り投げる。

 パニックにおちいった普通科部隊は、四方八方へ潰走した。

 アズサはパーカーを脱いでコテツに返し、ふたたび下着姿となる。「ベクターガン」とよばれるF2000をヨシトミからうけとる。サンモールで爆発したのとは別の個体だ。深呼吸し、唇をぎゅっとむすぶ。

 電源ボタンを押すと、またビープ音がする。

「こわいよ、お父さん」

「落ち着け。訓練をおもいだせ」

「まだ死にたくない。痛いのもいや」

「もしものことがあれば俺も一緒に死ぬ」

 コテツはベクターガンの上部に手をのばし、電源を切る。ビープ音がやむ。

「説明してくれ」コテツが言う。「いまの状況を黙って見過ごせるわけがない」

 ヨシトミが答える。「まだいたのか。部外者は失せろ」

「俺はアズサの兄だ!」

「お前の母親が書類を預けたはずだ。それを渡したら帰れ」

 未払いだった養育費の請求書を、コテツはリュックサックから出して手渡す。ヨシトミはざっと目を通すと、上着の内ポケットにしのばせた分厚い封筒を取り出し、コテツの足許へ投げる。息子に背をむけ、娘のまっすぐな黒髪を撫でる。

 コテツは震え声でつぶやく。

「クソ親父、ざけんじゃねえ」

「用は済んだ。封筒に一枚多く入れてある。往復の駄賃だ」

「ここまでコケにされる覚えはねえよ」

 コテツはアズサからベクターガンを奪う。電源ボタンを押したが音は鳴らない。右手をトリガーガードに、左手をハンドガードに添えると、液晶ディスプレイに「KOTETSU」と表示される。

「だめッ!」アズサが叫ぶ。「あれ、おかしいな……シーケンサーが正常作動してる」

 コテツはコッキングレバーを引いて給弾し、アズサに尋ねる。

「これであのバケモノを斃せるんだな」

「やってくれるの?」

「妹に殺し合いをさせてたまるか」

「やさしい! 好き! 大好き!」

 コテツは冷たい視線をヨシトミへ投げる。父が苦虫を噛み潰すのが、サングラス越しでもわかる。

 右膝をつき、立てた左膝に肘をのせ、百メートル先の雷帝へ銃口を向ける。帝国兵は雷帝を囲んで雄叫びをあげ、勝利を祝うダンスを踊っている。

 拡大された映像がディスプレイに表示され、緑の四角いフレームが雷帝に重なる。射撃を補助する機能らしいが、コテツは無視する。百メートルでも肉眼だけで命中させる自信があった。飛び抜けた視力のせいかスリーポイントシュートが得意で、痩せっぽちで虚弱体質なのに、バスケ部のレギュラーをつとめている。距離感が人と異なるのかもしれない。

 トリガーをひく。

 バーン!

 銃声がサンプラザの壁で反響する。銃口付近から排莢され、鈍器で殴られた様な反動が右肩を襲う。

 雷帝のウロコに覆われた顔が、コテツの方を向く。牙を剥き出しにする。

 上半身を掻きむしりながら、雷帝が苦悶の叫びをあげる。体中から緑色の液体が噴出する。

「この銃で」コテツがつぶやく。「なんらかの毒物を注入したのか」

 アズサが尋ねる。「お兄ちゃん、大丈夫? 顔色が……」

 不快感がこみ上げ、コテツは嘔吐する。吐瀉物は濃い緑色だった。甲府駅前で食べたハンバーガーはこんな色じゃない。

 風景が暗転する。目をこすって視野を恢復すると、右手に緑のネバネバした液体がまとわりついている。鼻からも同様のものが垂れる。

 アズサがコテツの腕にしがみついて叫ぶ。

「いますぐパワーオフして! 死んじゃう!」

 薄気味悪い体液にまみれた雷帝が、時計台を引っこ抜いて担ぐ。苦痛のあまり絶叫し、味方を踏み殺しながら、兄妹に歩み寄る。

 巨人が歩むときの音響は、榴弾の炸裂に匹敵する。一歩ごとに振動が大きくなる。

 雷帝は兄妹を見下ろし、時計台を振り上げる。鐘がコテツの脇に落ち、弔鐘を鳴らす。

 クソみたいな死に方だと、コテツは自嘲する。父から侮辱され、妹にいいところを見せたくて、みづから率先して糞壺にはまった。

 でも、まだ仕事はおわってない。

 コテツは右の人差指で、トリガーの下のセレクターをうごかす。幼い頃からアズサがミリオタだったため、家に東京マルイの電動ガンが十数挺あった。F2000は、おなじくFN社製であるP90と機構が似ている。

