愛をもとめて ― NHKスペシャル取材班『職業“振り込め詐欺”』

職業“振り込め詐欺”

 

著者:NHKスペシャル「職業“詐欺”」取材班

発行:ディスカヴァー・トゥエンティワン 平成二十一年

[ディスカヴァー携書 ]

 

 

 

さすがに、一万六千の従業員を抱えるNHKの取材力は大したもので、

「振り込め詐欺」の被害者はおろか、十数の詐欺集団を統括する大物まで、

直接取材をおこなつたことに感心させられる。

「紛失した顧客データの修復に二百万円かかる」と泣きつく息子(を名乗る男)に、

二回にわたり三百五十万円を送金した、山口県在住の七十一歳の男の告白。

 

これはだまされた人じゃないとわからない。

助けてほしくても誰にも言うところがないんですよ。

周りに言っても、『何でだまされたの、テレビでよくやってたじゃない、

バカだねえ』って言われるだけだからね。

自分でも、あの時なんでもう少し考えなかったのかって。

自分がバカだった、自分がバカだったって思い続けるしかないんです。

 

年寄りは一日中テレビばかり見ているから、

自身が新手の詐欺のカモにされていると、知らない者はいない。

悪党はそれを逆手にとる。

最新の時事問題を話題にえらんで電話をかける。

教え子に猥褻行為をはたらいた教師がつかまつたら、教師の家族をねらう。

飲酒運転が問題視されたときは、会社員の家族を重点的に。

テレビなど見ない方が、健全な知力を保てるとボクはおもうが、

両親にはなかなか分つてもらえない。

四百万円を振り込んだ埼玉県の七十代の女は、

その被害を息子に報告したところ、叱責されてしまう。

オレは一生懸命働いているんだから、飲酒運転なんてするわけないだろ。

息子が信じられないのか。

被害額以上の打撃が、家族の絆にいやしがたい傷をおわせる。

 

 

 

ウィークリーマンションなどのアジトを転々としながら、

詐欺集団は一日十二時間、ひとり三百件の電話をかける。

カネの運び役や、ATM引き出し役は別働隊としてはたらき、

特に「出し子」とよばれる引き出し役は、

最末端の使い捨てのコマなので、主犯格とは決して接触しない。

組織構成は本格的だが、ボクがやるとしてもこれくらいは考える。

GPS機能がない輸入した特殊な携帯に、他人名義のチップをさしこみ、

探知することを不可能にした「無敵携帯」をつかつたり。

アメリカのデラウェア州に登記上の本社を設立し、

租税回避地にひらいた口座で、年利二十パーセントの金をうごかしたり。

汚れた金の洗浄がおわれば、貿易会社だの不動産投資会社だのIT企業だの、

オモテの仕事を立ち上げ、成功した青年実業家として社会にまぎれこんだり。

ここまで来ると、現実世界の闇の深さに気が遠くなるが、

ただ奇妙な心象が、胸の奥でモヤモヤとただよう。

邪悪な犯罪への怒りというより、生理的な不快感というか。

 

 

 

振り込め詐欺で検挙された容疑者の年齢構成は、

「詐欺師」という言葉の印象に反し、二十歳代が六十四パーセントと若く、

三十四歳以下で数えると八十三パーセントにおよぶ。

孝行息子のふりをして電話をかけるのだから、当然だが。

かつて振り込め詐欺に手を染めた、二十九歳の「タカハシ」はこう語る。

 

名簿には、実家の住所、電話番号なんかが載ってあるんで、

親の年齢も、やっぱ50代後半から60代後半ぐらいまでの年齢が

一番いいかなって思ってかけるんですよ。

まぁカネも持ってるし、年とると、判断能力もだんだん衰えてくるし。

 

不快感の根拠があきらかになる。

ボクだつて本当にカネに困れば、親に泣きつくだろう。

でもそれは恥づかしいことだ。

老いた親を養うのが子の義務なのだから、だれだつてそう感じる。

まして息子のふりをして、他人の親にカネをせびるなんて!

これほどの恥辱が他にあるのか?

