吉宗『彼女ガチャ』

 

 

彼女ガチャ

 

作者:吉宗

掲載サイト:『コミックトレイル』(芳文社)2019年-

単行本:芳文社コミックス

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1回5万円でガチャを回すと、カプセルに入った恋人をもらえるという、

謎のビジネスに翻弄される男女を描くサスペンスである。

 

 

 

 

5万円は絶妙な値付けで、レア彼女が出るまでハマりそうだ。

運さえよければ、自分には不釣り合いな美女が出現することも。

 

 

 

 

ベッドシーンはあるが、こちらが期待したより淡白だった。

とはいえ女体の描写は艶かしくて魅力的だ。

 

 

 

 

本作のエピソードは、2話で完結するスタイルで語られる。

中心となるのは、ガチャから出てきた個性的な女たち。

 

 

 

 

美人でスタイルがよくて家庭的で、非の打ちどころのない女が、

排出率70%のノーマル彼女だったりする。

つまり事故物件なわけだが、調子に乗った男たちは深く考えないまま、

その傲慢さの報いを受けることになる。





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テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

恩田ゆじ『神木兄弟おことわり リトル・ブラザー』

 

 

神木兄弟おことわり リトル・ブラザー

 

作者:恩田ゆじ

掲載誌:『別冊フレンド』(講談社)2019年-

単行本:講談社コミックス別冊フレンド

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2015-17年に連載された『神木兄弟おことわり』のスピンオフである。

本篇では脇役の「山下セリナ」を主人公に据え、

かわいさの道を究めようとする美学をえがく。

 

 

 

 

セリナは、道端で見知らぬ女の子にチェキをせがまれたり、

ツイッターのフォロワーも5000人をこえるカリスマだが、恋愛経験はなし。

かわいくするのは、モテたいためではなかった。

むしろ下品に女を値踏みしたりする、男の粗野なところが嫌いだった。

我慢できずに面と向かって啖呵を切ることもある。

 

 

 

 

カワイくてイケメンなセリナが、クソ野郎どもに復讐される。

違うクラスの男子に誘われ、なんとなく出掛けたデートが実は罠で、

それに気づいて呆然とする彼女のヒールが、エスカレーターに挟まる。

残酷で印象的なシーンだ。

 

 

 

 

そんな冴えない日常のなか、セリナは弟の様に可愛がる橙次郎と急接近。

ツーショット写真をツイッターにバンバン上げてたら、

彼氏だと勘違いしたフォロワーが勝手に恋バナで盛り上がり、

「これで彼氏じゃなかったらただのビッチ」と決めつける過激派も現れ、

恋愛に消極的だったセリナですら退路を断たれる炎上案件に。

 

自称デジタルネイティブ世代ならではの恋模様がたのしい。

 

 

 

 

モヤモヤしたまま橙次郎と遊園地へゆく。

つれない態度に怒った橙次郎に放置され、ミラーハウスで迷ってしまう。

心象風景として好都合なミラーハウスは、物語の舞台によく出てくるが、

本作での孤独感の表現は、大袈裟でおかしくて、そしてせつない。

 

 

 

 

セリフ、表情、小道具などで共感を誘う少女漫画のテクニックを、

ちょっとハズしながら駆使する、卓抜なセンスが光る作品だ。




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テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

はづき『ゆめぐりゆりめぐり』

 

 

ゆめぐりゆりめぐり

 

作者:はづき

掲載誌:『コミック百合姫』(一迅社)2019年-

単行本:百合姫コミックス

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東京から温泉地に引っ越してきた女子高生が、

地元の女の子と湯巡りしながら、親睦を深めるワイド4コマ漫画。

 

 

 

 

「つばき」と「ひより」の出会いは、駅前の足湯だった。

黒髪の少女が、うっとりした表情でぬくもりを堪能する様子は、

あまりに絵になるので、おもわず見惚れてしまった。

 

 

 

 

勿論、裸形を披露するシーンもたっぷり。

ころころぷにぷにで、つるつるすべすべな少女たちの、

ウェットアンドメッシーな裸の付き合いが描写される。

 

 

 

 

とはいえ、見どころはやはり足湯だ。

道端ですっとストッキングを脱いで入浴する展開は健全なのに、

ありふれた日常を吹き飛ばすエロスの爆弾となる。

 

 

 

 

ストーリーはあってない様なもの、というかほぼない。

でも漫画に可愛さを求めるなら、本作は全篇がクライマックスシリーズ。

いろいろな意味でアツいテーマパークは読者を癒やすだろう。





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テーマ : 4コマ漫画
ジャンル : アニメ・コミック

タグ: 百合姫コミックス  萌え4コマ  百合 

田澤裕『君のお母さんを僕に下さい!』

 

 

君のお母さんを僕に下さい!

