『殲滅のシンデレラ』 第4章「地下駐車場」


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 アヤは羽多野とトワに連れられ、薄暗い地下駐車場をあるく。ことなる制服の少女二名と、派手なスーツの男一名。見慣れない組み合わせだ。

 コンクリートで囲まれた空間は、無機質で陰鬱。別のレーンから、タイヤの摩擦音がひびく。食事を終えたどこかのだれかが、帰路についた。

 新幹線も飛行機も、すでに京都行きの最終便が出た。アヤたちは都内のホテルで一泊したあと、早朝の新幹線に乗る予定だ。そして明日の夜十二時までにテロリストを斃す。タイトな日程になる。

 羽多野の車は、赤いメルセデス・ベンツGLS。七名が乗車可能なSUVだ。自慢の愛車の前に、中年の男女が立っている。ひとりはアヤの母。となりのピンストライプのスーツの男も見覚えがある。一度か二度、夫人同伴でアヤの家に来ていた。たしか東急本店の店長だったはず。

 濃紺のワンピースを着た母に、アヤが言う。

「よくここがわかったね」

「一応母親ですから。あと無理を言って、こちらの関さんに御協力いただいたの」

 母は関に頭をさげる。丁重に礼をのべる。関は満足げに、エレベーターの方へ去ってゆく。

 このデパートにとって、アヤの母は最大のお得意さまのひとり。大口顧客をつなぎとめるのは、店長の重要な職務だ。よその親子ゲンカに介入するくらいの骨折りは、苦にしない。




 アヤと母のふたりがGLSに乗る。体を包みこむ革張りのシートに座る。地下駐車場も静かだが、車内はまったくの無音だ。

 息苦しい。

 窓にシンデレラが映っている。アヤにウィンクし、サムズアップする。母との対決を応援してくれるのはうれしいが、正直言って気が散ってしまう。

 シンデレラは、スカートをひるがえしスピンする。電飾をほどこされた馬車などの乗り物が、GLSの両脇を行進する。お姫さまや妖精がその上で踊る。おなじみの賑やかな曲がながれる。

