たかみち『百万畳ラビリンス』
百万畳ラビリンス
作者:たかみち
発行:少年画報社 2015年
レーベル:YKコミックス
[ためし読み/過去の記事→『ゆるゆる』1巻/2巻/3巻/『りとうのうみ』/『LOVE WORKS』/『SUMMER WORKS』/『果てしなく青い、この空の下で…。』]
たかみちが、弐瓶勉になってしまった。
そびえ立つ白黒のメガストラクチャーが、読むものを圧迫。
水辺を跳ねまわる無邪気な少女もいない。
作者はあとがきで言う、「もっとも自分らしい作品になった」と。
ちょちょちょ、待ってくれ。
あの美しい「たかみちブルー」は、あなたらしさじゃなかったの?
「礼香」と「庸子」は女子大生で、ゲーム会社でデバッグのバイトをしている。
黙々と開発中のゲームをプレイし、不具合をみつける仕事。
妄想か、それとも現実世界におきた異変か。
いつのまに紛れこんだ迷宮での脱出ゲームがはじまる。
長髪の礼香は夏服が似合う、超俗的なたかみちヒロインの典型だが、
記号的に誇張されたブサイクの庸子が、全篇にわたり画面を占める。
いつもの様に可愛さをもとめる読者はつらい。
天使と戯れた楽園からの追放。
たかみちと言えば「水」。
癒やしと透明感と輝きと女性性の象徴だった。
本作では、わざと蛇口を便器の隣に置いたり。
乙女が湯浴みする水も、トイレで流れる水も、
おなじ物質だろうと言いたげな、ファンにとって残酷な仕打ち。
観察力と発想力で「クリエイター」の裏をかき、
ラビリンスの突破口をひらく礼香のゲーム脳がよみどころ。
「ちゃぶ台砲」のひらめきに唸らされた。
理知的な物語であり、壮大かつ緻密な構成ゆえSF漫画に分類されるだろう。
もともと、たかみち作品は推理モノの要素が色濃い。
宇宙をつかさどるほどの礼香の知性は、『ゆるゆる』の「ユキ」さながら。
ここに描かれているのは、黒幕としての女子。
ユキがハルカの制服を直してあげた様に、
きょうも世界は一見つつましい女が、背後で糸をあやつる。
おのれの藝風を封印した縛りプレイのせいで、
かえってたかみち女子は抽象性がまし、印象がより鮮烈に。
『スプラトゥーン』のイカみたいなもの。
きっと必然なのだろうけど、それでも彼女らは一種の奇跡にみえる。
背景に溶けてゆくヒロイン。
『コミックLO』の表紙と同様に。
弐瓶勉『BLAME!』や士郎正宗『攻殻機動隊』への返答でもある本作は、
それらに特徴的な憂鬱さや殺伐さと縁のない、異色の時空を垣間みせる。
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たかみち『ゆるゆる』完結
ゆるゆる
作者:たかみち
発行:少年画報社 2013年
レーベル:YKコミック
たかみちの夏、日本の夏。
サンシェードの様にさりげなく、暑気をやわらげる。
一見ゆるそうで、緻密で論理的なのが本作。
はねとんだカッター片のゆくえをおう36話をみよう。
顔をそむける「ハルカ」が愛くるしい。
くまなく掃除し、磁石をつかつてもみつからず。
灯台もとくらしということで、名探偵「ユキ」は服をぬぐよう指示。
空気みたく淡々としたエロス。
浜辺でさわぐ男たちを、ひとりで相手する41話。
にこやかに話しかけ、それとなくゴミをもちかえるよう誘導。
高1でこのおマセぶり、オンナノコの幼さを強調する「萌え作品」と一線画す。
死ぬならボクは、たかみち少女のいる風呂で溺死したい。
ホテル「アオバトヤ」で日帰り温泉をたのしむ35話。
伊東の「サンハトヤ」とおなじく、浴場で魚がおよぐ。
温泉と水槽の、微細なグラデーションをかきたかつたのだろう。
作者の水マニアぶりにあきれた。
ハルカの家から、バスで帰宅する「みさき」。
夕映えの海は、しづかでせつなくて、ついウトウト。
読者も時間をわすれ、アニメの世界にはいつた気分となる。
寝すごして駅まで1.6キロあるくはめに。
落日の山裾はさびしい。
背景で心情をかたりつくす。
本作のマスコットであるアオバトは夏の渡り鳥。
五年におよぶ連載で季節はかわらなかつたが、
最終回に少女たちは、おわらない夏はないとしる。
モノクロの新作、『百万畳ラビリンス』がすでにはじまつている。
たかみち先生が、たかみちブルーをすてるなんて!