 射撃モードをフルオートに切り替え、コテツは残弾二十九発すべてを叩きこむ。




 コテツが目覚めると、そこは狭い空間だった。医療機器が周囲を埋めつくす。ガタガタ揺れている。つまり救急車の中だ。

 泣き腫らしたアズサが、ストレッチャーに横たわるコテツにのしかかって叫ぶ。

「お兄ちゃんッ!」

 コテツは口から人工呼吸器を外して答える。

「雷帝は……」

「どうでもいいよ! お兄ちゃんは心肺停止状態だったんだよ!」

 アズサは涙と鼻水の混合物を、コテツの顔と首筋になすりつける。不快だが、幸福でもある。

 点滴のチューブが左腕につながれている。相当やばかったらしい。

「お父さんは」アズサが言う。「自衛隊さんとどこかに行っちゃった。でもすごい心配してた」

「ふうん」

 事実かどうかわからない。アズサは兄と父の関係を改善させようといつも骨折るから。

 コテツは、きょう中野駅に着いてからの出来事を順に思い浮かべる。

「ああ、くそ」コテツがつぶやく。「謝らなきゃいけない。マネージャーを助けられなかった」

「それなら大丈夫」

 アズサはアイフォンで病室の写真をコテツに見せ、話をつづける。

「ノブくんは自分で部下を呼んで、病院に運ばれたんだって」

「そうか。よかった」

「吹き飛んだ手と、はみ出した腸をビニール袋にいれて、感染症を防いだって言ってた」

「すごいサバイバルだな」

 アズサはコテツの右手を小さな両手で包み、まばたきせずに見つめながら囁く。

「お兄ちゃん、カッコよかったよ」

「妹に言われても嬉しくない」

「またツンデレ。でもそうゆうところも好き。超絶カッコいいお兄ちゃんと、超絶美少女のアズって、窮極のカップルだよね」

「あのなあ。お前にはみっちり説教しないといかん」

「うん! ひさしぶりの兄妹水入らず、いっぱいおしゃべりしようね」




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『高天原ラグナロク』 最終章「神々の黄昏」


登場人物・あらすじ


全篇を縦書きで読む







 ジュンはレクサスから降り、高天原城外苑まで徒歩約十分の距離にある日比谷図書文化館へむかう。四階建てで三角形の施設だ。詰襟の制服の下にM1911を携行するが、鬼切は佩いてない。一日一回かぎりの神術をすでにつかった。一緒に降車した与一は図書館に入らず、歩哨の役をつとめる。

 二階のカウンターで、ジュンはベテランの男の司書にたずねる。

「あのう、ちょっと調べものをしてるんですが」

「はい。なにをお調べでしょう」

「宇宙の成り立ちです」

「学校のレポートとかですか」

「世界そのものを敵に回して戦って、勝つ方法を知りたいんです」

「……少々お待ちください」

 司書は四百五十ページもあるピーター・アトキンス『ガリレオの指』を差し出す。ジュンは、玉依が読んでいたジョアオ・マゲイジョ『光速より速い光』も三階の棚に見つけ、長机で読みはじめる。普段読書などしないが集中してページをめくり、役立ちそうな記述をさがす。

 『ガリレオの指』は進化・DNA・エネルギー・エントロピー・原子・対称性・量子・宇宙論・時空・算術の十章からなり、現代科学の全貌を描き出そうとする名著だ。特に量子・宇宙論・時空の章にジュンは興味をひかれる。時空とは、因果関係をもつ事象の連続体でなく、泡の様なものだとか、高次元の幾何学の研究者は、三次元にない四次元の関係を知覚できるとか。こんな話を玉依としたら楽しかったろうと悔やむ。

 マゲイジョは「光速変動理論」を提唱し、科学の世界で決定的な相対性理論を覆そうとした若い理論物理学者。頭の固い関係者をメッタ斬りにするユーモアがおもしろい。ジュンは「科学=つまらない」と思いこんでいたが、科学者は一種の革命家でもあるとわかった。