 エレクトリカルパレードだ。

 眉をひそめて母が尋ねる。

「アヤちゃん、疲れてるみたい」

 目をこすってアヤは集中をとりもどす。

「べつに」

「お父さんと話したの。これを見せたわ」

 イタリア製の革のトートバッグから、母は一枚の書類をとりだす。あちこち記入されている。

「離婚届?」

「これが私の切り札。お父さんのうろたえぶりったらなかったわ。アヤちゃんにも見せたかった!」

「そうなんだ」

「仕事の大変さは理解してるし、大抵のことは我慢するけど、子供たちを傷つけるのだけは許さないって言ってやった」

「へえ」

「ネイルをしてもいいと認めさせたわ」

「そうなんだ。ありがとう」

 アヤの態度は冷淡だった。いまさら遅いと言わんばかりだ。

 母は察知する。娘はなんらかの覚悟を決めたのだと。離婚届より強力な、とっておきのカードを切る必要がある。

 さりげない口調で母が言う。

「そういえば私、例の話をアヤちゃんにしたかしら。私が高校時代にお付き合いしてた人の話」

 明敏なアヤは、母の戦略を看破している。だがそこは、思春期の女の悲しさ。おもわず餌に食いつく。

「なにそれ、知らない」

「家庭教師だったの。当時は大学院生」

「ありがちだね。友達にもいるよ。カテキョとつきあってるコ」

「アヤちゃんも経験あるでしょう。先生を好きになったことが」

「さあ。どうかな」

 アヤは無表情をよそおう。

 図星なのはミエミエだった。どれだけ大人ぶっても、母には見透かされる。手にとる様に。

 母はほくそ笑む。

 娘がいじらしくてしかたない。母親業ほどたのしい仕事はない。あるわけがない。

「私たちは将来を誓い合ってた。あの人と結婚すると信じこんでた。でもダメだったわ。おじいちゃんに反対されて」

「へえ」

「あの頃のおじいちゃんは、それはそれは怖かったの。お父さんなんて比べものにならない」

「想像できないね」

「ちょっとでも口答えしたらぶたれるの。私も気が強かったから、しょっちゅう鼻血を出してたわ」

「それはひどいなあ」

「いまじゃアヤちゃんにベタ甘なんだから、なんだか不公平よね」

「私が可愛いからじゃない?」

「なによ。私だって昔は可愛かったのよ」

 ほがらかに母娘ふたりは笑う。

 アヤの読書好きは、上智大学仏文科卒の母の影響だった。月に一度は、ふたりで映画や演劇を見に出かける。基本的に仲のよい親子だった。

「結局」アヤが尋ねる。「その人とはどうなったの」

「駆け落ちするつもりだった」

「ぷっ」

「アヤちゃんは笑うけど、すくなくとも私は本気だった。逃げられちゃったけどね。おじいちゃんからお金をもらって身を引いたみたい」

「本人がそう言ったの」

「そんなこと聞くわけない。もし事実だったら、私が惨めすぎるでしょう」

「いまでもその人を思い出す?」

「それがね……」

 母は脇腹をかかえ、笑うのをこらえる。鉄板のエピソードがあるらしい。

 アヤは、自分が母のペースに乗せられてるのを自覚している。でも話の続きがどうにも気になる。

「こないだ」母が続ける。「新聞でひさしぶりに彼の名前をみたの。いまは大学教授なんだって」

「へえ」

「でも、そこでセクハラ事件を起こしたって言うから、びっくりするじゃない。教え子にちょっかい出して。大学はクビになったそうよ」

「うわあ」

「男の人の性癖って、死ぬまで変わらないのかって思ったわ」

 なるほど、そういうオチか。

 アヤは内心で批評した。

 若い娘が激情に駆られ、後先かんがえない行動に出るのはしかたない。若い娘なのだから。

 でも、落ち着きを取り戻したその先に、人生において本当に大切なものがある。

 就職、社交、子育て、選挙運動、地域振興、慈善事業、趣味の集まり、なんだっていい。やりがいのある仕事が山ほどある。寝るのも惜しいくらい充実した人生、だれもが羨む人生が待っている。

 佐倉家の跡取り娘でいれば。

 その生きた見本が、目の前にいる。

 アヤはGLSのシートに背中を預ける。首を回す。ボキボキと音が鳴る。

 家出の決心が揺らぐ。

 誘惑が大きい。

 母の様な人生は、どうかんがえても三十億円より価値があるのでは?

 捨てたら、一生後悔するのでは?

 アヤは、母娘だけがシェアできるテレパシー的な感情の虜だった。まるでロールケーキみたいな、やわらかくて甘いなにかに丸めこまれた。

 とどめを刺すべく、母は白い紙袋をトートバッグからとりだす。Diorと印字されている。

「ささやかだけど」母が言う。「これは私からのプレゼント」

「なに? 開けていい?」

「どうぞ。ディオールのネイルよ」

 アヤは昂奮して箱を開ける。三千円するピンクのエナメルだ。自分ではとても買えない。こんなにうれしいプレゼントはない。

 アヤの目が潤む。

 母の愛は疑いようがない。ちょっとあざといけれど。この人を裏切るなんて、決して許されない。自分もやさしい母のことが好きだ。心から感謝している。そして、だれよりも愛している。

 一方で、アヤはおのれの観察力を呪う。

 母のトートバッグに、もうひとつディオールの箱があるのに気づいた。たしか八千円くらいのアイシャドウだ。

 アヤは窓の外を見やる。殺風景な駐車場で待ちぼうけを食らう羽多野が、煙草を吸っている。トワはアイフォンをいじる。

 アヤは内心でつぶやく。

 衝動的に家を飛び出した私を慰めるため、お母さんはディオールのお店に立ち寄った。私の好みを知り尽くしてるから。

 でもお母さんは、そこでつい自分用のアイシャドウを買ってしまった。我慢できなかった。

 買い物中毒だから。

 この家にいたら、だれもが病んでしまうから。

 お母さんには恩がある。ありえないけど、もし老後に困窮することがあれば、絶対助ける。

 ただ、ひとつ言えることがある。

 あなたは私のロールモデルじゃない。

 私は私の道をゆく。

 アヤは、胸ポケットで震えるアイフォンを手にとる。カラオケにいったユウキからの、LINEの通知があった。




 羽多野はGLSを運転し、松濤の自宅前でアヤの母を降ろす。アヤはユウキに呼ばれたと言い、車内にのこる。用事がすんだら娘をすぐに帰すと母に約束して、羽多野は車を発進させる。