 

作者:田澤裕

掲載メディア:『ヤングガンガン』『マンガUP!』(スクウェア・エニックス)2018年-

単行本:ガンガンコミックスUP!

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リサイクルショップで働くフリーターの主人公には、好きな人がいる。

それは同僚の「夕月さん」。

保育園に通う息子がいるシングルマザーだが、

そうは見えないくらい可愛く、スタイルもいい。

 

 

 

 

恋愛経験のない主人公は、自分に向けられる優しさを好意だと勘違いし、

すっかり夕月さんに夢中になってしまう。

トラブルを心配した同僚の女は、それとなく自覚を促すが、

天然な夕月さんは、自分が惚れられてるとまったく気づいてなかった。

 

 

 

 

舞い上がった主人公「稜」は、仕事帰りに告白する。

スーツを着て指輪を贈り、いきなりプロポーズした。

夕月さんは驚くと同時に、ある一言に引っかかった。

「子供がいても僕には関係ありません」。

 

さすがに天然な夕月さんも、相手がどれほど世間知らずなのか悟った。

子供は関係ないって、なんなの。

私には子供より大切なものはないのに。

なのでわざと残酷に稜を突き放した。

 

 

 

 

主人公がみごとに撃沈した第1話は、ラブコメの導入として卓越している。

稜はいったん恋をあきらめ、バイトと会計士試験の勉強に専念する。

夕月さんとは微妙な関係になってしまったが、

自宅で夕食を御馳走になるくらいの距離感は保っている。

 

そこで見た「母親としての顔」は、稜にとって新鮮だった。

 

 

 

 

ニンジンの嫌いな息子は食べているものを吐き出すが、

夕月さんは自分のシャツでそれを受け止める。

あとで床を拭くより合理的だからだが、愛情がないとできない行動だ。

 

でも夕月さんはつい油断し、下着姿を稜に見せてしまう。

 

 

 

 

稜の日常もすこしづつ変化してゆく。

就職に失敗したせいで父親とケンカし、家を出たのだが、

久しぶりに帰った実家で、会いたくなかった父と出くわす。

邪険に叱られると思いきや、その反応は意外なものだった。

 

いろいろあるけれど、なんだかんだでお互いを支え合う、

家族のありがたさを感じるエピソードが、作品全体で語られる。

 

 

 

 

夕月さんも母性だけの人ではない。

子供のためなら頑張れる、なんでもできる、それは事実だが、

できることには限界があるし、不安になるときもある。

「母は強し」なんて安易に言われると納得できない。

 

そんなシングルマザーの孤独感や無力感も描かれる。

作者の初単行本と思われるが、中堅作家レベルの充実した作品だ。





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テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

『竜圏からのグレートエスケープ』 第1章「竜に咬まれた少女」


全篇を読む(準備中)






 歌舞伎町、かつて不夜城と称された歓楽街は、いまや一望の廃墟だった。ビルの残骸からなるチャコールグレーの丘陵を、雨水が滝のごとく流れ落ちていた。鉄骨の枝に吹きつける風に、ガラスの破片の落ち葉が舞った。

 黒い蛇に似た極大の物体が、道路を塞いでいた。九本の竜の首だった。切断されてもなお痙攣していた。

 四年前、東京は竜によって占領された。

 東京湾から竜の大群が、都心部へ上陸した。世界各地で同様の事態が発生し、甚大な被害をもたらした。散発的な戦闘と交渉の月日を経て、人類は武力をもって竜を排除すると決意した。当然の権利の行使だった。「人竜戦争」のはじまりだ。そして人類は思い知った。竜という想像上の生物が、想像以上の力を持っていることを。彼らは保有する戦力のすべて、具体的に言うと核兵器などを使用した。結果は絶望的だった。