でもひとは前進しなくてはならない。
漫画表現の完成形とすらいえる『ゆるゆる』は画期的だつたが、ふりかえる必要はない。
久保田さんはあいかわらず仏頂面
さわやかな乙女らは、ただひとりだつて、わすれられはしないから。
こまやかで心こもる、とびきりうつくしい作品に感謝したい。
![]() | ゆるゆる 3 (ヤングキングコミックス) (2013/08/10) たかみち |
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たかみち『ゆるゆる』第二巻
数学的美をしるす藝術
ゆるゆる
作者:たかみち
掲載誌:『月刊ヤングキング』(少年画報社)2008年~
単行本:YKコミック
[以前の記事はこちらを参照]
たかみち先生は不幸だ。
ふらり寄つた書店で「たかみちの新刊」をみつける喜びをしらないのだから。
第33話。
写真部の小梢さんが、F1.4のあかるいレンズで撮りまくる。
自然体のみさきは、よりワイルドに!
元気なハルカは、より躍動的に!
賢いユキは、よりスマートに。
ボクはあかるいレンズが売りのGRDをつかつてるが、
カメラの智識もイラストの智識も皆無にひとしく、
なぜ絵で焦点距離を表現できるのか、どうにも言語化できない。
どなたかおしえてください。
仏頂面の久保田きょうこさんは、よりドライに!
智的なルックスながら、成績は残念な久保田さん。
たかみちブルーを背景に仁王立ち。
運慶をこえた。
ただし第29話扉絵で風に舞う満点の答案用紙は、本人の妄想みたい。
お昼に浜茶屋「海盛亭」へ突撃。
水泳部のみさきはカツカレーを食べる気満々。
たかみち世界の少女は肥満と無縁で、カロリー計算なぞ必要ないが。
三人で「特盛カツカレー(2000円)」をシェアする。
3で割れば一人前より得だから。
写真部員ユキは計算だかい。
もつとも作者の視点に寄り添うキャラだ。
ある夏の夜、ひとり自室で。
ぞわぞわ悪寒が。
違和感の原因は、怪談本(ハルカのもの)の順序がズレていたこと。
多分。
霊的存在すら、数学的に処理される。
ユキの嫌いな食べ物は、強いていうなら、鶏肉。
ううん、唐揚げとか好物なんだけど……。
でも牛や豚より、一羽からとれる肉の量がすくないでせう?
命の比重がおもいかなつて、ちよつと気が引けちやつて。
この心のうつくしさ!
そして、算盤勘定のたくみさ!
やはり言語化しようがない。
真夏日、たかみち少女がおよぐプールで溺れるなら、
なんら悔いなく死ねると断言できる。
すくなくとも唐揚げにされるニワトリよりマシとおもえる。
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『果てしなく青い、この空の下で…。』公式ビジュアルブック
2000年に発売されたエロゲーの設定資料集。
たかみちの悪戦苦闘の記録でもある。
果てしなく青い、この空の下で…。 公式ビジュアルブック
著者:柏崎コタロー
発行:KKベストセラーズ 2000年
たかみちブルー!
ぬける様な空の蒼とは、まさしくこれ。
この陵辱場面、はじめ正面から描かれた。
開発のTOPCATは、まわりに見物人がほしいので、
ちよつと引いた構図でおねがいしますと再注文した。
これでOKだったのですが、たかみちさんは
もっといい構図をと探求してくれて、その結果が上記の作品です
かにかに(グラフィック担当)の発言
いつなんどきも、蒼穹をもとめる絵師。
脳内でカメラをぐるぐるまわし、奇跡的なアングルをみつける。
堂島家ではたらくメイドの「雨音」が、強制され主人公の陰茎をほおばる。
光の具合はたかみちさんのこだわりが強いですね。
写実的、とでも言うんでしょうか、たとえば部屋の壁が緑色なら、
そこから跳ね返ってくる反射光もちゃんと緑色が含まれているはず、
といったような部分ですね
犬山工房(グラフィック担当)の発言
障子ごしの逆光を鼻のハイライトとしてあらわす一方、
手前からよわめの光源もつかつている。
ただ掲載画像はちいさいし、モザイクは醜悪だし、
水をかけば並ぶものないたかみちでも、白濁する精液は絵にならない。
なので線画を。
フェラチオはうつくしい。
クラゲに局部のそばを刺された「悠夏」を手あてする。
ラフの打ち合わせの時、たかみちさんから
“岩場の蔭でちょっといやらしいことしたり、
更衣室でエッチなことがあると個人的に萌えですね”と聞き、
“じゃあ入れましょうよ”ということでワンカット指定したんです。
そうしたらツーカット来た(笑)。
鷹取兵馬(企画・シナリオ担当)の発言
更衣室を描きたくてしかたない。
むしろ背景が主役なのが、たかみちの画風。
世界内存在としての美少女たち。
右にかかるのが、シュールレアリスム派の画家「斉臥」の作、『ネコ惨殺』。
「ギーガーみたいなの」という要望に、名状しがたいタブローでこたえる。
ボクは「あの世がたかみち先生の絵みたいだつたら」とおもう人間だが、
こんな地獄へ堕ちる可能性もあるのか。
ハッピーエンドの終業式。
山間のすんだ空気と、陰惨な過去と、六人のきづなを、おだやかに映しだす。
12年まえのエロゲーだが、すくなくとも絵づくりにおいて、
ふるびるどころか異彩をはなつ。
This is TAKAMICHI.
