有為転変ジェフ千葉 ― 第28節・浦和戦をみて

J1 第28節 ジェフユナイテッド千葉−浦和レッズ
結果:3-2 (1-1 2-1)
得点者:
[千葉]深井正樹(前半0分、後半12分)、ミシェウ(後半21分)
[浦和]田中マルクス闘莉王(前半8分)、エジミウソン(後半41分)
会場:フクダ電子アリーナ
[テレビ観戦]
おもく足をふみしめると砂ぼこりがまうフィールドで、
試合はあれ気味にはじまった。
開始直後のドサクサにまぎれた深井の得点のあと、
最後尾が持ち場であるはずの闘莉王がゴールまえに飛びこんで同点。
点数が均衡をとりもどしたのをきっかけに攻防もおちつくかとおもったが、
本拠でたたかう菜の花の色の十一人はさらに牙をむく。
左の谷澤、右の深井は、ボールをもてばすかさず面前の敵におそいかかる。
水野と山岸がいたころにくらべても遜色ない気迫だ。
そういえばこのチームには羽生、佐藤勇人、水本なんかもいたのだ。
随分むかしのようにおもえるが、去年の話。
巻誠一郎はあいかわらず最前線でいけにえとなり、
居場所をあたえられたミシェウがときおりたくみなわざを披露した。
闘莉王の股間をとおした三点目は最高。
はじめてみたけれど、線はほそいがたのしい選手だ。
深井の得点をたたえるミシェウの表情をみると、
チームにもすでに順応しているようだ。
還暦まぢかのスコットランド人であるアレックス・ミラーは、
五月の時点で跡形もなくくずれていたクラブの基礎をたてなおした。
かりに二部に降格したところで、
だれもその直接的責任を後任監督にとうことはできないような、
ひどいありさまだったけれど。
ミラーは、坂本、ボスナー、池田、青木の四人による堅牢な守備を構築し、
単純なウイング主体の攻撃を徹底させた。
さらに、八月に加入したばかりの深井とミシェウも有効活用している。
特に深井からは五試合で四得点をひきだしており、みごとな用兵だ。
両翼の深井と谷澤のドリブル突破は魅力にあふれているが、
守備時に対面の敵をおいかける執念もみごたえがある。
しつこく後ろからすがりつく谷澤にひきたおされた平川が、
おこるわけでもなく目を白黒させていたのが印象的だった。
オシム時代は個人戦術におもきをおくテクニカルなサッカーをめざしていたが、
いまにしておもえばあれは一種の理想形で、
わかいころは数学教授になりたかったという話もきく、
オシムの鋭敏な頭脳があってこそなりたつようにおもう。
何にせよ、リヴァプールからきたイギリス人の合理的で明快な戦法は、
地力で上まわるはずの浦和をくるしめていた。
赤い両翼がおしこまれたことで攻撃は
ポンテ、エジミウソン、高原の三人だけでつくるハメになり、
有機的な連携はみられなかった。
ときおり相馬、平川、山田がドリブルでスルスルと抜けだすこともあったが、
ふかい位置からの散発的な攻撃では威力にとぼしい。
千葉のほうはポストにぶつけるシュートが二発あったし、
勝利にあたいする試合はこびだったことはまちがいない。
まえに「オレは3-5-2がきらいだ」とかいたことがあるが、
今シーズンのJリーグはこの戦術を採用するチームがへっている。
ヨーロッパのモードが浸透し、
攻撃専門のウイングによる攻めが主流になったため、
サイドの守備が不安定な3バックの布陣が駆逐されたようだ。
しかし、浦和はACLを制した昨シーズンの成功体験が枷となり、
流行の変化に適応できていない。
サッカーはなんともむずかしい。
開幕後の十一試合で九敗二分けという地獄に足をふみいれた千葉は、
逆にそれが改革の好機となり、いつの間にかべつのチームにうまれかわった。
オシムが指揮していたころの千葉も大すきだが、
いまのクラブはそれよりもおおきな変化をみせている。
役割分担が明確になったチーム戦術のなかで、
選手たちは闘争心をむきだしにしながら攻撃をしかけ、
労をおしまず相手のボールをうばおうと走りまわる。