 それでも人類は諦めなかった。

 歌舞伎町に横たわる屍骸は、西部戦線で猛威を奮った九頭竜のものだ。ワンサイドゲームばかりのシーズンにおいて、溜飲を下げる得点だった。

 しかし、まだ交戦は続いている。

 精悍な風貌の青年が、アサルトライフルのSCARを竜に対し発砲していた。野球帽をかぶり、防水のフリースジャケットを着ている。青年はしゃがんだ姿勢で、セーラー服の少女の左腕を脛で圧迫していた。豪雨が降り注ぐ路面に血溜まりができている。青年は九頭竜に咬まれた少女の止血と、ライフルの操作を同時に行っていた。

 竜に咬まれた哀れな少女は生贄だった。全面戦争が繰り広げられる一方で、人竜間にはブラックマーケットが存在し、人身売買などの違法取引が横行していた。セーラー服を着せられたのは、竜族は人間の処女を好むゆえ高値がつくからだ。

 ギエェーッ!

 口腔に被弾した黒竜が飛び去っていった。

 青年は射撃を止めた。SCARをスリングで提げ、少女を瓦礫の陰へ引き摺った。止血帯を少女の腕に通し、棒で巻き上げた。たった一人で戦うこの二十二歳の名は、因幡八代。竜に対抗する軍事組織「禁衛府」の、下士官にあたる衛士長に任じられている。

 禁衛府のタスクフォースは今回の秘密作戦で、人身売買に携わる盗賊団を買収し、業者にカムフラージュして竜族の支配地域へ潜入した。そして不意打ちにより九頭竜を斃す大戦果を上げた。付近の残敵も掃討した。竜族は分厚い鱗と霊力で守られるが、巨竜はともかく使いっぱしりの小竜程度なら、ライフル弾などの通常兵器でも防禦を貫通できる。

 運がよければ。

 出血で青褪めた少女に、因幡が言った。

「具合はどうですか」

 少女が言った。「頭がぼんやりする」

「じきに後続部隊が到着します。そうしたら輸液しましょう」




 雨は弱まる気配がない。人の手で管理されてない街路は排水機能が働かず、膝が浸かるほど水位が増していた。

 軍人と盗賊が、路上に停まるトレーラーに荷物を積んでいた。竜の反撃を恐れて動きが鈍い。禁衛府の衛士は、生贄の少女十数名をコンテナへ誘導した。可憐な少女らは解放されて安堵するより、人と竜の戦闘の凄惨さに怯えていた。盗賊は黒光りする石を、積載量の限界まで積み込んだ。霊力が篭もるこの竜鉱石が、彼らの報酬だ。

 新宿は敵地だった。一刻も早く脱出したい。他方で、できるだけ手土産を持って帰りたい思惑もある。焦る衛士と欲張る盗賊の間で、口論が起きた。

 袖を切って左腕にガーゼ包帯を巻いた女が、一連の作業を指揮していた。メディックの治療を受けたばかりの、竜に咬まれた少女だ。処女性の象徴たる白のセーラー服は泥塗れだった。腰に締めた剣帯に日本刀を佩いている。竜鉱石を鍛造して仕上げた霊刀クサナギだ。

 少女は、連携の取れない混成部隊に刀を振りかざし、風雨に掻き消されないよう大声で叱咤した。雨に濡れた前髪が額に貼りついていた。口を開くたび、発達した犬歯が露わになった。幼く愛らしい顔立ちだが、野性味も滲ませた。気性の荒い野良猫といった印象だ。

 彼女の名は暁ジュン。この十八歳の娘が囮となり、九頭竜をクサナギで斬った。事務方も合わせて九千人を擁する禁衛府の長官でもある。これまでジュンには数多くの上官がいたが、ほぼ全員戦死した。もはや人竜戦争において、ジュンに指図できる人間は残ってなかった。

 ジュンは爪を噛んだ。

 十名いた盗賊が、三名足りないのに気づいた。戦闘に不参加の盗賊に死傷者は出てないはずだ。監督の目を盗み、どこかで悪事を働いてるに違いない。

 ギャーギャー!