難航するゲーム製作で煮詰まつてそうな原画家を気分転換させようと、
なんでも好きにかいてと販促用のイラストをたのむ。
やはり水。
首尾一貫してるひとだね!
This is TAKAMICHI too.
こちらはディスクラベル。
叙情にキャッキャウフフにネコ惨殺、百花繚乱のたかみちワールドが誘惑する。
ただし背景は蒼。
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たかみち『TAKAMICHI SUMMER WORKS』
TAKAMICHI SUMMER WORKS
作者:たかみち
発行:茜新社 2011年
[FLOW COMICS]
「たかみちブルー」つて言葉はきらい。
だつて先生が一色しか描けないみたいでせう?
本書は、2002年の画集を再編したもの。
ほら、海も空もいらない。
窓ガラスにうつる景色は、みないことにして。
そよぐ前髪。
こんなに暑いのに、すずしい夏やすみ。
自家撞着をおこす色彩。
今度こそ、空も水も抜きで勝負!
……あ、アイスキャンディ。
エロゲー出身のマエストロだが、裸身は得手ではない。
さりげなくみせようと、いつも難儀する。
風呂場らしき空間。
結局、水か。
透明度1000メートルの情慾。
霧雨をディジタルに織りなす。
しめりけが、それをはらむ空気が、描出される。
(※最近は同業者の仕事を)見ないほうだと思います。
影響受けやすいし。
力量の差に絶望して描けなくなるのを避けるため。
※引用者による補足
自分が同業者や、そのタマゴを絶望させてるのに、
無責任な発言ではないか?
さあ、海へゆこう!
だがマエストロいわく、これは失敗作。
各部の彩度と明度のバランスがよくありません。
妙に存在感のない絵になってしまいました。
メイドはともかく、明度はわからない。
ただ無智なボクも、存在感くらい読みとれる。
会話がきこえる。
ふたりの名前・性格・背景が、脳裏で自己主張する。
イラストの約束ごとなぞ蹴つとばせ!
けふの冒険はおしまい。
帰り道は先導する、おとなしいミキちやん(假名)。
手塚治虫のつぎに偉大な漫画家は、
コマ数こそすくないが、九年前すでに健筆をふるつていた。
カテゴライズをこのむ絵師さんたちは、
以上の画風を「たかみち塗り」と呼んで研究したそうだ。
デッサンは曖昧に、色調を前面にだす手法のこと。
作家の本質をつかめてない。
清書して「ペン入れ」しないだけで、もともと主線の概念はあつた。
だから動きを感じるし、漫画に応用できる。
奈落への跳躍。
底しれぬ不安。
たかみちブルー。
大塚製薬は、なぜ先生をポカリスエットの宣伝に起用しないのか?
ただこの燈台の風景、CMディレクター的なあざとさがある。
トモダチ目線のスナップ写真。
それが本来のたかみちだ。
なぜかえらい時間のかかった絵。
何度も何度も描き直ししました。
X線のごとく、すべてに滲みとおる蒼。
完璧すぎて、画集を閉じられない。
海の家で、雨音に耳をすます。
ついに聴覚で水をえがくマエストロ。
二次元空間のベートーヴェン。
ため息のシンフォニー。
おわらない夏。
けがれた憂き世にもどるのが嫌で、ボクは絶望する。
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