 人間は時間や空間といった枠組みさえ、改めることができる。たかが光や闇をつかさどるだけの神々など、恐れる意味があるだろうか。

 障子越しに西日が差しこみ、長机を赤く染める。ほかの利用客はみな帰ったらしく、物音ひとつしない。そう、静かすぎる。

 ジュンが顔を上げると、向かいの席でツクヨミが退屈そうに頬杖をついていた。黒のドレープワンピースを着ている。

「あなたは」ツクヨミが言う。「試験の前日に一夜漬けするタイプでしょ」

「勘だけはいいんでね」

「人生の卒業證書をあげるわ。まづUSBメモリを渡しなさい。頑固なクソババアから受け取った」

 ジュンは上着の裾を撥ね退け、ホルスターからM1911を抜く。

 空の両拳だけ眼前にある。

 ツクヨミがいつとも知れず右脇に立ち、M1911の銃口をジュンのこめかみへ乱暴に押しつける。

「さすが」ツクヨミが言う。「紅梅学院設立以来、最悪の劣等生。まるで学習しない」

「メモリを何につかう。世界を破滅させる気か」

「『夫婦関係』は悩みが多いものなの。小娘にはわからないわ」

 ジュンがポケットから取り出したチェーンつきのUSBメモリを、ツクヨミは首にかける。

 それは起爆装置だった。宇宙の樹の根元にある天の岩戸の奥に、巨樹を倒壊させられるほどの爆薬が仕掛けられており、服部家代々の当主が管理をまかされている。

 ツクヨミはM1911で下り階段を指し示し、ジュンに言う。

「道案内しなさい。天の岩戸に行ったことないのよ。土とか虫とか嫌いなの」




 ジュンとツクヨミは日比谷公園の並木道を歩く。夕方のやわらかい木漏れ日のなか、恋人たちとすれ違う。世界が破滅しかけてるのでなければ、いい気分に浸れたろう。

 ツクヨミは黒漆塗の刀を提げている。ヤマタノオロチを斬ったと神話で語られる「十握剣《とつかのつるぎ》」だ。

 喉の渇きと疲労を感じたジュンは、自動販売機に百五十円を投入し、ペットボトル入りのC1000レモンウォーターを購入する。

 ボタンを押しても反応がない。返却レバーを下げるとポキリと折れる。しゃがんで硬貨返却口を確かめると、あるべき位置に穴が空いていない。ジュンは癇癪をおこし自販機を蹴る。

「うふっ」ツクヨミが笑う。「おかしい」

「幻術か。くだらねえ」

「百五十円って端金よね。なのに人間は、おカネがからむとすぐ感情的になる」

 ジュンはツクヨミを睨みつけるが、神の観察は正しいとも思う。なけなしの小遣いを奪われ、無性に腹が立ってしかたない。きょう世界が滅びるかもしれないのに。

「おカネと神は似てるわ」ツクヨミが続ける。「大富豪もいれば、貧乏人もいる。おカネが好きな人もいれば、そうでもない人もいる。でも通貨の概念が存在しない世界は想像できない。どう、ちがう?」

「まあね」

「なぜかわかる?」

「知るか」

「有用だからよ。神もおなじ」

 微笑するツクヨミはヒールの音を立て、早足で吹上御苑へいそぐ。




 吹上の叢林をジュンが先導して通り抜け、天の岩戸の入口へたどり着く。もう三度めで慣れたもの。

 ジュンがタッチパネルを操作し、岩の扉を開けようとすると、ツクヨミは木陰に隠れて叫ぶ。

「姉上から聞いたわ! いっぱい虫が出るそうね。私が入る前に退治してちょうだい!」

 ジュンは懇願を無視して画面をフリックする。トラックが出入りできるくらいの大扉がひらく。アイフォンのライトで照らしながら、洞窟を進む。

 照明と人の声が奥からとどく。バスケットコートくらいの広さの部屋にコンピュータが数十台ならび、スーツを着た男女が慌ただしく働いている。ジュンの侵入に気づいた者もいるが、騒ぎ立てない。

 両側の壁は全面がディスプレイになっており、分割された画面に映像を流している。アマテラスを濠へ放りこむジュン。ジュンと土蜘蛛のキス。F-35Aの爆撃。養育院での銃撃戦。玉依の最期。凌雲閣からの飛び降り。ベッドでツクヨミに組み敷かれるアマテラスまで映っている。

