雨水汐『欠けた月とドーナッツ』

 

 

欠けた月とドーナッツ

 

作者:雨水汐

掲載誌:『コミック百合姫』(一迅社)2019年-

単行本:百合姫コミックス

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24歳のOL「宇野ひな子」はデートをしていた。

友達の紹介で会っているその男は、非の打ち所がない相手だった。

でも、ふと肩を触られたとき、ひな子は気持ち悪いと思った。

 

 

 

 

ひな子は若くて美人でおしゃれで、公私ともに充実している。

人も羨む様な毎日を送っている。

でも、中身は空っぽだった。

甘くてふわふわなドーナツが、真ん中に穴が開いてるみたいに。

心を開きたいのに、そこには何もない。

幸せになりたいのに、何が幸せなのか解らない。

 

 

 

 

孤独と不安のあまり、夜道で泣き崩れたひな子に、

たまたま通りかかった5つ上の会社の先輩「佐藤さん」が声をかける。

仕事はできるがブアイソで、ひな子とは真逆のキャラだ。

 

本作は24歳と29歳の関係を描く、いわゆる社会人百合である。

 

 

 

 

社会人百合はファッションが肝心だろう。

たとえばJKなどと比べて金銭的余裕があり、服にカネを使うから。

本作では、ふわっとして柔らかい印象のひな子と、

いつもパンツスタイルの佐藤さんを対照的に描き分けている。

 

一方で、佐藤さんの内面にはあまり踏み込まない。

両親を失い、唯一の家族である妹を溺愛してるらしいのは描写されるが。

この妹のおちゃめな言動もみどころだ。

 

 

 

 

1巻時点でイチャイチャは描かれない。

代わりに、主人公の世界観を読者と共有させるのに紙幅を費やす。

据えられるテーマは女子特有の「同調圧力」だ。

会社の飲み会で、ひな子を他の男とくっつけようと流れを作ったり。

空気を読んでる様で、実はまるで読めておらず、

悪意がないのにストレスの原因となる、同僚の「綾乃」がかわいい。

 

 

 

 

本作は、ガールミーツガールの百合漫画なのは確かだが、

ピリピリした心理戦や、感情のぶつかり合いがほとんどない。

でもこのジャンルに「やさしさ」を求めるなら、これもアリかな。





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仲谷鳰『やがて君になる』第44話

 

 

やがて君になる

 

作者:仲谷鳰

掲載誌:『月刊コミック電撃大王』(KADOKAWA)2015-19年

単行本:電撃コミックスNEXT

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最終話直前の「お泊り回」である。

侑は、晴れて恋人同士となった燈子の自宅を、

相手の両親が旅行に出ている隙に、緊張しながら訪ねる。

ところがタイミング悪く、玄関で両親と鉢合わせしてしまう。

女同士なので怪しまれなかったが。

侑自身の人畜無害な雰囲気も役立ったろう。

 

 

 

 

料理中の会話の場面。

「恋人」「付き合ってる」という言葉を使いたくない、と燈子は言う。

客観的に見て、それ以外の何物でもないのだが、

言葉というのはぞんざいで、使い古されて汚れてるから拒絶する。

4巻にもあった、言葉に対する痛烈な攻撃だ。

 

完結により、『やが君』の歴史的意義が明確になった。

本作の斬新さは、ジャンルの爛熟期に現れたジャンル漫画である一方で、

その属するジャンルを否定し乗り越えた点にある。

ロボットアニメの飽和期に始まった『新世紀エヴァンゲリオン』が、

ジャンルの約束事を踏襲しつつ、それを否定する立場を取ったのに近い。

 

 

 

 

夜も更けたころ、ふたりは結ばれる。

肌はやけどしそうなほど熱く、じっとり汗ばむ。

いつもの涼しげな作風の対極にあるシーンだ。

 

 

 

 

侑の広背筋の描写とか、解剖学的な面白さがある。

これまでずっと静かな湖面の様だった絵柄が、

肉体と肉体が複雑にからみあう、三次元のパズルへ急接近する。

本作のテーマが「仲谷鳰の画才を見せつけること」だとすると、

みごとにオペラの終幕を飾るのに成功している。

 

 

 

 

後書きで作者が分析している。

やが君は、やたら感想が多い作品だと。

こんなブログを書いてる人間としては、

天才の手のひらで転がされてる気がして悔しい。

 

ではなぜ、人はやが君について語りたがるのか?

上述した歴史的意義や、作風の空虚さが理由だろう。

エヴァンゲリオンが、語られすぎなほど語られた様に。

 

 

 

 

僕も随分本作について語ったが、語りきった感じはしない。

それほど偉大だったり、深みがあるとも思えないが、

シルエットが不鮮明で、得体が知れないところがある。

とりあえずの結論は、「やが君は10年代の『エヴァ』である」だ。

残酷な百合のテーゼだ。

エゴサした作者が見たら鼻で笑いそうだが。





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フライ/竹岡葉月『今日、小柴葵に会えたら。』

 

 

今日、小柴葵に会えたら。

 

作画:フライ

原作:竹岡葉月

掲載誌:『コミックREX』(一迅社)2019年-

単行本:REXコミックス

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おしゃれな女子高生の主人公「成田佐穂子」が登校前に着替える、

冒頭のシーンが本作のほぼすべてを物語っている。

誰も見てないはずなのに、他者からの視線を意識してる様な、

スキのない端正なたたずまいが示される。

 