前社長・淀川隆博によりクラブそのものが完全に破壊されたことで、
ファンは結束力をたかめていままで以上に大声をはりあげる。
五井にスタジアムがあったころはあわれなほど客がはいらず、
ユース出身選手が毎週のようにふぬけたプレーをしていたものだが。
はえぬきの主力選手が流出し、なじみのない新顔がふえるにつれ、
かえってクラブのアイデンティティが強固になってゆくのがおもしろい。
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genre : スポーツ
破壊者・松木安太郎 vs. 連絡者・遠藤保仁

ワールドカップ・アジア最終予選 バーレーン−日本
結果:2−3(0−2 2−1)
得点者:
[バーレーン]サルマン・イサ(後半四十二分)、オウンゴール(後半四十三分)
[日本]中村俊輔(前半十八分)、遠藤保仁(前半四十四分)、
中村憲剛(後半四十分)
会場:マナマ
[テレビ観戦]
テレビの視聴率や会場への集客数において、
われらが日本代表の人気が低下していることが明らかになってきた。
人気に浮き沈みがあるのはあたりまえで、
個人的にはまったく関心のもてない話題だが、
関係者たちはその原因についてあれこれと議論している。
宿主が死ねば、寄生虫もまた死ぬ。
日本代表を食いものにする大勢の人間は、不安におののくばかり。
しかし、皆わからないフリをしているのだろうか?
主たる要因ははっきりとしているのに。
テレビ朝日だ。
二〇〇一年に同社は八年間の契約で、
AFCが主催する全試合の放映権を獲得した。
この契約によりドイツ大会と南アフリカ大会の最終予選の放映権を独占。
落札価格は九十億円程度といわれる。
モトをとらねばならない同社の番組制作方針はマンネリの極致で、
代表戦の放映の質は地の底におちた。
角澤照治や田畑祐一の、醜悪で無内容な「実況」、
松木安太郎やセルジオ越後の、
俗におもねるだけでクソの役にもたたない「解説」。
サッカーファンからの批判がよほどこたえるのか、
松木は「ボクはシロウトの知識にあわせて解説してるんだ」と
釈明しているが、そんなヘリクツは通用しない。
ヤツは、番組製作者の「ひたすら騒げ」という命令に忠実なだけだ。
結果として、サッカーの「シロウト」たちは
耳ざわりな雑音をきらってテレビをけした。
もう一度念をおしておこう。
角澤や松木たちが、国民が日本代表のサッカーにふれる機会をつぶしたのだ。
さて、半年ぶりのマナマでの試合。
前回は最終防御線に三人がかまえて、ゴールに鍵をかけた。
両サイドに駒野と安田、中盤に鈴木、中村憲剛、山瀬という布陣。
これ以上はかんがえられないほどの、無残な戦術的敗北だった。
土曜日の試合では、半年まえは三十四分しか出番がなかった遠藤保仁に、
その三倍にちかい時間があたえられた。
遠藤は相撲取りのようにセンターサークルに体をのこしながら
灼熱の戦場を支配した。
中距離のパスの正確性と判断力は傑出しており、
小気味よくボールと味方選手が循環してゆく。
左がわでさびしげに出没する松井大輔の足もとにも宅急便がとどき、
その吸引力あるドリブルがバーレーン人をこまらせた。
高い位置のウイングによる起点も、半年まえになかったものの一つ。
オレが感心したのは前半十五分。
松井から中村俊輔へのパスが止められたときの遠藤の立ち位置だ。
中央のやや前よりに立つ遠藤の目前に相手クリアボールがころがり、
そこからの反撃でフリーキックを獲得。
十七分にそれを中村が直接きめて先制点をえた。
要するにサッカーは「そこ」にいればよいのだけど、それが一番むずかしい。
松井のサイド攻撃は有効だったが、
前線にいるのが玉田と田中の二人では選択肢がすくない。
単純な理屈をいうなら、中央に巻誠一郎がいれば得点機会はより多かった。
梯子をかけなければ壁はこえられない。
