関谷あさみ『千と万』完結
千と万
作者:関谷あさみ
発行:双葉社 2013-16年
レーベル:アクションコミックスコミックハイブランド
3巻で完結なので、いくつかのプロットが決着。
詩万の片思いは、失恋におわる。
この24話で、前話の「足跡トリック」を解き明かす技巧も心憎い。
関谷あさみは短篇の名手であり、今後もそうだと思われるが、
いまのところ唯一の長篇である本作は、長尺の物語の醍醐味をあじわえる。
悪友にちかい親友(結局名前は明かされない)は、
姉が自宅の前まで彼氏を連れてきたのを目撃。
恋人がいたと知らなかった。
親に、特にお母さんに内緒にしてくれと懇願される。
しっかり者の姉が、やたら取り乱して必死なのがおもしろい。
恋愛って不思議なイベントなんだなあと思いつつ、姉を足蹴にしてあそぶ。
お隣の波ちゃんは高校へ入学。
セーラー服姿をみせる表情は照れくさそうだが、誇らしげでもある。
関谷あさみは制服のマエストロだが、おしゃれしすぎない私服も巧い。
世界一かもしれない。
足回りに若干の小学生っぽさを残しているけれど、
ひとりで買い物をたのしむなど、女らしく成長。
父の妹である那由は、父子家庭で育つ詩万の世話をした。
「おばさん」だがオシャレでかわいく、ちっとも「オバサン」ではない。
エゴイストばかりの本作の良心と言える存在。
恋人に会ってくれないかと、兄にもちかける。
両親は他界しているので。
本来は気のおけない関係の兄妹なのに、
いつもより気合のはいった恰好をしていた理由がわかる。
おもわず踊りだすくらい、年をとるのがうれしい時期。
17歳くらいまでだろうか?
雛が巣から飛び立つ瞬間に、本作はすっと幕を下ろす。
女の子の女の子らしさを全3巻に凝縮した、不朽の名作だ。
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関谷あさみ『僕らの境界』
『山』
僕らの境界(ライン)
作者:関谷あさみ
発行:茜新社 2015年
レーベル:TENMACOMICS JC
『YOUR DOG』以来、7年ぶりの成年漫画単行本。
インターネットの普及が、この間の社会的変化として挙げられる。
中学1年の彼女とセックスする写真をツイッターで公開したら、
自慢とうけとられ何人かにフォローをはづされた。
リアルだ。
短篇のタイトルが『山』だけに、風景を丁寧にえがく。
仕事をサボり、あどけない少女をオモチャにする。
事後に学校での三者面談の話をする「れいかちゃん」。
大学進学は、この山村を出てゆくことを意味する。
ケロッとした顔で、田舎でくすぶる男の一番傷つきやすい部分を刺す。
寝床でゴロゴロする女の子を描かせたら宇宙一
描き下ろしの後日譚『街の灯』。
ファッション誌をみては、都会への憧れをつのらせる。
それでも可愛い下着をつけ、年上の彼氏のため精一杯おしゃれした。
文化、社会、どっちもどっちな人間関係。
それらすべてを思春期女子のファッションに集約するのが、関谷作品。
『ラストキング』
通販で買ったブルマをみせたら、蒼ざめて震える「東子ちゃん」。
はじめて実物を目の当たりにしたショートパンツ世代の衝撃はおおきい。
『LUSTKING append ver.』
関谷作品のヒロインは仔犬の様に従順で、あれもこれもうけいれる。
でもやられっぱなしでなく、やられていいことしかやらせない。
選択権をあづける選択をする、一種の代議政治だ。
いわゆるジト目少女の『走れ!』が白眉だろう。
あさみ先生にしてはあざとい造形だが、
「うだつのあがらないジュニアアイドル」とゆう微妙な肩書で納得。
アマゾンあたりのレビューでは「無表情すぎ」とかで星二つ。
お仕事がんばるための御褒美を兄からもらう。
キスの仕方をしらず息がつまったので、鼻をおさえ呼吸法をためす。
手をつかった感情表現で、ジト目の破壊力を増幅。
撮影現場にいくときの可憐な服装は、1967年の映画『卒業』の、
ウェディングドレスで駆けるラストシーンへのオマージュ。
関谷作品を特徴づける「不毛な叙情性」が、
アメリカン・ニューシネマと通底するのを、作者みづから披瀝しており興味ぶかい。
一般誌で連載中の『千と万』がたかく評価される一方で、
よりメインストリーム的な作劇を、あえてロリ漫画誌で展開する孤高さにうたれる。
ファンブログでもそのこだわりをくわしく指摘されている。
異端の作家、関谷あさみ。
ファンとしては従順につきしたがうしかない。
![]() | 僕らの境界 (TENMA COMICS JC) (2015/02/27) 関谷あさみ |