二十代の甘えんぼ詐欺師にくらべれば、

春をひさぐ女の心でさえ、どれほど気高いかとおもう。

 

やっぱり親の心情からしても、息子に当てにされるっていうのは、

すごい嬉しいことだと思うんですよ。

だから本当に、お母さんにしか話をしたくなかったからって言う。

絶対誰にも言わないでねって念押しする。

 

そして、孤独な老人たち。

未成年を妊娠させたとか、会社のカネを横領したのがバレたとか、

息子かわいさのあまり、自分の貯金で臭いものに蓋をさせる。

悪行に正当な裁きをうけさせるのも、親の情けなのに。

でも、頼りにされるのがうれしくて。

人生の終着駅がちかづいた季節にあたりを見回すと、

自分たちが数十年をかけて築いた社会が、

強欲な犬畜生がのさばる醜い地獄だつたと気づき、申しわけなくて。

けふも巷では、愛に飢えた老若男女が、血走つた目でATMに通帳をさしこむ。





職業”振り込め詐欺” (ディスカヴァー携書)職業”振り込め詐欺” (ディスカヴァー携書)
(2009/10/03)
NHKスペシャル職業”詐欺”取材班

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テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

高円宮妃久子『宮さまとの思い出』

 

宮さまとの思い出 ウィル・ユー・マリー・ミー?

 

著者:高円宮妃久子

発行:産経新聞社 平成十五年

 

 

 

高円宮の両殿下の出会いの場は、青山にあるカナダ大使館だが、

当時翻訳の仕事をしていた妃殿下は、翌日が締め切りの原稿が仕上がらず、

上の写真のレセプションから「逃げる」つもりだつた。

ところが車で迎えにきた母につかまつてしまい、

翻訳は後で会社にもどり徹夜で終えることにして、しぶしぶ青山にむかう。

他の出席者とともに紹介された高円宮を見たときは、

首をかしげて相槌をうつ仕草が「宮さまらしい」と感じた。

しかしこの出会いは相槌程度ですまず、毎日電話がかかる様になる。

ガールフレンドをバレエや音楽会に誘うのは、

われわれ庶民とそうかわらないが、ただ会話の中身がすごくて、

たとえば「大垂髪(おすべらかし=宮中行事の髪型)が似合う顔でよかつた」、

ラブラドールが好きだといえば、「うちの庭はひろいから丁度よいね」。

最初は聞き流していた妃殿下も、ついその気にさせられた。

そしてはやくも二週間後に、結婚の意思をつたえられる。

 

 

出会つて一月後の、フランス室内管弦楽団の夕べ。

失礼を承知でいうと、ドレス姿の久子殿下は聡明で明朗快活そうで、

こんな人と親しくなつて、求婚しない男はいないと思わせるうつくしさだ。

この日も結婚を連想させる話をする高円宮に対し、

おづおづと「でもまだ正式にプロポーズをしていただいてませんし…」というと、

かの有名な「Will you marry me?」の一言がとびだした。

おそろしいことに高円宮は、当日深夜に妃殿下の自宅に突撃する。

すでに床についていた父が哀れにも叩き起こされると、

真剣な顔つきのプリンスが待ち構えていた。

「たとえ皇族として生活できなくなる時が来たとしても、かならず、

なんらかの形で生活できる様、久子さんをきちんとお守りしますから」

親王にここまで言わせて、拒否できる親がいるわけがない。

「そうですか、よろしくお願いいたします」とだけ答えた父は、

ヨロヨロとまた二階の寝室へもどつていつた。

鳶に油揚げをさらわれたみたいで、なんだかおかしい。

 

 

 

平成十四年の斂葬の儀のために妃殿下は副葬品をえらび、

高さ六十センチのふたつの檜の箱におさめた。

ひとつは公式行事や、勤め先の国際交流基金に関するもの。

もうひとつには私的な品をいれるのだが、

なにせ趣味がおほいので、箱に入りきらなくて困らされた。

サッカー、テニス、陸上ホッケー、スキー、ダイビングなどのスポーツ用品、

写真集、根付カタログ、指揮棒、ウクレレ、レコード、シャンパン、ボルドーなど。

そして勿論、本も。

 

 