それとも、どのような高度なサッカー理論書に、
二本の槍だけで城門をこじあける方法がのっているのか。
両フォワードのうごきはよく、何度も相手の防御線の裏をついていた。
だが、いつものように背番号10の掩護射撃はなかった。
オレは中村俊輔という、左利きのやせっぽちの
価値が理解できないままもう十年になる。
土曜日もかれは中盤を徘徊しながら、むなしいピクニックをたのしんでいた。
多分かれは、10番のユニフォームをきせるために
やとわれたマネキン人形なのだろう。
中途半端だったのは、遠藤と対をなす長谷部もおなじ。
この役の最良の選択は鈴木啓太ではないか。
中盤よりまえの攻撃の指揮は遠藤がとるのだから、
相棒は黙々と支援をつづければよい。
ヤットのために相手ボールをうばって献上し、
ヤットのためにうごいてパスの行き先をふやす。
それだけで攻守の効率はたかまる。
骰子の目の奇数と偶数がみっつずつなのに似て、
よい面とわるい面がおなじくらいある試合だとおもっていたら、
日本代表はのこり十分で突如調子をみだした。
戦術面の不手際もあるにせよ、要するに最終予選出場国の
士気をうちくだけるような戦力差をつくれていないということだ。
連携や均衡は、まだまだ改善すべき余地がおおい。
十一人を堅密に鎖でむすぶことで失点のリスクは減少する。
そして目にみえない「縦」のつながりの存在も指摘しておきたい。
山口素弘や名波浩は対談で、遠藤保仁と中村憲剛を
日本のうつくしいパスサッカーの血脈の後継者に任命した。
かれらの鑑定眼はさすがに正しかったことが、
この最終予選で証明されつつある。
松木安太郎が放送室でどれだけ声をはりあげようと、
フィールド上にはりめぐらされた縦横の鎖を断ちきることはできない。
かれは落下傘でおりてきた ― 中条一雄『デットマール・クラマー』

デットマール・クラマー 日本サッカー改革論
著者:中条一雄
(2008年/ベースボール・マガジン社)
見るからに尋常な人物ではない。
ドイツ人のくせに身長は大抵の日本人よりひくく、
わかいころからの見事な禿頭のもちぬしだ。
しかし貧相ではなく、むしろその逆で、眼光は爛々とするどく、
短躯に精力がみなぎっているのが写真からつたわる。
1960年、三十五歳のときにサッカー日本代表チームを指導するために
わが国をおとずれたデットマール・クラマーによって、
日本サッカーの基礎がきずかれたという評価はすでにさだまっている。
かれの伝記である本書にはおもわぬ発見もおおく、
この国のサッカーの発展についていろいろとおしえられた。
まずおどろかされたのは、日本サッカー協会は
クラマーに報酬をしはらっていなかったという事実だ。
サッカーに商業主義が浸透する前の時代だったとはいえ、少々信じがたい。
なにをもとめて、国際舞台での実績が皆無といってよい国の
コーチになろうとおもったのだろう。
かれはのちに西ドイツ代表のスタッフとしてワールドカップに参加する人だし、
バイエルン・ミュンヘンの監督としてチャンピオンズカップを二度制している。
出世が人生のすべてではないけれど、自国にとどまった方が
自分の能力をためす機会がおおかったのはまちがいないのに。
どうもかれのコーチとしての個性は
第二次世界大戦の従軍経験でつちかわれたようだ。
十九歳で少尉となり、落下傘部隊をひきいて
フランス、ソ連、イタリア、アフリカなどを転戦した。
一万人で編成された部隊で、いきのこったのは五百人だけだったとか。
オランダで終戦をむかえて捕虜となり、監獄での尋問をいきのびた。
口にだせないような地獄を見たにちがいない。
だが、落下傘部隊の隊長はそうはいかない。
常に先頭の一番機に乗っていて、しかも最初に飛び出さなくてはならない。
敵地に降りるのだから、率先垂範でなくては、部下がついてきてくれない。
サッカーでも、コーチは最初に飛び降りる覚悟であるべきだ。
