睦月のぞみ『白銀妃』
白銀妃
作者:睦月のぞみ
掲載誌:『ハルタ』(エンターブレイン/KADOKAWA)2013年-
単行本:ビームコミックス
[同作者の記事→『兎の角』1巻/3巻/『ハコニワ喜劇』1巻]
トルコ風の宮廷のハーレムへはいった、
銀髪の娘「リリーニャ」を主人公とする華麗なる絵巻物。
その美貌は後宮でもきわだつ。
睦月のぞみは人をくった作風のもちぬしで、ヒロインは超天然。
王の側室になったのも、褒美にネコがほしいから。
18歳の「アルスラ王」は、自由時間を読書についやしたいタイプ。
いやいや夜伽をつとめる女も、ガツガツ寵愛をもとめる女も、とおざけたい。
ハーレムとか無理、萎える。
先輩の「マルテナさん」から新人いびりにあうが、
リリーニャのたわわな乳房は、同性すら幻惑。
マルテナさんが褐色肌の「エーデル」に唇をうばわれる。
可愛かったのでつい。
国王そっちのけで狂い咲きする百合の花。
リリーニャいわく、女の子同士はノーカウント。
ぬるいハーレムラブコメが流行する業界の意表をついた、
リアルハーレムの物語だが、愛慾のもつれとか、政治的陰謀とか、
宮廷を舞台とする物語なら当然からむはずのイヴェントをスルー。
作者独特の、ヘンテコでピュアな恋愛観はゆるぎない。
マルテナさんは、継母に奴隷として売られた薄幸の少女。
「売られた」「買われた」なんて窮地を淡々と、いやむしろ冷淡にえがく。
かわいそうだけど、わらえる。
「王様との性的行為をやらないとダメなんだ」と、後宮の心得を説くエーデルさん。
ムードぶちこわしな、身も蓋もない言葉のチョイスが最高。
不毛すぎるガールズトーク。
ひきあいに出してわるいが、森薫の諸作みたいな、
勿体ぶるため異国の歴史を借りる安直さがない。
そして見開きのうつくしさ。
本作から手描きにもどしたそうで、流麗な筆づかいは冴えわたる。
残念系女子のリリーニャは、だまっていると背景に花がさくので、
妍をきそうマルテナさんとしては、ずっと天然発言をさせようとする。
つまり本作の主題は、「ムダに美人」。
女のうつくしさ自体をギャグにするなんて、きいたことない。
漫画家からひとり天才をあげろといわれたら、ボクは睦月のぞみをえらぶ。
![]() | 白銀妃 1巻 (ビームコミックス) (2014/07/15) 睦月のぞみ |
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睦月のぞみ『兎の角』完結
短篇の名手が成長?
兎の角
作者:睦月のぞみ
発行:エンターブレイン 2010-13年
レーベル:ビームコミックス
[第1巻の記事はこちら]
つくづくおもうのは、睦月のぞみは短篇むきの作家てこと。
失礼ながら、心身ともに持久力がたりなさげ。
そのかわり「壁に恋する少女」とか、「リア充爆発しろとさけぶ女王・卑弥呼」とか、
珍妙な着想を核に十数ページかかせると、他の追随をゆるさない。
このたび全三巻で完結した『兎の角』も、題材そのものは、
もつと重厚長大な、それこそアニメ化される様な人気作となつておかしくない。
主人公は除霊師の「アヤ」。
ツインテ、詰襟にミニスカ、そして男の娘。
設定だけでゾクゾク。
金髪巨乳ヒロインの「イズミ」とふかい仲に。
花をせおい慈しみあう。
でも作者は、「なんだこのバカップル」とツッコまずにいられない。
「ダッチワイフ」連呼もそうだが、キャッキャウフフなラブコメのテンプレートを忌避。
第一巻こそ、全寮制の女子高のややこしい人間関係を追い、
ベタとはいえ、幽霊ものとして読みごたえあつた。
だがふたりはさつさと退学。
だれより流麗な描線の持ち主で、売れ筋の話もかたれるのに、
まさに誰得な巨大ナマコを偏執的にかきこむ。
それが睦月センセイ。
三年つづいた連載なので、内面を掘りさげた部分もある。
アヤの姉「サヤ」は特に重要。
「弟」とちがい霊能力をもつが、一家にまつわる呪いをうける。
楚々たる挙措動作。
着物の柄のうつくしさ。
これだけかけるのに、ナマコに夢中になる漫画家つて……。
そんなサヤ姉さまはアル中キャラだつたり。
女系の家に、男としてうまれたアヤは、霊力がない。
周囲から必要とされず、呪詛で病みおとろえる姉もすくえない。
そんな鬱屈ゆえ、女装をはじめ、家をとびだした。
長篇は「成長」をえがかなくてはならない。
勿論だれがなにをかこうと自由だが、一方で作家は精神的に成長すべきで、
そうすれば痕跡は、おのづと長期連載のなかにあらわれる。