 廃ビルの方から獣の鳴き声が聞こえた。逃げ遅れた竜だろう。激変した東京の生態系、いわゆる竜圏では、竜以外の動物にめったに出会わない。

 ジュンの眉間に皺が寄った。

 数分前、盗賊があのビルに入るのを見た。さっさと小悪党どもを送り返して、本来の目的に取り掛かろう。

 風俗店の看板を通り過ぎ、ジュンは新宿東宝ビルへ水溜りをばしゃばしゃと進んだ。元はシネマコンプレックスやホテルが入居する大型施設だった。竜が支配する前の歌舞伎町は、多種多様な欲望を飲み込むユニークな空間だった。

 泥濘に足を滑らせ、ジュンは手をついた。出血多量のせいで歩行がおぼつかない。メディックが勧める乳酸リンゲル液の輸液は断った。部隊は帰投の準備をしているが、まだ彼女の悲願である復讐を遂げてない。輸液バッグをぶら下げて作戦行動するなど御免だった。

 ジュンはサブマシンガンのP90を両手で持っていた。トリガーの下のセレクターをフルオートに合わせてある。貫通力の高い特殊な弾薬を、拳銃のファイブセブンと共用できる優れた銃だ。ただしジュンが選んだのはアニメの影響だが。

 動かないエスカレーターを歩いて上り、シネコンの内部へ入った。異臭が鼻腔を刺激した。ロビーには一面、竜の卵が並んでいた。孵化して卵殻を破った子竜もいる。深いエメラルド色の鱗を持つ緑竜だ。ロビーは産卵と孵化のための施設として使われていた。絨毯敷きの床を覆う粘液が、ローファーにこびりついた。

 ロビーには盗賊が三人いた。大きな卵を左右の脇に抱え、持ち出そうとしていた。ブラックマーケットで売り捌くつもりだ。よちよち歩きの小竜が同胞を救おうと咬みつくが、盗賊に蹴り飛ばされた。泡を吹いて気絶した。

 紫のタンクトップを着た女盗賊のホムラが、略奪を仕切っていた。この盗賊団では古株で、額に傷跡があった。

「ホムラ」ジュンが言った。「卵と子供には手を出すな」

「これはめっけもんだよ。緑竜の卵は竜鉱石より高く売れる。たまらなく美味なのさ。あんた食べたことあるかい?」

「聞いてるのか。あたしは卵を盗むのを許可してない。時間的にも限界だ」

 ホムラはジュンに詰め寄った。豊満な乳房を誇示するかの様に胸を張った。

「いいや、聞こえないね。ウチらは盗賊だ。お宝を見つけたのに放置なんて、できるもんか」

「まだ生まれてすらない竜に罪はない」

「おやおや。ドラゴンスレイヤー様の御意見とは思えないね。竜は竜だろう。成長すれば人間を襲うんだ」

「緑竜はおとなしい。こちらから仕掛けないかぎり無害だ」

 ホムラは首を横に振った。竜退治のエキスパートと議論する愚を悟った。卵を抱えたまま、包帯を巻いたジュンの肩にわざとぶつかり、ロビーから出ようとした。

 カシャッ。

 金属音がしたのでホムラが振り返ると、コッキングハンドルを引いて給弾したP90を、ジュンが構えていた。

 ひゅうと短く口笛を吹き、ホムラが言った。

「ウチを撃とうってのかい。竜圏の外にいる仲間が黙ってないよ。禁衛府が盗賊と組んでると知れたら、世間は大騒ぎだね」

「卵を元に戻せ」

「もともとあんたは恨まれてるんだ。霊力を使いすぎるせいで洪水が起きて、市民が何万人と死んでいる。竜に殺された人数より多いじゃないか」

 ジュンは銃口を下げた。首を回してボキボキと鳴らした。

「竜鉱石をやる」

「なんだい」

「折半する約束だったが、全部くれてやるよ」

 破顔一笑したホムラは、八歳年下のジュンの肩を抱いた。

「さすがは長官閣下! 話がわかるねえ」

「うるせーな」

「他の軍人連中と違って、あんたのそういう融通の利くところ、ウチは好きさね」

 ホムラはふくよかな胸を押しつけ、ジュンの頬にキスした。




 シネコンから出ると、トレーラーの荷積み作業は終わっていた。天候はさらに悪化し、大型台風が直撃した様な暴風雨となっていた。ジュンは交通標識のポールにつかまらないと立っていられなかった。