 ユウキからのLINEは「なんかデュナミスがやばいらしい。見てくる」というもの。109の裏の、道玄坂の入り組んだ細い路地に、GLSがとまる。ビルの一階はラーメン屋で、地下がライブハウス。格闘技ジムのデュナミスがある二階へは、建物左の外階段からあがれる。

 三十メートルむこうに、砂色に塗装された大きな車が二台駐まっている。どちらもナンバープレートはない。アメリカ軍などで使用される兵員輸送車のハンヴィーだ。

 もともと治安のよい区域ではないが、装甲をほどこされた軍用車輌は、いかにも物騒に目に映る。

 助手席のトワが、こわばった表情で羽多野に言う。

「羽多野さん、あれって」

「ああ。おそらくコーポレーションだ。先手を打ってくるとはたまげた。たいした情報収集力だ」

「はやく逃げないと」

「そうだな」

 アヤは胃が痙攣するのを感じる。後部座席から羽多野に話しかける。

「『コーポレーション』ってなに」

「CIAが保有する準軍事組織だ。SADとか、さまざまな名称があるが、いまはコーポレーションが通りがいい」

「え……敵はCIAなの」

「敵の一部だ」

「話ではテロリストを斃すって」

「嘘はついてない。もし日本の警察が準軍事要員を逮捕しても、アメリカ政府はかならず関与を否定する。そういう汚い作戦だ」

 二〇〇一年にはじまるアフガニスタン紛争で、現地に一番乗りしたのはCIAの準軍事組織だった。二〇一一年にパキスタンでビン・ラーディンを暗殺した作戦は、実行したのは海軍の特殊部隊だが、指揮したのはCIA長官だ。もし失敗しても、あとで頬かむりできる様にするため。アメリカは積極的に、軍事作戦の定義を更新しつづけている。