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関谷あさみ『千と万』2巻 おわらなくもない夏
千と万
作者:関谷あさみ
掲載誌:『コミックハイ!』(双葉社)2012年-
単行本:アクションコミックスコミックハイブランド
[1巻の記事はこちら]
本巻は、中学1年生「詩万(しま)」の夏休みからはじまる。
8月31日の夜、宿題は半分しかおわらず、寝床で冷や汗ながす。
結局やらない。
「詩万ちゃんちはお母さんがいないから、うるさくなくていいねー」
友達の発言がいちいち癇にさわる。
父子家庭なのは気にしてないけど、直截にいわれたらうれしくない。
暑いせいかイライラする。
図書館で電話にでたり、デリカシーないところが嫌い。
注意したら反論するところも。
でも漫画とか貸してくれるし、いつも一緒にいる。
父親のことも、好きでもなく嫌いでもなく。
夏祭りを友達にドタキャンされたので、父とでかける。
「屋台でなにか買ってやる」といわれて。
浴衣にはあまり関心ない。
たくさん食べられなくなるから。
パックマンみたく、食欲が彼女の行動原理を支配。
特にクライマックスをむかえず、夏はおわった。
秋の運動会では、父がせっかく早起きしてつくったお弁当を、
見栄っぱりの娘は自分のだけもってゆき、一緒にたべてくれない。
詩万はルックスがよく、本人も自覚してるが、まだオシャレにめざめてない。
家ではジャージ、外でもスカートをはかない。
それでも叔母からもらった、レース素材のスカートで街へでたときは鼻高々。
ちっとも劇的じゃない日々のなかで回想される、父娘のあいだの大事件。
口答えする詩万におもわず手をあげたら、鼻血がでた。
父の方がパニックおこしたのをみて、娘はあることをひらめく。
パワーバランスを一挙に逆転する戦術、つまり「ウソ泣き」を。
月経がはじまってからは、「生理痛」とゆうチートスキルを習得。
こまったら都合よく発動、一撃で「クリティカル 9999ダメージ」。
カウンターパートとなる母がいないので、やりたい放題。
正月は父の妹「那由」がきて、コタツでごろごろ。
クリスマスプレゼントの3DS『パズドラZ』であそぶ。
詩万はすきな人からとどいた年賀状にドキドキ。
「缺損家庭」だけど決して鬱展開にならず、かといって空騒ぎもせず、
なにもおこらない様でいて、ちょっとづつ変化してゆく。
それをしあわせって、ひとは言うのかもしれない。
![]() | 千と万(2) (アクションコミックス(コミックハイ! )) (2014/07/10) 関谷あさみ |
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関谷あさみ『千と万』
千と万
作者:関谷あさみ
掲載誌:『コミックハイ!』(双葉社)2012年-
単行本:アクションコミックスコミックハイブランド
思春期女子なら、関谷あさみが一番かな。
本作は、中学一年の「詩万」と父のおきふしをえがく、毎話12ページの連載。
比較的仲のよい父子家庭で、重大な事件や深刻な葛藤はない。
「よかったなーおめでとう、明日はごちそうにしよう か……」
娘の初潮をよろこぶ無神経がゆるせない。
母親ならともかく。
「おめでとう」も、発言者によつては侮辱となる。
二コマめの背景に「マインスイーパ」が。
ヒントにもとづき論理的に地雷除去をこころみるも、男には無理ゲー。
日曜に友だちとあそびにゆく予定をたてる。
「遊ぶお金はちゃんと自分の使うけど」(←俺がやったこづかい……)
「電車代だけ貸してくれない?」(←返さない)
数百円をめぐる会話さえ、かみあわない。
お笑い番組の下ネタで爆笑。
なにをどこまでしつてるんだ?
無論、聞いてたしかめはしない。
デパートではたらく父の妹が、ケーキを四つもつてきた。
詩万は反射的にふたつとる。
注意されると、「大人なんだからひとつしか食べないでしょ」と非論理的に抗辯。
一個半たべて満足し、自室へもどる。
たべきれなかつたのでなく、のこしただけ。
あとでたべるつもり。
そのつもりだから、いいんだもん!
10話は、詩万以外の人物の頭上にハートがうかぶ。
プレイヤーキャラクターからの好意をしめすパラメータで、デフォルトは「♥♥♥」。
ドーナツ買つてきたら急上昇。
叔母の「那由」は、母がわりに詩万を世話したこともあつて、三人の関係がここちよい。
妹キャラはあらゆる物語素子をつなぐという、ボクの「妹=USB」説のただしさを再認。
神聖なるドーナツの箱へ手を突つこみ、ガサガサするのが不快。
妙にはしやいでるのも。
ヘイト値アップ!