スカートの柄の描写なども、こういうところで手を抜かないぞという、

作画担当者の宣言みたいなものを感じる。

 

 

 

 

佐穂子には気になる人がいる。

おなじ学年の「小柴葵」。

長身でバスケが好きで、いつも男子とつるんでる様なタイプ。

性格が真逆なのもあり、ふたりはほとんど接点がなかった。

 

 

 

 

放課後の駐輪場で、佐穂子は葵とふたりきりになる。

このチャンスに仲良くなりたくて、無意識的にキスしてしまう。

 

原作者はまずキャラ絵を渡され、それから話を考えたと語っているが、

たしかに本作のストーリーは少々とりとめない。

それでもフライは、コミック百合姫の表紙を担当していた人なので、

絵それ自体はなんの瑕疵もなくそこに存在している。

 

 

 

 

第1巻でいちばんエモーショナルな第5話。

明るい態度の下に隠していた悩みを打ち明けた葵は、

おもわず涙をこぼすが、その描写はあっさりしている。

 

 

 

 

むしろ次ページの、月とふたりの少女が織りなす不思議な遠近感の方が、

静かなのにずっとドラマチックに読者の胸に迫ってくる。

 

 

 

 

イラストレーターによるストーリー付きのイラスト集にすぎない、

みたいな低評価もアマゾンなどで散見する。

しかし、そもそも漫画とはストーリー付きのイラスト集なのであり、

本作みたいなシンプルさを許容する懐の深さがあると思う。





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はづき『ゆめぐりゆりめぐり』

 

 

ゆめぐりゆりめぐり

 

作者:はづき

掲載誌:『コミック百合姫』(一迅社)2019年-

単行本:百合姫コミックス

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東京から温泉地に引っ越してきた女子高生が、

地元の女の子と湯巡りしながら、親睦を深めるワイド4コマ漫画。

 

 

 

 

「つばき」と「ひより」の出会いは、駅前の足湯だった。

黒髪の少女が、うっとりした表情でぬくもりを堪能する様子は、

あまりに絵になるので、おもわず見惚れてしまった。

 

 

 

 

勿論、裸形を披露するシーンもたっぷり。

ころころぷにぷにで、つるつるすべすべな少女たちの、

ウェットアンドメッシーな裸の付き合いが描写される。

 

 

 

 

とはいえ、見どころはやはり足湯だ。

道端ですっとストッキングを脱いで入浴する展開は健全なのに、

ありふれた日常を吹き飛ばすエロスの爆弾となる。

 

 

 

 

ストーリーはあってない様なもの、というかほぼない。

でも漫画に可愛さを求めるなら、本作は全篇がクライマックスシリーズ。

いろいろな意味でアツいテーマパークは読者を癒やすだろう。





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高橋哲哉『はつ恋、ときめき うすいほん』

 

 

はつ恋、ときめき うすいほん

 

作者:高橋哲哉

掲載誌:『電撃萌王』(KADOKAWA)2018年-

単行本:電撃コミックスNEXT

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陽姫(ひめ)と絃葉(いとは)は、名門女子校の先輩後輩。

後輩である陽姫の方から告白し、交際をはじめた。

ふたりとも恋愛に疎く、女同士が普通じゃないのをよく解ってない。

 

 

 

 

ウブすぎるのも考えもので、恋人とは何をする関係なのかさえ知らない。

なので友人から借りた同人誌で恋愛を勉強することに。

タイトルは『調教姉妹』。

 

 

 

 

その教科書は、恋愛ビギナーには刺激が強すぎた。

ふたりはアブノーマルな性の世界へ一気にのめり込み、

所かまわず乳繰り合う、暴走百合カップルに変貌するのだった。

 

本作は同人誌をギミックとした、明るくエッチな百合漫画である。

 

 

 

 

これはアマゾンレビューで批判されたシーン(例1,2)。

テーマである同人誌をビリビリ破くのは不謹慎だと憤慨している。

でも事故だし、陽姫は謝ってるし、保存用がもう1冊あるし、

むしろ布教に成功してシメシメと持ち主が喜ぶ様子も描いてるのに。

 

本来論争を呼ぶ様な作品ではないので、反論するのは野暮だが、

もっと野暮な輩どもがマジョリティを形成するのは厄介だ。

尾崎かおりも、漫画読者の幼稚化を嘆いてたのは記憶にあたらしい。

輩どもは作品に、「楽しさ」より「正しさ」を求める。

「トイレのレバーを足で踏むな」とか、低次元なルールを振りかざして。

 

 

 

 

僕はコミケなどに行ったことがなく、作者に直接お会いしたことはないが、

ツイッターで気さくに接してくれるので、人となりはなんとなく解る。

サービス精神が旺盛なのだ。

同人誌を破いたのは、メリハリをつけて感情の起伏を明瞭に表現するためだ。

 

たとえばラーメンを注文したら、チャーハンと餃子まで出てきたとする。

「こんなもの注文してない! ふざけるな、金返せ!」と怒るだろうか?

ひとことお礼を言って、ありがたくいただくべきではないか?

 

 

 

 

第5話には、作者お得意の妹キャラも登場。

これまた可愛い。

メインディッシュの暴走百合カップルだけでなく、

デザートでも楽しませてくれる名店である。





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