 善し悪しはともかく。

 アヤの脳裏で警報が鳴り響く。頭蓋骨が砕け散りそうだ。

 テロリストと聞いて思い浮かぶのは、浅黒い肌のアラブ人だ。アッラーフ・アクバルなどと叫んで犬死にする狂信者たち。あとはせいぜい、日本の年老いた左翼の過激派とか。

 たしかに私は迂闊だったかもしれない。

 でも私みたいな普通の女子高生が、アメリカ政府と殺し合いをさせられるなんて、いったいだれが想像するだろう。

 おだやかな口調で、羽多野が言う。

「まだアヤは契約してない。降りたければ降りろ」

「降りるとは言ってない」アヤが答える。「暗殺のターゲットはだれなの」

「ウォーレン・ワイズ。アメリカ合衆国大統領。京都中心部への核ミサイル攻撃を計画している」

「そんな!」

「京都での首脳会談のため、あす来日する」

「なんなの。自分がミサイルを落とす都市にノコノコやってくるとか。そもそもなぜ攻撃を」

「敵の計画のすべては把握してない。ただ会談のなかで、一種の宣戦布告をおこなうらしい」

「信じられない」

「情報そのものは確実だ。あるメッセンジャーから直接聞いた。世界的な有名人だ」

 誇らしげにトワが口を挟む。

「ちなみに、私の未来予知でも裏付けされてる」

 アヤはそれを無視し、羽多野に言う。

「だまされてないという保証がほしい」

「頭金の十五億では不足か」

「あなたは核兵器が怖くないの」

「怖い。だが対抗手段がある」

「なに」

「あとで教える」

「さっき言ってたメッセンジャーに会わせて」

「無理だ。連絡先を知らない。多分どこかでひょっこり現れるさ」

 羽多野は左腕のスピードマスターをみる。しかめ面をして続ける。

「アヤ。議論してる暇はない。嫌なら、ガラスの靴を置いて車から降りろ。俺は手持ちの駒で戦う」

 助手席のトワが、隣の羽多野の腿に手をおく。上目遣いで熱っぽい視線をおくる。そして見下す様に、後ろのアヤを横目でみる。




 ビルの外階段で騒ぎがおこる。

 ぞろぞろと約十人の集団がジムから出る。ほとんどが白人で、屈強な体格をしている。服装は統一されておらず、カジュアルなシャツの上にプレートキャリアを重ねる。全員アサルトライフルを手にするが、こちらもHK416やFN・SCARなど、まちまちの武装だ。

 コーポレーション。

 CIAに飼われた、血に飢えた猟犬ども。

 列の中ほどで、学院の制服を着たユウキが暴れている。コーポレーション隊員が、HKのストックで殴る。頭から出血したユウキがうなだれる。

 車内から見守るアヤの手のひらに、黒く塗られた爪が食いこむ。

 助けないと。

 あいつらが探してるのは私だ。ユウキは人違いで拉致されようとしている。もしくは、尋問して私の居場所をしらべる気か。

 つまり拷問。

 会長の下野寛を先頭に、ジムからインストラクターと練習生があらわれる。総勢七名。みな激昂し、口々になにごとか叫ぶ。招かれざる客が、彼らが可愛がっている少女を攫ったのだから当然だ。

 アヤは両手で窓ガラスを叩く。このあとに起こる惨事を想像できた。

 下野が右ストレートの一撃で、コーポレーション隊員を倒す。ほかの六人も下野につづく。狭い階段で、格闘家と準軍事要員の乱闘がはじまる。

 四十代なかばの黒人が、あわてず銃を構える。年恰好と雰囲気からいって指揮官らしい。装備は、銃身全体がサプレッサーで覆われたASヴァル。ロシアの消音アサルトライフルだ。

 黒人の指揮官が、路上から発砲する。

 無音だ。

 下野が階段を転落する。

 堰を切った様に、コーポレーションの八名が連射した。

 今度は耳をつんざく銃声が、道玄坂の路地裏で反響する。

 格闘家たちはみな即死か、致命傷を負う。コーポレーション隊員が弾倉を交換する。

 発砲しなかった二名は、ユウキをハンヴィーのそばに引きずってゆく。プラスチックの結束バンドで両手首を縛り、荷台へ放りこむ。

 アヤはドアハンドルに手をかける。

 トワが助手席から身を乗り出し、アヤの手をつかむ。目を丸くして尋ねる。

「助けに行く気じゃないでしょうね」

「あのコは私の友達だ」

「いまのを見たでしょう。連中は、世界でもっとも経験豊富な殺し屋なの」

「巻きこまれたのは私のせい。だから助ける」

「まだ舞踏術を口頭でレクチャーしただけよ。一度も練習してない。危険すぎる」

 顎に手を添えた羽多野が、険しい顔で隣のトワに尋ねる。

「舞踏術はなにを教えた」

「【ピケ・トゥール】と【ブリゼ】です」

「いいチョイスだ。いけるな」

「羽多野さん!」

「敵はこちらの奇襲を予期してない。いま攻撃すれば戦力をかなり削げる。尋問も避けたい」

 斜め後ろを向き、羽多野が続ける。

「アヤ。交戦を許可する」




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佐藤ショウジ/サイトウケンジ『神装魔法少女ハウリングムーン』

 

 

神装魔法少女ハウリングムーン

 

作画:佐藤ショウジ

原作:サイトウケンジ

掲載誌:『別冊ドラゴンエイジ』(KADOKAWA)2017年-

単行本:ドラゴンコミックスエイジ

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なまめかしい肢体、セクシーなコスチューム。

視覚的にサービス満点な、魔法少女ものの誕生だ。

 