男子の自覚がめざめ、ゆたかな長髪をきりおとすアヤ。
姉がやさしく弟にさとす。
「男であるあなたには、女にない特別な力があるの」
「それは腕力よっ!!」
まさかの腕力オチ。
一体この物語はなんだつたのか……。
オトコノコとして、イズミに告白。
天才的な短篇作家が、苦心惨憺してたどりついたハッピーエンディング。
単行本おまけの後日譚。
四年たち、アヤの身長はのび、ふたりは似合いのカップルに。
でもスカートのまま。
やすやすと余韻にひたらせてくれない。
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睦月のぞみ『ハコニワ喜劇』
『兎の角』の作者の、2005年以降の単行本未収録作をおさめた短篇集
「柴立くんと志堅原さん」(2011年)
ハコニワ喜劇
作者:睦月のぞみ
発行:エンターブレイン 2012年
[ビームコミックス]
まとめて読むとわかるが、睦月のぞみといえば、やはりラブコメ。
ただしノット・オーディナリー、普通ぢやない。
屋上で告白した志堅原さんの背には、天使の羽がはえている。
解釈は読者にゆだねられる。
典型的なヒロインの独善性に対する揶揄かな、とか。
ただ天使が女学生である必然性はない。
もしJKエンジェルが存在するなら、こんなだろうという、絵の説得力だけある。
「メランコリック卑弥呼様」(2012年)
「……リア充は……皆……爆発すれば……いい」
ボソボソと卑弥呼さまがつぶやく。
巫女として女王として、自由をうばわれ、憂鬱にもなろう。
邪馬台国の王の威厳ある艶姿。
弥生時代の女の造形として比類ない。
短篇にしておくのが惜しい。
それも、歴史上の人物にネットスラングを言わせたいだけの。
神通力で国が滅びかねないので、とりあえず無害そうな(?)ゴリラをあてがう。
女王は草食系男子ぶりが御不満の様子。
このあと両者それぞれ固有スキルが発動し、最後にひと捻りくわえオトす。
みごとな十四ページ。
ゴリラである必然性さえ詮索しなければ。
「M441☆」(2005-6年)
無能なメイドロボットが生活を破壊する「M441☆」が収録され、
古参の睦月ファンは狂喜した。
イラストが得意なM441は、テーブルに料理の絵をかいて奉仕。
テレビや本棚やネコもかく。
作者の漫画観があらわれている。
絵だけでは食い足りない。
たとえ誰より描線が流麗で、デザインが創意に富むとしても。
「ハコニワ」(2009年)
老舗の四コマ漫画誌『まんがタイム』(芳文社)の連載。
「リア充死ね」が合言葉の作者なりに、
掲載誌の色にあわせ一生懸命、ほのぼのファミリーをえがく。
父子家庭がむかえた再婚相手は、死神だつた。
ほのぼのしてるし、ハートウォーミングでもある。
でもお母さんが死神つて、終末感ただよいすぎ。
死神に看病されるなんて、心細すぎ。
三話で打ち切りも納得。
本書の題に「ハコニワ」を復活させ、無念をはらした。
「片恋ひ迷子」(2009年)
「私……キレイ?」
口裂け女が主人公の作品。
作者お気にいりのキャラで、単行本『ゾンビ ロマンチシズム』(芳文社)にも登場する。
勿論、恋におちる。
美少年とキスもする。
耳元まで口裂けてるけど。
箱庭での実験の記録、それが睦月作品だ。
「インターバルノエル」(2006年)
警察の取調室での食事の定番はカツ丼。
もし被疑者が若い娘で、食い逃げ犯で、
カツ丼をタカりたいだけなら、そこに物語が生まれるかも。
……なんて目論む漫画家は、のぞみんセンセだけ。
ただひとつ言えるのは、どれほど珍奇な題材だろうと、
つねに「ボーイ・ミーツ・ガール」のトキメキがある。
BLだの百合だの男の娘だの、流行の筋書きにたよらない。
古風すぎるくらい。
そして本物の愛をもとめ、ボクらは旅にでる。
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柊裕一『ゾンビッチはビッチに含まれますか?』
ゾンビッチはビッチに含まれますか?
作者:柊裕一
掲載誌:『月刊ガンガンJOKER』(スクウェア・エニックス)2011年~
[単行本は「ガンガンコミックスJOKER」として、第一巻まで刊行]
二階堂紗季菜。
ツインテに眼鏡、吊り目で優等生の高校一年生。
最高すぎる。
これで普通の学園ラブコメがはじまればよいが……
……実はサキナは「ゾンビッチ」だつた。
ではゾンビッチ設定について解説しませう。
「エロい妄想をしないと心臓がとまるゾンビ」のこと。
え、よくわからないつて?