 歩くこともままならない荒天なのに、単独で作戦行動できるか不安になった。

 でも、やるしかない。

 あたしはそのために新宿を再訪したんだ。

 トレーラーに乗ったホムラが、助手席からジュンに言った。

「あんたらも早く乗りなよ」

「西口の高層ビル街に黒竜王の巣がある。ちょっくら挨拶してくる」

「無理だろう、そんな大怪我してちゃ」

 突風が吹き、標識のポールが根本から折れた。部下の因幡八代が駆け寄り、ふらつくジュンを押し倒した。

 ドーンッ!

 凄まじい騒音がし、地面が揺れた。

 路上に黒い物体が出現していた。怪獣映画のゴジラの頭部だ。東宝ビル八階に飾られていたオブジェが落下した。もしあそこにいたらと思うと、ジュンの背筋は寒くなった。

 覆いかぶさる因幡の顔を見上げ、ジュンが言った。

「ありがとう」

「長官には何度も助けていただきました。これくらいお安い御用です」

 至近距離で囁かれ、ジュンは紅潮した。ほころんだ口許を手で隠した。まるでプリンセスに仕えるナイトではないか。

 泥濘の中で立ち上がり、ジュンが言った。

「あたしはもう大丈夫。因幡も帰還しな」

「何をおっしゃるんですか。自分もお供します」

「いいから乗れ。これは命令だ。黒竜王と刺し違えるのは、あくまであたし個人のミッションだ。巻き込みたくない」

「その命令には従えません」

「頑固だな。霊刀遣いならともかく、お前なんかいても役に立たない。死体が二つになるだけだ」

「そんなことはさせません。長官は自分がお護りします」

 雷光が因幡の顔を照らした。落ち着き払った表情は、決意の固さを感じさせた。

 人竜戦争において今のところ最大の会戦である「スカイツリーの戦い」で、ジュンは因幡の命を救った。それ以来彼は忠節を尽くしていた。

 因幡は装備の確認を始めた。やる気満々だ。どうすれば説得できるだろうか。

 ジュンは制服のスカートのポケットから定期入れを出した。中に入っていたカードキーを因幡に渡して言った。

「ひとつお願いがある」

「浦安にあるトランクルームの鍵ですね」

「官舎暮らしで手狭だから、荷物をよそで保管してるんだ」

「何を保管してるんですか」

「両親の遺品。あとは抱き枕とか、人に見られたら恥ずかしいアニメグッズ。あたしが戻らなかったら、処分してほしい」

「お断りします。自分は戦闘員であって、長官の雑用係ではありません」

「アニオタにとっちゃ大切な宝物だ」

「自分は野球オタクなので価値がわかりません。では準備をしたいので失礼します」

 因幡はカードキーをジュンに返した。弾薬などを調達しに後部のコンテナへ向かった。

 にやにやと笑みを浮かべ、ホムラがジュンに言った。

「ハンサムな男じゃないか。あんたのいい人かい」

 ジュンが言った。「そんなんじゃねーよ」

 血相を変えて振り返り、因幡が叫んだ。

「そこの盗賊! 我ら軍人を侮辱するか!」

「なんだよ。おっかないね」

「貴様らなどには解らぬだろうが、自分は断じて、よこしまな思いで長官に仕えているのではない!」

 助手席の側のジュンを見下ろし、ホムラが小声で言った。

「あんたも苦労が多いねえ」

「ほっとけ」

「確かに顔はいいけど、あれじゃあ脈はないな」

「アラサー女は黙ってろよ」

「二十六歳はアラサーじゃないさ」

「四捨五入したら三十だろ」

「正しくは『二十代半ば』って言うんだよ。それはともかく長官閣下、御武運を!」

 おどけて敬礼するホムラを乗せたトレーラーが発進した。

 因幡はSCARを構え、西武新宿駅の方へ歩き出した。ジュンの命令なしで勝手に先導していた。有能な下士官だが、やや独善的なところがあった。

 雨に打たれながら、ジュンはため息をついた。

 因幡を直属の部下に選んだのは、訓練の成績が良かったからだが、それより顔写真がイケメンだったのが大きい。

 ジュンはつぶやいた。

 なんだよ、よこしまな思いって。別にそういう目で見られても、あたしは構わないのに。




 山手線の高架を潜った先の、副都心と呼ばれた西新宿は、歌舞伎町より無慚に朽ち果てていた。人と竜の、ときに竜同士の争いに巻き込まれ、すべての超高層ビルが倒壊していた。腐蝕した近代的建築に蔦が絡みつく様子は、どこか退廃的な美を感じさせた。