 コンピュータの陰にいたアマテラスが立ち上がり、満面の笑みでジュンを迎える。

「ジュンよ。勝負はわらわの勝ちじゃな!」

「意味わからん」

「処女を捨てる競争をしたではないか」

 ツクヨミが口を開けたまま、出入口で立ち尽くしている。

「姉上さま」ツクヨミがつぶやく。「これは一体なんなの」

「神話を編集するための設備、通称『ライブラリー』じゃ」

「聞いたことないわ」

「二千七百年隠してたからのう」

「なぜ私たちが愛し合うところまで映像になってるの」

「愛し合う? 片思いの間違いであろう」

「答えて! なぜこんな映像が!?」

「わらわが録画した。当然ではないか」

「私は本気で姉上さまを……」

「そう思う様に、わらわが仕向けた。監督兼脚本家なのでな。一度セックスをしてみたかったのじゃ。そこのジュンにアテられてな」

「私を弄んだのね。私の気持ちはどうなるの」

「辛抱せよ。神話をつくるのが神の務めじゃ。しかしセックスとゆうのも、案外つまらんものじゃな。ヨミちゃんがヘタなのかもしれんが」

 ツクヨミは俯きながら震える。黒く塗った爪を両腕に突き立てる。

「私を怒らせたらどうなるかわかってないわね」

「USBメモリのことか。はやくよこせ」

「まさか、これも姉上のたくらみ!?」

「知力が違いすぎて、姉妹ゲンカにもならぬな」

 コンピュータで作業していた黒縁メガネの女が、ツクヨミの背後に忍び寄り、拳銃のベレッタPx4を後頭部へむける。女はツクヨミの肩越しに、ジュンにウィンクする。半蔵の部下だったくの一だ。服部軍団が「ライブラリー」を運営していることは、ジュンは千代から聞かされていた。ジュンがアマテラスを奪還してから、再稼働をはじめたらしい。

 ツクヨミは腰を沈め、十握剣の柄をにぎる。かすれ声でアマテラスに言う。

「実の妹に対し、なんて非情なふるまい」

「なるほど、妹か」

「それも嘘だと言うの」

「嘘ではない。でもヨミちゃんはおかしいと思わなかったか? 記紀で自分の記述があまりに少ないことに。太陽神と月神で、本来わらわと対になるべき存在なのに」

「なによ……いまさらなによ」

「ヨミちゃんのエピソードは、わらわがスサノヲの話に書き換えた。ここライブラリーで、太安万侶たちと。事実上の抹殺じゃな」

 ツクヨミは床に両手をつき、すすり泣く。

「私たちは最高の姉妹でしょ!」

「新作が完成しないとわからぬ。出来が悪ければ、またスサノヲに交代じゃ」

「いや……私を消さないで……おねがい」

「ふふ、熱演じゃのう」

 くの一がPx4を二発撃ち、ツクヨミを殺す。血溜まりからUSBメモリをとり、アマテラスにわたす。アマテラスは満足げに首にかける。

 ジュンはツクヨミの遺体から十握剣をうばい、上段に構える。

「なんじゃ」アマテラスが言う。「わらわを斬るのか。かまわんぞ。そんな結末も悪くない」

「アマテラス。お前は一体なんなんだ」

「言ったはずじゃ。そちには理解できぬと」

 ジュンは袈裟斬りに、十握剣を振り下ろす。アマテラスは目をつむり、平然と受け止める。

 USBメモリだけ切断され、破片がワックスのかかった床で跳ねる。ジュンはそれを拾い、切断面をアマテラスに見せる。中身は空洞だった。

 アマテラスが言う。「偽物とは小癪な」

「ちがう。もともと起爆装置なんてない」

「なに」

「二代目服部半蔵は四百年前、あんたの命令で爆薬を設置したが、起爆装置はダミーにした。神の気まぐれで世界を破滅させない様に。服部家の本当の秘密は、あんたを騙してたことだ」

「嘘じゃ」

「神様も大したことねえな。まあ神話がどうちゃらはスケールがデカすぎて、あたしにはわからない。ただひとつだけ聞きたい。あたしの仲間の死に、あんたはどれだけ関わってる」

 部屋が大きく揺れるのをジュンは感じる。

 アマテラスは振動を気にとめず、ジュンの発言を鼻で笑う。

「愚問じゃな」

「いいから答えろ」

「そちの仲間の死は、そちの責任にきまっておる。適切に行動すれば回避できた。単なるミスじゃ」

「お前は悪くないのか」

「わらわはプレイヤーではない」

「人生をゲームにたとえるな!」

 地下室は振動にくわえ、轟音にもつつまれる。逃げ出すオペレーターもいる。

「中臣ジュン。そちは神に説教するか」

「だれも言わないなら、あたしが言う」

「ほう、おもしろい。最高傑作になりそうじゃ。リセットの後も、そちを起用してやろう」

「リセットって、本気で信じてるのか。動揺してるだろ。ツクヨミが言ってたぞ。神は有用だから存在するって。つまり無用になれば、お前だけが消滅するんだ」

 地震は立ってられないほど激しくなる。ジュンは机につかまる。セーラーワンピースを着た、金髪のアマテラスひとり仁王立ちする。無数のカラスが侵入し、鳴きながら飛び交う。