この写真は、次女である典子女王お気に入りの一枚で、

高円宮宮邸の雰囲気がつたわる。

娘に存分にあまえさせながらも、本にむける目つきはするどく、

美術関係の洋書かなにかを熱心に読んでいる。

四十ちかくになつてスペイン語を学びはじめた高円宮は、

すぐに原稿なしでスピーチができるまで上達した。

チェロのレッスンをはじめるときはさすがに悩んだが、

ヨーヨー・マに相談したところ「ぜひおやりなさい」と背中をおされ、

二年後には舞台で演奏するまでの腕前になつた。

人一倍の努力家なのだが、その背景には独自の皇室観があつた様だ。

 

皇族は国民が皇族として認めているから皇族なのであって、

国民が欲しくないといえば皇族はいる必要はない。

 

ボクなりに解釈すると、人形みたいに雛壇にかざられて、

庶民から敬して遠ざけられる生きかたが嫌だつたのだろう。

みづからの能力をためし、存在価値を證明したい。

相当な野心家なのだ。

だから、皇位継承順第七位という最下位の皇族でありながら、

名声が頂点に達しつつあつた四十七歳での死は、無念にちがいない。

 

 

 

平成十四年十一月二十一日、奇しくもまさに七年前。

久子殿下がかけつけた思い出のカナダ大使館では、

スカッシュコートで高円宮が横たわり、人工呼吸器をつけていた。

血色もよく、すこし気分が悪くて休憩している様にしか見えない。

一緒にスカッシュをしていたロバート・ライト駐日カナダ大使は、

うろたえてアレコレいうが、妃殿下はむしろ高円宮の顔をみて安心する。

しかし、彼の心臓はとまつていた。

健康が自慢のスポーツマンである高円宮は、内科的な問題は皆無で、

風邪はおろか、肩こりや腰痛を感じたことさえなかつた。

病気や死と、もつとも縁遠い人物とおもわれていた。

世間的に酒豪の印象があり、アルコールで寿命を縮めたといわれたが、

それは根拠のない憶測で、心ない陰口はのちに未亡人をふかく傷つける。

実は彼は宮邸では、夫婦の誕生日と結婚記念日にしか飲まない。

酒が好きというより、酒の席が好きだつたのだ。

そして、救急車ではこばれた慶應病院の応接室でも、

久子殿下は「入院になつたら大変だな」という程度の認識でいた。

ただ、外に集まりだしたマスコミの数をみて、

ようやく事態がどこにむかつているのか理解する。

「お父さま、目を覚まして。一生懸命にお勉強をするから、目を覚まして」

集中治療室にひびく娘三人の言葉もむなしく、高円宮の駆け足の人生は、

やすらかな顔のまま、午後十時五十二分に幕をとじた。

 

 

 

遺族をおそつた衝撃と悲痛は想像を絶するが、

本書をよむかぎり、久子殿下が取り乱した様子はない。

 

病院の先生から宮さまが亡くなられたことを伝えられても、

あれほどまでにご丈夫な宮さまが亡くなられるなどとは、信じられませんでした。

現実というのは冷たいものです。

でも、宮さまのお人柄なのでしょうか。

その時間が止まってしまったような一瞬の中にも、

確かにどこか穏やかな温かい雰囲気が漂っていました。

なんと表現していいのかわかりませんが、それはチェロの音色のようなものでした。

 

明け方ちかく宮邸にもどり、ベッドに遺体をねかせる。

前日まで無病息災だつた体をかこんだ母娘は、

音楽を愛した高円宮のためにいつもの曲を流しながら、

「まるで眠つているようね」と、家族団欒の様な口ぶりでおしやべりをする。

十二月のはじめに学習院の期末試験がはじまるので、

夜中には父のかたわらで勉強までした。

なんという平穏さなのだろう。

高円宮が家族にそそいだ愛情が、あまりに深く揺るぎないから、

突然に肉体がほろんでも、のこされた者は狼狽しなかつた。

どうかんがえても、これより不幸な出来事はないのに、

自分たちが不幸だとすこしも感じられない。

信じがたいことだが、人はこの様な家庭を築くことができるらしい。

 

 

 

宮さまとの結婚生活は、思いもよらず、

十八年という年月で終止符が打たれました。

今、その十八年を振り返れば、「幸せでした」という一言に尽きると思います。

十八年間、一日一日が充実していましたので、その間、

一度たりとも宮さまとご一緒して悲しいと思ったり、

宮さまとの結婚を後悔したことはありませんでした。

幸せだと思ったことは、ほとんど毎日ありましたけれども……。

 

どれだけ頭をひねつても、これにつけ加える一言は思いつかない。

早すぎた死は無念だとしても、みづから選んだ伴侶にここまで言わせれば、

生涯に一片の悔いもないと言いきれるだろう。

「前世で何をすると、こんなに幸せな生活を送れるのでせうか」が、

久子殿下の口癖だつたそうだ。

さて、記事が長くなりすぎた。

そもそも、普段は要約を得意技とする管理人だけど、

この理想的なカップルの物語が劇的すぎて、

削るべき箇所が見当らないのです!