 ジュンと因幡は、瓦礫に身を寄せて暴風雨を避けながら、荒廃した土地を進んでいった。

 まだ竜族との遭遇はない。重傷を負ったジュンにとって、因幡が同行してくれたのは正直ありがたかった。目と耳がもう一組あるおかげで、警戒しながらの戦術的移動がしやすい。

 ターゲット以外との交戦は極力、いや絶対避けたかった。

 クサナギの使用はあと一回が限度だ。九頭竜を斃すのに霊力を使いすぎた。これ以上はジュンの身心が保たないだけでなく、嵐による被害も取り返しのつかない規模になる。

 暗雲を引き裂いて数頭のワイバーンが飛び交い、金切り声を地上へ響かせた。ワイバーンはもっとも飛行が速い種族であり、偵察・警戒・連絡などの役割を務める。電波が通らない竜圏で、竜族は情報量の多い啼声と記憶を共有する能力を駆使し、高度な移動情報通信システムを構築していた。

 雲翳を見上げながらジュンが言った。

「仲間を呼んでやがる」

 因幡が言った。「赤竜まで来たら厄介ですね」

「黒竜の縄張りのど真ん中だから、それはないな。襲ってくるとしたら人間の奴隷だろう。注意しろ」

「あの盗賊団が裏切るかもしれませんよ」

 前行する因幡の広い背中をジュンは眺めた。盗賊を作戦に引き入れることに彼は猛反対していた。

「ああ見えてホムラは筋を通すタイプだ。利益も与えてある。心配いらねえよ」

「だといいのですが」

 ジュンはアンフェタミンの錠剤を飲み込んだ。いわゆる覚醒剤だ。多用すべきではないが、激痛と疲労を吹き飛ばすためには仕方なかった。

 足許に流れる雨水に指を浸した。コールタールの様に黒ずみ、粘りついた。鼻が曲がりそうな臭気も漂った。

 ジュンが因幡に囁いた。

「近いな」

 因幡は無言で頷いた。楽天イーグルスの臙脂色のキャップの下の、端正な顔が引き攣っている。

 いまから対峙するのは、大地を支配する黒竜族の長だった。人類はまだ、族長クラスの竜を斃した経験がない。終わってみれば、黒竜王が飲み込んだ膨大な血の量が、また一滴増えるだけの結末に至るかもしれない。

 賭博なら、二人はそっちにベットするだろう。

 コンクリートの砕片が崩れないよう慎重に、ジュンと因幡は斜面を登った。都庁前の半円形の広場に出た。午後二時なのに空は暗澹としており、視界は不鮮明だった。ナイトビジョンを用意すべきだったとジュンは後悔した。前方に倒れた二百四十三メートルの都庁舎が、広場を占拠していた。

「おかしい」ジュンがつぶやいた。「黒竜王はこの辺りにいるはずなのに」

 轟々という音が響いた。

 ジュンはぎょっとして飛び跳ねた。三年に及ぶ軍歴で、その音が何を意味するか知っていた。

 巨竜の寝息だ。

 P90を瞬時にクサナギに持ち替えた。近辺で寝ているであろう黒竜王を探した。

 ジュンが叫んだ。「クソッ!」

 見誤っていた。広場に横たわっていた物体は、倒壊した都庁舎などではなく、眠っている黒竜王だった。

 これほど巨大とは。

 三年前、ジュンは黒竜王を間近に見たことがあった。あれからさらに肥大化していた。

 ジュンは戦慄した。武者震いだった。

 ついに見つけたぜ。

 お父さんとお母さんの仇を。




 黒竜王の尾の方から、人間の女の声がした。

「待ちなさい! 私たちが相手になるわ」

 古代風の黄色の衣装を着た女三人が、横坑から現れた。プリーツスカートみたいな裳を穿き、鉄矛を持っていた。

 ジュンは舌打ちした。

 めんどくせえのが出てきやがった。

 女たちは黒竜王の妻だった。聞かないでも解る。戦前は政府が籤引きで人身御供を差し出したし、戦中はブラックマーケットで多くの女が売られていた。竜族がいかなる審美眼に基づいて人間の妻を選ぶのかは謎だが、三人とも王の側女にふさわしい器量を備えていた。