 

 

 

魔法少女として活躍するのは、中学生の「カグヤ」と「ヒマワリ」。

主人公である黒髪ロングのカグヤは、ヒマワリと一緒に修学旅行中だったが、

バスが戦闘に巻きこまれたのをきっかけに、組織からスカウトされる。

 

 

 

 

別々の組織に参加したカグヤとヒマワリは、親友同士で戦うはめに。

感情むきだしの美少女たちが激突する、熱い展開は『なのは』的だが、

そこに艶っぽさをくわえ、伝統ある魔法少女カルチャーにおいて新味をだす。

 

 

 

 

ストーリーは駆け足ぎみ。

主人公の心の襞を感じつつ、じっくり味わうタイプの作品ではない。

学校や家庭での人間関係などはすっ飛ばされている。

カグヤのオカルト趣味などは言及されるが、あまりプロットで活きてない。

 

 

 

 

佐藤ショウジは『トリアージX』の連載をかかえる作家だ。

季刊誌『別冊ドラゴンエイジ』創刊にあわせ、

原作者の力を借り、作画に専念できる環境をもとめたのだろう。

 

 

 

 

なので作画が圧倒的。

絵全体の情報量、構図の大胆さ、描線の躍動感。

これぞマンガって感じで、読みごたえたっぷり。





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まつだひかり『まことディストーション』完結

 

 

まことディストーション

 

作者:まつだひかり

掲載誌:『月刊コミックフラッパー』(KADOKAWA)2017年-

単行本:MFコミックス フラッパーシリーズ

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女子高生のバンド活動をえがく傑作が、2巻で完結。

キュートでラウドでパンキッシュな軌跡を、最後まで追いかけよう。

 

 

 

 

まことがエフェクターをえらぶ第13話。

ベースの音だって、もっともっと目立っていい。

むしろJKは自由奔放であるべき。

 

 

 

 

スタジオで深夜練習する18話。

なにを勘違いしたか、まことはパジャマで参戦。

 

音楽に関するマニアックな描写と、女子のかわいさを完璧に両立させる。

 

 

 

 

クライマックスはライブ……ではなく、YouTubeへの動画投稿。

レイナの自己中すぎる編集が笑える。

 

『けいおん!』連載開始から11年。

JKバンドあるあるネタもアップデートされてゆく。

 

 

 

 

本作の美点はなんと言っても、主人公のかわいさ。

凡庸な結論で恐縮だが、ガチでかわいいのだから仕方ない。

 

天王寺まこと、高校1年生。

唯とあずにゃんのいいとこ取りをした様な最強ヒロインを、

僕たちは、コメ欄炎上させてでも語り継がねばならない。





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『殲滅のシンデレラ』 第3章「シンデレラ」


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 東急百貨店本店は、道玄坂をのぼりきった三叉路に面する。夜八時すぎだと、界隈の人通りは減る。黙りこくった男女が、円山町のラブホテル街につづく路地へ、闇に吸いこまれる様に消えてゆく。

 グレーのベストなどを着替えてないアヤが、アイフォンで通話している。

「そんなに心配しないで。お父さんは大袈裟に言ってるだけだから。ありがとう。おじいちゃんは私の一番の味方だとおもってるよ。そうだね。また会える日を楽しみにしてる。それじゃ」

 アヤは、山梨県の松本市にすむ祖父からの電話を切った。

 家出には軍資金が必要だ。

 水商売などでなく、まっとうな職に就くには、あたらしい住所を確保しないといけない。百万円くらいあれば安心だ。そして大金をポンと貸してくれる知人は、アヤを溺愛する祖父しか思いつかない。