「わらわは神じゃ。ほかに生き方がない」

「人間を見習って生きればいい」

「神が人間を見習うのか」

「お母さんもたまちゃんも、みんな一回だけの人生を必死に生きていた。五歳のスミレでさえそうだった。あんたなんてあぶく、屁みたいなもんだ」

「ふん、生意気な」

「あんたも知ってるはずだ。人間のうつくしさを。心の底では羨ましがってるんだ」

 アマテラスは無言で背を向け、部屋の奥へつながるドアまで歩く。ノブに手をかけたとき、振り向いてジュンに大声で言う。

「濠に落とされて以来、そちの凶暴さには煩わされてきた」

「あれはケッサクだったね」

「でもいまの会話は興味深いものじゃった。礼を言っておく」

「どういたしまして」

「この世界も捨てたものではないかもしれん」

「そりゃそうでしょ」

「あと、アニメを一緒に見たかったな」

 ドアが閉じる。

 天の岩戸はいまにも天井が崩落しそうだ。ジュンは出口の洞窟へ走る。




 ジュンは洞窟を駆け抜け、岩の扉から飛び出す。

 吹上御苑は焼け野原と化していた。木々は倒れ、くすぶる炭になっている。まだあちこちで火の手が上がるが、消火活動をする者はない。

 夜空を見上げると、宇宙の樹まで炎上している。縦に亀裂がはいり、甲高い音を立てつつ真二つに裂け、左右に割れて倒れる。さっきの地震より荒々しく大地が揺れた。

 あたりに充満する煙を越え、聞き慣れた与一の低い叫びがひびく。

「おかしら、どこ!?」

 ジュンが答える前に、与一は捜索対象を見つけて飛びつく。ジュンの胸に顔をこすりつけ、泣き声を殺す。チーム・ミョルニルのほかの五名もあらわれる。

「なにやってんの」与一が言う。「勝手に図書館からいなくなるとかバカなの?」

「ごめん。いろいろあって。なんか神々が滅びちゃったみたい」

「どうでもいい。おかしらバカすぎ」

 チームは半蔵門から市街へ出る。遠くから消防車のサイレンが聞こえるが、高天原城ほど深刻な被害は生じてない様だ。ジュンは振り返り、かつて城だった場所をながめる。そこにはもうなにもない。廃墟ですらない。

 ジュンは深呼吸する。ようやくあたしの戦いが終わったのか。

 ずっとしがみついている与一が、真剣な表情でつぶやく。

「おかしら、言わなきゃいけないことが」

「なに」

「あした那須の山に帰る」

「よいっちゃん、がんばったもんね。たっぷり休んできなよ」

「ううん、そうじゃなくて。ずっと田舎にいたい」

「え?」

 煤まみれのジュンの顔が歪む。

「おかしらには悪いけど、もう疲れた」

「ちょっと待って。よいっちゃんはあたしの相棒でしょ」

「神術もつかえない一般人の私が、おかしらについてくのは正直きつかった」

「でもやっと戦争が終わったのに」

「わかってないなあ。おかしらが平穏な人生を送れると思ってるの?」

 ジュンは立ち止まり、両手で顔を覆う。

 また大切な人が、あたしの前からいなくなる。

 よいっちゃんのせいじゃない。射撃の天才だからって、酷使し続けたあたしが悪い。

 なぜあたしはこんなにバカなんだろう。

「おかしら、泣かないで」

「ごめんね。自己中な先輩で本当にごめんね」

「自己中は私だよ。後輩なのに、いつもタメ口でごめんなさい」

「なら一緒にいてよ! 言葉遣いとかいいから、あたしの相棒でいてよ!」

「おかしらのことは田舎からずっと見てるよ。もしなにかあったら助けに来る。相棒だから」

 大通りの反対側でガラスが割れる音がした。

 暴漢が混乱に乗じて宝石店を襲っている。ジュンは自分の体をまさぐる。武器がない。

 与一は軽く溜息をつきながら、拳銃のグロック22を差し出す。

 それを受け取ったジュンは、ガードレールをひらりと飛び越え、騒動の渦中へ一直線に疾走する。




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