ただあとひとつだけ、紹介したい逸話があります。

多趣味な高円宮殿下が、意外にもまつたく手をださなかつた分野。

それは料理。

なんでも久子殿下のつよい希望で、遠ざかつてもらつたのだとか。

もしダンナが料理をはじめたら、すぐ自分より上手になるに決まつてる。

でも、ひとつくらい「得意分野」がないと、妻の面目がたたない。

そんな女心がカワイイですよね?





宮さまとの思い出宮さまとの思い出
(2003/11/19)
高円宮 妃久子

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テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

革命的映画 ― 『2012』

 

2012

 

出演:ジョン・キューザック キウェテル・イジョフォー アマンダ・ピート

監督:ローランド・エメリッヒ

制作:アメリカ 二〇〇九年

[新宿ミラノ1で鑑賞]

 

 

 

ブログの企画で『ニューオーリンズ・トライアル』を取り上げたばかりで、

率直にいうと、ジョン・キューザックのパッとしない顔は見飽きている。

レイチェル・ヴァイスだつたら、何本でもつきあう覚悟はあるけれど。

五年前の『デイ・アフター・トゥモロー』で地球を氷河期におくりこんだ、

不謹慎な趣味をもつローランド・エメリッヒ監督の新作は、

またもや世界が破滅するSFパニック映画。

科学音痴のボクには理解できない理由で、地核やら地軸やらが異常をきたし、

地震、火山の噴火、津波が全人類を根絶やしにする。

新鮮な題材とはいえない。

ただ、つねに内心に裏がありそうなキューザックの芝居は、

百五十八回くらい死にかける物語でも、変に取り乱したりしないので、

観客も安心して、生き残るのが誰かという予測をたのしめる。

リムジンの運転手をして食い扶持をかせぐ、

売れない作家という役柄も、彼に合つていたかな。

 

 

 

 

 

太平洋にしづむロサンゼルス。

「この映画はCGが大迫力だから、ゼッタイ劇場で見たほうがイイ!」

なんて書く人がいるけれど、個人的には大きなお世話だ。

シロウトはだまつてろ、と言いたくなる。

どこかのオタクがコンピュータでいじくりまわした画像なんて、

所詮はただの電気信号にすぎないわけで、家でみれば十分。

たとえば、カメラのまえで鎬をけづる役者同士の熱気。

専門家が舌をまくほど調べつくした、脚本の真実味。

気のきいたセリフまわし。

ひとつのコマも無駄にしない、演出と編集のこだわり。

そして、そのすべてを劇場で共有した観客だけが知る感動。

それを体験したいから、ひとは凍空のもと映画館に足をむける。

ま、そんなボクも「大迫力のCG」を巨大なスクリーンでみたくて、

割引き目当てのいつものシネコンではなく、

定員千六十四名の「新宿ミラノ1」にいつたんですけどね!

津波にさらわれた空母ジョン・F・ケネディ(退役艦のはづだけど)が、

大統領ごとホワイトハウスをおしつぶす場面なんて、

口をあんぐりとしてしまいましたよ。

 

 

 

大災害を予知した各国政府は、どうにか四十万人の命だけでも救おうと、

馬鹿デカいノアの方舟をチベットの山中でつくりあげる。

でもね、これが実に腹の立つ話なのですよ!

極秘に売り出された搭乗券の値段は、なんと一枚が十億ユーロ。

(最新のレートでは、1ユーロ=132.27円)

つまり権力者と大金持ちしか船にのれない。

絶対にまちがつているけど、大いにありうる展開でもあり、

到底のせてもらえない境遇のボクは、主人公に肩入れせざるをえない。

この映画には政治がある。

噂によると、ジョン・キューザックは民主党支持を公言し、

政治的発言がおほい左寄りの役者として有名なのだとか。

また、エメリッヒ監督が公にしているのは、同性愛者であること。

 

 

五十四歳とはおもえぬ美男子ではあるけれど、

神経質そうで、「いかにも」という印象があるでせう?