 父は先回りし、もともと折り合いの悪い義父に対し、アヤの家出を手助けしないよう釘を刺した。訴訟をちらつかされては、祖父も勝手はできない。

 アヤは、ビルの隙間の夜空を見上げる。

 みとめるしかない。

 父の方が一枚上手だと。

 歪んだ支配欲に衝き動かされてるくせに、打つ手のひとつひとつが的確で速い。

 もはや逃げ道はどこにもない。




 絶望に胸を苛まれるアヤは、無意識にもとづく習慣的行動で、東急本店七階の書店に来た。木張りの床面のフロアは、閉店時間が近いこともあって客はまばらだ。

 海外ミステリや美術書などがアヤの好みだが、いまは小難しい本を読む気になれず、児童書コーナーへ立ち寄る。サラ・ギブの絵本『シンデレラ』を手にとる。

 一九五〇年のアニメはすばらしい。でも、継母やふたりの姉が戯画的に誇張され、ちょっとギャグっぽく感じられる。王子さまもなんかダサい。その点サラ・ギブの絵は、ひたすら繊細で華麗。シンデレラのか細い肢体はスーパーモデルさながら。現代の少女のお眼鏡にかなう作品に仕上がっている。

 五歳くらいの女の子が、書棚の端の方からアヤを指差す。母親に耳打ちする。高校生が絵本を読むのがおかしいと言ってるのかもしれない。

 お嬢さん、わかってないね。

 アヤはつぶやいた。

 おとぎ話を必要とするのは、むしろ大人なの。

 だって私たちの世界は、あなたの世界とちがって、魔法使いも白馬の王子さまも存在しないから。

 アヤはふたたび絵本に目を落とす。

 水色のドレスを着たシンデレラが、お城の階段を駆け下りる。ガラスの靴が脱げて転がる。シンデレラは長いスカートの裾を踏み、よろける。

 おかしい。

 アヤは目をしばたく。

 絵がアニメーションみたく動いている。

 階段を転げ落ちたシンデレラは、頭を打って気絶する。御者が馬車へ引きずり込む。城の衛兵たちが馬車に発砲する。

 シンデレラに、こんな場面はない。

 どうなってるんだ。

 私が年を食ってるあいだに、絵本のテクノロジーが飛躍的に進化したのか。




 アヤは頭を掻きむしりながら、トイレへ逃げこむ。個室はどれも使われてない。洗面台に半袖のセーラー服を着た女がいる。髪はあかるい色のボブで、フレームの太い眼鏡をかけている。