クラマーは日本選手とおなじ宿にとまり、一緒に畳でねて、風呂にはいり、
なれない箸で和食をたべながら心をつかんだことが美談としてかたられるが、
畳など戦場にくらべれば極楽浄土のようなものだ。
では逆に日本協会はなぜドイツからコーチをまねいたのか。
ここでも驚愕の事実が判明する。
第一次大戦のころ、広島湾の似島にはドイツ兵の捕虜収容所があった。
青島からつれられてきたドイツ軍捕虜のたのしみはもちろんサッカーで、
広島市に遠征したときにみせた技は当地の選手におおきな影響をあたえた。
広島でサッカーがさかんだったことはしっていたが、
その発端が第一次大戦にあるとは想像もしなかった!
1955年に協会会長に就任した野津謙も、
広島一中でサッカーをはじめた人物のひとり。
東大卒の医師でドイツ語が堪能であり、
ドイツ哲学やドイツ音楽を愛するドイツオタクだったようだ。
クラマーを通じて、シツジツゴーケンな
ドイツ精神を輸入したかったのだとおもわれる。
あたらし物ずきの日本人であるからして、サッカー先進国からやってきた
コーチに期待するものは最先端の高等戦術だ。
しかしクラマーは期待に反して、
サイドキックなどの基礎練習をひたすら反復させた。
そしてチームの結束をたかめるために、
当時でさえ時代おくれだったとおもわれる合言葉をもちいた。
これで韓国に勝てるはずはない。
そのとき、日本に来て初めて、私はヤマト魂という言葉を使った。
「キミたちにヤマト魂はあるのか。
ヤマト魂はどこにいった。
私は失望したぞ。」
異邦人が大和魂のなにを理解していたのかはよくわからないが、
そのドイツ的解釈はわかい選手の耳に新鮮にひびいたのではないか。
こうして日本代表は、東京やメキシコの
オリンピックにむけての準備をととのえてゆく。
落下傘部隊をひきいていたクラマーが単純な精神主義者であるわけもなく、
外国とたたかうには個人の能力が必要であることをよくしっていた。
「日本は組織力でたたかうしかない」と盲信する、
今日の能天気な日本人監督とは一味ちがう。
将来の指導者として、仲間からの信頼があつく統率力のある長沼健や、
頭脳明晰で語学に堪能な岡野俊一郎をそだてた。
人事の決定権がクラマーにあったわけではないが、
スタッフの刷新をはたらきかけていたらしい。
得点をとるために杉山隆一と釜本邦茂の連携をねばりづよく鍛えあげ、
チームの最大の武器とした。
左サイドの杉山からのパスを釜本がきめたゴールで、
日本代表はメキシコ五輪の銅メダルを獲得したが、
これはクラマーがふたりが音をあげるまで何百回と練習させたプレーだった。
まだアマチュアだった当時のサッカー界は、
メキシコ五輪のあと資金不足で強化に力をいれられず、
釜本や杉山につづくスターもあらわれずに長い低迷期をむかえる。
ねむっていた「大和魂」は、くすぶっていた灰に
火がついたように九十年代に突如として復活するが、
その土台をきずくのに小柄なドイツ人がどれほど貢献したのか、
われわれはしっておくべきだろう。
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おどれカズダンス ― 五輪代表敗退におもう

北京オリンピック 男子サッカー 一次リーグB組第一試合 ナイジェリア−日本
結果:2−1(0−0 2−1)
得点者:オビンナ(後半13分)、アニチェベ(後半29分)/豊田陽平(後半34分)
[テレビ観戦]
>反町監督の意図はわかっているつもりだ。
>谷口の運動量に賭けて、影のストライカーとしての得点を期待したのだ。
>そして、中盤の枚数をひとつふやして「数的優位」をたもつこともできる。
>しかし谷口は、中央で攻撃を指揮することはできない。
組織力より天津飯 ― 「反町ジャパン」を傍観する
金曜日にこう書いてしまったわけだが、すまないね谷口君!