本作は、米国大統領をふくめて黒人の配役がおほかつたり、

少数派に対するエメリッヒ氏の共感が胸にひびく。

それと同時に、自分の性的嗜好を認めることができないなら、

そんな社会は滅びてしまえという、鬱屈した情念も感じる。

ボクはたわいない話だと思いつつも、

『デイ・アフター・トゥモロー』が結構好きなのだが、

映画作家がかかえる破壊衝動を、直感で読みとつていたのかな。


テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

袴田めら『この願いが叶うなら』

 

この願いが叶うなら

 

作者:袴田めら

発行:一迅社 平成二十一年

[百合姫コミックス]

 

 

 

真ん中の短髪の「海」がもつのは、第三世代のiPod nanoで、

右どなりの「陽」から借りたCDの曲を一緒にきいている。

片思いをうたう歌詞をたしかめながら。

nanoはすでに第五世代が市場にでまわつているが、

第三世代の正方形にちかい体状はユーモラスで、それでいて絵になる。

そして「月子」はひとり、街並みのむこうの夕日をみつめる。

 

 

「三人セット」の仲良しグループ。

もう一度紹介すると、左から月子、陽、海。

黒髪ロングで細身の月子は、口数すくなで他人に対し無頓着。

ウェーブがかかつた髪の陽は、おしやべりで世話焼きの元気者。

海はとぼけて頼りないけれど、おひとよし。

ということはつまり、かしゆか、あ〜ちゃん、のっちだ。

Perfumeの三人が雛形だと断定したい。

自分もかつて、このグループをめぐる幻想にまきこまれたから分るのだ。

「彼女たちのあいだで三角関係が成立したらどうなる?」

その実験の成果報告が、この同人誌の様な一冊だ。

 

 

 

 

 

放課後の公園。

三ページめに山場があらわれる。

陽にだまつて、海と月子はつきあつていた。

海に貸すつもりのCDケースが落下する。

でも、ひとつの直線に垂線をひいただけでは、三角形は完成しない。

 

 

 

月子は無表情のしたに、陽への恋心をかくしている。

それは痛み、傷口、病であつて、触れてはいけないものだ、

と自己診断をくだした月子は、願望を決して表沙汰にしない。

 

 

そんな月子に告白した海。

千人分の勇気をふりしぼり、切々とうちあけた言葉を、

「あ 告白した」と他人事みたいに観察する。

すげなく拒絶するより、残酷な胸のうち。

 

 

海の告白は、月子の痩身のなかの核融合炉をゆすぶり、

あまりにむごい口頭試問がおこなわれる。

 

「好きってなに? 具体的に」

「一緒にいたいの」

「それだけ? だったら友だち同士でもできるし」

「は…裸がみたいの」

「ふうん…」

 

なかば憐れむように、なかば興味本位で、月子は求愛をうけいれる。

そして、海が月子の本心に気づいていることが、

この恋をさらに罪深いものにする。

 

 

 

さてこのあたりで、この世でもつとも単純で、いりくんだ迷宮、

つまり三角関係を整理しておこう。

 

(ヒマな管理人が作成)

 

出口がみえない。

『突然炎のごとく』のジャンヌ・モローが、おぼこ娘に思えるほどに。

 

 

空気をよみすぎて、かえつてその場をグチャグチャにするのは、

あ〜ちゃんの言動の複写の様だ。

三人が言葉をかわすたび、みながひとしい深さの傷をおう。

 

 

教師の急病で体育の授業が自習となり、

生徒たちは体育館でかくれんぼに興じる。

演壇のカーテンにくるまる陽と月子。

記憶の底がかきみだされ、既視感がボクの脳裏をよこぎる。

カーテンにかくれたのは、いくつのときだつけ?