 矛でライフルに対抗する女たちのデタラメぶりが、衣装だけでなく世界観まで古代風に染まった証拠だ。インカ帝国を征服するときのスペイン人の心境を、ジュンは確知した。

 無謀な敵が、いちばん厄介だと。

 おいそれと人間に手は出せない。竜圏は少なくとも名目上、日本の法律が適用される領土だ。無法地帯ではない。下手を打てば、政治的にこっちの首が飛ぶ。

 長い黒髪を後ろで束ねた女が言った。

「竜王様への乱暴は許さない」

「ええっと」ジュンが言った。「特殊生物被害者保護法にもとづき、皆さんを竜圏外へ送還します。こちらの因幡衛士長の指示に従い、速やかに退去してください。従わない場合は敵性勢力と認定され……」

「竜王様は重い病に罹ってるの。おそらく寿命なの。お願いだからそっとしておいてあげて」

 ジュンは振り返って黒竜王の寝顔を見た。健康かどうか診断できない。ジュンが精通してるのは竜の殺し方だ。

 ジュンは怒りを篭めて女を睨んだ。

 この女たちの言動は理解できる。ストックホルム症候群だ。人質が誘拐犯に愛着を示すというあれだ。珍しくもない。

 あたしはただ、邪魔されたくないだけだ。

 ジュンが因幡に言った。

「こいつらを武装解除して追っ払え。抵抗したら撃っていい。あたしはサクヤが来る前にケリをつける」

 因幡が言った。「了解」

 サクヤとは、禁衛府次長の清原サクヤのことだ。中学以来の親友としてジュンを補佐するだけでなく、独走しがちな相棒の手綱を締めるお目付役でもあった。

 三人の女は、近づく因幡に穂先を向けた。皆へっぴり腰で、アサルトライフルを装備した衛士の敵ではない。

 それでも彼女らは、徹底抗戦の意志を示していた。

 黒髪の女がジュンに言った。

「聞いて。あなたは竜王様の御心を知らないだけなの」

「なめんな」ジュンが言った。「あたしはこのトカゲ野郎をようく知ってる。最低最悪の人食いモンスターだ」

「竜王様は本当は平和を望んでおられる」

「うるせえ、ビッチ。寝言は地底界に帰ってから言え」

「人と竜は解り合える。種族の違いは問題じゃないの」

 因幡は会話を聞きながら唾を飲んだ。背後にいるジュンが、女を真っ二つにする衝動に駆られるのを気配で察した。人間の殺害は物議を醸す。ジュンの統率力や戦術眼を因幡は尊敬しているが、若さゆえの軽率さを感じるときもあった。

 あえて因幡はSCARの銃口を下げた。釣られて女の一人が、やあっと無意味な叫びを上げて矛を突いてきた。因幡は右に動いて躱し、女の腕を取って転がした。もう一人に足払いし、ジュンと口論していた最後の一人の側頭部に、SCARのストックを叩き込んだ。

 鮮やかな手際に感心し、ジュンは鼻を鳴らした。

 高校時代まで野球選手だった因幡は、百八十四センチと長身だ。肩を壊して引退する前は、プロから声が掛かるほどの剛速球投手だったらしい。男なので霊力を使えないが、単純に近接格闘の技倆であればジュンを凌いでいた。