後半34分にその谷口のパスから豊田のしぶいゴールがうまれた。
まあ相手のゴールキックのミスをついただけなのだが。
川崎の守備的ミッドフィールダーはきょうもシュートをはずしすぎた。
上のリンクさきをよめばわかるけれど、おれは決してかれを責めてはいない。
自陣ふかくを守備のためにはしりまわり、
攻撃にうつってはだれよりもおおくのシュートをはなった。
当然のように終盤には足がつってうずくまったが、
爪先をつかんで痛みをこらえつつ足裏をのばす姿が印象にのこっている。
だが、おじけづいて「数的優位」という妄想にすがりつき、
かれに過剰な負担をかけた指揮官をゆるすことはできない。
ナイジェリア戦にのぞみ、反町康治は各エリアごとに一人ずつ選手をかえた。
FW
森本→李
MF
梶山→細貝
DF
長友→安田
おれが最大の障害だとかんがえていた
中盤の前方に位置する三人にはまったく手をつけていない。
監督はまえの試合の攻撃の構成に満足したようだ。
まあそうだよな。
自分がかんがえた戦術なんだし、根本からまちがっているとはみとめづらい。
そしてソリさんの理想とともに天津の夏がおわる。
左の香川、右の本田は目的をうしなったままウロウロとただよう。
谷口ははてしない縦のピストン運動で消耗し、
乳酸のたまった足で得点をのがした。
もちろん谷口がゴールをきめる可能性はあった。
でもそれは指揮官が最良の選択をしたということを意味しない。
帰化人である李は、アフリカ人だけを友として64分を所在なげにやりすごす。
手前味噌で恐縮だが、おれが前のエントリで指摘した
左サイドバックの変更は十分に機能していた。
左右の不均衡はただされ、安田はすばらしいクロスをあげていた。
浪速の金狼はナイジェリア人に果敢にまたぎフェイントをいどんでいた。
いつもの安田だった。
それが一番大切なんだよ。
「組織力でたたかう」だかなんだかしらないが、
むだに悲壮感をただよわすサッカーなどみたくない。
反町は敵の守備の扉をこじあける鍵をひとつももたなかった。
ドリブラーがいないチームだ。
あえていうなら、香川真司が斬りこみ隊長の役目をまかされいていた。
香川はよい選手だとおもうが、器用すぎてプレーがかるい。
それがわるいというわけではなくて、個性の問題だ。
かれにはおなじプレーを何度もくりかえして壁をぶちやぶるひたむきさがない。
梅崎司がいればチームのたたかい方はかわっていた。
ヤツならでかいディフェンダーにむかってしつこいほど突っかけ、
ペナルティエリアにはいればコロコロころがって警告をうけていただろう。
それでもよい、絶対につれてゆくべきだった。
「日本人の個人技は世界では通用しない」というソリさんの判断だろう。
しかし通用しなかったのは「組織」だ。
だれがくずして、だれが点をとるのかすら不明の「組織」だ。
非合理的な戦術思想にガンジガラメになったまま、
代表チームは「日本らしさ」さえ表現できないまま帰国する。
長沼健が亡くなった今年、日本サッカーの成長神話はとだえた。
このチームははやい時期に監督をかえるべきだったのはたしかだ。
適任者はカナダのU-20ワールドカップに出場した
チームをひきいた吉田靖だろうか。
そもそも今回の五輪代表には、カナダにいった二十二人から四人が進級した。
安田、内田、香川、森重で、主力として天津でも奮闘している。
ほかには梅崎や柏木もえらばれる可能性があったし、むしろいるべきだった。
福元と赤いトサカの槇野が中央をかため、
両サイドバックはむこうみずに飛びだしてゆく。