 

 

校舎の裏の、願いごとが叶うという森の神社でたおれた海を、

保健室のベッドで、月子が力をこめて抱きしめる。

うれしいのに、気持ちはわかつているのに、明白な一言をもとめる海。

あとで、

ちやんと。

言葉で。

 

 

保健室の扉のまえで、養護教諭と不自然なおしやべりをはじめる。

立話は、このあと十分はつづくのだろう。

ここでみじかい物語の幕がおりる。

少女たちは、話せば話すほど孤独になり、

重すぎる沈黙は、胸の裂傷をより深くえぐる。





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(2009/07/18)
袴田 めら

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ジャンル : アニメ・コミック

正義の女神 ― 『ニューオーリンズ・トライアル』

 

ニューオーリンズ・トライアル

Runaway Jury

 

出演:ジョン・キューザック ジーン・ハックマン ダスティン・ホフマン レイチェル・ヴァイス

監督:ゲイリー・フリーダー

制作:アメリカ 二〇〇三年

[DVDで鑑賞]

 

 

 

左手に天秤、右手に長剣。

目隠しをしたまま、ニューオーリンズの地方裁判所のまえで毅然と立つ。

ローマ神話の女神、ユスティティアの像だ。

その名は英語でいう「justice」、つまり「正義」を意味する。

また司法や裁判のことも「justice」とあらわされ、

たとえばアメリカの司法省は、「the Department of Justice」だ。

この女神のいない社会など、かんがえられない。

目隠しをしているのは、眼前の事象に左右されず、

おのれの良心にのみしたがつて裁きをくだすため。

なんとも剣呑な神さまだ。

人ならぬ身とはいえ、目がみえないで公平な審判ができるのか?

 

 

 

 

 

陪審員九号、ゲーム店員のジョン・キューザック。

ブロンド女は被告側がやとつた調査員で、色気でまどわし弱みをさぐる。

美女にしなだれかかれたニックは、「バンバン撃ちまくれ」と上機嫌だ。

 

 

しかし、「コイツはただのお調子者だ、陪審員からはづせ」と、

被告側の弁護を仕切るジーン・ハックマンが断じる。

おそるべき嗅覚。

実際に陪審員九号は、銃器会社の犬が周囲をかぎまわるのを承知で、

暴力的なゲームが好きなダメ男を演じていた。

たしかに視覚は信用できない。

ブロンド美女も、ゲームオタクのダメ男も、

裏でなにをたくらんでいるか知れたものではない。

 

 

 

 

 

ジーン・ハックマンとダスティン・ホフマンが衝突する、裁判所のトイレの場面。

手をふいたハックマンが歩みより、握手をもとめる。

その手はかすかに濡れて、まだ冷たかつたろう。

ハックマンは、相手の不快感など意にも介さない傲慢さと、

第三者にも握力がつたわる様な、肉体の迫真性を表現する。

 

 

路面電車のなかで。

陰で陪審員をあやつり、一千万ドルで評決を売りつける、

生意気なレイチェル・ヴァイスを強引にひきよせ、小切手を顔につきつける。

撮影時七十三歳だつたハックマンの生身の迫力におされ、

かよわい女の素顔をみせるレイチェルが色つぽい。

 

 

きびしい交渉をきりぬけ、ひとりで降車。

コトがおわつた後みたいな放心した顔つきで、ため息をつく。

ほんの短い一幕に、濃厚な性の匂いがたちこめる。

 

 

まつたく同じ交渉を、今度は原告側のダスティン・ホフマンにもちかける。

服も髪型もかわらないのに、ちがう人間にみえる。

父に小遣いをねだる少女の様だ。

 

 

 

これほど巧みな演じ分けをみせられたら、

目隠しして裁判にのぞむ女神の気持ちも理解できる。

老練な法律家すら、女の嘘にたやすく欺かれるのだから。

 

 

身も心も生傷をおつたレイチェル。

恋人に抱きすくめられながら、すこし苦い勝利の味をたしかめる。

おそらく、嘘にはふたつの種類がある。

ひとつは、欲望を実現するための嘘。

もうひとつは、自分以外の何かのため、みづから傷つくことも恐れずにつく嘘。

レイチェル・ヴァイスの様な、名にしおう女優をみていると、

後者のうつくしい嘘の存在を信じることができる。

みにくい騙し合いの世界に、うつくしい何かがある。

目をつぶつたら、現代の女神の姿をみのがしてしまう。







さてさて、「ブログ DE ロードショー」の第四回はいかがでしたか?

御参加いただいた皆さまのレビューやコメントが楽しみです!


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Author:ケン
千葉市出身、新宿区在住。

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