 ジュンと因幡はアイコンタクトした。

 決着をつける時だ。




 左手をクサナギの鞘に添え、ひとりでジュンは一歩また一歩と、黒竜王の頭部へ近づいた。心臓が高鳴っていた。

 お父さん、お母さん。

 見ててね、今からあたしがすることを。

 黒竜王の瞼が持ち上がった。濁った目でジュンを見下ろした。

 努めて平静な口調で、ジュンが言った。

「よう、久しぶり。あたしを覚えてるかい。それとも人間なんて餌だから、気にも留めないかな」

 竜族は人間の言語を解する。発声はできないが、人間の精神に直接言葉を送り込むことができた。

「覚えているとも」黒竜王が言った。「我々の記憶は失われることがない。そしてその記憶は竜同士で共有される」

「あたしも竜だったら赤点取らずに済むのにな」

「暁ジュン、お前は両親の仇を取りに来たのか」

「たりめえだろ。そのためにあたしは生きてきた。地獄の様な戦場を潜り抜けて」

「どれだけ竜を殺した。どれだけ人間の被害者が出た」

「あたしに説教すんな、トカゲ野郎。命乞いをしたけりゃ聞いてやる。まあその後で瞬殺するけどな」

「哀れな。憎しみに囚われた娘よ」

 ジュンはクサナギを鞘走らせた。しかしバチバチと火花が散る音がして、刀は固まった。手許を見ると、鍔のところに電光の鎖が巻きついていた。

 霊力によってクサナギが封じられた。誰がやったのかは解っている。その権限を持つ人間は一人しかいない。

 暗がりを見回しながらジュンが叫んだ。

「サクヤッ! 霊鎖を解けッ!」

 死角から、禁衛府次長の清原サクヤが現れた。刀の間合いに澄まし顔で立っていた。抜けない以上斬られる恐れはない。

 迷彩戦闘服を着たサクヤは、ジュンの中学時代の同級生だ。人目を引く容貌の持ち主だった。美少女というだけでなく、生まれつき唇と頬が真っ赤だった。あまりに唇が赤く、まるで生肉に食らいついた後みたいに見えるので、コンシーラーでごまかさねばならないくらいだ。

 憮然と腕組みして、サクヤがジュンに言った。

「あなたはひどい人ね。私に前線の指揮を任せおいて、自分は秘密作戦をこっそり実行してたなんて」

「なぜ邪魔する。あと一太刀で黒竜王を葬れるんだ」

「作戦中止命令が出たからよ。首相直々の」

「ふざけんな!」

「ふざけてるのはあなたでしょ。霊剣の使用は一日一回までと決められてるのに、もう四回も使った」

「九頭竜を斃せたんだから価値ある勝利だ」

「犠牲が大きすぎる。霊力バランスが崩れたことによる異常気象で、関東地方のほとんどのダムが決壊した。どれほど被害が生じたのか見当もつかない。実質的に敗北よ」

「国民は理解してくれる」

「あらそう。弁明は軍法会議でするといいわ」

 サクヤの真っ赤な唇が歪んだ。ナンバーツーである彼女には、長官を告発する法的権利がある。

 ジュンは剣帯に差していた、鉈の様に大型の戦闘用ナイフを振るった。サクヤは目を丸くして、自分の左頬を触った。華奢な指がべっとりと血で濡れていた。

「信じられない」サクヤが言った。「自分が何をしたのか解ってるの」

「霊鎖を解け。三度めは言わない」

「あなたは親友の顔を切ったのよ」

「それがどうした」

「狂ってる。あなたの辛い経験は知ってるわ。でも禁衛府を率いる責任の方が重いでしょう」

 ジュンは苦しげに俯いた。明るく快闊な性格だが、ときおり陰鬱な表情を見せることがあった。

 ぼそぼそとジュンがつぶやいた。

「三年前、あたしは京王プラザホテルのレストランにいた。両親の結婚記念日を祝っていた。黒竜王が現れて新宿を壊滅させた。お母さんはあたしを庇って死んだ」

「家族を失ったのはあなただけじゃないわ」

「着飾ってキレイにお化粧したお母さんは、黒焦げになった。翌朝救助されるまで、あたしは瓦礫の下で一晩中、お母さんの焼け爛れた肉の臭いを嗅いでいた。一分一秒だってあの日を忘れたことはない」

「…………」

「たとえ世界が滅んでも、あたしは黒竜王を斬る」

 闇の中でジュンの瞳が燃えていた。サクヤはこの幼馴染が、実は竜より恐ろしいモンスターだったのではないかと、考えを改めていた。本能的な恐怖に震えながら。




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苑田 謙

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