ですよね。
ボクは単行本を読了してもピンときませんでした。
端的にいつて、つまらない。
「こうた」氏がアマゾンに投稿したレヴューによると、
酉川宇宙『暴想処女』(講談社)の模倣らしい。
いや、パクリでもオマージュでも偶然の一致でも、おもしろければよい。
ただこの条件づけ、逆だよね?
「エロい妄想をすると心臓がとまるゾンビ」ならドキドキできる。
だつて想像力を抑えるのつて、むつかしいぢやない。
シロウトがクロウトに説教するのは滑稽。
オレはアマゾンのバカスタマーを嘲笑してきたし、それくらい承知だ。
作者への敬意が、藝術のよつてたつ基盤とさえおもう。
漫画家は、描きたいものを描けばよい。
でもさ、したがうべき王道が存在するのも事実だよね?
ころされた親の復讐をはかるとか。
借金をせおう主人公とか。
だれもが共感できる、古典的な物語素子を缺いた漫画は、
肉と野菜を煮ただけで、香辛料ぬきのカレーみたいなもの。
ではでは。
比較対象を用意しました。
睦月のぞみ『ゾンビ ロマンチシズム』(芳文社)所収、「微 カオスチック エンター」。
部員約二名の「微化学部」の部長さんが、ついに惚れ薬を完成!
みづから検体となる。
服用後に手鏡をのぞき、自分を好きになれば成功。
二十一世紀に惚れ薬をネタにすること自体、すでにおかしい。
はづみで後輩の哀沢くんと目があう。
なんというお約束!
でもドキドキ。
部長が恋した相手は、壁でした。
王道を視野においてこそ、オチの落差も際だつという好例。
人を笑わせる才能は、おそらく天賦のもの。
「壁に恋する女の子」の着想なんて、脳のどこから湧いてくるの?
それでも『ゾンビッチ』の柊裕一は、研鑽をつんでほしい。
缶コーヒーで暖をとりつつ、白い息をはくサキナ。
上から目線で物をいうのは、この天才的にあでやかな絵で、
「ちよつとエッチな古典的ラブコメ」を読みたいからさ!
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睦月のぞみ『兎の角』
兎の角
作者:睦月のぞみ
掲載誌:『Fellows!』(エンターブレイン)vol.6~
[単行本は「ビームコミックス」として、第一巻まで刊行]
《注意》
以下の記事では、物語の核心にふれています。
黒髪ツインテールに、ミニスカートの学ラン。
これだけで目をひく小柄な娘の背には、巨大な鈴が!
祈祷師・真白アヤ。
その人を食つた言動をふくめ、型やぶりなヒロインだ。
「美少女祈祷師」は、四人の謎の意識不明者をだした女子高に、
その原因と噂される「幽霊」を退治するためよばれた。
校内で案内役をつとめるのが、理事長の娘・天沢イズミ。
繊細な金髪と蒼い瞳は、いわくありげな生い立ちを想起させる。
マジメな性格、雲をつく長身、ゆたかな胸までアヤとは好対照で、
ここに凸凹霊能探偵コンビが誕生した!
バカデカい鈴はこうつかう。
洗錬にかける捜査手法を駆使し、寮をうろつく幽霊の正体と、
人身売買にまつわる学園の秘密をあばきだす。
午前零時にあらわれる、ながい髪の幽霊。
なやめる子羊を、永遠の闇夜にいざなう。
だがこの女が徘徊するのは、イズミの不幸な過去と、
内面にかかえる苦悩に因縁があつた。
……話のつづきは、本書を手にとつてからのお楽しみ。
睦月のぞみ。
失礼ながらほぼ未知の作家だつたが、十年以上の職歴をもつ。
なめらかな描線、あざやかな明暗。
ため息がでるほどの。
耽美的な作風とおもわせつつ、凸凹コンビの漫才で物語はつづられる。
どうも一筋縄でゆかないセンセイらしい。
当世風(?)に「百合展開」もあつたりして。
『兎の角』は、はじめての長篇連載の様だが、満を持してというか、
知る人ぞ知る作家が世に出るときの、自信と勢いを感じる。
だがしかし、事の顛末はさらにややこしくなる。
イズミが十年も書きためたポエムのおかしさは、幽霊話がふきとぶ破壊力。
挙句の果てに――
――耳をうたがう事実があきらかに。
それは兎も角。
タイトルが意味不明なのと、作者が意地悪だという瑕瑾こそあれ、
『兎の角』は、見逃してはならない漫画だと断言しよう!
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