梅崎はペナルティエリアの角にむかって突進し、
侵入できなければシュートをうつ。
柏木がフィールドのあちこちにかわいい顔をだし、
前線ではふてぶてしい森島があばれる。
まじめな青山隼は中盤の底で、個性ゆたかな仲間のために均衡をとっていた。
あのチームの若者たちは窮屈な規律などとは無縁で、
ゴール後のパフォーマンスのことばかりかんがえていたよ。
あれこそが日本らしいサッカーだとおれはおもう。
おちゃらけてはいるけれど、チームのためにすべての体力と精神力をささげる。
カズやゴンも日の丸を身につけたときはそんな風にたたかっていた。
派手なパフォーマンスは自分たちを鼓舞するための儀式なのだ。
まあ、単に目立ちたいという理由もあるだろうけれど。
天津での五輪代表は、ナイジェリアから一点をかえしたあと
はじめて自信を手に入れた。
「おれたちでもやれるんだ」という意気は選手たちの顔つきをガラリとかえる。
おれはこのチームに感心したことは一度もないし、ずっと批判的だった。
でも体をはって、一丸となって、足がつるまではしる男たちをみれば
素直に感動せざるをえない。
でも、その時間が十分少々というのはあまりにもみじかすぎる。
あまりにかなしいし、悔いがのこる。
組織力より天津飯 ― 「反町ジャパン」を傍観する

北京オリンピック男子サッカー 一次リーグB組第一試合 日本−アメリカ
結果:0−1
得点者:ホールデン(47分)
[テレビ観戦]
日本のサッカーは「個人の能力」ではかなわないのだから、
「組織力」で勝負するべきだ。
よく聞く言葉であり、なかば常識になっているといえるだろう。
おれにはまったく意味がわからないが。
「組織力」って一体なんなの?
組織で数的優位をつくる?
ちょっとまってください、サッカーのプレイヤーは人数がきまっているんですよ。
相手が一人一人を監視したらそれでおわり。
けっきょく一対一の攻防がすべてです。
もうすこし論理的にかんがえてみましょうか。
もし本当に「組織力」が「個人能力」の差をうめることができるのなら、
一部の強国以外はみな「組織力」で勝負しているはずではないか?
そして「組織力」が世界のサッカーの主流になっているはずだ。
いやいや、日本人選手はチームに対する忠誠心がたかく、
運動量が豊富で、パスをつなぐ技術がたかい。
だからこそ組織でたたかうサッカーにむいているのだ!
…なるほどそこまで譲歩していただければ飲みこみやすくはなりました。
でもそれって「個人能力」ですよね。
忠誠心も運動量もパスの技術も。
なんで素直に「個人でたたかう」といわないのですか?
なにをおそれているんですか?
サッカーマガジン八月十九日号は、
われらが五輪代表チームの中心選手へのインタビューを掲載している。
本田圭佑、安田理大、長友佑都の三人だ。
本田はこの世代の選手では一番鼻っ柱がつよくて、
「組織教」にも毒されていないはずだったが、
本番をまえにびびったのか弱音をはいているからなさけない。
ある意味海外の良いところでもあるんですけど、
向こうは完全に「個」なんです。
でも、相手が個を押し出してくるのなら、
こっちは組織で数的優位をつくって対抗する。
ああ、かれまで臆病者の教義に洗脳されたのか。
日本人らしい運動量が自慢の長友は、女手ひとつで三人の子どもをそだてた
母親への感謝の気もちをかたっていて泣かせるが、ここにも邪教の魔の手が…。
守備では、2対1など数的優位の状況を
できるだけ増やしていかないと厳しいでしょう。
きました数的優位!