 茶髪ボブは、アイフォンを二台もつ。左で通話し、右でLINEをする。頭のよさをひけらかしてる感じで、ちょっと嫌味だ。

 アヤは洗面台に手をつき、鏡をみる。

 水色のドレスを着た、見覚えのある金髪の女が、こちらを見返している。

 鏡のなかの女は、右目のそばで横ピースする。アヤにむかい叫ぶ。

「じゃじゃーん! ワタシは全世界の悩める乙女のアイドル、シンデレラちゃんダ! デレちゃんって呼んでネ!」

 アヤは顔をしかめる。左に立つ茶髪ボブをみる。通話はやめ、いまはLINEだけしている。

「ノンノンノン」シンデレラが続ける。「デレちゃんの声は、キミにしか聞こえないヨ。安心してネ」

 アヤは咳払いし、小声で言う。

「あのさ」

「ナニ?」

「このクソみたいな状況を終わらせたい。悪夢だかなんだか知らないけど」

「わかる、わかるヨ! 窮屈な籠から逃げて、舞踏会に出たいよネ! 乙女の共通の夢!」

「そういうこと言ってんじゃなくて」

「そういうことだヨ。キミは突然あらわれたデレちゃんに困惑してるネ。でも、心のなかでデレちゃんを育てたのはキミなんダ」

「お願いだから、さっさと消えてくれる」

「ひとつだけ方法があるヨ」

 シンデレラは、鏡の外へ手をのばす。ヒールの高い一足の靴を洗面台におく。

 ガラスの靴だ。

 おもわずアヤは靴をつかむ。青みがかった素材は、軽くて柔らかい。履くことはできそう。

「その靴は」シンデレラが続ける。「契約書がわりだヨ。キミはそれを履いて『舞踏会』に出る。そこで夢をかなえるんダ」

「条件は?」

 出入口に、紫のスーツを着た男があらわれる。

 羽多野昇一だ。自分を窮地へ追いこんだ、殺しても飽き足らないほど憎い敵だ。しかし不意を打たれてアヤは硬直する。

 ここは女子トイレなのだ。

 アヤは奥を振り返る。茶髪ボブがにやりと笑う。こいつはグルだ。偵察していた。

 アヤの脳内で、きょう起きた出来事が線でつながる。因果関係が完成する。

 密告。

 夕食の林檎。

 幻覚。

 アヤがつぶやく。「盛ったな」

「おそるべき洞察力」羽多野が答える。「この混乱のなかで見抜いたか」

「なにを林檎に注入した」

「説明しよう」

 羽多野は掃除中の看板を出入口におく。口笛を吹いている。

「結論から言う」羽多野が続ける。「仕込んだ薬は、常習しないかぎり無害だ。市場に出回ってないが、豊富な実験データがある」

「なにを注入したのか聞いている」

「『オグンの霊薬』だ。たしかナイジェリアの神話から取った名前だとか」

「答えになってない」

「具体的な成分は俺も知らない。アヤはボコ・ハラムについて聞いたことがあるか」

「馴れ馴れしく呼び捨てするな」

「好きに呼ばせてもらおう。で、ボコ・ハラムについてだが」

「アフリカのテロ組織。イスラム原理主義の」

「さすがだ。何百人もの女子学生を拉致し、自爆テロを実行させたことで悪名高い」

「まさか」

「そのまさかさ。女子学生を洗脳するのにボコ・ハラムがつかったのが、オグンの霊薬だ」

 アヤの怒りは限度を超える。視界がぼやける。

 あきらかな傷害罪だ。いくら羽多野が民自党関係者でも、揉み消せないだろう。通報すべきだ。

 いや、司直の手は借りない。

 アヤは、こういうときのため格闘技を習っていた。パーマのかかった羽多野の髪をつかみ、洗面台に打ちつけてやろうと、一歩踏み出す。

 機先を制する様に、羽多野が言う。

「三十億円」

「あぁ?」

「これから言う任務に成功したら、それだけ払う。頭金として半額、今日付けでアヤの口座に入金する」

「…………」

「一生遊んで暮らせる額ではないが、十六歳の女にとっては十分だろう」

「意味がわからない。なにもかも」

「納得ゆくまで説明する」

「任務とやらを言え」

「暗殺だ」

 アヤは顔色を変えない。

「だれを。どうやって」

「テロリストが日本に潜伏している。約二十四時間後に京都が攻撃される。たしかな情報だ。俺たちはそれを阻止する」

「バカらしい。警察か自衛隊の仕事だ」

「日本でこの情報を得たのは、いまのところ約十名。俺以外の全員が頬かむりしている。君の父親はおそらく知らない。自衛隊のボスなのだがね」

 たしかに、自宅でだらしなく酔っていた父が、テロリストによる攻撃を把握してたはずない。まあ、元から計画など存在しないなら問題ないが。

「あんたの目的は」

「俺は愛国者だ。永田町や霞が関の魑魅魍魎とはちがう。この国を守るため体を張る。勿論、あとで報酬を請求するつもりだが」

 アヤの右手の親指と人差指がうごく。

 不確かな情報の洪水のなかで、有用なものと無用なものと判断保留すべきものを選別する。そして、知るべき情報を限定する。

「暗殺の手段について、まだ聞いてない」

 背後から、茶髪ボブが声をかける。

「ようやく私の出番ね」




 胸を反らせ、茶髪ボブが言う。

「遅ればせながら自己紹介するわ。私は雨宮トワコ。高校三年生。トワと呼ばれてる。よろしく」