なぜ娘に舌打ちされたか、父は見当もつかない。
あさみ先生の思春期女子がステキなのは、卒業生として内と外をえがくから。
共感したり、つきはなしたり、いづれにせよ真情こもつた、生身のオンナノコがいる。
乙女は内弁慶。
ピザの注文もできない。
半径1メートルの秩序を絶対視する。
家庭崩壊の危機。
ゲームしようと勝手にPCを起動したら、父のブログを発見。
「部屋を掃除しろと言ったら逆ギレされた(;´Д`)」とか、
顔だけかくした写真つきで「いつもジャージです(´A`;)」とか、内緒に娘をネタにして。
だれがなんといおうが、地上最強生物は思春期女子。
詩万が手にするのは、東京書籍の『NEW HORIZON』。
ボクは学園ものをよく読むが、テキスト名が明記されるのはめづらしい。
あさみ先生ならではの、マイクロリアリズム。
本作自体が、不偏不党の観点から記述された、オンナノコの教科書でもある。
![]() | 千と万(1) (アクションコミックス コミックハイ) (2013/06/12) 関谷あさみ |
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野良犬心中 ― 関谷あさみ "YOUR DOG"

YOUR DOG
(関谷あさみ 著/2008年/茜新社)
私は中学二年生です
成績はあまりいい方ではないです
外に出ると 体が強張る気がする
小学生のときは中学生になれば何かが変わると思っていたけど
私は どこも何も変わらなかったので
一生このままなんだと思う
学校は好きじゃない
という、主人公の歩のモノローグからはじまる全一巻の物語
ものうい顔色が時代の空気をかんじさせる
関谷あさみはとてもじょうずな作家で、空白をいかした構図が目をひくいっぽうで、細部もていねいにかきこんでいる
とくに少女たちのまとう衣服はどれも女の子らしくかわいらしい
上にのせた画像は自宅で部屋着をきた歩
ごろごろとくつろぎやすそうな服だが、見えづらいとおもうがパンツの裾のデザインも凝っていて、このまま繁華街をあるけそうでもある
ただ、これだけおしゃれな女の子なら他人とのつきあいも器用にこなせそうで、内向的な歩の性格設定に矛盾をかんじなくもない
そういう性分の娘が現実にいないとはいわないが、本作はどこかおとぎ話のようなところがある
筋だてもある意味で現実感がとぼしい
学校を早退した歩は公園で、ひとりでアダルトビデオを制作しているマキムラにスカウトされる
このときまで歩は処女で、ふたりっきりの撮影がおわったあと、たまごの殻をやぶったばかりのアヒルのようにマキムラのことをすきになってしまう
題名の"YOUR DOG"のとおり、歩はさびしげな子犬のイメージ
都会にすむ犬たちはなんら生産的ではなく、人間からえさをめぐんでもらうだけの存在だが、だからといって卑屈なところはなく、頭をなでられれば反射的にしっぽをふってよろこぶ
家族や学校に適応できない歩はよわよわしい一ぴきの子犬にすぎないけれど、じぶんに「やさしくしてくれた」マキムラを特別な存在と錯覚してしまう
マキムラにとって歩は「AVの出演者」であり、その性行為もただたんに仕事の一部だ
行為の最中に性的に興奮したかもしれないが、それは特別な「やさしさ」とはいえない
でも人生ってそんなもののような気がする
恋愛とか個人的な感情生活は、経済力や社会的地位につよく影響される
純粋な恋なんてどこにあるだろう
歩の思いこみが見当ちがいとはいえないし、ぎゃくにたしかなリアリティもかんじられる
少女たちをもてあそんできたマキムラも、こころに暗いものをかかえている
同棲相手ににげられたことがきっかけで会社をやめ、違法ポルノに手をそめる
中学生が出演するビデオはとうぜん公開できないので、金もち相手の秘密の商売だ
金ははいるだろうが、まあ社会の最底辺をうろつく野良犬といえる
作者は女性とおもうが、みずからの心情が投影されているのはたしかだ
べつに成年むけ漫画を蔑視するつもりもないが、一生エロマンガ家をつづけたいとねがう作家がいないのも事実だろう
この業界も競争はきびしく、かれらは性器や性交の描写を切磋琢磨しながらみがきあげる
でもどれだけ工夫してえがこうが、他人のセックスなんてみていておもしろいものではない
ようするに生殖器どうしの摩擦運動と、それのわずかなバリエーション
それだけ
もちろん漫画家じゃなくたって、だれでもじぶんの職業に嫌気がさして砂をかむようなおもいをすることはあるだろう
そうじゃなかったらおとなとはいえない
そんなふたり、なんら社会的な存在価値のない犬どうしが最悪のかたちでであったところで恋がはじまるのがおもしろい
こづかい銭の代償に少女たちをえさにしてきたマキムラは、歩からおもわぬ好意をよせられてとまどい、それにこたえようと自腹でDVDを回収する
経済的打算をこえた恋愛感情のたかまりという、むかしの心中物の現代的解釈のようにもおもえる
いたいたしい現実をえがき、これといった希望もしめされないが、それらをすべてうけいれようとする視線がやさしくてこころがうごかされる
ところで関谷あさみのちょっとことばたらずな作風は興味ぶかい
マキムラの家をちょくちょくおとずれるこの人物

いったいマキムラとはどんな関係なんだろうと読者はいぶかることになる
じつは男なのだが、物語のなかでは明示されず、最後から2枚目のページのちいさな自筆のかきこみでこっそりあかされる
いじわるだなあ
某ブログのひとがみごとにだまされていておかしかった
よみかえしてみると登場シーンのそこかしこでにおわせていて、わかるひとだけわかればいいじゃないという作者のいたずらごころがかんじられる
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