守備で数的優位、攻撃でも数的優位。
どうして都合よく日本人だけが外人を数で上まわるのか?
そもそも「数的」の「的」が意味不明。
単純に数の大小をくらべているのではなく、流動的な状況における
戦術のありかたを曖昧に表現しているのだとかんがえられる。
要するに、バカなスポーツ記者と玉蹴り屋だけが
信じている実態のない概念なのだ。
安田は…浪速の金狼はどうなんや?
僕のプレーの全部を見てほしいですね。
どんな強い相手が目の前におっても、
そこに向かっていくチャレンジ精神を見てもらいたいです。
僕は気持ちが前に出る選手やし、どんな相手でもアグレッシブにいく、
というところを見てもらいたいです。
さすがは妻子持ち、ええこというやないか!
なんもかんがえとらんだけかもしれへんけど。
いやたしかに安田はいいよ、走るだけの長友より全然いい。
川崎の暴れん坊・森勇介との対決は最高だったなあ。
それにしてもコイツの笑いの個人能力はワールドクラスだな。
直前のインタビューなのに「(笑)」ばかりだよ。
逆に心配になってしまうよ。
柏木、梅崎、家長といった選にもれた連中をネタにしてからかうのだが、
これはかれらをはげますメッセージでもある。
やさしい男なんだ。
ガンバ大阪ジュニアユース時代の先輩である本田も当然標的になっている。
本田は、ほかの選手が『プレイボーイ』を読んでいる横で
ひとりで『プレジデント』を読んでいるらしい。
前おきがながくなったけれど、試合の話。
反町監督がとった戦術は、前線に森本をすえて、
その後ろに左から香川、谷口、本田をならべるというもの。
右利きを左に、左利きを右に。
両翼の香川と本田の縦への推進力はよわく、どうしても内側をむきたがる。
相手守備陣への重圧をほとんどあたえられなかった。
それはそれでよい。
日本人は中盤に人材が豊富なのだから、
その長所をいかしてボール所持率をたかめる。
中盤でパス交換をしながらサイドバックの上がりを待ち、
「人数をかけて」決定的にくずす。
それなりに合理的な「組織サッカー」だといえる。
実際に前半は、最近なぜか絶好調の内田篤人が右サイドを制圧した。
しかしなぜ谷口博之なんだ?
前線への果敢な飛びだしがウリの男で、何度も好機に顔をだす。
健闘していたのは事実だ。
しかしあまりにはげしい上下動をしいられて、シュートに力がたりない。
非力な森本は完全に孤立し、ごついアメリカ守備陣の陰にきえた。
反町監督の意図はわかっているつもりだ。
谷口の運動量に賭けて、影のストライカーとしての得点を期待したのだ。
そして、中盤の枚数をひとつふやして「数的優位」をたもつこともできる。
しかし谷口は、中央で攻撃を指揮することはできない。
このように選択肢がすくなくなっている状況において、
きのうは内田しか敵防衛線をやぶれなかった。
反対側の長友はほとんどの時間で沈黙し、
敵の右サイドバックのウインに縦にぬかれて失点の原因をつくる。
このウインは百メートルを十秒台ではしるらしいからすごいねえ。
残念ながら長友は「2対1など数的優位の状況」はつくれなかったことになる。
もし安田が先発だったら?
春風亭小朝カットの二十歳なら百メートル十秒男にちがう応対をしただろうね。
このチームは4-4-2をベースにたたかってきたが、
指揮官は臆病風にふかれてしまったようだ。
本田の弱気発言もその空気に影響されたからなのかもしれない。
もはやグループリーグ突破の可能性はほとんどなくなったわけだが、
現地で天津飯や嫁への愛をブログでかたる安田の出番はあるのだろうか?