 握手のため差し出した手を無視し、アヤが答える。

「その制服は姫百合学園。女子の御三家筆頭」

「おたがいにね。そっちは共学だけど。ところであなたはなにが見えたのかしら」

「見えたって?」

「鏡のなかに見たでしょう」

「……シンデレラ」

「あはははっ。やっぱり。抑圧的な家族からの逃避願望」

「笑われるのはすごく不愉快」

「あら失礼。あなたが見たのは『シャドウ』よ。悩める少女の心に巣食う悪魔。そして解放の天使」

「文学的修辞じゃなく、客観的事実を知りたい」

 はじめて見たときから、この女と反りが合わないのは承知していた。賢明さを鼻にかける人間は嫌いだ。自分もそうだから。

「じゃあ」トワが言う。「客観的な事実を言うわね。私たちはこれから、シャドウの力を借りてテロリストを殲滅する。戦い方は私がレクチャーする」

「どんな力があるわけ」

「私はテレパスなの」

「テレパス?」

「精神感応よ。まあ実演するのが一番ね。四桁の数字を思い浮かべて。あ、できるだけ複雑なのがいいわ。1234とかじゃなく」

 アヤはぼんやりかんがえる。

 9870。

 即座にトワがつぶやく。

「9870」

 アヤはまじまじとトワの顔をみる。得意げに鼻をふくらませている。

 答えがよくなかった。誘導された気配がある。直前に言われた1234に影響され、逆に降順にならぶ数字を思い浮かべてしまった。

 羽多野がため息をつき、トワに言う。

「あれをやれ」

「はあ」

「あれが手っ取り早い」

「しょうがないなあ。気がすすまないけど」

 トワはアヤと目を合わせる。薄笑いを浮かべている。人差指をくるりと回す。

 アヤは右手で自分の喉をつかむ。全力で絞める。気道と頸動脈を圧迫する。

 無論、意図せざる行動だ。

 窒息が二十秒つづく。

 アヤは喘いでいる。よろけて洗面台に左手をつく。

「もう……やめて……わかったから……」

 トワは精神操作を解く。咳きこむアヤの背中をさすりながら言う。

「疑問の余地はなくなったかしら」

「は……はい」

 トワは、置きっぱなしだったガラスの靴をとり、アヤに手渡す。さっき握手を拒否したアヤだが、今度は受けいれる。

 トワがほほ笑んで言う。

「ようこそ。私たちソリストの世界へ」

「まだ契約するとは決めてません」

「あなたは契約する。私にはわかる」

「トワさん」

「トワでいいわ」

「トワさんのシャドウをおしえてください」

「ティンカーベルよ」

「え。『ピーター・パン』のあの妖精?」

「そうよ。なんで笑ってるの」

 高慢ちきで嫉妬ぶかく、ウェンディに意地悪をする、うつくしい妖精。

 ぴったりすぎて笑える。

 羽多野を先頭に、三人は女子トイレを出る。

 アヤは鏡を一瞥する。

 はちきれんばかりの笑顔で、シンデレラが両手を振っている。アヤを励ますつもりらしい。

 でもその碧眼は、悲しげだった。




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澄ノイ『地味姉とジェンダーレス』

 

 

地味姉とジェンダーレス

 

作者:澄ノイ

発行:KADOKAWA 2018年

レーベル:ビーズログコミックス

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普通の女子中学生が、女装癖のある双子の弟にふりまわされる物語。

この明るい髪色の「少年」が、当該のトラブルメーカーだ。

 

 

 

 

黒髪の主人公「シオ」は、弟の「リオ」が目立ちすぎるせいで、

自分まで変な目でみられるのに悩んでいる。

予備の制服をパクり、学校でも女装をはじめるに至り、ついにキレる。

 

 

 

 

リオの飄々とした人柄が、本作の魅力。

クラスではいつも女子に囲まれている。

インスタグラムを介したコミュニケーションなど、よく描けている。

さらにリオは、読者モデルとして人気者になってゆく。

 

 

 

 

体育祭では応援団として活躍。

チアガール姿もみたかったが、これはこれでいいものだ。

 

 

 

 

本作は題名に、すこし固い「ジェンダーレス」という単語を採用。

作者はLGBTムーブメントへの共感を隠そうとしない。

ちょっと前に流行った「男の娘」カルチャーの、

露骨に煽情的な作風と一線を画している。

 

かわいいけれど、それだけじゃなく、けっこうまじめ。





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テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

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苑田 謙

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